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涙腺リンパ増殖性病変の長期経過後にIgG4 関連眼疾患の 診断に至った1 例

2022年6月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科39(6):845.849,2022c涙腺リンパ増殖性病変の長期経過後にIgG4関連眼疾患の診断に至った1例平塚諒*1,2立松由佳子*1林勇海*1内野美樹*1鴨居瑞加*1清水映輔*1佐藤真理*1金子祐子*3根岸一乃*1坪田一男*1小川葉子*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2永寿総合病院眼科*3慶應義塾大学医学部リウマチ・膠原病内科学教室CACaseofLacrimalGlandLymphoproliferativeDiseaseAssociatedwithProbableIgG4RelatedOphthalmicDiseaseObservedAfteraLong-TermFollow-UpRyoHiratsuka1,2)C,YukakoTatematsu1),IsamiHayashi1),MikiUchino1),MizukaKamoi1),EisukeShimizu1),ShinriSato1),YukoKaneko3),KazunoNeigishi1),KazuoTsubota1)andYokoOgawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,EijuGeneralHospital,3)DivisionofRheumatology,DepartmentofInternalMedicine,KeioUniversitySchoolofMedicineC目的:IgG4関連疾患は全身性,慢性炎症の新しい疾患概念である.IgG4関連眼疾患では涙腺腫大,三叉神経腫大,外眼筋腫大がみられることが多い.今回,両側涙腺リンパ増殖性病変についてC10年以上の長期の経過観察後に血清IgG4の上昇を認めたC1例について報告する.症例:67歳,女性.両側上眼瞼腫脹を認め,慶應義塾大学病院(当院)内科より紹介され当院眼科を受診した.初診時所見にて両側に著明な眼瞼腫脹を認め急速な増大傾向を示したため,悪性リンパ腫が疑われ,生検を行ったところ,リンパ増殖性病変と診断された.副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン)30Cmg/日より内服を開始し漸減を行い,現在はC5Cmg/日の維持療法を継続している.治療後,上眼瞼腫脹は顕著に縮小した.その後C10年以上経過して,血清CIgG4の上昇(135Cmg/dl以上)を認めたため,IgG4関連眼疾患の診断に至った.結語:リンパ増殖性病変や眼瞼腫脹を認める症例では長期の経過観察が大切である.CPurpose:IgG4-relatedCophthalmicdisease(IgG4-ROD)isCcharacterizedCbyCbilateralCupper-eyelidCswelling,CtrigeminalCnerveCswelling,CandCextraocularCmuscleCenlargement.CHereCweCreportCaCcaseCofCsuspectedCIgG4-RODCobservedCviaClong-termCfollow-up.CCase:AC67-year-oldCJapaneseCwomanCpresentedCwithCdryCeyeCdiseaseCandCbilateralupper-eyelidswelling.In1998,shewasdiagnosedasSjogren’ssyndrome,aswellasmarkedbilaterallidswelling,atanotherhospital.Uponinitialexamination,alacrimalglandbiopsyrevealedalymphoproliferativelesion.AfterCtreatingCwithCprednisolone,CtheClacrimalCglandCswellingCmarkedlyCimproved.CExaminationCofCtheCserumClevelCofIgGandIgG4wasfoundtobewithinthenormalrangefrom2009to2017,yetsince2017,theserumlevelofIgG4remainselevatedover135Cmg/dl.Conclusion:Long-termfollow-upisrecommendedincasesoflymphopro-liferativeCdiseaseCandCeyelidCswelling,CasCIgG4-RODCcanCsometimesCoccurCinCsuchCcases,CevenCafterCmoreCthanC10Cyearsfollow-up.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(6):845.849,C2022〕Keywords:IgG4関連疾患,ドライアイ,眼瞼腫脹,涙腺腫脹,リンパ増殖性疾患,Sjogren症候群.IgG4relateddisease,dryeyedisease,lidswelling,lacrimalgrandswelling,lymphoproliferativedisease,Sjogren’ssyndrome.Cはじめにる.IgG4関連疾患のC2大病態としてCMikulicz病,自己免疫IgG4関連疾患は血清CIgG4の上昇および膵,腎,肺とい性膵炎がある.現在,Mikulicz病はCIgG4関連涙腺,唾液腺ったさまざまな臓器にCIgG4陽性形質細胞が浸潤することに炎とされている.わが国におけるCIgG4関連疾患の推定患者より臓器腫大や腫瘤,線維化を及ぼす原因不明の疾患であ数は約C8,000人とする報告もある.男女比はC1:1で中高年〔別刷請求先〕平塚諒:〒110-8645東京都台東区東上野C2-23-16永寿総合病院眼科Reprintrequests:RyoHiratsuka,DepartmentofOphthalmology,EijuGeneralHospital,2-23-16,Higashi-Ueno,Taito-ku,Tokyo110-8645,JAPANC図1両側の著明な眼瞼腫脹所見a:右側側方より撮影,b:正面視.(慶應義塾大学医学部倫理員会承認番号20170404)に多いとされている1).IgG4に関連した眼疾患はCIgG4関連眼疾患という病名に統一され,IgG4関連眼疾患の診断基準もC2016年に作成されている2).診断基準は①画像所見で涙腺腫大,三叉神経腫大,外眼筋腫大のほか,さまざまな眼組織に腫瘤,腫大,肥厚性病変がみられる,②病理組織学的に著明なリンパ球と形質細胞の浸潤がみられ,IgG4陽性/IgG陽性細胞比がC40%以上,またはCIgG4陽性細胞数が強拡大(C×400)内にC50個以上を満たすものとする.しばしば胚中心がみられる,③血清学的に高IgG4血症を認める(>135Cmg/dl),のC3項からなり,①.③のすべてを満たせば確定診断,①と②を満たせば準確診,①と③を満たせば疑診となる2).今回,著明な両側眼瞼リンパ増殖性病変を示し,罹患後10年以上を経過して血清CIgG4がC135Cmg/dl以上の高値を示したC1例を経験したので報告する.CI症例患者:67歳,女性.1998年C9月他院にてCSjogren症候群の診断を受け,慶應義塾大学病院(以下,当院)眼科を受診した.Sjogren症候群による眼病変の精査希望で眼科へ紹介となった.初診時の2カ月前から両側上眼瞼腫脹,顎下腺腫脹を認めた.既往歴は副鼻腔炎,卵巣腫瘍,虫垂炎,喘息,尋常性乾癬,うつ病であった.初診時所見は両側に著明な上眼瞼腫脹を認めた(図1).対光反射正常で眼位および眼球運動に異常はなかった.VD=0.05(1.0C×sph.5.0D(cyl.0.50DAx5°),VS=0.06(1.2C×sph.4.75D).眼圧は右眼/左眼=11/12CmmHgであった.前眼部,中間透光体,眼底に特記すべき異常所見は認めなかった.1998年C11月にドライアイ外来を受診し,Schirmer値は右眼/左眼=4/5Cmmで反射性涙液分泌は右眼=3Cmmであった.フルオレセインスコア右眼/左眼=4/4点(9点満点),ローズベンガルスコア右眼/左眼=5/5点(9点満点),涙液層破壊時間(tear-.lmCbreakuptime:BUT)右眼/左眼=2/2秒と重症ドライアイを認めた.2000年C8月には膠原病内科でびまん性膵腫大,膵酵素上昇を認め,自己免疫性膵炎が疑われた.その後,両側眼瞼腫脹が増悪し,悪性リンパ腫が疑われたため,2001年C6月に右涙腺生検を施行した.病理所見は核異型が明らかでなく,やや小型から中型のリンパ球が比較的多く認められるが,大型のリンパ球なども散見され,炎症性変化と考えられた(図2a).また,小範囲に線維化を認めた(図2b).B細胞(CD79a)(図2c),T細胞(CD3)(図2d)が混在していた.サザンプロット法による検査ではCIg-H鎖CJH再構成が陰性であり悪性リンパ腫は否定的であり,リンパ増殖性病変との診断に至った.2001年C10月の採血検査にてリウマチ因子10CIU/ml以下(正常値:15CIU/ml以下),抗核抗体陰性,抗CSS-A抗体5.3CU/ml(正常値:7.0CU/ml未満),抗CSS-B抗体C1.3CU/ml(正常値:7.0CU/ml未満),IgGはC2,160Cmg/dl(正常値:820.1,740Cmg/dl)でやや高値であった.IgG4分画の測定は未施行であった.2002年C4月よりプレドニゾロン(PSL)30Cmgの内服をC4日行った後,PSL20Cmgの内服をC10日行った.以降はPSL10mgの内服を行い以降漸減し,PSL5Cmgの内服を現在に至るまで継続している.2002年C8月には両側眼瞼腫脹の明らかな改善を認めており,以降は腫脹の出現はなく経過している.自己免疫性膵炎に関してもCPSL投与後に改善を認めた.涙腺組織標本に関してC2001年当時に行った涙腺生検検体をC2013年に再検査し,IgG(図3a)とCIgG4(図3b)の追加染色を行った.病理組織学的に著明なリンパ球とCB細胞の浸潤がみられたが,IgG4陽性/IgG陽性細胞比がC40%以上に至らず,またCIgG4陽性細胞数が強拡大(×400)内にC50個以上を満たさないことから,病理組織学的に診断基準を満たさなかったため,IgG4関連疾患の可能性が強くあるものの確定診断には至らなかった.2006年C10月,フルオレセインスコア右眼/左眼=1/1点,ローズベンガルスコア右眼/左眼=1/2点,BUTは右眼/左眼=5/4秒と軽症ドライアイの状態に改善し,以降も軽症ドライアイの状態を保ち,結膜線維化や糸状角膜炎といった所見は認められていない(図4).図2眼瞼腫瘍の生検組織像a:核異型およびCmonoclonalityが明らかでなく,やや小型から中型のリンパ球を比較的多く認めるが,大型のリンパ球なども散見され炎症性変化と考えられる.Cb:小範囲に線維化を認める(中央).ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色像(Ca,b).c,d:炎症細胞巣にCB細胞(CD79a)(c),T細胞(CD3)(d)が混在している.ジアミノベンチジン(DAB)染色像(茶色):核(紫色).スケールバー=25μm(Ca,c,d),スケールバー=50μm(Cb).図3眼瞼腫瘍の生検組織像IgG4陽性/IgG陽性細胞比がC40%以下,IgG4陽性細胞数が強拡大(C×400)内にC50個以下を示した.IgG(Ca),IgG4(Cb),ジアミノベンチジン(DAB)染色像(茶色):核(紫色).スケールバー=25Cμm(Ca,b).2020年の時点で,眼局所治療はヒアルロン酸ナトリウム移しており,2019年に入ってからCIgG4はC135Cmg/dl以上点眼液C0.1%,全身治療はCPSL5Cmg/日を使用し治療中であで推移し,2020年の時点で,350Cmg/dlと上昇している.る.血清CIgG4値に関しては,2009年C8月にはCIgG4C126CII考按mg/dl,2011年からC2013年にかけてはCIgG4がC135Cmg/dlを上回ることがあった.2018年まではC135Cmg/dl以下で推本症例では両側眼瞼リンパ増殖性病変を示し,IgG4関連図4副腎皮質ステロイド大量投与後のドライアイ所見a,b:右眼(Ca)と左眼(Cb)のフルオレセイン染色所見.角膜上皮下方にフルオレセイン染色像を認める.Cc,d:右眼(Cc)と左眼(Cd)のローズベンガル染色所見.軽度の結膜充血を認める.疾患の概念がなかった時代に他院にてCSjogren症候群と一度診断されたものの,罹患後C10年以上を経過して血清CIgG4値がC135Cmg/dl以上の高値を示しCIgG4関連疾患の診断に至り,長期の経過観察の重要性が示された.本症例では持続する著明な両側眼瞼腫脹および組織像ではリンパ増殖性病変を認めていた.Mikulicz病とCSjogren症候群は同じ疾患と捉えられていた時期もあったが,坪田らにより両疾患にはドライアイの重症度に違いがあること,涙腺病理像の炎症像に違いがあること,涙腺病理像の炎症像に違いがあることが報告され3),わが国より多数例の検討が行われたことによりCMikulicz病とCSjogren症候群が異なる病態であることが認知される糸口となった3,4).両疾患は治療方針が異なること,両疾患とも腺外症状に注意する必要があること,いずれも悪性リンパ腫との鑑別が必要であること,指定難病医療費助成制度の対象疾患であることなどから両疾患を正確に診断することが大切である5).Sjogren症候群は好発年齢がC60歳代で男女比がC1:17と女性が圧倒的に多く,反復し軽度の腫脹を呈する唾液腺炎,涙腺炎を主体とし,抗核抗体,抗CSS-A抗体,抗CSS-B抗体,リウマトイド因子などの自己抗体の出現がみられる全身性の自己免疫疾患である外分泌線にリンパ球が浸潤し,腺組織が特異的に障害されて乾燥症状をきたし6),またインターフェロンシグナルが関連している可能性があると指摘されている1).治療方針は乾燥症状に対する対症療法が主体となり,乾燥症状の改善にステロイドの全身投与は推奨されていない.厚生労働省研究班がC1999年に作成したCSjogren症候群の改定診断基準によると眼科検査ではCSchirmer試験で5Cmm/5Cmm以下で,かつローズベンガルテストが陽性,またはCSchirmer試験でC5Cmm/5Cmm以下で,かつ蛍光色素(フルオレセイン)試験で陽性であることが眼CSjogren症候群の陽性所見である.このように,重症ドライアイを認めることが多い7).IgG4関連疾患はC3/4以上はC60歳以上の高齢者にみられ,唾液腺にCIL-10,TGF-bが高発現し,IgG4へのクラススイッチ亢進や組織の線維化に関与する可能性が指摘されており,細胞と細胞外基質の増殖性疾患であることが示唆されている1).また,副鼻腔炎を伴う症例も少なくない.2020年改訂のCIgG4関連疾患診断規準のなかの涙腺と唾液腺の診断に関する一項目には,涙腺,耳下腺あるいは顎下腺の腫脹を対称性にC2ペア以上もしくはC1カ所以上であればC3カ月以上,持続性に認めること,と記されている8).また,腺外病変の頻度がC60%近くあり,自己免疫性膵炎がC22%,後腹膜線維症がC17%,腎臓がC16%といわれており,一般的にドライアイは軽度または合併しないこともある3).本症例の限界として副腎皮質ステロイド全身投与前に血清IgG値の上昇を認めていたが,当時CIgG4関連疾患の概念が確立されていなかったことから,IgGのサブクラスを調べていなかったこと,罹患後C10年以上経過して血清CIgG4値が135Cmg/dl以上に上昇したが,すでに副腎皮質ステロイドの全身投与を行っており,血清CIgG4値が副腎皮質ステロイドにより罹患後C10年以内は血清CIgG4値の上昇がマスクされていた可能性があること,世界的にCIgG4関連疾患の概念がまだなかった時代であり,典型的なCIgG4関連疾患を疑わせる眼瞼腫脹があったが,診断が困難だったことなどがあげられる.血清CIgG4値がC135Cmg/dlより低値で推移していても,ほかにCIgG4関連疾患を示唆する所見があれば注意深く経過観察すること,副腎皮質ステロイド全身投与が両側涙腺,唾液腺腫脹に対して著効した時点でCIgG4関連疾患を疑う必要があると考えられる.このたび,10年以上の経過観察を経て,IgG4関連眼疾患と診断に至った症例を経験した.このように,リンパ増殖性病変や眼瞼腫脹を認める患者では,長期経過後にCIgG4関連眼疾患の診断に至ることがあるため,長期の経過観察が大切である.【利益相反】坪田一男:ジェイアエヌ【F】,参天製薬【F】,興和【F】,大塚製薬【F】,ロート【F】,富士ゼロックス【F】,アールテック・ウエノ【F】,坪田ラボ【F】,オフテスクス【F】,わかさ生活【F】,ファイザー【F】,日本アルコン【F】,QDレーザ【F】,坪田ラボ【R】,花王【R】,Thea,Thea社【R】,【P】小川葉子:キッセイ薬品【F】,【P】,日本アルコン【F】,エイエムオージャパン【F】内野美樹:参天製薬【F】,ノバルティス【F】,千寿製薬【F】,日本アルコン【F】清水映輔:OuiInc【P】,赤枝医学研究財団【F】,日立財団【F】,近藤記念医学財団【F】,ユースタイルラボ【F】,興和生命科学振興財団【F】,慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート【F】文献1)坪井洋,住田孝之:【膠原病】日常診療に役立つ最新の知見シェーグレン症候群とCIgG4関連疾患の病態の違い.CMedicalPractice32:1175-1178,C20152)後藤浩,高比良雅之,安積淳:IgG4関連眼疾患の診断基準.日眼会誌C120:365-368,C20163)TsubotaK,FujitaH,TsuzakaKetal:Mikulicz’sdiseaseandCSjogren’sCsyndrome.CInvestCOphthalmolCVisCSciC41:C1666-1673,C20004)MasakiCY,CDongCL,CKuroseCNCetal:ProposalCforCaCnewCclinicalentity,IgG4-positivemulti-organlymphoprolifera-tivesyndrome:analysisof64casesofIgG4-relateddisor-ders.AnnRheumDisC68:1310-1315,C20095)高野賢:【今さら聞けない自己免疫疾患の基礎知識】シェーグレン症候群・IgG4関連疾患.耳鼻咽喉科・頭頸部外科C92:820-824,C20206)TsuboiCH,CHagiwaraCS,CAsashimaCHCetal:ComparisonCofCperformanceofthe2016ACR-EULARclassi.cationcrite-riaforprimarySjogren’ssyndromewithothersetsofcri-teriaCinCJapaneseCpatients.CAnnCRheumCDisC76:1980-1985,C20177)UmidaCT,CAzumaCN,CMoriyamaCMCetal:ClinicalCpracticeCguidelineCforCSjogren’sCsyndromeC2017.CModCRheumatolC28:383-408,C20188)WallaceZS,NadenRP,ChariSetal:The2019AmericanCollegeofRheumatology/EuropeanLeagueAgainstRheu-matismCclassi.cationCcriteriaCforCIgG4-relatedCdisease.CAnnRheumCDisC79:77-87,C2020***