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自覚症状なく定期検査で発見された梅毒性視神経乳頭炎

2020年5月31日 日曜日

《第56回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科37(5):615.618,2020c自覚症状なく定期検査で発見された梅毒性視神経乳頭炎前沢琢磨*1臼井英晶*1安城孝*2玉井一司*1*1名古屋市立東部医療センター眼科*2あきしまクリニック眼科CACaseofSyphiliticOpticPapillitisDisclosedbyRegularOphthalmicExaminationwithoutAnyOcularComplaintsTakumaMaezawa1),HideakiUsui1),TakashiAnjo2)andKazushiTamai1)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,AkishimaClinicC目的:眼科定期検査から梅毒性視神経乳頭炎の診断に至った症例を報告する.症例:46歳,男性.糖尿病の眼科定期検査で両眼視神経乳頭腫脹を指摘され,名古屋市立東部医療センター眼科に紹介された.当科初診時,両眼矯正視力はC1.2で,両前房に少数の細胞を認め,両眼底に視神経乳頭腫脹が観察された.視野検査では両眼に比較暗点が検出された.頭部CCT検査で異常を認めなかったが,血液検査で梅毒血清反応が陽性を示したため梅毒性視神経乳頭炎を疑い,アモキシシリン内服投与を開始した.その後,虹彩炎,視神経乳頭腫脹および視野障害は改善した.経過中,梅毒感染と関連する皮膚症状や視神経以外の神経症状はみられていない.結論:自覚症状に乏しい視神経乳頭腫脹がみられた場合,鑑別診断として梅毒感染を考慮に入れる必要がある.CPurpose:Toreportacaseinwhicharoutineophthalmicexaminationledtothediagnosisofsyphiliticopticpapillitis.CCase:AC46-year-oldCmaleCwasCreferredCtoCourChospitalCafterCbilateralCopticCdiscCswellingCwasCobservedCduringaperiodicophthalmicexaminationfordiabetes.Inbotheyes,thecorrectedvisualacuitywas1.2andsever-alcellsintheanteriorchamberandopticdiscswellingwereobserved.Avisual.eldtestrevealedrelativescoto-masbilaterally.ACTscanofhisheadshowednormal.ndings,yetabloodtestrevealedpositivesyphiliticserumreaction.Thus,syphiliticopticpapillitiswassuspectedandhewastreatedwithasystemicadministrationofamoxi-cillin,CandCtheCiritis,CopticCdiscCswelling,CandCvisualC.eldCdisturbanceCgraduallyCimproved.CDuringCtheCtreatmentCcourse,CnoCdermatologicalCorCotherCneurologicalCsymptomsCrelatedCtoCsyphiliticCinfectionCwereCobserved.CConclu-sion:WhenCaCpatientCwithCopticCdiscCswellingCandCnoCapparentCophthalmicCcomplaintsCisCencountered,CsyphilisCinfectionshouldbeconsideredasadi.erentialdiagnosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(5):615.618,C2020〕Keywords:眼科定期検査,視神経乳頭腫脹,梅毒性視神経乳頭炎.regularophthalmicexamination,opticdiscswelling,syphiliticopticpapillitis.Cはじめにわが国ではC2012年から男女ともに一貫して梅毒患者は増え続けており,とくにC20.40歳代の若い年齢層でその傾向が顕著となっている1).梅毒による眼病変として,虹彩炎,網脈絡膜炎,網膜血管炎などがあり,視神経障害としては視神経炎,視神経網膜炎,視神経周囲炎の所見を呈する2).梅毒による視神経障害は視力低下などの自覚症状を伴うことが多いが3.10),無症状で眼底所見から偶然発見されることもある11).今回,糖尿病に対する眼科定期検査で両眼視神経乳頭腫脹がみられ,梅毒性視神経乳頭炎の診断に至った症例を経験したので報告する.CI症例患者:46歳,男性.初診:2018年C11月.主訴:両眼視神経乳頭腫脹.現病歴:2018年C10月初旬,糖尿病に対する眼科定期検査のため近医眼科を受診した.同眼科で両眼の視神経乳頭腫脹〔別刷請求先〕前沢琢磨:〒506-8550岐阜県高山市天満町C3-11日本赤十字社高山赤十字病院眼科Reprintrequests:TakumaMaezawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossTakayamaHospital,3-11Tenmanmachi,Takayama,Gifu506-8550,JAPANC図1初診時眼底両眼に視神経乳頭の発赤と腫脹がみられる.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底写真両眼視神経乳頭の染色と蛍光漏出がみられる.がみられたため名古屋市立東部医療センター眼科(以下,当科)へ紹介された.既往歴:初診のC2カ月前から頭痛,倦怠感,発熱があり,近医内科で感冒と診断され加療を受けた.家族:特記することはない.当科初診時,視力は右眼C0.2(1.2C×2.0D),左眼C0.15(1.2C×.2.25D),眼圧は右眼C14mmHg,左眼C14mmHg,限界フリッカー値は右眼C37CHz,左眼C38CHzだった.眼位は正位で,眼球運動制限はなく,瞳孔は左右同大,対光反応に異常はみられなかった.前眼部は両眼前房に少数の細胞があり,眼底は両眼の視神経乳頭腫脹を認めたが,糖尿病網膜症の所見はみられなかった(図1).光干渉断層計(opticalcoherenttomography:OCT)でも両眼視神経乳頭の腫脹が確認されたが,乳頭周囲や黄斑部網膜に異常はみられなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinfundusangiography:FA)検査では,両眼視神経乳頭から蛍光漏出があり(図2),Goldmann動的量的視野(以下,GP)検査では,両眼に傍中心比較暗点,左眼に中心比較暗点が検出された(図3).以上の所見から両眼のぶどう膜視神経炎を疑い,血液検査および頭部CCT検査を行った.血液検査では,白血球数C9,490/μl,図3初診時Goldmann視野検査両眼で傍中心比較暗点,左眼で中心比較暗点がみられる.CRP1.0,赤血球沈降速度(1時間)57Cmm,ヘモグロビンCA1c8.1%,梅毒血清反応で脂質抗原試験法(rapidCplasmaregain:RPR)陽性,抗トレポネーマ抗体ラテックス比濁法(treponemaCpallidumClatexagglutination)陽性,ヒト免疫不全ウイルス(humanCimmunode.ciencyvirus)陰性であった.頭部CCT検査では,頭蓋内,眼窩内に特記する異常はみられなかった.経過:血液検査で梅毒血清反応が陽性あったことから,梅毒性視神経乳頭炎をもっとも疑い,ただちに患者に連絡し診断確定のため髄液検査などを予定した.しかし,患者は仕事の都合でしばらく当院へ来院せず,職場近くの泌尿器科医院を受診した.同院での血液検査では,RPR128倍,血清トレポネーマ抗原試験(treponemapallidumhemagglutinationassay:TPHA)10,240倍であり,駆梅療法(アモキシシリンC2Cg/日内服)が開始された.治療開始後,頭痛,倦怠感などの全身症状は速やかに消失した.当科再診時(初診C10日後)には両眼視神経乳頭腫脹は軽減していた.その後,当院脳神経内科を紹介受診したが,神経学的検査で異常なく,全身状態も改善していたため髄液検査は施行しなかった.内服薬については計C84日間分処方されたが,途中服用忘れがあったため実際の内服期間はC134日となった.2019年C4月,両眼視神経乳頭腫脹は消退し,FAで乳頭周囲の蛍光漏出はみられなかった.GP検査で左眼中心比較暗点の消失,両眼の傍中心比較暗点の縮小が確認され,血液検査でCRPR2倍,CTPHA640倍と改善を認めた.経過中,梅毒と関連する皮膚所見はみられなかった.CII考按本症例では頭痛,倦怠感,発熱などの前駆症状がみられたこと,虹彩炎を伴っていたこと,駆梅療法開始とともに全身症状と虹彩炎,乳頭腫脹が速やかに軽快したことから梅毒感染による視神経症と診断した.問診で,初診の数年前から不定期に性風俗店に行っていることが判明し,梅毒の感染経路と推定される.鑑別診断として前部虚血性視神経症の軽症型の糖尿病乳頭症があげられる.糖尿病乳頭症は,両眼性に発症し自然軽快する場合があるが,本症例のように感冒様の前駆症状や前眼部炎症を同時に伴うことはまれと考えられる.梅毒による視神経症の確定診断を得るには髄液検査が必要であるが,本症例では初診後の受診が遅れ,再来院時にはすでに内服治療が開始され,症状が軽快していたため施行しなかった.本症例では,アモキシシリンの内服治療で症状の改善が得られたが,早期神経梅毒の治療としてはベンジルペニシリンカリウムの点滴治療が推奨されている12).梅毒性視神経炎では,視力障害や視野異常を自覚することがほとんどである3.10).また,梅毒の眼所見には,後極部に限局したびまん性網膜混濁,乳頭腫脹,網膜静脈の拡張蛇行,黄斑部を含む強い滲出性変化,FAにおいて乳頭の過蛍光や拡張・蛇行した血管からの色素漏出,硝子体混濁などが報告されている2).本症例では,全身的には非特異的な感冒様症状のみで,視力良好で眼科的な自覚症状がなく,糖尿病の眼科定期検査で偶然に眼底に視神経乳頭腫脹がみられたことから梅毒感染の診断に至った.視力障害が著明となる前の早期に治療を開始できたため,良好な視機能を維持することができたと考えられる.わが国では,近年梅毒患者は増え続けており,今後,自覚症状が乏しい場合でも,健康診断などにおける眼底検査で梅毒の早期診断が得られる機会が増える可能性があると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)厚生労働科学研究班(研究代表者:荒川創一):性感染症に関する特定感染症予防指針に基づく対策の推進に関する研究.平成C29年度総括・分担研究報告書.20182)中馬秀樹:梅毒性視神経障害.専門医のための眼診療クオリファイ7,視神経疾患のすべて(大鹿哲郎,大橋裕一,中馬秀樹編),p65-70,中山書店,20113)坂中進,高綱陽子,佐藤晴彦ほか:梅毒性視神経網脈絡膜炎のC1例.眼臨C89:379-381,C19954)今澤光宏,神戸孝:梅毒性視神経炎のC2例.臨眼C50:C699-703,C19965)古川貴子,橋本禎子,八子恵子ほか:梅毒性髄膜炎に伴う視神経炎と思われるC1例.臨眼C55:477-480,C20016)岩田裕子:眼症状から梅毒が原因として診断されたC6例.高崎医学C52:94-99,C20017)山本香子,菊池雅史,川本未知ほか:梅毒性視神経炎と網脈絡膜炎を合併したCHIV感染症患者のC1例.あたらしい眼科C21:1273-1279,C20048)秋澤尉子,関根万里:HIV感染患者の梅毒性視神経炎のC1例.眼臨C101:1100-1104,C20079)原ルミ子,三輪映美子,佐治直樹ほか:網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.あたらしい眼科C25:855-859,C200810)吉谷栄人,松田順子,青木彩ほか:左眼視神経炎を契機に早期神経梅毒と診断された高齢者のC1例.眼科C55:633-637,C201311)ParkerCSE,CPulaJH:NeurosyphilisCpresentingCasCasymp-tomaticCopticCperineuritis.CCaseCRepCOphthalmolCMedC2012:621872,C201212)清田浩,石地尚興,岸本寿男ほか:性感染症診断・治療ガイドラインC2016.日性感染症会誌C27(Suppl):4-170,C2016C***

視神経乳頭腫脹で発症した眼トキソプラズマ症の1例

2017年5月31日 水曜日

《第50回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科34(5):701.706,2017c視神経乳頭腫脹で発症した眼トキソプラズマ症の1例庄田裕美*1小林崇俊*1高井七重*1松尾純子*1多田玲*1,2丸山耕一*1,3竹田清子*1岡本貴子*1池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2多田眼科*3川添丸山眼科ACaseofOcularToxoplasmosiswithOpticDiscSwellingHiromiShoda1),TakatoshiKobayashi1),NanaeTakai1),JunkoMatsuo1),ReiTada1,2),KoichiMaruyama1,3),SayakoTakeda1),TakakoOkamoto1)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)TadaEyeClinic,3)KawazoeMaruyamaEyeClinic目的:全身のトキソプラズマ症が再活性化し,視神経乳頭腫脹で発症したと考えられた眼トキソプラズマ症の1例を報告する.症例:47歳,女性.約2週間前からの右眼の視力低下と眼痛を主訴に大阪医科大学眼科紹介受診.初診時,矯正視力は(0.6).右眼のみにぶどう膜炎と視神経乳頭腫脹を認めた.原因の精査中に視力は(0.2)に低下.採血では抗トキソプラズマIgM抗体は陰性であったが,IgG抗体は陽性.眼所見,全身検査,南米赴任時の全身のトキソプラズマ症による発熱の既往などから,全身のトキソプラズマ症が再活性化し,視神経乳頭腫脹で発症した眼トキソプラズマ症と診断した.抗菌薬とステロイドの内服によって炎症は鎮静化し,視神経乳頭腫脹も改善.視力は(0.7)まで回復したが,視野障害は残存した.結論:非典型的な眼トキソプラズマ症では,眼所見,全身検査,問診などから鑑別診断を慎重に行い,視機能保護のため可能なかぎり速やかに治療を開始することが重要である.Purpose:Toreportacaseofoculartoxoplasmosiswithopticdiscswelling.CaseReport:Ina47-year-oldfemalereferredtoOsakaMedicalCollegeHospital,funduscopicexaminationoftherighteyedisclosedswellingoftheopticdisc;visual.eldtestingoftheeyeshowedablindspotofMariotteenlargedwithcecocentralscotoma.Testingofthepatient’sserumshowednegativeforToxoplasma-speci.cIgMantibodies,butpositiveforToxoplasma-speci.cIgGantibodies.Thepatienthadamedicalhistoryoftoxoplasmosiswithouteyesymptoms,accompaniedbyfever,whileonanoverseasassignmentinSouthAmerica,sowediagnosedhermanifestationasreactivationoftoxoplasmosis.Aftertreatmentwithsystemicantibioticsandsteroids,theopticdiscswellingshowedremissionandvisualacuityrecoveredto0.7OD,butthevisual.elddefectremained.Conclusions:Althoughsomeatypicalcasesofoculartoxoplasmosisaredi.culttodiagnose,itisimportanttoinitiatetreatmentassoonaspossi-ble,inordertoprotectvisualfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):701.706,2017〕Keywords:トキソプラズマ症,先天感染,後天感染,視神経乳頭腫脹,再活性化.toxoplasmosis,congenitalin-fections,acquiredinfections,opticdiscswelling,reactivation.はじめにトキソプラズマ感染症は,トキソプラズマ原虫の細胞内寄生により発症する人畜共通感染症であり,全身や眼球にさまざまな症状を引き起こす.眼球に生じる眼トキソプラズマ症は,感染時期により先天感染と後天感染に分類され,先天感染では両眼の瘢痕病巣,後天感染では片眼性の限局性滲出性網脈絡膜炎といった特徴的な眼所見を呈する.そのため診断に迷うことは比較的少ないが,非典型的な病像を呈する場合には診断がむずかしい場合があり注意が必要である1.3).また,炎症を鎮静化させることは他のぶどう膜炎よりも比較的容易と考えられるが,なかには網膜新生血管が生じて硝子体出血を繰り返す症例や4),炎症の鎮静化が困難であった症例など難治例の報告も散見され5),視力予後は病変の発症部位にも左右される.〔別刷請求先〕庄田裕美:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:HiromiShoda,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN今回,全身のトキソプラズマ症が再活性化し,片眼の視神経乳頭近傍で発症し,炎症は鎮静化したものの視野障害が残存した眼トキソプラズマ症の1例を経験したので報告する.I症例患者:47歳,女性.主訴:右眼視力低下,眼痛.現病歴:平成27年5月,約2週間前からの右眼の疼痛と視力低下を自覚して近医眼科を受診.右眼のぶどう膜炎と視神経乳頭腫脹を指摘され,精査加療目的にて大阪医科大学眼科へ紹介受診となった.既往歴:副鼻腔炎(手術加療は2回).家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼(0.6×sph.4.25D(cyl.1.00DAx10°),左眼(1.2×sph.3.25D(cyl.1.00DAx160°).眼図1初診時の右眼眼底写真視神経乳頭耳側に乳頭腫脹を認める.図3初診時の右眼視野検査結果Mariotte盲点の拡大と盲点中心暗点を認める.圧は右眼26mmHg,左眼16mmHg.右眼の相対的瞳孔求心路障害(relativea.erentpupillarydefect:RAPD)は陽性であり,中心フリッカー値は右眼30Hz,左眼40Hzであった.前眼部の細隙灯顕微鏡検査では,右眼の前房内に2+程度の炎症細胞が観察され,肉芽腫性の角膜後面沈着物を伴っていた.眼底検査では,右眼の視神経乳頭の腫脹があり,とくに耳側の境界が不明瞭であった.萎縮瘢痕病巣は眼底周辺部も含めて認めなかった(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinangiography:FA)では,右眼の視神経乳頭耳側に,初期で中央部が低蛍光,周辺部が輪状過蛍光を呈し,後期で視神経乳頭全体が過蛍光を呈する所見が得られた(図2).動的量的視野検査では,右眼でMariotte盲点の拡大と盲点中心暗点が検出された(図3).なお,初診時,経過中を含めて,左眼には炎症所見を認めず,発熱やリンパ節腫脹などの全身症状も認めなかった.図2初診時の右眼蛍光眼底造影写真a:初期.視神経乳頭は,中央部が低蛍光,周辺部が輪状過蛍光を呈している.b:後期.視神経乳頭全体が過蛍光を呈している.初診時血液検査所見:WBC5,560/μl(Neut54.4%,Mono4.9%,Eos1.4%,Baso0.3%,Lymph36.6%),RBC4.03×106/μl,Plt249×103/μl,CRP0.01mg/dl,ACE7.6U/l,IgG1,229mg/dl,IgA120mg/dl,IgM87mg/dl,totalIgE25.9IU/ml,抗トキソプラズマIgM抗体0.3IU/ml(正常値:6未満)経過:ぶどう膜炎に関連して生じた片眼性の視神経乳頭腫脹と考え,原因検索のため,採血検査,胸部X線写真,心電図検査を行った.前医からのステロイド点眼薬を続行とし,1週間後に再診したが,右眼矯正視力は(0.6)のままであった.初診時のFA所見から眼トキソプラズマ症を疑ったものの,抗トキソプラズマIgM抗体は正常範囲内であった.そのため,抗トキソプラズマIgG抗体を追加で測定するとともに,再度問診を行い,既往歴を改めて確認したところ,10年以上前に南米に数年間赴任して勤務した経験があり,その当時に発熱し,現地の病院にてトキソプラズマ症と診断され内服薬にて治癒した,という既往歴が判明した.そのときは眼症状はなく,その後に中米への赴任も経験し,旅行で南米を再訪したこともある,とのことであった.また,犬の飼育歴はあったが生肉食の嗜好や喫食はなかった.抗トキソプラズマIgG抗体の結果を待ってから治療を開始する方針としたが,視神経乳頭耳側に白色滲出斑と,網膜出血が出現し,矯正視力が(0.2)に低下したため,アセチルスピラマイシンR1,200mg/日の内服とプレドニゾロン30mg/日の内服を開始した(図4).ほぼ同時に抗トキソプラズマIgG抗体が上昇しているこ図4白色滲出斑出現時の右眼眼底写真視神経乳頭耳側に白色滲出斑と,網膜出血を認めた.図5内服治療開始直後の右眼光干渉断層計画像白色滲出斑に一致して網膜内層が隆起しており,病変が網膜内層に存在していると考えられる.また,黄斑部には滲出性網膜.離を認める.図6治療後の右眼眼底写真視神経乳頭耳側の白色滲出斑は消退している.とが判明し〔抗トキソプラズマIgG抗体77IU/ml(正常値:6未満)〕,一連の経過から,本症例の視神経乳頭腫脹は,全身のトキソプラズマ症が再活性化して生じた眼トキソプラズマ症が原因であると診断した.なお,経過中に施行した光干渉断層計(opticalcoherecetomography:OCT)では,白色滲出斑の部位では網膜内層が隆起しており,その部位に病変が局在していることが示唆された(図5).内服開始後,経過中に硝子体混濁の出現や滲出性網膜.離を認めたが,治療開始後1カ月の時点で右眼矯正視力は(0.35),3カ月で(0.5),6カ月で(0.6)と徐々に改善した.なお,プレドニゾロンは経過をみながら約1カ月ごとに5mg/dayずつ漸減とし,約6カ月後には内服中止とした.また,アセチルスピラマイシンRも同時に内服中止とした.右眼の最終視力は(0.7)であり,硝子体混濁や滲出性網膜.離も消退した.視神経乳頭耳側の白色滲出斑も徐々に縮小し,現在は瘢痕化しつつある(図6).また,視野障害は残存している(図7).治療後の抗トキソプラズマIgG抗体について,測定はしていない.II考按眼トキソプラズマ症は,日本のぶどう膜炎の原因疾患のなかで,三大ぶどう膜炎のつぎの位置を占めていた時代もあったが6),2009年のぶどう膜炎初診患者の全国疫学調査の報告では,眼結核症に続いて13位となっている7).しかし,依然としてぶどう膜炎の原因疾患として重要であることに変わりはない.典型的な病像を呈するものは診断,治療も比較的容易であり,予後は良好と考えられるが,非典型的な病像を呈するものや,典型的な病像であっても発症部位によっては予後不良となることがあり,現在も従来と変わらずわれわれ眼科医を悩ませる疾患であり,注意が必要である3).図7治療後の右眼視野検査結果視野障害は残存している.本症例は,今回の血液検査で抗トキソプラズマIgG抗体(以下,IgG抗体)の上昇を認めていること,経過中に特徴的な白色滲出斑と硝子体混濁が出現したこと,眼底に他に萎縮瘢痕病巣を認めなかったこと,FAで得られた画像所見,そして,以前の南米赴任時に眼症状を伴わない全身のトキソプラズマ症と診断されていること,などから,全身のトキソプラズマ症が再活性化した結果,後天性に眼トキソプラズマ症が発症し,それに伴って生じた視神経乳頭腫脹と診断した.初診時に特徴的な白色滲出斑が出現していなかったため,ほかのぶどう膜炎の原因との鑑別がむずかしく,確定診断に至るまでに時間を要し,眼トキソプラズマ症に対する治療がやや遅くなった点は否定できない.とくに画像所見では,初診時のFAにおいて,耳側の視神経乳頭腫脹の部位では,初期に中心部が低蛍光,後期に過蛍光を呈する眼トキソプラズマ症に特徴的な画像が得られていた8).その時点で眼トキソプラズマ症を疑い,早急に治療を開始するべきであったかもしれないが,抗トキソプラズマIgM抗体(以下,IgM抗体)が正常範囲内であったことから,後天性眼トキソプラズマ症ではない可能性があると判断し,抗菌薬の内服開始が遅れた.眼トキソプラズマでは,速やかな治療が予後に直結することから2),抗菌薬の内服開始が遅れた点は反省しなければならない.本症例を振り返ると,その特徴の一つは,全身のトキソプラズマ症が再活性化した結果,後天性の眼トキソプラズマ症が発症したと考えられる点である.先天性の眼トキソプラズマ症の再発であったとしても同様にIgM抗体は低下しているが,眼内の他の部位に先天性を示唆する萎縮瘢痕病巣はなく,先天性眼トキソプラズマ症の再発とは考えにくい状況であった.既往歴と眼所見から考えると,過去に全身性のトキソプラズマ症に罹患しており,その際に潜伏感染したトキソプラズマ原虫が何かが契機となって眼内に侵入し,眼トキソプラズマ症を発症したものと考えた.全身のトキソプラズマ感染の既往のある患者が免疫不全状態に陥ったときにトキソプラズマ脳症を発症する場合があるが,免疫状態に問題がなくてもトキソプラズマ脳症を発症している報告も存在し9),眼トキソプラズマ症は,その発症に免疫状態は関係ないとされている10).免疫正常者の血液中からトキソプラズマ原虫が見つかったとする報告もあり11),本症例も血流を介して眼内に感染したと考えても矛盾はない.なお,今回のようにIgM抗体陰性かつIgG抗体陽性であればIgGavidityを検査し,IgGと抗原の結合状態を測定することによって感染時期を推定することが可能である.すなわち,IgGavidityが高値(>40%)であれば感染から一定の期間が経過しており,低値(≦40%)であれば感染成立は比較的最近である,というように推定し,治療方針に影響する可能性があるため,検査を推奨している報告もある10).ただしIgGavidityは,トキソプラズマの初感染が疑われる妊婦の場合には,先天性トキソプラズマ症が関係するため非常に重要であるが,後天性の眼トキソプラズマ症の場合はIgGavidityの結果で治療方針が影響を受けることは少ないため,本症例でも測定を行っていない.眼トキソプラズマ症においては,生肉食などの嗜好や喫食歴がなく,トキソプラズマ原虫の感染経路が判然としないケースにしばしば遭遇するが,そのなかには,今回のように全身のトキソプラズマ症に罹患した結果,潜伏感染へ移行し,のちにトキソプラズマ症が再活性化して眼内で眼トキソプラズマ症の形で発症した,という経過を辿った症例が一定の割合で含まれていると考えられ,IgGavidityを測定すれば,その点が明確になる可能性が高い.本症例の特徴の二つ目は,眼トキソプラズマ症が視神経乳頭に隣接した部位に発症した点である.同様な症例の存在は古くから知られており,かつてはEdmund-Jensen型の乳頭隣接網脈絡膜炎とよばれていた12).しかし,その主原因がトキソプラズマであることが次第に判明し13),最近ではEdmund-Jensen型と記載されることは少なくなってきている.わが国でも複数の報告があるが,いずれの報告でも,欧米では珍しくないが,わが国では比較的少ないと述べられており,事実,わが国の症例報告は決して多くはない13.17).ただ,本症例のように非典型的な眼トキソプラズマ症があることは熟知しておく必要がある.さらに,病変の主座に関しては,本症例のOCT画像では網膜内層が隆起しており,脈絡膜に明らかな変化は確認できなかった.Edmund-Jensen型の乳頭隣接網脈絡膜炎における病変の主座が網膜に存在するのか,あるいは脈絡膜に存在するのかについては意見が分かれ断定はできないとされていたが13),今後はOCTを活用することによって,その点についても新たな知見が得られる可能性が高い.最後に,本症例においては今後,今回の病巣に隣接して再発病変が生じてくることに注意しなければならない.事実,沖波らは,11年後に再発したものの,早急に治療を行い,視力が保たれた1例を報告している14).再発率については,約30%再燃するという報告があるようだが,わが国での再発例については,調べる限りでは沖波らの症例のみであった.今後の再発は視野障害の拡大と視力障害に直結することから,長期間にわたる慎重な経過観察が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DelairE,LatkanyP,NobleAGetal:Clinicalmanifesta-tionsofoculartoxoplasmosis.OculImmunolIn.amm19:91-102,20112)AtmacaLS,SimsekT,BatiogluF:Clinicalfeaturesandprognosisinoculartoxoplasmosis.JpnJOphthalmol48:386-391,20043)SmithJR,CunninghamETJr:Atypicalpresentationsofoculartoxoplasmosis.CurrOpinOphthalmol13:387-392,20024)小林崇俊,高井七重,家久来啓吾ほか:硝子体出血を繰り返したトキソプラズマ網脈絡膜炎の1例.眼臨紀5:568-573,20125)ReichM,RuppensteinM,BeckerMDetal:Timepat-ternsofrecurrencesandfactorspredisposingforahigherriskofrecurrenceofoculartoxoplasmosis.Retina35:809-819,20156)小沢博子,佐賀歌子,宗司西美:慶大眼科におけるぶどう膜炎の統計的考察.眼臨76:1704-1708,19827)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20128)IijimaH,TsukaharaY,ImasawaMetal:Angiographic.ndingsineyeswithactiveoculartoxoplasmosis.JpnJOphthalmol39:402-410,19959)KannoA,SuzukiY,MinamiMetal:Ahealthy,81-year-oldwomanwithtoxoplasmicencephalitis.GeriatrGerontolInt12:759-761,201210)VillardO,CimonB,L’OllivierCetal:Serologicaldiagno-sisofToxoplasmagondiiinfection:RecommendationsfromtheFrenchNationalReferenceCenterforToxoplas-mosis.DiagnMicrobiolInfectDis84:22-33,201611)SilveiraC,VallochiAL,RodriguesdaSilvaUetal:Toxo-plasmagondiiintheperipheralbloodofpatientswithacuteandchronictoxoplasmosis.BrJOphthalmol95:396-400,201112)JensenE:Retino-chorioiditisjuxtapapillaris.GraefesArchOphthalmol69:41-48,190813)谷口慶晃,原田一道,藤田晋吾ほか:乳頭隣接網脈絡膜炎(Jensen)の6例─トキソプラズマ症との関連について─.眼紀25:822-830,197416)菊池豊彦,神戸孝,石嶋清隆ほか:トキソプラズマによ14)沖波聡,岩城正佳,仁平美果ほか:11年後に再燃した乳頭る乳頭隣接網脈絡膜炎の1例.眼科42:189-192,2000隣接網脈絡膜炎の症例.眼紀43:39-42,199217)小國務,川瀬和秀:トキソプラズマによる乳頭隣接網脈15)三宅睦子,砂川光子:トキソプラズマによる乳頭隣接網脈絡膜炎(Edmund-Jensen)の1例.眼臨101:786-789,絡膜炎(Edmund-Jensen)の1症例.臨眼51:405-408,20071997***

デング熱黄斑症の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):714〜718,2016©デング熱黄斑症の1例東友馨*1保坂大輔*2常岡寛*1*1東京慈恵会医科大学眼科学講座*2町田市民病院眼科ACaseofDengueFeverMaculopathyYukaHigashi1),DaisukeHosaka2)andHiroshiTsuneoka1)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MachidaMunicipalHospital国内感染にてデング熱に罹患し,黄斑症を合併した症例を経験したので報告する.20歳,男性,東京都代々木公園で蚊に刺され,その後近医内科にてデング熱と診断された.霧視も出現してきたため,町田市民病院へ紹介受診となった.初診時の矯正視力は右眼0.1,左眼0.6,硝子体内に炎症細胞を認めた.眼底は両眼ともに黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認めた.Goldmann視野検査では両眼に中心比較暗点を認めた.0.1%ベタメタゾン点眼を開始,1週間後には矯正視力は右眼0.9,左眼1.2と改善した.眼底も両眼ともに黄斑部の出血・軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹は改善した.デング熱黄斑症は多くが自然軽快し,視力予後も良好である.眼合併症の発生頻度,機序は不明だが,免疫介在性の反応と推測されている.Wereportacaseofdenguefevermaculopathyinadomesticinfection.A20-year-oldmalebittenbyamosquitoinTokyo’sYoyogiParkwasdiagnosedafewdayslaterwithdenguefeverbyaninternalmedicineclinic.Sinceblurredvisionoccurred,theMachidaMunicipalHospitalDepartmentofOphthalmologywasconsulted.Atfirstconsultation,best-correctedvisualacuity(BCVA)intherighteyewas0.1,lefteyewas0.6andtherewerecellsintheposteriorvitreous.Macularretinalhemorrhages,edemawithsoftexudatesandopticdiscswellingwereobservedinbotheyes.Centralscotomawaspresent,so0.1%betamethasoneeyedropswereinitiated.BCVAimprovedafter1week,righteye0.9,lefteye1.2.Macularhemorrhages,edemawithsoftexudatesandopticdiscswellingdisappeared.Alargenumberofpatientshavehaddengue-relatedoculardiseasethatresolvedspontaneouslywithouttreatment,andwithgoodvisualprognosis.Althoughthemechanismisunclear,immunologicphenomenaareinvolved.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):714〜718,2016〕Keywords:デング熱,黄斑症,網膜出血,黄斑浮腫,視神経乳頭腫脹,国内感染.denguefever,maculopathy,retinalhemorrhages,macularedema,opticdiscswelling,domesticinfection.はじめにデング熱はデングウイルスが蚊を媒介して人へ感染する急性熱性感染症である.アジア,中東,アフリカ,中南米,オセアニア地域で流行しており,年間1億人近くの患者が発生していると推定される1).とくに近年では東南アジアや中南米で患者の増加が顕著となっている.こうした流行地域で,日本からの渡航者がデングウイルスに感染するケースも多い2,3).2014年の夏季には輸入症例により持ち込まれたと考えられるウイルスにより162例の国内感染が発生した3).国内感染例の大部分は東京都代々木公園周辺への訪問歴があり,同公園周辺の蚊に刺咬されたことが原因と推定された.デング熱は発熱,頭痛,発疹などが主症状であるが,まれに黄斑症,ぶどう膜炎などの眼合併症により視力低下をきたすことがある4).デング熱の眼合併症は海外での報告は多いが,国内での報告は輸入症例での報告が散見されるのみであった.今回国内感染でのデング熱に黄斑症を合併した症例を経験したので報告する.I症例患者:20歳,男性.初診日:2014年9月12日.主訴:霧視,視力低下.既往歴:特記すべき事項なし.現病歴:2014年8月30日に東京都代々木公園に行き蚊に刺咬され,その6日後に40℃の発熱,手足の発赤,咽頭痛が出現した.その後,9月12日に近医内科にてデング熱と診断された.すでに解熱していたが,肝機能障害と血小板減少を認めたため町田市民病院(以下,当院)の内科へ紹介受診となった.同時に霧視,視力低下を自覚したため眼科も受診した.初診時内科所見:体温36.7℃,血圧102/69mmHg,脈拍86回/分.血液検査所見:WBC4,300/μl,Plt6.3万/μl,CRP0.44mg/dl,T-Bil0.9mg/dl,GOT104IU/l,GPT111IU/l,ALP110IU/l,LDH532IU/l,BUN15mg/dl,Cr0.7mg/dl胸部X線撮影検査:異常所見なし.心電図検査:異常所見なし.眼科初診時所見:視力は右眼(0.1×sph−3.75D),左眼(0.6×sph−3.25D)であった.眼圧は右眼8mmHg,左眼8mmHg.結膜充血,毛様充血はなく,前房蓄膿,角膜後面沈着物や前房細胞も認めなかった.虹彩,隅角に結節は認めなかった.硝子体内には軽度の炎症細胞を認めたが,硝子体混濁はみられなかった.両眼の眼底には黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認めた(図1).黄斑部の光干渉断層計(OCT)所見では両眼網膜外層の囊胞様浮腫,左眼では中心窩の部分にわずかに漿液性網膜剝離を伴っていた(図2).アーケード外の網膜には出血,白斑,血管炎,滲出斑はみられなかった.初診時よりデング熱の診断がされており,他の感染性,非感染性のぶどう膜炎を積極的に疑う眼所見がなかったため,また速やかに自然軽快したため,各種血清抗体測定(梅毒反応,トキソプラズマ抗体,サイトメガロウイルス抗体,HTLV-1抗体,単純ヘルペス,水痘帯状疱疹ウイルス抗体,Bartonellahenselae抗体),アンギオテンシン変換酵素,血清リゾチーム,ツベルクリン反応,髄液検査,気管支鏡検査などは施行しなかった.臨床経過:当院受診時はすでに解熱されており肝機能障害,血小板減少をきたしていた.デング熱ウイルスによる眼底の血管障害をきたしていると考えられたため,0.1%ベタメタゾン点眼液を両眼1日4回開始,治療開始4日目に矯正視力は右眼0.5,左眼1.0と改善,血小板減少も正常値に改善した.眼底所見も出血および黄斑浮腫の改善を認め(図3),OCTでも,鼻側の網膜外層に一部浮腫が残存していたが改善を認めた(図4).Goldmann視野検査では両眼に中心比較暗点を認めた(図5).治療開始1週間後には矯正視力は右眼0.9,左眼1.2とさらに改善し,網膜出血,軟性白斑も右眼はほぼ消失,左眼はわずかに残存する程度であった(図6).OCTはellipsoidzoneが不整だが,鼻側の浮腫も改善を認めた(図7).0.1%ベタメタゾン点眼は終了としたところ,その後の受診は自己中断した.II考按デング熱は蚊(ネッタイシマカAedesaegypti,ヒトスジシマカAedesalbopictus)によって媒介されるデングウイルスの感染症である.発生地域は熱帯・亜熱帯地域,とくに東南アジア,南アジア,中南米,カリブ海諸国であるが,アフリカ・オーストラリア・中国・台湾においても発生している.全世界では年間約1億人がデング熱を発症している1).日本における媒介蚊はヒトスジシマカである.日本におけるヒトスジシマカの活動はおもに5月中旬〜10月下旬にみられ,冬季に成虫は存在しない.ヒトスジシマカの発生数は国内全域で非常に多く,本州から四国,九州,沖縄,小笠原諸島まで広く分布していることが確認されている2).海外渡航で感染し国内で発症する例(輸入症例)が増加しつつあり,2014年の夏季には本症例のように輸入症例により都内の代々木公園をはじめとする公園にウイルスが持ち込まれ,国内流行が発生した.感染症法に基づく発生動向調査に報告された2014年のデング熱症例は計341例,うち国内感染例162例,国外感染例179例であった3).デングウイルスはフラビウイルス科に属し,4種の血清型が存在する.報告によりさまざまであるが,約50〜80%が不顕性感染であると考えられている5,6).感染後2〜15日の潜伏期間の後に,突然の高熱で発症し,頭痛,眼痛,顔面紅潮,結膜充血,全身の筋肉痛,骨関節痛,全身倦怠感などの症状が起こる.発熱は二峰性であることが多く,発病後2〜7日で解熱する.解熱時期に発疹が出現することが多く,胸部,体幹に始まり四肢や顔面に広がることもある.症状は1週間程度で回復するが,ごくまれに血漿漏出に伴うショックと出血傾向をおもな症状とするデング出血熱という致死的病態が出現することがある4,7,8).デング熱の眼合併症は発症から7日頃に血小板減少とともに出現し,眼症状は眼痛,視力低下,霧視,視野障害,飛蚊症,変視症,小視症などさまざまである.眼所見は結膜下出血,虹彩炎,ぶどう膜炎,網膜出血,網膜細静脈炎,黄斑浮腫,視神経浮腫などさまざまな所見を呈する6〜8).今回の症例では施行していないが,フルオレセイン蛍光眼底造影検査では網膜血管炎に一致した蛍光漏出がみられることが報告されている4,7,8).また,インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査で脈絡膜血管の過蛍光・漏出がみられることがあるが,可逆性である4,7,8).OCTでは本症例のように網膜外層の浮腫,漿液性網膜剝離を認めることが多い4).黄斑部に網膜色素上皮から隆起する黄橙色病変が出現することもあり,その部分に一致した網膜外層の肥厚化がみられる9).また,視野検査では,中心暗点を呈する4,7).多くが自然軽快し,視力予後も良好である.治療が必要な場合はステロイドの点眼やTenon囊下注射などの局所投与,重症例ではステロイド内服やパルス療法の全身投与,さらに免疫グロブリン投与を行う報告もある8).本症例は0.1%ベタメタゾン点眼液を開始したところ,4日という短期間で眼所見の急速な改善を認めた.ステロイド点眼が著効したのではなく,自然経過で改善した可能性もあると考えられる.眼合併症の発生頻度,機序は不明だが,免疫介在性の反応と推測されている7,8).発生頻度の高いシンガポールの報告では,2005年に流行した血清1型のデングウイルスにおいて,黄斑症は10%の割合で出現したにもかかわらず,2007年に流行した血清2型では眼合併症は認めなかった8).2014年夏季に流行した国内例はすべてが血清1型であった10).このことからウイルスの血清型によって,眼合併症が出現する頻度が変わるものと予測される.2014年夏季に流行したデング熱は,約70年ぶりに確認されたデング熱の国内感染であった11).これまでデング熱による眼合併症の国内報告は輸入症例によるもののみであり,国内感染での黄斑症の報告は,本例が国内初の報告であると思われる12〜14).世界の温暖化や社会のグローバル化により今後もデング熱の国内感染は増加する可能性があり,眼合併症についての理解を深めておく必要がある.また,まれに重症化する例もあるため,診断や加療において迅速な対応が望まれる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LohBK,BacsalK,CheeSPetal:Foveolitisassociatedwithdenguefever:acaseseries.Opthalmologica222:317-320,20082)国立感染症研究所:デング熱・チングニア熱の診療ガイドライン2015年3)国立感染症研究所:〈特集〉デング熱・デング出血熱2011〜2014年.IASR36:33-34,20154)KhairallahM,JellitiB,JenzeriS:Emergentinfectiousuveitis.MiddleEastAfrJOphthalmol16:225-238,20095)KnipeDM,HowleyPM:FieldsVirology.6thedition.WoltersKliwer,Riverwoods,20136)TienNTK,LuxemburgerC,ToanNTetal:AprospectivecohortstudyofdengueinfectionschoolchildreninLongXuyen,Vietnam.TransRSociTropMedHyg104:592-600,20107)NdAW,TeohSC:Dengueeyedisease.SurvOphthalmol60:106-114,20158)YipVC,SanjayS,KohYT:Ophthalmiccomplicationsofdenguefever:asystematicreview.OphthalmolTher1:2,20129)Gea-BanaclocheJ,JohnsonRT,BagicAetal:WestNilevirus:Pathogenesisandtherapeuticoptions.AnnInternMed140:545-553,200410)国立感染症研究所:デング熱報告例に関する記述疫学.http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/693-disease-based/ta/dengue/idsc/iasr-news/5410-pr4211.html11)三浦邦治,川田真幹,柿本年春ほか:約70年ぶりに確認された国内感染デング熱の第1例に関する報告.IASR36:35-37,201512)永田洋一:デング熱にみられた眼病変.眼臨101:483-486,200713)鹿内真美子,八代成子,武田憲夫ほか:眼病変を合併したデング出血熱の2例.眼紀55:697-701,200414)鵜飼環栄,伊藤博隆,杉田公子ほか:眼底出血を伴うデング熱の1例.眼臨93:1285,1999〔別刷請求先〕東友馨:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座Reprintrequests:YukaHigashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishishinbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPAN図1初診時眼底写真両眼の眼底に黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認める.図2初診時黄斑部の光干渉断層計(OCT)所見両眼の黄斑部に網膜外層の浮腫,左眼ではわずかに漿液性網膜剝離を認める.図3治療開始4日目の眼底写真出血および黄斑浮腫の改善を認める.図4治療開始4日目のOCT左眼鼻側の網膜外層に一部浮腫が残存していたが,改善がみられる.図5Goldmann視野検査両眼に中心比較暗点を認める.図6治療開始1週間後の眼底写真右眼の網膜出血,軟性白斑はほぼ消失,左眼はわずかに残存する程度である.図7治療開始1週間後のOCT左眼のellipsoidzoneが不整だが,鼻側の浮腫は改善を認める.791140-181あ0/0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(91)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016715716あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(92)(93)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016717718あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(94)