‘心房中隔欠損症’ タグのついている投稿

心房中隔欠損による奇異性塞栓により発症した若年の片眼性網膜中心動脈閉塞症の1例

2016年4月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科33(4):601〜605,2016©心房中隔欠損による奇異性塞栓により発症した若年の片眼性網膜中心動脈閉塞症の1例中村将一朗*1小林謙信*1高山圭*2*1愛知県厚生農業協同組合連合会海南病院眼科*2名古屋大学眼科学・感覚器障害制御学教室CaseofCentralRetinalArteryOcclusioninYoungMale,CausedbyAtrialSeptalDefect-AssociatedParadoxicalEmbolismShoichiroNakamura1),KenshinKobayashi1)andKeiTakayama2)1)DepartmentofOphthalmology,AichiPrefecturalFederationofAgriculturalCooperativesforHealthandWelfareKainanHospital,2)DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:心房中隔欠損による奇異性塞栓により発症したと考えられた若年の網膜中心動脈閉塞症の症例を経験したので報告する.症例:17歳,男性.起床時より左眼の視力低下・視野障害が出現し,同日正午過ぎに受診した.全身的既往・眼科的既往はなく,就寝時には自覚症状はなかった.初診時視力は右眼矯正1.0,左眼0.1(矯正不可),眼圧は右眼10mmHg,左眼13mmHg,左眼眼底に網膜の蒼白化と桜実紅斑があった.蛍光眼底造影検査で左眼網膜動脈の循環不全を認めたため左眼網膜中心動脈閉塞症と診断し,眼球マッサージ・ウロキナーゼ製剤とプロスタグランジンE1製剤の点滴・内服加療などを実施し,視力・視野の改善を得られた.採血検査で特記すべき異常はなくMRI検査で頸動脈に異常はなかったが,超音波検査で心房中隔欠損が指摘された.結論:若年者の網膜中心動脈閉塞症の原因として心房中隔欠損による奇異性塞栓を考慮にいれる必要がある.Subject:Toreportacaseofcentralretinalarteryocclusion(CRAO)inayoungmale,causedbyatrialseptaldefect-associatedparadoxicalembolism.Casereport:A17-year-oldmalevisitedourdepartmentbecauseofvisualdefectinhislefteyesincethatmorning.Inhislefteye,visualacuitywas2/20andintraocularpressurewas13mmHg.Cherry-redspotandpaleretinawerefoundintheleftfundus.Fluorescenceangiographyshoweddelayofretinalarteryinfusioninhislefteye;wethereforediagnosedCRAO.Ultrasoundexaminationfoundatrialseptaldefect-associatedparadoxicalembolism,whichwasconsideredtobethecauseoftheCRAO.Conclusion:ItispossiblethatyoungpatientswithCRAOhaveatrialseptaldefect-associatedparadoxicalembolism.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(4):601〜605,2016〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,若年,心房中隔欠損症,奇異性塞栓.centralretinalarteryocclusion,young,atrialseptaldefect,paradoxicalembolism.はじめに網膜中心動脈閉塞(centralretinalarteryocclusion:CRAO)は,一般的に高血圧や糖尿病・心疾患・頸動脈病変などの基礎疾患を有する中高齢者に多く,若年者に発症することは少ない1).若年者に発症したCRAOは原因疾患として膠原病や血管炎が報告されているが2,3),奇異性塞栓によるものという報告はない.今回,心房中隔欠損(atrialseptaldefect:ASD)による奇異性塞栓が原因となって発症したと考えられる若年者のCRAOの1例を経験したので報告する.I症例17歳,男性.起床時より左眼の視力低下・視野障害が出現し,改善がないため,同日正午過ぎに厚生連海南病院救急外来を受診した.眼科既往歴・全身既往歴に特記すべきものはなかった.左側頭部痛が起床時より出現したが,受診時には改善傾向であった.視力は右眼矯正1.0,左眼0.1(矯正不可),眼圧は右眼10mmHg,左眼13mmHg.瞳孔径は明所にて右眼3.5mm/左眼6.5mmと左眼に散瞳を認め,相対的求心路瞳孔反応障害陽性であった.両眼とも前眼部・中間透光体には異常はなく,右眼眼底に異常はなかったが,左眼は中心窩に桜実紅斑と黄斑部上方以外の網膜の乳白色混濁がみられた(図1).頭部・眼窩部CT検査および採血検査(表1)では特記すべき異常はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査で左眼の網膜内循環時間遅延を認め(図2),CRAOと診断し同日緊急入院となった(図3).CRAOの原因精査のため,循環器内科・脳神経外科・膠原病内科で全身精査を行い,超音波検査でASDが指摘された.頸部MRAでは頸動脈に異常所見はなかった.D-マンニトール・アセタゾラミドナトリウム点滴静注,ニトログリセリン舌下内服,眼球マッサージを実施し,診断確定後に線維素溶解療法(ウロキナーゼ24万単位/日とプロスタグランジンE1製剤5μg/日)を7日間実施した.第6病日,検眼鏡的には変化がないが,左眼矯正視力が0.3に改善し,視野も拡大した(図4).蛍光眼底造影検査では網膜内循環時間は正常となった(図4).一般的には動脈硬化性の網膜動脈閉塞症であれば抗血小板薬の内服加療を行うが,今回はASDによる奇異性塞栓が原因として考えられたため,点滴加療より抗凝固薬(ワルファリンカリウム)内服に変更して第12病日に退院となった.第21病日には網膜の乳白色浮腫は消失し正常の色調となり,左眼矯正視力は0.5に改善,視野も拡大し(図5),第146病日では,左眼矯正視力0.4,左眼眼圧14mmHgとなり,視野(図6)はさらに拡大した.網膜光干渉断層計では網膜の乳白色混濁部位で網膜は菲薄化していたが,中心窩の陥凹は浅いが同定できた(図7).II考按網膜動脈閉塞症は,一般に動脈硬化による血栓形成,高血圧症や糖尿病,心臓弁膜症をはじめとする心疾患,内頸動脈閉塞をはじめとする頸動脈病変などの基礎疾患を有する中高齢者に多く,若年者には少ない1).Brownら2)は1967~1979年の13年間のCRAO338人(平均年齢58.5歳)中,30歳未満の患者数は27名であったと報告している.その原因として,中高齢者の場合は網膜細動脈の攣縮,全身の血管病変に関連した血栓症,動脈炎による血栓性閉塞1)やアテローム性血管変化による閉塞がもっとも多く3),若年者では心疾患,血液疾患,膠原病などを基礎疾患とした血管炎4,5),外傷,頸動脈狭窄6)などが報告されているが,原因不明の症例も少なくない.高橋ら7)は,6歳・24歳・29歳の若年者CRAOの3例を報告しているが,いずれの症例も原因不明であった.また,中野ら8)は溶連菌感染症の経過中にCRAOを発症した11歳の例を報告している.若年者では視力予後は中高齢者より比較的良好であるが9,10),予後不良な場合もあり,平均寿命の点からも若年者のCRAOは深刻である.本症例では,原因検索のため頭部・眼窩部CT検査,頸部MRA,採血検査,全身精査をしたが,超音波検査でASDのみを認め,ASDに伴う奇異性塞栓によるものと考えられた.ASDは,胎生期の心房中隔の発達障害により先天的に心房中隔に欠損孔が存在し,欠損孔を通じて左右短絡を生じ右房・右室へ容量負荷をきたすものであり,頻度として全先天性心疾患の約1割前後を占めるといわれている.芳賀らはASDに伴う奇異性塞栓により生じた若年性脳梗塞を報告しているが11),奇異性塞栓によってCRAOが発症したとする報告はなかった.彼らはASDによる奇異性脳塞栓と診断後に組織プラスミノーゲンン活性化因子静注療法を施行して改善を得たが11),本症例でも同様に診断時よりウロキナーゼで加療し,視力が改善し,視野も拡大した.CRAOは網膜循環途絶90~100分で網膜に不可逆性の変化が生じるとされている12).臨床的には発症後48時間以内であれば視機能回復の見込みがあるとされ13),今回の症例では治療開始までの時間が短かったことや,若年者で高血圧・糖尿病・動脈硬化などの他の危険因子がなかったことにより,視力の改善・視野の拡大につながったと考えられる.III結論若年者の網膜中心動脈閉塞症の原因として心房中隔欠損による奇異性塞栓を考慮にいれる必要がある.文献1)堀内二彦:網膜動脈閉塞症.眼科26:1055-1067,19842)BrownGC,MagargalLE,ShieldsJAetal:Retinalarterialobstructioninchildrenandyoungadults.Ophthalmology88:18-25,19813)山之内夘一,小田隆子,高瀬智子:若年者に見られた一側性網膜血行障害について.眼紀22:708-713,19714)BrownGC,MagargalLE:Centralretinalarteryobstructionandvisualacuity.Ophthalmology89:14-19,19825)SorrEM,GoldburgRE:Traumaticcentralretinalarteryocculusionwithsicklecelltrait.AmJOphthalmol80:648-652,19756)張野正誉,三浦玲子,渡辺仁ほか:網膜動脈閉塞における頸動脈病変.眼紀36:2274-2278,19857)高橋寧子,堀内二彦,大野仁ほか:若年者の網膜動脈閉塞症の3例.眼紀41:2258-2262,19908)中野直樹,吉田泰弘,周藤昌行ほか:11歳女児の網膜中心動脈閉塞症.眼紀43:161-164,19929)地場奈実,地場達也,飯島裕幸:若年者の網膜中心動脈閉塞症.眼科44:1837-1843,200210)前田貴美人,鈴木純一,田川博ほか:網膜動脈閉塞症の治療成績.眼紀51:148-152,200011)芳賀智顕,佐光一也,増渕雅広ほか:若年性脳梗塞を契機に診断にいたった心房中隔欠損症の1例.心臓45:195-199,201312)HayrehSS,KolderHE,WeingeistTA:Centralretinalarteryocclusionandretinaltolerancetime.Ophthalmology87:75-78,198013)AugsburgerJJ,MagargalLE:Visualprognosisfollowingtreatmentofacutecentralretinalarteryobstruction.BrJOphthalmol64:913-917,1980〔別刷請求先〕中村将一朗:〒498-8502愛知県弥富市前ケ須町南本田396番地愛知県厚生農業協同組合連合会海南病院眼科Reprintrequests:ShoichiroNakamura,DepartmentofOphthalmology,AichiPrefecturalFederationofAgriculturalCooperativesforHealthandWelfareKainanHospital,396Minamihonda,Maegasu-cho,Yatomicity,Aichi498-8502,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(119)601図1初診時の眼底所見左直接対光反射が減弱していた.前眼部・中間透光体には異常はみられなかったが,左眼黄斑部の桜実紅斑と網膜の乳白色混濁がみられた.表1血液検査の結果総蛋白7.3g/dlPT%87.4%アルブミン4.9g/dlPT秒12.5秒総ビリルビン1.2mg/dlAPTT26.8秒AST21IU/L血清補体価44.5CH50U/mlALT21IU/LC3104mg/dlアルカリフォスファターゼ264IU/LC417mg/dlクリアチニン0.89mg/dl抗核抗体<40尿素窒素14.1mg/dl抗カルジオリピンB2グリコプロテイン複合体抗体(−)血糖値(随時)106mg/dl抗カルジオリピン抗体(−)HbA1C(NGSP)5.6%ループスアンチコアグラント(−)CRP0.02mg/dlC-ANCA(−)総コレステロール量197mg/dlP-ANCA(−)白血球数4800/μl抗SS-A抗体(−)赤血球数512×104/μlリウマトイド因子(−)ヘモグロビン15.1g/dlヘマトクリット値45.9%血小板数21.7×104/μl血沈1mm/時図2初診時の蛍光眼底造影所見フルオレセイン蛍光眼底造影検査で左眼の網膜内循環時間遅延を認めた.602あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(120)図3初診時の左眼視野図4第6病日の左眼カラー・蛍光眼底造影所見と視野フルオレセイン蛍光眼底造影検査で左眼の網膜内循環再灌流を確認.左眼視野も改善がみられた.(121)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016603図5第21病日の左眼カラー眼底所見と視野網膜の乳白色浮腫は消失した.視野の改善がみられた.図6第146病日の左眼視野視野の改善がみられた.604あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(122)図7第146病日の網膜光干渉断層計網膜の乳白色混濁部位で網膜は菲薄化していたが,中心窩の陥凹は浅いが同定できた.(123)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016605