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肥厚性硬膜炎により外転障害・視力障害を生じたSAPHO 症候群の1 例

2021年10月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科38(10):1229.1233,2021c肥厚性硬膜炎により外転障害・視力障害を生じたSAPHO症候群の1例佐々木允*1,2木村雅代*1,2,3杉山和久*1*1金沢大学医薬保健研究域医学系眼科学教室*2富山県厚生農業協同組合連合会高岡病院眼科*3名古屋市立大学眼科学教室CACaseofSAPHOSyndromewithAbducensNervePalsyandDiplopiabyHypertrophicPachymeningitisMakotoSasaki1,2)C,MasayoKimura1,2,3)CandKazuhisaSugiyama1)1)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,GraduateSchoolofMedicine,KanazawaUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,JAToyamaKouseirenTakaokaHospital,3)DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityUniversityofMedicineC目的:SAPHO症候群は掌蹠膿疱症や皮膚疾患に骨炎症を伴う疾患であり,骨病変が頭部に起こることは比較的まれである.今回,SAPHO症候群による肥厚性硬膜炎により外転障害・視力障害を生じ,扁桃腺摘出およびステロイド治療により改善した症例を経験した.症例:57歳,女性.急性発症の右眼外転障害にて受診.既往歴として掌蹠膿疱症および繰り返す下顎骨髄炎がある.造影頭部CMRIにて右中頭蓋窩の硬膜の肥厚および濃染を認め,肥厚性硬膜炎が疑われた.骨髄生検では感染は否定的であり,血液検査などの全身精査でも原因となる異常はなかった.掌蹠膿疱症を伴う滑膜炎であり,その他疾患が否定的であったためCSAPHO症候群と診断した.ステロイド全身投与および扁桃摘出を行ったところ,治療後C3カ月で外転障害および視力障害は著明に改善した.結論:SAPHO症候群による肥厚性硬膜炎で続発的に外転神経麻痺,視神経障害を生じたまれなC1例を経験した.CPurpose:SAPHOCsyndrome,CanCosteoarticularCdiseaseCassociatedCwithCskinCdisordersCincludingCpalmoplantarCpustulosis,CrarelyCshowsCskullClesions.CWeCreportCaCcaseCofChypertrophicCpachymeningitisCcausedCbyCSAPHOCsyn-dromeCinducingCabducensCnerveCpalsyCandCvisualCimpairment,CwhichCwasCimprovedCbyCtonsillectomyCandCsteroidCtreatment.Casereport:A57-year-oldfemalewithahistoryofpalmoplantarpustulosisandrecurrentmandibularosteomyelitispresentedwithanacuteabducensdisorderinherrighteye.Contrast-enhancedheadMRIrevealedahypertrophicandstronglyenhancedduramaterintherightmiddlecranialfossa,suggestinghypertrophicpachy-meningitis.Bonemarrowbiopsyandsystemicexaminationsincludingbloodtestsshowednoinfectionorcausativeabnormalities.Synovitisassociatedwithpalmoplantarpustulosiswassuggestedafterexcludingotherdiseases,andSAPHOsyndromewasdiagnosed.Systemicsteroidandtonsillectomysigni.cantlyimprovedabducensnervepalsyandvisualimpairmentby3-monthsaftertreatment.Conclusion:WeencounteredararecaseinwhichabducensnervepalsyandvisualimpairmentsecondarilyoccurredduetohypertrophicpachymeningitisofSAPHOsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(10):1229.1233,C2021〕Keywords:SAPHO症候群,肥厚性硬膜炎,外転神経麻痺,掌蹠膿疱症.SAPHOsyndrome,hypertrophicpachymeningitis,abducensparalysis,palmoplantarpustulosis.Cはじめに症の波及や,神経の圧迫にて種々の脳神経症状を生じる1).肥厚性硬膜炎は硬膜に慢性炎症を生じ,その結果硬膜の肥従来,肥厚性硬膜炎の確定診断には生検が必要とされてお厚をきたす疾患である.硬膜の肥厚をきたす部位により症状り,診断がむずかしく,まれな疾患であったが,MRIの進はさまざまであるが,頭蓋底にきたした場合,脳神経への炎歩により,肥厚性硬膜炎の診断技術が向上してきている1).〔別刷請求先〕佐々木允:〒920-8641石川県金沢市宝町C13-1金沢大学医薬保健研究域医学系眼科学教室Reprintrequests:MakotoSasaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology&VisualScience,GraduateSchoolofMedicine,KanazawaUniversity,13-1Takara-machi,Kanazawa,Ishikawa920-8641,JAPANC肥厚性硬膜炎の原因は感染性,自己免疫性などさまざまである.なかでもCSAPHO症候群はC1987年にリウマチ医であるChamotらが提唱した疾患概念で,重度の.瘡に伴うリウマチ性関節炎,胸肋鎖骨関節をはじめとする骨関節疾患,掌蹠膿疱症性骨関節炎などに無菌性皮膚炎症性疾患の合併を基本とし,synovitis-acne-pustulosis-hyperostosis-osteitis(滑膜炎-.瘡-膿疱症-骨過形成-骨炎症候群)の頭文字を取り命名された2).SAPHO症候群の骨・滑膜炎症は頭蓋部ではまれであるが,今回,SAPHO症候群による硬膜炎を頭蓋底にきたし眼球運動障害・視力障害を認めた症例を経験したので報告する.CI症例患者:57歳,女性.主訴:右眼の外転障害.現病歴:2020年C4月,急性発症の複視を主訴に近医眼科を受診した.右眼の外転障害を認め,外転神経麻痺疑いにて金沢大学病院(以下,当院)眼科を紹介受診した.既往歴:掌蹠膿疱症および下顎骨の骨髄炎を認め,当院歯科口腔外科に通院中であった.2018年とC2020年に下顎骨生検が施行されているが,不規則な造骨所見および肉芽を認めるのみで,明らかな感染所見は認めなかった.しかし,感染性下顎骨髄炎を念頭に抗菌薬を投与されながら経過観察されていたが,骨髄炎は増悪・寛解を繰り返していた.初診時眼所見:視力は右眼C0.03(0.8C×sph.10.0),左眼0.03(1.0C×sph.8.0),眼圧は右眼18.0mmHg,左眼19.7CmmHgであった.前眼部,中間透光体には異常を認めなかった.眼底は両眼に軽度の視神経乳頭陥凹を認めたが,それ以外に明らかな異常はなかった.中心フリッカ値では両眼ともC40CHz程度と,明らかな視神経機能障害は認めなかった.右眼の眼球運動障害があり,Hessチャート(図1)では著明な右眼の外転障害を認めた.経過:頭蓋内疾患を疑い,頭部CCTを施行したが,頭蓋内,副鼻腔内,眼窩内に明らかな占拠性病変などは認めず,神経内科による神経学的診察でも外転神経障害以外に異常はなかった.頭部CMRIで右中頭蓋窩の硬膜炎を認め(図2),下顎骨髄炎の進展による硬膜炎が疑われたため,感染,自己免疫疾患,掌蹠膿疱症に関連した滑膜炎(SAPHO症候群)を疑い,精査を進めた.下顎骨生検では無菌性骨髄炎を認めるのみであり,感染は否定的であった.また,自己免疫性疾患についても採血などの全身精査で明らかな原因を指摘できなかった.感染性および自己免疫性の硬膜炎が否定的であり,掌蹠膿疱症を合併していることからCSAPHO症候群による硬膜炎が強く疑われた.2020年C6月には右眼矯正視力が(0.3)と低下し,中心フリッカ値の低下および右眼に中心暗点を伴う視野異常(図3)を認めた.視神経障害が疑われ,右眼外転障害の改善もなかったため,プレドニゾロン30Cmg/日を開始するとともに,SAPHO症候群の治療として近年有効性が指摘されている扁桃摘出を行った.右眼矯正視力は2020年7月に(0.7),8月には(1.0)まで改善し,眼球運動障害も改善した(図4).ステロイド全身投与は漸減し,12月時点でC10Cmg/日であるが,眼症状の再発は認めていない.CII考察SAPHO症候群は比較的新しくまれな疾患とされてきた図1初診時のHess赤緑試験右眼の外転障害を認める.図2頭部MRI(造影T1強調脂肪抑制)a:冠状断画像.右中頭蓋窩の下面から内面側に硬膜の肥厚および濃染を認める.Cb:水平断画像.右中頭蓋窩の下面の硬膜の濃染を認める.図3視力障害出現時の動的視野右眼傍中心暗点を認める.図4治療後のHess赤緑試験右眼の外転障害の改善を認める.が,有病率はC1万人にC1人との報告もあり3),近年注目されている疾患である.一定の診断基準はないが,1988年にBenhamouらが提唱した基準が多く用いられる4).その診断基準では,①.瘡に伴う骨関節病変,②掌蹠膿疱症に伴う骨関節病変,③胸肋鎖骨部,脊椎,または四肢の骨肥厚,④慢性反復性多発骨髄炎のうちいずれかC1項目を満たし,感染性骨関節炎,感染性掌蹠膿疱症,掌蹠角化症,びまん性特発性骨肥厚症が除外されるものとされている.本症例は掌蹠膿疱症と骨髄炎硬膜炎が合併しており,その他の疾患が否定的であったためCSAPHO症候群と診断した.しかし,SAPHO症候群には皮膚症状が関節症状より遅れてくる場合や皮膚症状が出現しない場合もみられ,病状が一定しないため診断に苦慮するケースもある.SAPHO症候群における頭蓋骨炎症はまれで,数例報告されているのでみであり5),これまで肥厚性硬膜炎に伴う外転神経麻痺を合併した症例の報告はない.本症例は眼症状発症前に掌蹠膿疱症および下顎骨髄炎の既往が判明していたため,SAPHO症候群に伴う肥厚性硬膜炎が外転神経麻痺の原因であると診断することができた.眼外症状が不明であった場合,複視や視神経障害のある症例においてCSAPHO症候群を鑑別疾患として考えることは少ない.眼症状で眼科を受診したCSAPHO症候群患者が診断に至るケースが少ないことが,SAPHO症候群における眼合併症の報告が少ない要因である可能性は否定できない.肥厚性硬膜炎の症状としては頭痛・眼窩部痛をC90%に認める6).硬膜炎症が起こった部位の神経症状が出現し,第CI.第CXII神経症状を発症する可能性があるが,そのなかでもとくに視神経,聴神経に障害が起こりやすいとされている6).視神経に障害が起こった場合は視力障害をきたし,動眼神経・滑車神経・外転神経などに障害が起こった場合は眼球運動障害による複視や眼瞼下垂をきたす.本症例では肥厚性硬膜炎により外転神経障害を生じ,続いて軽度の視神経障害を生じた可能性が考えられる.肥厚性硬膜炎は原因不明の特発性と続発性がある.続発性の原因としては結核,梅毒,真菌,HTLV-1などの感染性のもの,サルコイドーシスや抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicanti-body:ANCA)関連疾患,関節リウマチ,IgG4関連疾患など自己免疫疾患に伴うもの,腫瘍性疾患に伴うものなどがある7).SAPHO症候群の病因は明らかではないが,掌蹠膿疱症に合併する場合は扁桃腺炎などの慢性感染症との関連が示唆されている.掌蹠膿疱症と慢性扁桃炎の関連としては,扁桃常在菌であるCaレンサ球菌に対する過剰な免疫応答が扁桃CTリンパ球上の活性化を促し,皮膚リンパ球抗原(cutaneouslymphocyteantigen:CLA),b1インテグリン,CCchemo-kinereceptorの発現を亢進させ,末梢血を介し,いずれかのリガンドが発現している掌蹠皮膚にホーミングし,掌蹠膿疱症が発症する可能性が報告されている8.10).掌蹠膿疱症に骨病変を合併したCSAPHO症候群の症例において,炎症部の骨生検でCCLA陽性細胞の発現を認めたとの報告があり,慢性扁桃炎と骨病変の関連が示唆されている11).SAPHO症候群の治療はエビデンスレベルの高いものはなく,症例報告に基づくような治療が多い.基本的には消炎治療を対症的に行うことが多く,非ステロイド性抗炎症薬,コルヒチン,副腎皮質ステロイド,メトトレキサート,スルファサラジン,抗生物質,インフリキシマブ,ビスホスホネートなどによる治療が試みられている12.14).また,上述のように慢性扁桃炎とCSAPHO症候群の関連性も注目されており,扁桃摘出による治療も試みられている.Katauraらは,SAPHO症候群に対して扁桃摘出を行い,術後経過観察が可能であったC89例中C46例(52%)に関節痛の消失を,72例(81%)に改善を認めたとし,扁桃摘出術の効果は高いと考察している15).高原らは,SAPHO症候群患者C51名に対し扁桃摘出を行い,術後の自覚症状の改善をCVAS(visualana-loguescale)による自己採点法で評価し,47例(92%)に有効以上の効果を認めた11).今回の症例ではステロイド全身投与と扁桃摘出を併用し,視力および眼球運動の改善を得ることができた.おわりにSAPHO症候群に頭蓋底の肥厚性硬膜炎を伴う症例はまれであるとされているが,眼球運動障害や視神経障害による視力障害などの眼症状を合併する可能性がある.肥厚性硬膜炎を伴う眼合併症を認めた場合,SAPHO症候群も念頭におく必要があり,治療にはステロイド全身投与と扁桃摘出の併用が有用である可能性がある.文献1)鈴木利根:難治性視神経眼科疾患の治療を考える肥厚性硬膜炎.眼科C60:127-131,C20182)ChamotAM,BenhamouCL,KahnMFetal:Acne-pustu-losis-hyperostosis-osteitisCsyndrome.CResultsCofCaCnationalCsurvey.85cases.RevRhumMalOsteoarticC54:187-196,C19873)MagreyCM,CKhanMA:NewCinsightsCintoCsynovitis,Cacne,Cpustulosis,Chyperostosis,Candosteitis(SAPHO)syndrome.CCurrRheumatolRepC11:329-333,C20094)BenhamouCCL,CChamotCAM,CKahnMF:Synovitis-acne-pustulosishyperostosis-osteomyelitissyndrome(SAPHO)C.ACnewCsyndromeCamongCtheCspondyloarthropathies?CClinCExpRheumatolC6:109-112,C19885)Marsot-DupuchCK,CDoyenCJE,CGrauerCWOCetal:SAPHOCsyndromeofthetemporomandibularjointassociatedwithsuddenCdeafness.CAJNRCAmCJCNeuroradiolC20:902-905,C19996)河内泉,西澤正豊:肥厚性硬膜炎.知っておきたい神経眼科診療(三村治編).p303-313,医学書院,20167)米川智,吉良潤一:肥厚性硬膜炎の疾患概念と最近の分類.神経内科C76:415-418,C20128)NozawaCH,CKishibeCK,CTakaharaCMCetal:ExpressionCofCcutaneouslymphocyte-associatedCantigen(CLA)inCtonsil-larCT-cellsCandCitsCinductionCbyCinCvitroCstimulationCwithCalpha-streptococciCinCpatientsCwithCpustulosisCpalmarisCetplantaris(PPP)C.ClinImmunolC116:42-53,C20059)UedaCS,CTakaharaCM,CTohtaniCTCetal:Up-regulationCofCss1CintegrinConCtonsillarCTCcellsCandCitsCinductionCbyCinvitroCstimulationCwithCalpha-streptococciCinCpatientsCwithCpustulosispalmarisetplantaris.JClinImmunolC30:861-871,C201010)YoshizakiCT,CBandohCN,CUedaCSCetal:Up-regulationCofCCCCchemokineCreceptorC6ConCtonsillarCTCcellsCandCitsCinductionCbyCinCvitroCstimulationCwithCalpha-streptococciCinpatientswithpustulosispalmarisetplantaris.ClinExpImmunolC157:71-82,C200911)高原幹:専門医が知っておくべき扁桃病巣疾患の新展開扁桃との関連が明らかになった新たな疾患SAPHO症候群.口腔・咽頭科C29:111-114,C201612)HayemCG,CBouchaud-ChabotCA,CBenaliCKCetal:SAPHOsyndrome:aClong-termCfollow-upCstudyCofC120Ccases.CSeminArthritisRheumC29:159-171,C199913)OlivieriI,PadulaA,CiancioGetal:SuccessfultreatmentofSAPHOsyndromewithin.iximab:reportoftwocases.AnnRheumDisC61:375-376,C200214)AmitalCH,CApplbaumCYH,CAamarCSCetal:SAPHOCsyn-dromeCtreatedCwithpamidronate:anCopen-labelCstudyCof10patients.Rheumatology(Oxford)C43:658-661,C200415)KatauraCA,CTsubotaH:ClinicalCanalysesCofCfocusCtonsilCandCrelatedCdiseasesCinCJapan.CActaCOtolaryngolCSupplC523:161-164,C1996***