‘血管内皮増殖因子(VEGF)’ タグのついている投稿

カリジノゲナーゼによる糖尿病黄斑浮腫軽減効果の検討

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(89)1457《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1457?1459,2011cはじめにカリジノゲナーゼは,血漿中のキニノーゲンからキニンを遊離させ末梢血管を拡張させる作用を有し,眼科領域においては,網膜静脈閉塞症,糖尿病網膜症などの網脈絡膜循環改善を目的に使用されている.しかしカリジノゲナーゼに関して実際に眼科領域で臨床的な検討をした報告は少ない.一方Katoら1)は,ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットにおいて,カリジノゲナーゼは眼内液中の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)量を有意に低下させ,血管透過性が抑制されることを報告している.VEGFが糖尿病黄斑浮腫(diabeticmaculaedema:DME)の重要な悪化因子であり,抗VEGF抗体がDME治療に用いられていること2,3)から,今回筆者らは,カリジノゲナーゼによるDME軽減効果について検討したので報告する.I対象および方法対象は平成19年10月から平成21年11月の間に中心窩網膜厚が300μm以上のDMEを伴い,保存的療法での経過〔別刷請求先〕鈴木浩之:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:HiroyukiSuzuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-city,Osaka569-8686,JAPANカリジノゲナーゼによる糖尿病黄斑浮腫軽減効果の検討鈴木浩之石崎英介家久来啓吾佐藤孝樹南政宏池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ComparativeStudyofKallidinogenaseEfficacyinTreatingDiabeticMacularEdemaHiroyukiSuzuki,EisukeIshizaki,KeigoKakurai,TakakiSato,MasahiroMinamiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対するカリジノゲナ?ゼの有効性を,カリジノゲナーゼ投与群(以下,投与群)とカリジノゲナーゼ非投与群(以下,非投与群)で比較検討する.対象および方法:対象はDME28例33眼で,カリジノゲナーゼ150単位/日を3カ月間投与するカリジノゲナーゼ投与群(19例22眼)と非投与群(9例11眼)に割り付け,黄斑浮腫および視機能に対する効果を比較検討した.結果:OCTで評価した中心窩網膜厚は,投与群が489.7±25.1μmから448.0±26.0μmと有意に低下したが,非投与群は437.5±46.3μmから439.7±44.9μmと不変であった.投与群の中心窩網膜厚を初期値500μm以上の群と未満の群に分けて評価したところ,初期値500μm未満の群で有意な低下がみられた.結論:カリジノゲナーゼはDMEの中心窩網膜厚改善に有効である可能性が示唆された.Objective:Toperformacomparativestudyofkallidinogenaseefficacyintreatingdiabeticmacularedema(DME).SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved33eyesof28patientswithDMEwhoweredividedintothetreatmentgroup(19patients,22eyes),whichreceived150unitsofkallidinogenaseperdayfor3months,andthecontrolgroup(9patients,11eyes),whichdidnotreceivethedrug.Thetwogroupswerethencomparedastotheeffectofkallidinogenaseonmacularedemaandvisualacuity.Results:Evaluationbyopticalcoherencetomographyshowedthatfovealretinalthicknessdecreasedsignificantlyinthetreatmentgroup,from489.7±25.1μmto448.0±26.0μm,butremainedunchangedinthecontrolgroup.Anassessmentmadebydividingthetreatment-grouppatientsintotwosubgroups,onewithfoveal-retinal-thicknessbaselinevaluesof500μmorhigher,andonewithbaselinevalueslowerthan500μm,revealedsignificantreductioninfovealretinalthicknessinthelattersubgroup.Conclusions:TreatmentwithkallidinogenasemaybeeffectiveforimprovingfovealretinalthicknessinpatientswithDME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1457?1459,2011〕Keywords:カリジノゲナーゼ,糖尿病黄斑浮腫,網脈絡膜循環,血管内皮増殖因子(VEGF).kallidinogenase,diabeticmaculaedema(DME),fundusandretrobulbarbloodflow,vascularendothelialgrowthfactor(VEGF).1458あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(90)観察を希望した患者である.試験方法は,無治療あるいは血管強化剤かビタミン剤の内服のみで経過観察する群:カリジノゲナーゼ非投与群(以下,非投与群)と,カリジノゲナーゼ150単位/日を3カ月間投与する群:カリジノゲナーゼ投与群(以下,投与群)に割り付け,中心窩網膜厚の推移,およびlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力の推移を比較検討した.割り付けについてはカリジノゲナーゼ投与に関して十分な説明を行い,同意を得られた症例を投与群としたため,無作為試験ではない.また,非投与群と投与群の全身的な背景因子の比較は行っていない.中心窩網膜厚の測定にはZeiss社OCT3000を使用した.除外規定として,試験期間中,抗凝固剤,血小板凝集抑制剤,抗緑内障薬など,網脈絡膜循環や黄斑浮腫に影響を及ぼす可能性のある薬剤の追加や,服用法,服用量を変更した症例,透析導入となった症例,網膜光凝固後6カ月未満の症例,トリアムシノロンアセトニドの硝子体内注射やTenon?下注射後6カ月未満の症例,白内障手術などの内眼手術施行後6カ月未満の症例は除外した.対象症例は投与群,非投与群合わせて全30例で,経過中除外対象となった2例を除き,解析症例は28例33眼,投与群19例22眼,非投与群9例11眼である.患者背景を表1に示す.統計学的な検討は,中心窩網膜厚,logMAR視力の推移については対応のあるt検定を用い,投与群,非投与群の群間比較については対応のないt検定を用いて,p<0.05を有意とした.II結果投与前の中心窩網膜厚やlogMAR視力には,投与群と非投与群の間に統計学的な有意差を認めなかった(中心窩網膜厚p=0.282,logMAR視力p=0.33).中心窩網膜厚は投与群で投与開始時489.7±25.1μmから3カ月後に448.0±26.0μmと有意に低下した(p<0.01)が,非投与群では不変であった(図1).投与群の中心窩網膜厚を初期値が500μm以上の群(n=9)と未満の群(n=13)に分けて評価したところ,初期値500μm未満の群で有意な低下(p<0.01)がみられた(図2).投与群の中心窩網膜厚を黄斑浮腫のタイプ別に分けて評価したところ,Diffuse型(n=9),CME(cystoidmacularedema)型(n=11)で有意な低下(p<0.05)がみられた(図3).Diffuse型については中心窩網膜厚の変化量を投与群(n=9)と非投与群(n=6)で群間比較したところ,有意な差(p<0.05)がみられた(図4).LogMAR視力の推表1患者背景項目投与群非投与群性別男性:7例女性:12例男性:6例女性:3例平均年齢66.9±1.8歳66.1±1.5歳MEタイプ(眼数)CME:11眼Diffuse:9眼混合型:2眼CME:3眼Diffuse:6眼混合型:1眼SRD:1眼前治療(眼数)PRP:12眼Vitrectomy後:4眼IOL眼:2眼DirectPC:1眼TATenon?下注射後:1眼PRP:6眼IOL眼:1眼Vitrectomy後:2眼CME:cystoidmaculaedema,SRD:serousretinaldetachment,IOL:intraocularlens,PRP:panretinalphotocoagulation,TA:triamcinoloneacetonide.300400500600投与開始時3カ月後:投与群(n=22):非投与群(n=11)489.7±25.1437.5±46.3448.0±26.0439.7±44.9**Mean±SE**:p<0.01(対応のあるt検定)中心窩網膜厚(μm)図1中心窩網膜厚の推移**:Diffuse(n=9):CME(n=11):混合(n=2)575.5±25.5601.0±39.0492.4±33.2467.4±45.7449.7±29.8411.8±46.1Mean±SE*:p<0.05(対応のあるt検定)投与開始時3カ月後300400500600700中心窩網膜厚(μm)図3投与群での黄斑浮腫タイプ別の中心窩網膜厚の平均値推移555.0±33.0Mean±SE**:p<0.01(対応のあるt検定)300400500600700投与開始時3カ月後:500μm以上(n=9):500μm未満(n=13)598.8±31.6414.2±15.8373.8±19.5**中心窩網膜厚(μm)図2投与群での中心窩網膜厚の平均値推移(91)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111459移については,投与群で投与開始時0.53±0.06,3カ月後0.48±0.06,非投与群で0.42±0.09,3カ月後0.37±0.08であり,統計的な変動は認められなかった.投与期間中,カリジノゲナーゼによる副作用は認めなかった.III考按DMEは,糖尿病による網膜微小循環不全に伴う網膜虚血,低酸素状態が長期間続くことにより,VEGFなどのサイトカインが放出され,血管透過性が亢進することが原因の一つと考えられている.またNagaokaら4)は,脈絡膜血流量を測定するlaserDopplerflowmetryを用い,2型糖尿病患者,特にDMEを伴う症例では,中心窩の脈絡膜血流が低下していることを報告している.カリジノゲナーゼは,血漿中のキニノーゲンからキニンを遊離させて末梢血管を拡張させる作用により網脈絡膜循環を改善すると考えられており,実際に健常者や網膜静脈閉塞症での改善効果も報告されている5,6).今回の筆者らの研究でも,カリジノゲナーゼ投与群でDMEの中心窩網膜厚が改善したが,その機序の一つとして,網脈絡膜血流が改善したことにより二次的にVEGFなどのサイトカイン放出が抑制され,血管透過性が抑制されたことが原因として考えられた.またもう一つの機序として,カリジノゲナーゼの直接的な抗VEGF作用が考えられる.Katoら1)は,ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットを用いた実験で,カリジノゲナーゼが眼内液中のVEGF量を有意に低下させ,血管透過性が抑制されることを報告しているが,最近中村らは,2010年10月に開催された第30回日本眼薬理学会で,カリジノゲナーゼに直接的なVEGF切断作用がある可能性を報告している.カリジノゲナーゼがinvitro血管管腔形成抑制作用およびinvivoマウス網膜における異常血管新生抑制作用を有し,その作用はカリジノゲナーゼの血管内皮細胞に対する増殖および遊走抑制作用によることを示している.その作用機序としてVEGF切断によるVEGF受容体の活性化抑制作用を介している可能性を述べている.これらのようにカリジノゲナーゼによるDME改善効果には,まだ検討の余地は多いものの,複数の機序が関与していると考えられた.今回の筆者らの検討で,投与群において中心窩網膜厚の改善は認められたものの,logMAR視力に関しては改善が認められなかった原因として,投与後の中心窩網膜厚の減少が平均41.7μmであり,投与後もDMEが比較的高度に残存していたことが原因の一つと考えられた.ただし,DMEが改善しても視力が改善するにはしばらく時間がかかるとの報告があること7)や,今回のカリジノゲナーゼの投与期間が3カ月であり,さらに長期間の投与での変化も今後検討したい.中心窩網膜厚が500μm未満のカリジノゲナーゼ投与群において,有意な中心窩網膜厚の減少を認めたことから,軽度のDME症例に対してはまずカリジノゲナーゼを試みてもよいかもしれないと考えられるが,投与量や投与期間など,検討すべき課題は多い.今回の検討は無作為試験ではなく,投与前の全身因子の比較も行っていない.今後,これらを考慮した新たな検討を行いたいと考えている.文献1)NoriakiK,YunlongH,ZhenhuiLetal:Kallidinogenasenormalizesretinalvasopermeabilityinstreptozotocininduceddiabeticrats:Potentialrolesofvascularendothelialgrowthfactorandnitricoxide.EurJPharmacol606:187-190,20092)ChunninghamETJr,AdamisAP,AltaweelMetal;MacugenDiabeticRetinopathyStudyGroup:AphaseIIrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,anantivascularendothelialgrowthfactoraptamerfordiabeticmacularedema.Ophthalmology112:1747-1757,20053)ArevaloJF,Fromow-GuerraJ,Quiroz-MercadoHetal;Pan-AmericanCollaborativeRetinaStudyGroup:Primaryintravitrealbevacizumab(Avastin)fordiabeticmacularedema:resultfromthePan-AmerianCollaborativeRetinaStudyGroupat6-mouthfollow-up.Ophthalmology114:743-750,20074)NagaokaT,KitayaN,SugawaraRetal:Alterationofchoroidalcirculationinthefovealregioninpatientswithtype2diabetes.BrJOphthalmol88:1060-1063,20045)楊美玲,望月清文,丹波義明ほか:カリジノゲナーゼの網脈絡膜循環に及ぼす影響.あたらしい眼科17:1433-1436,20006)小林ルミ,森和彦,石橋健ほか:カリジノゲナーゼの網脈絡膜血流に及ぼす影響.臨眼57:885-888,20037)TerasakiH,KojimaT,NiwaHetal:Changesinfocalmacularelectroretinogramsandfovealthicknessaftervitrectomyfordiabeticmacularedema.InvestOphthalmolVisSci44:4465-4472,2003***-100-90-80-70-60-50-40-30-20-1001020304050投与開始時3カ月後:投与群(n=9):非投与群(n=6)17.3±20.6-55.7±20.9#Mean±SE#:p<0.05(対応のないt検定)中心窩網膜厚(μm)図4Diffuse型の中心窩網膜厚変化量の群間比較