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Retrocorneal Plaquesを伴ったモラクセラ角膜潰瘍の4症例

2019年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科36(9):1188.1193,2019cRetrocornealPlaquesを伴ったモラクセラ角膜潰瘍の4症例安達彩*1嶋千絵子*1石本敦子*1豊川紀子*2奥田和之*3佐々木香る*4髙橋寛二*1*1関西医科大学眼科学教室*2永田眼科*3関西医科大学臨床検査部*4JCHO星ヶ丘医療センターCFourCasesofMoraxellaKeratitiswithRetrocornealPlaqueCAyaAdachi1),ChiekoShima1),AtsukoIshimoto1),NorikoToyokawa2),KazuyukiOkuda3),KaoruAraki-Sasaki4)andKanjiTakahashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2)NagataEyeClinic,3)4)JCHOHoshigaokaMedicalCenterCKansaiMedicalUniversityHospital,モラクセラ属による角膜炎をC4例経験し,細菌性角膜炎としては特殊な臨床像を呈したので報告する.全例眼痛,充血を主訴に受診.上皮・実質の所見に比して,retrocornealplaquesなど強い内皮側の所見を認めたことが特徴的で,真菌性角膜炎との鑑別が必要であった.全例の角膜の塗抹検鏡で大きなグラム陰性桿菌を認め,モラクセラ属を疑った.通常培養では同定困難であり,炭酸ガス培養を施行し,2例は質量分析でCM.nonliquefaciensを検出し,2例はCIDテストCHN20ラピッド同定検査でCM.nonliquefaciensまたはCM.lacnateの可能性が高いと判断された.抗菌薬への反応は良好であったが,上皮欠損の消失には時間がかかった.1例は,角膜穿孔を生じ羊膜移植を要した.強いCretrocor-nealplaquesを呈する感染性角膜炎をみた際は,真菌性角膜炎以外に本菌も疑い,塗抹でのグラム陰性桿菌の検出や質量分析などによる菌種同定が必要と思われた.CAlthoughMoraxellaspeciescausemanytypesofextraocularinfection,theirfrequencyisnothighbecauseoftheCdi.cultyCofCcultureCandCidenti.cation.CWeCexperiencedC4CcasesCofCkeratitisCdueCtoCMoraxellaCsp.CinCwhichCslitClampexaminationsrevealedsevereretrocornealplaquedespitemildin.ltrationtothecornealstroma.Smearexam-inationsdisclosedgram-negativebacilliinallcases.Twocaseswereidenti.edasM.nonliquefaciensbymassspec-trometry;theothersweresurmisedtobeM.nonliquefaciensorM.lacunate,basedonIDtestHN-20rapid.ThreecasesCtookCmanyCdaysCtoCachieveCcompleteChealingCofCtheCepithelialCdefect,CdespiteCtheCgoodCsensitivityCofCtheCemployedCantibiotics.CInCtheCotherCcase,CtheCcorneaCwasCperforatedCandCamnioticCmembraneCtransplantationCwasCapplied.Thedeepcornealpathogenicregionwithsevereretrocornealplaqueisoneofthecharacteristicphenome-naofMoraxellasp.;weshouldthereforepayattentiontodiagnosticdi.erentiationfromfungalkeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(9):1188.1193,C2019〕Keywords:質量分析,角膜感染症,retrocornealplaques,真菌性角膜炎,モラクセラ.massspectrometry,cor-nealinfection,retrocornealplaques,funguskeratitis,Moraxella.Cはじめにモラクセラ属は,ヒトの皮膚や鼻咽頭などの粘膜の常在菌であり,一般的に弱毒菌とされる.前眼部,外眼部において検出すなわち起因菌と判定される特定菌1)の一つで,代表的な眼瞼結膜炎や角膜潰瘍の原因菌であるが,分離培養,菌種同定が困難なため,検出頻度は高くない.2006年の感染性角膜炎全国サーベイランス2)の結果では,全症例C261例のうち,分離菌陽性C113例,分離株全C133株中モラクセラ属はC5株(3.8%)であった.また,2011年の多施設スタディによる前眼部,外眼部感染症における起因菌判定の報告3)では,全症例C476例から分離されたC909株のうち真菌を除いたC890株のなかで,モラクセラ属はC2株(0.2%)〔別刷請求先〕安達彩:〒573-1191大阪府枚方市新町C2-5-1関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:AyaAdachi,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-5-1Shinmachi,Hirakata,Osaka573-1191,JAPANC1188(86)のみの検出であった.検出頻度が高くない理由として,発育が不安定な細菌であり分離培養がむずかしく陰性となりやすいこと,たとえ分離されても簡易同定検査で検出されるCM.catarrhalis以外の菌種の同定には分子遺伝学的同定試験や質量分析装置(MatrixAssistedLaserDesorption/Ionization-TimeOfFlightMassSpectrometry:MALDI-TOFMS)の機器が必要となることがあげられる.近年,このモラクセラ属による角膜炎が種々の臨床像を呈することが報告されつつあるが,まだ多くはない.今回,モラクセラ属と同定できた角膜炎をC4例経験し,細菌性角膜炎としては特殊な臨床像を呈したので報告する.CI症例〔症例1〕91歳,女性.主訴:左眼違和感,流涙,充血,視力低下.現病歴:糖尿病網膜症で通院中,3日前からの主訴を自覚し来院した.既往歴:糖尿病,高血圧症,10年前に両眼白内障手術歴.発症時所見:視力は右眼C0.05(0.06C×sph+0.25D(cyl.2.0DAx80°),左眼C0.01(n.c.),眼圧は右眼C16CmmHg,左眼C18mmHg.前眼部は右眼に異常なく,左眼は高度の結膜充血,大きな不整形の角膜潰瘍と,さらに広範なCretrocornealplaquesを認め,前房蓄膿を伴っていた(図1a).中間透光体は両眼眼内レンズ挿入眼で両眼眼底に異常を認めなかった.経過:角膜塗抹にて,比較的大きなグラム陰性短桿菌を認めた(図1b)が,通常培養では表皮ブドウ球菌の検出を認めた.さらにC35℃C48時間の炭酸ガス培養で血液寒天培地,チョコレート寒天培地ともに表面がやや隆起した光沢のある半透明なコロニーを形成し(図1c),コロニーを塗抹検鏡したところ,大型のグラム陰性桿菌を認め,モラクセラ属が疑われた.MALDI-TOFMS(BrukerDaltonics社)による同定検査を実施したところCM.nonliquefaciensと同定された.感受性試験では,多くの薬剤に感受性を示したが,クラリスロマイシン(CAM)には耐性であった.レボフロキサシン(LVFX)とセフメノキシム(CMX)の頻回点眼とセフジニル内服により緩徐に所見は改善し,上皮欠損消失にはC25日間を要した.絶命のため最終所見は治療開始C25日目で,瘢痕性混濁を残し,最終矯正視力はC0.01(n.c.)であった.〔症例2〕75歳,女性.主訴:右眼眼痛,眼脂,充血.現病歴:右眼絶対緑内障,左眼末期緑内障でC4剤点眼加療中,2日前からの主訴を自覚し来院した.既往歴:直腸癌.発症時所見:視力は右眼光覚(C.),左眼C0.06(n.c.),眼圧は右眼C46CmmHg,左眼C16CmmHg.前眼部は,右眼に毛様充血,辺縁不整の角膜輪状混濁を認めた.角膜上皮と実質の膿瘍は比較的軽度であったが,広い範囲のCretrocornealplaquesと前房蓄膿を認めた(図2).左眼に異常はなかった.中間透光体は両眼眼内レンズ挿入眼で,眼底は両眼とも高度の網脈絡膜萎縮,視神経乳頭蒼白萎縮を認めた.経過:角膜擦過物の塗抹検鏡から大きなグラム陰性桿菌を認め,症例C1と同様の培養でモラクセラ属が疑われた.菌種の同定を目的として実施したCIDテスト・HN-20ラピッド「ニッスイ」(日水製薬)で,M.nonliquefaciensまたはCM.lacunateがC87%と推定され,多くの薬剤に感受性を示した.CMX,モキシフロキサシン(MFLX)の頻回点眼とミノサイクリン内服により緩徐に軽快し,上皮障害の消失にはC31日,浸潤消失にはC83日を要した.最終所見は治療C31日目,軽度実質浮腫を残すのみであった.〔症例3〕81歳,女性.主訴:右眼異物感,視力低下,充血.現病歴:5日前からの主訴を自覚し来院した.既往歴:左眼弱視,右眼に翼状片手術と白内障手術歴.発症時所見:視力は右眼0.03(0.04C×sph.2.50D(cyl.2.50CDAx180°),左眼光覚(+),眼圧は右眼C18CmmHg,左眼18CmmHgであった.前眼部は,右眼に高度の充血,角膜に小円形の潰瘍を認め,上皮・実質の病変の範囲に比して,強いCDescemet膜皺襞や角膜後面の膜様沈着物を認めた(図3).左眼に異常はなかった.中間透光体は右眼眼内レンズ挿入眼,左眼成熟白内障で,両眼眼底には異常を認めなかった.経過:角膜擦過物の塗抹検鏡で多数の大きなグラム陰性桿菌を認めた.培養では同定不能であったため,MALDI-TOFMSを用い,M.nonliquefaciensが同定された.LVFX頻回点眼,トブラマイシン(TOB)点眼,アトロピン点眼,オフロキサシン眼軟膏により順調に改善し,上皮障害の消失にはC8日,浸潤消失にはC51日を要した.最終所見は治療C51日目で,わずかに瘢痕性混濁を残し,最終視力は,0.09(0.4C×sph.3.0D(cyl.1.0DAx90°)であった.〔症例4〕81歳,女性.主訴:右眼霧視,眼痛.現病歴:右眼実質ヘルペスの再発を繰り返し通院中,主訴を自覚し受診した.既往歴:糖尿病,関節リウマチ,気管支喘息.両原発閉塞隅角症でレーザー虹彩切開術歴,両白内障手術歴.発症時所見:視力は右眼手動弁,左眼C0.5(0.8C×sph.1.25CD(cyl.1.5DAx100°),眼圧は右眼40mmHg,左眼16mmHg.前眼部は,右眼に毛様充血,角膜全面に広範な不整形膿瘍を認めた.角膜実質浅層C1/3の膿瘍は比較的軽度であったが,むしろ深層の膿瘍は強く,高度のCretrocornealabc図1症例1a:発症時左眼前眼部所見.高度の結膜充血,大きな不整形の角膜潰瘍と,さらに広範なCretrocornealplaques(C.)を認め,前房蓄膿(.)を伴っていた.Cb:角膜擦過の塗抹.比較的大きなグラム陰性短桿菌(.)を認めた.Cc:細菌培養.35℃,48時間の炭酸ガス培養で血液寒天培地に,表面がやや隆起した光沢のある半透明なコロニーの形成を認めた.図2症例2の発症時右眼前眼部所見毛様充血,辺縁不整の角膜輪状混濁を認めた.角膜上皮と実質の膿瘍は比較的軽度であったが,広い範囲のCretrocornealplaques(.)と前房蓄膿を認めた.図3症例3の発症時右眼前眼部所見高度の充血,角膜に小円形の潰瘍を認め,上皮・実質の病変の範囲に比して,強いCDescemet膜皺襞や角膜後面の膜様沈着物を認めた.abc図4症例4a:発症時右眼前眼部所見.毛様充血,角膜全面に広範な不整形膿瘍を認めた.角膜実質浅層C1/3の膿瘍は比較的軽度であったが,むしろ深層の膿瘍は深く,高度のCretrocornealplaques,前房蓄膿を認めた.Cb:角膜擦過の塗抹.大量のグラム陰性桿菌(→)を認めた.plaques,前房蓄膿を認めた(図4a).左眼に異常はなかった.中間透光体は眼内レンズ挿入眼で,右眼眼底は透見不能であった.経過:角膜擦過物の塗抹検鏡で,大量のグラム陰性桿菌を認めた(図4b).培養では,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantCcoagulaseCnegativestaphylococci:MRCNS)とモラクセラ属を認めた.IDテストCHN-20ラピッドによる同定検査にて,M.catalarrisは否定的であったが,M.nonliquefaciensまたはCM.lacunateの可能性が高いという結果を得た.セフタジジム点滴,TOBおよびCMFLX頻回点眼を投与するも,第C6病日に角膜穿孔を生じ,第C15病日に羊膜移植を行った.その後感染は収束した.最終所見は治療C96日目で瘢痕性混濁を残し,最終視力は手動弁であった.CII考按モラクセラ属には,上気道から最多で検出されるグラム陰性球菌のCM.catarrhalis,グラム陰性の大きな双桿菌として,眼瞼炎や結膜炎の原因として知られるCM.lacunata,その他M.nonliquefaciens,M.osloensis,M.atlantae,M.lincolniiなどがある.口腔,上気道粘膜に定着しているため感染性,病原性は比較的弱い菌種であるが,局所における防御と細菌とのバランスが崩れることで急激に増殖あるいは細胞内に浸潤し,さまざまな感染症を生じるとされる.そのため過去の報告において,リスク因子として,糖尿病,アルコール中毒,栄養失調などの全身因子,コンタクトレンズや外傷,ドライアイ,角膜ヘルペスなど角膜上皮障害,角膜移植など眼手術の既往などの局所因子があげられている4.6).筆者らの症例でも,糖尿病の既往がC2例,眼手術の既往がC3例あり,いずれの症例も全身因子,局所因子の背景があった.本菌は発育が不安定な細菌であり分離培養がむずかしいため,診断には塗抹検査での検出が重要である.また,塗抹検鏡で陽性でも培養では陰性となりうるため,注意が必要である.塗抹所見の特徴は,非常に大きく角ばった桿菌であり,双桿菌様にみえる場合もある.今回症例C1では表皮ブドウ球菌,症例C4ではメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusCepidermidis:MRSE)が同時に培養にて検出されたが,塗抹結果で大型のグラム陰性短稈菌が多数確認されたことから起因菌はモラクセラ属と判断した.症例C2とC4においては塗抹,培養ともにモラクセラ属を疑うものであり,症例C3においては培養結果が陰性であったが,塗抹鏡検で特徴的なグラム陰性桿菌を認めたためモラクセラ属を疑った.本菌の可能性を疑う場合,炭酸ガス培養をしなければ検出は困難であるため,血液寒天培地,チョコレート寒天培地を炭酸ガス培養し,48時間まで観察することが推奨されている.透明に近い集落が発育した場合,本菌の可能性が高く,従来法では同定が困難であることからCIDテスト・HN-20ラピッドキット,分子遺伝学的同定試験である16SrRNA遺伝子配列解析,質量分析装置であるCMALDI-TOFMSなどの同定検査を行うことが望ましいといわれている.今回,塗抹鏡検でモラクセラを疑い,確定診断を行うべく炭酸ガス培養や質量分析,IDテスト・HN-20ラピッド検査を行い,症例1,3はCM.nonliquefaciens,症例2,4ではM.lacunataまたはCM.nonliquefaciensであるという結果を得た.これらは,通常の培養同定検査だけでは不明菌あるいは培養陰性とされていたと思われる.モラクセラ属による角膜潰瘍の報告はC1980年代より散見される4)が,海外の報告においては外科的治療を要するような視力予後不良例が散見された.わが国においてはC2015年の大野らによるCM.nonliquefaciensによる角膜潰瘍の報告7)や,同年の井上らによるわが国における多施設スタディの報告がある5,6).同スタディにおいてC30症例のモラクセラ角膜炎が報告され,このなかにおける臨床像の特徴は以下のごとくであった.①患者背景としては糖尿病が多く,局所的な要因としてコンタクトレンズ装用や外傷が多いが,誘因がない症例も約C30%みられる.②臨床像はC3病型に分類され,輪状膿瘍型がC30%,不整面状浸潤型がC43.4%,小円形型が26.7%であった.前C2病型は高齢者に多く視力障害も強いが,小円形型ではコンタクトレンズ装用などの若年者にみられることが多い.③上皮欠損が治癒するまで平均C23.4日,完全に細胞浸潤が消失するまでには平均C41.9日であり,抗菌薬治療の反応は他の細菌性角膜炎より緩徐で長期間を要する.④抗菌薬治療にはよく反応するため視力予後は比較的よい,というC4点であった.なお,同報告にて質量分析と分子遺伝学的に同定された菌株はCM.lacnata2株,M.nonliquefaciens7株であったが,株間の臨床像の違いは指摘されていない.今回の症例1,4は不整面状浸潤型,症例C2は輪状膿瘍型,症例C3は小円形型に近いが,いずれも,上皮欠損の範囲や浸潤の程度など上皮・実質の病巣の所見に比して強いCretro-cornealplaquesや前房蓄膿などの内皮側・前房所見を認めたことが特記すべきことと思われた.同様の指摘をCTobi-matsuら8)も報告している.モラクセラ属による角膜潰瘍は病原性が弱いため潰瘍部は細胞浸潤が軽微で周辺角膜は比較的清明であることが多いが,これに反して強い炎症を惹起することがあり,その臨床像はさまざまであるとされていた.細菌性角膜潰瘍は,一般的に初期病変として浸潤があり,進行とともに膿瘍や潰瘍が周囲へ水平に進展するといわれている.一方,真菌性角膜潰瘍の特徴は,灰白色羽毛様病巣であるが,角膜実質から内皮側に垂直に菌糸が進展しやすいため,早期からCendothelialplaqueや前房蓄膿など前房炎症を伴うことが知られている.通常角膜内皮面に炎症産物の沈着を認めた場合,endothelialplaqueと考え真菌感染が疑われることが多いが,細菌感染(緑膿菌,モラクセラ,肺炎球菌)やウイルス(ヘルペス)感染においても,炎症が高度の場合,類似の所見を認めることがある.Takezawaらは,これを真菌感染症と区別してCretrocornealplaquesとよぶことを提唱している9).同報告では前眼部COCTを用い,真菌によるCendothelialplaqueは内皮面とCplaqueの間に鮮明な境界はなく,内皮面は不整であるが,細菌によるCretrocornealplaquesは,内皮面とCplaqueの間に鮮明な境界があり,内皮面が平滑であることを指摘し,endothelialplaqueは,真菌が実質から内皮に侵入しており病原体を含むプラークであることが多く,retrocornealplaquesは毒素に対する好中球やC.brinなどの炎症細胞である可能性が高いと考察している.本症例のように軽微な浸潤と上皮欠損に比べて強い内皮側の反応を伴う場合,真菌感染との鑑別が必要となる.とくにモラクセラは細菌感染に関しては進行が緩徐で,培養では検出困難であり,抗菌薬への反応も緩徐であることから,さらに鑑別がむずかしい.感染症診断における塗抹鏡検の重要性が改めて示唆されるとともに,今回は施行していないが,前眼部OCTも診断補助として有用であると推察される.強いCretrocornealplaquesを生じた理由については,糖尿病や全身局所状態により血管透過性が亢進していること,とくにCM.lacunata,M.nonliquefaciensはC.blinolysin,hyalu-nonidase,lecithinaseなどの毒素様物質を多く産生すること10)が関与していると思われる.呼吸器感染症において,モラクセラは病巣での白血球遊走を促し強い炎症を惹起し,粘膜における滲出性炎症と粘液の分泌亢進を伴うが,比較的粘膜組織の破壊は伴わないとされている11).角膜潰瘍においても,その弱い病原性により角膜上皮に対する重篤な組織破壊を伴わずに,強い前房内炎症とともにCretrocornealplaquesを生じるのかもしれない.モラクセラ属による肺炎のC30%以上は,肺炎球菌やインフルエンザ菌が同時に分離される混合感染であるとされている.眼科領域においても複合感染性結膜炎の報告があり,肺炎球菌との合併が多く,その他連鎖球菌属,表皮ブドウ球菌,インフルエンザ菌,黄色ブドウ球菌,コリネバクテリウムなどが同時に検出されている12).モラクセラ属による角膜炎が多様な臨床像を示す理由として,菌種による毒素性物質の産生や複合感染の関与で臨床像が装飾されることも考えられる.治療に関しては,M.catarrhalis,M.lacunata,M.nonliq-uefaciensのC90.100%がCb-ラクタマーゼを産生する13)ことから,ペニシリン系や第一世代セフェム系以外の広範な薬剤感受性が良好とされ,本酵素に安定な第C2または第C3世代セフェム系,ニューキノロン系などの抗菌薬をはじめ,今日の日本国内で多用される薬剤がほぼ有効である.しかし,M.nonliquefaciensのC68.1%にマクロライド系高度耐性を示す株が存在し14),今回も症例C1ではCCAMに対して耐性を認めたため,今後耐性化に注意が必要と思われる.抗菌薬治療が有効であったものの,上皮欠損の消失には長時間がかかった点は過去の報告と同様であった.症例C1,2,3は,2剤以上の抗菌薬使用で予後良好であったが,症例C4においては抗菌治療で緩徐に軽快傾向があったが徐々に角膜菲薄化し,第C6病日に角膜穿孔を認め羊膜移植を要した.小児中耳炎において,M.catarrhalisは小児の中耳に定着しバイオフィルムを産生することによりの再発や遷延化に関与する可能性が近年注目されている15).角膜潰瘍においても,同様にバイオフィルムが産生されて治療への反応が遅くなる可能性や,菌の産生する毒素やプロテアーゼなどで治癒に長時間がかかることが,治療への反応の緩徐さを招いている可能性があると思われる.今回,モラクセラ属と同定された角膜炎のC4症例について,その臨床的特徴を中心に報告した.今後さらなる詳細な病態の解明のために,菌種の同定を含めた症例の蓄積が必要である.文献1)三井幸彦,北野周作,内田幸男ほか:細菌性外眼部感染症に対する汎用抗生物質等点眼薬の評価基準,1985.日眼会誌C90:511-515,C19862)感染症角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,C20063)井上幸次,大橋裕一,秦野寛ほか:前眼部・外眼部感染症における起因菌判定―日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性他施設調査(第一報).日眼会誌C115:C801-813,C20114)DasS,ConstantinouM,DaniellMetal:MoraxellakeratiC-tis:predisposingCfactorsCandCclinicalCreviewCofC95Ccases.CBrJOphthalmolC90:1236-1238,C20065)InoueH,SuzukiT,InoueTetal:ClinicalcharacteristicsandCbacteriologicalCpro.leCofCMoraxellaCkeratitis.CCorneaC34:1105-1109,C20156)鈴木崇:モラクセラ角膜炎ダイジェスト.あたらしい眼科33:1547-1550,C20167)大野達也,田中洋輔,安西桃子ほか:Moraxellanonliquefa-ciensによる角膜潰瘍のC1症例.日臨微生物誌C25:46-52,C20158)TobimatsuCY,CInadaCN,CShojiCJCetal:ClinicalCcharacteris-ticsCofC17CpatientsCwithCMoraxellaCkeratitis.CSeminCOph-thalmolC33:726-732,C20189)TakezawaY,SuzukiT,ShiraishiA:Observationofreto-cornealCplaquesCinCpatientsCwithCinfectiousCkeratitisCusingCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomography.CCorneaC36:1237-1242,C201710)井上勇,新井武利,吉沢一太ほか:Moraxellaに関する研究第C4報Moraxellaの毒素様物質について.感染症誌C51:603-607,C197711)長南正佳,中村文子:モラクセラ・カタラーリス.臨床検査58:1366-1368,C201412)坂本雅子,東堤稔,深井孝之助:眼感染症由来検体より分離したCMoraxella(Branhamella)catararrhlisの細菌学的検討.あたらしい眼科7:89-93,C199013)川上健司:Cbラクタマーゼ産生モラキセラ・カタラーリス感染症.医学のあゆみ208:29-32,C200414)NonakaCS,CMatsuzakiCK,CKazamaCTCetal:AntimicrobialCsusceptibilityCandCmechanismsCofChighClevelCmacrolideCresistanceinclinicalisolatesofMoraxellanonliquefaciens.JMedMicrobiolC63:242-247,C201415)秦亮,渡辺博:モラクセラ感染症.別冊日本臨床感染症症候群,第C2版,上,病原体別感染症変,p94-98,日本臨牀社,2013***