‘角膜電極’ タグのついている投稿

皮膚電極を用いた網膜電図で確定診断を得た杆体一色覚の1症例

2013年3月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科30(3):409.413,2013c皮膚電極を用いた網膜電図で確定診断を得た杆体一色覚の1症例松永美絵*1貝田智子*1花谷淳子*2中村ヤス子*2宮田和典*1*1宮田眼科病院*2鹿児島宮田眼科ACaseofRodMonochromatismDiagnosedbyElectroretinogramUsingSkinElectrodesMieMatsunaga1),TomokoKaida1),JunkoHanaya2),YasukoNakamura2)andKazunoriMiyata1)1)MiyataEyeHospital,2)KagoshimaMiyataEyeClinic目的:皮膚電極を用いた網膜電図(electroretinogram:ERG)が幼児の杆体一色覚の診断に有用であった症例を報告する.症例:3歳,女児.生後3カ月頃眼振を認め,精査目的にて当院受診.初診時,眼振や遠視を認めたが他に異常所見はみられなかった.1歳3カ月時には昼盲がみられ,3歳時では両眼開放下にて矯正視力は0.2であった.原因不明の弱視のため視覚誘発反応測定装置LE-4000(TOMEY)を用いて皮膚電極ERGを行った.結果:皮膚電極ERGでは杆体応答のみ得られ,錐体応答は消失していた.患児は低視力,眼振,羞明を認めることと皮膚電極ERGの結果から杆体一色覚と診断した.結論:角膜電極が使用困難な幼児に対し,皮膚電極ERGは早期に網膜機能を評価し診断に至ることが可能であった.Wereportacaseinwhichelectroretinogram(ERG)usingskinelectrodeswasusefulfordiagnosisrodmonochromatismofchildhood.Thepatient,a-3-year-oldfemaleinwhomnystagmuswasdiagnosedataround3monthsofage,wasreferredtoourhospitalforathoroughexamination.Weconfirmednystagmusandhypermetropia,butatthetimeofthefirstmedicalexamination,nootherabnormalfindingswereobserved.Dayblindnesswassometimesseenfor1yearoldthreemonths;atage3,correctedvisualacuitywas0.2inbotheyes.Foramblyopiaofunknowncause,weperformedskinelectrodeERGusinganLE-4000(TOMEY).ResponsecouldonlybeobtainedinrodERG;coneresponsehaddisappeared.ThepatientwasdiagnosedwithrodmonochromatismbasedontheERGresults,lowvision,nystagmusandphotophobia.Forcornealelectrodeusingadifficultchild,skinelectrodeERGcanleadtoearlydiagnosistoevaluatetheretinalfunctionwaspossible.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(3):409.413,2013〕Keywords:皮膚電極,角膜電極,幼児期,網膜電図,杆体一色覚.skinelectrodes,cornealelectrode,babyhood,electroretinogram,rodmonochromatism.はじめに日常診療において,先天網膜疾患が疑われる幼児症例にしばしば遭遇する.そのなかでも杆体一色覚は,常染色体劣性遺伝の先天性網膜疾患であり,0.1.0.2程度の低視力で,眼振,羞明,昼盲がみられ1),眼底は正常であることが多い2).色覚検査が可能な年齢になれば,臨床所見でも診断をつけやすいが,確定診断には網膜電図(electroretinogram:ERG)が必須である.しかし,ERGを記録する際に,現在臨床に最も広く使用されているのは光一体型コンタクトレンズ電極(以下,CL電極)である3,4).これは角膜に直接接触するため,幼少児では検査が困難であり,全身麻酔下や鎮静下での検査も余儀なくされてきた.これに対し,皮膚電極を用いたERG5.7)(以下,皮膚電極ERG)は幼少児でも使用しやすいが,CL電極を用いたERGと比べると振幅は小さくノイズの影響も受けやすいため8,9),臨床に積極的には用いられなかった.視覚誘発反応測定装置LE-4000(TOMEY)は,これらの問題点を改良し,より安定したERGを記録することが可能である10).今回筆者らはこのLE-4000を用いた皮膚電極ERGが,幼児期の杆体一色覚の確定診断に有用であった1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕松永美絵:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:MieMatsunaga,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo-city,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(123)409 I症例患者:3歳,女児.主訴:眼振,羞明.現病歴:生後3カ月頃より眼振を認め近医受診,精査目的にて宮田眼科病院(以下,当院)紹介受診となった.既往歴:特記すべき事項なし.家族歴:特記すべき事項なし(近親婚はなし).経過:初診時,嫌悪反射はなく,追従運動は可能,眼位は正位,潜伏眼振および左右注視方向性眼振を認めた.シクロペントラート塩酸塩(サイプレジンR)調節麻痺下にて両眼+6Dの遠視を認めた.前眼部,中間透光体,眼底には異常所見はみられなかった.1歳3カ月時,戸外にて強い羞明がみられるようになり,視力はPL(preferentiallooking)法にて両眼開放下(Bbs)=0.05であった.眼鏡を装着できる年齢になったため屈折矯正を行い両眼+3Dブルーレンズを処方した.その後も定期的な屈折矯正を行うが,3歳時,視力右眼は森実式dotcardにてBbs=0.05(0.2×+3D)であった.眼底やOCTでは特記すべき所見はみられなかった(図1,2).そこで,原因不明の視力障害のため皮膚電極ERGにて精査を行った.皮膚電極ERGの測定にはLE-4000を用い,トロピカミド・フェニレフリン点眼液(ミドリンPR)で散瞳し,明室で仰臥位にて電極糊とテープを用い,額に不関電極,耳に接地電極,両眼の下眼瞼から7mmの場所に関電極となる皮膚電極を固定した(図3a).装着後20分の暗順応を行い,眼鏡型刺激装置を装用し(図3b),刺激強度0.01cd・s/m2(刺激光輝度80cd/m2,発光時間0.12msec),刺激頻度2秒間隔,加算回数16回の条件でrodERGを測定した.つぎに,刺激強度50cd・s/m2(刺激光輝度100,000cd/m2,発光時間0.5msec),加算回数8回の条件で,brightflashERGを測定した.その後10分の明順応をさせて刺激強度3cd・s/m2(刺激光輝度6,000cd/m2,発光時間0.5msec),背景光輝度25cd/m2,加算回数32回の条件で,coneERGを測定した.最後に刺激強度3cd・s/m2(刺激光輝度6,000cd/左眼図1症例の眼底写真明らかな異常は認められない.右眼左眼図2症例のOCT写真明らかな異常は認められない.410あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(124) ++図3皮膚電極ERGの実際a:額に不関電極,耳に接地電極,下眼瞼から7mm位置に皮膚電極を固定する.b:暗順応後に眼鏡型の光刺激装置を着用する.RodConeBrightflashERG15μV10μV25ms10msFlickerERG25μV10μV10ms10ms図4正常小児の皮膚電極ERG従来の角膜電極によるERGと類似しているが,振幅は約1/4である.m2,発光時間0.5msec),背景光輝度25cd/m2,刺激頻度律動様小波が減弱していた.ConeERG,flickerERGは反30Hz,加算回数50回の条件で,flickerERGを測定した.応がほとんど検出されなかった(図5).色覚検査は幼児のたなお,参考として当院での正常小児の皮膚電極ERGを図4め理解できず検査不可能であったが,羞明,眼振も認め,女に示す.児であることから杆体一色覚と診断した.II結果III考察RodERGは正常範囲内であった.BrightflashERGでは小児期から青年期にかけて発症することの多い遺伝性網膜(125)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013411 RodCone15μV10μV25ms10msBrightflashERGFlickerERG25μV10μV10ms10ms図5症例の皮膚電極ERGRod,brightflashERGは正常範囲だが,cone,flickerERGは消失している.疾患は,ERGが診断に有用なことが多い11).遺伝性網膜疾患の一つである杆体一色覚は,眼底が正常で蛍光眼底造影検査や光干渉断層計でも明らかな異常所見をみられないことが多い2).しかし,Goldmann視野検査では,周辺視野は正常だが中心暗点が検出されたり12),パネルD-15を用いた色覚検査で,scotopic軸に一致した異常パターンがみられることもある2).また,NagelアノマロスコープⅠ型検査では,極端に急嵯な傾きを示す2)が,幼少児ではこれらの自覚的検査は困難で,症状もあいまいなことが多い.そのため,ERGは客観的な網膜機能検査として期待される役割は大きく,診断の有力な決め手となる.網膜色素変性症,先天停在性夜盲,杆体一色覚,先天網膜分離症などの遺伝性網膜疾患はERGにて確定診断が可能である.また,視神経疾患,詐病,心因性視力障害と網膜疾患との鑑別にも有用である.しかし,ERGの記録には角膜に直接接触させるCL電極が一般的で,6歳以上の比較的聞き分けの良い小児以外では検査の協力を得るのは困難であり,また感染の危険性が懸念される角結膜疾患患者では用いることは不可能である.今回筆者らは,角膜に接触させない皮膚電極を用いることで,幼少児に与えるストレスを減らすことができた.また,従来課題となっていた皮膚電極ERGで得られる振幅の低さやノイズの多さは,光刺激を行った眼のERGから刺激を行っていない眼のERGを差し引き,それを412あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013加算平均することで解決され10),従来のCL電極を用いたERGに見劣りしない,安定した波形を得ることができた.さらにCL電極では,暗室で電極の取り付けを行うため,幼少児に不安や恐怖を与えていたが,皮膚電極では明室での取り付けが可能であり,不安や恐怖を軽減することができた.また,光刺激についても,CL電極では強制的に開瞼させていたが,皮膚電極では白色発光ダイオードが内蔵された眼鏡型刺激装置を装着させるだけである.そのため,幼少児や角結膜疾患患者にも負担が少なく使用しやすいと思われる.すでに筆者らは,正常成人において,LE-4000における皮膚電極とCL電極を用いたbrightflashERGは互いに類似していることを報告してきた10)が,rodERG,coneERG,flickerERGにおいてはまだ明らかではない.幸いにも今回の症例では,皮膚電極ERGの所見も杆体応答のみ得られ,錐体応答の消失をみる杆体一色覚の特徴と一致し,臨床的にも幼少時よりの低視力,眼振,羞明を認める女児であることから,杆体一色覚の確定診断に至った.今後,皮膚電極ERGを用いた他の先天性網膜疾患の鑑別のためにも,brightflash以外のERG所見の皮膚とCL電極による結果の整合性について検証が必要である.杆体一色覚との鑑別にS錐体一色覚があるが,両者とも臨床症状,所見,ERGは類似している.診断方法としてパネルD-15や遺伝形式が重要(126) であり,青錐体一色覚では,tritan軸に直行するパターンがみられたり,X染色体劣性遺伝のため患児は男児である13).今回の症例では患者が幼児であるため色覚検査は不可能であったが,女児であることから青錐体一色覚は否定した.年齢的に検査が可能になれば色覚検査や,角膜電極を用いた色刺激ERG13,14)を用いて青色光刺激で反応が残っているかどうかも確認していく予定である.今回筆者らは角膜電極を使用できない幼児に対し,皮膚電極を用いることで早期に確定診断に至ることができた.すでに小児に皮膚電極ERGを記録した報告15)や皮膚電極ERGを用いて小児の網膜ジストロフィをタイプ別に診断できる可能性が報告されており16),患者に負担の少ない皮膚電極は,より簡便に,定性的に視機能を評価する検査として臨床的に有用であると考える.今後症例数を増やし,異なる疾患や病態の進行状態,正常小児においても皮膚電極ERGはCL電極と同様の記録が可能か比較検討することにより皮膚電極ERGの有効性を立証する必要がある.また,皮膚電極ERGを用いた遺伝性網膜疾患の早期診断は,現在有効な治療はないものの,視力予後を知ることにより,患者やその家族の迷いや不安をより少ないものへと導き,将来設計を立てる一助になると考えられる.今後,皮膚電極ERGは幼小児期の網膜機能評価および,遺伝性網膜疾患の診断に役立つことが期待される.文献1)KrillAE,DeutmanAF,FishmanM:Theconedegenerations.DocOphthalmol35:1-80,19732)HayashiT,KozakiK,KitaharaKetal:ClinicalheterogeneitybetweentwoJapanesesiblingswithcongenitalachromatopsia.VisNeurosci21:413-420,20043)田原恭治,楠部亭,北谷和章ほか:高輝度発光ダイオードを用いた光刺激装置.第1報フリッカーERG刺激装置の試作.眼紀38:1833-1839,19874)KondoM,PiaoCH,TanikawaAetal:Acontactlenselectrodewithbuilt-inhighintensitywhitelight-emittingdiodes.DocOphthalmol102:1-9,20015)中村善寿:皮膚からのERG記録法の検討.日眼会誌79:42-49,19756)安達恵美子,千葉弥幸:皮膚電極による臨床ERG.日眼会誌75:38-43,19717)TepasDI,ArmingtonJC:Electroretinogramfromnon-cornealelectrodes.InvestOphthalmol1:784-786,19628)KrissA:SkinERGs:theireffectivenessinpaediatricvisualassessment,confoundingfactors,andcomparisionwithERGsrecordedusingvarioustypesofcornealelectrode.IntJPsychophysiol16:137-146,19949)MormorMF,FultonAB,HolderGEetal:ISCEVStandardforfull-fieldclinicalelectroretinography.DocOphthalmol118:69-77,200910)貝田智子,松永美絵,花谷淳子ほか:サブトラクション法を用いた皮膚電極による網膜電図とLED内蔵コンタクトレンズ電極を用いた網膜電図の比較.日眼会誌117:5-11,201311)近藤峰生:弱視と間違えやすい網膜疾患.眼科44:717728,200212)Goto-OmotoS,HayashiT,GekkaTetal:CompoundheterozygousCNGA3mutations(R436W,L633p)inaJapanesepatientwithcongenitalachromatopsia.VisNeurosci23:395-402,200613)MiyakeY:Blueconemonochromacy.ElectrodiagnosisofRetinalDiseases,p138-140,Springer,Tokyo,200814)Ladekjaer-MikkelsenAS,RosenbergT,JorgensenAL:Anewmechanisminblueconemonochromatism.HumGenet98:403-408,199615)BradshawK,HansenR,FultonA:ComparisonofERGsrecordedwithskinandcorneal-contactelectrodesinnormalchildrenandadults.DocOphthalomol109:43-55,200416)MeredithSP,ReddyMA,AllenLE:Full-fieldERGresponsesrecordedwithskinelectrodesinpaediatricpatientswithretinaldystrophy.DocOphthalmol109:57-66,2004***(127)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013413