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小児涙道疾患における鼻性鼻涙管狭窄の特徴

2014年7月31日 木曜日

《第2回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科31(7):1033.1036,2014c小児涙道疾患における鼻性鼻涙管狭窄の特徴松村望*1後藤聡*2藤田剛史*1平田菜穂子*1大野智子*1*1神奈川県立こども医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科RhinogenousNasolacrimalDuctStenosisinInfantsNozomiMatsumura1),SatoshiGoto2),TakeshiFujita1),NaokoHirata1)andTomokoOhno1)1)DepartmentofOphthalmology,KanagawaChildren’sMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,KatsushikaMedicalCenter小児に先天鼻涙管閉塞と同様の流涙・眼脂の症状があり,色素残留試験は陽性であるが通水試験が通過する症例を鼻性鼻涙管狭窄と仮定し特徴を調べた.代表症例の検査所見は,色素残留試験は陽性,通水試験は分泌物を含んだ逆流がみられ,涙道造影では造影剤は鼻腔内へ漏出,涙道内視鏡所見は膜性鼻涙管の粘膜の密着,鼻内視鏡所見は下鼻甲介が外側寄りで下鼻道が押しつぶされたように狭いという特徴があった.2011年から2年間に神奈川県立こども医療センター眼科を初診し,涙道疾患があり色素残留試験が陽性で全身疾患を伴わない110例148側(平均月齢14.1カ月)のうち,臨床的な特徴から鼻性鼻涙管狭窄と考えられた症例は14例20側(13.5%)みられた.初診時月齢は平均20.2±11.5カ月であり,症状が間欠的な症例が78%,鼻炎を伴う症例が50%にみられた.鼻炎治癒後の治癒,通水試験後治癒,涙管チューブ挿入後の治癒,自然治癒がみられた.Purpose:Ininfantswithnasolacrimalductobstruction,irrigationwaspossiblewithpositiveresultsonthefluoresceindisappearancetest(FDT).Wesupposethesecasesasrhinogenousnasolacrimalductstenosis,becauseofnarrowinferiornasalmeatusofinfants.CasesandMethods:Thisstudyinvolved110infants(averageage:14.1months)withpositiveFDT,seenduringthepast24months.Results:Thecharacteristicsofrhinogenousnasolacrimalductstenosisseemtobeasfollows;FDTwaspositive,irrigationwaspossiblewithrefluxofsecretion,contrastradiographyofnasolacrimalductshowedleakageofcontrastmediumforinferiormeatus,lacrimalendoscopicexaminationshowedlowerendofnasolacrimalductstenosis,andnasalendoscopicexaminationshowednarrowinferiormeatus.Anaverageageatfirstvisittoourhospitalwas20.2±11.5months.7outof14cases(50.0%)hadrhinitisand7outof9cases(79.1%)hadintermittentsymptoms.Conclusion:OfallFDT-positiveinfants,13.5%hadrhinogenousnasolacrimalductstenosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1033.1036,2014〕Keywords:鼻性鼻涙管狭窄,涙道内視鏡,色素残留試験,通水試験,自然治癒.rhinogenousnasolacrimalductstenosis,dacryoendoscopy,fluoresceindisappearancetest,irrigationtest,spontaneousresolution.はじめに色素残留試験(fluoresceindisappearancetest:FDT)は,非侵襲的で簡便に先天鼻涙管閉塞(congenitalnasolacrimalductobstruction:CNLDO)を診断する方法として有用とされており,その感度は90%,特異度は100%とする報告がある1).しかし,筆者らはCNLDOを疑われた5歳未満の小児31例にFDTと通水試験の両方を行いその一致率を調べた結果,FDT陽性小児の13.3%は通水が通り,結果が不一致であったと報告した2).筆者らは今回これらの「流涙・眼脂の症状がみられ,FDTは陽性であるが通水試験は通過する小児例」を鼻性鼻涙管狭窄と仮定し,その特徴を調べた.I対象および方法2011年1月から2013年1月に涙道疾患を疑われて神奈川県立こども医療センター眼科(以下,当科)を初診した143例198側を対象とした.全例にFDTを行い,FDTが陽性の症例のなかで,睫毛内反などの明らかな涙道疾患以外の疾患を有する症例を除外した.また,染色体異常,顔面奇〔別刷請求先〕松村望:〒232-8555横浜市南区六ッ川2-138-4神奈川県立こども医療センター眼科Reprintrequests:NozomiMatsumura,DepartmentofOphthalmology,KanagawaChildren’sMedicalCenter,2-138-4Mutsukawa,Minami-ku,Yokohama232-8555,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(107)1033 図1鼻性鼻涙管狭窄の通水試験分泌物を含む逆流がみられる.図3鼻性鼻涙管狭窄の色素残留試験1歳7カ月,女児.左眼の流涙・眼脂がみられ,左眼の色素残留試験は陽性.直後に行った通水試験は,分泌物を含む逆流を伴ったが,通過した.形などの全身疾患を伴う症例を除外した.これらを満たす6歳未満の小児110例148側(男性56例,女性54例,平均月齢14.1±13.9カ月)を対象とし,後ろ向きに調査した.本調査については院内倫理委員会にて承認を得た.II結果1.代表症例14歳,女児.1歳ころから左眼の流涙・眼脂の症状が出現.眼脂の程度は多いときと少ないときがあったが,最近は持続的に眼脂がみられる.鼻炎,結膜炎の既往なし.FDTは左眼のみ陽性であった.全身麻酔下での通水試験では分泌物を含んだ逆流がみられたが(図1),涙道造影では鼻腔内に造影剤の漏出がみられた(図2).涙道内視鏡検査では,涙道内に分泌物の貯留がみられた.膜性鼻涙管部分から下部開口部まで,涙道粘膜はぴったりと密着していたが,閉塞はみられなかった.この部分の粘膜の密着をはがすようにして涙道内視鏡を進め,涙管チューブを挿入した.涙道内に他の病変はみられなかった.鼻内視鏡検査では,健側の右の鼻涙管開口部は観察可能で異常はみられなかったが,患側の左側は下鼻甲介が外側寄りで下鼻道は押しつぶされたように狭く,鼻涙管開口部を確認できなかった.術直後より症状は消失し,色素1034あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014図2鼻性鼻涙管狭窄の涙道造影造影剤の鼻腔内への漏出がみられる.矢印:仰臥位のため鼻腔内に貯留した造影剤.残留試験も陰性となった.術後20日で涙管チューブを抜去し,術後2年の現在も症状はなく治癒している.2.代表症例21歳7カ月,女児.生後8カ月ころから左眼の流涙・眼脂の症状が出現.眼脂は多いときと少ないときがあるが,いつも左眼が涙でうるんでいる.CNLDOを疑われて当科を紹介受診した.鼻炎,結膜炎の既往なし.FDTは左眼のみ陽性であった(図3).鎮静下での通水試験は,分泌物を含んだ逆流がみられたが,強い抵抗はなく通過した.通水試験後,眼脂の症状は軽快した.その後も左眼がときどき涙でうるむ感じは断続的に続き,FDTは受診時によって陽性の日も陰性の日もあったが,1年後には症状が消失し,自然治癒した.代表症例1はFDT,通水試験,涙道造影,涙道内視鏡検査,鼻内視鏡検査の結果から,鼻性鼻涙管狭窄であると診断した.代表症例2は内視鏡検査は行っていないが,臨床経過,FDT,通水試験の結果から,代表症例1と類似の病態であると推察した.代表症例と同様の症例がこれらを含めて14例20側みられたため,これらを鼻性鼻涙管狭窄と仮定し,特徴を調べた.3.初診時月齢鼻性鼻涙管閉塞と考えられた14例の初診時月齢は平均20.2±11.5カ月であった.同期間に狭義CNLDOと診断した50例の初診時月齢は,平均11.2±9.1カ月であった.狭義CNLDOの診断は,対照群のなかで,流涙・眼脂の症状が生後2カ月未満に発症,FDT陽性,鎮静下または全身麻(108) 酔下での通水試験が不通,以下の疾患(涙点閉鎖・涙小管形成不全・先天性涙.ヘルニア・後天性涙道閉塞・涙.皮膚瘻)を除外を満たすものとした.4.鼻炎の既往14例中7例(50.0%)に鼻炎の既往があった.5.症状の間欠性症状の持続性が確認できた9例について,おもに眼脂の症状が間欠的であった症例は7例(77.8%),持続的であった症例は2例(22.2%)であった.6.患側14例中8例(57.1%)は両側性であり,6例(42.8%)は片側性であり,両側性のほうがやや多かった.7.治療鼻炎のあった7例中6例は鼻炎の治療および治癒により治癒した.自然治癒2例,通水試験後治癒2例,涙管チューブ挿入による治癒1例,経過観察中3例であった.III考按小児の涙道狭窄や閉塞は,そのほとんどが狭義CNLDO,すなわち鼻涙管下端の膜状閉鎖であると考えられてきた1,3,4).CNLDOに対するFDTの特異度は100%であるとする報告があるが1),これは低年齢の小児においては,FDT陽性の症例全例が先天性の鼻涙管閉塞であり鼻涙管狭窄は存在しないとも捉えられる.しかし,実際の臨床においては,CNLDOと似た流涙・眼脂の症状を呈し,色素残留試験は陽性であっても通水が通過する症例を経験する.今回はこのような症例に対し,涙道造影,涙道内視鏡,鼻内視鏡にて精査を行った症例の所見をもとに鼻性鼻涙管狭窄という病態を仮定し,同様と推察される症例の臨床的特徴について報告した.小児の下鼻道は一般的に未発達で狭いため,鼻涙管開口部付近での通過障害を起こしやすいと推察される.上気道炎や鼻炎などが加わった際に,鼻粘膜の炎症や浮腫をきたすことでさらに通過障害を起こしやすくなると考えられる.上気道炎や鼻炎は生後しばらくしてから罹患し,症状も変動するため,発症時期にばらつきが生じたり症状が間欠的であったりすると推察される.そして,鼻粘膜の炎症が治癒したり下鼻道が発達したりすることで,鼻涙管開口部付近の狭窄が解除され,自然治癒するケースがあると推察される.また,通水試験や涙管チューブ挿入を行った場合,鼻涙管の通過障害が一旦解除され,分泌物などが洗い流されることで症状が軽快し,治癒に至るケースもあると考えられる.今回報告した症例の臨床的な特徴や内視鏡所見から,小児が鼻涙管狭窄を起こす場合のおもな原因は,下鼻道の物理的な狭さではないかと筆者らは推察している.一方で,成人における原発性鼻涙管閉塞・狭窄の原因はいまだ不明ではあるが,涙道粘膜における何らかの炎症の結果,涙道粘膜上皮の扁平上皮化生や線維化を起こすことによると考えられており,おもな原因は涙道粘膜の炎症と考えられている5).このように,小児と成人の鼻涙管狭窄は,おもな原因が異なると考えられる.原因の違いは予後や治療方針の違いにつながり,成人の鼻涙管狭窄や閉塞は一般的に自然治癒しないが,小児の鼻涙管狭窄や閉塞は自然治癒しやすいという違いにつながると考えられる.今回報告したような鼻涙管狭窄と考えられる小児が一定の割合でみられることから,局所麻酔下での通水試験が困難な小児にFDT陽性のみでCNLDOと診断した場合,鼻涙管狭窄の症例が一定の割合で混在すると考えられる.本報告において,鼻性鼻涙管狭窄と考えられた症例の平均初診時月齢が20.2カ月であり,狭義CNLDOと診断した症例の平均初診時月齢11.2カ月よりも高い傾向がみられたことから,比較的高月齢の小児に鼻涙管狭窄の割合が高いのではないかと推察された.CNLDOの治療時期について,Youngらは生後12カ月で重症の場合と,生後18カ月で軽症の場合,プロービングを推奨している1).また,林らは生後18カ月以上でプロービングを検討し,24カ月以上は全例プロービングを検討すべきとしている6).今回の報告で鼻性鼻涙管狭窄と考えられた症例の平均初診時月齢が20.2カ月(1歳8カ月)であったことから,プロービングを考慮すべき月齢で初診する症例のなかに鼻性鼻涙管狭窄の症例が一定数含まれる可能性を考慮する必要があると考えられた.このため筆者らは小児の涙道疾患の診断を行う際に,・発症時期が生後2カ月以降・初診時月齢が生後12カ月以降・症状が間欠的・鼻炎の既往があるこのような症例は鼻性鼻涙管狭窄を念頭におき,耳鼻科の紹介による鼻炎の有無の確認や,経過観察による症状やFDTの変動の確認などを行っている.また,涙点閉鎖や流行性角結膜炎後の涙道内瘢痕癒着などの後天性涙道閉塞も高月齢の小児例が多いため,涙点および結膜の観察や,結膜炎の既往に関する問診を重視している.それでもCNLDOとの鑑別が困難な症例に治療方針を決定する際には,可能な月齢の症例には鎮静下での通水検査を確定診断のために行っている.これにより,さらに長期の経過観察が可能な症例と,プロービングを行うべき症例の鑑別が可能となる場合があると考えられる.今回筆者らは鼻性鼻涙管狭窄という病態を仮定したが,CNLDOと同様の症状を呈する低年齢の小児のなかに,鼻涙管下端の膜状閉鎖のような器質的な閉塞がない症例が含まれる可能性を認識することは,小児の涙道疾患の診断と治療を行ううえで重要であると考えられた.(109)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141035 利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MacEwenCJ,YoungJD:Thefluoresceindisappearancetest(FDT):anevaluationofitsuseininfants.JPediatrOphthalmolStarbismus28:302-305,19912)松村望,後藤聡,石戸岳仁ほか:先天性鼻涙管閉塞症に対する色素残留試験の感度.臨眼67:669-672,20133)YoungJD,MacEwenCJ:Managingcongenitallacrimalobstructioningeneralpractice.BMJ315:293-296,19974)PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup:Primarytreatmentofnasolacrimalductobstructionwithprobinginchildrenyoungerthan4years.Ophthalmology115:577584,20085)McCormickSA,LinbergJV:Pathologyofnasolacrimalductobstruction.LacrimalSurgery(LinbergJV),p169202,ChurchillLivingstone,NewYork,19886)林憲吾,嘉鳥信忠,小松裕和ほか:先天鼻涙管閉塞の自然治癒率および月齢18カ月以降の晩期プロービングの成功率:後ろ向きコホート研究.日眼会誌118:91-97,2014***1036あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(110)