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緑内障連絡カードを用いた患者の病識向上と他科, 薬局との連携強化

2022年6月30日 木曜日

《第32回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科39(6):803.807,2022c緑内障連絡カードを用いた患者の病識向上と他科,薬局との連携強化金原左京*1井上賢治*1國松志保*2石田恭子*3富田剛司*1,3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院眼科ImprovementinGlaucomaInsightandCooperationStrengtheningUsingtheGlaucomaInformationCardSakyoKanehara1),KenjiInoue1),ShihoKunimatsu-Sanuki2),KyokoIshida3)andGojiTomita1,3)1)InouyeEyeHospital,2)NishikasaiInouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:日本眼科医会から配布された緑内障連絡カードの有効性を検討した.対象および方法:2020年12月の外来受診時に緑内障連絡カードを渡した緑内障患者2,877例のうち,2021年3月に外来受診し,アンケート調査に協力した526例を対象とした.緑内障連絡カードでは緑内障病型(開放隅角,閉塞隅角),緑内障禁忌薬の使用の可否を指示している.アンケートは①緑内障病型の認識,②緑内障禁忌薬の認識,③緑内障連絡カードを他科や薬局で提示したか,④緑内障連絡カードの評価とした.結果:診断は開放隅角497例(94.5%),閉塞隅角16例(3.0%)などだった.緑内障禁忌薬の「使用制限はありません」が98.9%だった.アンケート結果は①緑内障病型を知っていた38.8%,②禁忌薬を知っていた43.3%,③緑内障連絡カードを提示した27.0%,④緑内障連絡カードは良い51.9%,まあ良い25.7%だった.結論:緑内障連絡カードは緑内障患者の病識を向上させた可能性がある.Purpose:Toinvestigatethee.cacyoftheJapanOphthalmologistsAssociationglaucomapatientinformationcard.PatientsandMethods:2,877glaucomapatientsreceivedtheglaucomainformationcardatoutpatientclinicsinDecember2020,and526patientscompletedaquestionnaireinMay2021.Thecardindicatesadiagnosis(open-angleorangle-closure)andwhetherornotglaucomacontraindicateddrugscanbeused.Thequestionnairecon-sistedof1)recognitionoftheglaucomatype,2)recognitionofthecontraindicateddrugs,3)whetherthecardwaspresentedatotherclinicsorpharmacies,and4)evaluationofthecard.Results:Inthe526patients,theglaucomatypewasopen-anglein497(94.5%)andangle-closurein16(3.0%),and98.9%ofthepatientshadnorestrictiononthetypeofmedicationsadministered.Thepatientquestionnaire.ndingsrevealedthat38.8%knewtheglauco-matype,43.3%knewthecontraindicateddrug,27.0%hadpresentedthecard,and51.9%deemedthecardgoodwhile25.7%deemedthecardsomewhatgood.Conclusion:Useoftheglaucomainformationcardwasfoundtoimproveinsightintoglaucomaandstrengthencooperationwithotherdepartmentsand/orpharmacies.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(6):803.807,2022〕Keywords:緑内障連絡カード,閉塞隅角,開放隅角,抗コリン作用,緑内障禁忌薬.informationcardofglauco-ma,angle-closure,open-angle,anticholinergicagent,contraindicantofglaucoma.はじめに抗コリン作用や交感神経刺激作用を有する薬剤は投与することで瞳孔が散大し,隅角が閉塞し,急性緑内障発作をひき起こす危険がある.そのためこれらの薬剤は閉塞隅角患者には投与が禁忌とされている.実際に緑内障禁忌と記載のある薬剤は,精神・神経治療薬(抗不安薬など),中枢神経治療薬(抗てんかん薬・抗Parkinson病治療薬),消化性潰瘍治療薬(鎮痙薬),抗ヒスタミン薬,循環器系治療薬,排尿障害治療薬,気管支拡張薬と多岐にわたっている.しかし,薬剤添付文書では禁忌病名に緑内障とだけ記載されている場合〔別刷請求先〕金原左京:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:SakyoKanehara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-kuTokyo101-0062,JAPAN0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(107)803表面・裏面中面図2「緑内障連絡カード」のアンケート調査用紙図1日本眼科医会「緑内障連絡カード」が多く,開放隅角緑内障患者では投与が禁忌ではないことはあまり知られていない.患者が自分の緑内障病型を理解していれば,他科での薬剤投与の際に混乱をきたすことが少ないので,医師は患者に緑内障病型を説明している.しかし,患者が自分の緑内障病型を正確に理解することはむずかしい.そこで一部の診療所,病院では患者の緑内障病型や禁忌薬を記したカードを配布している1.4).これらのカードは統一されておらず,また地域限定であり,全国民にカードの恩恵が行き渡っていないのが問題である.そのため公益社団法人日本眼科医会では広島県眼科医会が作成した「緑内障情報連絡カード」を基にして緑内障連絡カード(図1)を2020年10月に作成し,全国の会員に配布した.今回「緑内障連絡カード」を井上眼科病院の外来を受診した緑内障患者に渡し,その効果と問題点を検討した.I対象および方法2020年12月より井上眼科病院(以下,当院)では外来受診時に緑内障患者に対して「緑内障連絡カード」を渡している.2020年12月に「緑内障連絡カード」を渡した2,877例のなかで2021年3月に外来を受診し,以下に示すアンケート調査に協力した526例を対象とした.「緑内障連絡カード」では,緑内障病型(開放隅角,閉塞隅角,その他)を提示し,緑内障禁忌薬の使用については「使用制限はありません」「抗コリン作用・交感神経刺激作用のある薬剤の使用禁止」「眼科への問い合わせ希望」を指示している.「緑内障連絡カー閉塞隅角3.0%開放隅角+その他1.0%図3「緑内障連絡カード」に記された緑内障の病型ド」の病型は,主治医の判断のもと記載した.アンケート調査の内容(図2)は,①緑内障病型を知っていたか,②緑内障の禁忌薬を知っていたか,③「緑内障連絡カード」を他科や薬局で提示したか,④「緑内障連絡カード」の評価,感想とした.さらに「緑内障連絡カード」の配布が薬剤に関する当院への問い合わせ件数に及ぼす影響を評価した.具体的には患者・家族,あるいは調剤薬局から当院への薬剤使用可否の問い合わせ件数を「緑内障連絡カード」配布前(2020年9.11月)と配布後(2021年1.3月)の各3カ月間で比較した.本研究は井上眼科病院の倫理委員会で承認を得た.研究の趣旨と内容を患者に開示し,患者の同意を文書で得た.II結果対象患者526例の内訳は男性247例,女性279例だった.年齢は67.0±11.8歳(平均値±標準偏差),24.98歳だった.「緑内障連絡カード」に記載した緑内障の病型は,開放隅角497例(94.5%),閉塞隅角16例(3.0%),その他8例(1.5%),開放隅角+その他5例(1.0%)だった(図3).緑内障禁忌薬の使用は,「使用制限はありません」520例(98.9%),「抗コリン作用・交感神経刺激作用のある薬剤の使用禁止」5例(1.0%),「抗コリン作用・交感神経刺激作用のある薬剤の使用禁止+眼科への問い合わせ希望」1例(0.2%)だった(図4).アンケートの結果を以下に示す.問①「緑内障連絡カード」をもらう前にご自分の緑内障の病型をご存じでしたか?知っていた204例(38.8%),知らなかった317例(60.3%),その他5例(1.0%)問②「緑内障連絡カード」をもらう前に緑内障の禁忌薬についてご存じでしたか?知っていた228例(43.3%),知らなかった297例(56.5%),未回答1例(0.2%)問③他科の受診の際などに実際に「緑内障連絡カード」図4「緑内障連絡カード」に記された緑内障禁忌薬の使用を提示しましたか?提示した142例(27.0%),提示しなかった332例(63.1%),その他52例(9.9%)問③-1具体的にどこで提示されましたか?(重複あり)他科83例(58.5%),薬局83例(58.5%),その他2例(1.4%)問③-2「緑内障連絡カード」は役立ったと思いますか?役立った90例(63.4%),まあ役立った26例(18.3%),あまり役立たない4例(2.8%),役立たない3例(2.1%),その他14例(9.9%),未回答5例(3.5%)問④「緑内障連絡カード」についての評価,ご感想をお聞かせください.良い273例(51.9%),まあ良い135例(25.7%),あまり良くない7例(1.3%),良くない3例(0.6%),その他105例(20.0%),未回答3例(0.6%).感想は,評価が「良い」「まあ良い」と回答した人では,安心して処方薬が服薬できる,自分に対して安心感がある,向こうの病院の医師に伝わってよかったなどだった.評価が「あまり良くない」「良くない」と回答した人では,とくに見せても何もなかった,提示したが先生から何もいわれなかったなどだった.薬剤に対する当院への問合せ件数は,配布前は患者・家族からの問合せ53件,調剤薬局からの問合せ22件の合計75件だった.配布後は患者・家族からの問合せ47件,調剤薬局からの問合せ20件の合計67件だった.III考按緑内障禁忌薬は多数存在する.日本医薬情報センター発刊の2015版の医療用一般用医薬品集に掲載されている医薬品21,311剤中緑内障禁忌薬は1,255剤(5.9%)であった1).緑内障禁忌の理由は眼圧上昇の恐れで,作用機序として抗コリン作用を有する(77%)がもっとも多かった.閉塞隅角の患者が抗コリン作用を有する緑内障禁忌薬を投与することで眼圧が上昇,あるいは急性緑内障発作を誘発することが問題となる.しかし,原発閉塞隅角緑内障あるいは原発閉塞隅角緑内障疑い患者は日本緑内障学会が行った疫学調査では0.83%と少数である5).開放隅角緑内障患者が圧倒的に多いにもかかわらず,それらの患者が緑内障のために本来他科の治療で使用可能である抗コリン作用を有する薬剤を使用できないことが問題である.つまり患者が緑内障病型(開放隅角緑内障あるいは閉塞隅角緑内障)を知っていることは他科の治療にとっても有益である.外来通院中の緑内障患者,緑内障手術で入院した緑内障患者の緑内障禁忌薬の使用を調査した報告がある.外来通院中の閉塞隅角緑内障患者83例のうち16例(19.3%)で緑内障禁忌薬が投与されていた6).11例はレーザー虹彩切開術や線維柱帯切除術などの眼科的外科処置が行われていた.1例は失明し,眼圧は0mmHg程度だった.残りの4例のうち2例に対してレーザー虹彩切開術を行い,他の2例は内科での緑内障禁忌薬の処方を中止してもらった.緑内障手術で入院した緑内障患者のうち38例が他科での処方薬があった7).そのなかの5例(13.2%)で緑内障禁忌薬が投与されていた.2例は開放隅角緑内障で,1例は眼科で眼圧が急激に上昇しないように処置済みだった.2例は閉塞隅角緑内障で緑内障禁忌薬は手術後まで投与中止となった.今回の「緑内障連絡カード」と同様の試みは各地で行われている.具体的には投薬禁忌がある由を記載したカードと投薬禁忌がない由を記載したカード2),緑カードと赤カード3),隅角シール(「私は開放隅角です」と「私は閉塞隅角・狭隅角です」)1),「閉塞隅角緑内障,狭隅角眼の方へ」と「緑内障(経過観察を含む),高眼圧症の方へ」4)などがあり,これらのカードやシールはすべて2枚に分けられている.日本眼科医会では全国に配布するためカードはシンプルにと考えて1枚にした.今回の緑内障病型は,開放隅角94.5%,閉塞隅角3.0%で,開放隅角が圧倒的に多かった.多治見スタディでの緑内障病型は疑い症例を含むと原発開放隅角緑内障80.2%,原発閉塞隅角緑内障11.0%だった5).今回,閉塞隅角が少なかった理由として,外来受診した患者を対象としたため,原発閉塞隅角症,原発閉塞隅角症疑い患者は眼科に通院していない可能性が考えられる.また,白内障手術により相対的瞳孔ブロックを解除した患者では,元来閉塞隅角であるが,臨床的には開放隅角と診断されている可能性が考えられる.今回の対象の緑内障病型は閉塞隅角が16例だったが,緑内障禁忌薬の使用の可否では「抗コリン作用,交感神経刺激作用のある薬剤の使用禁止」は6例だった.閉塞隅角でもレーザー虹彩切開術や白内障手術施行眼では「使用制限はありません」と記載されたため人数に差があったと考えられる.他科や薬局では最終的に緑内障禁忌薬の使用についてを参照していただきたいと考えている.今回のアンケート調査の結果を年代により差があるかどうかを検証する目的で,65歳以上(317例)と65歳未満(209例)で比較した(c2検定).問①緑内障病型を知っていたかについては差がなかった(p=0.1750).問②禁忌薬を知っていたかは,「知っていた」が65歳未満症例で65歳以上症例より有意に多かった(p<0.05).問③「緑内障連絡カード」を提示したかは,「提示した」が65歳以上症例で65歳未満症例より有意に多かった(p<0.001).若年・中年者のほうが禁忌薬を学ぶ機会・手段が多く,高齢者のほうが他科に受診している人が多いことが関与していると考えられる.過去の報告2)では事前に緑内障禁忌薬の知識があったのは52例(29%),今回「知っていた」と回答した患者は228例(43.3%)で,今回のほうが多かった.しかし,過去の報告2),今回ともに緑内障禁忌薬の知識は50%以下であり,診療時に眼科医が患者に緑内障の禁忌薬について重点的に説明すべきである.実際に他科や薬局で「緑内障連絡カード」を提示したのは過去の報告2)では66%,今回は27.0%だった.今回のほうが「緑内障連絡カード」を提示した患者の割合が少なかったが,過去の報告2)の対象者はカードを渡してから3カ月以上経過した症例で,今回よりも期間が長かったことが一因と考えられる.今回の「緑内障連絡カード」の提示先は他科と薬局が多く,同数だった.今後,他科や薬局での「緑内障連絡カード」の提示がさらに増加すると考えられる.「緑内障連絡カード」が役に立ったと回答したのは,過去の報告2)では56%,今回は81.7%だった.今回配布した「緑内障連絡カード」は患者に好評であった.「緑内障連絡カード」の問題点として隅角の状態が経過とともに変化する可能性があり,過去の報告では有効期限を設ける2)ことがあげられている.アンケート調査での「緑内障連絡カード」の評価として「あまり良くない」「良くない」と回答した人では提示しても反応がなかったという意見が多かった.薬局や他科への「緑内障連絡カード」の周知が今後必要と思われる.実際に笠岡市で行われた「緑内障禁忌薬投与可否カード」の運用では地元医師会で説明を行い,他科との連携が機能したと報告されている2).薬剤に対する当院への問合せ件数は,配布後に配布前に比べてやや減少傾向にあった.今回,他科や薬局で「緑内障連絡カード」を提示した患者は27.0%とまだ少なかったが,期間が長くなれば,提示する患者が増えて,薬剤に対する当院への問合せ件数はさらに減少すると予想される.もしそうなれば,患者,薬局,当院にとって有益である.今後も長期的な効果を検討する必要がある.今回,緑内障の病型と緑内障禁忌薬の使用可否を記した「緑内障連絡カード」を緑内障患者に配布した.「緑内障連絡カード」は緑内障患者の病識を向上させた可能性がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)細川由美,奥山和江,上神千里ほか:「緑内障注意」の薬剤について.当院の取り組み..日本視機能看護学会誌1:129-131,20162)永山幹夫,永山順子,東馬千佳ほか:緑内障禁忌薬投与可否カードを用いた他科連携.臨眼69:1557-1561,20153)馬場哲也:緑内障連絡カードを用いた医療連携に対するアンケート調査.香川県眼科医会報160:15-20,20214)井上賢治:第5回緑内障診療に影響する薬剤-薬剤師なら知っておきたい-薬剤性眼障害のキホン.調剤と情報26:74-78,20195)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsec-ondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20056)遠藤奈々,鈴木敦子,片桐歩ほか:緑内障と禁忌薬第1報当院眼科外来における緑内障患者の禁忌薬使用実態調査.新潟県厚生連医誌10:60-63,20007)村中直子,藤田美奈,川上由紀子ほか:緑内障患者における投与禁忌薬の使用実態と適正使用.医療薬学30:276-279,2004***