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14歳男児に発症した網膜動脈分枝閉塞症の1例

2018年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科35(12):1700.1703,2018c14歳男児に発症した網膜動脈分枝閉塞症の1例福井志保*1木許賢一*2山田喜三郎*3久保田敏昭*2*1別府医療センター眼科*2大分大学医学部眼科学教室*3大分県立病院眼科CACaseofBranchRetinalArteryOcclusionina14-Year-OldMaleShihoFukui1),KenichiKimoto2),KisaburoYamada3)andToshiakiKubota2)1)DepartmentofOphthalmology,BeppuMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,OitaPrefecturalHospitalC14歳男児に発症した網膜動脈分枝閉塞症を経験したので報告する.溶連菌感染後に右眼の視野異常を主訴に受診し,右眼の網膜動脈分枝閉塞症と両眼の網膜血管炎があった.全身的には無菌性髄膜炎の所見とわずかなCPR3-ANCAの上昇以外は異常はなかった.網膜血管炎に対してプレドニゾロンC30Cmgより内服漸減を行い,その間に黄色ブドウ球菌感染による硬膜外膿瘍をきたし,保存的に加療された.その際もCPR3-ANCAの軽度上昇があった.網膜血管炎の原因としてCANCA関連血管炎や溶連菌感染後の自己免疫学的機序による血管炎が考えられたが,明らかな原因疾患は不明であった.CWeCreportCaCcaseCofCbranchCretinalCarteryCocclusionCinCaC14-year-oldCmale,CwhoCvisitedCourCdepartmentCbecauseCofCvisualCdisturbanceCafterChemolyticCstreptococcalCinfection.CExaminationCdisclosedCbranchCretinalCarteryCocclusioninhisrighteyeandretinalvasculitisbilaterally.AsepticmeningitisandslightlyincreasedPR3-ANCAintheserumwereobserved.Hewastreatedwithprednisolonefromadoseof30Cmgdailyforretinalvasculitis.Dur-ingCtheCterm,CepiduralCabscessCcausedCbyCStaphylococcusCaureusCoccurred.CAtCtheCtime,CPR3-ANCACwasCagainCslightlyCincreasedCinCtheCserum.CANCA-associatedCvasculitisCorCautoimmune-relatedCvasculitisCwereCspeculatedCasCcausesoftheretinalvasculitisandbranchretinalarteryocclusion,butthespeci.ccauseswereunknown.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(12):1700.1703,C2018〕Keywords:網膜動脈分枝閉塞症,網膜血管炎,溶連菌感染,ANCA関連血管炎.branchretinalarteryocclusion,retinalvasculitis,hemolyticstreptococcusinfection,ANCA-associatedvasculitis.Cはじめに網膜動脈閉塞症は一般的に加齢に伴う動脈硬化や不整脈が原因となり,血栓や塞栓を原因として発症することが多く,高齢者に多い疾患である.若年者の網膜動脈閉塞症はまれで,心疾患,抗リン脂質抗体症候群や全身性エリテマトーデス(systemicClupusCerythematosus:SLE)などの膠原病,血液凝固異常などの基礎疾患を有する報告1.8)が多いが,原因不明のものもある11,12).今回,全身精査で明らかな原因疾患が不明の網膜動脈分枝閉塞症と両眼の網膜血管炎を併発した若年の症例を経験したので報告する.抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilCcytoplasmicCantibody:ANCA)の軽度上昇からCANCA関連血管炎の可能性や溶連菌感染後の自己免疫機序による血管炎の可能性が考えられた.I症例患者:14歳,男児.主訴:右眼視野異常.既往歴:左鼠径ヘルニア,僧帽弁閉鎖不全症(軽度),気管支喘息,アトピー性皮膚炎,犬・猫アレルギー.家族歴:父─乾癬,花粉症,母─アトピー性皮膚炎,弟─副鼻腔炎.生活歴:ハムスター飼育.現病歴:2010年C8月にC38℃台の発熱と頭痛が出現し,第3病日に小児科を受診した.咽頭拭い液溶連菌迅速検査が陽性で抗菌薬を処方された.第C8病日,発熱が持続するため別のかかりつけの小児科を受診し抗菌薬を変更され,第C10病〔別刷請求先〕福井志保:〒874-0011大分県別府市内竈C1473別府医療センター眼科Reprintrequests:ShihoFukui,M.D.,DepartmentofOphthalmology,BeppuMedicalCenter,1473Uchikamado,Beppu874-0011,CJAPANC1700(124)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(124)C17000910-1810/18/\100/頁/JCOPY図1初診時右眼眼底写真視神経乳頭耳下側の白色病変と網膜の白濁があり,網膜動脈分枝閉塞症と診断した.図3初診時右眼眼底写真(赤道部)血管周囲に白色病変があった.日には解熱した.第C12病日の起床時に右眼の見えにくさを自覚し,翌日に前医眼科を受診し右眼網膜動脈分枝閉塞症を指摘され同日紹介受診した.初診時所見:視力は右眼C1.0(矯正不能),左眼C0.8(矯正1.0),眼圧は両眼ともにC11CmmHg,両眼の結膜充血があった.前房内炎症はなく,前医にて散瞳しており,中間透光体に異常はなかった.右眼眼底は視神経乳頭耳下側の動静脈交叉部に白色病変とそれより末梢の網膜の白濁があり,網膜動脈分枝閉塞症と診断した(図1).末梢静脈血管は怒張し,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では動脈閉塞部位は著明な網膜浮腫があり,隆起性の白色病変による動脈の圧迫が疑われた(図2a).また乳頭耳側に出血を伴った白色病変があり,OCTでは網膜外層浮腫(図2b)を呈図2a右眼OCT画像(動脈閉塞部位)著明な網膜浮腫があり,白色病変による動脈の圧迫が疑われた.図4b左眼OCT画像(白色病変部位)網膜浮腫を呈していた.し,右眼赤道部にも血管周囲の白色病変(図3),左眼後極にも白色病変(図4a)とその部位の網膜浮腫(図4b)があり,両眼の網膜血管炎が疑われた.Goldmann動的視野検査では図2b右眼OCT画像(黄斑部)網膜外層浮腫を呈していた.図4a初診時左眼眼底写真後極に白色病変があった.(125)あたらしい眼科Vol.35,No.12,2018C1701図5初診時Goldmann動的視野検査右眼鼻上側の視野欠損があった.図6右眼眼底写真(入院後数日)白色病変の周囲に出血が出現していた.動脈閉塞部位に一致した右眼鼻上側の視野欠損があった(図5).蛍光眼底造影はフルオレセインの皮内テストが強陽性で施行できなかった.発症から約C2日が経過していたため動脈閉塞症に対する加療は行わず,原因精査のため小児科に入院となった.全身検査所見:白血球数C9,100/μl,血小板数C352,000/μl,CCRP1.29Cmg/dl,IgG2,013Cmg/dl,IgE3,730CIU/ml,CHC5058.5CU/mlと軽度上昇していた.血液凝固検査は正常範囲内で,各種ウイルス抗体価や自己抗体の上昇はなく,PR3-ANCAはC3.5CU/mlと正常上限であった.ツベルクリン反応は陰性であったが,ACE,リゾチームは正常範囲内で肺門リンパ節腫脹はなく,サルコイドーシスは否定的であった.ASO,ASKは陰性,結核,梅毒,トキソプラズマ,トキソカラ,猫ひっかき病などの感染はなかった.髄液細胞数図7右眼眼底写真(発症3カ月後)閉塞部位の動脈は白鞘化,狭細化していた.93/3Cμl(すべて単核球)と軽度増加しており,無菌性髄膜炎と診断された.胸部CX線,頭部CMRI,胸腹部CCT検査で異常はなく,心臓超音波検査では軽度の僧帽弁閉鎖不全症があったが,疣贅はなかった.経過および治療:右眼の網膜動脈分枝閉塞症と両眼の網膜血管炎,無菌性髄膜炎の所見があったが,全身的な基礎疾患や異常所見はなかった.入院後,新たな白色病変の出現はみられず,白色病変周囲にいずれも静脈閉塞に伴う出血が出現した(図6).何らかの自己免疫学的機序による網膜血管炎,それによる動脈閉塞症と考え,入院C12日目よりプレドニゾロンC30Cmg内服を開始した.動脈閉塞部位の白色病変と網膜浮腫は次第に軽快し,血管炎の悪化所見はなく退院となった.同年C10月,プレドニゾロンC2.5Cmg内服中に前胸部に水疱(126)が出現,40℃の発熱と心窩部痛,背部痛を伴い,CRP23.98Cmg/dlと高値で小児科に入院した.血液・喀痰培養で黄色ブドウ球菌を検出,Kaposi水痘様発疹症,硬膜外膿瘍と診断された.保存的に加療され,基礎疾患の検索を行うも異常はなかった.前回と同様にCIgEはC3,107IU/mlと高値で,PR3-ANCAはC3.9CU/mlと軽度陽性で,退院時にはC6.1CU/mlとさらに上昇していた.網膜動脈閉塞発症後C3カ月には,閉塞部位は動静脈交叉部位であったことが明瞭となり,同部位は動脈の白鞘化,狭細化を呈した(図7).現在視野欠損は残存しているが,血管炎などの再発はない.CII考按網膜動脈閉塞症が若年者に発症することは珍しく,心疾患1,2)や抗リン脂質抗体症候群3,4),SLE5),血管炎症候群6)などの全身疾患が基盤にあるものが多い.クリオフィブリノーゲン血症7,8)や貧血の合併9),経口避妊薬内服後の発症10)の報告も散見される.しかし,本症例のように明らかな原因が不明であったとする報告もあり,高橋らは若年者C3例の網膜動脈閉塞症を報告11),中野らは本症例と同様の溶連菌感染症の経過中に発症したC11歳女児の網膜中心動脈閉塞症を報告している12).本症例は軽度の僧帽弁閉鎖不全症があったが,心エコーでは感染性心内膜炎の所見や疣贅はなく,原因として考えにくい.また,両眼の網膜血管炎を併発しており,動脈炎による動脈閉塞が考えられた.動脈閉塞をきたしうる動脈炎としてCBehcet病や結核性網膜血管炎,梅毒性ぶどう膜炎などがあるが,いずれも否定的であった.また,溶連菌感染後に樹氷状血管炎を呈し,動脈閉塞を起こした報告13)もあるが,本症例では樹氷状血管炎の所見はなかった.本症例ではCPR3-ANCAの軽度上昇があり,プレドニゾロン内服後の感染時にはさらに上昇しており,ANCA関連血管炎が関連している可能性も考えられた.PR3-ANCAはWegener肉芽腫症に診断的特異性が高く,疾患活動性の指標になることが知られており,MPO-ANCAは顕微鏡的多発血管炎やアレルギー性肉芽腫性血管炎で高率に陽性となる.MPO-ANCA陽性の顕微鏡的多発血管炎では網膜動脈閉塞症の合併報告は多いが14,15),PR3-ANCA上昇,Wegen-er肉芽腫症に伴う報告例は少ない16).ANCA関連血管炎では小動脈から細動脈,毛細血管,細静脈までの比較的細い血管が障害されるが,本症例は全身的な血管炎の所見はなかった.また,ANCAは感染症や薬剤,全身性疾患に伴い誘導され上昇することが知られており,溶連菌の感染はCANCA上昇を誘導するとされる17).本症例はCANCA上昇は軽度で,感染時にさらに上昇していることから,感染に伴う上昇の可能性も十分に考えられた.本症例ではもともと気管支喘息やアトピー性皮膚炎,犬,(127)猫アレルギーの既往があり,血清CIgEも高値で,溶連菌感染後にアレルギー学的機序による網膜血管炎を発症した可能性がもっとも考えられた.しかし,蛍光眼底造影が施行できなかったため,動脈閉塞をきたした病態や血管炎の程度が把握できず,ステロイド治療効果も不明であった.ステロイド投与による易感染性がC2回目の感染症の誘因になった可能性が考えられ,ステロイド投与の適応や投与量については議論の余地があり,慎重に検討する必要がある.文献1)松村望,伊藤大蔵,大庭静子ほか:視野の自然緩解をみた網膜動脈分枝閉塞症のC1例.眼紀95:41-43,C20012)中村将一朗,小林謙信,高山圭:心房中隔欠損による奇異性塞栓により発症した若年の片眼性網膜中心動脈閉塞症の1例.あたらしい眼科C33:601-605,C20163)朝比奈章子,小松崎優子,中山玲慧ほか:6歳女児に生じた網膜動脈閉塞症のC1例.臨眼54:1191-1194,C20004)友利あゆみ,城間正,上門千時ほか:9歳男児に認められた網膜中心動脈閉塞症のC1例.臨眼C56:1117-1120,C20025)野本浩之,馬場哲也,梅津秀夫ほか:網膜動静脈の閉塞を呈した小児全身性エリテマトーデスのC2例.あたらしい眼科17:1441-1445,C20006)渡辺一順,加瀬学:網膜中心動脈閉塞症を呈したCP-ANCA陽性網膜血管炎.あたらしい眼科C17:1429-1432,C20007)田片将士,岡本紀夫,栗本拓治ほか:若年者にみられたクリオフィブリノーゲン血症が原因と考えられた網膜中心動脈閉塞症のC1例.臨眼61:625-629,C20078)RatraCD,CDhupperM:RetinalCarterialCocclusionsCinCtheyoung:SystemicassociationsinIndianpopulation.IndianJOphthalmolC60:95-100,C20129)冨田真知子,賀島誠,吉田慎一ほか:鉄欠乏性貧血の若年女性に発症した網膜中心静脈閉塞症と網膜中心動脈分枝閉塞の合併症例.臨眼60:1219-1222,C200610)StepanovA,HejsekL,JiraskovaNetal:TransientbranchretinalCarteryCocclusionCinCaC15-year-oldCgirlCandCreviewCoftheliterature.BiomedPapMedFacUnivPalackyOlo-moucCzechRepubC159:508-511,C201511)高橋寧子,堀内二彦,大野仁ほか:若年者の網膜動脈閉塞症のC3例.眼紀41:2258-2269,C199012)中野直樹,吉田泰弘,周藤昌行ほか:11歳女児の網膜中心動脈閉塞症.眼紀43:161-164,C199213)SharmaCN,CSimonCS,CFraenkelCGCetal:FrostedCbranchCangitisCinCanCoctogenarianCwithCinfectiveCendocarditis.CRetinCasesBriefRepC9:47-50,C201514)佐藤章子,宮川靖博,高野淑子:眼病変を合併したCChurg-Strauss症候群のC2例.臨眼60:509-514,C200615)吉武信,西村宗作,吉田朋代ほか:網膜動脈閉塞症を発症し治療開始されたCChurg-Strauss症候群のC1例.臨眼C66:1659-1663,C201216)福尾吉史,片岡康志,千羽真貴ほか:Wegener肉芽腫症に網膜中心動脈閉塞症を合併したC1例.眼紀C44:1552-1555,C199317)山村昌弘:血管炎症候群.内科117:915-920,C2016あたらしい眼科Vol.35,No.12,2018C1703