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骨髄移植治療中に発症した流行性角結膜炎の1例

2018年3月31日 土曜日

《第54回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科35(3):381.383,2018c骨髄移植治療中に発症した流行性角結膜炎の1例髙木理那髙野博子小林未奈田中克明豊田文彦榛村真智子木下望梯彰弘自治医科大学附属さいたま医療センター眼科EpidemicKeratoconjunctivitisafterBoneMarrowTransplantation:ACaseReportRinaTakagi,HirokoTakano,MinaKobayashi,YoshiakiTanaka,FumihikoToyoda,MachikoShimmura,NozomiKinoshitaandAkihiroKakehashiCDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversitySaitamaMedicalCenter目的:骨髄移植治療中に無菌室で流行性角結膜炎を発症した症例を経験したので報告する.症例:45歳,男性.骨髄移植のため無菌室在室中,移植後C12日目に左眼球結膜充血と流涙,眼痛を自覚.アデノウイルス抗原迅速検査キットで流行性角結膜炎と診断し,ただちにC0.1%フルオロメトロン点眼C4回/日とC1.5%レボフロキサシン点眼C4回/日を開始した.しかし,高度免疫抑制状態であるため,症状改善やウイルス抗原消失にC4週間以上の長期間を要した.結論:無菌室であっても,完全にウイルスを排除することは困難である.アデノウイルス感染に対する予防薬や治療薬がないため,不用意なウイルスの持ち込みや,感染の拡大には細心の注意が必要であると考えた.CPurpose:Toreportapatientwhoreceivedabonemarrowtransplantanddevelopedepidemickeratoconjunc-tivitisduringhisstayinthecleanroom.Case:A45-year-oldmalewhowasaninpatientinthecleanroomhadcongestionCofCtheCbulbarCconjunctiva,Clacrimation,CandCophthalmalgiaCofCtheCleftCeyeC12CdaysCafterCboneCmarrowtransplantation.Hewasdiagnosedwithepidemickeratoconjunctivitis;0.1%.uorometholoneand1.5%levo.oxacinophthalmicCsolutionCwereCprescribedCfourCtimesCdaily.CTimeCtoCresolutionCofCtheCadenovirusCantigenCwasClengthyCbecauseofthesevereimmunosuppressivestatusafterbonemarrowtransplantation.Conclusion:Preventingexpo-suretoadenovirusisdi.culteveninthecleanroom.Becausethereisnoe.ectivetreatmentforkeratoconjunctivi-tis,utmostcautionisrequiredsoasnottointroduceandspreadadenovirusintothatenvironment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(3):381.383,C2018〕Keywords:流行性角結膜炎,無菌室,骨髄移植,院内感染.epidemickeratoconjunctivitis,cleanroom,bonemarrowtransplantation,nosocomialinfection.Cはじめに流行性角結膜炎(epidemickeratoconjunctivitis:EKC)はアデノウイルスによる,おもに接触感染で感染する非常に感染力の強い眼感染症である.学校感染症の一つでもあり,診断された場合は出席停止や出勤停止となる.多数の患者と接触する機会の多い医療従事者を有する医療機関では,その感染力の強さから院内感染も起きやすいとされている.院内感染が蔓延すると,感染を終息させるのはむずかしい.今回,骨髄移植治療中,無菌室在室でCEKCを発症した症例を経験したので報告する.CI症例症例はC45歳,男性.2014年骨髄異形成症候群と診断され,2016年C2月骨髄移植目的で当院血液内科に入院.同月中旬より前処置開始.抗がん剤としてブスルファン(ブスルフェクスR),シクロホスファミド(エンドキサンCR),免疫抑制としてシクロスポリン(サンディミュンCR)が投与された.前処置開始C1週間後に骨髄バンクドナーより移植施行され無菌室在室となった.その後,免疫抑制にシクロスポリン(サンディミュンR),メトトレキサート(メソトレキセートCR)投与,感染症予防にアシクロビル内服,フルコナゾール内〔別刷請求先〕髙木理那:〒330-8503埼玉県さいたま市大宮区天沼町C1-847自治医科大学附属さいたま医療センター眼科Reprintrequests:RinaTakagi,M.D.,DepartmentofOphthalmologyJichiMedicalUniversitySaitamaMedicalCenter,1-847CAmanuma-chou,Omiya-ku,Saitama-shi,Saitama330-8503,JAPAN0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(99)C381白血球数治療開始時治療開始1週間治療開始4週間治療開始5週間380服,メロペネム,ミカファンギンナトリウム(ファンガードCR),バンコマイシン塩酸塩(バンコマイシンCR)が点滴投与された.3月上旬,左眼球結膜充血と流涙,眼痛を自覚.症状発現からC2日後,当科コンサルトとなった.無菌室在室であるため,往診での診察であるが,左眼瞼・眼球結膜充血,濾胞形成を認めた.耳前リンパ節腫脹や角膜上皮障害は明らかではなかったが,免疫クロマト法を用いた眼科専用アデノウイルス抗原迅速検査キットのキャピリアアデノアイR(CAE)でCEKCと診断.0.1%フルオロメトロン(フルメトロン点眼液C0.1%CR)4回/日,1.5%レボフロキサシン(クラビット点眼液C1.5%CR)点眼C4回/日での治療を開始した.治療開始C1週間後には右眼にも眼瞼・眼球結膜炎を認めた.治療開始C2週間後には両眼瞼に偽膜形成,角膜上皮障害を認め,偽膜除去を行った.症状は徐々に軽快し,治療開始C4週間後には左眼CCAEは陽性であったが,眼瞼・眼球結膜充血は改善し,偽膜も消退した.治療開始C5間後に左眼CCAE陰性を確認.角膜上皮障害も改善となった.本症例は初回の非血縁からの骨髄移植が生着不全となったため,再度血縁からの末梢血幹細胞移植が行われたため,無菌室を出るのに長期間を要した.受診が可能になったC6月下旬の所見では,角膜混濁や瞼球癒着などはなく,EKCは治癒していた.CII考按骨髄異形成症候群(myelodysplasticCsyndromes:MDS)は,異形成を伴う造血細胞の異常な増殖と細胞死を起こす造血器腫瘍である.無効造血のために,骨髄が正.過形成となり末梢血は汎血球減少をきたす1).また,好中球やマクロファージの貪食機能低下による質的異常を呈し,抗がん剤投与後には好中球やマクロファージの数的異常を呈する2).本症例はCMDSに対する骨髄移植であり,抗がん剤や免疫抑制薬のために高度免疫抑制状態であった.白血球数は前処置時にはC1,090/μl(うち,好中球数C76/μl),移植時にはC380/μlに減少,その後症状出現時,EKC診断時にC20/μlとなり,右眼の症状出現,偽膜形成やCEKC改善までC150/μl以下の低い値で推移した(図1).アデノウイルスが細胞内に感染すると,自然免疫で炎症性サイトカインが産生され症状が出現する.本症例は高度免疫抑制状態であったため,偽膜形成が図2症状と白血球球数治療開始からC2週間後と症状の出現も遅く,また,偽膜形成はあったが,充血は軽度から中程度で症状は顕著ではなかった.また,ウイルス感染ではおもに獲得免疫が働くが,自然免疫同様に獲得免疫の誘導が遅く,症状発現から眼瞼結膜のアデノウイルス抗原陰性化確認までC37日を要した(図2).本症例は無菌室内でのCEKC発症例という点も特徴的である.無菌室内での感染経路として,外部者からの感染が考えられる.当センターの無菌室は外扉の中にC4つの個室があり,徹底した陽圧管理をされている.入室の際は外扉内の手洗い場で手を洗い,マスクを装着し,送風機を強風にして入室することと規定されていた.外部者との面会もC12歳以上で体調に問題ない者に限定されており,生ものや粉塵を含むような荷物の室内への持ち込みは原則として禁止されていた.しかし,外部者からの荷物や洋服にアデノウイルスが付着している場合は,無菌室内へのウイルスの侵入は完全には防止できない.無菌室内での感染経路として,二つ目に院内感染が考えられる.本症例と同時期に同病棟でもう一人CEKC患者を確認している.当患者は本症例患者の症状発症C2日前より左眼脂,流涙,結膜充血が出現.本症例と同日に眼科コンサルトとなり,EKCと診断され,個室に隔離,同日緊急退院となった.同一病棟にC2人のCEKC患者がいたことから,医療従事者を介しての感染が疑われた.アデノウイルス感染は物理的な抵抗性が強いことが,院内感染を引き起こす最大の理由とされている.ドアノブなどに付着した際,数カ月間強い感染力を保つともいわれている3).アデノウイルスには次亜塩素酸ナトリウムの使用が推奨されている.当センターでアデノウイルス発生時は,患者の個室隔離や早期退院,また,徹底した次亜塩素酸ナトリウムでの診察器具やドアノブなど室内備品の消毒を行う.また,患者接触の際は,マスク,ゴム手袋,ビニールエプロンを使用し,手指などに接触した際は,徹底した手洗いとアルコール消毒を行う決まりとなっている.しかし,アデノウイルスはアルコールに対し抵抗性が382あたらしい眼科Vol.35,No.3,2018(100)強く,またアデノウイルスに有効である次亜塩素酸ナトリウムは使用時の塩素臭が強く,残存臭も問題となる.また,酸化作用により金属類や繊維類を腐食させる.そのため次亜塩素酸ナトリウムは慎重に使用しなければならない.近年,ペルオキソ一硫酸水素カリウムを主成分とする環境消毒ルビスタRが普及している.ペルオキソ一硫酸水素カリウムとその他の配合成分との反応により次亜塩素酸が生成され,次亜塩素酸の酸化作用により効果を発揮する.優れた除菌性能を有するうえ,次亜塩素酸ナトリウムと違い,皮膚,金属,プラスチックに影響が少なく安全に使用できる.また,アデノウイルスをはじめとして,ノロウイルスなどのウイルス,細菌にも有効である.当薬剤は急速に普及しており,次亜塩素酸ナトリウムに代わり,腐食性のある器材にはルビスタCRを使用することも考慮しなければならない.本症例は他に,シーツなどのリネンからの感染の可能性も考えられた4).ウイルスの潜伏期間中に使用されたリネンは感染汚染物としては扱われないため,ウイルスを媒介した可能性もある.今回はウイルス型の同定を行えなかったため,2症例が同一のウイルスであるかは不明のままであり,医療従事者を介したか外部から持ち込まれたかも判別不能である.近年,患者体内に潜伏しているアデノウイルスCDNAによる再発感染の可能性があることが報告されている.熱性呼吸器疾患の学童児のC8%の鼻洗浄液からアデノウイルスが検出されており,そのうちにC81%がCC亜属であった.成長につれアデノウイルス検出率は減少し,成人するとほぼ皆無となる.咽頭組織に潜在性のCC亜属のアデノウイルスが存在し,それが生後数年間に再活性化し発症する可能性を示唆している5).他の報告では,10年前にCEKC発症した患者の涙液や結膜からアデノウイルスCDNAが検出され,かつ既感染患者の多くは慢性乳頭結膜炎があることから,結膜にアデノウイルスCDNAが超期間にわたり潜伏し,再感染につながる可能性があることが示されている6).本症例は,明らかな既感染の情報はなかったが潜伏感染の活性化による発症の可能性も否定はできない.感染経路特定には至らないが,ウイルスは運搬されなければ拡散しない.ウイルスに曝露することの多い医療従事者が運搬の担い手になる可能性は非常に高い.接触感染予防の意識を高め,正しい消毒法や減菌法の知識を共有し,ウイルスの持ち込み,持ち出しを行わないように十分な注意と教育が必要である.CIII結論骨髄移植直後の高度免疫抑制状態で,ウイルス抗原消失に長期間を要したCEKCを経験した.アデノウイルス感染は予防薬投与が困難であり,不用意なウイルスの持ち込みや,感染の拡大には細心の注意が必要であると考えた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)宮﨑泰司:骨髄異形成症候群の診断基準と診療の参照ガイド.長崎大学原爆後障害医療研究所,20142)神田善伸:造血幹細胞移植に伴う免疫抑制状態と感染症対策.ICUとCCCU37:613-620,C20133)平田憲:眼科における感染対策.臨床と研究C88:559-562,C20114)原田知子,広島葉子,本郷元ほか:セレウス菌菌血症のアウトブレークを経験して.日赤医学61:338-341,C20105)GarnettCCT,CTalekarCG,CMahrCJACetCal:LatentCspeciesCCCadenovirusesCinChumanCtonsilCtissues.CJCVirolC83:2417-2428,C20096)KayeCSB,CLloydCML,CWilliamsCHCetCal:EvidenceCforCper-sistenceofadenovirusinthetearfilmadecadefollowingconjunctivitis.JMedVirolC77:227-231,C2005参照キョーリンメディカルサプライ株式会社ホームページChttp://www.rubysta.jp/***(101)あたらしい眼科Vol.35,No.3,2018C383