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片眼に限局性網膜色素上皮異常があり糖尿病網膜症の病期に左右差を認めた1例

2021年4月30日 金曜日

《第25回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科38(4):454.458,2021c片眼に限局性網膜色素上皮異常があり糖尿病網膜症の病期に左右差を認めた1例高田悠里喜田照代大須賀翔福本雅格佐藤孝樹池田恒彦大阪医科大学眼科学教室CAsymmetricalDiabeticRetinopathywithUnilateralRetinalPigmentEpitheliumDisorderYuriTakada,TeruyoKida,ShouOosuka,MasanoriFukumoto,TakakiSatoandTsunehikoIkedaCDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeC目的:糖尿病網膜症(DR)は通常両眼性で同程度に進行するが,網膜色素変性(RP)を合併するとCDRの重症度は低いと報告されている.今回,片眼に局所性の網膜色素上皮異常があり,DRの進行に左右差を認めたC1例を長期観察できたので報告する.症例:74歳,男性.視力低下で近医受診,DRを指摘され大阪医科大学附属病院眼科紹介となった.初診時視力は右眼(0.15),左眼(0.2),両眼白内障と右眼の増殖CDR,左眼の単純CDRと左右差を認めた.右眼は糖尿病黄斑浮腫(DME)も認め,左眼は耳上方に限局性のCRP様色素沈着を伴う網膜色素上皮異常を認めた.既往にC3年前交通事故で顔面打撲があった.両眼の白内障手術を施行,右眼はCDMEに対し抗血管内皮増殖因子療法,網膜新生血管に対し汎網膜光凝固を施行した.2年C7カ月後,視力は右眼(0.6),左眼(0.8)に改善し,初診より約C4年経過した現在も左眼はCDRの増悪は認めない.結論:左眼の網膜色素上皮異常は限局性にもかかわらず右眼に比べCDRの進行が緩徐でCDMEも発症しなかった.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCdiabeticretinopathy(DR)inCwhichClocalizedCretinitispigmentosa(RP)-likeCdis-orderCoccurredCinConeCeye,CthusCillustratingCtheCasymmetricalCdi.erencesCinCtheCprogressionCofCDR.CCase:A74-year-oldmalepresentedwithavisualacuity(VA)of0.15ODand0.2OS.Examinationrevealedbilateral,yetdi.erent-stage,DRandcataract,accompaniedwithdiabeticmacularedema(DME)inhisrighteyeandalocalizedRP-likedisorderinhislefteye.Hehadapasthistoryofbluntfacialtraumathatoccurredduetoatra.caccident3-yearsprevious.Cataractsurgerywasperformedinbotheyes,andhisrighteyereceivedanti-VEGFtherapyfortheDMEandpan-retinalphotocoagulationtotreattheretinalneovascularization.At4-yearspostoperative,hisVAwas0.6ODand0.8OS.Conclusion:Todate,thestageofDRprogressioninhislefteyewiththelocalizedRP-likedisorderhasremainedslowerthanthatinhisrighteye,withnooccurranceofDME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(4):454.458,C2021〕Keywords:糖尿病網膜症,網膜色素上皮異常,片眼性,糖尿病黄斑浮腫,網膜色素変性.diabeticCretinopathy,Cretinalpigmentepitheliumdisorder,unilateral,diabeticmacularedema,retinitispigmentosa.Cはじめに糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)は通常,両眼性で同程度の進行を認めるが,網膜色素変性の患者においてDRを合併するとCDRの進行は緩徐であるといわれている1).今回,DRの片眼に鈍的外傷が原因と考えられる網膜色素上皮異常を認め,その網膜色素上皮異常が限局的であるにもかかわらずCDRの進行に左右差を認めた症例を長期に経過観察できたので報告する.CI症例74歳,男性.両眼の視力低下を主訴に近医を受診したところ眼底出血を指摘され,両眼CDRの疑いにてC2016年C4月大阪医科大学附属病院眼科紹介受診となった.初診時視力は右眼C0.1(0.15×sph.2.00D),左眼C0.2(矯正不能),眼圧は〔別刷請求先〕高田悠里:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:YuriTakada,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPANC図1初診時眼底写真(a,b)および黄斑部光干渉断層計(OCT)画像(c,d)およびフルオレセイン蛍光造影検査(e,f)a:右眼.点状出血が散在している.Cb:左眼.限局性の網膜色素上皮異常を認める(..).c:右眼(横断).黄斑部にフィブリンと思われる漿液性網膜.離を伴う糖尿病黄斑浮腫を認める.d:左眼(縦断).網膜色素上皮異常部位に一致した網膜の菲薄化を認める.Ce:右眼.網膜無灌流領域を認める.f:左眼.網膜色素上皮異常部位に一致したCwindowdefectを認める.右眼C14CmmHg,左眼C17CmmHgであった.前眼部中間透光coherencetomography:OCT)では右眼黄斑部にフィブリン体は右眼に虹彩後癒着と両眼の白内障を認めた.ぶどう膜炎析出を伴う漿液性網膜.離を認め,糖尿病黄斑浮腫(diabeticはみられなかった.既往歴にはC10年前に虫垂炎の手術歴,Cmacularedema:DME)と考えられた.左眼は網膜色素上3年前にバイクによる交通事故で顔面打撲があった.皮異常部位に一致した網膜の菲薄化を認めたがCDMEはみら初診時の眼底所見は,右眼は点状出血および硬性白斑,軟れなかった(図1c,d).フルオレセイン蛍光造影検査(flu-性白斑がみられ,左眼は点状出血に加えて耳上側に限局性のCoresceinangiography:FA)では右眼は網膜無灌流領域,左網膜色素上皮異常を認めた(図1a,b).光干渉断層計(optical眼は網膜色素上皮異常部位のCwindowdefectを認めた(図図2Goldmann視野検査左眼で網膜色素上皮異常部位に一致した視野欠損を認める.ab図3網膜電図(ERG)a:FlashERGで両眼のCOP波減弱を認める.Cb:フリッカCERGでは明らかな左右差は認めない.1e,f).採血検査でCHbA1cはC10.7%であり,糖尿病は無治療であったため,まず内科治療を開始した.また,眼底所見に左右差を認めていたため,内頸動脈閉塞症の除外を目的に頸動脈エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.FA所見より右眼の網膜無灌流領域に網膜光凝固を施行したのち,両眼白内障手術を施行した.Goldmann視野検査では左眼の網膜色素上皮異常部位に一致した視野欠損を認めた(図2).網膜電図(electroretinogram:ERG)ではC.ashERGにおいて両眼とも律動様小波(OP波)の減弱を認め,b/a比は右眼でC1未満であった(図3a).フリッカCERGでは明らかな左右差はみられなかった(図3b).経過中に右眼のDMEに対し抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)療法をC4回施行し漿液性網膜.離は改善した.一方左眼は経過中に一度もCDMEは認めなかった.その後再度CFAを施行し,右眼に網膜新生血管が出現したため,汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)を施行した(図4).その後右眼網膜新生血管は退縮し,初診から約C4年過ぎた現在も左眼は網膜症の進行を認めずCDMEはみられない(図5).視力は右眼C0.7,左眼C0.8であり,HbA1cはC6.4%であった.CII考按本症例は,片眼(左眼)に限局性の網膜色素上皮異常がありCDRの進行に左右差を認めた.右眼は増殖CDRに進行しDMEも合併したが,網膜色素上皮異常がみられた左眼にはDMEの発症はみられず単純CDRのまま経過した.DRは通常,両眼性であり,進行には大きな左右差はないとされているが2),本症例のように明らかに眼底所見に左右差があった原因としては,左眼にのみ認められた網膜色素上皮異常と何らかの関係があったのではないかと考えられる.今回,左眼にのみみられた網膜色素上皮異常の鑑別として,片眼性の網膜色素変性症と急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonalCoccultCouterretinopathy:AZOOR)に起因する片眼図4初診より2年3カ月後のフルオレセイン蛍光造影検査a:右眼.右眼に網膜新生血管を認めたため汎網膜光凝固を施行した.Cb:左眼.網膜無灌流領域の出現なく初診時より大きな変化は認めない.性の網膜色素異常がある.原発性片眼性網膜色素変性症は続発性の網膜色素変性との鑑別が必須であり,診断基準としては梅毒,ウイルス感染による眼内炎の既往がなく片眼のみ典型的な網膜色素変性症の所見が存在するものの,他眼はERG,眼球電図など電気生理学的にも異常を認めないこと,さらに長期観察においても他眼は異常を認めないことを確認したうえで片眼性の網膜色素変性症と診断する.片眼性網膜色素変性の原因として感染,外傷,循環不全などの続発性と,両眼性ではあるが病期が異なる非対称性網膜色素変性があげられる3,4).本症例は既往にC3年前に交通事故による顔面打撲があり,左眼は外傷性の網膜色素上皮異常と推測され,Baileyらも同様の症例を報告している5).本症例の左眼は続発性の片眼性網膜色素変性様の所見を呈した網膜色素異常と考えられる.外傷性の網膜色素変性では,外傷により網図5治療後の眼底写真(a,b)および黄斑部光干渉断層計画像(c,d)a:右眼.網膜新生血管は退縮し糖尿病網膜症の進行は認めない.Cb:左眼.糖尿病網膜症の進行は認めない.Cc:右眼(横断).漿液性網膜.離は改善し糖尿病黄斑浮腫は認めない.Cd:左眼(横断).糖尿病黄斑浮腫は認めない.膜色素上皮が障害され,その部分からメラニン色素が網膜内に侵入して血管周囲に集積し,本症例のような限局性の骨小体様色素沈着を生じる6).また,循環不全に伴うものとしては閉塞性血管障害による脈絡膜循環不全に起因する網膜色素変性の報告がある7,8).また,AZOORに起因する網膜色素異常については,AZOORの陳旧例で局所の網膜色素変性がみられるという報告がある9,10).AZOORは,光視症と急速な求心性視野狭窄を伴うものの検眼鏡,FAでは異常を認めず,ERGで網膜外層障害を示唆する異常所見を呈する網膜変性疾患である.また,広義のCAZOORであるCacuteCidiopathicCenlargedCblindspotCsyndrome(AIBSE)では,視神経乳頭周囲の色素沈着が発症初期から存在する場合もある11,12).今回の症例はCERGでは網膜色素変性症を疑う所見はなく,網膜の低酸素や循環障害を示唆するCOP波の減弱などCDRに特徴的な所見のみであることと外傷の既往,また,約C4年の経過で眼底所見,視野検査で変化がみられないことから,外傷に伴う網膜色素上皮異常と推測した.DRの進行には網膜の酸素需要の増大による相対的な低酸素の関与が指摘されている1).網膜は低酸素に反応しCVEGFが誘導される結果,血管内皮細胞障害や網膜血管の透過性亢進による血管からの漏出により血管新生を引き起こす1).PRPは血管漏出を抑制し,過剰なCVEGFの放出を防ぐことによって進行予防に作用していることに加え,網膜の酸素需要を下げて網膜の酸素濃度を相対的に増加させるといわれている13).一方,網膜色素変性における酸素需要については,健常者の暗順応において桿体細胞が作用するときに酸素消費量が増大するが,網膜色素変性患者では桿体細胞の障害のため健常者と比較し酸素需要は少ないと推測される14).また,網膜の瘢痕や脈絡膜炎など色素上皮の異常や高度の緑内障も,DRの進行を遅らせることが疫学的に証明されている1).本症例のように網膜色素上皮の異常がかなり限局的であっても網膜色素上皮異常が背景にあることで網膜全体の相対的酸素需要は減少するため,糖尿病による虚血の進行も緩徐で,網膜内の過剰なCVEGFの放出も少なく,本症例では左眼のDRの進行は緩徐であったと考えられる.また,DMEも起こりにくい病態であった可能性が考えられる.さらに網膜色素上皮異常の存在していた部位には点状出血の出現を認めなかったことから,網膜の酸素需要の低下に伴い,網膜内でも部位によってCDRの程度に差異が生じると推測される.本症例のように限局的な網膜色素上皮異常がCDRの左右差をきたしたとする過去の報告はなく,実際にこのような限局的な病変がCDRの重症度に本当に影響を与えるかについては不明な点もあるが,Moriyaらは,左右差のある脈絡膜欠損症の症例で,脈絡膜欠損範囲の軽度なほうにCDRがより著明にみられたC1例を報告しており15),今回のような局所的な病変がDRの左右差をきたす可能性はあるように思われる.今後は左右差のあるCDRをみた場合に,従来報告されている原因に加えて,限局的な病変の有無にも注意を払う必要があると考えられる.なお,本症例は第C25回日本糖尿病糖尿病眼学会にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ArdenGB:TheabsenceofdiabeticretinopathyinpatientswithCretinitispigmentosa:implicationsCforCpathophysiolo-gyandpossibletreatment.BrJOphthalmolC85:366-370,C20012)IinoK,YoshinariM,KakuK:Prospectivestudyofasym-metricCretinopathyCasCaCpredictorCofCbrainCinfarctionCinCdiabetesmellitus.DiabetesCare16:1405-1406,C19933)安達京,岡島修,平戸孝明ほか:片眼性網膜色素変性症のC5症例.臨眼44:41-45,C19904)田中孝男,杉田理恵,土方聡ほか:片眼性網膜色素変性症のC2症例.臨眼52:619-623,C19985)BaileyCJE,CSwayzeCGB,CTownsendJC:SectorialCpigmen-taryretinopathyassociatedwithheadtrauma.AmJOptomPhysiolOptC60:146-150,C19836)BastekCJV,CFoosCRY,CHeckenlivelyJ:TraumaticCpigmen-taryretinopathy.AmJOphthalmolC92:621-624,C19817)RolandEC:Unilateralretinitispigmentosa.ArchOphthal-molC90:21-26,C19738)平野啓治,平野耕治,三宅養三:片眼性網膜色素変性様所見で初発した眼動脈循環不全のC1例.臨眼C86:289-295,C19929)GassJDM:AcuteCzonalCoccultCouterCretinopathy.CClinCNeuroOphthalmolC13:79-97,C199310)GassJDM,AgarwalA,ScottIU:Acutezonaloccultouterretinopathy:alongtermfollow-upstudy.AmJOphthal-molC134:329-339,C200211)WatzkeRC,ShultsWT:Clinicalfeaturesandnaturalhis-toryoftheacuteidiopathicenlargedblindspotsyndrome.OphthalmologyC109:1326-1335,C200212)齋藤航:Acutezonaloccultouterretinopathy(AZOOR)とCAZOORcomplex.臨眼62:122-129,C200813)StefanssonCE,CHatchellCDL,CFicherCBLCetal:PanretinalCphotocoagulationCandCretinalCoxygenationCinCnormalCandCdiabeticcats.AmJOphthalmolC101:657-664,C198614)ChenCYF,CChenCHY,CLinCCCCetal:RetinitisCpigmentosaCreducesCtheCriskCofCproliferativeCdiabeticretinopathy:ACnationwideCpopulation-basedCcohortCstudy.CPloSCOneC7:Ce45189,C201215)MoriyaT,OchiR,ImagawaYetal:Acaseofuvealcolo-bomasCshowingCmarkedCleft-rightCdi.erenceCinCdiabeticCretinopathy.CaseRepOphthalmolC7:167-173,C2016***