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全般性不安障害を合併し,短期間に糖尿病網膜症が 進行した若年発症2 型糖尿病の1 例

2023年1月31日 火曜日

《第27回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科40(1):101.105,2023c全般性不安障害を合併し,短期間に糖尿病網膜症が進行した若年発症2型糖尿病の1例山崎光理*1宮本寛知*1木下貴正*1清水美穂*1森潤也*1青木修一郎*1三次有奈*2今泉寛子*1*1市立札幌病院眼科*2市立札幌病院糖尿病内分泌内科CACaseofYoung-OnsetType2DiabeteswithGeneralizedAnxietyDisorderandDiabeticRetinopathythatProgressedOveraShort-TermPeriodHikariYamasaki1),TomohiroMiyamoto1),TakamasaKinoshita1),MihoShimizu1),JunyaMori1),ShuichiroAoki1),ArinaMiyoshi2)andHirokoImaizumi1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospital,2)DepartmentofDiabetology,SapporoCityGeneralHospitalC不安定な精神状態による不規則な生活や内科治療の中断により,血糖コントロールが不良で短期間に糖尿病網膜症が進行した症例について報告する.患者はC26歳,女性.8歳でC2型糖尿病と診断され,中学生頃からうつ傾向があり,22歳で全般性不安障害と診断された.内科,精神科とも治療は中断しがちで,血糖,精神状態ともに不安定であった.初診時視力右眼(1.2),左眼(1.0),両眼非増殖糖尿病網膜症を認め,HbA1cはC13.3%だった.6カ月後,左眼が増殖糖尿病網膜症に進行し,9カ月後には網膜前出血により視力が低下したため硝子体手術を実施し,並行して内科で血糖コントロールも行った.右眼もC18カ月後に増殖糖尿病網膜症となり硝子体手術を実施し,術後視力は右眼(0.5),左眼(0.6)となり,両眼とも糖尿病網膜症は安定した.眼科,他科ともに通院を継続し,全身状態も安定した.本症例では内科,精神科との連携により,治療を中断しないようなかかわりが重要であった.CPurpose:Toreportacaseofyoung-onsettype2diabeteswithgeneralizedanxietydisorderanddiabeticreti-nopathyCthatCprogressedCoverCaCshort-termCperiod.CCaseReport:ThisCcaseCinvolvedCaC26-year-oldCfemaleCdiag-nosedwithtype2diabetesattheageof8andatendencytobedepressedsinceshewasinjuniorhighschoolwhowasdiagnosedwithgeneralizedanxietydisorderattheageof22.Thepatient’sinternalmedicineandpsychiatrictherapytendedtobeinterrupted,andhergeneralconditionwasunstable.Atinitialpresentation,hervisualacuity(VA)was1.2ODand1.0OS,andbilateralnonproliferativediabeticretinopathy(NPDR)andanHbA1cof13.3%wasobserved.Vitreoussurgerywasperformedinherlefteye6monthslaterandinherrighteye18monthslaterdueCtoCtheCbilateralCNPDRCprogressingCtoCproliferativeCdiabeticCretinopathy,CwithCtreatmentsCinCtheCotherCdepart-mentssimultaneouslystrengthened.Postsurgery,herVAwas0.5ODand0.6OS,andthebinoculardiabeticreti-nopathyandheroverallgeneralconditionwerebothstable.Conclusions:Inthiscase,ocularsurgerywassuccess-fulinclosecollaborationwithinternalmedicineandpsychiatrictherapy,thusillustratingtheimportanceofkeepingarelationshipwithotherdepartmentsandnotinterruptingtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(1):101.105,C2023〕Keywords:糖尿病網膜症,若年発症C2型糖尿病,全般性不安障害.diabeticretinopathy,young-onsettype2dia-betes,generalizedanxietydisorder.Cはじめに安障害を合併し,初診時に軽症非増殖糖尿病網膜症(nonpro-糖尿病はうつ病1)や不安障害2)などの精神疾患との関連がCliferativeCdiabeticretinopathy:NPDR)からC6カ月後に左報告されている.8歳で発症したC2型糖尿病患者で全般性不眼,19カ月後に右眼が増殖糖尿病網膜症(proliferativedia-〔別刷請求先〕山崎光理:〒060-8640北海道札幌市中央区北C11条西C13丁目C1-1市立札幌病院眼科Reprintrequests:HikariYamasaki,DepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospital,13-1-1Kita11-jonishi,ChuoKu,SapporoShi,Hokkaido060-8640,JAPANC図1初診時眼底写真と蛍光造影写真両眼眼底に毛細血管瘤を認め,蛍光造影検査では毛細血管瘤と,周辺部に限局的な無灌流領域を認めた.beticretinopathy:PDR)に進行し,汎網膜光凝固を実施したが両眼硝子体手術に至った症例を経験したため報告する.CI症例患者:26歳,女性.主訴:糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)の精査.現病歴:8歳でC2型糖尿病と診断され,小児科や内科で入院加療するも中断あり,21歳時にCHbA1c13.2%の状態で近医内科へ転院となった.糖尿病に対して内服治療(メトホルミン,テネグリプチン)を行っていたが,血糖コントロールは不良でCHbA1c9.12%で経過していた.また,中学生頃からうつ傾向があり,22歳で全般性不安障害と診断され内服治療(ロフラゼプ酸エチル)されていたが,23歳から治療を中断していた.近医眼科でCDRの経過観察を行っていたが,精査のため市立札幌病院(以下,当院)眼科を紹介受診した.既往歴:熱性けいれん.家族歴:父親,祖母(父方,母方)が糖尿病,妹は耐糖能異常であった.初診時所見:視力は右眼C0.09(1.2C×sph.3.75D(cylC00DC.2.cyl(50DC.7.sph×,左眼0.06(1.0180°)C2.25DAx.Ax180°),眼圧は右眼20.3mmHg,左眼22.0mmHg,血糖値はC369Cmg/dl,HbA1c13.3%であった.両眼底には少数の毛細血管瘤が散在し,軽症CNPDRであった.光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では黄斑浮腫はみられなかった(図1).蛍光造影検査(.uoresceinCangiog-raphy:FA)では毛細血管瘤に加えて周辺部に限局性の無灌流領域を認めたため,血糖コントロールが重要であることを指導し,引き続き前医で経過観察とした.経過:6カ月後,左眼の後極部全体に網膜出血が増加したため,再度紹介された.HbA1c12.5%,視力は右眼(1.0),左眼(0.8),OCTで左眼に黄斑浮腫を認め,FAでは左眼の乳頭上に新生血管があり,右眼は毛細血管瘤と局所的な無灌流領域が散在していた(図2).左眼の汎網膜光凝固術(pan-retinalphotocoagulation:PRP)を予定し,PRPによる糖尿病黄斑浮腫の悪化を防止するため,トリアムシノロンアセトニドのCTenon.下注射治療を並施した.初診からC8カ月後,左眼の糖尿病黄斑浮腫は消退した.並行して当院内科へ血糖コントロールを依頼し,2週間の教育入院を行ったが血糖コントロールの改善はなかった.初診からC11カ月後に起床後図2初診6カ月後の蛍光造影写真とOCT画像両眼に網膜出血の増加と左眼黄斑浮腫を認め,蛍光造影検査では左眼の乳頭上下に新生血管を認めたが,無灌流領域は左眼で軽度増加した程度であった.図3初診9カ月後の眼底写真視力は右眼(0.9),左眼(0.09)に低下し,後極部に網膜前出血を認めた.に左眼の視力低下があったため当科を再受診した.左眼視力(0.09)に低下し,後極部に網膜前出血(図3)を認めた.水晶体温存C25ゲージ(G)硝子体手術を施行した.術後左眼視力は(0.6)に改善し,HbA1c9.2%でCDRも安定した.視力は右眼(0.7),左眼(0.8)で経過していたが,初診からC18カ月後に右眼も乳頭上に新生血管が出現し,網膜前出血も伴っており,PRPを開始した.また,内科からの働きかけで精神科への通院を再開した.初診からC34カ月後,右眼の硝子体出血,視神経乳頭から鼻側の牽引性網膜.離(図4)を認め,右眼視力(0.2)に低下したため,水晶体温存C25CG硝子体手術を施行した.術前に当院精神科に入院中の精神状態の評価,内服の管理を依頼し,その後は内科,精神科,眼科と密に連携をとった.初診よりC49カ月で視力は右眼(0.4),左眼(0.5)となり,DRは安定し黄斑浮腫もなく経過した(図5).なお,全経過を通じて両眼とも虹彩ルベオーシスは認めなかった.血糖はCHbA1c9%前後と高めではあったが,内科,精神科についても通院を中断することなく,比較的安定して経過した.図4初診34カ月後の右眼眼底写真とOCT画像右眼の硝子体出血と,視神経乳頭から鼻側の牽引性網膜.離を認めた.図5初診49カ月後の眼底写真両眼底落ち着いた経過をたどった.II考按本症例の特徴として,若年発症のC2型糖尿病であること,精神疾患を合併していること,血糖コントロールが不良で急速にCDRが悪化し手術を要したこと,術後は内科,精神科ともに安定し眼底も落ち着いていることがあげられる.思春期におけるC2型糖尿病の問題点として,思春期にかけてインスリン拮抗ホルモンが増大すること3),成長期であり食欲がもっとも旺盛で,食事療法の順守がむずかしいこと,第二反抗期の時期であり治療に反発しやすいことや,思春期特有の精神的不安定さがあることなどがあげられている4).本症例ではさらに中学からのうつ傾向,全般性不安障害,不眠症を合併しており,そのことが内服治療の中断や血糖コントロールの不良を招きCDRの悪化を助長していたと考えられる.若年者では高齢者と比較して後部硝子体が未.離で,増殖膜は血管が豊富で活動性が高く,急激に増悪することがあり5,6),半年間で正常眼底からCPDRに進展し硝子体手術を要した若年発症の糖尿病の症例報告もある7).JapanCDiabetesCComplicationsCStudy(JDCS)では軽症CNPDRから重症NPDR,PDRへの進行が年間C2.11%8)とされ,国際分類では軽症CNPDRからCPDRに進展する率はC1年後でC0.8%,5年後でC15.5%9)とされており,わが国の診療ガイドラインでも軽症.中等症CNPDRの患者ではC6カ月ごとの診察を目安として推奨している10).しかし,上述した理由から若年者ではより短期間での診察が必要といえる.しかし,本症例では就労のため頻回な通院が困難で,経済的な負担が大きく,精神的な問題も抱えていた.これまで通院も中断しがちであり,通院,治療を強いることで通院自体を中断してしまう恐れがあり,治療につなげるのが困難であった.今回精神科へのコンサルトが遅れたため,より早期から精神科への通院を再開し,精神状態を安定させることで右眼の早期治療につなげられた可能性はあったと考える.また,左眼手術後,右眼視力の悪化がなく,眼底所見も大きな変化がなかったためCFAを実施していなかった.毛細血管閉塞の拡大の把握が遅れた可能性や,重症CNPDRの段階でPRPを実施していれば右眼は手術に至らなかった可能性も否定できない.2型糖尿病,精神疾患,視覚障害は互いにリスクを高める.まずうつ病の患者はC2型糖尿病を発症するリスクが高い1).その原因として,過体重,摂取カロリー高値であること,運動量が少ないこと,喫煙などの好ましくない生活習慣の傾向が考えられる.また,抑うつ症状は視床下部下垂体-副腎および交感神経副腎系の活性化および炎症の増加に関連しており11),炎症マーカーはC2型糖尿病の既知の危険因子である12)ことから,精神疾患自体がC2型糖尿病を発症させうると考える.一方CDRは高血糖,高血圧,腎症,貧血,高コレステロール血症など複数の不良な全身因子の影響を受けている7).DRの重症度およびそれに関連する視力低下の重症度は,心理社会的幸福の低下と有意に相関する13).これは視力低下に起因する日常生活,社会活動の喪失が原因である可能性や,網膜に障害があり光刺激を受けられないことで,睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が不足し睡眠障害を起こしやすくなるためという報告がある14).また,DR患者では視力低下以外に視野異常,色覚とコントラストの異常などもきたすため,これらがメンタルヘルスに悪影響を及ぼしている可能性も示唆されている13).本症例では内科,精神科へ診療を依頼し,密に連携をとりあったことで病状は安定した.他科との連携を早期よりとりながら診療にあたることが重要である.CIII結論若年発症のC2型糖尿病は重症化しやすく,若年者のCDRでは頻回な診察が必要である.視機能障害,精神疾患,全身因子は双方に影響しあっているため,他科との連携が重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GoldenCSH,CLazoCM,CCarnethonCMCetal:ExaminingCaCbidirectionalCassociationCbetweenCdepressiveCsymptomsCanddiabetes.JAMAC299:2751-2759,C20082)SmithKJ,BelandM,ClydeMetal:Associationofdiabe-teswithanxiety:asystematicreviewandmeta-analysis.JPsychosomResC74:89-99,C20133)SaadRJ,DanadianK,LawyVetal:InsulinresistanceofpubertyinAfrican-Americanchildren:lackofacompen-satoryincreaseininsulinsecretion.PediatricDiabetesC3:C49,C20024)内潟安子:若年発症C2型糖尿病の疫学・成因・病態・治療・合併症.東京女子医科大学雑誌81:154-161,C20115)岡野正:増殖糖尿病網膜症に対する後部硝子体.離と牽引の影響.眼紀38:143-152,C19876)臼井亜由美,清川正敏,木村至ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術治療と術後合併症.日眼会誌C115:516-522,C20117)森秀夫:33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例.あたらしい眼科30:1034-1038,C20138)KawasakiCR,CTanakaCS,CTanakaCSCetal:IncidenceCandCprogressionCofCdiabeticCretinopathyCinCJapaneseCadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsCStudy(JDCS)C.CDiabetologiaC54:C2288-2294,C20119)WilkinsonCCP,CFerrisCFL,CKleinCRECetal:ProposedCinter-nationalclinicaldiabeticretinopathyanddiabeticmacularedemadiseaseseverityscales.OphthalmologyC110:1677-1682,C200310)瓶井資弘,石垣泰,島田朗ほか:糖尿病網膜症診療ガイドライン(第C1版).日眼会誌124:955-981,C202011)MusselmanCDL,CBetanCE,CLarsenCHCetal:RelationshipCofCdepressiontodiabetestypes1and2:epidemiology,biolo-gy,andtreatment.BiolPsychiatryC54:317-329,C200312)DuncanCBB,CSchmidtCMI,CPankowCJSCetal:Low-gradeCsystemicin.ammationandthedevelopmentoftype2dia-betes:theatherosclerosisriskincommunitiesstudy.Dia-betesC52:1799-1805,C200313)KhooCK,CManCREK,CReesCGCetal:TheCrelationshipCbetweenCdiabeticCretinopathyCandCpsychosocialCfunction-ing:aCsystematicCreview.CQualCLifeCResC28:2017-2039,C201914)安藤伸朗:糖尿病網膜症患者さんの悩みを理解する心療眼科的アプローチ.眼科ケア11:1100-1105,C2009***