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Bevacizumab の硝子体内注射で硝子体手術時期が延期できた増殖糖尿病網膜症の1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(135)8850910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):885889,2008cはじめに活動性の高い増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)患者において,硝子体および前房水中の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)濃度が上昇している1,2).近年,適応外使用であるが,眼科領域において抗VEGF薬であるbevacizumab(Avas-tinR)の硝子体内注射の効果が多く報告36)されており,PDRに対しても有用性が報告79)されている.しかし,硝子体手術の時期を延期する目的で,bevacizumabの硝子体注射を行った報告は見当たらない.今回,筆者らは両眼の増殖糖尿病網膜症で,右眼は硝子体手術後にシリコーンオイル下で重篤な再増殖が起こり,追加手術が必要で安定した状態になるには時間がかかると予想され,左眼も活動性が高く,硝子体出血や牽引性網膜離の発生が危惧される症例を経験した.この症例の左眼に対し,高度な視力低下が出現する前にbevacizumabの硝子体内注射を3回施行して,手術時期を延期することができたので報告する.I症例患者:31歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:2006年2月に他院で右眼の硝子体出血,牽引性網膜離を伴う増殖糖尿病網膜症のため,硝子体手術およびシリコーンオイル・タンポナーデが施行された.しかし,右〔別刷請求先〕北善幸:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院眼科Reprintrequests:YoshiyukiKita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityMedicalCenterOhashiHospital,2-17-6Ohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPANBevacizumabの硝子体内注射で硝子体手術時期が延期できた増殖糖尿病網膜症の1例北善幸佐藤幸裕北律子八木文彦富田剛司東邦大学医学部眼科学第二講座IntravitrealInjectionofBevacizumabtoDelayTimingofVitrectomyforProliferativeDiabeticRetinopathyPatientYoshiyukiKita,YukihiroSato,RitsukoKita,FumihikoYagiandGojiTomitaSecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine高度な視力低下が出現する前にbevacizumabの硝子体内注射を複数回施行して,手術時期を延期できた症例を経験したので報告する.症例は31歳,男性.両眼の増殖糖尿病網膜症で,右眼は硝子体手術後に重篤な再増殖が起こり,追加手術が必要で安定した状態になるには時間がかかると予想された.左眼も活動性が高く,硝子体出血や牽引性網膜離の発生が危惧された.左眼の高度な視力低下が出現する前にbevacizumabの硝子体内注射を3回施行して,手術時期を延期することができた.Wereportontheeectivenessofrepeatedintravitrealinjectionsofbevacizumabinordertosustainvisualacuitywhiledelayingtimelysurgeryinpatientswithproliferativediabeticretinopathy.Thepatient,a31-year-oldmalewithbilateralproliferativediabeticretinopathy,requiredanadditionalvitrectomyowingtodevelopmentofrecurrentsevereproliferationafterinitialvitrectomyinhisrighteye,butaperiodoftimewasneededforstabiliza-tionoftheeye’scondition.Activitywasalsohighinthelefteye,withriskofdevelopingvitreoushemorrhageandtractionalretinaldetachment.Toforestallvisualacuitydeterioration,3intravitrealinjectionsofbevacizumabweregiveninordertoenabledelayofappropriatetimingforvitrectomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):885889,2008〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,血管内皮増殖因子,bevacizumab,黄斑偏位.proliferativediabeticretinopathy,vascularendothelialgrowthfactor,bevacizumab,macularheterotopia.———————————————————————-Page2886あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(136)(0.7×0.75D).眼圧は両眼19mmHg.両眼とも前眼部に異常なく,虹彩隅角新生血管なし.中間透光体は,右眼シリコーンオイル注入眼,左眼に異常なし.眼底は右眼鼻側に再増殖による牽引性網膜離があった.左眼は,乳頭新生血管(neovascularizationofthedisc:NVD),網膜新生血管,黄斑浮腫,網膜前出血があり,汎網膜光凝固(panretinalpho-tocoagulation:PRP)が施行されていた(図1).経過:右眼は再度の硝子体手術が必要であり,安定した状態になるには時間がかかると予想された.左眼はPRPが完成しているにもかかわらず,NVDは活動性があり,硝子体出血や牽引性網膜離が発生して,さらに視力が低下してくると予想された.そのため,右眼が安定した状態になるまでの間,左眼の網膜症の悪化と視力低下を防ぐ目的で,本院倫理委員会の承認を得て文章によるインフォームド・コンセントを取得のうえ,6月2日にbevacizumab1.25mg(0.05ml)の硝子体内注射(intravitrealinjectionofbevacizumab:IVB)を施行した.IVBは,局所麻酔下で,角膜輪部から3.5mm後方に32ゲージ針で行った.注射の前に前房水を採取した.採取した前房水のVEGF濃度はhumanVEGF抗体(R&DSystems)を用いて,enzyme-linkedimmunosor-bentassay(ELISA)法にて測定し,1,680pg/mlであった.注射後,NVDは徐々に減少し,50日後にはほぼ消退した.また,黄斑浮腫も改善し,矯正視力(1.0)になった.そのため,8月7日に右眼の硝子体再手術を施行した.手術は,シリコーンオイルを抜去し,増殖膜を処理したが,医原性裂孔が生じたのでSF6(六フッ化硫黄)ガスタンポナーデを行った.その後,左眼のNVDが再度増悪し(図2),右眼も軽度の硝子体出血が出現した.そのため,9月22日に左眼に対し2回目のIVB1.25mg(0.05ml)を施行し,NVDは再び消退した(図3).さらに,左眼に光凝固の追加(650発)を眼の鼻側にシリコーンオイル下で網膜上の再増殖が出現したため,同年5月23日に東邦大学医療センター大橋病院を紹介され受診した.既往歴:18歳より2型糖尿病.初診時所見:視力は右眼0.02(0.1×+6.00D),左眼0.3abc1初診時眼底写真a,b:右眼はシリコーンオイル注入眼で,鼻側に再増殖による牽引性網膜離がある.c:左眼は乳頭新生血管,網膜新生血管,黄斑浮腫,網膜前出血がある.図22回目のIVB前の左眼眼底写真NVDは一時的にはほぼ消退したが,その後,再度出現した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008887(137)時点で硝子体手術の適応はないが,網膜症の悪化による視力低下が予想されるPDR患者に対し,IVBを施行して硝子体出血などの発症を遅らせ,硝子体手術の時期を延期できた症行った.右眼の白内障が進行してきたため,2007年1月26日,右眼超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を施行した.術後視力は右眼(0.1)であった.2月には左眼のNVDが再度増悪し,さらに硝子体出血と軽度の黄斑偏位が出現し視力が(0.3)に低下した(図4).本人の希望もあり,3月26日に3回目のIVB1.25mg(0.05ml)を施行した.その後,NVDはほぼ消退し,硝子体出血も改善したが,黄斑偏位のため視力は(0.4)までしか改善せず(図5),6月14日に左眼硝子体手術を施行した.術後,黄斑偏位が改善し視力(1.0)となった(図6).その後,外来で経過を観察しているが,2007年11月の時点で矯正視力は右眼(0.08),左眼(0.9)で安定している.II考按今回,筆者らは,硝子体出血や牽引性網膜離がなく,現図6最終眼底写真a:右眼視力(0.1).b:硝子体手術により黄斑偏位が改善し左眼視力(1.0)となった.ab32回目のIVB後の左眼眼底写真NVDはほぼ消退している.図43回目のIVB前の左眼眼底写真NVDが再度出現し,線維血管膜や硝子体出血,黄斑偏位がある.図53回目のIVB後の左眼眼底写真硝子体出血とNVDは消退し,線維血管膜と黄斑偏位がある.———————————————————————-Page4888あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(138)本症例は,右眼が重症のPDRで治療に時間がかかると考えられ,右眼が安定化する前に左眼の硝子体手術が必要になれば,患者は両眼の視力低下によって日常生活も困難になると予想された.このため,左眼にIVBを行って手術時期を延期し,患者のqualityofvisionを維持した.このような使用方法は,今後,硝子体手術が必要になる可能性がある症例で全身状態が不良で手術ができない場合に,IVBを用いて硝子体手術の時期を延期し,全身状態を改善する時間的余裕を作れる可能性もある.ただし,PDRの程度によっては牽引性網膜離が悪化する可能性はあるため,今後,どの程度のPDRに対して施行するか検討する必要があると考えられる.今回は,眼内炎などの合併症はみられなかったが,beva-cizumabの硝子体注射は1,000人に1人の確率で眼内炎などの危険が伴うと報告されている13).また,複数回投与による薬剤毒性など不明な点もあるが,症例を選んで慎重に対応すれば,非常に有用な薬になると考えた.文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothe-lialgrowthfactorinocularuidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEngJMed331:1480-1487,19942)FunatsuH,YamashitaH,NomaHetal:RiskevaluationofoutcomeofvitreoussurgeryforproliferativediabeticretinopathybasedonvitreouslevelofvascularendothelialgrowthfactorandangiotensinII.BrJOphthalmol88:1064-1068,20043)RosenfeldPJ,MoshfeghiAA,PuliatoCA:Opticalcoher-encetomographyndingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(Avastin)forneovascularage-relatedmacu-lardegeneration.OphthalmolSurgLaserImag36:331-335,20054)DavidorfFH,MouserJG,DerickRJ:Rapidimprovementofrubeosisiridisfromasinglebevacizumab(Avastin)injection.Retina26:354-356,20065)MasonⅢJO,AlbertJrMA,MaysAetal:Regressionofneovascularirisvesselsbyintravitrealinjectionofbevaci-zumab.Retina26:839-841,20066)IlievME,DomigD,Wolf-SchnurrburschUetal:Intravit-realbevacizumab(Avastin)inthetreatmentofneovascu-larglaucoma.AmJOphthalmol142:1054-1056,20067)SpaideRF,FisherYL:Intravitrealbevacizumab(Avas-tin)treatmentofproliferativediabeticretinopathycompli-catedbyvitroushemorrhage.Retina26:275-278,20068)MasonⅢJO,NixonPA,WhiteMF:Intravitrealinjectionofbevacizumab(Avastin)asadjunctivetreatmentofpro-liferativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol142:685-688,20069)AveryRL,PearlmanJ,PieramiciDJ:Intravitrealbevaci-zumab(Avastin)inthetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology113:1695-1705,2006例を報告した.PDRの活動性が高いほど,前房水中および硝子体中のVEGF濃度は上昇し,硝子体中のVEGF濃度が高いと硝子体手術後に再増殖しやすいと報告されている1,2,10).まず,本症例のPDRの活動性について検討すると,数カ月前に他院でPRPが完了しているにもかかわらず前房水のVEGF濃度が1,680pg/mlであり,既報1)と比較して非常に高いグループに属すると思われ,網膜症が悪化する可能性が非常に高いと考えた.最近,PDRに対するIVBは新生血管を消退させると報告8,9)されている.また,Spaideらは硝子体出血を伴うPDRに対し,IVBの有効性を報告7)している.この報告では,合計2回のIVBを施行し,硝子体出血が消失し,硝子体手術が回避できている.しかし,重症のPDRに対しIVBを行うと,膜の収縮を増強し牽引性網膜離が5.2%に生じた11)と報告されている.ただ,これらの症例は,硝子体手術が必要なPDR症例であり,本症例では,新生血管は認めるが,検眼鏡的に線維血管膜や牽引性網膜離がない状態で,硝子体手術が必要な状態ではなく,IVBにより牽引性網膜離が発症し,緊急に硝子体手術になる可能性は低いと判断し,IVBを行った.今回,合計3回のIVBを施行した.1回目と2回目のIVBはNVDを消退させる目的で,3回目は,硝子体出血の減少に有効7)とされていたので,硝子体出血を減少させる目的で施行した.IVBによるNVDの消退は一時的なもので,再度増悪したが,IVBの再施行で減少した.1回目のIVB後に減少した新生血管が再度増加したので,2回目のIVB後も減少した新生血管が再度増加する可能性を考え,網膜虚血を改善させるため,網膜光凝固を追加した.しかし,網膜症を沈静化することはできなかった.そのため,もし,初診時に光凝固の追加のみをしていた場合,結果論ではあるが,網膜症の沈静化は得られなかったと考えられる.3回目のIVBの際には,硝子体出血とともに黄斑偏位が生じていた.IVBは硝子体出血には有効であったが,黄斑偏位が残存したので,最終的に硝子体手術を施行した.本症例では患者本人の希望もあり,3回目のIVBを施行した.しかし,この時期には,右眼は白内障手術が終了して安定化しており,左眼には線維血管膜の収縮による黄斑偏位が生じていた.黄斑偏位の持続期間と視力予後が関連するとの報告もあり12),また,線維血管膜も出現してきており,牽引性網膜離が生じる可能性も1回目や2回目のIVB時よりも高い確率と考えられ,本症例では黄斑偏位に対する硝子体手術後,幸いにも視力障害は残らなかったが,3回目のIVBをせずに,硝子体手術に踏み切るべきであったとも考えられる.しかし,最終的に硝子体手術を回避することはできなかったが,初回注射から硝子体手術まで約1年間,手術時期を延期できたと思われ,当初の目的は達成できたと考えた.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008889thy.BrJOphthalmol92:213-216,200812)SatoY,ShimadaH,AsoSetal:Vitrectomyfordiabeticmacularheterotopia.Ophthalmology101:63-67,199413)JonasJB,SpandauUH,RenschFetal:Infectiousandnoninfectiousendophthalmitisafterintravitrealbevaci-zumab.JOculPharmacolTher23:240-242,200710)FunatsuH,YamashitaH,ShimizuEetal:Relationshipbetweenvascularendothelialgrowthfactorandinterleu-kin-6indiabeticretinopathy.Retina21:469-477,200111)ArevaloJF,MaiaM,FlynnHWJretal:Tractionalreti-naldetachmentfollowingintravitrealbevacizumab(Avas-tin)inpatientswithsevereproliferativediabeticretinopa-(139)***