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裂孔原性網膜剝離症例数の季節変動と関連する気候因子の検討

2014年9月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科31(9):1403.1406,2014c裂孔原性網膜.離症例数の季節変動と関連する気候因子の検討竹渓友佳子*1稲用和也*2間山千尋*3朝岡亮*3村田博史*3野本洋平*1*1総合病院国保旭中央病院眼科*2東京警察病院眼科*3東京大学大学院医科学研究科感覚・運動機能医学講座IdiopathicRetinalDetachmentFrequencyHasSeasonalVariationandIsCorrelatedwithClimate─SurveyinJapan─YukakoTaketani1),KazuyaInamochi2),ChihiroMayama3),RyoAsaoka3),HirofumiMurata3)andYoheiNomoto1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolTheUniversityofTokyo裂孔原性網膜.離の発症率は夏期に高まることがこれまで海外から数多く報告されているが,わが国での詳細な報告はほとんどみられない.今回筆者らは2007年1月から2011年12月までに旭中央病院を受診し,手術に至った特発性裂孔原性網膜.離271例をレトロスペクティブに検討し,裂孔原性網膜.離の発症率と気候因子との関連を調べた.発症率は既報と同様に,夏に高く冬に低くなる傾向がみられ,4.9月(夏期)と10.3月(冬期)の季節ごとの日照時間と有意な正の相関(r=0.71,p=0.02)があることが示され,温度や湿度との間には有意な相関はみられなかった.網膜.離症例数の季節変動の要因として,夏に屋外での活動性が高まることや日照による縮瞳の影響が強まることなどが推測された.Severalstudieshavereportedthatrhegmatogenousretinaldetachment(RRD)hasahighincidenceinsummerandcorrelateswithclimatefactors.However,therehasbeennosuchreportinJapan.Inthisstudy,weexaminedtheseasonalvariationofRRDfrequencyandtheinfluenceofclimate.Medicalrecordsof271patientswhohadundergonesurgeryforidiopathicRRDatAsahiGeneralHospitalfromJanuary2007toDecember2011wereretrospectivelyreviewed.TheincidenceofRRDwasdetermined,andseasonalvariationandcorrelationwithclimatefactorswereexamined.RRDoccurredmostfrequentlyinearlysummerandleastfrequentlyinwinter.Itsfrequencyshowedsignificantcorrelationwithincreasedsunshinehours(r=0.71,p<0.05).ThesefindingscouldreflecttheincreasedopportunityforinfluenceofoutdooractivitiesandmiosisontheoccurrenceofRRD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1403.1406,2014〕Keywords:裂孔原性網膜.離,季節変動,日照時間.rhegmatogenousretinaldetachment,seasonalvariation,sunshinehours.はじめに網膜.離の発症率は夏期に高まることがヨーロッパ1,2),アジア3),アフリカ4),中東5,6)など海外から複数報告されているが,わが国では1992年に蔭山らが大分県で気温との関係を調査しているのみである7).総合病院国保旭中央病院は千葉県東部に位置し近隣の網膜.離手術を行っている他施設から40km以上離れ,約57万人の住民を診療圏としている.就業者の多くが第1次産業に属しており人口変動が少ないため,この地域における裂孔原性網膜.離の発症率の評価に適した条件をもっていると考えられる.より広い地域・多施設での大規模な調査では対象症例数を増やすことができるが,狭い地域で検討を行うことで詳細な気候因子と症例数の関係を解析することが可能になる.本研究では,5年間の期間中に旭中央病院で裂孔原性網膜.離(RRD)の観血的手術に至った症例数の季節変動と,気候に関係する因子との相関について検討した.〔別刷請求先〕竹渓友佳子:〒289-2511千葉県旭市イ1326総合病院国保旭中央病院眼科Reprintrequests:YukakoTaketaniM.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,AsahiI1326Chiba289-2511,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(155)1403 I対象および方法2007年1月から2011年12月に旭中央病院においてRRDに対する観血的手術を施行した症例をレトロスペクティブに検討した.発症から1カ月以上経過していると推定される陳旧性のRRD,明らかな感染や外傷を契機とする網膜.離,増殖糖尿病網膜症や増殖硝子体網膜症に伴う牽引性網膜.離,明らかな原因裂孔のない漿液性網膜.離,再.離症例,および12歳以下の小児例は除外した.RRDの症例数は月ごと,および既報2,6,8)にならい4.9月(夏期)/10.3月(冬期)と定義し季節ごとに計数した.RRDの症例数と各月ごと,および夏期と冬期に分けた季節ごとの平均気温,平均湿度,日照時間,降水量との関係をSpearmanの順位相関係数により検討した.なお,気候因子の統計値は気象庁が千葉県全体の平均値として公開しているデータ10)を使用した.日照時間は天候による日射量を考慮し,直達日射量が0.12kW/m2以上の日光が地表を照射した時間と定義されている10).II結果対象は271例271眼,男性176例(65%),女性95例(35%)で,症例数は男性が有意に多かったが(p<0.05),平均年齢は全体で56.0±15.0(13.87)歳であり,男性(55.3±13.8),女性(57.0±16.1)で男女間に有意差は認められなかった.人口当たりのRRD発症率は9.5人/10万人と推定された.手術術式の内訳は硝子体茎離断術(白内障手術,輪状締結を併施したものを含む)が66%,バックルによる網膜復位術が28%,その他が6%であった.原因裂孔の性状は,症例数(眼)30252015101404あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014501月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月図1月ごとの裂孔原性網膜.離症例数弁状裂孔(萎縮性円孔併存を含む)が87%,萎縮性円孔が13%であった.月ごとに平均したRRD症例数は6月に最も多く,ついで12月に多く,1月・9月・11月が最も少なかった(図1).気候因子と症例数の月ごとの変動を図2に示す.既報にならい4.9月を夏期と10.3月を冬期と定義した場合,症例数は,5年間の合計ではそれぞれ145例(54%)と126例(46%)であり有意差はなかった(p=0.19).RRD症例数と気候関連因子との間には,月ごとの検討では有意な相関を認めなかったが(p>0.28),各年の夏期と冬期を単独に解析した検討では症例数と日照時間の間にのみ強い相関(r=0.71,p=0.02)が認められた(図3).III考按本研究の対象地域である千葉県東部は農業などの第一次産業従事者の数が多く,地域で最大の都市である銚子市の第一次産業就業率は約11%で全国平均の4.5%(http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/kouhou/useful/u18.htm)の2倍以上となっている.近隣に網膜.離手術を行っている他施設がなく,住民の行動様式が多彩な大都市圏や,降雪地域や大きな景勝地を有する地域などに比べ,年間を通して季節による人口変動が比較的小さいと推測される.また,日本は諸外国に比べ比較的はっきりした季節ごとの気候変化をもっており,わが国でRRDと気候因子の相関を検討することは有意義と考えられる.今回の検討で対象期間中のRRDの年間発症率は9.5人/10万人と推定され,台湾におけるnational-wideの調査3)での発症率(7.8.10.8人/10万人)や北京における大規模調査11)での発症率(7.30.8.63人/10万人),熊本における調査12):2011年:2010年:2009年:2008年:2007年:合計(156) 図2裂孔原性網膜.離症例数と気候因子症例数はそれぞれ2007.2011年の月ごとの5年分の合計数を示しており,日照時間,降水量,湿度,気温はそれぞれ2007.2011年の月ごとの5年平均値を表す.250200150100500190.56149.5171.3171.66170.12132.16152.4193.06144.74125.54129.12183.7440.786.198.2132.7160.4145.485.5122.1210.519.89181.48.1417.2219.6426.5432.0829.0817.124.4242.139.1618.216.286.38症例数(眼)6.987.913.8618.7617.6426.0627.4224.1618.8613.5691919212628292319202120261日照時間(h)降水量(mm/月)23456789101112日照時間(h/月)降水量(mm/月)湿度(%)気温(℃)250200150100500190.56149.5171.3171.66170.12132.16152.4193.06144.74125.54129.12183.7440.786.198.2132.7160.4145.485.5122.1210.519.89181.48.1417.2219.6426.5432.0829.0817.124.4242.139.1618.216.286.38症例数(眼)6.987.913.8618.7617.6426.0627.4224.1618.8613.5691919212628292319202120261日照時間(h)降水量(mm/月)23456789101112日照時間(h/月)降水量(mm/月)湿度(%)気温(℃)38363432302826242220189008501,0001,0501,1001,150日照時間(h)図3日照時間と裂孔原性網膜.離症例数の散布図各年の夏期(4.9月)/冬期(10.3月)の季節ごとの検討(2007.2011年).夏期(4.9月)冬期(10.3月),症例数:期間中の5年分加算合計数.800850100症例数(眼)湿度(%)90気温(℃)80706050403020100年季節症例数日照時間2007夏期321,001.5冬期23978.72008夏期20853.6冬期291,019.62009夏期25850.6冬期24851.12010夏期371,097.1冬期23834.72011夏期311,017.9冬期271,064.7症例数(眼)日照時間:期間中の5年加算合計日照時間(h).Spearmanの順位相関係数=0.711,p=0.02.(発症率10.4人/10万人)とほぼ同等であったことは,地域の網膜.離発症例のほとんどが本研究の対象となっており,今回の検討結果が妥当であることを示唆していると考えられる.また,性別では男性のほうがRRDの発症率が1.85倍高く(p<0.01),台湾3)やレバノン6),オランダなど海外の報告と同様の傾向であった.性差の原因として男性のほうが屋外作業に従事する時間が長くより活動的であり,日照に多くさらされることが関連すると推測されている.(157)RRD発症率の季節変動に関する海外からの報告は1945年から2011年の間に17報みられ,そのうち12報で1年を4.9月(夏期)と10.3月(冬期)に分けた季節ごとの検討がなされ,夏期の発症率が高いことが報告されているが,今回の調査では夏期(4.9月)と冬期(10.3月)の発症率に有意差はなかった(p=0.19).気温の変化をみると,図2からもわかるように,4.9月は平均気温が高く,10.3月は気温が低くなっており,1年を暖かい時期と寒い時期に分ける場合,既報の分類が妥当であると考えられる.また,春とあたらしい眼科Vol.31,No.9,20141405 秋に同じような気候因子の時期があることや,網膜.離の発症過程にはある程度の時間経過がかかると推測されることから,1年をさらに細分化した時期ごとに発症率を解析することは,気候因子との関連を検討するには望ましくないと考えられる.RRD発症率が夏期に高い傾向を示す理由として,RRDの発症と眼内に入る光量や日照時間との関連が示唆されている1,2,6).RRDの発症機序として,屋外での日射が強い縮瞳を生じさせて周辺部の網膜・硝子体の牽引を強め,RRDを誘発する可能性が示唆されている8).また,ドイツ1),台湾3)での報告ではRRD発症率と気温との間に正の相関が認められている.眼表面の温度は体幹温度よりも環境温度と強く相関するため9),気温の上昇により硝子体の液化が進み,屋外での活動性の増加も加わってPVD(後部硝子体.離)とRRDが生じやすくなっている可能性が考えられている4).本研究では,統計学的有意差はなかったものの既報と同様にRRDの発症率は夏期に高まる傾向があり,症例数と日照時間には有意な正の相関があった(図3,r=0.7,p=0.02).季節変動を5年間の平均値でみるとRRD症例数の多い4.6月,12月は日照時間が長く(図2),1年ごとにみると2008年以外は夏期に症例数が増加する傾向が比較的顕著であるが,2008年は逆に冬期に症例数が多い傾向がみられた.2008年は例年と異なり夏期(4.9月)よりも冬期(10.3月)のほうが日照時間が長くなっており(夏期853.6時間,冬期1,019.6時間),これらの結果はRRDと日照時間との関連を示唆するものと考えられる.今回筆者らは,一施設における裂孔原性網膜.離の季節変動を検討し,症例数は夏期に増加する傾向があり日照時間との間に有意な正の相関のあることを認めた.網膜.離の発症メカニズムは多様であり,発症後に症状の進展する速度,患者が眼科を受診し手術を実施するまでの期間も一定ではなく,RRD発症に関与する因子を手術日に基づく検討から推測することには限界がある.また,RRD発症の季節変動を気候に関係する因子のみで説明できるとは考えにくい.しかし,諸外国の報告と同様,本研究でも日照時間とRRD発症の相関が認められたことは,RRD発症における日照の影響を強く推測させる結果と考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ThelenU,GerdingH,ClemensS:Rhegmatogenousretinaldetachments.Seasonalvariationandincidence.Ophthalmologe94:638-641,19972)GhisolfiA,VandelliG,MarcoliF:Seasonalvariationsinrhegmatogenousretinaldetachmentasrelatedtometeorologicalfactors.Ophthalmologica192:97-102,19863)LinHC,ChenCS,KellerJJetal:Seasonalityofretinaldetachmentincidenceanditsassociationswithclimate:an11-yearnationwidepopulation-basedstudy.ChronobiolInt28:942-948,20114)GauthierA,BruyasG:VariationssaisonnieresdelafrequencedudecollementdelaretineenAlgerie.BullSocFrOphtalmol3:404-408,19475)AlSamarraiAR:SeasonalvariationsofretinaldetachmentamongArabsinKuwait.OphthalmicRes22:220223,19906)MansourAM,HamanRN,KanaanMetal:SeasonalvariationofreinaldetachmentinLebanon:OphthalmicRes41:170-174,20097)陰山誠,中塚和夫:裂孔原性網膜.離発症の季節的要因に関する検討.眼臨86:1972-1975,19928)KrausharMG,SteinbergJA:Mioticsandretinaldetach-ment:upgradingthecommunitiystandard.SurvOphthalmol35:311-316,19919)KatsimprisJM,XirouT,ParaskevopoulosKetal:Effectoflocalhypothermiaontheanteriorchamberandvitreouscavitytemperature:invivostudyinrabbits.KlinMonatsblAugenheilkd220:148-151,200310)気象庁http://www.jma.go.jp/jma/press/tenko.html11)LiX;BeijingRhegmatogenousRetinalDetachmentStudyGroup:IncidenceandepidemiologicalcharacteristicsofrhegmatogenousretinaldetachmentinBeijing,China.Ophthalmology110:2413-2417,200312)SasakiK,IdetaH,TonemotoJetal:EpidemiologiccharacteristicsofrhegmatogenousretinaldetachmentinKumamoto,Japan.GraefesArchClinExpOphthalmol233:772-776,1995***1406あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(158)