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自治医科大学緑内障外来にて交通事故の既往を認めた末期緑内障患者の2症例

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page1(107)10110910-1810/08/\100/頁/JCLS18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(7):10111016,2008cはじめに地方都市では,公共交通機関の充実した都市部から離れているため,視覚障害により自動車運転が困難となり,通勤,通学,買い物などの日常生活に支障をきたしている症例に,数多く遭遇する.その一方で,緑内障のような,徐々に求心性視野狭窄が進行するような疾患では自覚症状に乏しく,運転に支障をきたすと予想される高度な視野障害を認める場合でも運転を継続し,安全確認不足が原因と考えられる交通事故を起こしている.欧米では,視野障害患者の交通事故頻度が正常者の2倍であった1),など自動車運転と視野障害との関連性が数多く報告されている211).このうち緑内障性視野障害と自動車運転の関連性ついての報告も散見される811).しかし,わが国において緑内障性視野障害の程度と自動車運転の関連性について調べた報告は筆者らが調べた限りではない.今回筆者らは,末期緑内障患者で,自動車事故を起こした2症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕55歳,男性.1994年3月,弟が緑内障であったため,精査を希望し当〔別刷請求先〕青木由紀:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学教室Reprintrequests:YukiAoki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPAN自治医科大学緑内障外来にて交通事故の既往を認めた末期緑内障患者の2症例青木由紀国松志保原岳自治医科大学眼科学教室TwoCasesofGlaucomaPatientsWhoHadVehicleAccidentsYukiAoki,ShihoKunimatsuandTakeshiHaraDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity目的:自治医科大学附属病院緑内障外来に通院中の末期緑内障患者2名に,安全確認不足が原因と思われる交通事故の既往を認めたので報告する.症例1:55歳,男性.2002年交通事故4件を起こした.事故当時視力は右眼(0.8),左眼(0.7),Humphrey中心30-2プログラム(以下,HFA30-2)のmeandeviation(以下,MD)値は右眼24.39dB,左眼17.29dBであり,Goldmann視野検査は右眼湖崎分類Ⅲb期,左眼Ⅲa期であった.症例2:55歳,男性.2007年に対物事故を1回起こした.事故当時の視力は右眼(1.2),左眼0.01(矯正不能),HFA30-2にてMD値は右眼31.00dB,左眼29.05dBであり,Goldmann視野検査は右眼湖崎分類Ⅳ期,左眼Ⅴb期であった.結論:高度な求心性視野狭窄を認める患者に対して眼科医は,自動車運転状況についても注意する必要があると思われた.Wereporttwocasesofpatientswithsevereglaucomatouseldlosswhohadvehicleaccidents.Case1,a55-year-oldmale,hadfourvehicleaccidentsin2002.Hisvisualacuitywas0.8righteyeand0.7left;meandevia-tion(MD)ofHumphreyvisualeldtestwas24.39dBand17.29dB,classicationofKozakiinGoldmannvisualeldtestwasstageⅢbandstageⅢa.Case2,a55-year-oldmale,hadonevehicleaccidentinMarch2007.Hisvisualacuitywas1.2righteyeand0.01left;MDwas31.00dBand29.05dB,classicationofKozakiinGold-mannvisualeldtestwasstageⅣandstageⅤb.Thesecasessuggestthatophthalmologistsshouldpayattentiontothedrivingconditionofpatientswithseverevisualeldloss.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(7):10111016,2008〕Keywords:緑内障,求心性視野障害,自動車運転,交通事故,運転免許.glaucoma,aerentvisualeldloss,driving,tracaccident,drivinglicense.———————————————————————-Page21012あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(108)科初診.初診時視力は矯正視力右眼1.2,左眼1.2,眼圧は右眼22mmHg,左眼19mmHg.両眼とも緑内障性視神経乳頭陥凹を認め,Humphrey視野検査中心30-2プログラム(以下,HFA30-2)にて,meandeviation(以下,MD)右眼22.44dB,左眼12.25dBと,緑内障性視野障害を認めたため(図1),原発開放隅角緑内障と診断された.眼圧コントロール不良のため1998年6月に右眼線維柱帯切除術を施行し,その後白内障による視力低下がみられたため,1999年7月に右眼白内障手術を施行している.運転歴:22歳時から28年間.通勤のため,1日60分から120分運転していた.運転免許は3年ごとに更新されていたが,視力検査のみで,視野検査は受けなかった.事故歴:2002年に対物事故を3回,対人事故を1回起こした.対人事故は,「交差点左折時に,歩行者がいるのに気づかず,ひっかけてしまった」とのことだった.対人事故後に自己判断により自動車の運転は中止した.眼科的所見(対人事故発生当時):視力は右眼矯正0.8,左眼矯正0.7.眼圧は右眼13mmHg,左眼15mmHg.HFA30-2視野検査結果では,MD値は右眼で24.39dB,左眼で17.29dBであり,両眼ともに中心近傍に絶対暗点があった(図2).Goldmann視野検査では,右眼は湖崎分類Ⅲb期,左眼は湖崎分類Ⅲa期であり,優位眼(左眼)もⅠ-2視標が10°以内であった(図3).〔症例2〕55歳,男性.2007年1月に左眼の視力低下を主訴に近医眼科受診,緑内障と診断された.精査・加療目的にて,2007年1月当科へ紹介受診となった.初診時視力は右眼1.2,左眼0.01(矯正不能).眼底検査で両眼に緑内障性視神経乳頭陥凹が観察された.HFA30-2視野検査にて,MDは右眼31.00dB,左眼29.05dBであった(図4).Goldmann視野検査では,右眼は湖崎分類Ⅳ期,左眼は湖崎分類Ⅴb期であった(図5).運転歴:18歳時から37年間.現在,通勤のため,1日20分運転している.運転免許は2006年8月に更新したが,視力検査ののち,視野検査を施行し,合格となった.事故歴:2007年3月に対物事故を1回起こした.「一時停止で止まり,よくよく左右を確認して発進したが,側方から来た車と接触した」とのことであった.II考按わが国における運転普通免許の視力・視野に関する取得・更新基準は,「視力が両眼で0.7以上,かつ一眼でそれぞれ0.3以上であること,または一眼の視力が0.3に満たないも図1症例1:Humphrey視野検査結果(1994年7月29日)初診時Humphrey視野検査中心30-2プログラム結果.MD値は右眼では22.44dB,左眼では12.25dBであった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,20081013(109)の,もしくは一眼が見えないものについては他眼の視野が左右150°以上で視力が0.7以上であること」と規定されている(道路交通法より).視力検査で不合格となった場合,視力の良い片眼の視野検査が施行される.運転免許センターおよび警察署において使用されている視野検査器(図6)では,被検者が,中心の固視点を見て,検者が水平方向に動かした白点が,視野から消失した時点と確認できた時点でボタンを押し,水平視野150°以上で合格となる.さらに表1の疾患では,免許取得・更新にあたり,診断書の提出が必要となる.これらの疾患の既往がある場合は,自己申告により免許図2症例1:Humphrey視野検査結果(1998年3月19日)対人事故発生当時のHumphrey視野検査結果中心30-2プログラム.MD値は右眼では24.39dB,左眼では17.29dBであった.図3症例1:Goldmann視野検査結果(2001年2月9日)対人事故発生当時のGoldmann視野検査結果.湖崎分類は右眼ではⅢb期,左眼ではⅢa期であった.左眼右眼———————————————————————-Page41014あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008取得および更新時には医師の診断書が必要となり,その病状により免許交付がなされない場合がある.現在のところ緑内障をはじめとする眼疾患はいずれもこれらの疾患群には入っていない.症例1では,高度な求心性視野障害を認めるものの,両眼ともに矯正視力は良好であるため,視野検査は施行されない.このように,安全確認を行うには不十分な視野であると思われても,運転免許が更新できてしまうため,患者本人も不安を覚えながらも運転を継続し,不幸にして事故に結びつく症例があることを経験した.この症例は,人身事故をきっ(110)図4症例2:Humphrey視野検査結果(2007年3月26日)初診時のHumphrey視野検査結果中心30-2プログラム.MD値は右眼では31.00dB,左眼では29.05dBであった.図5症例2:Goldmann視野検査結果(2007年1月22日)初診時のGoldmann視野検査結果.湖崎分類は右眼ではⅣ期,左眼ではⅤb期であった.左眼右眼———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,20081015かけに運転を中止しているが,中心視力が良いため,免許の更新は今後も可能である.症例2の場合は左眼の視力が0.01であることから,視野検査の適応となる.2007年に当院で施行した視野検査結果では,右眼の水平視野は20°と,規定の150°未満であり,不合格となるはずである.しかし,実際には,2006年8月の免許更新時に視野検査を受けて合格し,運転を継続していた.あくまで推測であるが,視野検査施行時に,患者が中心固視できていなかった可能性や,若干の顎台の位置のずれにより検査に合格してしまった可能性がある.このように,視野障害のため,免許更新ができないと思われても,免許センターでの視野検査は精密なものではないため,免許更新ができてしまう症例があることを経験した.この症例の場合は,患者本人に,視野が狭いという自覚症状がまったくなく,事故を起こしたあとも,主治医が注意を喚起しているにもかかわらず,運転を続けている.今回の2症例とも,眼科主治医は,患者が事故を起こしたことはもちろん,運転していることすら把握していていなかった.今回の症例のように,実際に事故に結びついている症例もあることから,まずは,眼科担当医が,患者の自動車運転の実態について把握するべきであると考えた.国土交通省の調査(平成17年度府県別輸送機関分担率調査)によると,府県内における移動手段としての自動車の占める割合は,都市部である東京31.4%,大阪49.8%であるのに対して,地方では,島根県98.0%,山形県98.2%と格差があり,栃木県でも96.8%と高い比率を占めている.過疎化に従い,バス路線が廃止されるところもあり,地方では,自動車運転は,欠かすことのできない交通手段となっている.高度の視野障害をきたした患者の運転の可否については,客観的に視野障害度を判断できる眼科医よりアドバイスをするべきだとは思うが,どの程度の視野障害が自動車運転に支障をきたすのかという基準はまだない.また,眼科医が運転を中止させることにより,交通手段をなくし,生活に困る場合もあると思われ,慎重に対応するべきである.欧米では,Szlykらが,周辺視野障害をきたした緑内障患者に自動車運転のシミュレーションを行ったところ,水平視野の範囲が100°を下回ると,シミュレーション上での事故危険度が増加したと報告している12).運転免許の基準も,交通事情も,交通ルールも,各国で異なるため,欧米での報告をそのままわが国にあてはめることはできない.今後,わが国独自の視野障害と自動車運転に関係するさらなる研究を進め,緑内障患者の安全運転のための基準を作成する必要があると考える.文献1)SzlykJP,FishmanGA,MasterSPetal:Peripheralvisionscreeningfordrivinginretinitispigmentosapatients.Ophthalmology98:612-618,19912)FishmanGA,AndersonRJ,StinsonLetal:Drivingper-formanceofretinitispigmentosapatients.BrJOphthalmol65:122-126,19813)JohnsonCA,KeltnerJL:Incidenceofvisualeldlossin20,000eyesanditsrelationshiptodrivingperformance.ArchOphthalmol101:371-375,19834)WoodJM,TroutbeckR:Eectofrestrictionofthebinoc-ularvisualeldondrivingperformance.OphthalmicPhys-iolOpt12:291-298,19925)SzlykJP,AlexanderKR,SeveringKetal:Assessmentofdrivingperformanceinpatientswithretinitispigmentosa.ArchOphthalmol110:1709-1713,19926)SzlykJP,shmanGA,SeveringKetal:Evaluationofdrivingperformanceinpatientswithjuvenilemaculardystorophies.ArchOphthalmol111:207-212,19937)SzlykJP,PizzimentiCE,FishmanGAetal:Acompari-sonofdrivinginoldersubjectswithandwithoutage-relatedmaculardegeneration.ArchOphthalmol113:1033-1040,19958)ParrishRK,GeddeSJ,ScottIUetal:Visualfunctionand(111)表1自動車免許取得・更新の際に診断書の提出が必要となる疾患・精神疾患(統合失調症・そううつ病・急性一過性精神病性障害・持続性妄想性障害など)・てんかん・失神・低血糖・睡眠障害・認知症・脳卒中表に示す疾患では,免許取得・更新にあたり,診断書の提出が必要となり,その病状により免許交付がなされない場合がある.図6運転免許センター設置の自動視野計写真は栃木県運転免許センターに設置されている自動視野計.免許更新時には全国的に同様の検査機で視野検査を行う.———————————————————————-Page61016あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008qualityoflifeamongpatientswithglaucoma.ArchOph-thalmol115:1447-1455,19979)HaymesSA,LeblancRP,NicolelaMTetal:Riskoffallsandmotorvehiclecollisionsinglaucoma.InvestOphthal-molVisSci48:1149-1155,200710)McGwinGJr,XieA,MaysAetal:Visualelddefectsandtheriskofmotorvehiclecollisionsamongpatientswithglaucoma.InvestOphthalmolVisSci46:4437-4441,200511)SzlykJP,TagliaDP,PaligaJetal:Drivingperformanceinpatientswithmildtomoderateglaucomatousclinicalvisionchanges.JRehabilRD39:467-482,200212)SzlykJP,MahlerCL,SeipleWetal:Drivingperfor-manceofglaucomapatientscorrelateswithperipheralvisualeldloss.JGlaucoma14:145-150,2005(112)***