‘網膜ジストロフィ’ タグのついている投稿

円錐角膜に原因不明の網膜ジストロフィが合併した1例

2012年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(6):863.868,2012c円錐角膜に原因不明の網膜ジストロフィが合併した1例山添克弥横田怜二堀田順子堀田一樹亀田総合病院眼科ACaseofKeratoconuswithRetinalDystrophyKatsuyaYamazoe,ReijiYokota,JunkoHottaandKazukiHottaDepartmentofOphthalmology,KamedaMedicalCenter円錐角膜に網膜ジストロフィが合併した症例を経験した.症例は53歳,男性.30年前に円錐角膜を指摘された.2年前より両眼視力低下を自覚し,精査目的で当科紹介受診.細隙灯顕微鏡所見,角膜形状解析の結果より円錐角膜と診断した.両眼底には,後極に限局した境界不鮮明な網膜色素上皮萎縮がみられ,フルオレセイン蛍光眼底造影では後極病変に一致したwindowdefectを示した.全視野刺激網膜電図で錐体系,杆体系ともに軽度の振幅低下,brightflashでa波の保たれた陰性型を示した.多局所網膜電図では中心部で高度の感度低下を示した.遺伝子検査は施行していないが,原因不明の網膜ジストロフィと診断した.円錐角膜では網膜変性疾患の合併を考慮する必要がある.角膜移植適応例で,術前に眼底評価がむずかしい症例では,網膜電図を施行し,網膜変性疾患の有無を評価しておく必要がある.Wereportacaseofkeratoconuswithretinaldystrophy.Thepatient,a53-year-oldmale,wasreferredtouswithcomplaintofblurredvisioninbotheyes.Hewasdiagnosedaskeratoconus,whichhadbeenpointedout30yearsearlier,byslit-lampbiomicroscopeexaminationandcornealtopography.Botheyesshowedatrophyoftheretinalpigmentepitheliumattheposteriorpole,withcorrespondingwindowdefectonfluoresceinangiography.Full-fieldelectroretinography(ERG)discloseddiminishedrodandconeresponse.MultifocalERGshowedamplitudedecreaseinthecentralarea.Althoughgenetictestingwasnotperformed,wediagnosedatypicalretinaldystrophy.Thiscasesuggeststhatretinaldystrophymaybepresentinkeratoconus.Incaseswhichkeratoplastyisplanned,particularlyiffundusassessmentisdifficult,ERGshouldbeperformedpreoperatively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):863.868,2012〕Keywords:円錐角膜,網膜ジストロフィ,網膜電図.keratoconus,retinaldystrophy,electroretinogram.はじめに円錐角膜は角膜菲薄化とそれに伴う前方偏位を特徴とする非炎症性角膜拡張症で,さまざまな関連疾患が知られている1).アトピー性皮膚炎やDown症候群,Marfan症候群などの全身疾患や,春季カタルや無虹彩症,網膜変性疾患などの眼疾患がみられる1).円錐角膜に合併した網膜変性疾患の報告として網膜色素変性症は散見される2,3)が,黄斑ジストロフィの報告は非常に少なく,筆者らの渉猟する限り錐体ジストロフィ4,5),錐体杆体ジストロフィ6)の3症例のみである.今回筆者らは円錐角膜患者に原因不明の網膜ジストロフィを合併した症例を経験したので報告する.I症例患者:53歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:30年前に某大学付属病院で円錐角膜の診断を受け,4年間通院したが,その後自己中断していた.2年前より両眼視力低下を自覚して近医を受診し,眼底異常を指摘されたが詳細は不明.2006年9月当院膠原病内科より視力低下自覚の精査目的で眼科紹介受診した.既往歴:肺癌(腺癌),慢性関節リウマチ(クロロキン使用歴はない).家族歴:特記事項なし(近親婚なし).初診時所見:視力は右眼(0.09×.2.0D(cyl.3.0DAx〔別刷請求先〕山添克弥:〒296-8602鴨川市東町929亀田総合病院眼科Reprintrequests:KatsuyaYamazoe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KamedaMedicalCenter,929Higashi-cho,Kamogawa-shi296-8602,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(141)863 30°),左眼(0.03×cyl.8.0DAx180°).眼圧は右眼11mmHg,左眼8mmHg.両眼角膜の実質深部の線条,左眼角膜中央部の突出,菲薄化がみられた(図1).中間透光体には異常はみられなかった.眼底は両眼とも黄斑部からやや耳側にかけて4乳頭径大円形の黄色に色調変化した網膜色素上皮萎縮がみられた(図2).周辺部に色素沈着や血管狭細化などの明らかな異常はみられなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)では,後極病変に一右眼左眼図1前眼部写真両眼角膜の実質深部の線条,左眼角膜中央部の突出,菲薄化がみられた.図2眼底写真(左:右眼,右:左眼)両眼黄斑部からやや耳側にかけて4乳頭径大円形の粗.な色調変化した網膜色素上皮萎縮がみられた.864あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(142) 致したwindowdefectを示した(図3).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では黄斑部網膜に網膜色素上皮層および神経網膜層の菲薄化がみられた(図4).角膜形状解析(TMS-4)で右眼は上耳側,左眼は中央よりやや下耳側に急峻な曲率部分を認め,Fourier解析で角膜中央の非球面性と非対称性の増加を認めた.Keratoconusscreeningsystemでは,KCI(keratoconusindex)は右眼58.2%,左眼92.2%,KSI(keratoconusseverityindex)は右眼50.2%,左眼76.1%であった(図5).Goldmann視野検査で中心10.25°に病変部に一致した比較暗点を認めた.全01:0601:34図3蛍光眼底造影写真(左:右眼,右:左眼)後極病変に一致した範囲でwindowdefectによる過蛍光がみられた.図4OCT像(左:右眼,右:左眼)黄斑部網膜に軽度菲薄化がみられた.図5角膜形状解析(TMS-4)右眼(左)は上耳側に急峻な部分を認める.左眼(右)は中央よりやや下耳側に急峻な部分を認める.(143)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012865 視野刺激網膜電図(electroretinogram:ERG)で錐体系,杆体系ともに軽度の振幅低下を示した.Blightflashでa波の保たれた陰性型を示し,長時間刺激ERGでoff反応は保たれていたが,on反応は極端に減弱していた(図6).多局所ERGで全体に高度の感度低下を示した(図7).色覚検査はパネルD-15を含め識別不能であった.以上から,円錐角膜SingleflashRodConeFlickerOn-Off図6全視野刺激ERG錐体系,杆体系ともに軽度の振幅低下を示すのみであった.Blightflashではa波の保たれた陰性型を示し,広範ではあるが網膜内層機能に限局した障害が疑われた.RL正常本症例に合併した網膜ジストロフィを疑った.II考察円錐角膜の診断は,細隙灯顕微鏡と角膜形状解析から行われる.典型例では,細隙灯顕微鏡検査では視軸よりやや下方を頂点とする角膜の円錐形の突出および角膜実質の菲薄化がみられ,角膜形状解析では局所の急峻化,非対称性を呈する1).本症例の右眼はKeratoconusscreeningsystemでは典型的な円錐角膜形状を示していると言い難いが,左眼の細隙灯顕微鏡,角膜形状解析の所見から円錐角膜症例と診断した.また,円錐角膜は,思春期に発症することが多く,一般的には緩徐な進行で,30.40代までには進行が停止すると考えられている.本症例はすでに53歳であることから,数年前から進行した視力低下の原因が円錐角膜の進行に伴うものとは考えにくく,中間透光体や眼底疾患の関与を疑った.水晶体や硝子体に明らかな混濁はなかったが,検眼鏡的に黄斑部に限局した萎縮性病変(網膜色素上皮萎縮)がみられた.全視野刺激ERGでは錐体系および杆体系応答の軽度低下,多局所ERGでは周辺部の錐体機能は保たれていたものの黄斑部全体に広範な振幅低下がみられた.また,全視野刺激ERGで陰性型を示し,長時間刺激ERGでoff反応は保たれていたが,on反応は極端に減弱していたことから,広範な網膜内層障害が生じていると考えられた.錐体系および杆200nV080ms200nV080ms図7多局所ERG(左:右眼,右:左眼)全体に高度の感度低下を認めたが,最周辺部の一部は比較的振幅が保たれ,周辺部錐体機能の維持が確認できる.866あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(144) 体系応答がある程度保たれ,骨小体様色素沈着や血管の狭細化,視神経乳頭の蒼白化といった網膜色素変性に特徴的な眼底所見もみられないことから,中心型を含む網膜色素変性症や錐体ジストロフィ,錐体杆体ジストロフィなどの定型的網膜変性疾患は否定的であった.また,比較的黄斑周囲に限局した疾患のうち中心性輪紋状脈絡膜萎縮は,多局所ERGで中心窩を避けた応答密度の低下を示し,病後期には後極部病変(特に脈絡膜萎縮)の境界が鮮明となることから7),本症例とは異なる.また,萎縮型加齢黄斑変性では,本症例のようにERGで陰性型を示すことはない.リウマチ関節炎に対して使用されることがあるクロロキンは体内蓄積に伴い網膜症を起こすことが知られている8)が,本症例では服用歴がない.肺癌の既往があり,癌関連網膜症も鑑別診断として考えられるが,夜盲や網膜色素変性様の眼底所見,極端に応答の低下したERG所見などはみられなかった.また,卵黄状黄斑ジストロフィやStargardt病,若年網膜分離症などの定型的黄斑ジストロフィは原因遺伝子がほぼ単一で,遺伝子検査が診断に有用である.本症例の遺伝子検査は施行していないが,これら定型的黄斑ジストロフィとは明らかに臨床像が異なる.他に,陰性型のERGを示す先天停在性夜盲,網膜血管閉塞性疾患とも明らかに臨床像が異なる.また,患者の希望で血縁者の検査協力も得られていないが問診上,高度視力低下のある親族はいない.若年性,両眼対称性の萎縮型黄斑変性で陰性型のERGを示し以上の疾患を除外できることより,遺伝的裏付けはないが,原因不明の網膜ジストロフィと推測した.円錐角膜に合併する網膜疾患として,網膜色素変性2,3)やLeber先天盲9),黄斑コロボーマ(黄斑形成不全,無形成)10)などが報告されている.円錐角膜に合併した黄斑ジストロフィとして,錐体ジストロフィ4,5),錐体杆体ジストロフィ6)が報告されている.これらの疾患は,これまで多数の原因遺伝子が報告されており,遺伝子異常の点から円錐角膜との関連を考察する.錐体ジストロフィ,錐体杆体ジストロフィの原因遺伝子とされるCRX遺伝子11,12)は,Leber先天盲もひき起こすとされる13).Leber先天盲の原因遺伝子は,ほかにRPE65,GUCY2D,AIPL1,CRB1,RPGRIP1などがあり,視細胞や色素上皮細胞の機能や構造の維持に関与する13).McMahonら14)は遺伝子診断されたLeber先天盲16例を検討し,円錐角膜を伴っていた5例にはCRB1またはCRX遺伝子の異常がみられたと報告している.これらの遺伝子は,網膜色素変性の原因遺伝子でもあり15),円錐角膜発症に関与する可能性が示唆される.Wilhelmus4)は円錐角膜と進行性錐体ジストロフィの合併例の報告で,角膜と網膜の変化を起こす原因は,細胞外マトリックス再構築を制限する遺伝子の異常であると推察している.本症例においても,網膜と角膜の両者に影響を与える遺伝子異常が関与している可能性があるが,両者に共通の遺伝子異常は見つかっていない.一方,Foglaら6)による円錐角膜に対する角膜移植後に錐体杆体ジストロフィと診断された症例の報告では,術前には屈折異常,角膜混濁のため眼底評価が困難であったとしている.Moschoら3)も,円錐角膜223眼の全視野刺激網膜電図を検討し,6眼で消失型または明らかな異常b波がみられ,その6眼のうち角膜移植を施行した2眼はいずれも視力は改善しなかったと報告している.本症例では角膜混濁はみられず眼底評価は比較的容易であったが,角膜移植を必要とする症例ではときに高度角膜混濁などのため眼底評価がむずかしい.網膜電図は中間透光体の混濁に左右されず,術前の電気生理学的評価が術後の予後を予測するために有用であると思われた.今回筆者らは,円錐角膜を伴った非定型的な網膜ジストロフィを経験した.陰性波から網膜内層の広範な機能障害の可能性を考慮すると,今後広範な網膜変性疾患へ進展する可能性もあり経過を観察していく必要がある.極端に視力不良の円錐角膜では合併する網膜変性疾患の可能性を念頭に置くべきである.角膜移植の適応判断の一助に網膜電図やOCTなど網膜病変の評価をしておく必要がある.文献1)許斐健二,島﨑潤:円錐角膜総論.あたらしい眼科27:419-425,20102)尾崎憲子,原彰,多田知子:網膜色素変性症に円錐角膜が合併した1症例.眼臨88:347-352,19943)MoschosM,DroutsasD,PanagakisEetal:Keratoconusandtapetoretinaldegeneration.Cornea15:473-476,19964)WilhelmusKR:Keratoconusandprogressiveconedystrophy.Ophthalmologica209:278-279,19955)YehS,SmithJA:Managementofacutehydropswithperforationinapatientwithkeratoconusandconedystrophy:casereportandliteraturereview.Cornea27:10621065,20086)FoglaR,IyerGK:Keratoconusassociatedwithcone-roddystrophy:acasereport.Cornea21:331-332,20027)湯沢美都子,若菜恵一,松井瑞夫:中心性輪紋状脈絡膜萎縮症の病像の検討.臨眼37:453-459,19838)HobbsHE,SorsbyA,FreedmanA:Retinopathyfollowingchloroquinetherapy.Lancet3:478-480,19599)HeherKL,TraboulsiEI,MaumeneeIH:ThenaturalhistoryofLeber’scongenitalamaurosis:age-relatedfindingsin35patients.Ophthalmology99:241-245,199210)FreedmanJ,GombosGM:Bilateralmacularcoloboma,keratoconus,andretinitispigmentosa.AnnOphthalmol3:644-645,197211)FreundCL,Gregory-EvansCY,FurukawaTetal:Coneroddystrophyduetomutationinanovelphotoreceptor-specifichomeoboxgene(CRX)essentialformaintenanceofthephotoreceptor.Cell91:543-553,1997(145)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012867 12)KitiratschkyVB,NagyD,ZabelTetal:Coneandcone-14)McMahonTT,KimLS,FishmanGAetal:CRB1generoddystrophysegregatinginthesamepedigreeduetomutationsareassociatedwithkeratoconusinpatientsthesamenovelCRXgenemutation.BrJOphthalmolwithLebercongenitalamaurosis.InvestOphthalmolVis92:1086-1091,2008Sci50:3185-3187,200913)池田康博:Leber先天盲(Leber先天黒内障).あたらしい15)堀田喜裕,中西啓:網膜色素変性とUsher症候群の遺伝眼科28:921-925,2011子診断.あたらしい眼科28:907-912,2011***868あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(146)