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インフリキシマブ投与時反応による治療中止後も寛解維持 できたBehçet 病の1例

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1701.1704,2012cインフリキシマブ投与時反応による治療中止後も寛解維持できたBehcet病の1例小池直子*1尾辻剛*1木本高志*2三間由美子*1西村哲哉*1髙橋寛二*3*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2済生会野江病院眼科*3関西医科大学附属枚方病院眼科ACaseofBehcet’sDiseaseAccompaniedbyUveoretinitis,InWhichNoOcularAttacksWereObservedafterDiscontinuationofInfliximabBecauseofInfusionReactionNaokoKoike1),TsuyoshiOtsuji1),TakashiKimoto2),YumikoMitsuma1),TetsuyaNishimura1)andKanjiTakahashi3)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalSchoolTakiiHospital,2)3)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalSchoolHirakataHospitalDepartmentofOphthalmology,SaiseikaiNoeHospital,目的:Behcet病に対する新しい治療としてインフリキシマブの全身投与が行われているが,約9.5%に投与時反応が起こるとされている.反復する投与時反応のためインフリキシマブ治療が中止された後,約1年にわたり寛解維持ができている症例を経験した.症例:35歳,男性.右眼矯正視力0.03.前医にてBehcet病との診断でコルヒチン内服を開始したが再燃し当科を受診した.診断確定後5カ月でインフリキシマブ投与を開始し,導入1カ月後には消炎しその後発作はなかった.導入12カ月後,投与時に全身に蕁麻疹が発現しその後も投与時反応を繰り返すためインフリキシマブ投与を中止した.中止後約1年経過しても発作の再燃は認めていない.考察と結論:本症例はインフリキシマブ導入時期が早く,導入前発作回数も2回と少なかった.導入後には発作がなく本症例のように安定した症例ではインフリキシマブが中止可能であることが示唆された.Purpose:TheeffectivenessofinfliximabforBehcet’sdiseasehasbeenshown.Recentreportshavestatedthatinfusionreactionstoinfliximabwereobservedin9.5%ofpatients.Wereportacaseinwhichthediseasehasbeensuccessfullycontrolledbyinfliximabtreatmentforoneyearafterdiscontinuationbecauseofrefractoryinfusionreaction.Case:Thepatient,a35-year-oldmalewithiridocyclitis,receivedinfusionsofinfliximabbecauseofuncontrollableocularattacks.Athiseighthadministration,infusionreactionappearedandthetreatmentwasdiscontinuedbecausetherefractoryinfusionreactioncouldnotbecontrolledwithglucocorticoids.Therehavebeennoocularattackssincethediscontinuationofinfliximabtherapy.Discussion:Inthiscase,onlytwoocularattackshadoccurredbeforetheinitiationofinfliximabtherapy;therewerenoocularattacksafterthetherapy.Thisindicatesthatinfliximabtherapymaybeterminatedinsomewell-controlledcases,asinthiscase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1701.1704,2012〕Keywords:ベーチェット病,インフリキシマブ,抗TNF-a(腫瘍壊死因子-a)抗体,投与時反応.Behcet’sdisease,infliximab,antiTNF-a(tumornecrosisfactor-a)antibody,infusionreaction.はじめにBehcet病の治療としては,その発作抑制のため以前よりコルヒチン,シクロスポリンが広く用いられてきた.しかし,これらの薬剤では完全に眼発作を抑制することはむずかしく,また投与により重篤な副作用をきたす可能性もあった.近年,Behcet病に対する新しい治療として,抗TNF-a(tumornecrosisfactor-a)抗体であるインフリキシマブの全身投与が行われている.インフリキシマブは,炎症性サイトカインであるTNF-aに対するキメラ型単クローン抗体製剤で,関節リウマチや大腸Crohn病などの自己免疫疾患に対する治療薬として広く使われている.TNF-aはBehcet病による炎症において重要な役割を果たしているとされており,Behcet病による難治性ぶどう膜炎に対して2007年1月に適応が追加承認された.しかし,寛解患者に対する中止時〔別刷請求先〕小池直子:〒570-8607守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:NaokoKoike,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityTakiiHospital,10-15Fumizonocho,Moriguchi,Osaka570-8607,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(111)1701 期にはいまだ明確な指針がないため,発作予防のために治療を継続せざるをえないのが現状である.インフリキシマブの投与時に約10%にアレルギー反応が起こることがあり,これは投与時反応とよばれ,インフリキシマブ投与中または投与終了後2時間以内に認められる副作用である1).市販後調査の中間報告によると,おもな症状は発疹で,重篤なものには発熱,アナフィラキシー反応がある.Behcet病眼病変診療ガイドラインによると,投与時反応が起きてもインフリキシマブ治療を継続する場合には,抗ヒスタミン薬やステロイド薬を併用すれば良いとされている1).今回,反復する投与時反応のためインフリキシマブ治療が中止された後,約1年にわたって寛解維持できている症例を経験したので報告する.I症例患者:35歳,男性.初診日:平成21年1月26日.主訴:右眼視力低下.現病歴:平成19年10月頃より右眼虹彩毛様体炎を繰り返し前医に通院していた.平成20年9月,前医再診日に右眼前房内炎症細胞浸潤,びまん性硝子体混濁,黄斑部近傍の網膜滲出斑を認めた.矯正視力は0.02であった.前医にてステロイド薬内服,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を施行し,1カ月で消炎した.結節性紅斑,副睾丸炎,口腔内アフタ,関節炎を認めたため,前医にてBehcet病と診断され,コルヒチン内服を開始し,その後発作はなかった.平成21年1月から右眼視力低下を自覚し,平成21年1月22日前医受診時,右眼前房内炎症の悪化,硝子体混濁の増悪,網膜に出血と滲出斑を認めた.フルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)では右眼視神経乳頭の過蛍光,網膜血管からのシダ状の蛍光漏出を認め(図1),矯正視力は0.01に低下していたため関西医科大学附属滝井病院眼科紹介受診となった.既往歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.01(0.03×sph.6.5D),左眼0.03(1.2×sph.7.5D(cyl.0.5DAx105°).眼圧は右眼22mmHg,左眼18mmHgであった.右眼に前房内炎症細胞浸潤,硝子体混濁,黄斑浮腫を認めた.全身症状として副睾丸炎,結節性紅斑,口腔内アフタ,関節炎症状を認めた.経過:コルヒチン投与を行ってもBehcet病の発作が抑えられないため,診断確定から5カ月後の平成21年2月24日よりインフリキシマブ投与を開始した.インフリキシマブ投与開始後もコルヒチン内服は継続した.インフリキシマブは0,2,6週目,それ以降は8週ごとに投与した.投与開始1カ月後には右眼矯正視力は0.4に回復し,前房内炎症,硝1702あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012ab図1前医でのFAa:視神経乳頭の過蛍光を認める.b:網膜血管からのシダ状の蛍光漏出を認める.子体混濁,黄斑浮腫は軽減し,その後発作はなくなり寛解状態となった.また,投与前に認めた副睾丸炎,結節性紅斑,口腔内アフタ,関節炎症状は軽快した.インフリキシマブ投与開始から12カ月後の8回目の投与時に,投与開始直後から胸部,背部に皮疹が出現したためインフリキシマブ投与を中断した.9回目の投与時,ステロイド薬と抗ヒスタミン薬の前投与を行った後,点滴速度を遅くしてインフリキシマブを投与したが,再度皮疹が出現した.内科担当医よりインフリキシマブ投与の継続は困難との連絡があり,平成22年4月19日を最後に,インフリキシマブ投与は中止となった.中止後はコルヒチン内服を継続した.投与中止5カ月後に施行したFAでは右眼に網膜血管からの蛍光漏出を認めたものの軽度であり(図2),矯正視力も0.5であった.投与中止12カ月後には,右眼にわずかに硝子体混濁を認めるのみで(図3),矯正視力は0.7と改善していた.投与中止から1年以上経過した現在も矯正視力は0.7を維持しており,炎症の再燃は認めていない.II考按TNF-aは炎症性サイトカインの一つで,Behcet病の病(112) abcabcabc図2投与中止5カ月後の眼底およびFAa:眼底.眼底透見良好で炎症はみられない.b:FA早期.網膜血管からわずかな蛍光漏出がみられる.c:FA後期.視神経乳頭からもわずかな蛍光漏出がみられる.態に深く関与することが示唆されている2.4).抗TNF-a抗体であるインフリキシマブは,2002年にCrohn病に,2003年に関節リウマチに対する治療薬として使用が開始された5.7).そして新たに,Behcet病によるぶどう膜炎に対して行われた臨床治験で,インフリキシマブが眼発作回数を有意(113)図3投与中止12カ月後の眼底およびFAa:眼底.硝子体混濁をわずかに認める.b:FA早期.蛍光漏出はみられない.c:FA後期.蛍光漏出はみられない.に減少させ,視力の改善が得られたと報告され8),Behcet病に対して効能追加されるに至った.インフリキシマブは,既存の治療に抵抗性の難治例に対して用いられるべきとされている.しかし,視力の低下につながるような発作は発症後1.3年目という早期に多く起こっており,インフリキシマブのように眼発作を強力に抑制できるような薬剤を早期から使あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121703 用することによって,Behcet病による不可逆的な視力低下を阻止することができる可能性がある9).既存の治療で十分な効果が得られず難治性と判断したならば,インフリキシマブの導入も考慮することが重要である.インフリキシマブに対する市販後調査の中間報告によると,インフリキシマブ開始前の6カ月当たりの発作回数は1.3回が最も多く,57.2%であった.また,Behcet病の平均罹病期間は7.6年であった.インフリキシマブ投与前後の6カ月当たりの平均発作回数の変化については,インフリキシマブ投与前が3.25回であったのに対し,投与後は0.72回と減少していた.今回の症例では,初診時すでにBehcet病と診断されてから4カ月が経過しており,この時点でコルヒチンによる発作抑制は困難であると判断し,初診から1カ月でインフリキシマブ導入に至っている.このように比較的早く導入することができたことも,致命的な視力低下に至らなかった原因の一つであると考えられた.インフリキシマブによる投与時反応発症時には,点滴を中止したうえで,アセトアミノフェンや抗ヒスタミン薬の投与を行い,次回点滴の際にはアセトアミノフェン,抗ヒスタミン薬,ステロイド薬などを前投与し,点滴速度を遅くするなどの対応が必要であるとされている1).インフリキシマブをいつ中止すべきかという問題に対する明確な解答は現時点ではない.種々の理由でインフリキシマブを中止した後にも,眼炎症発作が長期にわたり抑制されているとの報告もあり10),このことはインフリキシマブを中止できる可能性があることを示唆している.今回の筆者らの症例は,インフリキシマブ導入前発作回数も2回と少なく,また導入後も一度も発作が起きることはなかった.今回は反復する投与時反応のため,投与を中止せざるをえない状態となったが,このような安定した症例ではインフリキシマブの中止は可能なのかもしれない.しかし,投与間隔を延ばすと眼発作を起こす例も報告されており11),投与中止は慎重に行う必要がある.また,インフリキシマブは副腎皮質ステロイド薬のように減量しながら中止することにより,インフリキシマブに対する自己抗体の産生を促すという報告もあり12),中止の仕方に関しても今後さらなる検討が必要と考えられる.投与時反応は2.4年間の間隔をおいて再投与した場合に,より重篤な反応が起こりやすいとされており13),投与の再開は慎重に行うべきであると考えられた.中止後の再燃があった場合にインフリキシマブ投与の再開が可能か否か,また別の薬剤に変更するのかについては今後の課題である.III結語本症例では,インフリキシマブ導入時期がBehcet病と診断されてから5カ月と比較的早く,導入前発作回数も2回と少なく,また導入後も一度も発作が起きることはなかった.1704あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012このような安定した症例ではインフリキシマブが中止可能であることが示唆された.本稿の要旨は第45回日本眼炎症学会で発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大野重昭,蕪城俊克,北市伸義ほか:ベーチェット病眼病変診療ガイドライン.日眼会誌116:394-426,20122)NakamuraS,YamakawaT,SugitaMetal:Theroleoftumornecrosisfactor-aintheinductionofexperimentalautoimmuneuveoretinitisinmice.InvestOphthalmolVisSci35:3884-3889,19943)中村聡:ぶどう膜炎の細胞生物学.日眼会誌101:975986,19974)中村聡,杉田美由紀,田中俊一ほか:ベーチェット病患者における末梢血単球のinvitrotumornecrosisfactor-alpha産生能.日眼会誌96:1282-1285,19925)ElliottMJ,MainiRN,FeldmannMetal:Repeatedtherapywithmonoclonalantibodytotumornecrosisfactora(cA2)inpatientswithrheumatoidarthritis.Lancet344:1125-1127,19946)MainiR,StClairEW,BreedveldFetal:Infliximab(chimericanti-tumornecrosisfactoramonoclonalantibody)versusplaceboinrheumatoidarthritispatientsreceivingconcomitantmethotrexate:arandomizedphaseIIItrial.Lancet354:1932-1939,19997)HanauerSB,FeaganBG,LichtensteinGRetal:MaintenanceinfliximabforCrohn’sdisease:theACCENTⅠrandomizedtrial.Lancet359:1541-1549,20028)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Efficacy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofinfliximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheumatol31:1362-1368,20049)KaburakiT,ArakiF,TakamotoMetal:Best-correctedvisualacuityandfrequencyofocularattacksdurintheinitial10yearsinpatientswithBehcet’sdisease.GraefesArchClinExpOphthalmol248:709-714,201010)田中宏幸,杉田直,山田由季子ほか:Behcet病に伴う難治性網膜ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ治療の有効性と安全性.日眼会誌114:87-95,200011)TakamotoM,KaburakiT,NumagaJetal:Long-terminfliximabtreatmentforBehcet’sdisease.JpnJOphthalmol51:239-240,200712)MainiRN,BreedveldFC,KaldenJRetal:Therapeuticefficacyofmultipleintravenousinfusionsofanti-tumornecrosisfactoramonoclonalantibodycombinedwithlow-doseweeklymethotrexateinrheumatoidarthritis.ArthritisRheum41:1552-1563,199813)竹内勤,天野宏一:新しい治療法の考え方:生物製剤の現状と展望.日内会誌89:2146-2153,2000(114)