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重症型春季カタルに対するタクロリムス軟膏の眼軟膏治療

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(93)5250910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):525528,2009cはじめに春季カタル(vernalkeratoconjunctivitis:VKC)は,結膜の乳頭増殖,増大,輪部結膜の腫脹,堤防状隆起を呈する若年者にみられるアレルギー疾患で,高率に角膜病変を合併し,特に重症例においては盾型潰瘍や角膜プラークを生じる.若年者に発症するため,これらの病状は視力予後に大きく影響し,そのため発作期の速やかで有効な消炎治療が大変重要となる.アレルギー性結膜疾患に対する一般的な治療において,特に難治性の重症例では,外科的な乳頭切除やステロイド薬の眼瞼結膜下注射,あるいはステロイド薬の内服が必要となる1).しかし,外科治療は,即効性は期待できるものの,切除が不十分だと再発の可能性があり,手技が煩雑で幼少児には全身麻酔を要することもあり容易ではない.ステロイドの眼瞼結膜下注射は,過去の報告2)によると,症状の速やかな改善が得られているが,なかには眼圧上昇例がある3).小児期においては,ステロイド薬はステロイド白内障のみならずステロイド緑内障の頻度が高く,視機能に悪影響を及ぼす可能性があると同時に,発育時期であるため,全身投与では骨粗鬆症を代表とする全身的な合併症による発育障害の併発が懸念される4).よって,できればステロイド薬と〔別刷請求先〕小沢昌彦:〒814-0180福岡市城南区七隈7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasahikoKozawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,FukuokaUniversity,7-45-1Nanakuma,Jonan-ku,Fukuoka814-0180,JAPAN重症型春季カタルに対するタクロリムス軟膏の眼軟膏治療小沢昌彦市頭教克梶原淳内尾英一福岡大学医学部眼科学教室SevereVernalKeratoconjunctivitisCasesTreatedwithTacrolimusOintmentasanOphthalmicOintmentMasahikoKozawa,NoriyoshiIchigashira,JunKajiwaraandEiichiUchioDepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicine春季カタル(vernalkeratoconjunctivitis:VKC)の重症例に対し,タクロリムス軟膏を眼軟膏として使用した5例につき報告する.症例は714歳で全例男児の重症春季カタルであり,2例は0.03%,3例は0.1%製剤の皮膚用軟膏をそのまま眼軟膏として投与した.投与回数は最多で1日3回,投与期間は最長で4カ月とした.3例では巨大乳頭切除後に併用したが,全例で臨床所見の改善が得られた.全例で使用直後の眼灼熱感がみられたが,徐々に消失した.その他特記すべき副作用はみられなかった.タクロリムス眼軟膏は全身的な副作用が出にくく,重症型VKCに対し,眼軟膏としてほぼ安全に使用できた.しかし,結膜に対する長期使用経験が少なく安全性については不明であり,今後検討を加える必要がある.タクロリムス軟膏は重症型VKCに対するリリーバとして有用であると考えられ,眼軟膏製剤の臨床応用も望まれる.Wereport5casesofseverevernalkeratoconjunctivitis(VKC)(5males,agerang:7to14years,average12years)treatedwithtacrolimusointmentasanophthalmicointment.FortheirsevereVKC,twocaseswerepre-scribed0.03%tacrolimusointmentand3wereprescribed0.1%,asanophthalmicointmenttobeadministered3timesdailyandcontinuedforupto4months.Althoughgiantpapillaresectionwasperformedinthreecases,theclinicalndingswereimprovedinallcases.Therehasbeennoadverseeectotherthanophthalmicburningsensa-tionduringtheearlyphaseoftreatment.TopicaltacrolimusmayproveeectiveforsevereVKC,thoughduetolackoflong-termuse,itsclinicalsafetyisunknown.ConsideringitsusefulnessinrelievingsevereVKC,however,thedevelopmentoftacrolimusophthalmicointmentisexpected.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):525528,2009〕Keywords:春季カタル,重症型,治療法,タクロリムス(FK506)軟膏.vernalkeratoconjunctivitis,severetype,treatment,tacrolimus(FK506)ointment.———————————————————————-Page2526あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(94)同等の抗炎症作用をもち,かつステロイド薬の副作用がみられず,継続的投与が可能な薬剤の使用が望ましい.タクロリムスは強力な免疫抑制作用をもつカルシニューリン阻害薬の一つで,その軟膏製剤は,アトピー性皮膚炎の顔部・頸部の治療に多く使用されており有効性が認められている5).その0.1%製剤は,ステロイド外用薬のstrongクラスと同等の抗炎症効果をもつ一方で,ステロイドに比べ分子量が大きく炎症部位からのみ吸収されるため,消炎後は吸収率が低下し,皮膚使用時にはステロイド外用薬の連用でみられる皮膚萎縮などの副作用がないといった特徴がある.眼科領域においては,最近タクロリムス点眼製剤が発売されたが,それ以前に眼科製剤はなく,過去の報告では,VKCに対しタクロリムス内服薬から眼軟膏製剤を自家調剤のうえ角結膜に投与し,有効であったとされている6).そこで今回筆者らは,タクロリムス点眼製剤発売以前の重症型VKCの5例に対し,タクロリムス軟膏を眼軟膏として使用し,その効果を検討したので報告する.I対象および方法対象は714歳(平均11.8歳)で,性別は全例男性であった.既往歴にはアトピー性皮膚炎,アレルギー性鼻炎,気管支喘息がいずれも5例中3例にみられた.まずタクロリムス軟膏の角結膜への使用に関しては,規定の臨床研究申請を行ったうえ,本人および両親に対し,①病状の改善のためには免疫抑制薬(タクロリムス)の局所投与が望ましいが,現在眼科用製剤がないため,皮膚用軟膏製剤であるタクロリムス軟膏の使用が適当であると考えざるをえないこと,②皮膚用製剤であるため眼球に対する安全性は不明であるが,現在の病状を考えた場合,投与した際の利益のほうが上回ると思われること,③結膜は皮膚に近接した粘膜であり,現在皮膚科領域ではアトピー性皮膚炎の症例に対し眼瞼皮膚に多く使用されているが,眼球に関する目立った重篤な副作用の報告がみられないことを十分説明し,インフォームド・コンセントを得たうえ使用を開始した.タクロリムスの薬物濃度や点入回数は,個々の臨床症状の程度に応じ適宜決定し,投与開始後の臨床所見の改善度により点入回数を適宜漸減した.長期投与時の合併症については不明な点もあることから,投与期間を最長4カ月とした.投与方法は,まずタクロリムス軟膏をチューブの先端から約5mmほど出し,清潔な綿棒などで取ったのち,下眼瞼を翻転し直接眼瞼結膜上に塗布して行った.臨床効果の評価方法としては,アレルギー性結膜疾患診療ガイドラインにより提唱されている臨床評価基準7)の10項目(表1)を用い,それぞれの項目において,高度なものを3点,中等度を2点,軽度を1点,所見がないものを0点としてスコア化し,その合計値を臨床スコアとして投与開始前および投与開始1カ月後に算出した.そして,臨床スコア値の変動にて臨床所見の改善度を検討した.II結果(表2)まず治療開始前の既投薬についてであるが,全例でステロ表1アレルギー性結膜疾患の臨床評価基準眼瞼結膜充血高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()個々の血管の識別不能多数の血管拡張数本の血管拡張所見なし腫脹高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()びまん性の混濁を伴う腫脹びまん性の薄い腫脹わずかな腫脹所見なし濾胞高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()20個以上1019個19個所見なし乳頭*高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()直径0.6mm以上直径0.30.5mm直径0.10.2mm所見なし巨大乳頭高度(+++)上眼瞼結膜の1/2以上の範囲で乳頭が隆起中等度(++)上眼瞼結膜の1/2未満の範囲で乳頭が隆起軽度(+)乳頭は平坦化なし()所見なし眼球結膜充血高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()全体の血管拡張多数の血管拡張数本の血管拡張所見なし浮腫高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()胞状腫脹びまん性の薄い腫脹部分的腫脹所見なし輪部Trantas斑高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()9個以上58個14個所見なし腫脹高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()範囲が2/3周以上範囲が1/3周以上2/3周未満1/3周未満所見なし角膜上皮障害高度(+++)シールド(盾型)潰瘍または上皮びらん中等度(++)軽度(+)なし()落屑様点状表層角膜炎点状表層角膜炎所見なし*:直径1mm以上の乳頭は巨大乳頭も併せて評価する.(文献7より)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009527(95)イド点眼薬が投与されており,5例中4例でシクロスポリン点眼が施行されていた.5例中3例で,タクロリムス投与の前後に外科的巨大乳頭切除術を施行していた.タクロリムス軟膏には,皮膚使用時,通常小児に使用する0.03%製剤と,通常成人に使用する0.1%製剤があるが,症例1と症例3では0.03%製剤を使用した.症例1,3のタクロリムス投与前の臨床スコアをみると両症例とも13であり,点入回数は1日1回より開始され,投与期間は12カ月であった.症例2,4,5では0.1%製剤を使用し,それらの臨床スコアはいずれも0.03%製剤を使用していた症例よりも高く1519であった.症例2,4,5では点入回数も23回より開始しており,投与期間も24カ月と0.03%製剤使用群と比べ長かった.つぎに臨床所見の改善は,タクロリムス投与前の臨床スコアの平均値は15.2であったが,投与開始1カ月後の臨床スコアの平均値は5.8と減少していた.各症例においても臨床スコアは低下しており,全例で臨床所見が改善していた(図1).図2に症例2の初診時およびタクロリムス軟膏投与後の結膜所見の写真を示す.一方,タクロリムスの副作用は,まず皮膚使用時に小児では約半数でみられるとされる投与開始直後の灼熱感があげられるが,全症例において投与開始直後に著明な眼灼熱感・眼刺激感の訴えがみられた.しかし連用し炎症が改善するにつれ,灼熱感・刺激感は減少する傾向があり8),全症例で12週間内にこれらの眼症状は消失した.その他の副作用としては,免疫抑制作用に伴う感染症の併発・遷延化の可能性があ表2各症例の背景とタクロリムス軟膏投与前後の臨床スコア症例年齢(歳)タクロリムス濃度(%)回数タクロリムス使用期間シクロスポリン使用ステロイド使用乳頭切除臨床スコア投与前臨床スコア投与後170.0311カ月++1372130.134カ月+++1653140.0312カ月+++1344130.122カ月++1555110.124カ月++198図1各症例における臨床スコアの経時変化臨床スコア投与前投与後症例症例症例症例症例図2症例2の初診時結膜所見(a)とタクロリムス投与後の結膜所見(b)aの巨大乳頭に対し乳頭切除施行を行ったが再燃がみられたため,タクロリムス軟膏の点入を開始した.軟膏開始後9週目(b)には巨大乳頭の平坦化と病巣の瘢痕化が得られた.ab———————————————————————-Page4528あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(96)げられる.皮膚使用時においては,小児では約2割でみられるとの報告8)もあるが,全症例に感染症の合併はみられなかった.眼圧上昇もみられなかった.III考按タクロリムスはT細胞分化・増殖抑制効果により,サイトカイン産生を抑制することにより,抗炎症作用を有する薬剤で,invitroにおいては同じカルシニューリン阻害薬であるシクロスポリンの約100倍の効果を有するとの報告がある9).分子量を比較するとシクロスポリンに比べ小さいため,効果的に組織に浸潤することが可能であると思われ,高いT細胞選択抑制効果をもつことから,重症例に対しても効果があるとされている.一方で,眼圧上昇がみられず,ステロイドと比較し同等以上の消炎効果をもち,全身的および局所的副作用が少ないことから,長期連用が必要な再発例,重症例あるいは副作用のためステロイドの継続が困難となった症例においても使用可能であると思われる.しかし,長期連用時の安全性は未確立であり,皮膚使用時に比較的多くみられる感染症を併発する可能性もある.5症例中3例では巨大乳頭切除を併用しており,それらの症例ではタクロリムス投与のみでどれくらい有効性があるかは不明である.よってタクロリムスの適応については,①ステロイド抵抗性の高度な巨大乳頭増殖を有する重症化したもの,②すでに乳頭切除やステロイド注射を施行した症例の再増殖例,③ステロイドによる眼圧上昇などの副作用のため,離脱を必要とする症例などに対しリリーバとしての使用が好ましいと考える.いずれにしても,重症型VKCに対してタクロリムスは有用であると思われるが,漫然と使用せず適応および期間を定めて使用することが重要と思われる.全症例ともタクロリムス点眼の発売前であったため,既存の軟膏製剤を使用したが,その軟膏製剤の特性に伴う利点としは,その滞留性により局所における薬物濃度を維持しうる可能性があり,点眼回数を少なくすることができうることがあげられる10).この点眼回数を少なくできることは,タクロリムス特有の投与時の刺激感に伴うコンプライアンスの低下を防ぐ利点もあると考えられた.また,刺激の強い薬剤では,それに伴う流涙による薬剤の希釈を防ぐ意味でも有用と思われた.タクロリムスの皮膚使用時の注意点として,長期間の外用による局所免疫の低下による皮膚癌発症のリスクは完全に否定できないため,誘発を予防するために紫外線曝露を避けるよう明記してあるが,春季カタルは対象が幼少児に多いことから,日中の紫外線曝露を考慮した場合,就寝前の単回投与の可能性などからも,軟膏製剤の有用性が期待されると思われる.より安全に眼科領域にて使用するためにも今後の眼軟膏製剤の開発が望まれる.文献1)加藤直子:アトピー性結膜炎(含む眼瞼炎)と春季カタルの治療指針.あたらしい眼科22:733-738,20052)HolsclawDS,WitcherJP,WongIGetal:Supratarsalinjectionofcorticosteroidinthetreatmentofrefractoryvernalkeratoconjunctivitis.AmJOphthalmol121:243-249,19963)八田史郎,永田正夫,金田周三ほか:ケナコルトAで長期眼圧上昇を来たした春季カタルの1例.眼臨95:682,20014)池住洋平,鈴木俊明,内山聖:日常診療に役立つ最新の薬物治療と副作用対策.小児科47:795-802,20065)FK506軟膏研究会:アトピー性皮膚炎におけるタクロリムス軟膏0.1%および0.03%の使用ガイダンス.臨皮57:1217-1234,20036)VichyanondP,TantimongkolsukC,DumrongkigchaipornPetal:Vernalkeratoconjunctivitis:Resultofanoveltherapywith0.1%topicalophthalmicFK-506ointment.JAllergyClinImmunol113:355-358,20047)大野重昭,内尾英一,石崎道治ほか:アレルギー性結膜疾患の新しい臨床評価基準と重傷度分類.医薬ジャーナル37:1341-1349,20018)本田まりこ:小児用タクロリムス軟膏の使い方.小児科47:1125-1129,20069)AndersonJ,NagyS,GrothCGetal:EectofFK506andcyclosporineAoncytokineproductionstudiedinvitroatasingle-celllevel.Immunology75:136-142,199210)横井則彦,木下茂:眼軟膏とその特性.眼科NewInsight2:点眼薬─常識と非常識─,p66-75,メジカルビュー社,1994***