‘疫学’ タグのついている投稿

40歳未満の視覚障害者の原因疾患

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(141)743《原著》あたらしい眼科28(5):743.746,2011cはじめに新規視覚障害認定者の原因疾患に関する全国調査の結果が最近発表され,緑内障が原因疾患の第1位であったと報告された1,2).また,筆者らは平成16年から平成21年にかけて三重県にて新規視覚障害認定者の全例調査を行ったところ,視覚障害者の原因疾患上位4位までは前述の全国調査と同じ結果であった3).これらの調査結果から高齢化社会の到来などによると考えられる緑内障や加齢黄斑変性を原因とした視覚障害者の増加が明らかとなったが,一方,壮年期以前の視覚障害者を対象とした報告は少ない.さて厚生労働省は,5年に一度,身体障害児・者実態調査の結果を公表しており,直近の報告は平成18年度のものである.このなかで18歳未満の身体障害児についての調査結果が報告されているが,調査方法が対象者本人による調査票記入によることなどから原因疾患についての詳細な分類は行われていない.筆者らは,前述の報告3)で三重県における調査結果として40歳未満の視覚障害者は,視覚障害者全体の6.6%を占めており(原因疾患の第1位は網膜色素変性で40歳未満の対象者の19.5%),さらに15歳以下の者は,全体の1.7%(原因疾患の第1位は未熟児網膜症で15歳以下の対象者の34.8%)であったと報告したが,今回はその詳細について検討したの〔別刷請求先〕生杉謙吾:〒514-8507津市江戸橋2丁目174番地三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学Reprintrequests:KengoIkesugi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174Edobashi,Tsu-city514-8507,JAPAN40歳未満の視覚障害者の原因疾患生杉謙吾*1,2佐宗幹夫*1宇治幸隆*1*1三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学*2名張市立病院眼科CausesofVisualImpairmentinThoseBelow40YearsofAgeKengoIkesugi1,2),MikioSasoh1)andYukitakaUji1)1)DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,NabariCityHospital今回筆者らは,40歳未満の視覚障害者を対象にその原因疾患について調査した.対象者は2004年4月から2009年3月の間に三重県において身体障害者福祉法に基づき新規に視覚障害者と認定された1,322名のうち,認定時の年齢が40歳未満であった87名である.対象者の身体障害者診断書・意見書を基に年齢・性別・原因疾患・認定等級などを調べた.結果,18歳未満の視覚障害児は23名,18歳以上40歳未満の視覚障害者は64名であった.原因疾患のなかで最も多かったのは,18歳未満では未熟児網膜症(23.4%),18歳以上40歳未満では網膜色素変性(34.8%),40歳未満の対象者全体では網膜色素変性(19.5%)であった.認定等級1級および2級の重度視覚障害者は,対象者全体の62.0%であった.Thepurposeofthisstudywastodeterminethecausesofvisualimpairmentinthosebelow40yearsofage.ThestudywasconductedbetweenApril2004andMarch2009inMiePrefecture.Enrolledwere1,322visuallydisabledpersons,asdefinedbytheActonWelfareofPhysicallyDisabledPersons.Ofthe87individualswhowereunder40yearsofage,23wereunder18yearsofageand64werebetween18and39yearsofage.Wereviewedage,sex,causeofvisualimpairmentanddegreeofdisability.Inthoseunder18,themajorcauseofvisualimpairmentwasretinopathyofprematurity(23.4%);inthosebetween18and39,themajorcausewasretinitispigmentosa(34.8%).Themajorcauseofvisualimpairmentinthoseundertheageof40wasretinitispigmentosa(19.5%).Severelyvisuallydisabledpersonswithdisabilityofdegree1or2comprised62%ofallsubjects.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):743.746,2011〕Keywords:疫学,視覚障害,網膜色素変性,未熟児網膜症.epidemiology,visualimpairment,retinitispigmentosa,retinopathyofprematurity.744あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(142)で改めて報告する.I対象および方法調査期間は2004年4月から2009年3月まで(平成16年度.20年度)の5年間で,対象者は三重県において身体障害者福祉法に基づき新規に視覚障害の認定をうけた1,322名のうち,認定時の年齢が40歳未満であった87名(男性58名・女性29名,全体の6.6%)である(図1).対象者は調査期間内に新規に視覚障害者として認定された者のみであり再認定者(継続認定者)は対象外としている.各診療担当医より提出された身体障害者診断書・意見書を基に年齢・原因疾患・認定等級などを調査した.原因疾患の項目に複数の疾患が記載されている場合は,主となっていると考えられるものを原因疾患とした.また,障害等級については最終的に認定された等級であり,提出された視覚障害者診断書・意見書に不備がある例などでは三重県障害者相談支援センターから提出医への再確認が行われている.調査はヘルシンキ宣言の倫理規定に基づき,プライバシー保護に最大限配慮された.個人名・生年月日・住所などは完全にマスクされた連結不可能匿名化済の資料が三重県障害者相談支援センターから提供され,本調査が行われている.II結果三重県における2004年4月から2009年3月(平成16年度から平成20年度)までの身体障害者福祉法に基づく40歳未満の新規視覚障害認定者数は,前述のとおり87名である.調査期間の5年間に認定された87名の年齢別分布を図2に示す.1~9歳が20名(23.0%),10.19歳が6名(6.9%),20~29歳が20名(23.0%),30~39歳が41名(47.1%)であった.特に未成年者(視覚障害児)である18歳未満は23名(26.4%)であった.表1に40歳未満の新規視覚障害認定者の原因疾患を示す.40歳未満の対象者全体では,網膜色素変性が原因疾患として最も多く17名(19.5%),以下,視神経萎縮12名(13.8%),糖尿病網膜症11名(12.6%)などとなった.対象者を18歳未満と18歳以上で分けると,18歳未満では上位から表140歳未満の視覚障害認定者の原因疾患順位全体(1~39歳:対象者87名)18歳未満(1~17歳:対象者23名)18歳以上(18~39歳:対象者64名)1網膜色素変性(17名・19.5%)未熟児網膜症(8名・34.8%)網膜色素変性(15名・23.4%)2視神経萎縮(12名・13.8%)視神経萎縮(3名・13.0%)糖尿病網膜症(11名・17.2%)3糖尿病網膜症(11名・12.6%)小眼球(2名・8.7%)視神経萎縮(9名・14.1%)4未熟児網膜症(10名・11.5%)脈絡網膜萎縮(2名・8.7%)脳卒中・脳腫瘍(7名・10.9%)5脳卒中・脳腫瘍(7名・8.0%)網膜色素変性(2名・8.7%)緑内障(5名・7.8%)対象者全体および年齢層別に上位5疾患を示した.40歳未満(6.6%)40~49歳(4.2%)50~59歳(13.3%)60~69歳70~79歳(18.9%)(27.5%)80~89歳(24.2%)90歳以上(5.3%)図1三重県における視覚障害認定者の年齢分布(文献3より改変)1~9歳(23.0%)10~19歳20~29歳(6.9%)(23.0%)30~39歳(47.1%)18歳未満(26.4%)図240歳未満の視覚障害認定者の年齢分布認定等級(級)31.013530252015105031.0213.8310.4410.453.46(%)図340歳未満の視覚障害認定者の認定等級別分布(143)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011745未熟児網膜症8名(34.8%),視神経萎縮3名(13.0%),小眼球・脈絡網膜萎縮・網膜色素変性がそれぞれ,2名(8.7%)であった.また,18歳以上では,上位より網膜色素変性15名(23.4%),糖尿病網膜症11名(17.2%),視神経萎縮9名(14.1%)などとなった.図3に40歳未満の新規視覚障害認定者の認定等級別分布を示す.1級および2級の該当者である重度視覚障害者が全体の62.0%(1級,2級それぞれ31.0%)を占めていた.III考察視覚障害者の原因疾患やその背景に関する疫学調査の結果は今までにいくつか報告されているが,40歳または50歳以上を対象者としているものが多く,いわゆる壮年期以前や若年者を対象に詳細な検討を行った報告は少ない4.7).前述の中江らの報告1,2)は,全国を6ブロックに分け1ブロックから1県または1政令指定都市を抽出したサンプル調査として行われ,現在のところ視覚障害認定者についての調査としては最も大きな規模で行われたものであるが,この全国調査も対象者は18歳以上となっている.さて,筆者らの今回の調査では,40歳未満の視覚障害者は全年齢層の6.6%,特に15歳以下の視覚障害児は,全体の1.7%と少数であった3).これは,山本らの報告4)での15歳以下の小児の視覚障害者は全体の1.3%であったという結果と似た数字であり,視覚障害者全体に占める壮年期以前の者,特に乳幼児や若年者の割合は大変少ない.調査対象者が少ないため,まとまった調査がむずかしく過去に若年者を対象とした同様の報告が少ないのではないかと考えられる.視覚障害の原因疾患についてであるが,本報告における18歳未満と,山本らの報告4)における15歳以下の視覚障害児の原因疾患第一位は,いずれも未熟児網膜症であった.全国の盲学校在籍者の失明原因として,未熟児網膜症の占める割合は1970年から1996年にかけて,1%から13%へと著しい増加がみられる8)と報告されており,今回の筆者らの調査結果でも,特に視覚障害児の原因疾患として未熟児網膜症の占める割合が多かった.また原因疾患の第二位以下は視神経萎縮,小眼球,脈絡網膜萎縮,網膜色素変性などとなったが,いずれも対象者は少なく未熟児網膜症以外の原因疾患としては,まとまった傾向がみられなかった.一方,40歳未満の対象者全体および18歳以上40歳未満の群では網膜色素変性が原因疾患として最も多い結果となった.前述の中江らの報告1)によると,18歳以上60歳未満の視覚障害者の主原因の第一位も同様に網膜色素変性であった.本疾患はいまだに明確な治療法がない遺伝性疾患であるが,近年の遺伝子分野の研究の進歩とともに何らかの治療方法の開発が期待されており,今回の調査結果より改めて若年から中年層の視覚障害者の原因疾患として重要であると考えられた.さて厚生労働省は,5年に一度,身体障害児・者実態調査結果を発表しているが,最近では,平成20年3月に平成18年7月現在の調査結果を発表している.平成18年身体障害児・者実態調査結果(http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/108-1.html)によると,特に18歳未満の身体障害児のうち視覚障害のある者の原因疾患は,「網脈絡膜・視神経系疾患」が38.8%で最も多く,以下「脳性まひ」と「その他の脳神経疾患」が6.1%であり,「その他」が24.5%,「不明・不詳」が24.4%という結果であった.視覚障害に特化した調査でないことや調査方法が原則,調査対象者本人による調査票への記入によることなどから,今回の筆者らの調査とは異なった結果になっていると思われる.一方,筆者らの調査結果は身体障害者意見書の提出によるものである.申請漏れや医療機関を受診していない対象者が一定数いると考えられ,結果,本来の視覚障害者の背景とは異なっている可能性がある点にも注意を要する.視覚障害者の障害者手帳取得率については,過去の報告では30.54%と報告され,一般に年代が高くなるほど取得率が低下することが知られている9.11).一方,小児については正確な視力測定ができなかったり成長過程であることが考慮され,障害固定の判定が困難な例が少なくない.また先天性疾患などの場合,眼科への通院や手帳の取得を望まない保護者もいて,小児の手帳取得率に影響している可能性がある.壮年期以前,特に小児の手帳取得率についての詳細な報告は過去にないため今後の検討課題と考える.また手帳取得率は原因疾患によっても異なる特徴があり,糖尿病網膜症や網膜色素変性では70%を超えるのに対し,緑内障や黄斑変性では40%台であったと報告されている9).40歳未満の視覚障害者の認定等級については,1,2級の認定者が全体の62.0%と半数以上を占めていたが,これは筆者らが以前報告した視覚障害者全体(1.98歳)では1,2級の対象者は全体の48.9%であったことと比較すると,40歳未満の視覚障害認定者では特に重症の視覚障害者が多い結果となった.前述のように若年者や特に発育中の小児では疾患の障害固定が困難なことなどが考えられ,結果として等級の低い認定者が少なくなった可能性があると考えられる.今回筆者らは,40歳未満の視覚障害者についての背景調査を行ったが,前述のように厚生労働省の視覚障害児・者実態調査以外に,最近,若年者の視覚障害者に関する疫学調査の報告はほとんどなく,今回の報告は特に視覚障害児の実態の一端を理解するためにも貴重な調査結果であると考えられる.文献1)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:長寿社会と眼疾患746あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(144)─最近の視覚障害原因の疫学調査から.GeriatricMedicine44:1221-1224,20062)中江公裕,増田寛次郎,石橋達朗:日本人の視覚障害の原因─15年前との比較.医学のあゆみ225:691-693,20083)生杉謙吾,築留英之,八木達哉ほか:最近5年間の三重県における新規視覚障害認定者の原因疾患.日眼会誌114:505-511,20104)山本節:身体障害者手帳の視覚障害児.眼臨96:43-45,20025)松本順子,馬嶋昭生:身体障害者更生相談所での視覚障害者の分析.臨眼46:1368-1372,19926)OshimaY,IshibashiT,MurataTetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinarepresentativeJapanesepopulation:theHisayamastudy.BrJOphthalmol85:1153-1157,20017)IwaseA,AraieM,TomidokoroAetal:PrevalenceandcausesoflowvisionandblindnessinaJapaneseadultpopulation:theTajimiStudy.Ophthalmology113:1354-1362,20068)中島章:VISION2020と小児の失明予防.日本の眼科78:1319-1323,20079)谷戸正樹,三宅智恵,大平明弘:視覚障害者における身体障害者手帳の取得状況.あたらしい眼科17:1315-1318,200010)堀田一樹,佐生亜希子:視覚障害による身体障害者手帳取得の現況と課題.日本の眼科74:1021-1023,200311)藤田昭子,斉藤久実子,安藤伸朗ほか:新潟県における病院眼科通院患者の身体障害者手帳(視覚)取得状況.臨眼53:725-728,1999***