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虚血性視神経症の臨床的背景

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):449.452,2014c虚血性視神経症の臨床的背景春木崇宏*1,2市邉義章*2清水公也*2*1海老名総合病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室ClinicalBackgroundsofIschemicOpticNeuropathyTakahiroHaruki1,2),YoshiakiIchibe2)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofOphthalmology,EbinaGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversity目的:虚血性視神経症患者の臨床的背景を検討した.対象および方法:2001年1月.2010年12月までに虚血性視神経症の診断で入院加療した患者41例44眼(男性27名,女性14名,平均年齢67.6歳)の診療録を基に,その背景因子につき後ろ向きに検討した.結果:男性が66%,発症年齢は65.69歳にピークがみられ,初診時視力は0.01.0.1未満が多かった.ステロイドは全体の88%で使用し,非動脈炎性にステロイド使用した場合の視力改善率は50%であった.糖尿病の合併は20%で,糖尿病合併群は合併しない群と比べ最終視力が不良で,vWF(vonWillebrandfactor)値が高かった.結論:虚血性視神経症に糖尿病の合併率は低いが重要な発症危険因子の一つであり,視力予後不良因子になる可能性が示唆された.非動脈炎性に対するステロイド治療は今後,多施設による前向きな検討が必要である.Purpose:Toreporttheclinicalbackgroundofpatientswithischemicopticneuropathy(ION).Subjectandmethod:Weretrospectivelyinvestigatedtheclinicalbackground,basedonmedicalrecords,of44eyesof41patientswithION(27male,14female;averageage:67.6years)whohadbeenhospitalizedforischemicopticneuropathybetweenJanuary2001andDecember2010.Results:Peakonsetagerangedfrom65.69years;66%ofthepatientsweremale.Manyofthosehadinitialvisualacuityof0.01.0.1.Ofallpatients,88%weretreatedwithsteroid;50%ofthosewithnon-arteriticIONwhoreceivedsteroidshowedimprovedvisualacuity.Thosewithassociateddiabetescomprised20%;thediabetesgrouphadpoorprognosiscomparedwiththenon-diabetesgroup,andhadahighlevelofvonWillebrandfactor(vWF)onthebloodtest.Conclusions:Thediabeticincidenceofcomplicationwaslow,butdiabeteswasanimportantonsetriskfactor.IONpatientswithdiabetesmayhavepoorvisualprognosis.Steroidtherapyfornon-arteriticIONwillrequireprospectiveexaminationatmanyinstitutionsinthefuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):449.452,2014〕Keywords:虚血性視神経症,非動脈炎性,糖尿病,ステロイド,RAPD.ischemicopticneuropathy,non-arteritic,diabetes,steroid,RAPD.はじめに虚血性視神経症は中高年における代表的視神経疾患であり,大きく動脈炎性と非動脈炎性に分類される.動脈炎性は側頭動脈炎(巨細胞性動脈炎)の他に,結節性多発動脈炎,全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythematosus:SLE)などが原因疾患としてあげられるが採血上,赤沈やC反応性蛋白(C-reactiveprotein:CRP)の上昇がみられ,また巨細胞性動脈炎の最終診断は側頭動脈の生検によってなされる.一方,非動脈炎性は動脈硬化,心筋梗塞,高血圧,糖尿病,血液疾患などが背景因子として考えられており,わが国では動脈炎性は少なく非動脈炎性が多い.本症は50歳以上の発症がほとんどだが,まれに若年者にも発症することがあり,その場合前述した基礎疾患の他に小乳頭など先天的な眼局所の異常が危険因子になるとされている1.4).過去にも本症の背景因子に関する報告はあるが5,6),今回,筆者らは当科に虚血性視神経症で入院した患者の検査データ,治療などの診療録を基に分析し,改めてその臨床的背景を検討してみたので報告する.〔別刷請求先〕春木崇宏:〒243-0433海老名市河原口1320海老名総合病院眼科Reprintrequests:TakahiroHaruki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EbinaGeneralHospital,1320Kawaraguchi,Ebina,Kanagawa243-0433,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(145)449 I対象2001年1月.2010年12月までの10年間に虚血性視神経症の診断で入院加療した患者41例44眼で男性27名,女性14名,平均年齢は67.6歳であった.虚血性視神経症の診断は発症年齢が40歳以上,片眼性の急激な視力または視野障害,限界フリッカー値の低下,相対的求心路瞳孔障害(relativeafferentpupilarydefect:RAPD)陽性を絶対条件とし,造影剤検査で視神経,脈絡膜の充盈遅延または欠損があり,コンピュータ断層撮影(CT),磁気共鳴画像(MRI),また髄液検査で圧迫や脱髄を含め異常なく,さらに動脈炎性は赤沈,CRP,vWF(vonWillebrandfactor)値の上昇を参考事項とした.II方法,検討項目診療録を基に性別,年齢,左右の割合,視力,前部虚血性視神経症と後部虚血性視神経症の割合,赤沈,CRP,vWF値,トリグリセリド,総コレステロールなど発症に関すると考えられる血液データ,自己抗体の有無,乳頭の大きさの評価としてWakakuraらのDM/DD比7),糖尿病の有無,治療につき後ろ向きに検討した.III結果男女比は66%と男性に多く,発症年齢は男女ともに65.69歳にピークがみられ,さらに高齢になると減っていくという傾向があった(図1).発症眼は右眼発症が55%,左眼発症が45%であった.また,乳頭の蒼白浮腫を呈する前部虚血性視神経症と乳頭に異常がない後部虚血性視神経症の割合は,前部虚血性が78%を占めた.初診時視力は0.01.0.1未満が多く,光覚弁や手動弁など重篤な視力障害は少なかった(図2).初診時で多かった0.01.0.4までの視力の割合は最終視力では減少し,日常読み書きが可能な視力とされている0.5以上が66%を占めた(図3).小数視力をlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力に変換し,0.2以上の変化を改善あるいは悪化とした場合の視力予後をみてみると,改善39%,不変50%,悪化11%であった(図4).視野異常は虚血性視神経症に特徴的といわれている水平性は31%で中心性が54%,その他が14%であった.血液データの結果において,まず赤沈は男性の場合,年齢/2,女性は(年齢+10)/2を正常上限とすると40例中13例(33%)が高値であり,これらの症例を動脈炎性の疑い(生検をしていないため)とし,正常範囲内であった27例(67%)を非動脈炎性とした.つぎに基準値以上を高値とした場合,CRPが26%,血管内皮障害の指標となるvWF値は65%において高値であった.その他,トリグリセリドは41%,450あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014総コレステロールは28%で高値,さらに35%で抗核抗体が陽性であった.つぎに,視神経乳頭の大きさの評価として眼底写真を用いDM/DD比を計算した.DM/DD比3.0以上を小乳頭,2.4未満を大乳頭とすると,虚血性視神経症発症のリスクファクターといわれている小乳頭は計測できた36例中8例(22%)であった.また,乳頭が大きい例は1例のみ(3%)にみられた.治療に関しては,ステロイドパルス(メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム1,000mg/日を3日間)施行後にプレドニゾロンの内服漸減をする方法が68%と最も多く,ついで内服のみが15%,ステロイドパルスのみが5%,計88%でステロイドを使用していた(図5).非動脈炎性にも27例中22例(82%)にステロイドを使用していた(表1)が,使用した22例中18例(82%)は,いわゆる乳頭浮腫をきたしている前部虚血性であった.前述と同様の基準でlogMAR値0.2以上を視力改善とすると,改善率は非動脈炎性でステロイドを使用した場合は50%,動脈炎性は全例ステロイドを使用していたが視力改善率は30%であった.最後に糖尿病の合併は,当院基準値HbA1C5.8%(JDS)を超えるものを糖尿病とした場合,その割合は41例中8例,20%という結果であった.また,HbA1C7%を超えるようなコントロール不良例はなかった.糖尿病を合併する群(8例)と,しない群(33例)でその臨床的背景を比較してみると糖尿病合併群のほうが最終視力不良で,vWF値が高かった(表2).IV考按水平性視野障害は虚血性視神経症の特徴的な視野異常といわれている2.5,8)が,今回の検討では31%にとどまり,約半数54%が中心性であった.この結果は中心性視野障害でも虚血性視神経症を念頭に置かなければいけないという従来から指摘されていることが再確認された.本疾患の診断は他のデータや所見と併せ慎重に進めていく必要がある.今回の検討では後部虚血性視神経症は22%で,ほとんどが乳頭腫脹を伴う前部虚血性であった.視神経の眼球に近い部分(篩状板付近)は毛様動脈系の短後毛様動脈から血流の供給を受けており,通常この血管閉塞によるものはいわゆる蒼白浮腫とよばれる視神経の腫脹をきたす(前部虚血性視神経症).短後毛様動脈は脈絡膜の栄養血管でもあり,フルオレセインやインドシアニングリーン蛍光眼底造影検査で,脈絡膜の循環不全が検出されることにより診断が可能である1,3,4,9.11).一方,後部虚血性視神経症の眼底は正常で,視神経の後部はおもに軟膜動脈から血流の供給を受けており,先に述べた蛍光眼底造影検査では異常が検出されない.他疾患との鑑別がむずかしいところではあるが,今回の検討では(146) 症例数男性(n=27)女性(n=14)121086420眼数1.210.90.80.70.60.50.40.30.20.10.01~指数弁手動弁光覚弁14121086420症例数男性(n=27)女性(n=14)121086420眼数1.210.90.80.70.60.50.40.30.20.10.01~指数弁手動弁光覚弁1412108642045~4950~5455~5960~6465~6970~7475~7980~84少数視力年齢(歳)図1発症年齢分布と男女比図2初診時視力11%50%39%0.5~0.01~0.4~手動弁~光覚弁39%66%55%28%4%4%2%2%初診時改善不変悪化(n=44)視力最終視力図4視力予後図3初診時視力と最終視力表1非動脈炎性視神経症に対する治療非動脈炎性27例前部虚血性後部虚血性5%ステロイド使用(n=22)18(82%)4(18%)ステロイド非使用(n=5)3(60%)2(40%)12%15%68%ステロイドパルス後内服内服のみ表2各検討項目の中央値ステロイド非使用ステロイドパルスのみ糖尿病合併なし糖尿病合併あり(n=33)(n=8)(n=41)図5治療方針片眼性,急激発症で乳頭腫脹がなく,MRI,髄液検査においても視神経の炎症所見を認めなかったものを除外診断にて後部虚血性視神経症と診断したが,後部虚血性視神経症の割合が低いことは診断が困難であることも関与しているものと思われる.また,放射線照射の既往や真菌感染はいずれの症例にも認めなかった.近年,急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonaloccultouterretinopathy:AZOOR)を代表とする一見眼底が正常な網膜疾患も存在するので,虚血性視神経症の診断は網膜電図(ERG)や光干渉断層計(OCT)を用いた網膜疾患の鑑別も必須で,慎重になされるべきであると考える.虚血性視神経症の治療は,動脈炎性ではステロイドパルス療法などただちにステロイドの大量療法を開始,以後赤沈やCRPなどの血液データも参考にしながらゆっくり漸減して(147)年齢(歳)67.570.0初診視力(logMAR)0.401.05最終視力(logMAR)*0.051.02赤沈(mm/h)15.029.5CRP(mg/dl)0.0650.252vWF*176.5227.0*p<0.05Wilcoxonのt検定.いくことが推奨されている3,8,10,12).また,ステロイドの投与により僚眼の発症予防にもなることもわかっている13).一方,非動脈炎性では一般的には,原因疾患の治療やコントロール,抗血小板薬,循環改善薬,ビタミン剤の投与が推奨されているが,治療に関し明確なエビデンスはない14,15).今回,動脈炎性の疑いと診断したのは33%であり,既報6)と同様にわが国では動脈炎性は少ない結果であった.血液データの赤沈の値で今回は診断しているが,一般的に高齢者や糖尿病患者では赤沈は亢進しており,血液データのみでは診断はつかず,確定診断には側頭動脈など動脈の生検が必要である.しかし,実際の臨床の現場では本症が高齢者に多いこあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014451 とや生検を拒否する患者も多く全例に生検を行うことは困難であり,なるべく侵襲性の少ない検査による診断基準の作成が望まれる.動脈炎性の場合,ステロイドの使用は異論のないところであると思うが,問題は非動脈炎性の治療である.Hayrehらは,2008年に乳頭腫脹を伴った非動脈炎性前部虚血性視神経症に対するステロイド療法の有用性を述べている.ステロイド治療をした場合,発症から2週間以内で視力は69.8%,視野は40.1%で改善,それに対し無治療では視力は40.5%,視野は24.5%の改善にとどまったと報告し,ステロイドの有効性として①ステロイド使用でより速い視神経乳頭の浮腫改善,②視神経乳頭における毛細血管の圧迫減少,③視神経乳頭の血流改善,④低酸素状態の軸索機能の回復,さらに⑤フリーラジカルによる視神経ダメージの抑制をあげている15).この論文には賛否両論はある16,17)が,決定的な治療法がない現段階では非動脈炎性の場合,乳頭腫脹のみられる前部虚血型に対しては血糖のコントロールや全身状態に問題がなければステロイド治療も選択肢の一つにしてよいのではと考えるが,今後,多施設による多数例の前向きな検討をしていく必要がある.糖尿病における視神経疾患として乳頭は腫脹するものの視力低下がない,あるいは軽度な糖尿病乳頭症,そして急激な視力,視野障害で発症する虚血性視神経症が知られている18,19).従来から非動脈炎性虚血性視神経症の全身危険因子として糖尿病があげられている20).しかし,今回の結果のように臨床上,虚血性視神経症で糖尿病合併例を経験することはむしろ少なく,過去の報告でも虚血性視神経症の糖尿病合併率は今回の検討と同様に20%21),逆に糖尿病の虚血性視神経症の合併率は0.2.0.5%とされている22).Leeらは,68歳以上の糖尿病患者25,515人と,この患者群と同人数の対照群の非動脈炎性前部虚血性視神経症の発症率を後向きに比較検討しており,糖尿病は非動脈炎性前部虚血性視神経症発症リスクを有意に増大させることを報告している23).今回の検討では虚血性視神経症を発症した時点で糖尿病の合併は少なかったとはいえ,この報告にあるように糖尿病は非動脈炎性前部虚血性視神経症の発症リスクを増大させるので,やはり重要な全身危険因子として管理されるべきと考える.V結論虚血性視神経症の臨床的背景は過去と同様の結果であった.本症に糖尿病の合併率は低いが重要な発症危険因子の一つであると同時に,視力予後不良因子にもなる可能性が示唆されたためその管理は十分になされるべきと考える.非動脈炎性虚血性視神経症に対する治療は,今回の結果で452あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014はステロイドの有効例もみられたが今後,多施設による多数例の前向きな検討が必要である.文献1)山上明子:視神経乳頭異常を呈する視神経疾患のみかた.日本の眼科83:728-733,20122)三村治:視神経炎と虚血性視神経症はこうして見分ける.臨眼65:794-798,20113)田口朗:動脈炎性虚血性視神経症の診断と治療.神経眼科27:4-10,20104)宮崎茂雄:虚血性視神経症の臨床.日本医事新報4279:66-70,20065)柳橋さつき,佐藤章子:虚血性視神経症の治療成績.臨眼58:1743-1747,20046)太田いづみ,太田浩一,吉村長久:前部虚血性視神経症の検討.眼紀54:979-982,20037)WakakuraM,AlvarezE:Asimpleclinicalmethodofassessingpatientswithopticnervehypoplasia.Thediscmaculardistancetodiscdiameterratio(DM/DD).ActaOphthalmol65:612-617,19878)大野新一郎:神経疾患.眼科53:789-796,20119)中馬秀樹:虚血性視神経症.眼科51:1353-1359,10)中馬秀樹:動脈炎性虚血性視神経症.眼科51:675-683,200911)加島陽二:虚血性視神経症.眼科52:1571-1575,201012)石川裕人,三村治:虚血性視神経症(動脈炎性を含めて).眼科54:1511-1515,201213)BirkheadNC,WagenerHP,ShickRM:Treatmentoftemporalarteritiswithadrenalcorticosteroids;resultsinfifty-fivecasesinwhichlesionwasprovedatbiopsy.JAmMedAssoc163:821-827,195714)大野新一郎:非動脈炎性前部虚血性視神経症.眼科51:783-789,200915)HayrehSS,ZimmermanMB:Non-arteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol246:10291046,200816)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症の治療の可能性と問題点.神経眼科27:41-50,201017)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症にステロイド投与は有効か?あたらしい眼科29:763-769,201218)中村誠:糖尿病関連視神経症.臨眼62:1836-1841,200819)加藤聡:網膜症以外の眼合併症.臨眼61:136-141,200720)HayrehSS,JoosKM,PodhajskyPA,LongCR:Systemicdiseasesassociatedwithnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy.AmJOphthalmol118:766-780,199421)井上正則:糖尿病.新臨床神経眼科学,p234-235,メディカル葵出版,200122)船津英陽,須藤史子,堀貞夫:糖尿病眼合併症の有病率と全身因子.日眼会誌97:947-954,199323)LeeMS,GrossmanD,ArnoldAcetal:Incidenceofnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy:increasedriskamongdiabeticpatients.Ophthalmology118:959963,2011(148)