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尋常性白斑の診断を受けていたVogt-小柳-原田病の2例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):591.594,2014c尋常性白斑の診断を受けていたVogt-小柳-原田病の2例寺尾亮*1藤野雄次郎*1南川裕香*1杉崎顕史*1田邊樹郎*1菅野美貴子*2*1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科*2河北総合病院眼科TwoCasesofVogt-Koyanagi-HaradaDiseasewithVitiligoPrecedingOcularDiseaseRyoTerao1),YujiroFujino1),YukaMinamikawa1),KenjiSugisaki1),TatsuroTanabe1)andMikikoKanno2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoKouseinenkinHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KawakitaGeneralHospital尋常性白斑の診断を受けていて後に眼症を発症したVogt-小柳-原田病(VKH)の2例を報告する.症例1は74歳,女性.1998年頃から尋常性白斑と診断されていた.2010年10月中旬から右眼視力低下を自覚し近医を受診後,10月下旬当科を紹介受診した.両眼の網膜皺襞,右眼の漿液性網膜.離を認めた.蛍光眼底造影検査(FA)で両眼にびまん性点状蛍光漏出を認めた.VKHと診断しステロイドパルスを行い両眼の漿液性.離は治癒したが,夕焼け状眼底を呈した.症例2は64歳,女性.2000年頃から白斑が出現していた.2003年8月に近医で右眼白内障手術を施行.3週間後より急激に右眼視力低下と歪視を自覚し当科を紹介受診した.両眼に漿液性網膜.離を認めFAでびまん性点状蛍光漏出を認めた.VKHと診断しステロイドパルスを行い漿液性.離は治癒したが,夕焼け状眼底を認めた.VKHの皮膚白斑は回復期に出現するとされているが,本症例のように明らかな眼症状の出現に先行する症例も存在すると考えられた.Wereport2casesofVogt-Koyanagi-Haradadiseasethathadbeendiagnosedasvitiligovulgarisprecedingtheonsetofoculardisease.Case1,a74-year-oldfemale,presentedwithvisuallossinherrighteye;shehadbeendiagnosedwithvitiligo20yearsbefore.Fundusexaminationshowedserousdetachment(SRD)intherighteye;fluoresceinangiography(FA)revealeddiffusepinpointleakageinbotheyes.Thepatientreceivedsteroidpulsetherapyandwascured,withsunsetglowfundus.Case2,a64-year-oldfemale,complainedofvisuallossandanorthopiainherrighteye3weeksafterrightcataractsurgerywithoutcomplication;shehadsufferedfromvitiligo3yearsbefore.FundusexaminationshowedbilateralSRDandFAdiscloseddiffusepinpointleakageinbotheyes.Thepatientwassuccessfullytreatedwithsteroidpulsetherapyandsunsetglowfundusappeared.Thediagnosticcriteriaprescribesthatvitiligoshouldnotprecedeoculardisease,butexceptionalcasesmayexist.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):591.594,2014〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,診断基準,夕焼け状眼底,皮膚白斑.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,diagnosticcriteria,sunsetglowfundus,vitiligo.はじめにVogt-小柳-原田病(VKH)は全身のメラノサイトに対する自己免疫疾患で,眼症状の他に皮膚科,耳鼻科,神経内科領域の症状が出現する.病期は前駆期・眼病期・回復期の3期に分類される.前駆期では軽度感冒様症状や頭痛,耳鳴りなどが出現し,眼病期ではびまん性脈絡膜炎を主体とした汎ぶどう膜炎が起こり,回復期では夕焼け状眼底や角膜輪部色素脱失(杉浦徴候),皮膚症状が出現しはじめる.皮膚所見は一般的には回復期に出現するとされており,ReadらのVKHの診断基準においても皮膚症状の出現は「notprecedingonsetofoculardisease」と記載されている1).しかし,これまでに皮膚所見が眼症状に先行したVKH症例が数例報告されている2,3).今回,筆者らは尋常性白斑の診断を受けていて後に後眼部炎症を発症し,夕焼け状眼底を呈したVKHの2例を報告する.I症例1〔症例1〕74歳,女性.〔別刷請求先〕寺尾亮:〒162-8543東京都新宿区津久戸町5-1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科Reprintrequests:RyoTerao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoShinjukuMedicalCenter,5-1Tsukudocho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8543,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(113)591 abcdabcd図1症例1a:2007年健診時の眼底写真.夕焼け状眼底はみられていない.b:初診時の右眼光干渉断層計.漿液性網膜.離を認める.c:頭部写真.両眉弓部(矢頭)と頬部(矢印)の左右対称な白斑を認める.d:治癒後の眼底写真.夕焼け状眼底を呈している.現病歴:2010年10月中旬から右眼視力低下を自覚したため10月末日近医を受診したところ,右眼の虹彩炎と後部ぶどう膜炎を指摘され,その2日後東京厚生年金病院(当院:現JCHO東京新宿メディカルセンター)眼科紹介受診した.既往歴:1982年頃から軽度の両眼の虹彩炎が数回出現していたが高度な視力低下を自覚することはなく,1991年以降は虹彩炎を起こしていなかった.また,2007年の健康診断時に撮影された眼底写真は眼底に異常を認めず,夕焼け状眼底は呈していなかった(図1a).1998年頃から頭部・顔面に左右対称性の白斑が出現し尋常性白斑の診断を受けていた(図1c).家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.1(0.6×+2.50D(cyl.1.50DAx65°),左眼0.2(1.2×+2.50D(cyl.0.50DAx120°).眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg.両眼とも前房内細胞なし.両眼とも網膜皺襞を認め,光干渉断層計にて右眼は漿液性網膜.離を認めた(図1b).蛍光眼底造影検査では両眼ともびまん性の点状蛍光漏出がみられた.血液検査では末梢血,生化学検査を含め異常項目はなく,髄液検査では細胞数は4/3μlと増多を認めなかった.また,白髪,禿,感音性難聴などは認めなかった.592あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014経過:VKHと診断しメチルプレドニゾロン500mg/日,3日間のセミパルス療法,その後,後療法としてプレドニゾロン40mg/日内服から漸減し3カ月で内服を中止した.その後,2回,網膜皺襞が出現したが,その都度トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行い,眼底所見は改善した.両眼ともしだいに夕焼け状眼底を呈した(図1d).〔症例2〕64歳,女性.現病歴:2003年8月近医で右眼の視力低下に対し右眼白内障手術を施行.その3週間後より右眼視力の急激な低下と歪視を自覚し他医受診した.右眼眼底に広く網膜浮腫を認めたため精査・加療目的で当科を紹介受診した.既往歴:2000年頃から左下腹部と両眉弓部に白斑が出現していた(図2c).家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.04(矯正不能),左眼0.05(0.4×+5.75D(cyl.1.75DAx90°).眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHgであった.両眼とも前房内細胞1+認め,右眼は眼内レンズ眼,左眼は極軽度の白内障がみられた.また,眼底は後極を中心に漿液性網膜.離がみられた.蛍光眼底造影検査では両眼ともびまん性の点状蛍光漏出および蛍光貯留を認めた(図2a,b).血液検査では末梢血,生化学検(114) cacabd図2症例2a:初診時眼底写真.夕焼け状眼底はみられていない.b:蛍光眼底造影検査.両眼のびまん性点状蛍光漏出を認める.c:頭部写真.両眉弓部(矢印)の左右対称性の白斑を認める.d:治療後の眼底写真.夕焼け状眼底を呈している.査を含め異常項目はなく,髄液検査では単核球数10/3μlと増多がみられた.また白髪,禿,感音性難聴などは認めなかった.経過:VKHと診断しメチルプレドニゾロン1,000mg/日,3日間のパルス療法を2クール行い,その後,後療法としてプレドニゾロン40mg/日内服から漸減した.漸減途中6mg/日のときに両眼後極部に網膜皺襞が出現したため,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行った.2004年5月にプレドニン内服を中止し,それ以降,再発をみていない.両眼とも眼底はしだいに夕焼け状眼底を呈したが(図2d),視力は両眼矯正1.2を得た.なお,本2症例は報告にあたって本人の自由意思による同意(informedconsent)を得ている.II考察VKHの皮膚所見としては白毛,脱毛,白斑がある.皮膚白斑は左右対称性で,眼瞼周囲や頸部に認められるのが特徴的で,尋常性白斑との鑑別を要する4).白斑が先行したVKH症例に関する既報を示す(表1).井上らの報告2)は68歳,女性で,両眼周囲,頸部,手背に左右対称の境界明瞭な白斑が出現,その3年後に両眼の中心部(115)視力低下と歪視を自覚し,VKHと診断されている.内山らの報告3)は67歳,男性で,顔面,両手背,体幹に左右対称性の白斑が出現,さらに5年後に後頭部,肘中部に乾癬が出現していた.その1年後からぶどう膜炎と診断されていたが,さらに1年後に当院を受診され両眼白内障手術を施行したところ,術後眼底検査で夕焼け状眼底がみられたためVKHと診断されている.自験例について,症例1は初診時に滲出性網膜.離,蛍光眼底造影検査におけるびまん性点状蛍光漏出,また後期症状として夕焼け状眼底がみられた.Readらの診断基準では皮膚白斑が先行していたため皮膚所見の基準を満たしていないとすればprobableVKH,皮膚所見を含めた場合はincompleteVKHに該当する.1982.1991年頃の間に軽度虹彩炎のエピソードが数回あったが以降は一旦治まっており,皮膚白斑は1998年頃から出現していた.当院初診時より以前からVKHによる後眼部炎症が起こっていた,あるいは関連する非常に軽症のぶどう膜炎を繰り返していた可能性も考えられるが,2007年の眼底写真では夕焼け状眼底は呈していなかったため,この時点ではまだVKHのような汎ぶどう膜炎は発症しておらず,1991年以前に起きていた虹彩炎はVKHとは違う病態であったのではないかと考えられた.したがっあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014593 表1皮膚白斑が先行したVogt-Koyanagi-Harada病の報告例報告者報告年年齢性皮膚所見経過眼所見井上ら2)200068歳女性1993年頃から両眼周囲,頸部,手背に左右対称の境界明瞭な白斑が出現.白斑出現3年後に中心部視力低下と歪視自覚.近医でぶどう膜炎を診断されステロイド点眼処方されたが,視力低下が進行したため紹介.初診時に視神経乳頭浮腫,滲出性網膜.離,周辺部夕焼け状眼底を認めた.内山ら3)201067歳男性1998年頃より顔面,両手背,体幹に左右対称性の白斑,5年後から後頭部,肘中部に乾癬が出現.白斑出現6年後からぶどう膜炎と診断されていた.2008年4月精査目的で紹介受診.ぶどう膜炎と白内障を認めた.初診の1週間後両眼の白内障手術を施行.術後に眼底を確認したところ,夕焼け状眼底を認めた.て,2010年10月の両眼性後眼部炎症がVKHの眼病期にあたり,それよりも皮膚所見のほうが先行していたと考える.症例2は今回の眼内炎症を起こす3年前から左下腹部と両眉弓部に白斑が出現していた.初診時に両眼滲出性網膜.離,蛍光眼底造影検査におけるびまん性点状蛍光漏出,脳脊髄液細胞増多,また後期症状として夕焼け状眼底を認めていた.片眼の白内障手術後に両眼性眼内炎症をきたしたため,内眼手術の既往のある場合を一律に交感性眼炎とする立場をとれば,本症も白内障手術が虹彩損傷のない小切開白内障手術であったとしても交感性眼炎に分類されることになる5).しかし,Kitamuraらは杉浦の診断基準によって診断されたVKH169症例をReadらの診断基準にあてはめたところ14症例が基準を満たしておらず,うち2症例は白内障手術既往のある症例であったと報告しており,通常の白内障手術の既往があるものがVKHの該当から除外されることについては疑問視している6).そのような意見も鑑み,本症例は白内障手術以前から存在した皮膚病変と今回の眼症を同一疾患と考えVKHと診断した.また,右眼白内障術前から緩徐なVKHによる炎症があった可能性もあるが,白内障手術を受けていない左眼は白内障も軽度でそれ以前に視力低下の自覚がないことから,その可能性は低く,今回のエピソードが初回の内眼炎であると考えられた.内眼手術歴以外の項目において検討すると皮膚所見を含まないのであればincompleteVKH,含めた場合はcompleteVKHに該当する.いずれの症例も白斑が主体ないし先行したVKHと考えられた.Readらの診断基準では白斑は眼症状に先行しないとされているが例外も存在する可能性があり,少なくとも左右対称性の特徴的な分布を示す皮膚白斑がみられた場合は,それが眼症状出現前でもVKHの可能性があると思われ,今後も症例を蓄積していく必要があると考える.文献1)ReadRW,HollandGN,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportofaninternationalcommitteeonnomenclature.AmJOphthalmol131:647-652,20012)井上裕悦,大西善博,榎敏生ほか:白斑が先行したVogt・Koyanagi・原田病.皮膚臨床42:214-215,20003)内山真樹,三橋善比古,大久保ゆかりほか:Vogt-Koyanagi-Harada病を合併した尋常性乾癬.皮膚病診療32:959962,20104)鈴木民夫,金田眞理,種村篤ほか:尋常性白斑診療ガイドライン.日皮会誌122:1725-1740,20125)DemicoFM,KissS,YoungLH:Sympatheticophthalmia.SeminOphthalmol20:191-197,20056)KitamuraM,TakamiK,KitachiNetal:ComparativestudyoftwosetsofcriteriaforthediagnosisofVogtKoyanagi-Harada’sdisease.AmJOphthalmol139:10801085,2005***594あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(116)

マイボーム腺機能不全の定義と診断基準

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY発の抑制,涙液安定性の促進,涙液の眼表面への伸展の促進,眼瞼縁における涙液の皮膚への流出の抑制,などの働きをしている(表1)1).マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)という言葉は,1982年にGutgeselによりI背景マイボーム腺は瞼板内にあり上下の眼瞼縁に開口部を持つ脂腺である.マイボーム腺から分泌される脂質(meibum)は,眼瞼縁や涙液最表層に分布して,涙液蒸(55)627*ShiroAmano:マイボーム腺機能不全ワーキンググループ,東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学〔別刷請求先〕天野史郎:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学あたらしい眼科27(5):627.631,2010c総説マイボーム腺機能不全の定義と診断基準DefinitionandDiagnosticCriteriaforMeibomianGlandDysfunction天野史郎*(マイボーム腺機能不全ワーキンググループ**)**マイボーム腺機能不全ワーキンググループ:天野史郎・有田玲子(東京大学),木下茂・横井則彦・外園千恵・小室青・鈴木智(京都府立医科大学)・島.潤・田聖花(東京歯科大学),前田直之・高静花(大阪大学),堀裕一(東邦大学),西田幸二・久保田久世(東北大学),後藤英樹(鶴見大学),山口昌彦(愛媛大学),小幡博人(自治医科大学),山田昌和(東京医療センター),村戸ドール・小川葉子・松本幸裕・坪田一男(慶應義塾大学)(順不同)〔本研究は,ドライアイ研究会の下に作られたMGDワーキンググループによる研究成果である.〕マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)は重要な疾患であるが,定義や診断基準が定められていない.今回,MGDの定義,分類,診断基準を作成した.MGDの定義は,「さまざまな原因によってマイボーム腺の機能が瀰漫性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快感を伴う」である.MGDの分類としては,分泌減少型と分泌増加型がある.①自覚症状,②マイボーム腺開口部周囲異常所見,③マイボーム腺開口部閉塞所見,の3項目すべてを満たす場合に,分泌減少型MGDと診断する.②は血管拡張,粘膜皮膚移行部の前方または後方移動,眼瞼縁不整のうち少なくとも1つがある場合に陽性とする.③は,マイボーム腺開口部閉塞所見(plugging,pouting,ridge)があり,かつ拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下している場合に陽性とする.Althoughmeibomianglanddysfunction(MGD)isanimportantdisease,itsdefinitionanddiagnosticcriteriaarenotdefinedasyet.JapanesespecialistsinMGDhavedeterminedthedefinition,classificationanddiagnosticcriteriaofMGD,thedefinitionbeingasfollows:Meibomianglanddysfunctionisadiseaseinwhichmeibomianglandfunctionisdiffuselyabnormal,duetovariouscauses,withaccompanyingchronicoculardiscomfort.MGDisclassifiedintohypo-secretoryandhyper-secretorytypes.Hypo-secretoryMGDshouldbediagnosedwhenallofthreecriteria(symptoms,abnormalfindingsaroundtheorificesandfindingsindicatingorificeobstruction)arepositive.Abnormalfindingsaroundtheorificesshouldbejudgedpositivewhenatleastoneofthreefindings(irregularlidmargin,vascularengorgementandanteriororposteriorreplacementofthemucocutaneousjunction)isrecognized.Findingsindicatingorificeobstructionshouldbejudgedpositivewhenbothfindingsindicatingmeibomianglandorificeobstruction(plugging,poutingandridging)anddecreasedmeibomiansecretionarerecognized.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):627.631,2010〕Keywords:マイボーム腺機能不全,定義,診断基準,ドライアイ.meibomianglanddysfunction,definition,diagnosticcriteria,dryeye.628あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(56)初めて使われて以来2),マイボーム腺機能に異常をきたした状態を呼称する際に臨床で使用されるようになっている.実際に眼不快感などの症状を主訴に眼科を訪れる患者のうちのかなりの割合でMGDがその原因となっており,多くの患者でqualityoflifeの低下をひき起こしていると考えられる.このようにMGDは臨床的に重要な疾患であるにもかかわらず,①炎症や常在細菌の関与を伴う場合と伴わない場合があり臨床像が多様である,②軽症例から重症例まで重症度が広範囲にわたる,③これまで定義や診断基準がなかった,④効果的な治療が少ない,などの理由で,眼科一般臨床においてあまり大きな注意を払われてこなかった.こうした背景をもとにMGDの定義や診断基準を作成しようという動きが国内に生まれ,2008年からドライアイ研究会(世話人代表:坪田一男)のもとにMGDワーキンググループ(代表:天野史郎)が作られた.MGDワーキンググループはこれまでに数回にわたる全体会議を行い,以下に示すMGDの定義,分類,診断基準を作成した.IIMGDの定義MGDの定義を表2に示す.MGDは原発性のものと,アトピー,Stevens-Johnson症候群,移植片対宿主病,眼感染症などに続発する場合がある.マイボーム腺に発生する疾患としては,霰粒腫,内麦粒腫などがある.これらが局所的な疾患であるのに対して,MGDはマイボーム腺機能が瀰漫性に障害されている.そして,MGDは眼不快感,乾燥感などの自覚症状を伴う.IIIMGDの分類MGDの分類を表3に示す.MGDは大きく分泌減少型と分泌増加型に分けられる.臨床における頻度は分泌減少型のほうが分泌増加型よりもはるかに高い.分泌減少型MGDは閉塞性,萎縮性,先天性などの原発性のものと,アトピー,Stevens-Johnson症候群,移植片対宿主病,トラコーマなどに続発するものがある.分泌減少型MGDでは,原発性のなかの閉塞性のものが最も頻度が高い.原発性のなかの閉塞性ではマイボーム腺導管内に過剰角化物が蓄積し,マイボーム腺脂の分泌が低下し,マイボーム腺の腺房の萎縮が徐々に進行する3).原発性のなかの萎縮性というのは導管の閉塞から続発するのではなく,腺房が原発性に萎縮するものを指す.続発性ではさまざまな原因によってマイボーム腺開口部の閉塞が起き,マイボーム腺脂の分泌が減少する.分泌増加型MGDも同様に,原発性のものと,眼感染症や脂漏性皮膚炎などに続発するものに分けられる.分泌増加型MGDではマイボーム腺からの油脂分泌が過剰になっているが,これを分泌減少型MGDの前段階と捉える考え方と,分泌減少型MGDとは別の疾患と捉える考え方があり,病態の理解に幅がある1).また,臨床の場においては,分泌減少型MGDのほうが,分泌増加型MGDよりも圧倒的に症例数が多い.こうした理由から,今回の提案のなかでは,分泌減少型MGDの診断基準のみを提案する.今後,分泌増加型MGDの病態の理解に関するコンセンサスがある程度固まってきた段階で,分泌増加型MGDの診断基準を提案することを予定している.IV分泌減少型MGDの診断基準分泌減少型MGDの診断基準を表4に示す.一般の眼科外来で施行可能な検査項目のみを診断基準に組み込んだ.分泌減少型MGDの診断に必要な項目は大きく分けて3つあり,1.自覚症状,2.マイボーム腺開口部周囲異常所見,3.マイボーム腺開口部閉塞所見である.これら3項目すべてを満たす場合に,分泌減少型MGDと診断する.分泌減少型MGDの自覚症状としては,眼不表1マイボーム腺分泌脂の働き1.涙液の蒸発を抑制する.2.涙液の安定性を促進する.3.涙液の眼表面への伸展を助ける.4.眼瞼縁における涙液の皮膚への流出を抑制する.5.平滑な涙液表面の形成を助ける.6.潤滑油としてまばたきの摩擦を減らす.表2マイボーム腺機能不全の定義さまざまな原因によってマイボーム腺の機能が瀰漫性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快感を伴う.表3マイボーム腺機能不全の分類1.分泌減少型①原発性(閉塞性,萎縮性,先天性)②続発性(アトピー,Stevens-Johnson症候群,移植片対宿主病,トラコーマ,などに続発する)2.分泌増加型①原発性②続発性(眼感染症,脂漏性皮膚炎,などに続発する)(57)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010629表4分泌減少型マイボーム腺機能不全の診断基準以下の3項目(自覚症状,マイボーム腺開口部周囲異常所見,マイボーム腺開口部閉塞所見)が陽性のものを分泌減少性MGDと診断する.1.自覚症状眼不快感,異物感,乾燥感,圧迫感などの自覚症状がある.2.マイボーム腺開口部周囲異常所見①血管拡張②粘膜皮膚移行部の前方または後方移動③眼瞼縁不整①.③のうち1項目以上あるものを陽性とする.3.マイボーム腺開口部閉塞所見①マイボーム腺開口部閉塞所見(plugging,pouting,ridgeなど)②拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下している.①,②の両方を満たすものを陽性とする.図1マイボーム腺開口部周囲の血管拡張図5マイボーム腺開口部のridgepluggingの間を橋渡しするような分泌物の所見がある.図3眼瞼縁の不整下眼瞼の角膜と接触するラインが所々へこんだ不整なラインとなっている.図2粘膜皮膚移行部の前方移動リサミングリーンで染色される結膜が上眼瞼鼻側で前方移動している.図4マイボーム腺開口部のpluggingマイボーム腺開口部の閉塞所見.630あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(58)快感,異物感,乾燥感,圧迫感などが多い.分泌減少型MGDのマイボーム腺開口部周囲異常所見は血管拡張(図1),粘膜皮膚移行部の前方4)または後方移動5)(図2),眼瞼縁不整(図3)があり,これら3つの所見のうち少なくとも1つがある場合,マイボーム腺開口部周囲異常所見陽性とする.マイボーム腺開口部閉塞所見の判定においては,まず細隙灯顕微鏡でマイボーム腺開口部閉塞所見(plugging,pouting,ridgeなど.図4,5)があることを確認し,さらに拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下していることを確認する.この2つの所見が両者ともあるときにマイボーム腺開口部閉塞所見が陽性であると判定する.眼瞼を圧迫して出てくるマイボーム腺脂の量や性状に関しては,半定量的な判定法が提案されてきた5.7).たとえば島.分類では,上眼瞼を拇指で圧迫して出るmeibumを,grade0:透明なmeibumが容易に出る,grade1:軽い圧迫で混濁したmeibumが出る,grade2:中等度以上の強さの圧迫で混濁したmeibumが出る,grade3:強い圧迫でもmeibumが出ない,の4段階に評価し,grade2以上を異常と考える.拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下していること,という今回提案している判定を正しく行うためには,普段から正常者やMGD疑い患者などでの,圧迫時のマイボーム腺脂の分泌のされ方を観察し,マイボーム腺脂の分泌の程度を判定する目を養う必要がある.また,正常者や分泌減少型MGDでの眼瞼圧迫時のマイボーム腺脂の分泌のされ方を提示するビデオを,ドライアイ研究会のホームページ内に掲載したので,参考のためにご覧いただきたい.V分泌減少型MGDの診断に関する他の参考所見分泌減少型MGDの診断に必要な項目として,自覚症状,マイボーム腺開口部周囲異常所見,マイボーム腺開口部閉塞所見の3項目をあげたが,これ以外にも分泌減少型MGDの診断の参考となる検査所見があり,それらを表5に示した.マイボグラフィーは,翻転した瞼の裏から光を透過させたり,赤外線カメラや赤外線フィルターを用いて眼瞼を観察したりして,マイボーム腺の形態を観察する装置である8.12).分泌減少型MGDではマイボーム腺の脱落や短縮が観察され,分泌減少型MGDの診断に有用な検査である.涙液スペキュラーは涙液油層の分布や伸展動態を評価できる13,14).マイボメトリーは眼瞼縁にある貯留した油脂の量を定量的に評価できる15).涙液蒸発率測定は眼を密閉されたゴーグルで覆い,涙液の蒸発量を測定する検査で,分泌減少型MGDでは涙液油層の減少から涙液蒸発量の増加がみられる16.18).コンフォーカルマイクロスコープによる観察では,分泌減少型MGDでマイボーム腺房の拡大,密度減少がみられる19).以上の5項目の検査は,分泌減少型MGDの診断に有用な検査であるが,通常の眼科外来には置かれていない特殊な検査機器が必要であるため,今回の診断基準には含めなかった.今後これらの検査機器のうち一般の眼科外来に広まるものが現れれば,診断基準に組み込まれていく可能性がある.分泌減少型MGDは涙液油層の減少から蒸発亢進型ドライアイになる.その結果として現れる角膜中央より下方の上皮障害や涙液層破壊時間の短縮といった蒸発亢進型ドライアイとしての所見も分泌減少型MGDの診断の参考となる.診断基準に含まれる自覚症状,細隙灯顕微鏡検査に加えて,この項で述べた各種検査のMGD診断における有効性を検討したこれまでの研究に関して,本ワークショップの参加者が各項目を担当して調査を行った.その結果は,本稿に含めるには量が大部なため,ドライアイ研究会のホームページに掲載した.VIMGDと他疾患概念との関係MGDには,涙液油層減少から生じる蒸発亢進型ドライアイとしての側面20)と,マイボーム腺開口部周囲の炎症や導管内脂質過剰蓄積などの側面がある.ただし,涙液量や病期や重症度によってドライアイあるいは炎症を伴わない場合もある.MGDと後部眼瞼炎とは互いに重なり合う部分が大きい.一方ドライアイは,蒸発亢進型と涙液分泌減少型がありMGDは主として蒸発亢進型の原因となるのでドライアイのうちの半分も重ならないであろう.したがってMGD,ドライアイ,後部眼瞼炎の関表5分泌低下型MGDの診断に関する他の参考所見1.マイボグラフィーでマイボーム腺が脱落,短縮.2.涙液スペキュラー油層所見が欠損.3.マイボメトリーで貯留油脂量が減少.4.涙液蒸発率測定で蒸発量亢進.5.コンフォーカルマイクロスコープで腺房拡大,腺房密度減少.6.角膜中央より下方の上皮障害.7.涙液層破壊時間が減少.(59)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010631係を概念図として表すと図6のようになる.一方,マイボーム腺炎(meibomitis)という呼称もある.この呼称の指す内容は研究者によって違っており,たとえば海外の一部の研究者はほぼmeibomitis=MGDと考えているのに対して,国内の研究者の一部は,マイボーム腺炎を,マイボーム腺での細菌増殖を基盤としフリクテンやマイボーム腺炎角膜上皮症に結びつく概念と捉えている21.23).VII今後の展望今回,MGDの定義・分類,分泌減少型MGDの診断基準について提案した.これらはevidenceを提供する臨床研究の結果ならびにこれまでの臨床経験に基づくものである.ただ今回の提案が必ずしも不変のものとは考えていない.今回提案の内容を広く眼科一般臨床で使用していただき,そのフィードバックをうけて改定すべき点が発生した場合は改定していきたいと考えている.また,本ワーキンググループでは今回の診断基準に基づいてMGDの診断を行い,一般人口でのMGDの罹病率の調査やMGD患者とドライアイ患者の関係の調査などを予定している.さらなる活動として,MGDの病態に応じた治療法の提案,分泌増加型MGDの診断基準の提案などを近い将来行っていく予定である.文献1)FoulksGN,BronAJ:Meibomianglanddysfunction:Aclinicalschemefordescription,diagnosis,classification,andgrading.OculSurf1:107-126,20032)GutgesellVJ,SternGA,HoodCI:Histopathologyofmeibomianglanddysfunction.AmJOphthalmol94:383-387,19823)小幡博人,堀内啓,宮田和典ほか:剖検例72例におけるマイボーム腺の病理組織学的検討.日眼会誌98:765-771,19944)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:fluoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669-675,20065)BronAJ,BenjaminL,SnibsonGR:Meibomianglanddisease.Classificationandgradingoflidchanges.Eye5:395-411,19916)MathersWD,ShieldsWJ,SachdevMSetal:Meibomianglanddysfunctioninchronicblepharitis.Cornea10:277-285,19917)ShimazakiJ,GotoE,OnoMetal:MeibomianglanddysfunctioninpatientswithSjogrensyndrome.Ophthalmology105:1485-1488,19988)TapieR:BiomicroscopialstudyofMeibomianglands[inFrench].AnnOcul(Paris)210:637-648,19779)RobinJB,JesterJV,NobeJetal:Invivotransilluminationbiomicroscopyandphotographyofmeibomianglanddysfunction:aclinicalstudy.Ophthalmology92:1423-1426,198510)MathersWD,DaleyT,VerdickR:Videoimagingofthemeibomiangland[letter].ArchOphthalmol112:448-449,199411)YokoiN,KomuroA,YamadaHetal:Anewlydevelopedvideo-meibographysystemfeaturinganewlydesignedprobe.JpnJOphthalmol51:53-56,200712)AritaR,ItohK,InoueKetal:Non-contactinfraredmeibographytodocumentage-relatedchangesofthemeibomianglandsinanormalpopulation.Ophthalmology115:911-915,200813)GotoE,DogruM,KojimaTetal:Computer-synthesisofaninterferencecolorchartofhumantearlipidlayer,byacolorimetricapproach.InvestOphthalmolVisSci44:4693-4697,200314)YokoiN,KomuroA:Non-invasivemethodsofassessingthetearfilm.ExpEyeRes78:399-407,200415)YokoiN,MossaF,TiffanyJMetal:Assessmentofmeibomianglandfunctionindryeyebymeibometry.ArchOphthalmol117:723-729,199916)MathersWD:Ocularevaporationinmeibomianglanddysfunctionanddryeye.Ophthalmology100:347-351,199317)TsubotaK,YamadaM:Tearevaporationfromtheocularsurface.InvestOphthalmolVisSci33:2942-2950,199218)GotoE,EndoK,SuzukiAetal:Tearevaporationdynamicsinnormalsubjectsandsubjectswithobstructivemeibomianglanddysfunction.InvestOphthalmolVisSci44:533-539,200319)MatsumotoY,SatoEA,IbrahimOMetal:Theapplicationofinvivolaserconfocalmicroscopytothediagnosisandevaluationofmeibomianglanddysfunction.MolVis14:1263-1271,200820)BronAJ,TiffanyJM:Thecontributionofmeibomiandiseasetodryeye.OculSurf2:149-164,200421)横井則彦:眼瞼縁,マイボーム腺における細菌の増殖と眼疾患─細菌学から─.日本の眼科74:565-568,200322)鈴木智,横井則彦,佐野洋一郎ほか:マイボーム腺炎に関連した角膜上皮障害(マイボーム腺炎角膜上皮症)の検討.あたらしい眼科17:423-427,200023)鈴木智,横井則彦,佐野洋一郎ほか:角膜フリクテンの起因菌に関する検討.あたらしい眼科15:1151-1153,1998ドライアイMGD後部眼瞼炎図6マイボーム腺機能不全(MGD)と後部眼瞼炎,ドライアイとの関係図