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視神経鞘髄膜腫に対し強度変調放射線療法が著効した1例

2014年12月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科31(12):1885.1888,2014c視神経鞘髄膜腫に対し強度変調放射線療法が著効した1例柏木孝夫三村治兵庫医科大学病院眼科Intensity-ModulatedRadiationTherapyforOpticNerveSheathMeningioma:ACaseReportTakaoKashiwagiandOsamuMimuraDepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine53歳の女性.緩徐に進行する右眼視力低下で来院した.右眼視力は矯正0.6,Humphrey視野のMD(平均偏差)値で.16dBの低下と右視神経乳頭耳側蒼白を認め,giantcellarteritisGCAでも軽度の菲薄化を認めた.MRI(磁気共鳴画像)で右視神経鞘髄膜腫と診断し,強度変調放射線療法を行ったところ,GCAの菲薄化の進行にもかかわらず視力も視野も正常まで回復した.強度変調放射線療法は視神経鞘髄膜腫の進行停止だけでなく視機能回復にも有効である.Wereportacaseofopticnervesheathmeningiomatreatedbyintensity-modulatedradiationtherapy(IMRT).A53-year-oldfemalepresentedcomplainingofaslowly-progressingvisualdisturbanceinherrighteye.Ophthalmoscopicexaminationrevealedtemporalpalloroftherightopticdisc,andexaminationbyopticalcoherencetomographyrevealedslightthinningofthegiantcellarteritis(GCA)intherighteye.Magneticresonanceimagingrevealedopticnervesheathmeningioma(ONSM)ofthepatient’srightopticnerve,andshesubsequentlyunderwentIMRT.PostIMRT,thethinningoftheGCAslightlyincreased,butherright-eyevisualacuityandmaculardegenerationvaluerecoveredtonormal.IMRTwasfoundtobeeffectivefornotonlyslowingtheprogressionofONSM,butalsofortherecoveryofvisualfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(12):1885.1888,2014〕Keywords:視神経鞘髄膜腫,強度変調放射線療法,光干渉断層計.opticnervesheathmeningioma,intensitymodulatedradiationtherapy,OCT.はじめに視神経鞘髄膜腫(opticnervesheathmeningioma:ONSM)は,以前は視力・視野障害が現れてから初めて眼科を受診することが多く,進行性視力障害,視神経乳頭蒼白,乳頭毛様短絡血管(optociliaryshuntvessels)が本症の特徴的な三徴(Hoyt-Spencer徴候)とされていた1).しかし,最近では画像診断の進歩とともに健診や眼底検査で早期のONSMが発見されるようになり,それとともに放射線治療も進歩し,以前は経過観察だけであった早期患者に対しても放射線治療の道が拓けつつある2).今回,1年に及ぶ緩徐な片眼の視力低下で受診し,Humphrey視野のMD(平均偏差)値で.16dBの感度低下と光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)のganglioncellcomplex(GCC)の菲薄化が認められたONSM症例に対して,強度変調放射線療法(intensitymodulatedradiationtherapy:IMRT)を行ったところGCC菲薄化の進行にもかかわらず視力・視野の改善がみられた症例を経験したので報告する.I症例患者:53歳,女性.主訴:右眼視力低下.経過:約1年前からの右眼視力低下で近医受診するも原因不明のため,精査目的で2013年12月9日当科を紹介受診した.現症:視力はVD=0.6(0.6×sph+0.50D),VS=1.2(矯〔別刷請求先〕柏木孝夫:〒663-8501兵庫県西宮市武庫川町1番1号兵庫医科大学病院眼科Reprintrequests:TakaoKashiwagiM.D.,DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,1-1Mukogawa-cyou,Nishinomiyacity,Hyogo663-8501,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(147)1885 図1初診時眼底写真右眼視神経乳頭の軽度耳側蒼白を認める.図2初診時右眼Humphrey視野耳側を中心に求心性狭窄様の視野変化を認める.図3初診時OCT(GCA)右眼GCC厚は左眼に比べて平均10μm菲薄化している.正不能),右眼相対性求心路瞳孔異常(RAPD)陽性,眼圧は正常,眼球運動制限なく,眼球突出度は右眼21mm,左眼18mmであった.眼底では左眼は正常であったが,右眼の視神経乳頭の境界は鮮明であったが,耳側に軽度の蒼白化を認めた(図1).Humphrey視野検査30-2プログラムにて右眼に著明な求心性狭窄を認め(図2),MD値は.16.18dBであった.左眼は特に異常を認めずMDも.0.12dBであった.OCTにてGCC厚は右眼で左眼と比し平均10μmの軽度の菲薄化を認めた(図3).経過:右眼の軽度眼球突出,緩徐進行性の視力・視野障害から,ONSMや眼窩内腫瘍による圧迫性視神経症を疑い,頭部造影MRI(磁気共鳴画像)検査を施行した.MRIの結果では,右眼窩内に右視神経鞘を含む長径9mm大の腫瘍性病変を認め,周囲への浸潤は認めなかった.T1強調像では筋肉と等信号,STIRで高信号を呈し,造影剤で増強効果を認めONSMを疑う所見(図4)であった.視機能が非常に緩徐ではあるが進行性に悪化していることから,放射線治療の適応と考え,近医放射線科に治療を依頼した.2014年1月30日から3月13日まで,同放射線科にて右ONSMに対しIMRT(Novalis6MV)を用い,線量1.80Gy/回を計30回の総線量54Gy照射を行った.IMRT治療中である2月27日,右眼矯正視力は1.0に,右眼Humphrey視野検査にてMD値も.1.90dB(図5)まで回復し,RAPDは陰性化した.また,4月17日IMRT治療効果判定のため頭部造影MRI検査(図6)を行い,右ONSMの大きさに変化がないことを確認できた.6月12日現在,VD=(1.0×sph+0.50D),右眼Humphrey視野検査にてMD+0.04dBの視機能を維持している.一方で,OCT検査におけるGCC厚は右眼平均20μmの菲薄化に至り(図7),視機能とGCC厚の相関は認められなかった.II考按ONSMは,視神経鞘の硬膜から発生し,全眼窩腫瘍の約2%,全髄膜腫の1.2%を占める比較的稀な良性腫瘍で中年女性に多い3).眼科を受診する契機は視神経を取り巻く視神経鞘への腫瘍の進展のための圧迫性視神経症であり,眼症状1886あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(148) 図5終診時右眼Humphrey視野右眼耳側の感度の低下は消失している.図4頭部MRI冠状断のT1強調像(上段)およびSTIR法(中段)で右視神経の拡大,冠状断の造影(下段)MRIで高度の増強効果が認められる.図6IMRT後の頭部MRI冠状断の造影MRIで右ONSMの大きさは変化がない.図7終診時OCT(GCA)右眼のGCC厚は左眼に比し,さらに平均20μmの菲薄化を認める.としては視力・視野障害,ときに眼球突出,眼球運動障害,眼痛4)などを訴える.治療は,1990年以前は“waitandsee”といわれるように経過観察が原則で,患側眼が完全失明するか視交叉(反対眼)に及びそうになって初めて脳外科的な手術が行われた.これは観血的に全摘を行うと,たとえ視神経を温存しても網膜中心動脈閉塞などによる重篤な視力・視野障害をきたし,失明に至ることが多いためであった5).しかし,現在では放射線治療技術が飛躍的に進歩し,(149)健常組織への照射を最低限にしつつ視神経周囲に限局的な分割照射を行うことで,視機能の維持のみならず改善までが得られることが明らかになってきた.この放射線治療としては,照射野をコンピュータ制御で行う3次元分割放射線治療(hyperfractionatedradiationtherapy:HFRT),あるいは定位放射線治療(stereotacticradiotherapy:SRT)が一般的である.これら放射線治療の侵襲性を示す晩期合併症は,放射線網膜症,硝子体出血,視神経症,放射線白内障などでああたらしい眼科Vol.31,No.12,20141887 るが,その頻度は外科手術や経過観察よりもはるかに低く,SRTの有用性を否定するものにはならない5).最近ではさらなる低侵襲をめざし,画像誘導下分割照射でより複雑な形状の病変に対して行われるIMRT6)が普及しつつある.このIMRTの利点としては,照射野を腫瘍の複雑な形状に合わせることができるために,線量分布が均一となり腫瘍に対して均一にダメージを与えることができ,周囲の正常組織への線量を最小限にとどめ副作用を極力減らすことができる.一方,OCTでは黄斑部網膜内層の神経節複合体をGCC厚として解析することができる.今回のGCC厚の変化は,ONSMによる圧迫性視神経症のため網膜神経節細胞が逆行性変性をきたし,GCC厚の菲薄化として認められたものと思われる.今回経験した症例においては,IMRT後にOCT検査にて健常眼と比べて平均10.20μmとGCC厚のさらに進行性の菲薄化を認めながらも,視機能の維持のみならず視力・視野の正常化にまで至った.このことは,ONSMに対しIMRTが有用であるとする三村らの報告2)と,GCC厚は視機能を直接に反映しているわけではないとする山下らの報告7)と同様であった.また,IMRT後の頭部造影MRI検査で,ONSMの大きさや性状に変化がないにもかかわらず視機能が改善したことは,圧迫性視神経障害をもたらした腫瘍の軟化や浮腫が改善したことにより軸索輸送や循環障害が改善したためと推察される.この結果から,眼科医が患者に対しONSMの診断を下した場合,いたずらに視機能の進行性の悪化を待つのではなく,たとえGCC厚の菲薄化が認められたとしても積極的に放射線治療医に紹介することが求められると考える.文献1)Muci-MendozaR,ArevaloJF,RamellaMetal:Optociliaryveinsinopticnervesheathmeningioma.Ophthalmology106:311-318,19992)三村治,林綾子:視神経髄膜腫.眼科55:685-692,20133)EddlemanCS,LiuJK:Opticnervesheathmeningioma:currentdiagnosisandtreatment.NeurosurgFocus23:E4,20074)LandertM,BaumertBG,BoschMMetal:Thevisualimpactoffractionatedstereotacticconformalradiotherapyonseveneyeswithopticnervesheathmeningiomas.JNeuroopthalmol25:86-91,20055)白根礼造,渡辺孝男,鈴木二郎:視神経髄膜腫5例の検討.日外会誌22:739-743,19826)MacleanJ,FershtN,BremnerFetal:Meningiomacausingvisualimpairment:outcomesandtoxicityafterintensitymodulatedradiationtherapy.IntJRadiatOncolBiolPhys85:e179-186,20137)山下力,三木淳司:半盲.眼科55:933-942,2013***1888あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(150)

視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ治療後に僚眼に視神経炎が生じた1例

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1551.1554,2014c視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ治療後に僚眼に視神経炎が生じた1例今村麻佑溝部惠子多田香織大塚斎史佐々木美帆澁井洋文京都第二赤十字病院眼科CaseReportofRightOpticNeuritisafterStereotacticRadiosurgeryforLeftOpticNerveMeningiomaMayuImamura,KeikoMizobe,KaoriTada,YoshifumiOhtsuka,MihoSasakiandHirofumiShibuiDepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital目的:左眼視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ治療施行後に,照射部位から離れた右眼に視神経炎が生じた1例を経験したので報告する.症例:54歳,女性.左眼は視神経鞘髄膜腫によりすでに完全失明していた.脳神経外科にて左眼視神経鞘髄膜腫摘出術が施行され,その4カ月後に残存腫瘍に対するガンマナイフ治療が施行された.施行10日後から右眼の急激な視力低下を自覚し当科を受診した.右眼は矯正視力0.05,限界フリッカ値14Hzに低下し,視野検査では中心暗点を視神経乳頭には蒼白腫脹を認め,頭部造影MRI(磁気共鳴画像)にて視神経および周囲に高信号を示した.右眼の視神経炎と診断しステロイドパルス治療を開始した.治療開始後速やかに右眼の諸所見は正常化した.結論:副作用が少ないと考えられているガンマナイフ治療だが,急性で重篤な神経障害が直接照射に限らず発症しうることに留意が必要であると考えられた.Wereportacaseofopticneuritisintherighteyeaftergammaknifestereotacticradiosurgeryforleftopticnervemeningioma.Case:A54-year-oldfemale,withnosightinherlefteyebecauseofleftopticnervemeningioma,visitedourclinicforacutevisuallossinherrighteyeaftergammaknifesurgeryforthemeningioma.Findings:Herrighteyeshowedlargereductionincorrectedvisualacuity,centralscotomaandpallidswellingintheopticdisk.Enhancedmagneticresonanceimagingdetectedhighsignalsattherightopticnerveandsurroundingarea.Systemicpulsatileadministrationofcorticosteroidledtorapidrecoveryofvisioninherrighteye.Conclusion:Itisimportanttopayattentiontotheriskofsevereneuropathyduetoindirect,aswellasdirect,irradiationfromgammakniferadiosurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1551.1554,2014〕Keywords:視神経炎,視神経鞘髄膜腫,ガンマナイフ,定位的放射線手術.opticneuritis,opticnervemeningioma,gammaknife,stereotacticradiosurgery.はじめに脳腫瘍の治療として近年盛んに行われるようになった定位的放射線手術治療におけるガンマナイフ治療は,正常な周囲の脳組織を傷つけずに病変のみの根治が可能であることから,開頭手術と比べて低侵襲で治療効果も高く従来の放射線治療と比して副作用が少ないことで知られている1).しかし,最近ガンマナイフ治療による副作用の報告も認められるようになった2.6).今回筆者らは,左視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ施行後に,右眼に視神経炎が生じた1例を経験した.本症例では,ガンマナイフの照射範囲から離れた部位に障害が生じたこと,生じた部位が唯一眼である僚眼であったこと,などのこれまでの報告にはなかった特徴を有したため今回報告する.I症例患者:54歳,女性.〔別刷請求先〕今村麻佑:〒602-8026京都市上京区釜座通り丸太町上ル春帯町355-5京都第二赤十字病院眼科Reprintrequests:MayuImamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital,355-5Haruobicho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8026,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(129)1551 主訴:右眼視力低下.現病歴:2012年12月末頃から左眼視力低下を自覚し近医受診.視神経乳頭浮腫を認めたため当院脳神経外科へ2013年2月に紹介され受診.頭部MRI(磁気共鳴画像)にて左前床突起部に11mm程度の腫瘍性病変および左視神経のびまん性肥厚(図1)が認められた.脳神経外科から当科紹介受診した結果,左眼視力は眼前手動弁で,左眼に相対的瞳孔求心路障害(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)および視神経乳頭の腫脹を認めた.右眼視神経乳頭には異常を認めず,矯正視力は(1.5)であった.2013年2月に脳神経外科にて脳腫瘍摘出術および左眼視神経管開放術が施行された.病理診断の結果は左眼の視神経鞘髄膜腫であった.術後の2013年3月に当科を受診したが,左眼視力は0で左眼の視神経乳頭は境界がやや不整で色調は蒼白であった.右眼視神経乳頭は正常で矯正視力は(2.0),視野にも異常を認めなかった.その後脳腫瘍の残存が認められたため,2013年6月に左眼視神経鞘髄膜腫に対してガンマナイフ治療(左眼視神経管周囲の残存腫瘍に対し最大線量16Gy,視神経への最大線量8Gy)を他院にて施行された.ガンマナイフ施行10日後から僚眼(右眼)に急激な視力低下を自覚し,施行15日後に当科受診となった.既往歴:5年前に乳癌手術(右乳房切除術).2012年より糖尿病発症(インスリン投与開始).受診時所見:右眼視力は0.05(矯正不能),左眼視力は0.図1頭部造影MRI所見上段は冠状断を,下段は軸位断を示す.上段に左前床突起部に11mm程度の腫瘍性病変(白矢印)を,下段に左眼の視神経のびまん性肥厚(白矢印)を認めた.RAPDは左眼で陽性で眼痛はなかった.限界フリッカ値(以下,CFF値)は右眼14Hz,左眼は測定不能であった.前眼部,中間透光体および眼圧には両眼とも異常を認めなかった.眼底検査では右眼視神経乳頭蒼白腫脹(図2),左眼視神経乳頭完全萎縮を認めた.Goldmann視野検査では,右眼に中心暗点が認められた(図3).精査のため脳神経外科入院となった.入院後の所見:頭部の造影MRIにて右眼の視神経と視神経周囲に造影効果を有する高信号を,また左眼の視神経周囲に残存腫瘍を認めた(図4).頭蓋内に脱髄巣は認めなかった.血液・生化学検査では,血糖値とHbA1Cがそれぞれ145mg/dlと8.8%で高値を認めたものの,その他はすべて正常範囲内であった.CRP(C反応性蛋白)も正常で炎症反応に乏しく,抗核抗体・IgG4や抗アクアポリン4抗体を含む自己抗体も正常範囲内であった.髄液検査では糖が高濃度(100mg/dl)であったが,細胞数,蛋白,オリゴクローナルバンドやミエリン塩基性蛋白などは正常範囲であった.治療・経過:臨床症状,検査所見から右眼視神経周囲炎を伴う視神経炎と診断し,入院翌日よりステロイドパルス療法を開始した.ステロイドパルスはメチルプレドニゾロン1,000mgの点滴投与を3日間行い,その後はステロイド内服での維持療法に移行した.治療開始後3日目には,右眼の矯正視力は(1.5),CFF値20Hzと著明に改善し,治療開始後5日目には右眼の視神経乳頭は蒼白腫脹が消失し境界鮮明となり色調は正常化した.同日施行したGoldmann視野検査では中心暗点は消失し正常視野に戻った.維持療法はメチルプレドニゾロン40mgを5日間,30mgを10日間,20mgを7日間,15mgを13日間,10mgを15日間,5mg図2眼底写真右眼視力低下を自覚し受診したときの右眼の眼底写真を示す.視神経乳頭の蒼白腫脹を認めた.1552あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(130) 図3Goldmann視野検査右眼視力低下を自覚し受診したときの右眼のGoldmann視野検査を示す.右眼の中心暗点(斜線部分)を認めた.左眼視野は測定不可.図5右眼視力回復後の眼底写真発症後6カ月経過したときの右眼眼底写真を示す.右眼矯正視力は(1.5)と安定し,視神経乳頭の蒼白腫脹は著明に改善した.を14日間と漸減し,ステロイド内服を終了した.ステロイド内服終了時の右眼視力は1.2(矯正不能),CFFは31Hzであった.発症後6カ月経過した時点での頭部造影MRIにて右眼の視神経と視神経周囲の高信号は消失し,右眼視力は1.5(矯正不能),CFFは28Hzで,右眼視神経乳頭所見(図5)も安定している.II考按1.視神経炎の診断と原因について本症例は,左眼視神経鞘髄膜腫治療中に右眼の急激な視力低下を示した.右眼には視神経乳頭の蒼白浮腫,CFF値の著明な低下と視野での中心暗点が認められた.原因として(131)図4頭部造影MRI所見上段は冠状断を,下段は軸位断を示す.右眼の視神経と視神経周囲に高信号(白矢印)を,左眼の視神経周囲に残存腫瘍(星印)を認めた.は,右眼への腫瘍の進展,虚血性視神経症,視神経炎などが考えられたが,脳神経外科での精査の結果,腫瘍の右眼への進展は否定された.造影MRIで視神経および視神経周囲に高信号を認め,視野検査では中心暗点を示し,ステロイド治療が著効を示したことなどから,虚血性視神経症は否定的で,視神経炎と診断した.視神経炎の原因としては,多発性硬化症,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎,SLEなどの自己免疫疾患および,ガンマナイフ照射による炎症の波及などが考えられたが,本症例では,血液・免疫生化学的検査にて高血糖以外に異常値を認めず,脳脊髄液検査にてオリゴクローナルバンドやミエリン塩基性蛋白などについての異常を認めず,頭部MRIにても脱髄性病変を認めなかった.以上より本症例の原因は,多発性硬化症,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎や自己免疫疾患などは否定的で,ガンマナイフ照射後2週間で発症した経緯からガンマナイフ照射が考えられた.2.ガンマナイフ治療と視神経障害についてガンマナイフ治療とは,201個のコバルトが線源となり,それぞれから放出されたg線が腫瘍細胞への栄養血管の内皮細胞をターゲットに血管閉塞を惹起し,周囲正常脳組織を傷つけることなく腫瘍の壊死を起こすことで脳内小病変を治療する低侵襲な治療法である1).従来の放射線治療と異なり,正常脳神経組織をほとんど障害せず,副作用のきわめて少ない安全な治療と考えられている.しかし,近年ガンマナイフあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141553 による急性の副作用報告が注目されはじめた2.6).ガンマナイフ照射後2週間以内に28%の割合で軽症の頭痛,てんかん発作,嘔気,めまいなどの急性副作用が生じたという報告があるが2),急性の神経障害については聴神経鞘腫に対するガンマナイフ照射後24時間以内に難治の難聴が出現した症例5)や,照射3日後に難聴や顔面神経麻痺を呈しステロイド全身投与が有効であった症例の報告6)がある.一方で,放射線治療による神経障害は照射後半年から数年の晩期に発症し障害は高度で非可逆的であることが知られている.なかでも,放射線視神経症は照射後1年半程度経過してから出現することが多く,視力低下は急激かつ高度で,ステロイド全身投与や高濃度酸素療法,抗凝固療法などを施行しても視機能の予後は不良といわれている7).本症例ではステロイドパルス治療が奏効したが,ガンマナイフ照射後の急性視神経障害に対してのステロイドパルス治療は効果的であった症例の報告8)もある一方で,ステロイドパルス治療が効果的でなかった症例の報告3,5)もあり,ステロイドパルス療法の効果は明確ではない.また,本症例でのガンマナイフ治療は左眼視神経管周囲に照射されたが,照射部位との距離は比較的近くではあったものの右眼視神経は照射部位から離れており,直接照射はされていなかった.ステロイドパルス治療に対する反応性と直接照射部位ではなかったことなどから,本症例のガンマナイフ治療による急性の神経障害は,いわゆる放射線の直接障害による放射線性壊死とは異なる機序で生じたと推察された.ガンマナイフ治療による急性の神経障害の機序としては,循環障害による急性の浮腫や炎症,フリーラジカルなどが考えられているが,現在のところ明確な見解はない.本症例では,左眼視神経の残存腫瘍に照射したガンマナイフにより何らかの炎症が生じ,視交叉クモ膜炎をきたした結果,照射部位とは異なる右眼の視神経周囲と視神経に炎症が波及したものと推測された.また本患者は糖尿病の既往があり,血管透過性が亢進した状態にあったことも炎症を惹起した一因と考えられた.III結論視神経に対する推奨の最大線量は10Gy以下とされているが9),本症例に対するガンマナイフの治療は視神経への最大線量8Gyで施行されており,残存腫瘍に対する治療線量としては妥当であった.また,今回の症例では照射しなかった僚眼へ視神経炎が発症した.これらのことから,適切な線量で施行されたガンマナイフ治療でも照射部位から離れた視神経への障害を併発しうることが本症例により示された.副作用のきわめて少ない安全な治療とされているガンマナイフ治療だが,適切な治療計画に基づいていても急性の神経障害を引き起こす可能性があることに十分留意する必要がある.文献1)林基弘,RegisJ,PorcheronDほか:治療計画.高倉公朋(編):脳神経外科AdvancedPractice第1巻,p2-13,メジカルビュー社,20002)Werner-WasikM,RudolerS,PrestonPEetal:Immediatesideeffectsofstereotacticradiotherapyandradiosurgery.IntJRadiatOncolBiolPhys43:299-304,19993)TagoM,TeraharaA,NakagawaKetal:Immediateneurologicaldeteriorationaftergammakniferadiosurgeryforacousticneuroma.Casereport.JNeurosurg93(Suppl3):78-81,20004)StGeorgeEJ,KudhailJ,PerksJetal:Acutesymptomsaftergammakniferadiosurgery.JNeurosurg97(Suppl5):631-634,20025)ChangSD,PoenJ,HancockSLetal:Acutehearinglossfollowingfractionatedstereotacticradiosurgeryforacousticneuroma.Reportoftwocases.JNerosurg89:321-325,19986)PollackAG,MarymontMH,KalapurakalJAetal:Acuteneurologicalcomplicationsfollowinggammaknifesurgeryforvestibularschwannoma.CasesReport.JNeurosurg103:546-551,20057)Danesh-MeyerHV:Radiation-inducedopticneuropathy.JClinNeurosci15:95-100,20088)細田淳英,水野谷智,阿部秀樹ほか:再発下垂体腫瘍へのガンマナイフ治療後に視神経炎を生じた一例.臨眼62:479-482,20089)LeberKA,BergloffJ,PendlG:Dose-responsetoleranceofthevisualpathwaysandcranialnervesofthecavernoussinustosterotacticradiosurgery.JNerosurg88:43-50,1998***1554あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(132)