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涙腺リンパ増殖性病変の長期経過後にIgG4 関連眼疾患の 診断に至った1 例

2022年6月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科39(6):845.849,2022c涙腺リンパ増殖性病変の長期経過後にIgG4関連眼疾患の診断に至った1例平塚諒*1,2立松由佳子*1林勇海*1内野美樹*1鴨居瑞加*1清水映輔*1佐藤真理*1金子祐子*3根岸一乃*1坪田一男*1小川葉子*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2永寿総合病院眼科*3慶應義塾大学医学部リウマチ・膠原病内科学教室CACaseofLacrimalGlandLymphoproliferativeDiseaseAssociatedwithProbableIgG4RelatedOphthalmicDiseaseObservedAfteraLong-TermFollow-UpRyoHiratsuka1,2)C,YukakoTatematsu1),IsamiHayashi1),MikiUchino1),MizukaKamoi1),EisukeShimizu1),ShinriSato1),YukoKaneko3),KazunoNeigishi1),KazuoTsubota1)andYokoOgawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,EijuGeneralHospital,3)DivisionofRheumatology,DepartmentofInternalMedicine,KeioUniversitySchoolofMedicineC目的:IgG4関連疾患は全身性,慢性炎症の新しい疾患概念である.IgG4関連眼疾患では涙腺腫大,三叉神経腫大,外眼筋腫大がみられることが多い.今回,両側涙腺リンパ増殖性病変についてC10年以上の長期の経過観察後に血清IgG4の上昇を認めたC1例について報告する.症例:67歳,女性.両側上眼瞼腫脹を認め,慶應義塾大学病院(当院)内科より紹介され当院眼科を受診した.初診時所見にて両側に著明な眼瞼腫脹を認め急速な増大傾向を示したため,悪性リンパ腫が疑われ,生検を行ったところ,リンパ増殖性病変と診断された.副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン)30Cmg/日より内服を開始し漸減を行い,現在はC5Cmg/日の維持療法を継続している.治療後,上眼瞼腫脹は顕著に縮小した.その後C10年以上経過して,血清CIgG4の上昇(135Cmg/dl以上)を認めたため,IgG4関連眼疾患の診断に至った.結語:リンパ増殖性病変や眼瞼腫脹を認める症例では長期の経過観察が大切である.CPurpose:IgG4-relatedCophthalmicdisease(IgG4-ROD)isCcharacterizedCbyCbilateralCupper-eyelidCswelling,CtrigeminalCnerveCswelling,CandCextraocularCmuscleCenlargement.CHereCweCreportCaCcaseCofCsuspectedCIgG4-RODCobservedCviaClong-termCfollow-up.CCase:AC67-year-oldCJapaneseCwomanCpresentedCwithCdryCeyeCdiseaseCandCbilateralupper-eyelidswelling.In1998,shewasdiagnosedasSjogren’ssyndrome,aswellasmarkedbilaterallidswelling,atanotherhospital.Uponinitialexamination,alacrimalglandbiopsyrevealedalymphoproliferativelesion.AfterCtreatingCwithCprednisolone,CtheClacrimalCglandCswellingCmarkedlyCimproved.CExaminationCofCtheCserumClevelCofIgGandIgG4wasfoundtobewithinthenormalrangefrom2009to2017,yetsince2017,theserumlevelofIgG4remainselevatedover135Cmg/dl.Conclusion:Long-termfollow-upisrecommendedincasesoflymphopro-liferativeCdiseaseCandCeyelidCswelling,CasCIgG4-RODCcanCsometimesCoccurCinCsuchCcases,CevenCafterCmoreCthanC10Cyearsfollow-up.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(6):845.849,C2022〕Keywords:IgG4関連疾患,ドライアイ,眼瞼腫脹,涙腺腫脹,リンパ増殖性疾患,Sjogren症候群.IgG4relateddisease,dryeyedisease,lidswelling,lacrimalgrandswelling,lymphoproliferativedisease,Sjogren’ssyndrome.Cはじめにる.IgG4関連疾患のC2大病態としてCMikulicz病,自己免疫IgG4関連疾患は血清CIgG4の上昇および膵,腎,肺とい性膵炎がある.現在,Mikulicz病はCIgG4関連涙腺,唾液腺ったさまざまな臓器にCIgG4陽性形質細胞が浸潤することに炎とされている.わが国におけるCIgG4関連疾患の推定患者より臓器腫大や腫瘤,線維化を及ぼす原因不明の疾患であ数は約C8,000人とする報告もある.男女比はC1:1で中高年〔別刷請求先〕平塚諒:〒110-8645東京都台東区東上野C2-23-16永寿総合病院眼科Reprintrequests:RyoHiratsuka,DepartmentofOphthalmology,EijuGeneralHospital,2-23-16,Higashi-Ueno,Taito-ku,Tokyo110-8645,JAPANC図1両側の著明な眼瞼腫脹所見a:右側側方より撮影,b:正面視.(慶應義塾大学医学部倫理員会承認番号20170404)に多いとされている1).IgG4に関連した眼疾患はCIgG4関連眼疾患という病名に統一され,IgG4関連眼疾患の診断基準もC2016年に作成されている2).診断基準は①画像所見で涙腺腫大,三叉神経腫大,外眼筋腫大のほか,さまざまな眼組織に腫瘤,腫大,肥厚性病変がみられる,②病理組織学的に著明なリンパ球と形質細胞の浸潤がみられ,IgG4陽性/IgG陽性細胞比がC40%以上,またはCIgG4陽性細胞数が強拡大(C×400)内にC50個以上を満たすものとする.しばしば胚中心がみられる,③血清学的に高IgG4血症を認める(>135Cmg/dl),のC3項からなり,①.③のすべてを満たせば確定診断,①と②を満たせば準確診,①と③を満たせば疑診となる2).今回,著明な両側眼瞼リンパ増殖性病変を示し,罹患後10年以上を経過して血清CIgG4がC135Cmg/dl以上の高値を示したC1例を経験したので報告する.CI症例患者:67歳,女性.1998年C9月他院にてCSjogren症候群の診断を受け,慶應義塾大学病院(以下,当院)眼科を受診した.Sjogren症候群による眼病変の精査希望で眼科へ紹介となった.初診時の2カ月前から両側上眼瞼腫脹,顎下腺腫脹を認めた.既往歴は副鼻腔炎,卵巣腫瘍,虫垂炎,喘息,尋常性乾癬,うつ病であった.初診時所見は両側に著明な上眼瞼腫脹を認めた(図1).対光反射正常で眼位および眼球運動に異常はなかった.VD=0.05(1.0C×sph.5.0D(cyl.0.50DAx5°),VS=0.06(1.2C×sph.4.75D).眼圧は右眼/左眼=11/12CmmHgであった.前眼部,中間透光体,眼底に特記すべき異常所見は認めなかった.1998年C11月にドライアイ外来を受診し,Schirmer値は右眼/左眼=4/5Cmmで反射性涙液分泌は右眼=3Cmmであった.フルオレセインスコア右眼/左眼=4/4点(9点満点),ローズベンガルスコア右眼/左眼=5/5点(9点満点),涙液層破壊時間(tear-.lmCbreakuptime:BUT)右眼/左眼=2/2秒と重症ドライアイを認めた.2000年C8月には膠原病内科でびまん性膵腫大,膵酵素上昇を認め,自己免疫性膵炎が疑われた.その後,両側眼瞼腫脹が増悪し,悪性リンパ腫が疑われたため,2001年C6月に右涙腺生検を施行した.病理所見は核異型が明らかでなく,やや小型から中型のリンパ球が比較的多く認められるが,大型のリンパ球なども散見され,炎症性変化と考えられた(図2a).また,小範囲に線維化を認めた(図2b).B細胞(CD79a)(図2c),T細胞(CD3)(図2d)が混在していた.サザンプロット法による検査ではCIg-H鎖CJH再構成が陰性であり悪性リンパ腫は否定的であり,リンパ増殖性病変との診断に至った.2001年C10月の採血検査にてリウマチ因子10CIU/ml以下(正常値:15CIU/ml以下),抗核抗体陰性,抗CSS-A抗体5.3CU/ml(正常値:7.0CU/ml未満),抗CSS-B抗体C1.3CU/ml(正常値:7.0CU/ml未満),IgGはC2,160Cmg/dl(正常値:820.1,740Cmg/dl)でやや高値であった.IgG4分画の測定は未施行であった.2002年C4月よりプレドニゾロン(PSL)30Cmgの内服をC4日行った後,PSL20Cmgの内服をC10日行った.以降はPSL10mgの内服を行い以降漸減し,PSL5Cmgの内服を現在に至るまで継続している.2002年C8月には両側眼瞼腫脹の明らかな改善を認めており,以降は腫脹の出現はなく経過している.自己免疫性膵炎に関してもCPSL投与後に改善を認めた.涙腺組織標本に関してC2001年当時に行った涙腺生検検体をC2013年に再検査し,IgG(図3a)とCIgG4(図3b)の追加染色を行った.病理組織学的に著明なリンパ球とCB細胞の浸潤がみられたが,IgG4陽性/IgG陽性細胞比がC40%以上に至らず,またCIgG4陽性細胞数が強拡大(×400)内にC50個以上を満たさないことから,病理組織学的に診断基準を満たさなかったため,IgG4関連疾患の可能性が強くあるものの確定診断には至らなかった.2006年C10月,フルオレセインスコア右眼/左眼=1/1点,ローズベンガルスコア右眼/左眼=1/2点,BUTは右眼/左眼=5/4秒と軽症ドライアイの状態に改善し,以降も軽症ドライアイの状態を保ち,結膜線維化や糸状角膜炎といった所見は認められていない(図4).図2眼瞼腫瘍の生検組織像a:核異型およびCmonoclonalityが明らかでなく,やや小型から中型のリンパ球を比較的多く認めるが,大型のリンパ球なども散見され炎症性変化と考えられる.Cb:小範囲に線維化を認める(中央).ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色像(Ca,b).c,d:炎症細胞巣にCB細胞(CD79a)(c),T細胞(CD3)(d)が混在している.ジアミノベンチジン(DAB)染色像(茶色):核(紫色).スケールバー=25μm(Ca,c,d),スケールバー=50μm(Cb).図3眼瞼腫瘍の生検組織像IgG4陽性/IgG陽性細胞比がC40%以下,IgG4陽性細胞数が強拡大(C×400)内にC50個以下を示した.IgG(Ca),IgG4(Cb),ジアミノベンチジン(DAB)染色像(茶色):核(紫色).スケールバー=25Cμm(Ca,b).2020年の時点で,眼局所治療はヒアルロン酸ナトリウム移しており,2019年に入ってからCIgG4はC135Cmg/dl以上点眼液C0.1%,全身治療はCPSL5Cmg/日を使用し治療中であで推移し,2020年の時点で,350Cmg/dlと上昇している.る.血清CIgG4値に関しては,2009年C8月にはCIgG4C126CII考按mg/dl,2011年からC2013年にかけてはCIgG4がC135Cmg/dlを上回ることがあった.2018年まではC135Cmg/dl以下で推本症例では両側眼瞼リンパ増殖性病変を示し,IgG4関連図4副腎皮質ステロイド大量投与後のドライアイ所見a,b:右眼(Ca)と左眼(Cb)のフルオレセイン染色所見.角膜上皮下方にフルオレセイン染色像を認める.Cc,d:右眼(Cc)と左眼(Cd)のローズベンガル染色所見.軽度の結膜充血を認める.疾患の概念がなかった時代に他院にてCSjogren症候群と一度診断されたものの,罹患後C10年以上を経過して血清CIgG4値がC135Cmg/dl以上の高値を示しCIgG4関連疾患の診断に至り,長期の経過観察の重要性が示された.本症例では持続する著明な両側眼瞼腫脹および組織像ではリンパ増殖性病変を認めていた.Mikulicz病とCSjogren症候群は同じ疾患と捉えられていた時期もあったが,坪田らにより両疾患にはドライアイの重症度に違いがあること,涙腺病理像の炎症像に違いがあること,涙腺病理像の炎症像に違いがあることが報告され3),わが国より多数例の検討が行われたことによりCMikulicz病とCSjogren症候群が異なる病態であることが認知される糸口となった3,4).両疾患は治療方針が異なること,両疾患とも腺外症状に注意する必要があること,いずれも悪性リンパ腫との鑑別が必要であること,指定難病医療費助成制度の対象疾患であることなどから両疾患を正確に診断することが大切である5).Sjogren症候群は好発年齢がC60歳代で男女比がC1:17と女性が圧倒的に多く,反復し軽度の腫脹を呈する唾液腺炎,涙腺炎を主体とし,抗核抗体,抗CSS-A抗体,抗CSS-B抗体,リウマトイド因子などの自己抗体の出現がみられる全身性の自己免疫疾患である外分泌線にリンパ球が浸潤し,腺組織が特異的に障害されて乾燥症状をきたし6),またインターフェロンシグナルが関連している可能性があると指摘されている1).治療方針は乾燥症状に対する対症療法が主体となり,乾燥症状の改善にステロイドの全身投与は推奨されていない.厚生労働省研究班がC1999年に作成したCSjogren症候群の改定診断基準によると眼科検査ではCSchirmer試験で5Cmm/5Cmm以下で,かつローズベンガルテストが陽性,またはCSchirmer試験でC5Cmm/5Cmm以下で,かつ蛍光色素(フルオレセイン)試験で陽性であることが眼CSjogren症候群の陽性所見である.このように,重症ドライアイを認めることが多い7).IgG4関連疾患はC3/4以上はC60歳以上の高齢者にみられ,唾液腺にCIL-10,TGF-bが高発現し,IgG4へのクラススイッチ亢進や組織の線維化に関与する可能性が指摘されており,細胞と細胞外基質の増殖性疾患であることが示唆されている1).また,副鼻腔炎を伴う症例も少なくない.2020年改訂のCIgG4関連疾患診断規準のなかの涙腺と唾液腺の診断に関する一項目には,涙腺,耳下腺あるいは顎下腺の腫脹を対称性にC2ペア以上もしくはC1カ所以上であればC3カ月以上,持続性に認めること,と記されている8).また,腺外病変の頻度がC60%近くあり,自己免疫性膵炎がC22%,後腹膜線維症がC17%,腎臓がC16%といわれており,一般的にドライアイは軽度または合併しないこともある3).本症例の限界として副腎皮質ステロイド全身投与前に血清IgG値の上昇を認めていたが,当時CIgG4関連疾患の概念が確立されていなかったことから,IgGのサブクラスを調べていなかったこと,罹患後C10年以上経過して血清CIgG4値が135Cmg/dl以上に上昇したが,すでに副腎皮質ステロイドの全身投与を行っており,血清CIgG4値が副腎皮質ステロイドにより罹患後C10年以内は血清CIgG4値の上昇がマスクされていた可能性があること,世界的にCIgG4関連疾患の概念がまだなかった時代であり,典型的なCIgG4関連疾患を疑わせる眼瞼腫脹があったが,診断が困難だったことなどがあげられる.血清CIgG4値がC135Cmg/dlより低値で推移していても,ほかにCIgG4関連疾患を示唆する所見があれば注意深く経過観察すること,副腎皮質ステロイド全身投与が両側涙腺,唾液腺腫脹に対して著効した時点でCIgG4関連疾患を疑う必要があると考えられる.このたび,10年以上の経過観察を経て,IgG4関連眼疾患と診断に至った症例を経験した.このように,リンパ増殖性病変や眼瞼腫脹を認める患者では,長期経過後にCIgG4関連眼疾患の診断に至ることがあるため,長期の経過観察が大切である.【利益相反】坪田一男:ジェイアエヌ【F】,参天製薬【F】,興和【F】,大塚製薬【F】,ロート【F】,富士ゼロックス【F】,アールテック・ウエノ【F】,坪田ラボ【F】,オフテスクス【F】,わかさ生活【F】,ファイザー【F】,日本アルコン【F】,QDレーザ【F】,坪田ラボ【R】,花王【R】,Thea,Thea社【R】,【P】小川葉子:キッセイ薬品【F】,【P】,日本アルコン【F】,エイエムオージャパン【F】内野美樹:参天製薬【F】,ノバルティス【F】,千寿製薬【F】,日本アルコン【F】清水映輔:OuiInc【P】,赤枝医学研究財団【F】,日立財団【F】,近藤記念医学財団【F】,ユースタイルラボ【F】,興和生命科学振興財団【F】,慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート【F】文献1)坪井洋,住田孝之:【膠原病】日常診療に役立つ最新の知見シェーグレン症候群とCIgG4関連疾患の病態の違い.CMedicalPractice32:1175-1178,C20152)後藤浩,高比良雅之,安積淳:IgG4関連眼疾患の診断基準.日眼会誌C120:365-368,C20163)TsubotaK,FujitaH,TsuzakaKetal:Mikulicz’sdiseaseandCSjogren’sCsyndrome.CInvestCOphthalmolCVisCSciC41:C1666-1673,C20004)MasakiCY,CDongCL,CKuroseCNCetal:ProposalCforCaCnewCclinicalentity,IgG4-positivemulti-organlymphoprolifera-tivesyndrome:analysisof64casesofIgG4-relateddisor-ders.AnnRheumDisC68:1310-1315,C20095)高野賢:【今さら聞けない自己免疫疾患の基礎知識】シェーグレン症候群・IgG4関連疾患.耳鼻咽喉科・頭頸部外科C92:820-824,C20206)TsuboiCH,CHagiwaraCS,CAsashimaCHCetal:ComparisonCofCperformanceofthe2016ACR-EULARclassi.cationcrite-riaforprimarySjogren’ssyndromewithothersetsofcri-teriaCinCJapaneseCpatients.CAnnCRheumCDisC76:1980-1985,C20177)UmidaCT,CAzumaCN,CMoriyamaCMCetal:ClinicalCpracticeCguidelineCforCSjogren’sCsyndromeC2017.CModCRheumatolC28:383-408,C20188)WallaceZS,NadenRP,ChariSetal:The2019AmericanCollegeofRheumatology/EuropeanLeagueAgainstRheu-matismCclassi.cationCcriteriaCforCIgG4-relatedCdisease.CAnnRheumCDisC79:77-87,C2020***

涙点閉鎖術後に涙.炎を発症したSjögren症候群の1例

2013年9月30日 月曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(9):1298.1301,2013c涙点閉鎖術後に涙.炎を発症したSjogren症候群の1例植木麻理*1三村真士*2今川幸宏*2佐藤文平*2勝村浩三*3池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2大阪回生病院眼科*3八尾徳洲会総合病院眼科ACaseofAcuteDacryocystitisafterSurgicalPunctalOcclusioninSjogren’sSyndromeMariUeki1),MasashiMimura2),YukihiroImagawa2),BunpeiSato2),KozoKatsumura3)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,3)DepartmentofOphthalmology,YaoTokusyukaiGeneralHospital目的:涙点閉鎖術後に急性涙.炎を発症した1例を報告する.症例:74歳,女性.Sjogren症候群によるドライアイにて涙点プラグを挿入したが脱落を繰り返し,涙点閉鎖術施行となった.術3年後ごろより時折,鼻根部の腫脹,疼痛を自覚するようになった.疼痛,腫脹,眼脂が強くなり受診したところ鼻根部の発赤,腫脹を認め,涙点は閉塞していた右眼鼻側結膜より排膿を認めた.CT(コンピュータ断層撮影)にて涙.の腫脹があり,急性涙.炎を診断.抗生物質点滴加療後,涙.摘出術を施行.その後,疼痛,眼脂は消失.角膜障害も悪化していない.結論:涙点閉鎖術後に涙道が閉鎖腔となると急性涙.炎を発症することがあり,このような症例に対して涙.摘出術は有効な術式と思われる.Purpose:Wepresentacaseofacutedacryocystitisaftersurgicalpunctalocclusion.Case:Thepatient,a74-year-oldfemale,hadseveraltimesundergonepunctalocclusionwithpunctalplugfordryeyecausedbySjogren’ssyndrome,althoughtheplugfellouteachtime.Shethenunderwentsurgicalpunctalocclusion.At3yearsafterthatsurgery,therootofhernosewasswellingandshefeltseverepain.Herconditionworsenedandshevisitedourclinic;herpunctawereclosed,althoughitelcameoutfromthenasalsideoftheconjunctiva.computedtomographyshowedlacrimalductswelling;Shewasdiagnosedwithacutedacryocystitisandunderwentadacryocystectomy.Aftersurgery,herpainanditeldisappearedandcornealconditionremainedgood.Conclusion:Surgicalpunctalocclusionmightinduceacutedacryocystitisifthelacrimalductbecomesoccluded.Dacryocystectomyisapossibleeffectivetreatmentinsuchacase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1298.1301,2013〕Keywords:Sjogren症候群,涙点閉鎖術後,涙.炎,涙.摘出術.Sjogren’ssyndrome,afterpunctalocclusion,dacryocystitis,dacryocystectomy.はじめにSjogren症候群は涙腺と唾液腺を標的とする自己免疫疾患の一つで,臓器特異的自己免疫疾患であり,多くの症例で強い眼や口の乾燥症状が出現することが知られている.Sjogren症候群によるドライアイでは点眼治療のみで効果が不十分なことがしばしばあり,難治症例では積極的に涙点プラグや涙点縫合などが行われている.一方,ドライアイに対する涙点閉鎖術後の涙小管炎や涙.炎の報告も散見される1.3).今回,筆者らは涙点閉鎖術3年後に急性涙.炎による蜂巣炎を発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:74歳,女性.現病歴:平成14年より前医にて涙液減少症にて角膜障害,異物感が出現し,人工涙液やヒアルロン酸ナトリウム点眼による治療に加えて,両側上下涙点に涙点プラグ挿入も施行されていたが脱落を繰り返していた.角膜障害の悪化,疼痛が出現したため,平成18年7月大阪医科大学(以下,当院)眼科,紹介受診となった.既往歴:平成3年より関節リウマチにて当院膠原病内科にて加療中であり,平成14年に抗SS-A抗体が陽性であり〔別刷請求先〕植木麻理:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MariUeki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN1298(98)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY abab図1初診時前眼部所見(a:右眼,b:左眼)両眼に角膜上皮障害,および左眼には著明なmucusplaqueを認める.ab図2再診時所見左眼の上下涙点は完全に閉鎖しており(a),内眼角部眼瞼が発赤腫脹,内眼角部結膜より排膿を認めた(b).Sjogren症候群と診断されていた.初診時所見:視力はVD=0.1(0.4×sph+3.0D(cyl.1.0DAx50°),VS=0.07(0.1×sph+2.0D(cyl.1.5DAx25°).眼圧はRT=15mmHg,LT=19mmHg.前眼部・中間透光体:両眼点状表層角膜症,左眼には著明なmucusplaqueを認めた(図1).右眼下涙点に挿入された涙点プラグが残存していた.同月(平成18年7月),右眼上涙点に涙点プラグ挿入および左眼上下涙点縫合術が施行された.治療後,両眼とも涙液メニスカスは上昇し,角膜障害は改善,視力も右眼(0.9),左眼(0.9)まで改善した.涙点縫合術2年9カ月後左眼流涙,充血が出現し,近医にて流行性角結膜炎と診断された.その後,継続する眼脂,間欠性の眼瞼腫脹,疼痛を自覚し,眼脂培養にてMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が検出された.クロラムフェニコール点眼にて一時的には軽快していたが,術3年8カ月後,眼瞼腫脹,疼痛が増悪し,当院眼科を再診した.再診時,左眼の上下涙点は完全に閉鎖しており,内眼角部眼瞼が発赤腫脹,内眼角部結膜より排膿を認めた(図2).膿の培養ではMRSAが検出された.CT(コンピュータ断層撮影)により涙.腫脹を認め(図3),涙.炎による蜂巣炎と判断し,バンコマイシン点滴,ガチフロキサシン点眼による治療,消炎後,左側涙.摘出術を施行した.術中所見で涙.は膿で満たされており,拡張していた.病理組織では涙.は下部で閉塞しており,涙.周囲には多数の形質細胞を中心とする炎症細胞浸潤が認められ,慢性炎症の存在が示唆された.また,涙.の多列円柱上皮は一部壊死による破壊像はあるものの粘液分泌細胞も良好に保たれていた(図4).術後,眼脂は消失,現在まで再発はない.(99)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131299 図3CT所見(左:冠状断,右:水平断)涙.部に涙.炎と思われるhighdensityareaを認める.強拡大図4病理組織所見涙.は下部で閉塞しており(左下),涙.周囲には多数の形質細胞を中心とする炎症細胞浸潤が認められ,慢性炎症の存在が示唆弱拡大された.II考按過去にも涙点閉鎖後に涙.炎を発症したという報告はあり,涙点閉鎖術から涙.炎の発症まで3週間と早期のものはもともと涙.炎の既往があったものであり,その他の者は外界と涙.との連絡があり,菌が侵入可能であったため発症したと考察されている1.3).今回の症例では涙点閉鎖後3年以上を経過して発症しており,涙.炎発症時には涙点は完全に1300あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013閉塞しているにもかかわらず,内眼角の結膜より排膿していた.流行性角結膜炎罹患後に発症しており,結膜炎発症時に結膜が障害され,結膜と涙小管に瘻孔が形成,菌が侵入することにより涙.炎を発症したと考えられる.涙液は涙.粘膜から90%が再吸収されるといわれており,涙液減少症では涙.以降の鼻涙管に閉塞があっても流涙症状がなく,診断が困難な症例も多い1,4).本症例に涙点閉鎖術前から鼻涙管閉塞があったかは不明であるが,病理組織所見(100) より長期にわたり閉塞していたものと推察される.涙点プラグなど涙点閉鎖術前には通水検査による鼻涙管閉塞の有無を確認することが必要であり,鼻涙管閉塞が存在する場合に涙点閉鎖を施行すれば涙.を閉鎖腔とすることになり,術後,涙.炎を発症する可能性も高くなると考えられる.また,総涙小管閉塞症において涙液の排出が少なくなるため鼻涙管が萎縮閉塞することがあるとされており,涙点閉鎖時に鼻涙管閉塞がなくても経過中に閉塞する可能性は考えられる.このような症例に対してドライアイの治療として涙.摘出術も選択肢の一つであると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GlattHJ:Acutedacryocystitisafterpunctalocclusionofkeratoconjunctivitissicca.AmJOphthalmol111:769770,19912)MarxJL,HillmanDS,HinshawKDetal:Bilateraldacryocystitisafterpunctalocclusionwiththermalcautery.OphthalmicSurg23:560-561,19923)RumeltS,RemullaH,RubinPA:Siliconepunctalplugmigrationresultingindacryocystitisandcanaliculitis.Cornea16:377-379,19974)HurwitzJJ,MaiseyMN,WelhamRA:Quantitativelacrimalscintillography.I.Methodandphysiologicalapplication.BrJOphthalmol59:308-312,1975***(101)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131301

Sjögren 症候群に抗アクアポリン4 抗体陽性視交叉部視神経炎を合併した1 症例

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(115)1747《原著》あたらしい眼科27(12):1747.1751,2010cはじめに抗アクアポリン4(以下,AQP4)抗体は,視神経脊髄型多発性硬化症やこれと同一疾患ではないかと考えられている視神経脊髄炎(以下,NMO,別名Devic病)に最近頻繁に見出されている抗体である1.6).Sjogren症候群(以下,SjS)に視神経炎が合併する例があることは従来から指摘されており,その場合視神経炎に対するステロイド薬治療の効果は特発性視神経炎に対するほどは〔別刷請求先〕新井歌奈江:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:KanaeArai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPANSjogren症候群に抗アクアポリン4抗体陽性視交叉部視神経炎を合併した1症例新井歌奈江*1大平明彦*1,2篠崎和美*1樋口かおり*1勝又康弘*3市田久恵*3高橋利幸*4*1東京女子医科大学眼科学教室*2若葉眼科病院*3東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター*4東北大学大学院医学系研究科神経内科学Anti-Aquaporin-4AntibodySeropositiveOpticNeuritisAssociatedwithSjogren’sSyndromeKanaeArai1),AkihikoOohira1,2),KazumiShinozaki1),KaoriHiguchi1),YasuhiroKatsumata3),HisaeIchida3)andToshiyukiTakahashi4)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,2)WakabaEyeHospital,3)InstituteofRheumatology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,4)DepartmentofNeurology,TohokuUniversityGraduateSchoolofMedicineSjogren症候群に抗アクアポリン4(AQP4)抗体陽性の球後視神経炎を合併した症例に対して,シクロホスファミドのパルス治療で比較的良好な効果を得たので報告する.症例は62歳の女性である.視神経炎発症前からSjogren症候群にて治療を受けていた.治療前矯正視力は右眼20cm指数弁,左眼(0.15),中心フリッカー値は右眼12Hz,左眼23Hzであった.磁気共鳴画像(MRI)にて視交叉部視神経に造影効果を伴う腫大を認めた.視神経炎と診断し,ステロイドパルス治療を行ったが反応を認めなかった.シクロホスファミドのパルス治療を施行したところ,右眼の視力は(0.01),中心フリッカー値は20Hz弱,左眼の視力は(0.4),中心フリッカー値は30Hzとなった.経過中に抗AQP4抗体陽性であることが判明した.抗AQP4抗体陽性の視神経炎は特発性視神経炎に比べ予後が良好でない例が多いので,視神経炎患者には抗AQP4抗体検査をできるだけ実施すべきであろう.Wereportacaseofanti-aquaporin-4antibodyseropositiveopticneuritisassociatedwithSjogren’ssyndromethatrespondedwelltocyclophosphamidepulsetherapy.Thepatient,a62-year-oldfemale,complainedofdecreasedvision.Visualacuitywasfingercountintherighteyeand0.15inthelefteye.Centralcriticalfusionfrequency(CFF)was12Hzintherightand23Hzintheleft.Magneticresonanceimaging(MRI)revealedaswollenopticnerveatthechiasmwhenenhancedwithgadolinium.Opticneuritiswasdiagnosedandthepatientreceivedsteroidpulsetreatment,butnoimprovementcouldbeseen.Additionalcyclophosphamidepulsetherapyimprovedvisiontoavisualacuityof0.01,CFF20Hzintherighteyeand0.4,30Hzintheleft.Sincethevisualprognosisforanti-aquaporin-4antibodyseropositiveopticneuritisisnotasgoodasthatforidiopathicopticneuritis,patientstreatedforopticneuritisshouldbetestedfortheanti-aquaporin-4antibody.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1747.1751,2010〕Keywords:Sjogren症候群,抗アクアポリン4抗体,視交叉,視神経炎.Sjogrensyndrome,anti-aquaporin-4antibody,opticchiasm,opticneuritis.1748あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(116)高くないことが報告されている7).また,抗AQP4抗体陽性の視神経炎患者において抗SS-A/Ro抗体,抗SS-B/La抗体が見出されることがある1).SjSに抗AQP4抗体陽性の球後視神経炎が合併した症例に対して,ステロイドのパルス治療では反応がなかったが,自己免疫疾患の治療によく用いられるシクロホスファミドのパルス治療を行ってみたところ比較的良好な効果を得たので報告する.I症例患者:62歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:1週間前からの左眼視力低下を自覚し,2008年9月1日東京女子医科大学病院(以下,当院)眼科受診.全身既往歴:SjS,両腎結石.家族歴:特記すべきことなし.眼科的既往歴:1987年他院にて抗核抗体320倍,抗SS-A/Ro抗体128倍,ガム試験1ml以下,Schirmer試験両眼2mmとの結果でSjSと診断された.1994年右眼角膜ヘルペスを発症し,以後くり返していた.1996年右眼眼脂が増加し,当院受診した.虹彩炎が強く,虹彩後癒着となった.1997年豚脂様角膜裏面沈着物を伴う虹彩炎,眼底周辺部に出血,滲出斑を認めた.両眼肉芽腫性ぶどう膜炎としてサルコイドーシスも疑われ,全身精査を行ったが,胸部コンピュータ断層撮影(CT),核医学検査,ガリウムシンチグラフィーでは異常がなく否定された.その後も定期的に通院していた.現病歴:2008年8月6日の定期検査で,右眼視力は20cm眼前指数弁,左眼視力(1.0)であり眼科的所見としては従前と変わりはなかった.2008年8月末に左眼視力が低下し,2008年9月1日に受診した.前駆症状としての感冒や頭痛はなかった.9月1日受診時所見:矯正視力は右眼20cm眼前指数弁,左眼(0.15)であった.眼圧は正常であり,中心フリッカー値は右眼12Hz,左眼23Hzと両眼とも低下していた.右眼は虹彩後癒着により散瞳せず,過熟白内障を認めたため眼底は透見できなかった.左眼は軽度の白内障がある以外は前眼部・中間透光体に異常なく,眼底検査でも視神経乳頭に発赤,腫脹は認めなかった.左眼のフルオレセイン蛍光眼底検査では初期から後期に至るまで神経乳頭より蛍光漏出は認めず,網膜血管にも特記すべき所見はなかった.Goldmann視野計での検査では,右眼には耳側の感度低下を認め,左眼ではMariotte盲点の拡大と中心耳側の感度低下を認め,両耳側半盲様の視野異常と考えられた(図1).ガドリウム造影後の磁気共鳴画像(MRI)では,眼窩内の視神経には異常を認めなかったが,視交叉レベルの前額断左眼右眼図1初診時視野(Goldmann視野計)右眼は耳側全体に視野の沈下を認め,左眼は中心視野の耳側から下方にかけての視野の沈下と盲点の拡大を認めた.図2aMRIガドリニウム造影後T1強調画像冠状断(視交叉レベル)視交叉部(矢印)が肥大し,左半分を中心に造影効果が認められる.図2bMRIガドリニウム造影後T1強調画像冠状断(眼窩レベル)眼窩内の視神経(矢印)には左右差なく,腫大などは認めなかった.(117)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101749(図2)では視交叉自体が軽度腫大しており,左側に偏った造影効果を認めた.大脳半球や副鼻腔には異常は認められなかった.脊髄は椎間板ヘルニアを認めたが,それ以外の脊髄の信号強度は保たれていた.血液,尿検査では抗SS-A/Ro抗体500U/ml以上,抗SS-B/La抗体61.3U/ml,抗核抗体1,280倍であった.これらの検査結果よりSjSが関与した球後視神経炎と診断した.ステロイド薬をはじめとする免疫抑制薬の全身投与にあたり全身管理が必要なため,当大学の膠原病リウマチ痛風センターに紹介し,精査加療目的で2008年9月8日に入院となった.入院後の経過:入院直後の矯正視力は右眼20cm指数弁,左眼(0.05),中心フリッカー値は右眼9Hz,左眼11Hzであった.視神経炎以外には明らかな神経症状がなく,SjSの腺外症状も認めなかった.視神経炎に対してステロイドパルス(1,000mg/日)を3日間と後療法としてのプレドニゾロン内服(60mg/日)を実施した.しかし,ステロイド薬単独では早期効果を得られなかった.そのため,入院1週間後よりSjSが基礎疾患にあることを考慮し,膠原病に伴う難治性視神経症に効果があったと報告されているシクロホスファミドパルス(600mg/日,体表面積当たり400mg/m2を3日間)を行ったところ,左眼中心フリッカー値は19Hzと改善したため,さらに10月7日からの3日間,11月6日から3日間の計3回のシクロホスファミドパルス(600mg/日)を施行した.並行して東北大学神経内科に抗AQP4抗体の測定を依頼し,2回目と3回目のシクロホスファミドパルス療法の間に陽性との結果を得た.自己抗体の関与という点でB細胞を特に抑制するとされるシクロホスファミドは適した治療と考えられ,実際臨床的に有効であったため,その後も続行した.2回目シクロホスファミドパルスを施行後には右眼視力(0.01),左眼視力(0.3),中心フリッカー値右眼14Hz,左眼20Hzであった.1回目のシクロホスファミドパルス後よりプレドニゾロン内服を60mg/日から徐々に漸減した.その後両眼点状表層角膜炎の悪化改善により視力の変動はあったが,2009年5月には左眼視力は(0.4),中心フリッカー値は治療7カ月後の2009年4月には30Hzであった.また,右眼視力は(0.01)と横ばいのままであったが,中心フリッカー値は徐々に改善し,3回目施行後にはやや変動はあるものの17から20Hzまで改善した.治療8カ月後の視野検査でも,両眼に改善がみられた(図3).なお,経過を通じて視神経炎以外には明らかな神経症状はなく,脳や脊髄のMRIにも異常は認められなかった.II考按本例は疾患特異的自己抗体の存在,ガム試験,Schirmer試験と蛍光色素検査の結果から1999年の厚生省研究班の改訂診断基準を満たしておりSjSと診断された.本症例の視力低下は眼底に特記すべき所見もなく,頭部MRIにて視交叉部視神経に造影効果を伴う軽度腫大を認め,他の原因を示唆する所見がなかったことにより,視交叉部視神経炎と診断された.SjSに視神経炎を合併した症例の報告はすでに多数なされている7~10).しかし,郷らが過去の邦人6症例についてまとめているが,特発性視神経炎に比べるとステロイドパルス療法に対する反応は良くない7).SjSに伴う中枢神経障害に対してはステロイドパルス療法のほかにシクロホスファミドをはじめとする免疫療法や抗凝固療法,血漿交換療法などが試みられている.Williamsらの18例のミエロパチーに対する治験の検討ではステロイド単独療法は8例中5例で無効であり,シクロホスファミドまたはクロラムブシルの併用を推奨している11).Sophieらも82例の検討からミエロパチーや末梢神経障害に対するシクロホスファミドの有効性を強調している12).従来,SjS以外にも,自己免疫疾患患者や自己抗体陽性患者に視神経症が合併することが報告されてきた13~16).全身性エリテマトーデスに伴う視神経症に関しては報告も多く,SjSに伴う場合と同じく,ステロイド薬への反応がしばしば良くないことやシクロホスファミドに反応することが報告されている14~16).自己免疫疾患に伴う視神経症は,自己抗体と関連する血管炎や血流障害が視神経症に関与していると考えられ,臨床経過も多発性硬化症との関連の大きい特発性視神経炎とは異なり,視力低下が強く回復も不良の傾向がある.これら過去の自己免疫疾患に伴う視神経症の例も今回のように抗AQP4抗体陽性の症例が含まれていた可能性が推測される13).アクアポリンは細胞膜水チャンネル蛋白であり,中枢神経ではそのうちのAQP4がアストロサイトの足突起に認められている4,6).これに対する自己抗体が産生さ左眼右眼図3治療8カ月後の視野(Goldmann視野計)右眼は初診時に比べると,特に耳側視野が回復してきたが,盲点と中心視野を含む中心暗点が残存している.左眼も中心視野が回復してきたが,耳側に傍中心暗点が残存している.1750あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(118)れると中枢神経系アストロサイトが攻撃されることになる.この抗AQP4抗体はいわゆる視神経脊髄型多発性硬化症やこれと同一疾患ではないかといわれている視神経脊髄炎(NMO)に最近頻繁に見出されている抗体であり,この疾患の単なるマーカーではなく主たる病因の一つではないかと推定されている4,5).近畿大学の中尾らは28例の抗AQP4抗体陽性例と46例の陰性例の視神経炎患者を比較し,陽性患者には以下の特徴があると述べている.年齢的には比較的高齢者が多く,性別では圧倒的に女性が多い.視野は中心暗点,両耳側半盲,水平半盲が出やすく,抗核抗体,抗SS-A/Ro抗体,抗SS-B/La抗体などの自己抗体が陽性であることが多いことも特徴となっている1).本症例も中尾らの述べた特徴をもっていた.すなわち60歳と比較的高齢の女性で両耳側半盲様の視野異常を認めた.自己抗体もSjSに関連した自己抗体を認めた.抗AQP4抗体陽性視神経炎に対して最も効果のある治療法は何かという点に関しては,ステロイドパルス,シクロホスファミドパルスや血漿交換法などの治療法を直接比較した研究はなく,まだ定まっていない.中尾らは抗AQP4抗体陽性の視神経炎にはステロイドパルス療法が効きにくい例がかなりあると報告をしている.そして,治療としてはまずステロイドパルス治療を行い,抗AQP4抗体が陽性の場合でかつステロイドパルス無効例には血漿交換を行い,維持療法として少量のステロイド薬か免疫抑制薬を勧めている1).NMOの治療において推奨される単純血漿交換ではグロブリンやアルブミンをはじめとする血漿中の有用成分も除去され,ほぼ全血漿を他人の血漿に入れ替える.そのため,肝炎ウイルスやヒト免疫不全ウイルス(HIV),ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV)など血漿感染の危険性が増大し,ショック,アレルギーによる全身発疹,循環器系障害など重篤な症状の発生の危険があり,施行前の全身検索が重要である2,17).抗AQP4抗体陽性視神経炎での発症年齢は中年から高年が多く,全身状態などから単純血漿交換の施行困難な例も存在する可能性がある.本症例は62歳と高齢であり,ステロイドパルス療法では視力回復が思わしくなく,その時点では抗AQP4抗体陽性の結果が未確認であったこと,膠原病に伴う難治性視神経症にシクロホスファミドは一定効果があったと報告されていることもあり,本症例ではシクロホスファミドパルス療法を施行し,比較的良好な結果を得た7,11,13~15).ステロイド薬は末梢の白血球細胞の数,分布や機能に対して強く働き,組織マクロファージや他の抗原提示細胞の機能を抑制する.液性免疫よりも細胞免疫のほうをより抑制するが,一次的な抗体応答が消失し,持続的使用により,過去に確立した抗体応答も低下していき,結果的には液性免疫も抑制する.一方,シクロホスファミドはDNAアルキル化作用および代謝拮抗作用により,細胞毒作用をもち,T細胞よりB細胞に強く作用する傾向がある.B細胞をおもに抑制することにより,T細胞とB細胞は相互作用をするため,結果的にT細胞の機能も抑制し,免疫抑制効果が高い.また,血液脳関門を通過し,中枢神経系の局所で抗炎症作用を発揮する効果もあるといわれている.シクロホスファミドの副作用として白血球減少,感染症,消化管潰瘍,膀胱炎,不妊,奇形,白血病を誘発する危険性などがあり,総投与量に比例して,副作用の頻度が高まるとされている.パルス療法は,総投与量を減らし,結果として副作用を減らすことができるので本症例でも採用した18,19).日本人の体格の小ささ,副作用に対する耐性の低さなどを考慮し,当院ではシクロホスファミドパルスの1日投与量は400.600mg/m2で,4週間間隔で投与している.そして副作用の一つである出血性膀胱炎を防ぐため,全例大量輸液とメスナの併用をし,当日と翌朝は頻回に検尿を施行している.感染症対策として,ステロイド大量投与の場合と同様に,入院中は2週間ごとにIgGなどで免疫状態のモニタリングをし,b-d-グルカンやサイトメガロウイルスアンチゲネミアなどで感染症のモニタリングや,ニューモシスチス肺炎予防にバクタ内服を行っている.筆者らの症例は,SjSに合併する難治性の視神経症と当初から予想されたので,ステロイドパルス療法が無効であったときシクロホスファミドパルス療法を選択し比較的良好な結果を得た.その途中で抗AQP4抗体が陽性だと判明したのだが,抗AQP4抗体陽性視神経炎にシクロホスファミドパルス療法が有効である可能性を示唆する症例でもあると考え報告した.予後良好な特発性視神経炎に対しては,ステロイド大量療法か無治療での経過観察かを選ぶことが一般的である.ステロイド大量療法か経過観察の二択を機械的に当てはめると,特発性視神経炎に混じっている抗AQP4抗体陽性視神経炎患者を無治療で経過観察する例が出て,その場合予後不良となる可能性が高くなるので注意すべきであろう.視神経炎患者が受診した場合,種々の視機能検査,MRI検査を行うが,抗AQP4抗体の検査はまだ一般的ではない.抗AQP4抗体の有無は単に診断に役に立つだけでなく,治療方針も大きく異なるため,今後は必須の検査になってくると考えられる.文献1)中尾雄三,山本肇,有村英子ほか:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神経眼科25:327-342,20082)吉岡雅之,仲田由紀,谷口洋ほか:二重膜濾過血漿交換が有効であった抗アクアポリン4抗体陽性neuromyelitisopticaの62歳女性例.神経内科69:82-88,20083)久保玲子,若倉雅登:自己免疫性視神経症.あたらしい眼科26:1343-1349,20094)田中恵子:臨床と疫学.あたらしい眼科26:1301-1306,(119)あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010175120095)松下拓也,吉良潤一:多発性硬化症・視神経脊髄炎の免疫学的背景.あたらしい眼科26:1315-1322,20096)三須建郎,藤原一男,糸山泰人:視神経脊髄炎の病理学的特徴.あたらしい眼科26:1307-1314,20097)郷佐江,山野井貴彦,古田歩ほか:両側難治性視神経症の背景にSjogren症候群が存在した1例.神経眼科21:47-53,20048)HaradaT,OhasiT,MiyagishiRetal:OpticneuropathyandacutetransversemyelopathyinprimarySjogren’ssyndrome.JpnJOphthalmol39:162-165,19959)船本由香,小暮美津子,八代成子ほか:ブドウ膜炎および視神経炎で発症した原発性Sjogren症候群の1例.眼臨92:1153-1157,199810)桶谷美香子,出口治子,大久保忠信ほか:球後視神経炎を合併し,皮膚血管炎を呈したSjogren症候群の1症例.リウマチ39:847-852,199911)WilliamsCS,ButlerE,RomanGCetal:TreatmentofmyelopathyinSjogrensyndromewithacombinationofprednisoneandcyclophosphamide.ArchNeurol58:815-819,200112)SophieD,JeromeS,Anne-LaureFetal:NeurologicmanifestationsinprimarySjogrensyndrome,astudyof82patients.Medicine83:280-291,200413)MokCC,ToCH,MakAetal:Immunoablativecyclophosphamideforrefractorylupus-relatedneuromyelitisoptica.JRheumatol35:172-174,200814)RosenbaumJT,SimpsonJ,NeuweltCM:Successfultreatmentofopticneuropathyinassociationwithsystemiclupuserythematosususingintravenouscyclophosphamide.BrJOphthalmol81:130-132,199715)Galindo-RodriguezG,Avina-ZubietaA,PizarroSetal:Cyclophosphamidepulsetherapyinopticneuritisduetosystemiclupuserythematosus,anopentrial.AmJMed106:65-69,199916)SiatkowskiRM,ScottIU,VermAMetal:Opticneuropathyandchiasmopathyinthediagnosisofsystemiclupuserythematosus.JNeuro-Ophthalmol21:193-198,200117)WatanabeS,NakashimaI,MisuTetal:TherapeuticefficacyofplasmaexchangeinNMO-IgG-positivepatientswithneuromyelitisoptica.MultipleSclerosis13:128-132,200718)AduD,PallA,LuqmaniRAetal:Controlledtrialofpulseversuscontinuousprednisoloneandcyclophosphamideinthetreatmentofsystemicvasculitis.QJMed90:401-409,199719)Gayr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