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β-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌による結膜下膿瘍の1例

2018年5月31日 木曜日

《第54回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科35(5):679.683,2018cb-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌による結膜下膿瘍の1例渡部美和子*1,2庄司純*1稲田紀子*1山上聡*1*1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野*2東京女子医科大学糖尿病センター眼科CAdultCaseofSubconjunctivalAbscessCausedbyb-lactamaseNon-producingAmpicillin-resistantHaemophilusin.uenzaeCMiwakoWatanabe1,2)C,JunShoji1),NorikoInada1)andSatoruYamagami1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NihonUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofDiabeticOphthalmology,DiabetesCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversity目的:b-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌(BLNAR)による結膜下膿瘍の成人例の症例報告.症例:症例はC41歳,男性で,右眼の異物感および眼脂を主訴に,遷延化した難治性結膜炎として当院紹介受診となった.初診時,右外眼角部に排膿を伴う肉芽腫様隆起性病変を認め,膿と眼脂の細菌分離培養結果からそれぞれBLNARが検出された.頭部CMRI検査では,外眼筋付着部付近に膿瘍を認めたため,BLNARによる結膜下膿瘍と診断した.薬剤感受性試験結果を基にセフメノキシムまたはモキシフロキサシン点眼,オフロキサシン眼軟膏,およびセフポドキシムプロキセチル内服により治療を行ったところ,6カ月後に排膿は消失し,膿瘍も縮小した.結論:耐性インフルエンザ菌が原因で成人に発症したまれな結膜下膿瘍を経験した.本症例の診断には画像検査が有用であり,治療には薬剤感受性試験結果に基づく治療薬選択が重要であった.CPurpose:Wereportanadultcaseofsubconjunctivalabscesscausedbyb-lactamasenon-producingampicil-lin-resistantCHaemophilusCin.uenzae(BLNAR)C.CCase:AC41-year-oldCmaleCpresentedCtoCourCuniversityCwithCpro-longedCrefractoryCconjunctivitisChavingCforeignCbodyCsensationCandCdischargeCinChisCrightCeye.CAtCtheC.rstCvisit,Ctherewasaprotrudinggranulomatouslesionwithdrainageinrighteye’soutercanthus,andBLNARwasdetectedbybacterialculturetestofdischargeanddrainage,respectively.Inheadmagneticresonanceimaging,anabscesswasCfoundCnearCtheCholdfastCofCtheCextraocularCmuscle,CsoCweCdiagnosedCsubconjunctivalCabscessCcausedCbyCBLNAR.BasedConCdrugCsusceptibilityCtestCresults,CweCtreatedCwithCcefmenoximeCorCmoxi.oxacinCeyedrops,Co.oxacinCeyeCointmentandcefpodoximeproxetiloraladministration,leadingtodisappearanceofpusandreductionofabscessesafterC6Cmonths.CConclusion:HaemophilusCin.uenzaeCcanCdevelopCsubconjunctivalCabscessCinCadults.CInCourCcase,CimagingCexaminationCandCtreatmentCselectionCbasedConCdrugCsusceptibilityCtestingCcontributedCtoCbetterCdiagnosisCandtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(5):679.683,C2018〕Keywords:インフルエンザ菌,BLNAR(Cb-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌),結膜下膿瘍,難治性結膜炎,涙腺排出管.Haemophilusin.uenzae,BLNAR(Cb-lactamasenon-producingampicillin-resistant)C,subconjunctivalabscess,refractoryconjunctivitis,excretoryductsoflacrimalgland.Cはじめにzae:NTHi)とに分類される.莢膜型は髄膜炎や肺炎などのインフルエンザ菌(HaemophilusCin.uenzae)はグラム陰全身感染症を引き起こしやすく,なかでもインフルエンザ菌性短桿菌であり,菌表面に莢膜多糖を有する莢膜型(a.f型)b型(H.Cin.uenzaeCtypeb:Hib)は侵襲性が高いため,感と型別不能の無莢膜型(nontypeableHaemophilusCin.uen-染予防の観点からCHibワクチンが用いられている.〔別刷請求先〕渡部美和子:〒162-8666東京都新宿区河田町C8-1東京女子医科大学糖尿病センター眼科Reprintrequests:MiwakoWatanabe,DepartmentofDiabeticOphthalmology,DiabetesCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPANC眼科領域におけるインフルエンザ菌感染症の代表的疾患は,小児の急性結膜炎や眼窩蜂巣炎であり,その原因菌の大半をCNTHiが占めるといわれている1,2).NTHi感染症に対してCHibワクチンは予防効果をもたず,近年はCb-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌(Cb-lactamasenon-producingCampicillin-resistant:BLNAR)をはじめとする耐性菌も増加したことから,眼科領域では治療に難渋するインフルエンザ菌感染症例に遭遇することがある3).今回筆者らは,治癒までに長期間を有し,涙腺排出管膿瘍が疑われたCBLNARによる結膜下膿瘍の成人例を経験したので報告する.C図1初診時の前眼部写真右眼に結膜充血を認める.外眼角部に肉芽腫様隆起性病巣を認め,同部位からの排膿もみられる.図2初診後1カ月の頭部単純MRI画像(FLAIR画像)右眼の外眼筋付着部付近に膿瘍形成を認める(.).I症例患者:41歳,男性.主訴:右眼の充血および眼脂.現病歴:バイク走行中に右眼の異物感を自覚し,同日に右眼の充血・眼脂が出現した.約C6カ月間近医C4施設で抗菌薬点眼を中心とした治療を受けた.前医で施行された眼脂の細菌分離培養検査は,初回検査では菌陰性であったが,1カ月後に再度施行された検査ではインフルエンザ菌が検出された.抗菌薬を中心とした点眼薬治療では症状改善がみられず当院紹介となった.既往歴・家族歴:特記事項なし.初診時所見:右眼の球結膜充血がみられ,結膜.内に眼脂の貯留がみられた.外眼角部には肉芽腫様の隆起病変が存在し,同部位からの排膿がみられた(図1).同日に原因菌を特定するために結膜擦過物および排膿を伴う病変部の膿の細菌分離培養検査を実施し,後日結膜擦過物からCBLNAR少数,膿からCBLNAR少数,黄色ブドウ球菌極小を認めた.表1は初診時の薬剤感受性試験結果である.アンピシリン(ABPC),アンピシリン・スルバクタム(ABPC/SBT)などの第一セフェム系抗菌薬やセファクロム(CCL)などの第二世代セフェム系抗菌薬に対し耐性を示した.一方でセフォタキシム(CTX)などの第三世代セフェム系抗菌薬やレボフロキサシン(LVFX)に対し感受性を示した.経過:治療としては,これまでに使用歴がないゲンタマイシン硫酸塩点眼液C1日C4回,オフロキサシン眼軟膏C1日C1回を初診時に処方した.初診後C2週で症状に変化はなく,薬剤感受性試験結果を基に治療薬をセフメノキシム塩酸塩点眼液とセフポドキシムプロキセチル錠C1日C200Cmg内服へ変更した(内服薬はC5日間投与して中止した).1カ月後には,充血はほとんど変化がなかったが眼脂は減少し,再検した細菌分表1初診時薬剤感受性試験結果抗菌薬MIC(μg/ml)感受性判定CABPC4CRCABPC/SBTC4CRCCCL16CRCCTM32CRCCTXC0.5CSCCDTRPIC0.5CSCCTRXC≦0.25CSCLVFXC≦0.5CSR:耐性S:感受性ABPC:アンピシリン,ABPC/SBT:アンピシリン・スルバクタム,CCL:セファクロム,CTM:セフォチアム,CTX:セフォタキシム,CDTRPI:セフジトレンピボキシル,CTRX:セフトリアキソン,LVFX:レボフロキサシン.図3初診後6カ月の前眼部写真および頭部単純MRI画像(T1W画像)Ca:前眼部写真.外眼角部に肉芽腫様の変化が残存しているが,排膿はなく膿瘍は瘢痕治癒している.Cb:MRI画像では外眼筋付着部の膿瘍は消失している.C離培養検査ではCBLNARが陰性化していた.また,治療と同時進行で感染部位を特定するための画像診断が検討された.初診後C1カ月目に検診で撮影していた頭部単純CMRI画像(図2)を検討したところ,膿瘍は外眼筋付着部付近に限局し,眼窩内には所見を認めなかったため眼窩蜂巣炎や眼瞼膿瘍は否定的であった.初診後C3カ月目では,眼脂,結膜充血ともに軽快傾向であったが,病巣からの排膿は持続していた.膿の細菌分離培養検査ではCBLNARが検出された.また,鼻腔内の常在菌検索を目的とした鼻腔内の細菌分離培養検査を施行したが,BLNARは検出されず,鼻腔由来でないことが確認された.治療は,受診時に病巣マッサージによる排膿を繰り返すとともに,抗菌点眼薬および眼軟膏による治療を継続した.分離されたCBLNARの薬剤感受性試験結果はフルオロキノロン感受性株であったため,点眼薬をモキシフロキサシン塩酸塩点眼液C1日C4回に変更して薬物治療を継続した.眼軟膏は,初診時からのオフロキサシン眼軟膏C1日C1回(就寝前)を継続した.初診後C6カ月目で外眼角部に肉芽組織は残存したが,排膿は消失し,結膜充血は改善した(図3a).結膜.内細菌分離培養結果で菌は陰性化し,MRI画像では膿瘍が軽快していた(図3b)ため治療終了とした.CII考按今回,BLNARが原因菌と考えられる外眼角部の結膜下に膿瘍を形成した成人例を経験した.今回の細菌分離培養検査で,病巣部から排膿している膿および結膜擦過物の両者からBLNARが検出された点から,BLNARを原因菌とする結膜下膿瘍と診断した.BLNARは,Cb-ラクタマーゼを産生せず,ペニシリン結合蛋白(penicillinCbindingCprotein:PBP)そのものが遺伝子変異したインフルエンザ菌の耐性株である.臨床的には,ABPC,ABPC/SBTの他,第二世代セフェム系抗菌薬に耐性であり,CTXに代表される第三世代セフェム系抗菌薬が有効であるとされている.BLNARを原因菌とする外眼部感染症としては小児の急性結膜炎が代表であり,分離されたインフルエンザ菌のなかにCBLNARの占める割合が高いことが指摘されている4).今回のCBLNAR感染症症例は,健康な成人例であったこと,および結膜炎ではなく結膜下膿瘍を形成したことが既報との相違点であり,今回の感染症の特徴であったと考えられた.結膜下膿瘍に関しては,外傷または外眼部手術に続発して発症する例が報告されている5.7).今回の症例は外傷の既往が明確ではなく,手術歴も有しない健康成人であった.また,MRIによる画像診断により外眼筋付着部付近の結膜下に形成された膿瘍であることが明らかとなった.Brooksら8)は,外傷や手術歴のない成人女性に発症したインフルエンザ菌を原因菌とする結膜下膿瘍の症例を報告している.筆者らが経験した症例の臨床所見とCBrooksらの症例との類似点として,外眼角部の結膜下に病変が認められていること,画像診断により外眼筋付着部に膿瘍が形成されていることがあげられるが,両者ともに病変部の病理学的診断ができていないことから,感染部位を特定するには至っていない.また,眼窩隔膜前に膿瘍を形成する疾患としては涙腺膿瘍があり,本症例における鑑別診断として重要と考えられる.Ginatら9)表2本症例と既報との比較BrooksIII(Cornea,2010)Ginatら(JOII,20166:1)本症例症例診断所見画像所見原因菌治療内容経過27歳,女性結膜下膿瘍左)発赤,充血,白い分泌物,流涙左)外窩洞部に膿瘍インフルエンザ菌抗菌薬:点眼・内服(モキシフロキサシン)10日で症状改善60歳,女性涙腺膿瘍右)眼瞼腫脹,疼痛,排膿,上転・外転制限右)眼窩隔膜前蜂巣炎涙腺腫脹,液体貯留黄色ブドウ球菌外科的切開排膿抗菌薬:点眼・内服3週間で症状改善41歳,男性結膜下膿瘍(lacrimalductabscess)右)充血,眼脂,外眼角部肉芽腫様病巣から排膿右)外眼筋付着部レベルに膿瘍インフルエンザ菌本文参照6.7カ月で症状改善肉芽を残し,膿瘍消失は,ブドウ球菌が原因菌である涙腺膿瘍を報告している.本症例,Brooksらの症例およびCGinatらの症例の類似点と相違点を表2に示したが,涙腺膿瘍とするには膿瘍が形成された部位や上眼瞼の所見から否定的であった.一方,涙腺は上眼瞼挙筋の腱で隔てられ,眼窩部涙腺と眼瞼部涙腺とに分かれている.眼窩部涙腺からはC3.5本の排出管が出ており,上円蓋部外側に開口するとされている.また,眼瞼部涙腺の排出管は,上円蓋部から外眼角部にかけて,約C50個の開口部がみられるとされている10,11).本症例では,外眼部に形成された肉芽腫性病変の部位が涙腺排出管の開口部に相当していると考えられ,涙腺排出管の開口部から侵入したインフルエンザ菌により,眼瞼部涙腺の排出管に膿瘍が形成されて拡大することで結膜下膿瘍の所見を呈した可能性が考えられた.しかし,今回のCMRI画像からは,病巣部の明瞭な特定化は困難であり,また外科的処置も行わなかったため,病理学的な面からも病巣部を特定できなかったことから,本症例を結膜下膿瘍と診断した.結膜下または眼窩隔膜前に形成される膿瘍に対する抗菌薬投与は,点眼投与よりも全身投与が重要であると考えられる.既報では,結膜下膿瘍に対して全身投与をC10日間,涙腺膿瘍に対してはC3週間の投与が行われ,有効であったとされている.本症例ではセフポドキシムプロキセチル内服をC5日間投与後に培養結果で菌陰性化を示し,排膿も消失していたため抗菌薬の全身投与を短期間で終了している.しかし,後の細菌分離培養検査ではCBLNARが再検出されている.これらの経過から,セフポドキシムプロキセチル内服と抗菌薬点眼とにより結膜.内のCBLNARの菌量が一時的に減少したため培養陰性を示した可能性も考えられるが,抗菌薬内服を中止したことで残存したCBLNARが再び増加に転じたことを考えると,抗菌薬の全身投与期間が菌の完全消失するのには不十分であったことを示していると考えられた.また,自然排膿がみられていたこと,および経過期間中に結膜下膿瘍の拡大や充血,疼痛などの臨床症状の悪化は認めなかったため,抗菌薬の点滴や内服といったさらなる治療の追加を今回は行わなかった.さらに病変に対する外科的な膿瘍摘出についても当初から検討はしていたが,膿瘍部位が外眼筋付着部付近に位置していたため,医原性の外眼筋筋膜損傷を考慮し,まずは投薬による保存的治療を選択した.今回の症例では,治療にC6.7カ月の期間を要したが,膿瘍が遷延化した背景には,1)膿瘍形成部位,2)耐性菌および3)抗菌薬の種類と投与法の三つの要因があると考えられた.しかし,今回の症例の経過からは,どの要因が病状遷延化の原因であったかを特定することは困難であった.本症例のような結膜下に形成された膿瘍に対し,今回筆者らは眼窩蜂巣炎や眼瞼膿瘍との鑑別のために検討したCMRIなどの画像検査および薬剤感受性試験結果に基づく抗菌薬の局所および全身投与計画を施行した.遷延例に対しては,より病理学的な面からの感染病巣部位診断やドレナージ,膿瘍摘出などの外科的処置を積極的に考慮する必要があったのではないかと筆者らは考えている.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)砂川慶介,竹内百合子,岩田敏:無莢膜型インフルエンザ菌(NTHi)の疫学.感染症誌85:227-237,C20112)石和田稔彦:インフルエンザ菌感染症.小児内科C40(増刊号):1008-1012,C20083)矢野寿一:ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌(BLNAR).小児科臨床12:2467-2471,C20114)SugitaCG,CHotomiCM,CSugitaCRCetCal:GeneticCcharacteris-ticsofHaemophilusin.uenzaeandStreptococcuspneumi-niaeisolatedfromchildrenwithconjunctivitis-otitismediasyndrome.JInfectChemotherC20:497-497,C20145)RionoWP,HidayatAA,RaoNA:Scleritis:aclinicopath-ologicCstudyCofC55Ccases.COphthalmologyC106:1328-1333,C19996)HsiaoCCH,CChenCJJY,CHuangCSCMCetCal:IntrascleralCdis-seminationofinfectiousscleritisfollowingpterygiumexci-sion.BrJOphthalmolC82:29-34,C19987)KivlinCJD,CWilsonCEMCJr:PeriocularCinfectionCafterCstra-bismussurgery.PeriocularInfectionStudyGroup.JPedi-atrOphthalmolStrabismusC32:42-49,C19958)BrooksCCW,CDeMartelaereCSL,CJohnsonCAJ:SpontaneousCsubconjunctivalCabscessCbecauseCofCHaemophilusCinfluen-zae.CorneaC29:833-835,C20109)GinatCDT,CGlassCLR,CYanogaCFCetCal:LacrimalCglandCabscessCpresentingCwithCpreseptalCcellulitisCdepictedConCCT.JOphthalmicIn.ammInfectC6:1,C201610)RauberAA,KopschF,小川鼎三(訳):人体解剖学Raub-er-KopschCLehrbuchCundCAtlasCderCAnatomieCdesCMen-schen.第CII巻,VI-III:p630-658,医学書院,195811)BronAJ:Lacrimalstreams:thedemonstrationofhumanlacrimalC.uidCsecretionCandCtheClacrimalCductules.CBrJOphthalmolC70:241-245,C1986***