《原著》あたらしい眼科42(8):1054.1057,2025c術後眼内炎との鑑別を要した未治療糖尿病患者における白内障術後早期の糖尿病虹彩炎の1例福田泰雅石田友香厚東隆志井上真杏林大学医学部眼科学教室CEarlyPostoperativeDiabeticIritisAfterCataractSurgeryinanUntreatedDiabeticPatientRequiringDi.erentiationfromPostoperativeEndophthalmitisYasumasaFukuda,TomokaIshida,TakashiKotoandMakotoInoueCDepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicineC白内障術後早期に眼内炎との鑑別を要した糖尿病虹彩炎の症例を経験した.症例はC45歳,男性.繰り返す両眼性の虹彩炎に対し加療歴があり,左眼白内障が進行したため前医で白内障手術が施行された.術後C3日目に霧視を訴え,術後眼内炎の疑いで当院へ紹介となった.初診時,左眼は視力(1.2),眼圧C15CmmHg,軽度の球結膜充血,角膜後面沈着物,前房蓄膿,フィブリン析出を認めた.硝子体混濁はなく,後極網膜に硬性白斑,耳側周辺部網膜に斑状出血を認めた.採血ではCHbA1c11.7%と高値であり,糖尿病治療は自己中断していた.経過より術後眼内炎ではなく糖尿病虹彩炎の再発と診断し,ステロイド点眼を強化して炎症所見は改善した.白内障手術後に虹彩炎が増悪すると,術後眼内炎と鑑別困難なことがある.虹彩炎の原因としてコントロール不良の糖尿病があり,白内障手術前の十分な血糖コントロールの必要性が示唆された.CWereportacaseofdiabeticiritisthatneededdi.erentiationfromendophthalmitisintheearlypostoperativephase.A45-year-oldmanwithahistoryofrecurrentbilateraliritisunderwentcataractsurgery.At3-dayspost-operative,heexperiencedfoggyvisionandwasreferredtoourhospitalduetoconcernsaboutendophthalmitis.Ini-tialCexaminationCshowedCaCbest-correctedCvisualCacuityCofC1.2CinChisCleftCeyeCandCanCintraocularCpressureCofC15CmmHg.CFindingsCincludedCmildCconjunctivalChyperemia,CkeraticCprecipitates,CpusCinCtheCanteriorCchamber,CandC.brinprecipitation.Notably,therewasnovitreousopacity,yettheretinaexhibitedhardexudatesanddothemor-rhages.CACbloodCtestCrevealedCanCelevatedCHbA1cClevelCof11.7%.CAfterCadministeringCtopicalCsteroids,CtheCin.ammationimproved.Hewasultimatelydiagnosedwithrecurrentdiabeticiritis,notendophthalmitis.Thiscasehighlightsthechallengesofdistinguishingtheseconditionspostcataractsurgery,andemphasizestheneedforglu-cosecontrolpriortotheprocedurebeingperformed.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)42(8):1054.1057,C2025〕Keywords:糖尿病虹彩炎,白内障手術,術後眼内炎.diabeticiritis,cataractsurgery,postoperativeendophthal-mitis.Cはじめに白内障術後の感染性眼内炎の特徴的な所見として角膜後面沈着物,前房蓄膿,前房フィブリン析出,Descemet膜皺襞などの虹彩炎所見や,硝子体混濁や網膜血管炎所見が知られている1.3).術後眼内炎を疑った場合は,失明を防ぐために早期の加療を行う必要がある1.3).術後眼内炎の鑑別診断としては,中毒性前眼部症候群(toxicCanteriorsegmentCsyndrome:TASS)を含む非感染性虹彩炎があげられる3,4).とくに糖尿病患者においては,まれであるが感染性眼内炎のように前房蓄膿や前房フィブリン形成を伴うことがあり3),糖尿病虹彩炎と感染性眼内炎との鑑別が困難となる.さらに,このような症例で糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)を有する場合には,網膜出血や白斑といった眼底所見も感染性眼内炎に類似するため,〔別刷請求先〕石田友香:〒181-8611東京都三鷹市新川C6-20-2杏林大学医学部眼科学教室Reprintrequests:TomokaIshida,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyorinUniversity,6-20-2Shinkawa,Mitaka-shi,Tokyo181-8611,JAPANC1054(120)0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(120)C10540910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1左眼の初診時所見a:前眼部細隙灯顕微鏡写真.軽度の球結膜の充血,前房細胞C3+,フレアC1+,角膜後面沈着物,前房蓄膿を認め瞳孔領にはフィブリンが析出していた.Cb:広角合成カラー眼底写真.硬性白斑,軟性白斑,網膜出血を認めた.c:Bモード超音波検査.硝子体混濁は認めなかった.鑑別がより困難となる.今回,筆者らは白内障術後眼内炎との鑑別を要した前房蓄膿を呈する糖尿病虹彩炎の症例を経験したので報告する.CI症例49歳,男性.手術中の合併症がなかった左眼白内障手術後C2日目より左眼の霧視が出現し,前医を受診した.術後眼内炎が疑われたため当科へ紹介となった.既往歴は,糖尿病(10年前に指摘,通院自己中断),両眼の単純CDR,詳細不明の繰り返す両虹彩炎であった.前医からC0.1%ベタメタゾン点眼C4回/日,0.5%モキシフロキサシン点眼C4回/日,ブロクフェナクナトリウム点眼C2回/日が処方されていた.初診時視力は右眼C0.5(0.7C×.5.25D(cyl.0.50DCAx170°),左眼C0.2(1.2C×IOL×.2.75D(cyl.1.50DAx5°).眼圧は右眼C19mmHg,左眼C15CmmHgであった.細隙灯顕微鏡所見では,右眼はCGrade2の核硬化度を有する白内障を認めた.左眼は眼内レンズ挿入眼であり,軽度の球結膜の充血,微塵状角膜後面沈着物,前房細胞C3+,フレアC1+,前房蓄膿,瞳孔領にはフィブリンの析出と,前部硝子体中にC1+の細胞がみられた(図1a).後.破損を含めた手術合併症の所見はなかった.両眼眼底に軟性白斑,硬性白斑,網膜出血を認めた(図1b).光干渉断層血管撮影(opticalcoherencetomographyangiography:OCTA)では両眼ともに周辺部に散在する無灌流域を認め,前増殖CDR(pre-proliferativeDR:prePDR)の状態であった.左眼のBモード超音波検査では硝子体腔に高輝度な硝子体混濁はみられなかった(図1c).採血検査では血算と白血球分画は正常,C反応性蛋白(C-reactiveprotein:CRP)はC0.01Cmg/dlと正常値であったが,血糖値がC320Cmg/dl,HbA1cがC11.9%と高値を認め,インスリン分泌能を示すCHOMA-bはC7.4%と低下,インスリン抵抗性を示すCHOMA-RはC4.6と上昇を認めた.腎機能はクレアチニンC0.77Cmg/dl,eGFR77.7ml/min,尿所見では尿糖がC4+,尿蛋白C2+,尿潜血C1+であった.鑑別として,TASS,術後感染性眼内炎,糖尿病虹彩炎が考えられた.本症例は両眼に虹彩炎の既往があったが,血糖コントロールが不良なために非感染性虹彩炎である糖尿病虹彩炎を再燃した可能性が高いと判断した.しかし,術後感染性眼内炎が完全には否定できなかったため,ステロイド点眼加療を強化し,増悪時は硝子体手術介入ができるように頻回に診察することとした.ベタメタゾン点眼液をC2時間おきに増量,瞳孔管理目的にトロピカミド・フェニレフリン塩酸塩をC1日C4回処方した.同時に内科による血糖コントロールも開始した.初診からC9時間後,矯正視力は(0.8),前房所見は細胞C3+,前房蓄膿は変化なかったが,フレアとフィブリンは改善傾向であった.眼底所見も著変認めなかった.初診からC3日目には矯正視力は(0.6),Descemet膜皺襞の増悪と虹彩後癒着が生じ(121)あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025C1055図2左眼の経過a,b:左眼の初診からC3日目の所見.Ca:前眼部細隙灯写真.初診時と比較し前房蓄膿が改善傾向となっていたが虹彩後癒着を認めた.b:広角合成カラー眼底写真.眼底所見は初診時と比較し,著変を認めなかった.Cc,d:左眼の初診からC7日目の所見.Cc:前眼部細隙灯写真.前房細胞がC±まで改善し,フィブリン析出,前房蓄膿は消失し,虹彩後癒着は残存していた.Cd:広角合成カラー眼底写真.初診時に比較し,軟性白斑(C.)が増加していた.Ce,f:左眼の初診からC3カ月の所見.Ce:前眼部細隙灯写真.炎症所見はすべて消失していたが虹彩後癒着は残存していた.Cf:広角合成カラー眼底写真.7日目に比較し,軟性白斑は不変であったが,網膜出血(.)の増加を認めた.ていたが,前房蓄膿は改善傾向となった(図2a).眼底所見も初診時と比較して著変を認めなかった(図2b).7日目には,前眼部所見は前房細胞C0.5+まで改善し,フィブリンと前房蓄膿は消失していたため,ベタメタゾン点眼をC1日C4回へ減量した(図2c).眼底は初診時と比較し軟性白斑が増加していた(図2d).術後3カ月時点では矯正視力は(1.2),前房内炎症所見はすべて消失したが虹彩後癒着の残存を認めた(図2e).眼底所見はC7日目時点と比較し,軟性白斑は不変であったが,網膜出血の増加を認めた(図2f).この時点でCHbA1cはC5.7%まで改善した.術後C4カ月でベタメサゾン点眼を中止したが術後C6カ月時点でも再燃なく経過している.なお,眼底所見は網膜出血が増加しCDRは悪化し,OCTAにて虚血範囲の増加がみられたため,DRは悪化していると判断し汎網膜光凝固を施行した.CII考按本症例は白内障術後早期に前房炎症を認め,糖尿病虹彩炎と感染性眼内炎やCTASSとの鑑別診断を要した.TASSは手術後C12.48時間以内に発症し,びまん性角膜浮腫,フィブリン析出,前房蓄膿の所見を認める急性の無菌性炎症反応であるC4.6).本症例の発症は術後C12.24時間が経過しているものの,角膜浮腫などの角膜所見に乏しいことからCTASSは否定的と考えた.また,感染性眼内炎における眼底所見では硝子体混濁や網膜血管の白線化,網膜出血,軟性白斑などが認められ1,2),DRの眼底所見では硬性白斑,軟性白斑,網膜斑状出血や点状出血が両眼性に認められる7.10).本症例では軟性白斑,網膜斑状出血がみられるものの,それらの所見は両眼性であること,点状出血や硬性白斑も伴うこと,硝子体混濁がみられないことから,感染性眼内炎による網膜血管炎というよりは,DRに伴う眼底所見である可能性が高いと考えられた.白内障術後眼内炎の所見は,既報では角膜後面沈着物,前房蓄膿,前房フィブリン,Descemet膜皺襞,硝子体混濁や網膜血管炎が報告されている1.3).白内障術後虹彩炎でもまれに前房蓄膿やフィブリン析出を示すことがあると報告されており,1,500例の白内障術後虹彩炎を検討したCMoham-madpourら3)の報告によると,2+以上の細胞を伴う虹彩炎はC1,500眼中C126眼で認められ,そのうちC8眼で前房蓄膿,48眼で前房フィブリン形成を認めたと報告している.Wata-nabeら11)の報告では,糖尿病患者のC1.6%で糖尿病虹彩炎がみられ,角膜後面沈着物,前房蓄膿,前房フィブリン形成を伴い,血糖コントロール不良患者に生じやすかった.本症例は血糖コントロール不良例であり,既往にあった原因不明の虹彩炎は,糖尿病虹彩炎であった可能性が高い.白内障手(122)術C2日後に生じた虹彩炎も血糖コントロール不良に伴う糖尿病虹彩炎の再燃であったと考えられ,術後の糖尿病虹彩炎の再燃を予防するためにも術前の血糖コントロールの重要性が示唆された.CSutoら12)は白内障術前の血糖コントロールの違いによる術後CDRの悪化率に有意差はなかったことを報告している.しかし,糖尿病の血糖コントロールが不良な場合,有意に術後感染のリスクが上がることが報告されている13,14).術後感染のリスクを減らすという意味においても,術前の血糖コントロールは重要であると考えられる.また,本症例では当院での内科による血糖コントロール開始後よりCDRが増悪している.中等.重度のCprePDRの症例では急速な血糖コントロールにより,優位にCDRが悪化したことが報告されている12).この現象はCEarlyworseningofdiabeticretinopathy(EWDR)とよばれており,血糖コントロールが急激に改善した後C3.6カ月以内に患者のC10.20%に発生するとされている15).本症例でのCDRの悪化は,術後炎症のほかに急速な血糖コントロールに起因するCEWDRをみていたものと思われる.これらのことを考慮すると,本症例のような虹彩炎の既往もあり,prePDRを有するような血糖コントロール不良例においては,術後虹彩炎の再燃や,DRの悪化,感染のリスクを下げることを念頭に入れ,術前血糖コントロールは穏やかに行い,血糖コントロールが十分になされた後に白内障手術を行うことが重要であることが示唆された.CIII結論今回,白内障術後早期に,感染性眼内炎やCTASSとの鑑別に苦慮した糖尿病虹彩炎を有する症例を経験した.糖尿病患者では白内障手術前に血糖コントロールを行うことが重要であり,とくに糖尿病虹彩炎の既往がある血糖コントロール不良例については白内障術後の高度な虹彩炎に注意を要する必要性が示唆された.利益相反・福田泰雅なし・石田友香なし・厚東隆志[F]AlconJapanLtd.ClassIV[R]SantenCPharmaceuticalCCo.,CLtd.,CBayerCYakuhinCLtd.(Japan)C,CNovartisCPharmaKK(Japan)C,CKowaCCo.,CLtd.,CSenjuCPharmaceuticalCCo.,CLtd.,CAMOCInc.,CAlconCJapanCLtd.,CChugaiCPharmaceuticalCCO.,CLTD.,CBayerCYakuhin,CLtd,River.eldInc.,RohtoNittenCo.,Ltd.ClassII・井上真[F]AlconJapanLtd.,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.Class(123)IV[R]AlconCJapanCLtd.,CSantenCPharmaceuticalCCo.,CLtd.NovartisPharmaKK(Japan)C,SenjuPharmaceuticalCo.,Ltd.,CBayerCYakuhin,CLtd,CBayerCYakuhin,CLtd.,CHOYACCorporation,CCarlCZeissCMeditec.,CAMOCInc.,CKowaCCo.,CLtd.,LogicAndDesignInc.ClassII文献1)井上真:白内障術後眼内炎.臨眼75:168-172,C20212)MichaelSK,AlessandroAC,MarcoAZetal:Endophthal-mitis.SurvOphthalmolC43:193-224,C19983)MohammadpourCM,CJafarinasabCMR,CJavadiCMACetal:COutcomesCofCacuteCpostoperativeCin.ammationCafterCcata-ractsurgery.EurJOphthalmolC17:20-28,C20074)ServetC,ZeynepD,HusamettinAetal:Toxicanterior-segmentsyndrome(TASS)C.CClinCOphthalmolC8:2065-2069,C20145)MoshirfarM,WhiteheadG,BeutlerBCetal:Toxicante-riorsegmentsyndromeafterVerisyseiris-supportedpha-kicCintraocularClensCimplantation.CJCCataractCRefractCSurgC32:1233-1237,C20066)BodnarZ,ClouserS,MamalisN:Toxicanteriorsegmentsyndrome:updateConCtheCmostCcommonCcauses.CJCCata-ractRefractSurgC38:1902-1910,C20127)PortaCM,CBandelloF:DiabeticCretinopathy.CDiabetologiaC45:1617-1634,C20028)RamandeepCS,CKimCR,CChandranCACetal:DiabeticCreti-nopathy:AnCupdate.CIndianCJCOphthalmolC56:179-188,C20089)WilkinsonCCP,CFrederickCLFCIII,CRonaldCEKCetal:ProC-posedCinternationalCclinicalCdiabeticCretinopathyCandCdia-beticmacularedemadiseaseseverityscales.Ophthalmolo-gyC110:1677-1682,C200310)RajvardhanCA,CSonyCS,CPrateekN:AsymmetricCdiabeticCretinopathy.IndianJOphthalmolC69:3026-3034,C202111)WatanabeCT,CKeinoCH,CNakayamaCKCetal:ClinicalCfea-turesofpatientswithdiabeticanterioruveitis.BrJOph-thalmolC103:78-82,C201912)SutoC,HoriS,KatoSetal:E.ectofperioperativeglyce-micCcontrolCinCprogressionCofCdiabeticCretinopathyCandCmaculopathy.ArchOphthalmolC124:38-45,C200613)WongCTY,CCheeSP:TheCepidemiologyCofCacuteCendo-phthalmitisaftercataractsurgeryinanAsianpopulation.OphthalmologyC111:699-705,C200414)NagakiCY,CHayasakaCS,CKadoiCCCetal:BacterialCendo-phthalmitisaftersmall-incisioncataractsurgery:e.ectofincisionCplacementCandCintraocularClensCtype.CJCCataractCRefractSurgC29:20-26,C200315)FeldmanBS,LargerE,MassinP:Earlyworseningofdia-beticCretinopathyCafterCrapidCimprovementCofCbloodCglu-cosecontrolinpatientswithdiabetes.DiabetesMetabC44:C4-14,C2018あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025C1057