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長期間留置された涙管チューブから涙囊炎を発症し角膜穿孔をきたした1例

2016年1月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(1):129.131,2016c長期間留置された涙管チューブから涙.炎を発症し角膜穿孔をきたした1例服部貴明柴田元子嶺崎輝海片平晴己本橋良祐熊倉重人後藤浩東京医科大学医学臨床系眼科学分野ACaseofCornealPerforationCausedbyDacryocystitisinPatientwithLong-termIndwellingofLacrimalIntubationTakaakiHattori,MotokoShibata,TerumiMinezaki,HarukiKatahira,RyousukeMotohashi,ShigetoKumakuraandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity長期間留置された涙管チューブによる涙.炎が誘因となった角膜穿孔の症例を報告する.症例:81歳,女性.抗菌薬治療に抵抗を示す角膜潰瘍が穿孔したとのことで紹介受診.初診時,左眼に多量の眼脂があり,角膜の下鼻側周辺部が穿孔していた.上下涙点には涙管チューブが留置されており,涙点から眼脂が出ていた.涙管チューブを抜去し通水試験を施行したところ,涙道は閉塞しており,多量の膿性眼脂が逆流してきた.角膜穿孔に対して遊離自己結膜弁移植を行い,涙.洗浄を連日施行した.涙道からの膿性眼脂の培養検査からは,緑膿菌,a溶血性連鎖球菌,Pasteurellamultocidaが検出された.術後は,抗菌薬の頻回点眼および点滴静注を行ったところ,移植した遊離結膜弁は生着し,穿孔は閉鎖された.角膜周辺部に潰瘍を生じた場合,涙小管炎や涙.炎による角膜潰瘍の可能性も考慮するとともに,涙道病変に対する治療も同時に行う必要がある.Weherereportacaseofcornealperforationcausedbydacryocystitisinan86-year-oldfemalewithlong-termindwellingoflacrimalintubation.Shewasreferredtoourhospitalwithcornealperforationthatwasresistanttoantibiotictreatment.Theperforationwasfoundatthelowernasalsideoftheperipheralcorneainherlefteye,withmassivedischarge.Therewaslacrimalintubationintheupperandlowernasolacrimalduct.Atthetimeoftuberemoval,massivedischargewasobserveduponlacrimalirrigation.BacterialcultureofthelacrimaldischargeshowedPseudomonasaeruginosa,alpha-streptococcusandPasteurellamultocida.Weperformedconjunctivalauto-graftingontheperforatedcornea.Theautograftwasacceptedandcornealperforationwasclosedwithdailylacrimaldrainageandfocalantibiotictreatment.Whenperipheralcornealulcerandperforationareresistanttoantibiotictherapy,canaliculitisanddacryocystitisshouldbesuspectedandsimultaneouslymanaged.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):129.131,2016〕Keywords:角膜穿孔,角膜潰瘍,涙.炎,涙小管炎.cornealperforation,cornealulcer,canaliculitis,dacryocystitis.はじめに角膜潰瘍の原因は感染性と非感染性に分類される.一般的に感染性の角膜潰瘍は角膜中央部に生じ,非感染性の角膜潰瘍は角膜周辺部に生じやすい傾向にある.非感染性角膜潰瘍の代表的な疾患として,Mooren角膜潰瘍,膠原病に伴う周辺部角膜潰瘍,カタル性角膜潰瘍などがあげられる.Mooren角膜潰瘍や膠原病に伴う周辺部角膜潰瘍は治療に抵抗し,角膜穿孔をきたすこともある.一方,報告例は少ないが,慢性涙.炎により非感染性の周辺部角膜潰瘍を生じることが知られている1.3).今回筆者らは,長期に涙管チューブが留置されたことにより涙.炎を発症し,角膜周辺部に穿孔をきたした症例を経験〔別刷請求先〕服部貴明:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学医学臨床系眼科学分野Reprintrequests:TakaakiHattoriM.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,Nishishinjuku6-7-1,Shinjukuku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(129)129 したので報告する.I症例患者:81歳,女性.主訴:左眼の視力低下,疼痛,眼脂.既往歴:約10年前,左眼の鼻涙管閉塞に対し涙管チューブ挿入術が施行されていた.関節リウマチ,その他の膠原病の既往はない.現病歴:2013年5月,左眼の疼痛,眼脂が出現したため近医を受診したところ,レボフロキサシン点眼,ベタメタゾン点眼を処方された.症状の改善が得られなかったため他の医院を受診したところ,レボフロキサシン点眼,ベタメタゾン点眼は中止され,トスフロキサシン点眼,オフロキサシン眼軟膏,セフカペン内服が処方された.しかし,これらの治療も奏効せず,角膜穿孔をきたしたため,東京医科大学病院眼科を紹介され受診となった.初診時所見:視力は右眼0.4(0.7×+1.00D(cyl.0.50DAx120°),左眼0.02(0.03×+1.00D).左眼には多量の眼脂があり,下鼻側の角膜周辺部が穿孔していたが,穿孔部およびその周囲の角膜には明らかな細胞浸潤はなかった(図1a).穿孔部には虹彩が嵌頓しており,前房は消失して前房水の漏出がみられた.また,上下の涙点には涙管チューブが挿入されており,涙点から眼脂が漏出していた(図1b).なお,上下の涙点周囲には発赤や腫脹,隆起などの所見はなかった.経過:当院の初診当日,左眼の涙管チューブを抜去して通水試験を施行したところ,涙道は閉塞しており多量の膿性眼脂の逆流を認めた.この膿性眼脂を培養した結果,後に緑膿菌(1+),a溶血性連鎖球菌(1+),Pasteurellamultocida(ごく少量)が検出された.また同日,角膜穿孔部に対して患眼から作製した遊離自己結膜弁を移植し,治療用コンタクトレンズを装用させた.同時に,涙小管内を掻爬したが,菌石や菌塊は認めなかった.その後は0.5%レボフロキサシン点眼(1時間毎),0.5%セフメノキシム点眼(1時間毎),ピペラシリンナトリウム点滴静注,および0.05%グルコン酸クロルヘキシジンによる涙.洗浄を連日行った.これらの治療により涙道の通過障害は徐々に改善し,涙点からの膿性眼脂の逆流も消失した.また,角膜穿孔部の遊離結膜弁は生着し,穿孔創を閉鎖することができた(図2).II考按本症例が角膜穿孔をきたした原因としていくつかの理由が考えられる.一つは角膜に直接病原体が感染し,角膜潰瘍をきたして穿孔した可能性である.通常,感染性角膜潰瘍では角膜実質に強い浸潤,混濁を伴い,穿孔をきたすほどの症例130あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016ab図1初診時の左眼前眼部a:左眼の結膜は充血し,多量の眼脂があった.7時の周辺角膜が穿孔し,虹彩が嵌頓している.b:涙管チューブが留置されており,上下涙点から多量の眼脂が漏出している(.).図2初診から21日目の左前眼部角膜穿孔部は遊離自己結膜弁により被覆され,閉鎖している.では前房蓄膿を含む激しい前房炎症を伴っていることが多い.しかし,本症例では潰瘍辺縁の角膜実質の浸潤はほとんどなく前房炎症も軽微であった.これらのことから本症例の場合,角膜に直接病原体が感染し,角膜穿孔の原因となった可能性は低いと考えられる.他の原因としては免疫原性の角膜潰瘍が考えられるが,膠原病などの既往もなく,この可能性も低いと思われる.さらに穿孔が下鼻側であったことか(130) ら,涙管チューブによる慢性の機械的な刺激により角膜穿孔をきたした可能性も考えられる.しかし,チューブは正しく挿入されており,角膜に接触していた可能性は低く,チューブによる機械的刺激による角膜穿孔も考えにくい.その他の原因として,涙小管炎や涙.炎による角膜潰瘍や角膜穿孔の可能性が推定される1.3).本症例も涙管チューブ抜去後の涙.洗浄の際に多量の膿性眼脂が逆流し,培養では複数の細菌が検出された.涙小管炎に特徴的な涙点の隆起や,涙小管内からの菌石,菌塊の検出はなかったが,通水試験では鼻涙管の通過障害が確認された.以上より,涙管チューブが長期に留置されていたことにより,涙道内に細菌感染が引き起こされ,慢性涙.炎の状態になっていた可能性が考えられ,これが角膜穿孔の誘因であると推測した.先に述べたように,本症例と同様に涙小管炎や涙.炎では角膜潰瘍や角膜穿孔をきたすことが報告されているが,その発症メカニズムは不明である.Cohnらは慢性涙.炎に合併した周辺部角膜潰瘍で涙.内から連鎖球菌が培養されたが,角膜潰瘍部からは菌が検出されなかったと報告している3).また,本症例と同様に,他の報告でも角膜潰瘍は抗菌薬に対してほとんど反応していない1,2).以上のことから,涙小管炎や涙.炎に角膜潰瘍が合併するメカニズムは,菌の感染による直接的な侵襲ではなく,涙小管炎や涙.炎により涙道内で産生された菌の毒素,マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)やライソゾームなどが眼表面に逆流し,角膜潰瘍を発症させている可能性が考られる.一方,涙小管炎や涙.炎によって角膜穿孔を生じることはまれである.これは先に述べたような角膜潰瘍を生じさせる何らかの物質を産生するようになる症例がまれであるか,もしくは角膜潰瘍の発生にはさらに宿主側の因子が関与しており,これらの要因がすべて揃うことで潰瘍を形成するのではないかと考えている.涙管チューブを長期的に留置することについてはさまざまな意見がある.涙管チューブ抜去後の再閉塞が高率に起こる疾患も存在し,長期的に涙管チューブを留置せざるをえない症例があることも事実である.しかし,涙管チューブ留置は感染や,肉芽腫形成などの合併症が報告されている4.7).涙管チューブを留置する場合には,これらの合併症への対処が必要と考える.本症例では,涙.炎が角膜を融解させた原因として推察されたため,涙.炎のコントロールが結膜弁の生着にとって重要と考え,頻回の涙.洗浄を行った.その結果,涙.炎は鎭静化し結膜弁を生着させることができた.すなわち,涙.炎,涙小管炎に合併した角膜潰瘍では,角膜潰瘍への治療のみならず涙小管の掻爬や涙.洗浄などによる涙道病変のコントロールが重要であると考えられた.文献1)芝野宏子,日比野剛,福田昌彦ほか:慢性涙.炎が原因と考えられた周辺部角膜潰瘍の3例.眼臨101:755-758,20072)日野智之,外園千恵,東原尚代ほか:慢性涙.炎が契機と考えられた角膜潰瘍の3症例.あたらしい眼科31:567570,20143)CohnH,MondinoBJ,BrownSIetal:Marginalcornealulcerswithacutebetastreptococcalconjunctivitisandchronicdacryocystitis.AmJOphthalmol87:541-543,19794)坂井譲,渡部真樹子:抗癌薬TS-1による涙道障害に対して行った涙管チューブ留置中に細菌性角膜炎を発症した1例.あたらしい眼科30:1302-1304,20135)岩崎雄,陳華:停留チューブに形成された涙石を伴う涙.炎の1例.眼科手術27:607-613,20146)三村真士,植木麻理,布谷健太郎ほか:涙管チューブ挿入後に発生した涙道肉芽組織に対する治療.眼臨紀6:145,20137)三村真士,植木麻理,今川幸宏ほか:涙管チューブに対するアレルギーが原因と思われた術後炎症性肉芽腫の2例.眼臨紀5:475-476,2012***(131)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016131