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近赤外線分光法を用いたLED照明の快適性検証

2012年10月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(10):1441.1445,2012c近赤外線分光法を用いたLED照明の快適性検証半田知也*1清水公也*2*1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学*2北里大学医学部眼科学教室VerificationofLEDLightingComfortUsingNear-infraredSpectroscopyTomoyaHanda1)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KitasatoUniversityLED(発光ダイオード)照明の快適性について近赤外線分光法(NIRS)を用いて検証した.軽度屈折異常以外に眼科的疾患を有さない健常青年20名である.本検討に用いた照明は面発光LED照明,点発光LED照明,および蛍光灯で,これらを用いて主観評価および脳機能計測にて比較検討した.脳機能計測には光イメージング脳機能測定装置(SpectratechOEG-16,Spectratech社)を用い,各照明注視時における前頭葉の酸素化ヘモグロビン濃度変化量を計測した.主観評価において,面発光LED照明は点発光LED照明と蛍光灯に比較して主観的快適性が有意に高いことが認められた.脳機能計測において,点発光LED照明注視時および蛍光灯注視時には面発光LED照明注視時に比較して酸素化ヘモグロビン濃度変化量に有意な増大が認められた.照明注視時に被験者が主観的に感じた快適性は,前頭葉の脳機能計測を用いて客観的に評価できる可能性が示唆された.WeevaluatedthecomfortofLED(lightemittingdiode)lightingusingnear-infraredspectroscopy(NIRS).Subjectsofthisstudycomprised20healthyyoungadultswithnooculardiseaseotherthanmildrefractiveerror.Thelightingsourcesexaminedwereedge-litLEDpanellightanddirect-litLEDpanellight,withfluorescentlightusedforcomparison.Subjectexaminationsincludedbothsubjectiveevaluationandbrainfunctionmeasurement,thelatterperformedusinganopticalbrainfunctionimagingsystem(SpectratechOEG-16,SpectratechInc.).Whensubjectsgazedateachtypeoflighting,changesinfrontallobeoxyhemoglobinconcentrationsweremeasured.Forsubjectiveevaluation,edge-litLEDpanellightingwasfoundtobesignificantlymorecomfortablethaneitherdirect-litLEDpanelorfluorescentlighting.Comparisonofthethreelightingsourcesviabrainfunctionmeasurementsdisclosedsignificantlygreaterchangesinoxygenatedhemoglobinconcentrationonlywhensubjectsgazedateitherthedirect-litLEDpanelorthefluorescentlighting.Ourfindingssuggestthatsubjects’perceivedcomfortwhengazingatlightingcanbeobjectivelyevaluatedviafrontallobebrainfunctionmeasurement.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(10):1441.1445,2012〕Keywords:LED照明,面発光LED照明,快適性,近赤外線分光法.LEDlighting,edge-litLEDpanellight,comfort,near-infraredspectroscopy.はじめに温室効果ガスの排出削減目標が設定され,企業だけでなく家庭での節電の取り組みが求められている.これを背景に低消費電力で長寿命であるLED(発光ダイオード)照明が次世代照明として急速に普及し始めている.しかしながらLED照明についての規格や基準など法整備が明確化されておらず,従来の照明器具からLED照明に変えた場合に快適な照明環境を確立できない場合も想定される.これまでの照明器具の快適性は開発メーカー各社が行う主観評価が中心であり,客観的な評価検討は十分に行われていない.したがって,LED照明の快適性について主観評価とともに客観的な評価手法の確立が望まれている.現時点において人間の快適性を直接的に評価することはできないため,主観評価結果と何らかの生理指標との関連を示し,快適性を推定する必要がある.脳機能計測法は生理指標評価として人間の感性評価にも応〔別刷請求先〕半田知也:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学Reprintrequests:TomoyaHanda,DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara,Kanagawa252-0373,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(125)1441 用されはじめている1,2).今回筆者らは,脳機能計測法として低拘束で日常環境に近い状態で評価できる近赤外線分光法(near-infraredspectroscopy:NIRS)を用いて,各種の環境照明下の脳機能を客観的に計測し,LED照明の快適性について主観評価と合わせて検討した.I対象軽度屈折異常以外に眼科的疾患を有さない健常青年20名(男性5名,女性15名),平均年齢22.7±3.5歳である.完全屈折矯正下にて全例遠方視力1.2以上の良好な視力を有し,両眼視機能,色覚,調節機能は正常であることを確認した.実験に際し,被験者の軽度屈折異常はソフトコンタクトレンズにて屈折矯正された.被験者に対して本研究内容について十分に説明を行い,同意を得られたことを確認した.II方法1.実験環境本研究はLED照明の快適性について検討することを主眼としている.そこで,独自開発の導光板方式を採用して目にやさしい光を目標に開発された面発光LED照明器具(LUXELAR,EA1P-2L-1230,興和株式会社)を中心に,市販の点発光LED照明器具および蛍光灯照明器具を比較検討した.被験者は簡易ベッド上で仰臥位を保ち,各照明を注視する.各照明の照度は被験者の視点位置近傍において550lxとなるように設定した.実験中も各照明光による照度を照度計(T10,KonicaMinoltaOptics,Inc.)にて計測し監視した.図1に実験環境外観を示す.本実験は医療従事者監視の下,生体安全性を十分に考慮して実施され,わずかでも眼精疲労,体調不良を訴えた場合は実験を中止することとした.2.実験設定および主観評価法実験は面発光LED照明と点発光LED照明の比較(実験1),面発光LED照明と蛍光灯の比較(実験2)に分けて行い,ab図1実験環境外観および各照明装置a:実験環境外観,b:3種の照明装置(左から蛍光灯,面発光LED照明,点発光LED照明).被験者は脳機能計測装置のヘッドモジュールを装着した状態で,仰臥位の姿勢を保ち,天井に設置されている各照明を注視する.baFZc・CH2・CH5・CH8・CH11F8・CH1・CH4・CH7・CH10・CH13・CH14CH16・F7・CH3・CH6・CH9・CH12・CH15FP図2脳機能計測装置のヘッドモジュール装着外観および各チャンネル配置a:ヘッドモジュール装着外観.b:測定時にはヘッドモジュール上に遮光カバーを装着.c:計測部位16チャンネルの配置.1442あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(126) 脳機能計測法および主観評価法を用いて比較検討する.実験新たな脳機能計測法であり,自由度の高い計測法として幅広1では面発光LED照明と点発光LED照明を交互に注視し,い分野で応用されている計測法である3,4).本検討における実験2では面発光LED照明と蛍光灯を交互に注視する.実関心領域は注意・認知中枢である前頭葉とした.計測部位は験1,2ともに各照明光の1回の注視時間は30秒間とし,5国際10-20法に準拠し,前頭葉正中のFpからFz,前頭葉回連続して交互に注視する.実験1,2ともに合計注視時間左側のF7から前頭葉右側のF8領域に相当する領域に各は5分である.各照明注視時に特定の固視目標を設定していチャンネルを配置した.脳機能計測時のヘッドモジュール装ないが,被験者には各照明注視中に不要な眼球運動を控える着部位外観および各チャンネル配置を図2に示す.脳神経活ように指示した.実験1と実験2は連続して行われた.各照動変化の指標として酸素化ヘモグロビン濃度変化量を用い明の快適性に関する主観評価は実験1と実験2の終了後に合た.計測された酸素化ヘモグロビン濃度変化量は解析ソフトわせて行われた.主観評価において快適性を点数化して,快(fNIRSDataViewer,B.R.Systems社)にて解析された.統適:2点,やや不快:1点,不快:0点として評価した.統計解析には照明点灯による影響を除去するために,各照明注計解析にはMann-WhitneyU検定を用い,有意水準1%未視10秒後から30秒後までの20秒間のデータを用い,各満を有意差ありと評価した.チャンネル別(計16チャンネル)に行った.統計解析にはt3.脳機能計測法検定を用い,有意水準1%未満を有意差ありと評価した.測定装置には光イメージング脳機能測定装置(SpectratechOEG-16,Spectratech社)を用いた.本装置は生体内のIII結果血中ヘモグロビン(Hb)が酸素との結合状態によって変化す本実験により眼精疲労および体調不良を訴えた者は認めらる近赤外光の吸収特性を利用して,脳血流量変化を16チャれなかった.図3に実験1(面発光LED照明と点発光LEDンネルで同時計測できる装置である.サンプリング間隔は照明の比較検討)の酸素化ヘモグロビン濃度変化量の結果を0.65秒である.本装置は頭髪の少ない前頭葉での使用を前示す.計測チャンネル1,11を除く14チャンネルにおいて,提としており,低拘束条件で非侵襲的な計測が可能である.面発光LED照明注視時に比較して点発光LED照明注視時本装置の原理である近赤外線分光法(NIRS)は生体透過性のに酸素化ヘモグロビン濃度変化量が有意に増大した(p<高い近赤外光を用いて脳機能を非侵襲で計測できる日本発の0.01).図4に実験2(面発光LED照明と蛍光灯の比較検討)0.0250.0150.005-0.005-0.015-0.025Time(sec)図3面発光LED照明注視時と点発光LED照明注視時の酸素化ヘモグロビン濃度変化量グラフ中のカラーマップは面発光LED照明注視時(計測開始20秒後),点発光LED照明注視時(計測開始50秒後)の酸化ヘモグロビン濃度変化量を示す.点発光LED照明注視時のカラーマップ中の四角で囲んであるチャンネル番号は,面発光LED照明注視時に比較して統計学的有意差が認められたことを示す.面発光LED注視点発光LED注視0.025-0.025(mMol・mm)0102030405060(127)あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121443 (mMol・mm)0.0250.0150.005-0.005-0.015-0.025面発光LED注視蛍光灯注視0.025-0.0250102030405060Time(sec)図4面発光LED照明注視時と蛍光灯注視時の酸素化ヘモグロビン濃度変化量グラフ中のカラーマップは面発光LED照明注視時(計測開始20秒後),蛍光灯注視時(計測開始50秒後)の酸素化ヘモグロビン濃度変化量を示す.蛍光灯注視時のカラーマップ中の四角で囲んであるチャンネル番号は,面発光LED照明注視時に比較して統計学的有意差が認められたことを示す.主観評価(全被験者合計点)**主観評価は点発光LED照明および蛍光灯の主観評価に比較1510して,それぞれ統計学的有意差が認められた(p<0.01).4035302520みられた.蛍光灯は全被験者20名のうち快適と評価したものはなく,16名がやや不快,4名が不快と評価した.蛍光灯注視時についての被験者コメントとして,“普通”“特にない”,といった意見が多くみられた.面発光LED照(,)明の50面発光LED照明点発光LED照明蛍光灯IV考按図5各照明の快適性についての主観評価結果今回筆者らは,LED照明光の快適性について,面発光グラフは全被験者の主観評価点の合計値を示す.*:p<0.01.の結果を示す.すべての計測チャンネルにおいて,面発光LED照明注視時に比較して蛍光灯注視時に酸素化ヘモグロビン濃度変化量が有意に増大した(p<0.01).図5に各照明の快適性についての主観評価結果(全被験者の評価点合計)を示す.面発光LED照明は全被験者20名のうち19名において快適と評価し,残り1名においてもやや不快という評価であった.面発光LED照明注視時についての被験者コメントとして,“やさしい光”,“自然な光”,といった意見が多く認められた.点発光LED照明は全被験者20名のうち1名のみ快適と評価し,3名がやや不快,16名は不快と評価した.点発光LED照明注視時についての被験者コメントとして,“残像”,“まぶしい”,といった意見が多く1444あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012LED照明,点発光LED照明,蛍光灯の3種の照明を用いて検討した.主観評価において,面発光LED照明は点発光LED照明と蛍光灯に比較して主観的快適性が高いことが認められた.脳機能計測において,点発光LED照明注視時および蛍光灯注視時には面発光LED照明注視時に比較して酸素化ヘモグロビン濃度変化量の有意な増大が認められた.照明光注視時の主観評価による快適性と脳機能計測結果(酸化ヘモグロビン濃度変化)には一定の関係性が認められた.主観評価結果において,面発光LED照明は点発光LED照明と蛍光灯に比較して自覚的快適性が有意に高いことが示された.面発光LED照明は全被験者20名のうち,19名は快適と評価し,残り1名においてもやや不快という評価であり,主観評価コメントからもほぼ全被験者において,自然で見やすく,優しい光として認識されたと推察される.一方,点発光LED照明は自覚的快適性が低く,全被験者20名の(128) うち,16名が不快と評価し,3名がやや不快,快適と評価したのは1名のみであった.点発光LED照明の主観評価コメントにおいて,残像感やまぶしさを訴える意見が多く,不快な照明光として認識されたと推察される.蛍光灯においても主観的快適性は低く,全被験者20名のうち,4名が不快,16名はやや不快と評価し,快適と評価した者は認められなかった.蛍光灯の主観評価コメントには特別な不快を示す意見は認められなかった.これは蛍光灯が日常的に見慣れた照明であることに起因すると考えられる.本検討において,各照明光における快適性を客観的に評価する指標として近赤外光脳機能イメージングによる脳機能計測を用いた.物事を考えたり情報をまとめて推理したり,注意・認知などの高度な精神活動に関わるのが大脳の前頭連合野である.前頭連合野に障害が生じると,症状はおもに注意や認知,行動の領域,感情の領域などの高度な精神活動に認められる5).本検討において認められた点発光LED照明注視時と蛍光灯注視時における酸素化ヘモグロビン濃度変化量の増大は,面発光LED照明注視時と比較して前頭葉の精神活動に強い変化が生じたことが推察される.主観評価結果と合わせて解釈すると,点発光LED照明および蛍光灯注視時の主観的な不快感が,前頭葉における酸素化ヘモグロビン濃度変化量の増大として客観的に評価できた可能性が考えられる.逆に言えば,比較対象である面発光LED注視時の主観的な快適性が,客観的に評価できた可能性が考えられる.快適,不快適など情動を司る脳部位は大脳辺縁系の扁桃体と考えられている6).大脳辺縁系の扁桃体は脳の深部に位置するため,近赤外線分光法を用いた脳機能計測では直接的に評価することはできない.しかしながら,近年のfNIRSを用いた研究において,前頭前野が大脳辺縁系の扁桃体による感情処理の影響を受けて活性化することが報告されている7,8).本検討結果は被験者の照明注視時に感じた主観的な快・不快を,前頭葉における酸素化ヘモグロビン濃度変化量の増大として間接的に評価できた可能性が示唆された.脳機能計測結果に影響する因子として,注視の順序,眼球運動の影響が考えられる.本検討において,面発光LED照明と点発光LED照明(もしくは蛍光灯)を30秒間交互に各5回連続的に注視する実験設定とした.脳機能測定は面発光LED照明注視時から開始するが,つぎに点発光LED照明注視(もしくは蛍光灯),そのつぎに面発光LED注視時とつぎつぎと連続的に計測されるため,計測中は必ずしも面発光LED注視後に点発光LED照明注視(もしくは蛍光灯)という注視順序ではない.また各照明注視中に明らかな眼球運動が認められないことを目視にて確認した.それ故,本検討の酸素化ヘモグロビン濃度変化量において,各照明注視順および照明注視時の眼球運動による影響は少ないと考える.本検討結果は面発光LED照明が点発光LED照明や蛍光灯に比べて,快適な環境照明であることを示唆する.特に病院入院時や人工透析時など仰臥位で天井の照明を直視することが多い場合には,面発光LED照明により患者の快適性を向上できる可能性がある.一般的なオフィスや家庭では,本検討のように照明を直視する環境は少ないが,眼に入ってくる光そのものの影響を考えると,快適な照明環境の構築のために面発光LED照明の有用性は高いものと考える.照明環境は日本工業規格(JIS規格)などの照度基準を基に住宅,オフィス,病院など条件別に設定される.本検討において,面発光LED照明,点発光LED照明,蛍光灯の各照明の照度は被験者の視点位置近傍においていずれも550lxに設定している.しかしながら,これら照明は局所輝度,輝度ムラ,光の広がり,色温度などに差異があり,それらが本検討における各照明注視時の快適性および酸素化ヘモグロビン濃度変化量に影響を与える要因の一つと推察される.今後,照明環境は従来の蛍光灯から,LED照明を中心とした次世代照明に加速度的に変化していくことが予測される.現在のLED照明は波長や色調を任意にコントロールできる反面,品質にバラツキも多い.今後開発される次世代照明は環境性能だけでなく,われわれ人間にとって従来の蛍光灯よりも安全で快適な照明になることが求められる.文献1)田崎新二,今村昂司,合志和洋ほか:3次元立体映像鑑賞時の脳波・脳血流量特性.IEICETechnicalReport:9-12,20062)半田知也:3D映像の現状と生体安全性.日本の眼科82:1044-1048,20113)MakiA,YamashitaY,ItoYetal:SpatialandtemporalanalysisofhumanmotoractivityusingnoninvasiveNIRtopography.MedPhys22:1997-2005,19954)KoizumiH,YamamotoT,MakiAetal:Opticaltopography:practicalproblemsandnewapplications.ApplOpt42:403-413,20035)福居顯二(監訳):ヒトの神経心理学,前頭前皮質.p188.195,新興医学出版社,20066)加藤宏司,後藤薫,藤井聡,山崎良彦(監訳):脳と情動,神経科学─脳の探求─.p437-452,西村書店,20097)HerrmannMJ,EhlisAC,FallgatterAJ:PrefrontalactivationthroughtaskrequirementsofemotionalinductionmeasuredwithNIRS.BiolPsychol44:255-263,20038)GlotzbachE,MuhlbergerA,GschwendtnerK:Prefrontalbrainactivationduringemotionalprocessing:afunctionalnearinfraredspectroscopystudy(fNIRS).OpenNeuroimagJ5:33-39,2011***(129)あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121445