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自覚症状なく定期検査で発見された梅毒性視神経乳頭炎

2020年5月31日 日曜日

《第56回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科37(5):615.618,2020c自覚症状なく定期検査で発見された梅毒性視神経乳頭炎前沢琢磨*1臼井英晶*1安城孝*2玉井一司*1*1名古屋市立東部医療センター眼科*2あきしまクリニック眼科CACaseofSyphiliticOpticPapillitisDisclosedbyRegularOphthalmicExaminationwithoutAnyOcularComplaintsTakumaMaezawa1),HideakiUsui1),TakashiAnjo2)andKazushiTamai1)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,AkishimaClinicC目的:眼科定期検査から梅毒性視神経乳頭炎の診断に至った症例を報告する.症例:46歳,男性.糖尿病の眼科定期検査で両眼視神経乳頭腫脹を指摘され,名古屋市立東部医療センター眼科に紹介された.当科初診時,両眼矯正視力はC1.2で,両前房に少数の細胞を認め,両眼底に視神経乳頭腫脹が観察された.視野検査では両眼に比較暗点が検出された.頭部CCT検査で異常を認めなかったが,血液検査で梅毒血清反応が陽性を示したため梅毒性視神経乳頭炎を疑い,アモキシシリン内服投与を開始した.その後,虹彩炎,視神経乳頭腫脹および視野障害は改善した.経過中,梅毒感染と関連する皮膚症状や視神経以外の神経症状はみられていない.結論:自覚症状に乏しい視神経乳頭腫脹がみられた場合,鑑別診断として梅毒感染を考慮に入れる必要がある.CPurpose:Toreportacaseinwhicharoutineophthalmicexaminationledtothediagnosisofsyphiliticopticpapillitis.CCase:AC46-year-oldCmaleCwasCreferredCtoCourChospitalCafterCbilateralCopticCdiscCswellingCwasCobservedCduringaperiodicophthalmicexaminationfordiabetes.Inbotheyes,thecorrectedvisualacuitywas1.2andsever-alcellsintheanteriorchamberandopticdiscswellingwereobserved.Avisual.eldtestrevealedrelativescoto-masbilaterally.ACTscanofhisheadshowednormal.ndings,yetabloodtestrevealedpositivesyphiliticserumreaction.Thus,syphiliticopticpapillitiswassuspectedandhewastreatedwithasystemicadministrationofamoxi-cillin,CandCtheCiritis,CopticCdiscCswelling,CandCvisualC.eldCdisturbanceCgraduallyCimproved.CDuringCtheCtreatmentCcourse,CnoCdermatologicalCorCotherCneurologicalCsymptomsCrelatedCtoCsyphiliticCinfectionCwereCobserved.CConclu-sion:WhenCaCpatientCwithCopticCdiscCswellingCandCnoCapparentCophthalmicCcomplaintsCisCencountered,CsyphilisCinfectionshouldbeconsideredasadi.erentialdiagnosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(5):615.618,C2020〕Keywords:眼科定期検査,視神経乳頭腫脹,梅毒性視神経乳頭炎.regularophthalmicexamination,opticdiscswelling,syphiliticopticpapillitis.Cはじめにわが国ではC2012年から男女ともに一貫して梅毒患者は増え続けており,とくにC20.40歳代の若い年齢層でその傾向が顕著となっている1).梅毒による眼病変として,虹彩炎,網脈絡膜炎,網膜血管炎などがあり,視神経障害としては視神経炎,視神経網膜炎,視神経周囲炎の所見を呈する2).梅毒による視神経障害は視力低下などの自覚症状を伴うことが多いが3.10),無症状で眼底所見から偶然発見されることもある11).今回,糖尿病に対する眼科定期検査で両眼視神経乳頭腫脹がみられ,梅毒性視神経乳頭炎の診断に至った症例を経験したので報告する.CI症例患者:46歳,男性.初診:2018年C11月.主訴:両眼視神経乳頭腫脹.現病歴:2018年C10月初旬,糖尿病に対する眼科定期検査のため近医眼科を受診した.同眼科で両眼の視神経乳頭腫脹〔別刷請求先〕前沢琢磨:〒506-8550岐阜県高山市天満町C3-11日本赤十字社高山赤十字病院眼科Reprintrequests:TakumaMaezawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossTakayamaHospital,3-11Tenmanmachi,Takayama,Gifu506-8550,JAPANC図1初診時眼底両眼に視神経乳頭の発赤と腫脹がみられる.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底写真両眼視神経乳頭の染色と蛍光漏出がみられる.がみられたため名古屋市立東部医療センター眼科(以下,当科)へ紹介された.既往歴:初診のC2カ月前から頭痛,倦怠感,発熱があり,近医内科で感冒と診断され加療を受けた.家族:特記することはない.当科初診時,視力は右眼C0.2(1.2C×2.0D),左眼C0.15(1.2C×.2.25D),眼圧は右眼C14mmHg,左眼C14mmHg,限界フリッカー値は右眼C37CHz,左眼C38CHzだった.眼位は正位で,眼球運動制限はなく,瞳孔は左右同大,対光反応に異常はみられなかった.前眼部は両眼前房に少数の細胞があり,眼底は両眼の視神経乳頭腫脹を認めたが,糖尿病網膜症の所見はみられなかった(図1).光干渉断層計(opticalcoherenttomography:OCT)でも両眼視神経乳頭の腫脹が確認されたが,乳頭周囲や黄斑部網膜に異常はみられなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinfundusangiography:FA)検査では,両眼視神経乳頭から蛍光漏出があり(図2),Goldmann動的量的視野(以下,GP)検査では,両眼に傍中心比較暗点,左眼に中心比較暗点が検出された(図3).以上の所見から両眼のぶどう膜視神経炎を疑い,血液検査および頭部CCT検査を行った.血液検査では,白血球数C9,490/μl,図3初診時Goldmann視野検査両眼で傍中心比較暗点,左眼で中心比較暗点がみられる.CRP1.0,赤血球沈降速度(1時間)57Cmm,ヘモグロビンCA1c8.1%,梅毒血清反応で脂質抗原試験法(rapidCplasmaregain:RPR)陽性,抗トレポネーマ抗体ラテックス比濁法(treponemaCpallidumClatexagglutination)陽性,ヒト免疫不全ウイルス(humanCimmunode.ciencyvirus)陰性であった.頭部CCT検査では,頭蓋内,眼窩内に特記する異常はみられなかった.経過:血液検査で梅毒血清反応が陽性あったことから,梅毒性視神経乳頭炎をもっとも疑い,ただちに患者に連絡し診断確定のため髄液検査などを予定した.しかし,患者は仕事の都合でしばらく当院へ来院せず,職場近くの泌尿器科医院を受診した.同院での血液検査では,RPR128倍,血清トレポネーマ抗原試験(treponemapallidumhemagglutinationassay:TPHA)10,240倍であり,駆梅療法(アモキシシリンC2Cg/日内服)が開始された.治療開始後,頭痛,倦怠感などの全身症状は速やかに消失した.当科再診時(初診C10日後)には両眼視神経乳頭腫脹は軽減していた.その後,当院脳神経内科を紹介受診したが,神経学的検査で異常なく,全身状態も改善していたため髄液検査は施行しなかった.内服薬については計C84日間分処方されたが,途中服用忘れがあったため実際の内服期間はC134日となった.2019年C4月,両眼視神経乳頭腫脹は消退し,FAで乳頭周囲の蛍光漏出はみられなかった.GP検査で左眼中心比較暗点の消失,両眼の傍中心比較暗点の縮小が確認され,血液検査でCRPR2倍,CTPHA640倍と改善を認めた.経過中,梅毒と関連する皮膚所見はみられなかった.CII考按本症例では頭痛,倦怠感,発熱などの前駆症状がみられたこと,虹彩炎を伴っていたこと,駆梅療法開始とともに全身症状と虹彩炎,乳頭腫脹が速やかに軽快したことから梅毒感染による視神経症と診断した.問診で,初診の数年前から不定期に性風俗店に行っていることが判明し,梅毒の感染経路と推定される.鑑別診断として前部虚血性視神経症の軽症型の糖尿病乳頭症があげられる.糖尿病乳頭症は,両眼性に発症し自然軽快する場合があるが,本症例のように感冒様の前駆症状や前眼部炎症を同時に伴うことはまれと考えられる.梅毒による視神経症の確定診断を得るには髄液検査が必要であるが,本症例では初診後の受診が遅れ,再来院時にはすでに内服治療が開始され,症状が軽快していたため施行しなかった.本症例では,アモキシシリンの内服治療で症状の改善が得られたが,早期神経梅毒の治療としてはベンジルペニシリンカリウムの点滴治療が推奨されている12).梅毒性視神経炎では,視力障害や視野異常を自覚することがほとんどである3.10).また,梅毒の眼所見には,後極部に限局したびまん性網膜混濁,乳頭腫脹,網膜静脈の拡張蛇行,黄斑部を含む強い滲出性変化,FAにおいて乳頭の過蛍光や拡張・蛇行した血管からの色素漏出,硝子体混濁などが報告されている2).本症例では,全身的には非特異的な感冒様症状のみで,視力良好で眼科的な自覚症状がなく,糖尿病の眼科定期検査で偶然に眼底に視神経乳頭腫脹がみられたことから梅毒感染の診断に至った.視力障害が著明となる前の早期に治療を開始できたため,良好な視機能を維持することができたと考えられる.わが国では,近年梅毒患者は増え続けており,今後,自覚症状が乏しい場合でも,健康診断などにおける眼底検査で梅毒の早期診断が得られる機会が増える可能性があると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)厚生労働科学研究班(研究代表者:荒川創一):性感染症に関する特定感染症予防指針に基づく対策の推進に関する研究.平成C29年度総括・分担研究報告書.20182)中馬秀樹:梅毒性視神経障害.専門医のための眼診療クオリファイ7,視神経疾患のすべて(大鹿哲郎,大橋裕一,中馬秀樹編),p65-70,中山書店,20113)坂中進,高綱陽子,佐藤晴彦ほか:梅毒性視神経網脈絡膜炎のC1例.眼臨C89:379-381,C19954)今澤光宏,神戸孝:梅毒性視神経炎のC2例.臨眼C50:C699-703,C19965)古川貴子,橋本禎子,八子恵子ほか:梅毒性髄膜炎に伴う視神経炎と思われるC1例.臨眼C55:477-480,C20016)岩田裕子:眼症状から梅毒が原因として診断されたC6例.高崎医学C52:94-99,C20017)山本香子,菊池雅史,川本未知ほか:梅毒性視神経炎と網脈絡膜炎を合併したCHIV感染症患者のC1例.あたらしい眼科C21:1273-1279,C20048)秋澤尉子,関根万里:HIV感染患者の梅毒性視神経炎のC1例.眼臨C101:1100-1104,C20079)原ルミ子,三輪映美子,佐治直樹ほか:網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.あたらしい眼科C25:855-859,C200810)吉谷栄人,松田順子,青木彩ほか:左眼視神経炎を契機に早期神経梅毒と診断された高齢者のC1例.眼科C55:633-637,C201311)ParkerCSE,CPulaJH:NeurosyphilisCpresentingCasCasymp-tomaticCopticCperineuritis.CCaseCRepCOphthalmolCMedC2012:621872,C201212)清田浩,石地尚興,岸本寿男ほか:性感染症診断・治療ガイドラインC2016.日性感染症会誌C27(Suppl):4-170,C2016C***