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緑膿菌角膜炎における臨床所見の検討 ―新しい代表的所見としてのブラシ状混濁の提言―

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):255.259,2013c緑膿菌角膜炎における臨床所見の検討―新しい代表的所見としてのブラシ状混濁の提言―佐々木香る*1稲田紀子*2熊谷直樹*1出田隆一*1庄司純*2澤充*2*1出田眼科病院*2日本大学医学部視覚科学系眼科学分野ClinicalCharacteristicsofInfectiousKeratitisCausedbyPseudomonasaeruginosa─ProposalofBrush-likeOpacityasNewRepresentativeAppearance─KaoruAraki-Sasaki1),NorikoInada2),NaokiKumagai1),RyuichiIdeta1),JunShoji2)andMitsuruSawa2)1)IdetaEyeHospital,2)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine目的:緑膿菌角膜炎でみられる臨床所見の出現頻度,発症から各臨床所見出現までの日数(発症後日数)を調査し,相互関係を検討すること.対象および方法:対象は,緑膿菌角膜炎32例33眼.代表的所見,潰瘍の形状,その他の所見の出現頻度を算出し,発症後日数との関係をロジスティック回帰解析した.結果:各所見の出現頻度は,輪状膿瘍13眼(39.4%),スリガラス状浸潤31眼(93.9%),前房蓄膿10眼(30.3%),ブラシ状混濁14眼(42.4%)であった.潰瘍の形状は小円形9眼(27.3%),円形.不整形24眼(72.7%)であった.平均発症後日数は,小円形潰瘍1.7日,スリガラス状浸潤1.9日,ブラシ状混濁2.4日,円形.不整形潰瘍2.7日,前房蓄膿2.9日,輪状膿瘍3.4日であった.発症後3日以上の症例で輪状膿瘍の出現頻度が有意に高かった(p=0.007,オッズ比9.00).結論:緑膿菌角膜炎は,代表的所見を示さない症例も多いが,一定の傾向をもって変化すると考えられた.ブラシ状混濁は今後注目に値する所見である.Thepurposeofthisstudywastorevealtheincidenceofclinicalcharacteristicsin33eyeswithinfectiouskeratitiscausedbyPseudomonasaeruginosaandanalyzetherelationshipsbetweenincidenceanddurationfromonset,usinglogisticanalysis.Ringabscesswasrecognizedin39.4%,diffuseinfiltrationin93.9%,hypopyonin30.3%andbrush-likeopacityin42.4%.Ulcerformwasdividedintotwotypes:smallround(27.3%)androundorirregular(72.7%).Thesmallroundulcerappearedat1.7daysafteronset,onaverage.Diffuseinfiltration(1.9days),brush-likeopacity(2.4days),roundorirregularulcer(2.7days),hypopyon(2.9days)andringabscess(3.4days)subsequentlyappeared.Thefrequencyofringabscesswashigherincasesthatlastedmorethan3days(p=0.007,oddsrate:9.00).Inconclusion,theclinicalappearanceofPseudomonaskeratitischangeswiththetimecourse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):255.259,2013〕Keywords:緑膿菌,輪状膿瘍,感染性角膜炎,ブラシ状混濁,前房蓄膿,臨床所見.Pseudomonasaeruginosa,ringabscess,infectiouskeratitis,brush-likeopacity,hypopyon,clinicalcharacteristics.はじめに緑膿菌角膜炎の代表的臨床所見として,「輪状膿瘍,スリガラス状浸潤,前房蓄膿」の3所見が同時期に観察されることがよく知られている1,2).このうち,輪状膿瘍は緑膿菌の産生するエラスターゼと好中球とが反応する場所と報告されている3).スリガラス状浸潤は緑膿菌の内毒素であるLPS(リポ多糖)に対する反応として,角膜実質層間に沿って遊走してきた好中球の遊走とそれに伴う実質障害,さらには内皮障害や角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫とされている4).また,前房蓄膿は,フィブリンを多く含み流動性が乏しく,Behcet病でみられる好中球による前房蓄膿とは異なる性状を示すことが特徴である5,6).しかし,日常診療では,これらの代表的所見以外の臨床所見を含む緑膿菌角膜炎例にも遭遇する.たとえば,小円形の浸潤病巣や,棘状あるいはブラシ状とよばれる角膜潰瘍辺縁部にみられる針状の混濁または刷毛で掃いたような混濁(以下,ブラシ状)などが非代表的臨〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市中央区西唐人町39出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,Ph.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-tojincyo,Chuo-ku,Kumamoto860-0027,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(121)255 床所見としてあげられる.また,逆に代表的臨床所見とされる輪状膿瘍や前房蓄膿がみられない場合もある.これらを踏まえて,今回,緑膿菌角膜炎と確定診断された症例において,臨床所見の出現頻度,発症から臨床所見出現までの日数(発症後日数),および患者背景の調査と相互関係について検討した.I対象および方法本研究は,日本大学医学部附属板橋病院および出田眼科病院における臨床研究審査委員会の承認を得たうえで施行した.1.対象対象は日本大学医学部附属板橋病院眼科,出田眼科病院において平成21年1月から平成23年12月までの約3年間に,角膜擦過物の細菌分離培養検査により確定診断した緑膿菌角膜炎32例33眼である.緑膿菌角膜炎の誘因は,32眼が何らかの種類のソフトコンタクトレンズ装用であり,1眼が外傷であった.2.方法緑膿菌角膜炎の臨床所見は,初診時に細隙灯顕微鏡検査により得られた所見について検討した.臨床所見は,代表的所見として「輪状膿瘍」「スリガラス状浸潤」および「輪状膿瘍」,潰瘍の形状として「小円形潰瘍」および「円形.不整形潰瘍」,その他の所見として「ブラシ状混濁」に分け,初診時における出現頻度を検討した.潰瘍は直径3mm未満のものを小円形,3mm以上のものを円形.不整形とした.また,自覚症状出現から初診日までの日数を発症後日数として検討した.3.統計学的解析各臨床所見の出現と有意に関係がある背景因子を選ぶために,年齢,性別,発症後日数との関係をロジスティック回帰解析で検討した.なお,年齢は,40歳未満と40歳以上,発症後日数は2日以内と3日以上との2値変数とした.p<0.05の危険率を有意として判定した.II結果1.代表症例a.代表症例128歳,男性.2週間頻回交換型ソフトコンタクトレンズ(以下,2W-FRSCL)を装用したまま就寝し,充血,疼痛を感じ,2日目に受診した.初診時の前眼部写真および所見を図1に示す.潰瘍の形状は小円形で,輪状膿瘍や前房蓄膿は認めず,局所的なスリガラス状浸潤がみられた.なお,ブラシ状混濁はなかった.b.代表症例215歳,男性.2W-FRSCL装用中に眼痛が出現.2日目に256あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(.)小円形ブラシ状混濁(.)スリガラス状浸潤(局所+)前房蓄膿(.)図1代表症例1の前眼部写真(28歳,男性)代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(.)不整形ブラシ状混濁(+)スリガラス状浸潤(局所+)前房蓄膿(.)図2代表症例2の前眼部写真(15歳,男性)矢印で示したブラシ状混濁を認める.受診した.初診時の前眼部写真および所見を図2に示す.潰瘍の形状は不整形で,輪状膿瘍がみられ,前房蓄膿はみられず,局所的なスリガラス状浸潤がみられた.病変周辺に棘状のブラシ状混濁がみられた.(122) (%)図4代表的所見およびブラシ状混濁の出現頻度の比較前房蓄膿ブラシ状混濁全体スリガラス状浸潤局所輪状混濁円型/不整形角膜潰瘍小円型0123456発症後日数(日)図5各臨床所見のみられた平均発症後日数スリガラス状浸潤(局所・全体)前房蓄膿輪状膿瘍12345(発症後日数)0ブラシ状混濁小円形潰瘍不整形潰瘍図6代表的所見の平均発症後日数からみたブラシ状混濁の出現時期見の平均発症後日数を時系列で示す.3.臨床所見出現の背景因子の検討輪状膿瘍を呈する所見の危険因子を検討したところ,発症後3日以上経過した症例に有意に多くみられた(p=0.007,オッズ比9.00).スリガラス状混濁は,有意差はないが,発症後3日以上経過した症例でやや多い傾向にあった(p=0.033).さらに,発症後3日以上の症例に限って,輪状膿瘍の出現頻度が高い因子を検討したところ,前房蓄膿がみられないこと(p=0.005),40歳未満であること(p=0.024),円形.不整形潰瘍がみられること(p=0.019)が有意な因子であった.また,ブラシ状混濁がない(p=0.050)傾向があったが,有意ではなかった.あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013257代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(+)不整形ブラシ状混濁(+)スリガラス状浸潤(全体+)前房蓄膿(.)図3代表症例3の前眼部写真(29歳,男性)矢印で示した大きなブラシ状混濁を認める.c.代表症例329歳,男性.1日使い捨てソフトコンタクトレンズを自己判断で3日間使用した後,眼痛を自覚し,3日目に受診した.初診時の前眼部所見は,不整形の潰瘍に輪状膿瘍と角膜全体にわたるスリガラス状浸潤を認めた.前房蓄膿はなかったが,ブラシ状混濁がみられた(図3).2.臨床所見の出現頻度および発症後日数今回,対象となった症例は,男性20例,女性12例,33眼,平均年齢は31.5歳(レンジ:16.86歳)であり,自覚症状出現から受診までの平均発症後日数は2.4日(レンジ:0.7日)であった.その内訳は0日2眼,1日4眼,2日14眼,3日10眼,4日0眼,5日,6日,7日はそれぞれ1眼ずつであった.臨床所見の出現頻度は,輪状膿瘍13眼(39.4%),角膜全体にわたるスリガラス状浸潤19眼(57.6%),局所的なスリガラス状浸潤は12眼(36.4%),前房蓄膿10眼(30.3%)で,一方,ブラシ状混濁は14眼(42.4%)でみられた.潰瘍の形状は小円形9眼(27.3%)および円形.不整形24眼(72.7%)であった.各代表的所見とブラシ状混濁の出現頻度の比較を図4に示した.各々の所見がみられた平均発症後日数は,小円形潰瘍1.7日,スリガラス状浸潤1.9日,ブラシ状混濁2.4日,円形.不整形潰瘍2.7日,前房蓄膿2.9日,輪状膿瘍3.4日であった.図5は各臨床所見の平均発症後日数を標準偏差とともに表わしたものである.また,図6にブラシ状混濁と各臨床所(123)020406080100輪状膿瘍スリガラス状混濁前房蓄膿ブラシ状混濁 つぎに,ブラシ状混濁を呈する所見の危険因子を検討したが,年齢・性別・輪状膿瘍・潰瘍の形状・スリガラス状浸潤・前房蓄膿のいずれの項目とも有意な関係はみられなかった.逆に,ブラシ状混濁を呈さない所見の危険因子としては,「発症後3日以上経過しており,男性であること」(p=0.047)があげられた.III考按今回の検討から,緑膿菌角膜炎は初診時にはいわゆる代表的所見を示さない症例が多く,特にブラシ状混濁は輪状膿瘍や前房蓄膿と同程度にみられ,注目すべき所見であることがわかった.ブラシ状混濁は,いくつかの論文ですでに指摘されている所見であり2,7.9),真菌でみられるhyphatelesionとの鑑別が必要な所見ではあるが,緑膿菌角膜炎でみられる特徴的な角膜浸潤病巣とされている.その本態は病巣辺縁の細胞浸潤あるいは実質細胞の反応などと推測されている.今回の検討により,その出現頻度が非常に高いものであることが確認され,今後注目すべき所見と考えられた.このブラシ状混濁の平均出現日数は,小円形潰瘍と円形.不整形潰瘍の平均出現日数の間であり,スリガラス状浸潤より遅く,前房蓄膿や輪状膿瘍より早い日数であった.症例数が限られており,それぞれの平均発症日数は僅差であることから断言はできないが,緑膿菌が定着して感染が成立した後,輪状混濁や前房蓄膿といった生体防御の免疫機構が著しくなる前にブラシ状混濁が出現する可能性がある.すなわち,病巣辺縁の菌の増殖とそれに対する細胞浸潤あるいは周辺実質細胞の反応という考えを支持する結果と考えられた.一方,輪状膿瘍や前房蓄膿は緑膿菌角膜炎の代表所見と認識されていながら,その出現頻度は意外と低いことが明らかとなった.緑膿菌角膜炎の臨床所見を検討し,分類を提唱した中島らも,初診時の所見としては輪状膿瘍よりも円形膿瘍のほうが多いことを指摘している2).平均受診日数が2.4日と比較的早期に受診する例が多く,一昔前と違ってMIC(最小発育阻止濃度)の低い広域抗菌薬の使用が容易であるため,最終像を呈する前に受診し,回復に向かった症例が多いと考えられる.したがって「輪状膿瘍,スリガラス状浸潤,前房蓄膿」の3つの代表所見が同時期にみられるのはあくまでも最終像であり,そのまま診断基準には該当しないと考えられ,臨床診断において注意が必要であることが示唆された.潰瘍の形状については,小円形が円形.不整形よりも早期に出現する傾向から,臨床所見が時間経過とともに一定の傾向で進行することが示唆された.近年,ソフトコンタクトレンズ装用患者において,ブドウ球菌による角膜炎に類似した小円形の緑膿菌角膜炎が指摘されており10),株による差,時間経過,患者自身の個体差,局所における酸素分圧の影響な258あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013どが考えられているが,今回の結果からは,感染成立後の早期の所見である可能性が示唆された.各検討項目のロジスティック回帰解析の結果からは,輪状膿瘍は発症3日以上が有意な危険因子であることが判明した.輪状膿瘍は緑膿菌の産生するエラスターゼと感染により角膜輪部から遊走する好中球が出会って反応することが本態と報告されている3).播種された菌量にもよるが,一般的な臨床症例において,感染成立後,輪状膿瘍を呈するに十分な免疫反応を惹起するためには,3日以上の日数が必要であることが示唆された.前房蓄膿に関しても,平均発症日数は3日弱であり,有意差はみられなかったが同様の経過と考えられた.さらに,輪状膿瘍は,前房蓄膿やブラシ状混濁を伴わない症例に多くみられる傾向にあった.ブラシ状に伸展していく菌に対して好中球が多量に浸潤して,輪状膿瘍を形成することでブラシ状所見をマスクした可能性や,輪状膿瘍により菌と免疫反応の均衡がとれ,前房の反応を生じなかった可能性が推測される.極早期の緑膿菌角膜炎では,輪状膿瘍や前房蓄膿は形成されず,加えて,緑膿菌の株によってエラスターゼの産生能は異なっており,輪状膿瘍が出現しない症例もあると考えられる.したがって,患者背景から緑膿菌角膜炎が疑われるが,輪状膿瘍や前房蓄膿がみられない症例においては,ブラシ状混濁を探すことが一つの診断補助になると考えられた.本検討においては,できるだけ個人による臨床所見の取り方に偏りがないように配慮して,角膜を専門とする医師3人で症例の所見を確認した.しかし,それでもなお,ブラシ状混濁の有無については,ややわかりにくい症例が存在し,今後も症例数を増やして検討することが必要であると考えられた.ブラシ状混濁の意義についても,モデルを用いた実験的検討や共焦点レーザー顕微鏡を用いた観察が必要である.緑膿菌角膜炎は,菌体そのものの活動性以外に,外毒素による炎症反応を強く惹起する.臨床所見を詳細に解析し,どのような病態であるかを推測することは,早期発見のみならず,再燃の危険なく消炎を図るための有用な情報と考えられた.本稿の要旨は第49回日本眼感染症学会で発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)堀眞輔:コンタクトレンズ診療における感染性角膜炎の診断と眼科臨床検査.日コレ誌53:219-223,20112)伊豆野美帆,亀井裕子,松原正男:コンタクトレンズ装用者に発症した緑膿菌角膜潰瘍3例の検討.日コレ誌52:270-273,20103)IjiriY,MatsumotoK,KamataRetal:Suppressionof(124) polymorphonuclearleucocytechemotaxisbyPseudomonasaeruginosaelastaseinvitro:astudyofthemechanismsandthecorrelationwithringabscessinpseudomonalkeratitis.IntJExpPathol75:441-451,19944)VanHornDL,DavisSD,HyndiukRAetal:ExperimentalPseudomonaskeratitisintherabbit:bacteriologic,clinical,andmicroscopicobservations.InvestOphthalmolVisSci20:213-221,19815)後藤浩:【眼内炎症診療のこれから】診察前眼部.眼科プラクティス16,p24-29,文光堂,20076)杉田直:【眼感染症の謎を解く】臨床所見から推理する!前房蓄膿.眼科プラクティス28,p48-50,文光堂,20097)宇野敏彦:CLケア教室(第36回)CL装用者の角膜浸潤.日コレ誌52:285-287,20108)熊谷聡子,崎元丹,稲田紀子ほか:コンタクトレンズ関連角膜潰瘍の1例.眼科51:923-926,20099)中島基宏,稲田紀子,庄司純ほか:コンタクトレンズ装用者に発症した緑膿菌角膜炎23例の臨床所見の検討.眼科53:1029-1035,201110)細谷友雅,神野早苗,榊原智子ほか:コンタクトレンズ関連緑膿菌感染へのステロイド投与の影響.眼科54:173179,2012***(125)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013259