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若年男性の両眼に増殖変化をきたしたEales病の1例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(123)17310910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17311735,2008cはじめにEales病の硝子体出血の発生メカニズムについては,これまで特発性,結核菌の関与,炎症性か非炎症性かなどさまざまな病因が議論される1)も,結論は得られていない.このため,硝子体出血の原因が不明の場合にEales病と診断されることが多い2).今回筆者らは,ツベルクリン反応(ツ反)強陽性であった若年男性の両眼に網膜血管閉塞と増殖変化をきたしたEales病と思われる1例に対し,硝子体手術を施行し術後比較的良好な視機能回復が得られたので報告する.I症例患者:23歳,男性.初診日:2004年4月30日.主訴:両眼の視力低下.既往歴:特記事項なし.家族歴:特記事項なし.海外渡航歴および動物飼育歴:特記事項なし.現病歴:2004年1月頃より左眼視力低下を自覚していたが放置.4月中旬頃より右眼の視力低下も自覚したので近医眼科を受診.精査目的にて中濃厚生病院眼科紹介受診となる.〔別刷請求先〕望月清文:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KiyofumiMochizuki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Yanagido,Gifu-shi501-1194,JAPAN若年男性の両眼に増殖変化をきたしたEales病の1例村瀬寛紀*1,2望月清文*1,3澤田明*3鈴木崇*4川上秀昭*3,5*1JA岐阜厚生連中濃厚生病院眼科*2県立下呂温泉病院眼科*3岐阜大学医学部眼科学教室*4愛媛大学医学部眼科学教室*5岐阜市民病院眼科ACaseofPresumedEales’DiseasewithBilateralRetinitisProliferansinaYoungMaleHirokiMurase1,2),KiyofumiMochizuki1,3),AkiraSawada3),TakashiSuzuki4)andHideakiKawakami3,5)1)DepartmentofOphthalmology,JAGifuKoserenChunoGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,GifuPrefectualGeroHotSpringHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,5)DepartmentofOphthalmology,GifuCityHospital患者は生来健康な23歳,男性,主訴は両眼の視力低下,初診時矯正視力は右眼0.1,左眼手動弁であった.両眼に広汎な網膜出血と網膜血管床閉塞,牽引性網膜離および硝子体出血などの増殖性変化をきたしていた.全身検索で,ツベルクリン反応強陽性以外の異常はみられなかった.また,術中採取した硝子体液の検索にても異常は検出されなかった.以上より,本症例をEales病と診断した.両眼とも硝子体手術を施行後,病態は鎮静化し良好な視機能回復が得られた.Ahealthy23-year-oldmalewhohaddevelopedacutediminishedvisioninbotheyeswasdiagnosedwithEales’disease.Theexaminationrevealedbilateralvitreousandretinalhemorrhage,proliferativemembraneandtractionalretinaldetachmentrelatedtoextensiveretinalperivasculitis.Laboratorytestsshowednoabnormalities,exceptingtheMantouxtuberculinskintest,inwhichthepatienthadanindurationdiameterofmorethan10mm.Heunderwentbothparsplanavitrectomyandpanretinalphotocoagulationinbotheyes.Ata9-monthfollow-upafterthesurgicalinterventions,completeregressionofthediseasewasachieved,withtheimprovementofvisualacuities.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17311735,2008〕Keywords:閉塞性網膜血管症,Eales病,ツベルクリン反応.occlusiveretinalvasculopathy,Eales’disease,Mantouxtuberculinskintest.———————————————————————-Page21732あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(124)初診時眼科的所見:眼位は正位.眼球運動に制限なし.視力は右眼0.1(n.c.),左眼手動弁(n.c.),眼圧は右眼24mmHg,左眼15mmHgであった.両眼とも,広隅角だが右眼のみ隅角および虹彩に新生血管がみられ,前房内に炎症細胞はなかったが前部硝子体に細胞性混濁がみられた.右眼眼底は,視神経乳頭の新生血管および増殖膜,広汎な網膜前出血,網膜出血および硝子体出血,網膜出血の中に白鞘化,白線化した網膜血管を認めた(図1).左眼眼底は,硝子体出血のため透見不能であった.蛍光眼底造影検査では,右眼は視神経乳頭からの強い蛍光漏出と周辺部網膜血管床の広汎な閉塞がみられた(図2).左眼は撮影不可であった.網膜電位図では両眼のsingleashERG(electroretinogram)および30HzickerERGともに振幅が減弱し(図3),超音波B-modeでは網膜の肥厚および硝子体による網膜の牽引がみられた(図4).超音波生体顕微鏡による毛様体付近の異常や超音波カラードップラーによる眼窩血流動態の異常はみられな図1初診時眼底(右眼)広汎な網膜前出血,網膜出血と硝子体出血,視神経乳頭に新生血管と増殖膜,周辺部網膜には白鞘血管(矢印)がみられた.図2初診時眼底蛍光造影(右眼)視神経乳頭から旺盛な蛍光漏出と耳側周辺部には広汎な網膜血管閉塞がみられた.図3網膜電位図両眼のsingleashERGおよび30HzickerERGともに振幅が減弱していた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081733(125)かった.全身検査所見:身長188.0cm,体重115.0kg,血圧は137/71,脈拍は79で前腕での計測に左右差はなかった.IgEが638U/mlとやや高値であったが,空腹時血糖値100mg/dlで,末梢血液像検査および血液凝固検査に異常なく,抗tuberculo-glycolipid(TBGL)抗体0.4U/ml,ループスアンチコアグラント1.19,RPR(迅速血漿レアギン試験)(),TPHA(梅毒トレポネーマ血漿凝集反応)(),抗HTLV図5術中所見マイクロ鉗子で増殖膜を軽く挙上しただけで容易に網膜裂孔が形成された.図4超音波Bmode右眼に網膜肥厚(右),および左眼に硝子体による網膜の牽引(左)がみられた.左眼右眼左眼右眼6術後眼底(H16.11.12)硝子体手術,光凝固術により,両眼とも増殖膜および新生血管などの再増殖性変化は認めず,網膜症は鎮静化した.右眼はシリコーンオイル注入眼である.———————————————————————-Page41734あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(126)(ヒトT細胞白血病ウイルス)-1抗体(),ACE値正常,抗核抗体40倍未満,抗DNA抗体(),抗Sm抗体(),サイトメガロ抗体(),トキソプラズマIgG抗体3IU/ml以下,クラミジアトラコマチス抗体(),トキソカラ抗体(),単純ヘルペス抗体32倍,水痘帯状ヘルペス抗体(+),Epstein-Barrウイルス抗体160倍であった.ツ反は,長径15mmで硬結に二重発赤を伴う強陽性であった.HLA(ヒト白血球抗原)の血清対応型タイピングではA*11,A*31,B*15,B*39,DRB1*04およびDRB1*08が検出された.その他,心電図,胸部X線,頭部および胸部造影コンピュータ断層,頭部磁気共鳴画像などに異常所見はなかった.経過:5月7日精査および加療のため入院し,全身精査のため脳神経外科,循環器および呼吸器内科において検査施行するも,両眼の出血原因となる異常は検出されなかった.診断および治療目的で,5月14日左眼,6月4日右眼に対して硝子体切除術,網膜光凝固術,シリコーンオイル(s/o)注入およびトリアムシノロン20mgTenon下注入を施行した.術中所見は,両眼とも後極全面に強固な網膜硝子体癒着と網膜全体に虚血が原因と考えられる高度な浮腫が存在し,マイクロ鉗子で増殖膜を軽く挙上しただけで容易に網膜裂孔が形成される状態であった(図5).その後の経過は良好であり,左眼は9月9日にs/o抜去およびSF6(六フッ化硫黄)ガス注入,2006年2月1日に水晶体再建術(眼内レンズを含む)を施行した.右眼は,2004年12月10日にs/o抜去,水晶体再建術(眼内レンズを含む)およびSF6ガス注入を施行した.2006年5月10日現在,増殖性変化の再発や併発はなく(図6),視力は右眼0.2(0.9),左眼0.08(0.6)と改善し,眼圧は右眼17mmHg,左眼17mmHgで安定している.なお,5月14日および6月4日に採取した硝子体液では,結核菌DNA陰性,抗TBGL抗体0.1未満,細胞診にて悪性所見はみられず,インターロイキン(IL)-6(pg/ml)およびIL-10(pg/ml)は右眼ではそれぞれ140および2以下,左眼ではそれぞれ62.7および2以下であった.II考按Eales病は,一般に2030歳代の若年男性(8090%)の両眼性(90%)に多いとされる疾患で,1882年に鼻出血と便秘を伴った若年男性において硝子体出血をくり返す症例をEalesが報告したのが最初である3).現在において,Eales病の診断は原因不明の硝子体出血例において他疾患を除外した結果としてなされている.一般にEales病と鑑別を要する疾患として,増殖糖尿病網膜症,高安病,サルコイドーシス,Behcet病,全身性エリテマトーデス,鎌状赤血球症,網膜静脈閉塞症,家族性滲出性硝子体網膜症,Coats病および結核性ぶどう膜炎などがあげられる.本症例では,臨床検査データならびに全身検索からツ反強陽性以外に全身的結核感染を含む異常は認められなかった.しかしながら,全身的に結核感染が否定されたツ反陽性の症例において抗結核薬の試験的投与にて結核性ぶどう膜炎の診断に至った報告4)もあり,本症例が眼局所における結核感染の可能性はある.眼内の結核菌の有無を調べる手段として,前房水あるいは硝子体液を用いて抗TBGL抗体の検索やpolymerasechainreaction(PCR)法による結核菌DNAの検出がある.TBGLは,結核菌の細胞膜表層を構成する複数の糖脂質成分(cf:cordfactorなど)の一つであり,抗TBGL抗体陽性の場合,結核菌の感染が示唆される5,6).Biswasらは,Eales病患者の硝子体液を用いPCR法により結核菌DNAを検討したところ陽性率が41.6%であったという7).本症例でも硝子体液を用いた抗TBGL抗体および結核菌DNAの検出を試みたが,いずれも陰性であった.また,結核性胸膜炎では胸腔内には多数のTリンパ球が集積し,可溶型IL-2受容体,IL-6,IL-8,インターフェロン(INF)-gや腫瘍壊死因子(TNF)-aなどが産生され,胸水中のサイトカインの検索は結核性胸膜炎の診断に有用とする報告8)もあり,硝子体手術時に得られた硝子体液の測定が結核性ぶどう膜炎の鑑別診断に有用となるかもしれない.本症例においても硝子体液の検索でIL-10に比しIL-6の軽度上昇がみられたが,その有用性に関する報告は少ないため今後の課題といえる.以上,本症例は,若年男性で両眼性であること,閉塞性網膜血管炎に伴う硝子体出血をきたしたこと,その原因として先にあげた鑑別疾患が既往歴,血液検査,内科および皮膚科においてすべて否定的でありその原因が不明であることから,Eales病と診断した.Eales病の治療は,一般に網膜血管閉塞領域に対する網膜光凝固が奏効するとされている9).しかしながら,硝子体出血による眼底透見不良例や網膜出血のため,レーザー光凝固が困難例および網膜前増殖組織や牽引性網膜離などにより視力障害をきたした症例では,硝子体手術が選択されている10).本症例は,両眼とも網膜出血および硝子体出血のため網膜光凝固が不可能であり,超音波B-mode上硝子体による網膜の牽引がみられたため硝子体手術を選択した.網膜最周辺部までの汎網膜光凝固術,増殖膜と周辺部硝子体の徹底郭清,抗炎症としてトリアムシノロンTenon下注入や再増殖抑制目的としてシリコーンオイルタンポナーデなどの併用により,術後再出血,続発緑内障あるいは網膜離などの再増殖性変化はみられず,比較的良好な視機能の回復を得ることができた.最後に,若年者に発症した原因不明の硝子体出血では,全身検索を行うと同時に硝子体手術に至った症例ではPCR法などによる結核菌やサイトカインを指標とした眼内液の検索を要すると思われた.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081735(127)文献1)BiswasJ,SharmaT,GopalLetal:Ealesdisease─Anupdate.SurvOphthalmol47:197-214,20022)平形明人:Eales病.眼科42:1476-1480,20003)EalesH:Casesofretinalhemorrhageassociatedwithepistaxisandconstipation.BirminghamMedRev9:262-273,18804)安積淳:抗結核薬による治療試験.眼科42:1721-1727,20005)SakaiJ,MatsuzawaS,UsuiMetal:NewdiagnosticapproachforoculartuberculosisbyELISAusingthecordfactorasantigen.BrJOphthalmol85:130-133,20016)矢野郁也:コードファクター.結核73:37-42,19987)BiswasJ,ThereseL,MadhavanHNetal:Useofpoly-merasechainreactionindetectionofMycobacteriumtuberculosiscomplexDNAfromvitreoussampleofEales’disease.BrJOphthalmol83:994,19998)青江啓介,平木章夫,村上知之:結核性胸膜炎の診断と治療─とくに胸水中サイトカイン測定の意義について─.結核79:289-295,20049)三木徳彦,河野剛也:Eales病に対する網膜レーザー光凝固.眼科43:1529-1534,200110)El-AsrarAM,Al-KharashiSA:Fullpanretinalphotoco-agulationandearlyvitrectomyimproveprognosisofreti-nalvasculitisassociatedwithtuberculoproteinhypersensi-tivity(Eales’disease).BrJOphthalmol86:1248-1251,2002***