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経皮的切開が必要だった大きな涙小管結石を伴った涙小管炎

2022年9月30日 金曜日

《第9回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科39(9):1245.1248,2022c経皮的切開が必要だった大きな涙小管結石を伴った涙小管炎久保勝文*1櫻庭知己*2*1吹上眼科*2青森県立中央病院眼科CACaseofGiantCanalicularConcretionTreatedwithTranscutaneousRemovalMasabumiKubo1)andTomokiSakuraba2)1)FukiageEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,AomoriPrefecturalCentralHospitalC目的:涙小管炎の根本的治療である涙点鼻側切開で治癒せず,結石部の皮膚切開を要したC1例を報告する.症例:66歳,女性.右眼充血,眼脂で近医を受診したが点眼で治癒せず吹上眼科を紹介受診した.涙道閉塞および右側上涙小管近傍の腫瘤を認め,右側上涙小管炎と診断した.涙点鼻側切開を行い,膿と少量の結石を排出したが,結石を完全に除去できず,手術はいったん終了した.自覚症状は少し改善したが,結石部分の大きさは不変で石様の塊を触知できるように変化した.2回目の手術では,結石部の皮膚切開を行い,多量の膿とC9C×7×3Cmmの巨大な緑色涙小管結石を排出した.結膜炎は改善し,涙小炎の再発は認められない.細菌培養は陰性で,結石の病理検査で放線菌を認め,結石周囲に涙小管上皮を認めず,線維化した結合組織が確認され,結石が皮下に脱出したものと考えた.結論:涙小管近傍の巨大涙小管結石が予想される涙小管炎の場合は,結石部分の皮膚切開も考慮した治療方針も必要と考えられる.CPurpose:Toreportacaseofgiantcanalicularconcretioninthecanaliculitisthatrequiredtranscutaneoussur-gicalapproach.CaseReport:Thisstudyinvolveda66-year-oldfemalewhopresentedwithchronicconjunctivitisinherrighteyeandacanalicularobstructionandtumornearthelacrimalcanaliculi.Uponexamination,wediag-nosedherasrightsuperiorcanaliculitis.Fortreatment,canaliculotomywas.rstperformed,andasmallamountofpusswasremoved.However,wewereunabletocompletelyremovetheconcretion.Thus,weperformedasecond-aryoperationviaatranscutaneousapproach.Thespace.lledbyalargeamountofyellowpusswasdilated,andagiantCcanalicularconcretion(i.e.,C9×7×3Cmm)wasCremoved.CTheCresultsCofCaCbacterialCcultureCwereCfoundCtoCbeCnegative.However,apathologicalexaminationledtothediagnosisofalacrimalstoneduetoActinomycesspecies.PostCsurgery,CtheCoutcomeCwasCdeemedCsatisfactory.CConclusion:InCcasesCwithCaClargeCconcretionCtumorClocatedCnearthecanaliculi,atranscutaneoussurgicalapproachshouldbeconsideredforremovaloftheconcretion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1245.1248,C2022〕Keywords:涙小管炎,涙小管結石,病理検査,皮膚切開,治療.canalolithiasis,canalicularconcretion,stoneanalysis,transcutaneousremoval,therapy.Cはじめに涙小管炎は,涙道疾患のなかではまれな疾患である1.3).涙小管炎自体が見落とされ,慢性結膜炎と診断され治療されていることも多い疾患でもある1.5).治療は,涙小管内の結石を完全除去排出することが必要である1.5).逆に涙点鼻側切開を行えば涙小管結石を除去でき,治療できると考えられる.しかし,今回涙点鼻側切開で涙小管結石を排出できず,皮膚切開を要した症例を経験したので報告する.I症例患者はC66歳,女性.右眼充血,眼脂にて近医を受診した.点眼薬を変えながらC1カ月間加療するも変化せず,他院を受診し涙道閉塞および右側上涙小管近傍に腫瘤を認めるとの診断で,吹上眼科(以下,当院)を紹介受診した.当院初診時は,右側上涙点より膿が排出し,涙小管周囲の発赤腫脹を認め,上涙小管上方に腫瘤を認めた.腫瘤は膿が大量に存在している緊慢性で,圧迫すると涙点より膿が排出され涙小管炎〔別刷請求先〕久保勝文:〒031-0003青森県八戸市吹上C2-10-5吹上眼科Reprintrequests:MasabumiKubo,M.D.,Ph.D.,FukiageEyeClinic,2-10-5Fukiage,Hachinohe,Aomori031-0003,JAPANC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(87)C1245図1初診時の前眼部写真a:右眼上眼瞼の内上側に腫瘤を認めた.b:涙点周囲の発赤と腫脹を認め,涙点から膿が排出された.図22回目の手術前a:涙小管結石は少し小さくなり,固いものを触れるように変化した.b:結石を圧迫すると,膿が排出された.と診断した(図1).右側上涙点より涙管通水検査を行った.通水はなく,上涙点からわずかな膿と直径C0.5Cmm程度の細かい結石がC2.3個が混じった逆流を認めた.上下交通はなかった.垂直部から水平部に移行したところで閉塞していて,涙洗針で測定すると約C3Cmmだった.右側上涙小管の涙点鼻側切開をC3Cmm行い,少量の膿と直径C1.2Cmmの涙小管結石をC4.5個排出し,結石は若干小さくなった.涙小管の状態は,手術前の検査と同様に垂直部までは問題なく,水平部が始まったところで閉塞していた.結石を強く圧迫し排出を試みるもできず,涙点より鋭匙を入れて結石を取り出そうとしたが,水平部の閉塞部に膜様の厚い壁があり取り出すことはできなかった.結石の完全除去を断念して手術をいったん終了とした.閉塞部位より涙.側の涙小管以降の状態は検査は行わなかった.手術後は自覚症状が少し良くなったが(図2),涙点からの膿の排出は持続した.結石の大きさは変化なく,石様の塊を触知するようになった.約C1カ月後にC2回目の手術を行った.結石部分の皮膚切開を行うと,皮下に線維化した被膜があり,切開し多量の膿とC9C×7×3Cmm程度の緑色の巨大な涙小管結石を排出した(図3).結石周囲の内腔は平滑な組織で,皮膚創口より観察したが涙小管との交通の有無は不明だった.内腔と涙小管の交通を確認するため,上涙小管よりブジーを入れたがC1Cmm程度で閉塞し,涙小管と内腔との交通は確認できなかった.涙小管閉塞の穿破は過度な侵襲と考え,それ以上は行わなかった.内腔が涙小管の拡張か否かを病理学的に検索するため,結石を覆っていた組織をC2カ所切除し(図3d)病理検査を行った.創を縫合して終了した.翌日から結膜炎や涙小管からの膿の排出は消失し,結石も消失した(図4).涙小管結石の病理検査で放線菌を認め(図5a,b),膿からの細菌発育はなく,結石周囲の組織は,線維化した結合組織であり(図5c),涙小管上皮は確認できなかった.術後経過は良好で,涙小管炎の再発は確認されていない.CII考按涙小管炎は,結膜炎と症状が似ているため見落とされがちな疾患である1.5).いったん診断がつき菌石を除去すれば,治療は容易と考えられてきた1.5).結石が少量の場合は,圧1246あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(88)図32回目手術の術中写真a:被膜が観察される.Cb:多量の膿を排出した.Cc:大きい結石が見える.Cd:厚い被膜断面..の部分を切除し,病理検査を行った.図42回目手術翌日の前眼部写真a:涙小管炎は消失した.b:涙点の発赤・腫脹および膿の排出も消失した.出や掻把でも治癒可能である疾患である5).しかし,今回は涙小管鼻側切開を行ったほかに,皮膚切開の手術を要した.今回の症例は,涙点からの膿の排出や涙点周囲発赤,腫瘤を圧迫すると膿の排出があり,涙小管炎の診断は容易であった1.5).触診では結石そのものは触れず,膿などで満たされていると考えた.涙小管鼻側切開を行えば大量に膿と結石が排出されて治癒できると考えた.涙道造影CCTは当院では施設がなく,MRIは近くの公立病院で可能だったが予約時間が長く,現実的でなく断念した.涙道内視鏡検査は炎症悪化の可能性もあり行わなかったがやってみてもよかったと反省している.また,Bモード超音波検査で腫瘤内を調べれば,さらに治療に役立つ情報が得られた可能性もあった.初回手術後に結石は石様のものを触れるように変化した.周囲の膿などの液性の物質が出たため,膿の中心部に浮かんでいた大きな涙小管結石が触れるように変化したものと考えた.涙小管結石の病理検査では放線菌が確認され以前の報告と同様だった6).涙小管内にできた結石が,強い炎症や長い経(89)あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C1247過のため涙小管を破り憩室を作り7),その憩室の壁も破り皮下に飛び出し,周囲組織が線維化したものと考えられた.結石を圧迫すると,残った交通路を経由して涙点より膿が出てきたものと考えられた.涙小管結石の治療は,涙点鼻側切開による菌石の完全除去が原則である1.5).しかし,今回のように涙点切開では治癒に至らなかった症例の報告もある8).皮膚切開を行い治癒した症例報告は少なく,珍しい症例と考えた7,9,10).廣瀬の文献に,「まれに巨大な霰粒腫様の腫瘤があり,治療で皮膚側から横切開皮膚切開すると多量の菌石が確認される」とある2).手術治療を行ったあと涙小管炎・涙小管結石が判明したという報告もあり10),涙小管および涙小管近傍の腫瘤の治療について再考されられた.涙小管近傍の大きい涙小管結石が予想される涙小管炎の場合は,涙点鼻側切開による治療のほかに,腫瘤部分の皮膚切開の可能性を考慮し手術に臨む必要があると考えられる.文献1)岡島行伸:眼感染症レビュー涙.炎・涙小管炎.OCU-図5病理検査の結果a,b:涙小管結石の病理検査(a:HE染色,b:Grocott染色)..部分に放線菌が確認される.Cc:結石周囲の組織(HE染色).上部が結石側で,強い出血と炎症が認められる.下部は皮膚側で,線維化した結合組織が観察される.barは,Ca:50Cμm,Cb:100μm,Cc:200Cμm.倍率はそれぞれC10C×40倍,10C×20倍,10C×10倍.CLISTAC72:66-71,C2019002)廣瀬浩士:エキスパートに学ぶ眼科手術の質問箱涙小管炎の診断と治療方針について教えてください.眼科手術C34:106-107,C20213)鶴丸修士:涙小管疾患の治療-涙小管再建できる場合.COCULISTAC35:30-36,C20164)AnandCS,CHollingworthCK,CKumarCVCetal:Canaliculitis:CtheCincidentCofClong-termCepiphoraCfollowingCcanaliculoto-my.OrbitC23:19-26,C20045)後藤聡:感染性涙道疾患の臨床.日本の眼科C89:25-29,C20186)久保勝文,櫻庭知己,板橋智映子:涙小管炎病因精査での涙小管結石の病理検査の有用性.眼科手術C21:399-402,C20087)水戸毅,児玉俊夫,大橋裕一:憩室を形成した涙小管放線菌症のC1例.眼紀56:349-354,C20058)SerinCD,CKarabayCO,CAlagozCGCetal:MisdiagnosisCinCchroniccanaliculitis.OphthalPlastReconstrSurgC23:255-256,C20079)北山瑞恵,大島浩一:大きな涙小管結石の手術療法.臨眼C60:1313-1316,C200610)小嶌洋和,藤村貴志,松本美千代:霰粒腫の涙小管炎への波及として治療した涙小管炎の一例.眼臨紀C12:650-650,C2019C***1248あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(90)

涙小管結石の組成についての検討─細菌学的検査,組織化学的および元素分析的解析

2019年9月30日 月曜日

《第7回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科36(9):1183.1187,2019c涙小管結石の組成についての検討─細菌学的検査,組織化学的および元素分析的解析児玉俊夫*1大城由美*2首藤政親*3*1松山赤十字病院眼科*2松山赤十字病院病理診断科*3愛媛大学学術支援センターCAnalysisofConcretionintheCanaliculus─Microbiological,HistochemicalandElementAnalysisToshioKodama1),YumiOshiro2)andMasachikaShudo3)1)DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,2)3)IntegratedCenterforScience,EhimeUniversityCDepartmentofPathology,MatsuyamaRedCrossHospital,目的:細菌学的,組織学的検査および元素分析による涙小管結石の解析.対象および方法:対象は涙小管結石を摘出したC22例で,膿性分泌物の好気性,嫌気性細菌培養を行った.摘出された結石はグラム染色,コッサ染色,過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色による組織化学的解析,走査型電子顕微鏡(SEM)による微細構造の検討,およびエネルギー分散型蛍光CX線分析による構成元素の解析を行った.結果:細菌学的検査で放線菌が検出できたのはC22例中C6例で,病理組織標本では菌糸を有すグラム陽性桿菌がC15例で認められた.結石の中心部は好酸性の無構造物質がみられ,PAS陽性のムコ多糖類が層状構造を示し,塊状のカルシウム沈着がみられた.SEMにより結石の表面にはフィラメント様線維がみられ,元素分析により結石表面の主要な元素として炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムが認められた.結論:涙小管結石は肉芽腫から漏出したムコ多糖類などが放線菌菌糸に絡みつき,さらにカルシウムが沈着することにより涙小管結石を形成したと考えられた.CPurpose:Toreportthecharacteristicsofmicrobiological,histochemicalandelementanalysisofconcretioninthecanaliculus.Methods:Thisstudywasconductedon22casesoflacrimalcanaliculitiswhounderwentsurgicalremovalCofCconcretions.CPurulentCdischargeCwasCexaminedCbyCaerobicCandCanaerobicCcultures.CConcretionsCwereCexaminedusinghistopathologicalstainingwithhematoxylinandeosin,gram,Kossaandperiodicacid-Schi.(PAS)C.Westudiedtheconcretionsurfacebyobservationwithscanningelectronmicroscopy(SEM)andenergydispersiveX-rayCspectrometry(EDX)C.CResults:InCbacteriologicalCexamination,CpurulentCdischargeCshowedCActinomycesCin6outCofC22Ccases.CHistopathologicalCexaminationCrevealedC15CcasesCofC.lamentousCgram-positiveCorganisms.CEosino-philicCamorphousCmatrixCwasCobservedcentrally;PAS-positiveCmucopeptideCmaterialsCshowingClaminarCstructureCandcalciumdepositionwerescatteredintheconcretions.SEMshowed.lamentousorganismsonthesurfaceoftheconcretion,CtheCfrequentCelementsCbeingCcarbon,Cchlorine,Coxygen,Cphosphorous,CcalciumCasCdemonstratedCbyCEDX.CConclusion:Wesupposeaconcretiondevelopmentalprocessinwhichmucopeptidesecretedfromgranulationtis-suesinthecanaliculitismayconglutinatetothe.lamentousgram-positiveorganismsandthatcalciumdepositionmayfollow.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(9):1183.1187,C2019〕Keywords:涙小管炎,涙小管結石,放線菌,石灰化,エネルギー分散型CX線分析.lacrimalcanaliculitis,concre-tioninthecanaliculus,Actinomyces,calci.cation,energydispersiveX-rayspectrometry.C〔別刷請求先〕児玉俊夫:〒790-8524愛媛県松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:ToshioKodama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,1Bunkyo-cho,Matsuyama,Ehime790-8524,JAPANCはじめに涙小管炎は比較的まれな疾患で,亀井らによると抗菌点眼薬では改善しない片眼性の難治性結膜炎として治療されていることが多く,涙点の拡大や涙小管部の眼瞼腫脹あるいは硬結,および大量の粘液膿性眼脂などの臨床症状がみられる1).涙小管炎には菌塊ともよばれる涙小管結石を生じることがあるが,なぜ涙小管炎に結石形成がみられるのか,その異所性石灰沈着の機序はいまだ明らかではない.本報告では手術によって摘出した涙小管結石について細菌学的検査,組織化学的解析,走査型電子顕微鏡および元素分析を行って結石の石灰化メカニズムについて検討したので報告する.CI対象および方法対象はC2004年4月1日.2019年1月C31日の14年10カ月間に松山赤十字病院眼科(以下,当科)において手術により涙小管結石を摘出したC22例である.涙小管炎の起炎微生物の同定については,涙点部の圧迫を行って排出された膿性分泌物を用いて塗抹標本のグラム染色と細菌培養を行った.培養条件として好気性菌および通性嫌気性菌検出のための好気的培養は大気中で行った.偏性嫌気性菌検出のための嫌気的培養は試料を採取して即座に当科と同じ階にある微生物検査室に運び,窒素C80%,水素C10%,二酸化炭素C10%の混合ガスに満たされたグローブ付きボックスの中で培養を行った.涙小管結石は,涙点拡張後に鋭匙により炎症を生じている涙小管内を掻爬するか,涙小管を切開して周囲の肉芽組織とともに採取した(図1).なお,涙小管の再建のため涙小管切開後,涙管チューブを留置して涙小管断端同士を縫合した.涙管チューブは涙管通水試験で涙小管が閉鎖していないことを確認して約C3カ月後に抜去した.図1涙小管切開による涙小管結石の摘出下涙小管部で硬結を触れる部位で皮膚切開を加え,結石(.)と周囲の肉芽組織を露出した.摘出した涙小管結石はホルマリン固定,アルコール脱水,パラフィン包埋を行ってC3Cμmの薄切切片を作製した.薄切切片はヘマトキシリン・エオジン(HE)染色,グラム染色,カルシウム染色であるコッサ染色,ムコ多糖類の染色である過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色を行い,結石の性状について検討した.涙小管結石表面の微細構造の解析は,摘出した結石をC3%グルタールアルデヒド・リン酸緩衝液で固定後,臨界点乾燥を行って走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し,さらにエネルギー分散型CX線分析(energyCdispersiveCX-rayspectrometry:EDX)により結石表層の構成元素を特定した.涙小管結石のおもな構成元素のピーク高と涙.鼻腔吻合術で切除した前涙.稜の骨組織の構成元素と比較した.本研究は松山赤十字病院医療倫理委員会の承認を受けて行った(NoC657).CII結果涙小管結石を摘出した患者の平均年齢はC72.7C±9.2歳(平均±標準偏差,57.87歳)で男性C5例,女性C17例と女性に多かった(図2).膿性分泌物の細菌学的検査を行ったC22例中,放線菌が分離されたのはC6例で,そのうちCActinomycesisraeliiと同定できたのはC2例のみであった.放線菌以外の検出菌はC52株で,好気性菌および通性嫌気性菌では多い順にCStreptococ-cusanginosusが8株,Corynebacterium属とCStapylococcusepidermidisが5株,StapylococcusaureusがC4株であった.偏性嫌気性菌ではCPropionibacteriumacnesが9株,Fusa-bacterium属がC3株であった.細菌培養により放線菌が検出できなかったC16症例では摘出した結石のパラフィン切片を用いて病理組織検査を行った.グラム染色で結石の表層に放線菌と考えられる菌糸を有すグラム陽性桿菌が認められたのはC15例であった.残りC1例では菌糸の直径がC2Cμmを超えており放線菌より直径が大きいために,真菌染色であるグロコット染色を行って真菌と確認した.(例)181614121086420男性女性図2性別による涙小管炎の頻度結石を伴う涙小管炎の頻度は女性に多かった.図3涙小管結石の組織化学的所見a:HE染色.結石の表層には炎症細胞浸潤がみられ,結石の中心部は好酸性の無構造物質が存在していた.バーはC10Cμm.Cb:PAS染色.結石内部にはCPAS陽性のムコ多糖類からなる物質が層状構造(.)をとっていた.C→はCcにおける塊状の石灰化物で,PAS染色標本でもみられた.バーはC10Cμm.Cc:コッサ染色.結石内に塊状の石灰化物(C→)がみられ,その付近に微小な石灰沈着が認められた(⇒).バーはC10Cμm.Cd:グラム染色.結石の表層部に菌糸を有するグラム陽性桿菌(☆)が多数認められた.バーはC10Cμm.図4涙小管結石の微細構造a:グラム染色.フィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌が多数みられ放線菌と考えた.バーは1Cμm.Cb:SEM.析出した線維素あるいは菌糸と考えられる微細なフィラメント状物質と,桿菌と思われる長さ1.2Cμmの菌体類似構造(.)が認められた.バーはC10Cμm.つぎに涙小管結石の性状を明らかにするために組織化学的な石灰沈着が認められた(図3c).グラム染色では結石の表検討を行った.HE染色において最表層には炎症細胞浸潤が層部に菌糸を有するグラム陽性桿菌が多数認められた(図みられ,結石の中心部は好酸性の無構造物質が存在していたC3d).さらにグラム染色標本のグラム陽性桿菌は,高倍率で(図3a).PAS染色では結石内部にCPAS陽性のムコ多糖類詳細を観察するとフィラメント状の菌糸を有しており,放線から成り立つ物質が層状構造をとっていた(図3b).コッサ菌と考えた(図4a)染色では結石内に塊状の石灰化物がみられ,その周囲に微小SEMにより結石表面の微細構造を観察すると,析出したab図5涙小管結石と骨組織表面のEDXの比較a:涙小管結石(90歳,女性).Cb:骨組織(71歳,女性).涙.鼻腔吻合術時に切除した前涙.稜の骨壁.EDXによる分析では,涙小管結石の表層のおもな元素は炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムで,骨組織も同様であった.涙小管結石では骨組織と比較するとリン(①)のピークが高く,塩素(②)とカルシウム(③)のピークが減少していた.線維素あるいは菌糸と考えることもできる微細なフィラメント状物質と桿菌と思われる長さC1.2Cμmの菌体類似構造が認められた(図4b).同部位をCEDXにより計測して結石表層の構成元素を分析したところ,炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムが結石表層の構成元素として同定された.比較のため涙.鼻腔吻合術で切除した骨組織を分析したところ,結石の構成元素と同様の組成を示した.今回使用したCEDXでは定量的測定ができないためにピーク高での単純比較しかできないが,涙小管結石では骨組織と比較するとリンのピークが高く,塩素とカルシウムのピークが減少していた(図5).CIII考按涙小管炎は比較的まれな疾患であるが,抗菌点眼薬では改善しない膿性の眼脂を伴った片眼性の難治性結膜炎をみたら涙小管炎を鑑別診断にあげる必要がある.臨床所見として噴火状に突出した涙点を中心に眼瞼の発赤を認め,圧迫すると膿が排出される.起炎病原微生物の同定には細菌培養検査が不可欠であるが,起炎菌としてグラム陽性嫌気性菌である放線菌の検出率は低い.膿性分泌物を用いた嫌気培養による放線菌の検出率を比較すると,DemantらはC12例中C3例(25%)2),亀山らはC32例中C12例(38%)1)とその検出率は高いとはいえない.本報告でもその検出率はC27%であった.そのため亀山らやCVeirsは細菌培養による検出が放線菌の診断には必要ではなく,塗抹標本で菌糸を有すグラム陽性桿菌が証明されれば涙小管放線菌症と診断可能としている1,3).本報告では涙小管結石C16例のパラフィン切片を作製して,グラム染色を行い結石の表層に放線菌と考えられる菌糸を有すグラム陽性桿菌が検出できたのはC15例であった.Reppらはフィラメント様構造物がより明瞭に染色できるゴモリ・メセナミン銀溶液を用いて涙小管結石C11例を染色したところ放線菌の菌糸を検出できたのはC10例で,病理組織化学的手法が放線菌の検出に有用としている4).涙小管結石は硬度が低くもろいために結石を押しつぶして塗抹標本を作製することがあるが,手間はかかっても結石をホルマリン固定,パラフィン切片を作製してグラム染色を行ったほうが微生物の形状が保たれるために放線菌の検出には有利である5).問題点として塗抹標本および病理組織標本ともフィラメント状の菌糸をもつグラム陽性桿菌である放線菌目の細菌を検出できても,嫌気性のアクチノミセス属か好気性のノカルジア属かを同定することは不可能であり,やはり菌種の同定には細菌培養検査が不可欠である6).なぜ放線菌の検出率が低いか,その理由を考えてみたい.膿性分泌物の細菌学的検査による放線菌以外のおもな検出菌は,好気性および通性嫌気性菌ではCStreptococcusanginosus,Corynebacterium属,StapylococcusCepidermidis,Stapylococ-cusaureusの順に多かった.偏性嫌気性菌ではCPropionibac-teriumacnesとCFusabacterium属が多かった.Stapylococcusepidermidis,Stapylococcusaureus,Corynebacterium属細菌は結膜.常在細菌叢を形成しており,Propionibacteriumacnesはマイボーム腺や皮膚の毛根部に生息している7).一方,口腔内にも多数の微生物が生息しており放線菌,StreptococcusanginosusやCFusabacterium属細菌は口腔内細菌叢の一員として定住している8).これらの常在菌が混在していると発育の遅い放線菌の生育が抑制されるために細菌培養での検出率が低下すると考えられる.涙道結石の形成機序について,Iliadelisらは炎症の起きている涙道粘膜において涙液の再吸収が生じて塩類,とくにカルシウムの過飽和が生じることにより結石形成が促進されるとしている.さらに高濃度の塩類は水可溶性蛋白質の凝集をもたらし,その結果,変性した蛋白質が結石の核になりうるという仮説を提唱している9).この仮説を踏まえたうえで,結石形成のメカニズムを本報告では組織化学的および電子顕微鏡的に検討した.結石の中心部はCHE染色にて好酸性の無構造物質で,凝集した変性蛋白質と考えることができる.PAS染色ではCPAS陽性のムコ多糖類が凝集して層状構造を示しており,少しずつ凝集して結石を形成したと考えられる.同時に結石内部の放線菌の菌体は吸収されて無構造化したと思われる.結石の表層ではコッサ染色で示されたカルシウム沈着が認められ,グラム染色で放線菌が同様に結石の表層に分布していたことを考えると,放線菌と石灰沈着の間には何らかの関連があると思われる.Perryらは涙道結石をムコペプチド型と細菌型のC2種類に分類し,ムコペプチド型結石は涙.に局在し,細菌型結石は大多数が涙小管から採取されたと報告し,細菌型結石ではカルシウムの含有量が少ないために石のような硬度を示すことはまれであるとしている10).本報告でも涙小管結石C16例中C15例に放線菌が検出され,涙小管結石は放線菌が増殖した細菌型の結石に分類される.涙小管炎は女性に多いという特徴があるが,本報告でも男性C5例に対して女性はC17例と女性に発症することが多いことがわかった.前述のように結石形成は核となる物質が存在すれば,結石の成長が促進される.すなわち,女性では化粧品のパウダーが涙小管に貯留するために涙小管結石の核となるというメカニズムも考えられている11).EDXによる分析では涙小管結石の表層は炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムで構成されていたが,いずれもカルシウム塩の構成元素である.今回使用したCEDXでは定量的分析は困難である12)が,涙.鼻腔吻合術時に切除された骨組織の構成元素を強度で比較すると,涙小管結石ではリンの量が高かったが,塩素とカルシウムの量が多かった理由として,涙小管結石でカルシウム量が少なく,リンの量が高かったのは骨組織に比較すると涙小管結石では骨密度が低く,蛋白質などの有機物の量が多いためと考えられる.組織学的検討より涙小管結石はCPerryらが提唱した涙道結石の分類では細菌型の特徴を備えていたが,EDXの結果もこの所見を支持するものである.涙小管結石の生成機序として涙小管炎に伴う肉芽腫血管から漏出したムコ多糖類や,おそらく結膜杯細胞由来のムチンなどが放線菌の菌糸に絡みついてバイオフィルムを形成し,さらにカルシウムが沈着することにより涙小管結石を形成したと考える.文献1)亀井和子,中川尚,内田幸男:放線菌による涙小管炎の臨床所見.あたらしい眼科7:1783-1786,C19902)DemantCE,CHurwitzJ:Canaliculitis:ReviewCofC12Ccases.CCanJOphthalmolC15:73-75,C19803)VeirsER:TheClacrimalCsystem.Canaliculus.:In:Exter-naldiseasesoftheeye(WilsonLA,ed)C.p134-138,Harper&Row,Hagerstown,19794)ReppCDJ,CBurkatCCN,CLucarelliMJ:LacrimalCexcretoryCsystemconcreations:canalicularCandClacrimalCsac.COph-thalmologyC116:2230-2235,C20095)石川和郎,児玉俊夫,島村一郎ほか:菌塊を形成した涙小管感染症の細菌学的検討.臨眼62:467-472,C20086)水口康雄:アクチノミセス,ノカルジア.戸田新細菌学改訂32版(吉田眞一,柳雄介編),p669-673,南山堂,20027)桑原知巳:結膜.常在細菌叢.眼科58:157-165,C20168)中山浩次:口腔微生物と感染症.戸田新細菌学改訂C32版(吉田眞一,柳雄介編),p178-180,南山堂,20029)IliadelisCED,CKarabatakisCVE,CSofoniouMK:DacryolithsCinCaCseriesCofdacryocystorhinostomies:HistologicCandCchemicalanalysis.EurJOphthalmolC16:657-662,C200610)PerryCLJP,CJakobiecCFA,CZakkaFR:BacterialCandCmuco-peptideCconcretionsCofCtheClacrimaldrainageCsystem:AnCanalysisof30cases.OphthalPlastRecostrSurgC28:126-133,C201211)MarthinJK,LindegaardJ,PrauseJUetal:LesionsofthelacrimaldrainageCsystem:aCclinicopathlogicalCstudyCofC643CbiopsyCspecimensCofCtheClacrimalCdrainageCsystemCinCDenmarkC1910-1999.CActaCOphthalmolCScandC83:94-99,C200512)星野玲子:蛍光CX線分析の原理と機器を利用した比較研究.鶴見大学紀要52:77-89,C2015***

長期間留置された涙管チューブから涙囊炎を発症し角膜穿孔をきたした1例

2016年1月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(1):129.131,2016c長期間留置された涙管チューブから涙.炎を発症し角膜穿孔をきたした1例服部貴明柴田元子嶺崎輝海片平晴己本橋良祐熊倉重人後藤浩東京医科大学医学臨床系眼科学分野ACaseofCornealPerforationCausedbyDacryocystitisinPatientwithLong-termIndwellingofLacrimalIntubationTakaakiHattori,MotokoShibata,TerumiMinezaki,HarukiKatahira,RyousukeMotohashi,ShigetoKumakuraandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity長期間留置された涙管チューブによる涙.炎が誘因となった角膜穿孔の症例を報告する.症例:81歳,女性.抗菌薬治療に抵抗を示す角膜潰瘍が穿孔したとのことで紹介受診.初診時,左眼に多量の眼脂があり,角膜の下鼻側周辺部が穿孔していた.上下涙点には涙管チューブが留置されており,涙点から眼脂が出ていた.涙管チューブを抜去し通水試験を施行したところ,涙道は閉塞しており,多量の膿性眼脂が逆流してきた.角膜穿孔に対して遊離自己結膜弁移植を行い,涙.洗浄を連日施行した.涙道からの膿性眼脂の培養検査からは,緑膿菌,a溶血性連鎖球菌,Pasteurellamultocidaが検出された.術後は,抗菌薬の頻回点眼および点滴静注を行ったところ,移植した遊離結膜弁は生着し,穿孔は閉鎖された.角膜周辺部に潰瘍を生じた場合,涙小管炎や涙.炎による角膜潰瘍の可能性も考慮するとともに,涙道病変に対する治療も同時に行う必要がある.Weherereportacaseofcornealperforationcausedbydacryocystitisinan86-year-oldfemalewithlong-termindwellingoflacrimalintubation.Shewasreferredtoourhospitalwithcornealperforationthatwasresistanttoantibiotictreatment.Theperforationwasfoundatthelowernasalsideoftheperipheralcorneainherlefteye,withmassivedischarge.Therewaslacrimalintubationintheupperandlowernasolacrimalduct.Atthetimeoftuberemoval,massivedischargewasobserveduponlacrimalirrigation.BacterialcultureofthelacrimaldischargeshowedPseudomonasaeruginosa,alpha-streptococcusandPasteurellamultocida.Weperformedconjunctivalauto-graftingontheperforatedcornea.Theautograftwasacceptedandcornealperforationwasclosedwithdailylacrimaldrainageandfocalantibiotictreatment.Whenperipheralcornealulcerandperforationareresistanttoantibiotictherapy,canaliculitisanddacryocystitisshouldbesuspectedandsimultaneouslymanaged.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):129.131,2016〕Keywords:角膜穿孔,角膜潰瘍,涙.炎,涙小管炎.cornealperforation,cornealulcer,canaliculitis,dacryocystitis.はじめに角膜潰瘍の原因は感染性と非感染性に分類される.一般的に感染性の角膜潰瘍は角膜中央部に生じ,非感染性の角膜潰瘍は角膜周辺部に生じやすい傾向にある.非感染性角膜潰瘍の代表的な疾患として,Mooren角膜潰瘍,膠原病に伴う周辺部角膜潰瘍,カタル性角膜潰瘍などがあげられる.Mooren角膜潰瘍や膠原病に伴う周辺部角膜潰瘍は治療に抵抗し,角膜穿孔をきたすこともある.一方,報告例は少ないが,慢性涙.炎により非感染性の周辺部角膜潰瘍を生じることが知られている1.3).今回筆者らは,長期に涙管チューブが留置されたことにより涙.炎を発症し,角膜周辺部に穿孔をきたした症例を経験〔別刷請求先〕服部貴明:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学医学臨床系眼科学分野Reprintrequests:TakaakiHattoriM.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,Nishishinjuku6-7-1,Shinjukuku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(129)129 したので報告する.I症例患者:81歳,女性.主訴:左眼の視力低下,疼痛,眼脂.既往歴:約10年前,左眼の鼻涙管閉塞に対し涙管チューブ挿入術が施行されていた.関節リウマチ,その他の膠原病の既往はない.現病歴:2013年5月,左眼の疼痛,眼脂が出現したため近医を受診したところ,レボフロキサシン点眼,ベタメタゾン点眼を処方された.症状の改善が得られなかったため他の医院を受診したところ,レボフロキサシン点眼,ベタメタゾン点眼は中止され,トスフロキサシン点眼,オフロキサシン眼軟膏,セフカペン内服が処方された.しかし,これらの治療も奏効せず,角膜穿孔をきたしたため,東京医科大学病院眼科を紹介され受診となった.初診時所見:視力は右眼0.4(0.7×+1.00D(cyl.0.50DAx120°),左眼0.02(0.03×+1.00D).左眼には多量の眼脂があり,下鼻側の角膜周辺部が穿孔していたが,穿孔部およびその周囲の角膜には明らかな細胞浸潤はなかった(図1a).穿孔部には虹彩が嵌頓しており,前房は消失して前房水の漏出がみられた.また,上下の涙点には涙管チューブが挿入されており,涙点から眼脂が漏出していた(図1b).なお,上下の涙点周囲には発赤や腫脹,隆起などの所見はなかった.経過:当院の初診当日,左眼の涙管チューブを抜去して通水試験を施行したところ,涙道は閉塞しており多量の膿性眼脂の逆流を認めた.この膿性眼脂を培養した結果,後に緑膿菌(1+),a溶血性連鎖球菌(1+),Pasteurellamultocida(ごく少量)が検出された.また同日,角膜穿孔部に対して患眼から作製した遊離自己結膜弁を移植し,治療用コンタクトレンズを装用させた.同時に,涙小管内を掻爬したが,菌石や菌塊は認めなかった.その後は0.5%レボフロキサシン点眼(1時間毎),0.5%セフメノキシム点眼(1時間毎),ピペラシリンナトリウム点滴静注,および0.05%グルコン酸クロルヘキシジンによる涙.洗浄を連日行った.これらの治療により涙道の通過障害は徐々に改善し,涙点からの膿性眼脂の逆流も消失した.また,角膜穿孔部の遊離結膜弁は生着し,穿孔創を閉鎖することができた(図2).II考按本症例が角膜穿孔をきたした原因としていくつかの理由が考えられる.一つは角膜に直接病原体が感染し,角膜潰瘍をきたして穿孔した可能性である.通常,感染性角膜潰瘍では角膜実質に強い浸潤,混濁を伴い,穿孔をきたすほどの症例130あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016ab図1初診時の左眼前眼部a:左眼の結膜は充血し,多量の眼脂があった.7時の周辺角膜が穿孔し,虹彩が嵌頓している.b:涙管チューブが留置されており,上下涙点から多量の眼脂が漏出している(.).図2初診から21日目の左前眼部角膜穿孔部は遊離自己結膜弁により被覆され,閉鎖している.では前房蓄膿を含む激しい前房炎症を伴っていることが多い.しかし,本症例では潰瘍辺縁の角膜実質の浸潤はほとんどなく前房炎症も軽微であった.これらのことから本症例の場合,角膜に直接病原体が感染し,角膜穿孔の原因となった可能性は低いと考えられる.他の原因としては免疫原性の角膜潰瘍が考えられるが,膠原病などの既往もなく,この可能性も低いと思われる.さらに穿孔が下鼻側であったことか(130) ら,涙管チューブによる慢性の機械的な刺激により角膜穿孔をきたした可能性も考えられる.しかし,チューブは正しく挿入されており,角膜に接触していた可能性は低く,チューブによる機械的刺激による角膜穿孔も考えにくい.その他の原因として,涙小管炎や涙.炎による角膜潰瘍や角膜穿孔の可能性が推定される1.3).本症例も涙管チューブ抜去後の涙.洗浄の際に多量の膿性眼脂が逆流し,培養では複数の細菌が検出された.涙小管炎に特徴的な涙点の隆起や,涙小管内からの菌石,菌塊の検出はなかったが,通水試験では鼻涙管の通過障害が確認された.以上より,涙管チューブが長期に留置されていたことにより,涙道内に細菌感染が引き起こされ,慢性涙.炎の状態になっていた可能性が考えられ,これが角膜穿孔の誘因であると推測した.先に述べたように,本症例と同様に涙小管炎や涙.炎では角膜潰瘍や角膜穿孔をきたすことが報告されているが,その発症メカニズムは不明である.Cohnらは慢性涙.炎に合併した周辺部角膜潰瘍で涙.内から連鎖球菌が培養されたが,角膜潰瘍部からは菌が検出されなかったと報告している3).また,本症例と同様に,他の報告でも角膜潰瘍は抗菌薬に対してほとんど反応していない1,2).以上のことから,涙小管炎や涙.炎に角膜潰瘍が合併するメカニズムは,菌の感染による直接的な侵襲ではなく,涙小管炎や涙.炎により涙道内で産生された菌の毒素,マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)やライソゾームなどが眼表面に逆流し,角膜潰瘍を発症させている可能性が考られる.一方,涙小管炎や涙.炎によって角膜穿孔を生じることはまれである.これは先に述べたような角膜潰瘍を生じさせる何らかの物質を産生するようになる症例がまれであるか,もしくは角膜潰瘍の発生にはさらに宿主側の因子が関与しており,これらの要因がすべて揃うことで潰瘍を形成するのではないかと考えている.涙管チューブを長期的に留置することについてはさまざまな意見がある.涙管チューブ抜去後の再閉塞が高率に起こる疾患も存在し,長期的に涙管チューブを留置せざるをえない症例があることも事実である.しかし,涙管チューブ留置は感染や,肉芽腫形成などの合併症が報告されている4.7).涙管チューブを留置する場合には,これらの合併症への対処が必要と考える.本症例では,涙.炎が角膜を融解させた原因として推察されたため,涙.炎のコントロールが結膜弁の生着にとって重要と考え,頻回の涙.洗浄を行った.その結果,涙.炎は鎭静化し結膜弁を生着させることができた.すなわち,涙.炎,涙小管炎に合併した角膜潰瘍では,角膜潰瘍への治療のみならず涙小管の掻爬や涙.洗浄などによる涙道病変のコントロールが重要であると考えられた.文献1)芝野宏子,日比野剛,福田昌彦ほか:慢性涙.炎が原因と考えられた周辺部角膜潰瘍の3例.眼臨101:755-758,20072)日野智之,外園千恵,東原尚代ほか:慢性涙.炎が契機と考えられた角膜潰瘍の3症例.あたらしい眼科31:567570,20143)CohnH,MondinoBJ,BrownSIetal:Marginalcornealulcerswithacutebetastreptococcalconjunctivitisandchronicdacryocystitis.AmJOphthalmol87:541-543,19794)坂井譲,渡部真樹子:抗癌薬TS-1による涙道障害に対して行った涙管チューブ留置中に細菌性角膜炎を発症した1例.あたらしい眼科30:1302-1304,20135)岩崎雄,陳華:停留チューブに形成された涙石を伴う涙.炎の1例.眼科手術27:607-613,20146)三村真士,植木麻理,布谷健太郎ほか:涙管チューブ挿入後に発生した涙道肉芽組織に対する治療.眼臨紀6:145,20137)三村真士,植木麻理,今川幸宏ほか:涙管チューブに対するアレルギーが原因と思われた術後炎症性肉芽腫の2例.眼臨紀5:475-476,2012***(131)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016131