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単純ヘルペスウイルスとメチシリン耐性ブドウ球菌の 混合感染による角膜炎の1 例

2023年4月30日 日曜日

《第58回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科40(4):552.555,2023c単純ヘルペスウイルスとメチシリン耐性ブドウ球菌の混合感染による角膜炎のC1例森山望*1春木智子*2清水由美子*2宮﨑大*2井上幸次*3*1鳥取県立中央病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学*3日野病院組合日野病院CACaseofKeratitisCausedbyaMixedInfectionofHerpesSimplexVirusandMethicillin-resistantStaphylococcusNozomiMoriyama1),TomokoHaruki2),YumikoShimizu2),DaiMiyazaki2)andYoshitsuguInoue3)1)DepartmentofOphthalmology,TottoriPrefecturalCentralHospital,2)CofMedicine,TottoriUniversity,3)HinoHospitalCDivisionofOphthalmologyandVisualScience,Faculty目的:単純ヘルペスウイルス(HSV)とメチシリン耐性菌による角膜炎に対し,多面的な検査を用い診断・治療を行った症例の報告.症例:46歳,男性.アトピー性皮膚炎,左眼CHSV角膜炎の既往あり.左眼の視力低下,眼痛にて前医を受診.角膜穿孔の可能性があり,鳥取大学医学部附属病院眼科に紹介受診となった.左眼に菲薄化を伴った角膜潰瘍と,樹枝状病変を認めたため,HSVと細菌の混合感染を疑い,バラシクロビル内服,アシクロビル眼軟膏,セフメノキシム点眼,セファゾリン点滴を開始した.Real-timePCR検査でCmecA遺伝子,HSV-DNAが検出され,培養ではメチシリン耐性CStaphylococcusChaemolyticusが陽性となったためバンコマイシン点滴と点眼(0.5%)へ変更した.以後Creal-timePCRを再検しながら各薬剤を漸減終了し,瘢痕治癒した.結論:混合感染による角膜炎では多面的な検査が必要であり,とくにCreal-timePCRは診断,治療薬の減量・中止の判断や病態の推測に有用である.CPurpose:Toreportacaseofkeratitiscausedbyherpessimplexvirus(HSV)andmethicillin-resistantbacte-riaCthatCwasCdiagnosedCandCtreatedCbasedConCtheCresultsCofCmultipleCexaminations.CCaseCreport:AC46-year-oldCmaleCpatientCwithCatopicCdermatitisCandCaChistoryCofCHSVCkeratitisCofChisCleftCeyeCvisitedCaClocalCclinicCdueCtoCdecreasedCvisionCandCpainCinChisCleftCeye.CAnCimpendingCcornealCperforationCwasCobserved,CsoCheCwasCreferredCtoCourdepartmentfortreatment.Uponexamination,acornealulcerwiththinninganddendriticlesionswasobservedinChisCleftCeye,CandCaCmixedCHSV/bacteriaCinfectionCwasCsuspected.CReal-timeCPCRCdetectedCtheCmecACgeneCandCHSV-DNA,CandCtheCcultureCwasCpositiveCforCmethicillin-resistantCStaphylococcusChaemolyticus,CsoCheCwasCtreatedCwithCvalacyclovir,CtopicalCacyclovir,CandCvancomycin.CBasedConCtheC.ndingsCofCrepeatedCreal-timeCPCRCtests,CtheCdrugsweregraduallytaperedo.andthescarhealed.Conclusion:Incasesofkeratitiscausedbyamixedinfec-tion,Creal-timeCPCRCisCespeciallyCusefulCforCtheCdiagnosis,CtheCdecisionCofCdrugCreductionCandCcessation,CandCtheCinterpretationofthepathologicalstate.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(4):552.555,C2023〕Keywords:混合感染,単純ヘルペスウイルス,メチシリン耐性CStaphylococcushaemolyticus,real-timePCR.Cmixedinfection,herpessimplexvirus,methicillin-resistantStaphylococcushaemolyticus.Cはじめに単純ヘルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)角膜炎は樹枝状角膜炎や地図状角膜炎など,典型的な臨床像を示すことが多いが,混合感染を起こすと非典型的な臨床像や経過を示すことが多く,的確に診断し治療することが困難である1).実臨床で,混合感染による角膜炎は一定数存在していると考えられるが,混合感染であることを明確に示した報告は多くはない1.5).今回筆者らはCHSVとメチシリン耐性StaphylococcusChaemolyticus(S.haemolyticus)による混合感染角膜炎に対し,real-timePCR(polymerasechainreac-〔別刷請求先〕森山望:〒680-0901鳥取県鳥取市江津C730鳥取県立中央病院眼科Reprintrequests:NozomiMoriyama,DepartmentofOphthalmology,TottoriPrefecturalCentralHospital,730Ezu,Tottori-shi,Tottori680-0901,JAPANC552(120)0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(120)C552C0910-1810/23/\100/頁/JCOPYtion)を含む多面的な検査が診断,治療に有効であったC1例を経験したので報告する.なお,本症例報告の執筆・投稿について患者の自由意思による同意を得た.CI症例患者:46歳,男性.主訴:左眼視力低下,眼痛,羞明.既往歴:アトピー性皮膚炎,左眼CHSV角膜炎,左眼裂孔原性網膜.離に対して強膜バックリング術後,左眼白内障術後,両眼円錐角膜.数年前にハードコンタクトレンズ装用自己中断.現病歴:2021年C11月,1週間前からの左眼の視力低下と眼痛,羞明を訴え近医を受診した.左眼に角膜潰瘍を認め,角膜穿孔の可能性も考慮され,同日鳥取大学医学部附属病院眼科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼C0.2(0.6C×sph.2.00D(cyl.6.00CDAx85°),左眼C0.07(0.1C×sph.2.00D)で,眼圧は右眼10mmHg,左眼C9mmHgと左右差はなく,角膜知覚はCochet-Bonnet角膜知覚計にて右眼C60Cmm,左眼はC30Cmmであった.左眼結膜に毛様充血を認め,角膜下方に径C5Cmm程度の円形上皮欠損と浸潤が認められ,菲薄化を伴っていた.形状解析では角膜炎による角膜浸潤部位に一致した限局性の菲薄化を認め,また形状的に突出せず,むしろ平坦化していたので,角膜炎による菲薄化が生じていると考えられた.菲薄部後面には少数の色素沈着を認め,前房細胞も認めた(図1).前房蓄膿は認めなかった.また,フルオレセイン染色で円形上皮欠損から瞳孔領に向かって伸びる樹枝状病変を認めた(図2).円形上皮欠損の上縁は,下縁のように平滑ではなく,不整な境界を示していた.眼瞼結膜に明らかなアレルギー所見は認めなかった.僚眼の右眼中央角膜はやや薄かったが,Vogt’sstriaeやCFleischerringは認めなかった.経過:初診時所見より,HSVと細菌の混合感染による角膜炎を疑った.HSVに対してバラシクロビルC1Cg/日内服,アシクロビル(ACV)眼軟膏C1日C5回を開始し,細菌に対しては穿孔の可能性を考慮して,薬剤毒性の要因のもっとも少ない生理食塩水溶解C0.5%セフメノキシム点眼をC1時間ごとで開始した.病因検索のために角膜下方の円形病変部を擦過し,各種検査に供した.塗抹検鏡ではグラム陽性球菌を多数認め,アカントアメーバや真菌は認めなかった.Real-timePCRではCbacteriaDNA(16srDNA)がC1.9C×104Ccopies/sample,メチシリン耐性遺伝子CmecAがC2.7C×103Ccopies/sample,HSV-DNAがC1.2C×106copies/sampleであった.培養はCS.haemolyticusが陽性であった.また,別の検体として樹枝状病変部を擦過しCHSV-DNAと水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)のCDNAをCreal-timePCRで検索したところ,HSV-DNAはC2.6C×107Ccopies/Csampleであり,VZV-DNAは陰性だった.以上の結果から,初診時所見で判断したとおり,HSVと細菌による混合感染であったことが確定された.初診日の翌日から入院し,S.haemolyticusに対してセファゾリン点滴を追加したが,Creal-timePCRでCmecAが検出され,入院C2日目には感受性結果よりメチシリン耐性CS.haemolyticusであること,加えてレボフロキサシンなどを含め多剤耐性であることが判明し(表1),セフメノキシム点眼を自家調剤C0.5%バンコマイシン点眼に,セファゾリン点滴をバンコマイシン点滴にそれぞれ切り替えた.このときすでに,樹枝状病変は消失していた.入院からC1週間後に,病変部上縁を擦過しCreal-timePCRを再検したところ,HSV-DNAはC1.3C×106Ccopies/sampleと減少しているものの,依然高値であったため,バラシクロビル内服は継続とした.一方,mecAはわずかな陽性反応を示すのみだった.臨床所見でも上皮欠損は明らかに縮小しており(図3),メチシリン耐性CS.haemolyticusに対しバンコマイシンが著効した結果と考え,バンコマイシン点滴を終了した.入院からC2週間後には,上皮欠損はさらに縮小した.Real-timePCRでは,mecAは陰性化し,HSV-DNAはC6.6C×104copies/sampleと著減したため,バンコマイシン点眼を漸減し,バラシクロビル内服を終了した.入院からC3週間後,上皮欠損はほぼ消失し(図4),Real-timePCRはわずかにフルオレセイン染色で染まる線状の部位を擦過し行った.mecAは陰性化を維持していたが,一方,HSV-DNAはC1.1C×103copies/sampleと依然検出され,陰性化は確認できなかったため,ACV眼軟膏は終了せず,1日C3回に減量し,入院からC4週間後に退院となった.退院後は涙液を検体としてCreal-timePCRを行い,HSV-DNAを測定した.退院からC7日後はC3.4C×103copies/sample,21日後はC6.9C×103copies/sample,42日後はC2.4C×103Ccopies/sampleと,数千コピーがC3回連続で検出された.しかし,その間に上皮欠損の再発や新たな病巣出現はなかったため,無症候で涙液中にウイルスが検出されるCsheddingの状態と判断し,退院からC70日後,ACV眼軟膏を中止した.左眼視力は矯正視力C0.4まで改善し,病巣部の菲薄化はあるものの瘢痕化し,現在まで再発を認めていない.CII考按アトピー性皮膚炎患者は,HSV角膜炎を発症しやすいことが知られている.要因として,HSVに対する細胞性免疫が低下していることや,湿疹のある皮膚ではCHSVが増殖しやすく,手を介して拡散させている可能性が示唆されている6).一般にアトピー性皮膚炎患者のCHSV角膜炎は,両眼性でおもに上皮型であり,遷延しやすいという特徴があり,アトピー性皮膚炎患者では,角膜擦過物・涙液のCHSV-DNA量が約C47倍増大し,再発期間を短縮する可能性があ(121)あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023C553C図1初診時前眼部写真図2初診時フルオレセイン染色写真菲薄化を伴った径C5Cmm程度の浸潤を認める.円形上皮欠損と瞳孔領に向かって伸びる樹枝状病変を認める.図3初診1週後前眼部写真上皮欠損の縮小を認める.図4初診3週後前眼部写真上皮欠損の消失を認める.表1分離されたStaphylococcusChaemolyticusの薬剤感受性薬剤名MIC(μg/ml)判定セファゾリンC≧4CRアルベカシンC≦1CSゲンタマイシンC≦0.5CSクリンダマイシンC≧8CRミノサイクリンC≦0.5CSバンコマイシンC1CSテイコプラニンC4CSレボフロキサシンC≧8CRリネゾリドC2CSダプトマイシンC0.25CSR:耐性(resistant)S:感受性(susceptible)ると報告されている7).また,アトピー性皮膚炎患者では,アトピー性皮膚炎をもたない患者に比べて,結膜.からの細菌の検出率が有意に高く,とくに黄色ブドウ球菌の検出率が高い8).このことからアトピー性皮膚炎患者はCHSVと同様,細菌性角膜炎を起こしやすいと考えられる.しかし,今回の症例で病因となったCS.haemolyticusについては,アトピー性皮膚炎との関連について報告はなく,関連性は不明である.CS.haemolyticusはコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagu-lasenegativeCstaphylococci:CNS)の一種であり,一般的な皮膚常在菌で,ヒトの腋窩や会陰,鼠径部から分離される.ヒト血液培養から分離されるCCNSのなかでは,Staphy-lococcusepidermidisについでC2番目に多い9).S.haemolyti-cusはメチシリン耐性を含めた多剤耐性を早期に獲得し,近年ではC71%がメチシリン耐性と報告されている10).S.Chae-molyticusが角膜炎を起こす頻度は低く,スペインでは細菌性角膜炎の約C1%程度と報告されている11).日本眼感染症学会の行った感染性角膜炎サーベイランスでも,261例中わずかC1株の分離だった12).S.haemolyticusは角膜炎の起炎菌として頻度が低いために,角膜における病原性は不明である.しかし,本菌がCCNSの一種であることから,単独で角(122)膜のCmeltingや菲薄化を起こすとは考えにくい.今回の症例では,HSVとの混合感染ゆえに穿孔も懸念される病態を示した可能性が考えられる.また,この患者はもともと円錐角膜であり,感染以前に円錐角膜による菲薄化がすでにあり,感染によってさらに菲薄化が増強した可能性も考えられる.HSVは角膜を含む口腔顔面領域への一次感染に続いて,三叉神経節などに潜伏感染する.ストレスをきっかけに再活性化すると,上皮型,あるいは実質型角膜炎を引き起こす13).HSVはCVZVと異なり,潜伏感染の状態であっても個体によってはごく軽度の増殖が継続的・断続的に起こっており,無症候性にウイルスが眼表面から検出されるCsheddingがある14).このためCHSV-DNAが検出されても角膜炎を引き起こすとは限らない.今回の症例では,アトピー性皮膚炎があったことや,臨床的に治癒したのちもCsheddingが継続したことを勘案すると,元々Csheddingがあったうえに細菌感染が生じ,それが誘因となってCHSVによる角膜炎が誘発された可能性が考えられた.本症例でもし定性的なCPCRを使用していた場合は,つねにCHSVのCPCRは陽性になることから,他の原因で起こった角膜炎をすべてヘルペス性と誤診してしまう可能性が出てくる.SheddingのあるCHSVでは量的な情報の得られるCreal-timePCRであってこそ有用であることをこの症例は示していると考える15).今回の症例では,real-timePCRを含む多面的な検査によって,HSVとメチシリン耐性CS.haemolyticusによる混合感染角膜炎であることが明確となった.また,治療過程において,臨床所見ではCHSV角膜炎に典型的な樹枝状病変は早期に消失したものの,定期的なCreal-timePCRにより,HSVの残存,S.haemolyticusの消失を捉えることが可能であり,治療薬の減量・中止の判断や病態の推測に有用だった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)YoshidaCM,CHariyaCT,CYokokuraCSCetal:DiagnosingCsuperinfectionCkeratitisCwithCmultiplexCpolymeraseCchainCreaction.JInfectChemotherC24:1004-1008,C20182)PorcarCPlanaCCA,CMunozCJM,CRocaCJMCetal:MoraxellanonliquefaciensCsuperinfectingCherpesCsimplexCkeratitis.CEurJOphthalmolC32:24-27,C20223)宮久保朋子,戸所大輔,横尾英明ほか:実質型角膜ヘルペスの経過中にCMycobacteriumchelonaeによる非定型抗酸菌感染を合併したC1例.日眼会誌125:136-141,C20214)HsuCHY,CTsaiCIL,CKuoCLLCetal:HerpeticCkeratouveitisCmixedCwithCbilateralCPseudomonasCcornealCulcersCinCvita-minCACde.ciency.CJCFormosCMedCAssocC114:184-187,C20155)北川和子,山村敏明,佐々木一之:混合感染を伴うヘルペス性角膜炎の検討.臨眼36:625-631,C19826)InoueY:Ocularinfectionsinpatientswithatopicderma-titis.IntOphthalmolClinC42:55-69,C20027)大松寛,宮﨑大,清水由美子ほか:単純ヘルペスウイルス角膜炎再発に関わる要因の評価.第C126回日本眼科学会総会,20228)NakataCK,CInoueCY,CHaradaCJCetal:AChighCincidenceCofCStaphylococcusaureusCcolonizationintheexternaleyesofpatientswithatopicdermatitis.OphthalmologyC107:2167-2171,C20009)TakeuchiCF,CWatanabeCS,CBabaCTCetal:Whole-genomeCsequencingCofCStaphylococcusChaemolyticusCuncoversCtheCextremeCplasticityCofCitsCgenomeCandCtheCevolutionCofChuman-colonizingstaphylococcalspecies.JBacteriolC187:C7292-7308,C200510)FarrellCDJ,CMendesCRE,CBensaciM:InCvitroCactivityCofCtedizolidCagainstCclinicalCisolatesCofCStaphylococcusClugdu-nensisCandCStaphylococcusChaemolyticusCfromCEuropeCandCtheCUnitedCStates.CDiagnCMicrobiolCInfectCDisC93:85-88,C201911)MedieroS,BotoA,SpiessKetal:Clinicalandmicrobio-logicalCpro.leCofCinfectiousCkeratitisCinCanCareaCofCMadrid,CSpain.EnfermInfeccMicrobiolClinC36:409-416,C201812)日本眼感染症学会:感染性角膜炎サーベイランス.日眼会誌110:961-972,C200613)RoweCAM,CStCLegerCAJ,CJeonCSCetal:HerpesCkeratitis.CProgRetinEyeResC32:88-101,C201314)KaufmanHE,AzcuyAM,VarnellEDetal:HSV-1DNAinCtearsCandCsalivaCofCnormalCadults.CInvestCOphthalmolCVisSciC46:241-247,C200515)Kakimaru-HasegawaA,KuoCH,KomatsuNetal:Clini-calCapplicationCofCreal-timeCpolymeraseCchainCreactionCforCdiagnosisCofCherpeticCdiseasesCofCanteriorCsegmentCofCtheCeye.JpnJOphthalmolC52:24-31,C2008***(123)あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023C555C

輪部移植5年後にヘルペス性角膜炎を発症した1例

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):837.840,2013c輪部移植5年後にヘルペス性角膜炎を発症した1例唐下千寿*1矢倉慶子*1寺坂祐樹*2宮崎大*1井上幸次*1*1鳥取大学医学部視覚病態学*2国民健康保険智頭病院眼科ACaseofHerpeticKeratitis5YearsafterLimbalTransplantationChizuTouge1),KeikoYakura1),YukiTerasaka2),DaiMiyazaki1)andYoshitsuguInoue1)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,NationalHealthInsuranceChizuHospital目的:上皮内癌に対する輪部移植後にヘルペス性角膜炎を生じ,拒絶反応と鑑別が困難であった1例の報告.症例:88歳,男性.2006年10月,左眼の上皮内癌切除と輪部移植術を施行.その後,近医にて経過観察となり,拒絶反応予防のため継続的に0.1%フルオロメトロン点眼が使用されていた.2011年10月,近医再診時,広範な角膜上皮欠損を認め,翌日鳥取大学眼科紹介受診となった.移植片は一様に浮腫をきたしていたが,中央角膜には浮腫を認めなかったため,当初拒絶反応と診断した.しかし,ヘルペス性角膜炎の可能性も考え,ベタメタゾン点眼,バラシクロビル内服,抗菌薬点眼・眼軟膏で治療を開始した.その後涙液のreal-timepolymerasechainreactoin(PCR)にて1.2×106copies/200μleyewash液のherpessimplexvirus(HSV)-DNAが検出されたため,単純ヘルペスウイルス角膜炎と診断した.そこでアシクロビル眼軟膏を追加し,ベタメタゾン点眼を0.1%フルオロメトロン点眼に変更した.以後,上皮欠損・輪部浮腫ともに軽快したが,移植片に付着した脱落しかけた上皮を除去してreal-timePCRに供したところ,1.6×104copies/sampleのHSV-DNAが依然検出された.そこで0.1%フルオロメトロン点眼を中止したところ,1週間後には涙液のreal-timePCRにて,HSV-DNA陰性化を確認した.結論:非定型的なヘルペス性角膜炎の診断にはreal-timePCRが有用である.ステロイド薬使用例では既往の有無にかかわらず,単純ヘルペスウイルス角膜炎を鑑別疾患の一つとして考慮する必要がある.Purpose:Toreportacaseofherpetickeratitis5yearsafterlimbaltransplantation.Case:InOctober2006,thepatient,a88-year-oldmale,underwentresectionofcarcinomainsituandlimbaltransplantationinhislefteyeatTottoriUniversityHospital.Thereafter,hehadbeenfollowedbyalocalclinicwhileusing0.1%fluorometholoneophthalmicsolutiontopreventrejectionconsecutively.InOctober2011,extensivecornealepithelialdefectwasobservedandhewasreferredtoTottoriUniversityHospital.Diffuseedemawasobservedinthelimbalgraft,butnoedemawasnotedinthehostcornea;rejectionwasthereforediagnosedandtreatmentwithbetamethasoneophthalmicsolutionwasinitiated.However,consideringthepossibilityofherpetickeratitis,oralvalacyclovirwasalsoprescribed.SinceHSV-DNA(1.2×106copies/200μleyewash)wasdetectedinthetearsamplebyreal-timepolymerasechainreaction(PCR),thediagnosiswasherpessimplexviruskeratitis.Acyclovirophthalmicointmentwasaddedandthebetamethasoneophthalmicsolutionwaschangedto0.1%fluorometholoneophthalmicsolution.Subsequently,cornealepithelialdefectandlimbaledemareduced.However,HSV-DNA(1.6×104copies/sample)wasstilldetectedinthedetachedcornealepitheliumhangingfromthegraft;the0.1%fluorometholoneophthalmicsolutionwasthereforestopped.Oneweeklater,HSV-DNAwasnotdetectedinthetearsamplebyreal-timePCR.Conclusions:Real-timePCRisusefulfordiagnosingatypicalherpessimplexviruskeratitis.Thepossibilityofherpetickeratitisshouldbeconsideredinpatientstreatedwithsteroid,irrespectiveofpasthistoryofherpetickeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):837.840,2013〕Keywords:輪部移植,ヘルペス性角膜炎,単純ヘルペスウイルス,拒絶反応,ステロイド.limbaltransplantation,herpetickeratitis,herpessimplexvirus,rejection,steroid.〔別刷請求先〕唐下千寿:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:ChizuTouge,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(115)837 はじめに上皮型のヘルペス性角膜炎は特徴的な樹枝状角膜炎を呈した場合,診断はむずかしくないが,非定型的な形をとった場合や,別の角膜疾患の経過中に生じた場合は,その鑑別はしばしば困難である.今回筆者らは,角結膜上皮内癌に対する輪部移植後にヘルペス性角膜炎を生じ,拒絶反応と鑑別が困難であった1例を経験したので報告する.I症例および所見症例:88歳,男性.現病歴:2000年9月から,近医眼科にて左眼角膜びらんで経過観察されていた.悪化時には角膜潰瘍を生じることもあった.2004年6月,精査目的に鳥取大学眼科(以下,当科)紹介受診され,impressioncytologyを施行したが悪性所見はなく,経過観察となった.しかし翌年,病変の悪化を認め,2005年4月,鼻下側角結膜病変切除術を施行した.病理診断は上皮内癌であり,術後,インターフェロンa-2b点眼を使用した.2006年9月,角結膜腫瘍が再発し,2006図12007年6月:術後8カ月の前眼部写真移植角膜の透明性は維持されている.年10月,上皮内癌切除術と輪部移植術を施行した.術後は近医にて経過観察となり,拒絶反応予防の目的で継続的に0.1%フルオロメトロン点眼を使用していた.術後,移植角膜の透明性は保たれていた(図1).2011年10月近医再診時,1週間前からの左眼眼脂と流涙の訴えがあり,広範な角膜上皮欠損を認めたため,翌日当科紹介受診となった.前医にて経過観察中,左眼視力は矯正0.5であったが,当科受診時には0.1に低下していた.角膜移植片の浮腫・混濁と,hostからgraftに連なる広範な上皮欠損を認めた(図2,3).前房細胞や角膜後面沈着物は認めなかった.同日当科入院となった.II治療経過鑑別診断として,上皮型・実質型の拒絶反応の可能性と,ヘルペス性角膜炎の可能性を考えた.本症例は輪部移植を行っており,内皮と実質は本人の角膜であり,周辺の移植片の実質はアロ由来で,上皮もアロ由来の可能性が高い.拒絶反応はアロの上皮と実質に対して起こるので,上皮がアロ由来であれば本症例のように,拒絶反応によって上皮が広範に脱落し,移植角膜に限局して浮腫が起きることは十分考えられる.一方,本症例がヘルペス性角膜炎であれば,感染が起こるのはむしろ三叉神経のつながっているhostの角膜のはずであり,中央に浮腫がなく移植角膜のみに限局して一様に浮腫をきたす可能性は少ないのではないかと考えた.そのため単純ヘルペス角膜炎の可能性も否定はできないが,拒絶反応の可能性が高いと判断した.一応両眼の涙液をeyewash法にて採取し,ヘルペスウイルスのreal-timepolymerasechainreaction(PCR)に供し,初期治療としてベタメタゾン点眼(左眼1日6回)を開始し,念のためバラシクロビル内服(1,000mg/日)を併用することとした.その他,セフメノキシム点眼(左眼1日6回),オフロキサシン眼軟膏(左眼1日2回)を追加した.図2当科受診時前眼部写真(2011年10月)角膜移植片の浮腫と混濁を認める.図3当科受診時フルオレセイン染色写真(2011年10月)Hostからgraftに連なる広範な上皮欠損を認める.838あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(116) 図4退院6カ月後の前眼部写真角膜中央の表層混濁は認めるが,移植角膜の浮腫・混濁は認めない.その翌日,real-timePCRの結果が判明し,右眼涙液から51copies/200μleyewash液,左眼涙液から1.2×106copies/200μleyewash液のherpessimplexvirus(HSV)DNAが検出された.両者ともvaricella-zostervirus(VZV)DNAは陰性であった.右眼のHSV-DNA量は病因とは言えない量であったが,左眼からは病因と考えられる量のHSVが検出されており1),単純ヘルペスウイルス角膜炎と診断した.コピー数が多いことから,大きな上皮欠損は地図状角膜炎であると考え,アシクロビル眼軟膏(左眼1日5回)を追加した.上皮型に対して,通常ステロイド薬は禁忌とされるが,急に中止した場合,強い炎症を起こす可能性があるため,フルオロメトロン点眼(左眼1日3回)に変更した.以後上皮欠損,輪部浮腫ともに軽快した.拒絶反応であればステロイド薬の減量により病状は悪化するはずだが,本症例はヘルペス性角膜炎の治療に反応して軽快しているため,2011年11月初旬にフルオロメトロン点眼を中止した.数日後,角膜上皮は全被覆したが,角膜輪部の混濁・浮腫は残存しており,拒絶反応を併発している可能性と,ヘルペス性角膜炎の実質型を合併している可能性の両者を考え,ステロイド薬点眼(0.1%フルオロメトロン点眼,左眼1日3回)を再開した.4日後,セフメノキシム点眼とアシクロビル眼軟膏を減量した(左眼1日3回).この時点で,HSVが陰性化したのを確認する目的で,涙液を採取し,real-timePCRに供した.また,数日後,移植片鼻側に脱落しかけた上皮があったため,これを切除してreal-timePCRに供した.その結果,涙液には,19copies/200μleyewash液,角膜上皮には1.6×104copies/sampleのHSV-DNAが依然として検出された(両者ともVZV-DNAは陰性であった).この結果からフルオロメトロン点眼を再開したことでHSVを増加させた可能性を考え,再度フルオロメトロン点眼を中止し,アシクロビル眼軟膏を左眼1日5回に増量した.1週間後,再度(117)図5退院6カ月後のフルオレセイン染色写真角膜上皮に不整を認める.涙液をreal-timePCRに供し,HSV-DNAの陰性化を確認した.この時点で移植角膜の浮腫・混濁とも軽快傾向であるため退院となり,以後近医眼科にてアシクロビル眼軟膏を漸減して経過観察した.退院4カ月後,輪部浮腫の悪化,血管侵入の再燃のため,0.1%フルオロメトロン点眼を再開した.退院6カ月後には角膜中央の表層性混濁と角膜上皮の不整のため,左眼視力は0.05pと不良であったが,移植角膜の浮腫・混濁は認められず,状態は落ちついていた(図4,5).III考按拒絶反応は移植片に対する遅延型過敏反応であり,上皮型では浮腫状に隆起した線状病変・上皮欠損,実質型では上皮下混濁・角膜浮腫・血管侵入がその特徴である.ヘルペス性角膜炎の上皮型はHSVが上皮で増殖した状態であり,末端膨大部,上皮内浸潤,縁どられたような辺縁を伴った樹枝状病変や地図状角膜炎が特徴である.本症例の前眼部所見は,上皮欠損は認めるものの,ヘルペス性角膜炎の特徴的所見は呈しておらず,また,血管侵入は弱いものの,輪部移植角膜の混濁・浮腫は拒絶反応の特徴に類似したものと考えられた.しかし,real-timePCRでHSV-DNAが多量に検出され,治療経過ではアシクロビル眼軟膏開始とステロイド薬の減量後,上皮欠損・輪部浮腫がともに軽快治癒しており,ヘルペス性角膜炎が本症例の原因と考えられた.本症例の前眼部所見のうち,角膜移植片に限局した浮腫はヘルペス性角膜炎だけでは説明しにくく,ヘルペス感染による炎症のため周辺の移植片に拒絶反応様の所見が誘発された可能性や,拒絶反応に続発してヘルペス性角膜炎を発症した可能性も考えられる.つぎに,ヘルペス感染の経路について検討してみる.今振り返ると,本症例の病歴に当院受診の1週間前からの眼脂があたらしい眼科Vol.30,No.6,2013839 あり,これは拒絶反応では認められない自覚症状で,推測になるが,最初にヘルペス性結膜炎として発症し,三叉神経を介するのではなく,眼表面を角膜輪部(graft)から中央(host)にかけてヘルペス感染が拡大したと考えると,hostでなくgraftに所見が強かった説明がつくのかもしれない.角膜移植後の非定型的なヘルペス感染の文献は,1990年Beyerらが,偽水晶体性水疱性角膜症の患者で角膜移植後早期にhost-graftjunctionに沿った上皮欠損を認め,病巣よりHSVが分離された症例を報告している2).日本でも切通らが外傷後に生じた角膜白斑に対して全層角膜移植術を行った患者で,拒絶反応治療中にhost-graftjunctionに沿った不整形の上皮欠損を認め,擦過角膜よりHSVが分離された症例を報告している3).両者ともhost-graftjunctionに沿った不整形な上皮欠損の形を呈しており,上皮型ヘルペス角膜炎に特徴的な所見を呈していない点で,本症例と類似していた.角膜移植後の上皮型ヘルペス角膜炎の報告には,樹枝状角膜炎という形態によって診断された報告4.7)もあれば,本症例のように,形態からはヘルペス角膜炎の診断が困難なものもある.樹枝状角膜炎を呈さない非定型的な単純ヘルペスウイルス角膜炎の診断にはPCRによるウイルスDNAの検出が有用であり8,9),さらに治療効果の判定には,real-timePCRによるウイルス量の測定が有用である.本症例でもreal-timePCRにより正しい診断が可能となり,治療方針の決定にも有益であった.また,ステロイド薬使用例で角膜上皮欠損を生じた場合,既往の有無にかかわらず,ヘルペス性角膜炎を鑑別疾患の一つとして考慮する必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Kakimaru-HasegawaA,KuoCH,KomatsuNetal:Clinicalapplicationofreal-timepolymerasechainreactionfordiagnosisofherpeticdiseasesoftheanteriorsegmentoftheeye.JpnJOphthalmol52:24-31,20082)BeyerCF,ByrdTJ,HillJMetal:Herpessimplexvirusandpersistentepithelialdefectsafterpenetratingkeratoplasty.AmJOphthalmol109:95-96,19903)切通洋,井上幸次,根津永津ほか:角膜移植後拒絶反応治療中に発生した非定型的上皮型角膜ヘルペスの1例.あたらしい眼科11:1923-1925,19944)FineM,CignettiFE:Penetratingkaratoplastyinherpessimplexkeratitis.Recurrenceingrafts.ArchOphthalmol95:613-616,19775)CohenEJ,LaibsonPR,ArentsenJJ:Cornealtransplantationforherpessimplexkeratitis.AmJOphthalmol95:645-650,19836)迎亮二,村田稔,雨宮次生ほか:全層角膜移植後15年を経て再発したヘルペス性角膜炎の1例.臨眼83:769770,19897)秋山朋代,杤久保哲男,清水康平ほか:全層角膜移植術5年後に発症した角膜ヘルペス.あたらしい眼科13:15551557,19968)YamamotoS,ShimomuraY,KinoshitaSetal:DetectionofherpessimplexvirusDNAinhumantearfilmbythepolymerasechainreaction.AmJOphthalmol117:160163,19949)KoizumiN,NishidaK,AdachiWetal:DetectionofherpessimplexvirusDNAinatypicalepithelialkeratitisusingpolymerasechainreaction.BrJOphthalmol83:957-960,1999***840あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(118)

発症から3年および21年後に僚眼に再発した急性網膜壊死の1例

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1769.1772,2011c発症から3年および21年後に僚眼に再発した急性網膜壊死の1例森地陽子臼井嘉彦奥貫陽子坂井潤一後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosisRecurrenceinFellowEye3and21YearsafterInitialOnsetYokoMorichi,YoshihikoUsui,YokoOkunuki,JunichiSakaiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity発症から3年後および21年後の2回にわたり僚眼に再発した急性網膜壊死(ARN)の1例を経験したので報告する.症例は39歳の男性で,1988年に右眼の霧視を自覚,当院を紹介受診し,単純ヘルペスウイルス(HSV)-ARNと診断された.その3年後,左眼に前眼部炎症と眼底周辺部に黄白色滲出斑を認めた.眼内液よりHSV-DNAが検出され,僚眼におけるARNの再発と考えられた.さらに18年後,左眼に前眼部炎症,硝子体混濁,眼底に黄白色の滲出病巣と網膜.離を生じ,眼内液よりHSV-2-DNAが4.7×102copy/ml検出され,ARNの僚眼における再発と診断した.まれではあるがARNは僚眼に再発することがある.原因としてはHSVの眼局所における再活性化の可能性が推測される.Wereportacaseofherpessimplexvirus(HSV)-relatedacuteretinalnecrosis(ARN)syndromethatrecurredinthefelloweyetwice─3and21yearsaftertheinitialonset.A39-year-oldmalepresentedwithblurredvisioninhisrighteyein1988.HewasdiagnosedwithARNcausedbyHSV.Threeyearslater,hislefteyeshowedanterioruveitiswithyellowish-whiteretinallesionsintheperipheryofthefundus.HSV-DNAwasdetectedintheintraocularfluid,leadingtoadefinitivediagnosisofARN.After18years,hislefteyeshowedanterioruveitis,vitreousopacity,yellowish-whiteretinallesionsofthefundusandretinaldetachment.HSV-2-DNA(4.7×102copy/ml)wasdetectedintheintraocularfluid.ARNrarelyrecursinthefelloweye.RecurrencemaybecausedbylocalreactivationofHSV.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1769.1772,2011〕Keywords:急性網膜壊死,単純ヘルペスウイルス,PCR法,再発.acuteretinalnecrosis,herpessimplexvirus,polymerasechainreaction,recurrence.はじめに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN,桐沢型ぶどう膜炎)は,単純へルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)または水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)により生じる視力予後不良な疾患である1,2).1986年にBlumenkrauzらは,ARNの34%が両眼に発症すると報告している3).わが国において,ARNの治療薬としてアシクロビルが使用され始めたのは1985年頃である4)が,アシクロビルの全身投与治療によりARNの両眼発症例の頻度は減少し,筆者らの過去の報告では8.8%1),英国における全国調査においても9.7%5)とアシクロビル治療導入前と比較して明らかに減少している.ARNが僚眼にも発症する場合,先発眼の発症からは比較的短期間のことが多いとされる4)が,長期経過後に発症する例も報告されている6.15).しかし,同一眼に複数回にわたって再発をきたす症例はきわめて少ない8,10).以前筆者らは,片眼発症から3年6カ月に発症したHSVによるARNの1例を報告している16)が,その症例が18年〔別刷請求先〕森地陽子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:YokoMorichi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishi-shinjuku,Shinjukuku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(107)1769 後,すなわち初診時から21年後に再度僚眼に再発をきたしたため,その臨床経過を中心に報告する.I症例患者:39歳,男性.主訴:右眼の霧視.既往歴:20年前に左眼ぶどう膜炎の診断を受けているが,その詳細については不明である.家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:1988年2月に突然,右眼の霧視を自覚した.近医を受診した際にぶどう膜炎の診断を受け,東京医科大学病院眼科(以下,当科)へ紹介受診となった.初診時右眼発症時の眼所見と臨床経過:視力は右眼0.04(0.4×.1.50D),左眼0.8(1.0×.0.75D),眼圧は右眼36mmHg,左眼16mmHgであった.右眼には豚脂様角膜後面沈着物と前房内に中等度の炎症を認めた.視神経乳頭に発赤,腫脹がみられ,網膜動脈に沿った出血と黄白色滲出斑が眼底周辺部の広範囲にわたってみられた.左眼には20年前のぶどう膜炎によると思われる虹彩後癒着と白内障がみられ,眼底周辺部には網膜変性巣がほぼ全周にわたって観察された.蛍光眼底造影検査では右眼の広範囲に閉塞性網膜血管炎を思わせる所見を認め,左眼は散瞳不良のため撮影が困難であった.以上の眼所見よりARNを疑い,諸検査を施行したところ,右眼の前房水を用いて測定した抗体率Q値はHSVが18.9と高値を示した.また,同じく前房水を用いたdothybridization法によりHSV-DNAが検出されたが,VZVとサイトメガロウイルスは検出されなかった.なお,このときはHSVの型別検査は実施しなかった.その他,全身に異常所見は認められなかった.以上より本症をHSVによるARNと診断し,アシクロビルと副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)の全身投与を主体とした治療を開始した.しかし,治療開始2カ月後に右眼の網膜.離をきたしたため,輪状締結術を併用した硝子体手術を施行した.術後の経過は良好であったが,右眼発症後3年6カ月経過した1991年8月に僚眼である左眼の霧視を自覚し,当科を再受診となった.左眼(後発眼)発症時眼所見と臨床経過:視力は右眼0.02(0.06×+16.00D),左眼1.2(矯正不能)で,眼圧は右眼4mmHg,左眼16mmHgであった.左眼には角膜後面沈着物とともに中等度の虹彩毛様体炎,虹彩後癒着および白内障がみられた.僚眼におけるARNの再発が疑われたため,前房水を採取してpolymerasechainreaction(PCR)法を施行したところ,HSV-DNAが検出された.このときはHSVの型別検査は実施しなかった.PCR法施行後4日目より,左眼眼底周辺部に黄白色滲出斑と閉塞性血管炎が出現した.アシクロビル,インターフェロン-bの全身投与を行ったところ,1770あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011図1初発から21年後に2度目の再発をきたしたときの左眼眼底写真硝子体混濁と眼底の下方に黄白色滲出斑(矢印)および約1象限の網膜.離を認める(矢頭).3週間後には眼底の滲出斑は消失し,病変は鎮静化した.この左眼における再発時には糖尿病がみられたため,ステロイドの全身投与は行われなかった.なお,耐糖能異常以外には全身的な異常はみられず,特に免疫抑制状態を示唆する検査所見もみられなかった.先発眼である右眼は徐々に低眼圧となり,最終的に眼球瘻となっていった.その後,初発から21年経過した2009年2月,再び左眼の飛蚊症を自覚したため,再度当科を紹介受診となった.左眼の2度目の発症時眼所見と臨床経過:視力は右眼光覚弁なし,左眼1.2(矯正不能)で,眼圧は右眼2mmHg,左眼11mmHgであった.左眼の眼底には硝子体混濁と眼底下方に黄白色滲出斑とともに約1象限の網膜.離がみられ,2週間後には.離が黄斑部に及び,矯正視力も0.1まで低下した(図1).検眼鏡的には観察可能な範囲内で明らかな網膜裂孔は検出されなかった.その他,糖尿病以外は全身に異常所見は認められなかった.再初診時に採取した左眼前房水からは,real-timePCR法でHSV-2-DNAが4.7×102copies/ml検出された.入院時よりアシクロビル2,250mg点滴/日,ベタメタゾン2mg点滴/日を9日間使用した.点滴開始後6日には網膜.離に対して輪状締結術を併用した硝子体手術およびシリコーンオイル注入術を施行した.術後,網膜は復位し,左眼矯正視力は0.1から0.6に改善した.退院後は塩酸バラシクロビル3,000mg内服/日を2カ月間,プレドニゾロン10mg内服/日を5日間継続した.2009年10月にシリコーンオイルを抜去し,その後1年経過した現在まで眼底所見の悪化はなく,左眼の矯正視力は0.8,眼圧は10mmHgで(108) 図22度の再発に対して治療を行った後の左眼眼底所見輪状締結術を併用した硝子体手術後,網膜は復位し,眼底所見は鎮静化している.ある(図2).II考按ARNにおける再発はまれであるが,その機序にはヘルペスウイルスの再活性化が推察されている17).再活性化の誘因として,宿主の細胞性免疫の低下,副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬の使用,手術,外傷,高体温,紫外線曝露などが報告されている17.19).本症例においては,僚眼におけるいずれの再発作時にも全身的な異常を認めず,明らかな誘因を特定することは困難であった.ただし,2回目の再発時には年齢が63歳であったことから,加齢による免疫能の低下がHSVの再活性化に関与した可能性はあったかもしれない.ARNの両眼発症例では,先発眼発症から僚眼発症までの期間は1カ月以内の症例が全体の68.4%で,比較的短期間における発症が多いとの報告がある4).一方,今回筆者らが経験した症例のように,長期間経過した後に僚眼へ再発した報告も少ないながら散見される.筆者らが調べた限りでは,ARNが発症し10年以上経過した後に僚眼の再発をきたした症例はこれまでに10例の報告がある6.15).その内訳は,患眼発症から10年以上19年以内に僚眼へ発症をきたした症例が5例6.10),20年以上経過した後に僚眼へ発症をきたした症例が5例11.15)であった.しかし,これら10症例のうち,浦山らが初めてARNを報告した1971年20)以前に先発眼が発症した症例が7例6,7,9,10,13.15)を占め,さらに,いずれの症例についても先発眼に対するウイルス学的検索は行われておらず,真にARNを罹患した長期経過後の再発例であったか否かは不明である.このように初発時に眼内液からウイ(109)ルスの同定が可能であった報告は乏しいが,今回筆者らが経験した症例では1988年の初発時と,その後2回の再発時において,いずれも眼内からHSVが同定され,その経過を追跡することができた.なお,本症例では詳細は不明であるが,当科を初診した1988年より約20年前にも左眼のぶどう膜炎を指摘されており,当科初診時にはすでに虹彩後癒着,併発白内障,および眼底周辺部の変性巣が存在していた16).ARNの両眼発症例のうち,僚眼における2回以上の発症はきわめてまれである10)が,初発時より20年前の左眼におけるぶどう膜炎もHSVに起因した炎症であったと仮定すると,本症は左眼に計3回の発症をくり返したことになる.ARNの視力予後は,real-timePCR法で測定される原因ウイルスのコピー数と相関するという報告がある21,22).特に原因ウイルスが104copies/ml以上の場合には,経過中に網膜壊死病巣が眼底の後極付近まで進行することが多いという23).一方,ウイルスが102.3copies/mlの際には網膜壊死病巣は眼底周辺部に限局し,薬物療法のみでも視力予後が良好なことがあるという23).本症例の先発眼における視力は光覚弁なしときわめて不良であったのに対し,後発眼の最終矯正視力は0.8と良好であった.これは後発眼のウイルスコピー数が柞山らの報告24)と同様,前房水中で102copies/mlと比較的少なかったため,良好な視力予後となった可能性が考えられた.いずれにしても,ARNでは長期経過の後に僚眼を含めた再発の可能性があることを念頭に置く必要があると考えられた.III結語片眼発症から3年後および21年後に僚眼に発症したHSVによるARNの1例を経験した.まれではあるがARNは僚眼にくり返し発症することがある.文献1)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:297-300,20072)UsuiY,GotoH:Overviewanddiagnosisofacuteretinalnecrosissyndrome.SeminOphthalmol23:275-283,20083)BlumenkrauzMS,CulbertsonWW,ClarksonJGetal:Treatmentoftheacuteretinalnecrosissyndromewithintravenousacyclovir.Ophthalmology93:296-300,19864)坂井潤一,頼徳治,臼井正彦:桐沢・浦山型ぶどう膜炎(急性網膜壊死)の抗ヘルペス療法と予後.眼臨85:876881,19915)MuthiahMN,MichaelidesM,ChildCSetal:Acuteretinalnecrosis:anationalpopulation-basedstudytoassesstheincidence,methodsofdiagnosis,treatmentstrategiesandoutcomesintheUK.BrJOphthalmol91:1452あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111771 1455,20076)SagaU,OzawaH,SoshiSetal:Acuteretinalnecrosis(Kirisawa’suveitis).JpnJOphthalmol27:353-361,19837)SaariKM,BokeW,MantheyKFetal:Bilateralacuteretinalnecrosis.AmJOphthalmol93:403-411,19828)MatsuoT,NakayamaT,BabaT:Sameeyerecurrenceofacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol131:659-661,20019)LudwigIH,ZegarraH,ZakovZN:Theacuteretinalnecrosissyndrome.Possibleherpessimplexretinitis.Ophthamology91:1659-1664,198410)RabinovitchT,NozikRA,VarenhorstMP:Bilateralacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol108:735736,198911)SchlingemannRO,BruinenbergM,Wertheim-vanDillenPetal:Twentyyears’delayoffelloweyeinvolvementinherpessimplexvirustype2-associatedbilateralacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol122:891-892,199612)山崎有加里,河原澄枝,木本高志ほか:長期経過後に他眼に再発した桐沢型ぶどう膜炎の2例.眼臨98:1056,200413)MartinezJ,LambertHM,CaponeAetal:Delayedbilateralinvolvementintheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol113:103-104,199214)EzraE,PearsonRV,EtchellsDEetal:Delayedfelloweyeinvolvementinacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol120:115-117,199515)FalconePM,BrockhurstRJ:Delayedonsetofbilateralacuteretinalnecrosissyndrome:A34-yearinterval.AnnOphthalmol25:373-374,199316)岩本衣里子,後藤浩,薄井紀夫ほか:3年6カ月後に他眼に発症した桐沢・浦山型ぶどう膜炎の1例.眼臨86:2453-2457,199217)GaynorBD,MargolisTP,CunninghamETJr:Advancesindiagnosisandmanagementofherpeticuveitis.IntOphthalmolClin40:85-109,200018)ItohN,MatsumuraN,OgiAetal:Highprevalenceofherpessimplexvirustype2inacuteretinalnecrosissyndromeassociatedwithherpessimplexvirusinJapan.AmJOphthalmol129:404-405,200019)TranTH,StanescuD,Caspers-VeluLetal:ClinicalcharacteristicsofacuteHSV-2retinalnecrosis.AmJOphthalmol137:872-879,200420)浦山晃,山田酉之,佐々木徹郎ほか:網膜動脈周囲炎と網膜.離を伴う特異的な片眼性急性ぶどう膜炎について.臨眼25:607-619,197121)AbeT,SatoM,TamaiM:Correlationofvaricella-zosterviruscopiesandfinalvisualacuitiesofacuteretinalnecrosissyndrome.GraefesArchExpOphthalmol236:747-752,199822)AsanoS,YoshikawaT,KimuraHetal:MonitoringherpesvirusesDNAinthreecasesofacuteretinalnecrosisbyreal-timePCR.JClinVirol29:206-209,200423)杉田直,岩永洋一,川口龍史ほか:急性網膜壊死患者眼内液の多項目迅速ウイルスpolymerasechainreaction(PCR)およびreal-timePCR法によるヘルペスウイルス遺伝子同定.日眼会誌112:30-38,200824)柞山健一,渋谷悦子,椎野めぐみほか:若年で発症し5年の間隔をあけ僚眼に発症したと考えられた単純ヘルペスウイルスによる急性網膜壊死.臨眼61:751-755,2007***1772あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(110)

先天性ヘルペスウイルス感染に合併した壊死性網膜炎

2011年5月31日 火曜日

730(12あ8)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(5):730.733,2011cはじめに先天性ヘルペス感染症は,分娩時の産道感染が85%を占め,経胎盤感染は5%とまれである.Herpessimplexvirus(HSV)-2による感染が70.85%と多く,HSV-1による感染は15.30%程度である1).典型的なヘルペス感染症の症状で発症せず,小児科においても診断に苦慮することが多いといわれている2,3).今回,新生児集中治療室(NICU)入院中に,角膜炎および壊死性網膜炎を生じ,その眼所見から先天性ヘルペス脳炎の診断に至った,HSV-1の経胎盤感染と診断された極低出生体重児の1例を経験したので報告する.I症例患者:在胎週数30週5日,出生体重1,408g,男児.〔別刷請求先〕内村英子:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:EikoUchimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjyuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN先天性ヘルペスウイルス感染に合併した壊死性網膜炎内村英子*1豊口光子*1笠置晶子*1稲用和也*2堀貞夫*1小保内俊雅*3内山温*3楠田聡*3仁志田博司*3*1東京女子医科大学眼科学教室*2総合病院国保旭中央病院眼科*3東京女子医科大学母子総合医療センター新生児部門NecrotizingRetinitisAssociatedwithCongenitalHerpesSimplexVirusInfectionEikoUchimura1),MitsukoToyoguchi1),AkikoKasagi1),KazuyaInamochi2),SadaoHori1),ToshimasaObonai3),AtsushiUchiyama3),SatoshiKusuda3)andHiroshiNishida3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KokuhoAsahiCentralHospital,3)MatemalandPerinatalCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversity壊死性網膜炎様の眼所見を呈し,先天性ヘルペス脳炎の診断に至った極低出生体重児の1例を経験した.症例は在胎週数30週5日,出生体重1,408gの男児であった.生後23日に異常運動と無呼吸発作が出現した.生後26日に精査のため眼科を受診し,両眼の角膜に混濁と浮腫を認め,耳側網膜に黄白色の滲出斑と網脈絡膜萎縮を認めた.壊死性網膜炎を疑い,前房水のポリメラーゼ連鎖反応を施行したが単純ヘルペスウイルス(HSV)と帯状疱疹ウイルスは陰性であった.小児科にて静脈血と髄液中のヘルペス抗体価を検索し,HSV-Ig(免疫グロブリン)Mが検出され先天性ヘルペス脳炎と診断された.母体が妊娠中にHSVに初感染していたことが判明し,胎盤病理の免疫染色からHSV-1が検出され,HSVの経胎盤感染と確定診断された.母親が初感染のため,母親由来のHSV-IgGが存在せず,患児は角膜炎と壊死性網膜炎の眼合併症を発症し,重篤となったと考えられた.Wereportacaseofcongenitalherpesencephalitisinamaleinfantwithverylowbirthweightbasedonocularfindings.Hewasdeliveredvaginallyat30weeksand5daysofgestation,weighing1,408ganddevelopedabnormalmovementandattacksofapnea23daysafterbirth.Onday26,theinitialophthalmologicexaminationrevealedbilateralcornealopacity/edemaandyellowish-whiteexudatessuggestingnecrotizingretinitisinthetemporalfundi.Neitherherpessimplexvirus(HSV)norvaricella-zosterviruswasdetectedinaqueoushumorviapolymerasechainreaction,butHSV-IgMwasdetectedincerebrospinalfluid,leadingtothediagnosisofcongenitalherpesencephalitis.ThemotheracquiredprimaryHSVinfectionduringpregnancy.PathologicexaminationoftheplacentaconfirmedtransplacentaltransmissionofHSV-1.SincecongenitalherpesinfectionrarelyoccursduetotransplacentaltransmissionofHSV-1,theabsenceofmaternallyderivedHSV-IgGmighthavecausedthesubsequentseriousmedicalconsequencesintheinfant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):730.733,2011〕Keywords:壊死性網膜炎,先天性ヘルペス脳炎,単純ヘルペスウイルス.necrotizingretinitis,congenitalherpesencephalitis,herpessimplexvirus.(129)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011731初診:2006年10月3日(生後26日).家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2006年9月6日,在胎30週5日で出生し,Apgarscoreは7/7と正常であった.生後NICUに入院となり,約1週間の人工呼吸管理を施行された.生後10日に,前額部,後頸部,背部に皮疹が出現したが,擦過物の培養にて細菌は検出されず,特に重篤な全身合併症はなかった.生後14日には全身状態が安定したため酸素投与が中止された.生後19日,突然嘔吐が出現し,呼吸状態が不安定となり,生後23日より,ミオクロニー様の異常運動と,無呼吸発作が頻発したため,再び人工呼吸管理となった.生後26日に原因精査および未熟児網膜症のスクリーニング目的で当科初診となった.初診時所見:生後26日の初診時,修正在胎週数34週3日,体重1,380gであった.前眼部に軽度の球結膜充血と両眼にすりガラス状の角膜混濁と角膜浮腫を認めた.中間透光体には白内障はなく,びまん性硝子体混濁がみられた.視神経乳頭は境界不鮮明であり,血管は耳側にわずかに認めるのみで,両眼の耳側網膜の周辺部に黄白色の滲出斑および網脈絡膜萎縮を認めた.眼所見から代謝性疾患やヘルペスウイルスなどの感染が疑われたため,新生児科に全身検索を依頼した.全身検査所見:血液生化学所見は白血球:9,400/μl,赤血球:341万/μl,ヘモグロビン:12.3g/dl,ヘマトクリット:32.3%,血小板:27.7万/μl,総蛋白:5.5g/dl,AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ):26U/l,ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ):8U/l,血中尿素窒素:12.8mg/dl,クレアチニン:0.81mg/dl,CRP(C反応性蛋白)<0.3mg/dlであり,感染症を疑わせる異常値は認めなかった.髄液検査にて細胞数,蛋白値の増加を認めたが,髄液と静脈血の微生物培養検査では細菌は検出されなかった.染色体検査では46XYで異常なく,代謝性疾患スクリーニング検査でも異常を認めなかった.頭部エコーにて中大脳動脈領域の大脳白質内に脳質周辺部まで多発する.胞を認め,脳炎が疑われた.脳炎に合併した眼底所見から,ヘルペスウイルス感染症が疑われたため,静脈血のウイルス検査を依頼した.サイトメガロウイルス,トキソプラズマのIg(免疫グロブリン)Mは陰性であったが,HSVのIgMが5.1MI(IgMindex)と陽性であったため,患児はHSVの初感染と診断された.その際,HSV-IgGは22.0GI(IgGindex)であったが,生後48日の静脈血のウイルス検査ではHSVIgGは9.0GIと減少していた.その後,髄液のHSV-IgMも3.3MIと陽性であることが判明し,ヘルペス脳炎と確定診断された(表1).経過:初診時,壊死性網膜炎が考えられたため前房水を採取し,polymerasechainreaction(PCR)によりHSV,varicella-zostervirus(VZV)のPCR-DNAを検索したが結果はすべて陰性であった.前眼部所見と眼底所見を総合的に判断して細菌性角膜炎を疑い,トブラマイシン,レボフロキサシンを両眼に4回/日点眼で治療を開始した.その後,眼脂と角膜擦過物の培養からメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出されたため,バンコマイシンを追加した.2週間後には角膜浮腫は改善し,MRSAが陰性化したため,バンコマイシンは中止した.また,角膜混濁を改善させるため,0.1%フルオロメトロン点眼を2回/日から開始した.角膜混濁が改善傾向を認めたため,2週間で0.1%フルオロメトロン点眼を中止した.新生児科に依頼した静脈血と髄液の検査にて,HSVの初感染によるヘルペス脳炎と確定診断された後,網膜炎の進行表1母児の検査所見<児の検査所見>静脈血(生後26日)→(生後48日)髄液(生後48日)・HSV-IgM(+)5.1MI(+)4.6MI・HSV-IgM(+)3.3MI・HSV-IgG(+)22.0GI(+)9.0GI・風疹-IgM(±)1.6MI・CMV-IgM(.)0.2MI・風疹-IgM(+)5.2MI・トキソプラズマIgM(.)0.1COI染色体:46XY異常なし代謝性疾患スクリーニング:異常なし<母の検査所見>24歳,女性,全身疾患なし静脈血(産後26日)→(産後56日)HSV-IgM(±)1.0MI(.)0.6MIHSV-IgG(+)97.0GI(+)390.0GIVZV-IgM(±)1.5MI(±)1.3MIVZV-IgG(+)32.0GI(+)33.0GI風疹IgM(.)0.7MI風疹IgG(+)27.0GI図1左眼前眼部写真(生後69日)角膜の9時-12時に上皮下混濁がみられる(矢印)が,生後26日に比べると角膜炎は改善している.732あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(130)がみられたため,新生児科にて生後62日にアシクロビルの全身投与を開始した.しかし全身状態が重篤で脳炎および眼病変の改善が望めないことから1週間で中止となった.初診より1カ月後,角膜周辺部に上皮下混濁を認めるが,角膜浮腫は初診時(生後26日)に比べると改善した(図1).眼底は,網膜血管が狭細化し広範囲に閉塞しており,視神経の周辺を除いて網脈絡膜の強い萎縮と瘢痕形成を認めた(図2).眼科的には,前房水からHSVは検出されなかったが,眼底所見より周辺部から始まる黄色の滲出斑が,その後色素沈着を伴う瘢痕病巣に変化し,進行性の壊死性網膜炎の臨床像を呈していた.全身ではHSV初感染でありヘルペス脳炎に罹患していたことから,眼底病変はHSVによる壊死性網膜炎が最も考えられる病態であった.母親は24歳の女性で,全身疾患の既往歴はなかった.産後にウイルス検査を施行し,産後26日と56日のペア血清にて,HSV-IgMのみが(±)1.0MIから(.)0.6MIへと変化し,HSV-IgGが(+)97.0GIから(+)390.0GIへと上昇していたことから,母親は妊娠中,出産直前にHSVに初感染していたことが判明した(表1).ヘルペスの感染経路の検索のため,分娩時に保存した胎盤の標本を染色した.病理検査の結果,炎症細胞浸潤を認める部位の胎盤に封入体をもった巨細胞を認め,抗HSV-1の免疫染色にてジアミノベンジジン(DAB)発色で核内に褐色のウイルス顆粒を認めた(図3).この結果より,HSV-1の経胎盤感染による先天性ヘルペス感染と確定診断された.II考察先天性ヘルペス感染症は,子宮内,分娩時,生直後にHSVに感染し,感染源としては母親が最も多いと報告されている.感染経路は分娩時の産道感染が85%を占め,経胎盤感染は5%とまれである1).経胎盤感染は妊娠初期の20週間に多く,流産,死産,先天性奇形につながり1),周産期死亡率は50%である4).HSV-1による感染が15.30%,HSV-2による感染が70.85%であり1),HSV-2による感染が多いとされており,HSV-2の感染のほうが重篤な予後を伴うと報告されている5,6).ただし,患者の約半数にしか典型的な皮膚症状が出現しないため,多くの症例が検死でしか診断されない2,3).本症例は胎盤病理組織所見にて,HSV-1による経胎盤感染と確定診断された.経胎盤感染が病理から確定診断されることはまれであり,HSV-1による感染例がさらに少ないことから,わが国での報告はみられず貴重な先天性ヘルペス感染の症例と考えられる.先天性ヘルペス感染症の臨床所見は,皮膚症状のみの限局型が5.10%,皮膚症状と眼病変の合併が15%,本症例のように脳炎に眼病変もしくは皮膚病変を合併するものが50図2眼底写真(生後69日)左:右眼,右:左眼.両眼とも硝子体混濁にて眼底透見不良だが,網脈絡膜の強い萎縮と瘢痕を認める(矢印).網膜血管は狭細化し閉塞していた.D:視神経乳頭と思われる部位.図3胎盤の病理組織所見左:胎盤の炎症細胞浸潤を認める部位に,封入体をもった巨細胞がみられる(矢印).HE染色.右:巨細胞が,抗HSV-1免疫染色に陽性である(矢印).抗HSV-1免疫染色.(131)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011733%にみられる.HSV感染症の乳児の20%に眼病変があるものと推定されている2,3).眼病変には結膜炎,角膜炎,白内障,網脈絡膜炎などがある.網膜炎は晩期にみられる合併症であることが多い7).先天性ヘルペス感染症の眼所見は,1977年Yanoffらが,HSV-2による眼内炎として最初に報告している.32週の低出生体重児の報告であり,角膜炎,虹彩炎,壊死性網膜炎があり,剖検時の網膜からHSV-2が検出された8).本症例では,角膜炎と壊死性網膜炎を合併しており,Yanoffらの報告と類似した所見を呈し,全身的にHSV以外の感染症が認められないことから,先天性へルペス感染による眼内炎と考えられた.先天性ヘルペス感染症の胎内感染の場合,免疫が未熟であることから,角膜炎と網膜炎の両方を合併し重篤になりやすいと考えられた.本症は脳炎発症前の生後10日に皮膚病変が出現していたが,細菌検査のみ施行しており,皮疹はヘルペス感染が関与していた可能性も考えられる.皮疹出現の約10日後に神経症状が出現し脳炎を発症し,その1週間後の眼底検査では,すでに眼底は壊死性網膜炎に,また一部瘢痕病巣が混在する病態となっていた.皮疹出現から約2.3週の間に網膜病変はかなり進行しており網膜炎の進行が速かったことが推測される.本症例では母体が初感染であったため,患児が出生前に胎内で感染したときに母体由来のHSVIgGが存在せず,患児の免疫もまだ未熟であったことから重篤となったと考えられた.先天性ヘルペス感染症の臨床像は,非典型的な症状で発症することが多く,無症状の母体から感染することもあり,診断に苦慮することが多い.本症例は極低出生体重児であり,採血量が制限されるため検査項目も限られる状況下で,眼所見が診断の手掛かりとなった.本論文の要旨は第42回日本眼炎症学会で発表した.文献1)SauerbreiA,WutzlerP:Herpessimplexandvaricellazostervirusinfectionduringpregnancy:currentconceptsofprevention,diagnosisandtherapy.Part1:Herpessimplexvirusinfections.MedMicrobiolImmunol196:89-94,20072)NahmiasAJ,HaglerW:Ocularmanifestationsofherpessimplexinthenewborn.IntOphthalmolClin12:191-213,19723)NahmiasAJ,VisintineAM,CaldwellDRetal:Eyeinfectionswithherpessimplexvirusinneonates.SurvOphthalmol21:100-105,19764)DesselbergerU:Herpessimplexvirusinfectioninpregnancy:diagnosisandsignificance.Intervirology41:185-190,19985)KriebsJM:Understandingherpessimplexvirus:transmission,diagnosis,andconsiderationsinpregnancymanagement.JMidwiferyWomensHealth53:202-208,20086)MeerbachA,SauerbreiA,MeerbachWetal:Fataloutcomeofherpessimplexvirustype1-inducednecrotichepatitisinaneonate.MedMicrobiolImmunol195:101-105,20067)KurtzJ,AnslowP:Infantileherpessimplexencephalitis:Diagnosticfeaturesanddifferentiationfromnon-accidentalinjury.JInfect46:12-16,20038)YanoffM,AllmanMI,FineBS:Congenitalherpessimplexvirustype2,bilateralendophthalmitis.TransAmOphthalmol75:325-338,1977***

眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎の1 例

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(141)1307《原著》あたらしい眼科27(9):1307.1309,2010cはじめに桐沢型ぶどう膜炎(acuteretinalnecrosis:ARN)は視力予後のきわめて不良な難治性疾患であり,病因として単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)1)と帯状疱疹ウイルス2)の関与が明らかにされている.進行が急激であることから早期に発見,診断し,抗ウイルス薬を中心とした内科的治療と,時期を逃さずに硝子体手術を中心とした外科的治療を行うことが視力予後を左右する.ARNの臨床所見は角膜後面沈着物や前房内,硝子体に炎症細胞,周辺網膜に網膜壊死病巣や動脈を含む閉塞性血管炎を認めるなどの眼内病変が主であるため3),外眼部病変を伴うARNでは診断が遅れる可能性があり,予後に悪影響を及ぼしかねない.今回筆者らは,眼窩蜂巣炎様症状を併発したARNの1例を経験したので報告する.I症例患者:34歳,男性.主訴:左眼視力低下.〔別刷請求先〕鈴木潤:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:JunSuzuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎の1例鈴木潤臼井嘉彦坂井潤一後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosisPresentingwithInflammatoryOrbitalCellulitisJunSuzuki,YoshihikoUsui,Jun-ichiSakaiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:初発症状として眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎(acuteretinalnecrosis:ARN)の1例を報告する.症例:34歳,男性.左眼に眼瞼腫脹と高度な結膜浮腫がみられ,眼底に視神経乳頭の腫脹と鼻側周辺部に黄白色病変,動脈炎が観察された.全身検査では白血球数の上昇はなく,赤沈とCRP(C反応性蛋白)の軽度上昇を認めた.ARNを疑いアシクロビル,ステロイド薬の全身投与を開始したが,眼窩CT(コンピュータ断層撮影)で左眼の眼瞼皮下に炎症を疑わせる陰影が認められたため,眼窩蜂巣炎や眼内炎の可能性も考え,抗生物質の点滴静注を併用した.眼瞼腫脹は改善したが,眼底の黄白色病変は全周に癒合しながら広がり,前房水中より単純ヘルペスウイルス(HSV)-2型が検出されたためARNと診断した.結論:ARNでは眼窩蜂巣炎様症状を併発することがあり,過去の報告と本症例の検討から病因ウイルスがいずれもHSVであること,全身検査では炎症所見が軽度という共通点がみられた.Wereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)initiallypresentingwithinflammatoryorbitalcellulitis.Thepatient,a34-year-oldmale,hadeyelidedemaandchemosisinhislefteye.Fundusexaminationrevealedopticedema,whitedotsontheperipheralretina,andretinalarteritis.LaboratoryexaminationrevealedslightlyincreasederythrocytesedimentationandC-reactiveprotein,withnoincreaseinwhitebloodcellcount.ARNwasinitiallysuspected;intravenousacyclovirandsteroidwasinitiated.Computerizedtomographyoftheorbitrevealedsofttissueswellingoftheeyelid.Orbitalcellulitisorendophthalmitiswerealsoconsidered.Theorbitalinflammationresolvedrapidly,whereastheyellowish-whitelesionbecameconfluent.ARNwasdiagnosedfromthepresenceofherpessimplexvirus(HSV)type2DNAintheaqueoushumor.ARNmaybeassociatedwithorbitalinvolvementandtheyhavetwocommonfeaturesaspreviouslyreported:1)HSVaspathogen,and2)mildsystemicinflammation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1307.1309,2010〕Keywords:桐沢型ぶどう膜炎,眼窩蜂巣炎,単純ヘルペスウイルス.acuteretinalnecrosis,orbitalcellulitis,herpessimplexvirus.1308あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(142)既往歴・家族歴:特記事項なし.現病歴:平成21年3月10日に左眼流涙,結膜充血,浮腫を自覚し近医眼科を受診.左眼の視力低下,高眼圧,角膜浮腫と前房炎症細胞を認め,虹彩炎,続発緑内障と診断され,3月12日東京医科大学病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼1.2(矯正不能),左眼0.08(0.2×sph.4.0D),眼圧は右眼16mmHg,左眼33mmHgであった.左眼の上下眼瞼は腫脹し(図1),結膜充血と浮腫が著明であった(図2).前眼部,中間透光体所見は左眼に前房炎症細胞(1+),中.小型の角膜後面沈着物を認めた.左眼眼底は後極部に視神経乳頭の腫脹を認め,周辺部には顆粒状の黄白色病変と網膜動静脈炎がみられた(図3).右眼には特記すべき所見を認めなかった.全身検査所見:末梢血液像では白血球数7,500/μl,赤血球数515万/μl,血小板27.6万/μlと異常なく,赤沈が16mm(正常範囲15未満)とわずかに亢進していた.生化学検査ではCRP(C反応性蛋白)0.8mg/dl(正常範囲0.3以下)と軽度上昇を認めるも,その他に異常値を認めなかった.ツベルクリン反応は陰性(3mm×5mm)で,結膜擦過物を用いた細菌培養検査は陰性であった.経過:外眼部および前眼部所見は非典型的であったが眼底所見よりARNを疑い,当院受診日にただちに入院,右眼前房水を採取しpolymerasechainreaction(PCR)法によるウイルスDNAの検索を行い,同時にリン酸ベタメタゾンの点眼のほかアシクロビル2,250mg/日とリン酸ベタメタゾン6mg/日の全身投与を開始した.翌日に眼窩CT(コンピュータ断層撮影)を行ったところ,左眼は眼瞼と眼球周囲に高反射領域が認められたため(図4),眼窩蜂巣炎や感染性眼内炎の可能性も考慮し,セファゾリンナトリウム1g/日の点滴静注も併用した.治療開始後2日目には眼瞼腫脹は改善したが,眼底の黄白色病変は全周に癒合しながら拡大していった.初診時に行ったPCR検査の結果から前房水中にHSV-2型が検出されたため,眼窩蜂巣炎様所見を伴ったARNと診図1当科初診時の顔面写真左眼瞼腫脹を認める.図3当科初診時の左眼眼底写真周辺部に網膜動静脈炎,顆粒状黄白色病変がみられる.図2当科初診時の左眼前眼部写真著しい結膜充血,浮腫を認める.図4眼窩CT写真左眼眼瞼および眼球周囲の軟部組織にhighdensityareaがみられる.(143)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101309断し,抗菌薬の投与はまもなく中止した.眼瞼腫脹は軽快したが網膜壊死が進行したため,治療開始後9日目に左眼の水晶体摘出,硝子体切除術,輪状締結術を行った.術後は眼瞼腫脹の再発もみられず,網膜.離を生じることなく推移し,平成22年8月に至る現在まで経過観察中である.II考按眼窩内病変を伴うARNはこれまでに少数例ながら報告されており4.9),その発症機序についてさまざまな考察がなされている.藤井ら5)は,三叉神経第1枝が眼窩や上眼瞼,涙腺に分布していることから,ヘルペスウイルスが眼内病変と同様に眼窩蜂巣炎様所見の原因となりうるとしている.しかし,涙腺の生検を行った2例の報告7,8)ではヘルペスウイルスは検出されていない.また,抗ウイルス薬のみでは眼瞼腫脹が改善しなかった例4)やステロイド薬のみで眼瞼腫脹が軽快する例7,9)もあることから,ARNに伴う眼窩内病変におけるヘルペスウイルスの関与については結論が出ていない.本症例では結膜擦過物に対して細菌培養検査のみ行ったが,涙液も含めてPCR検査を行うことでヘルペスウイルスの関与を証明できた可能性も考えられた.一方で抗生物質の全身投与のみで眼瞼腫脹が改善した例はなく,自験例も含めて全身検査でも白血球数の上昇やCRPの異常高値を示した報告がないことから,眼窩内病変は細菌感染によるものではないことが推測される.今回の症例では抗ウイルス薬とステロイド薬,抗生物質がほとんど同時に投与されたため,眼窩蜂巣炎様症状の消退に何が効果を示したのかは不明であるが,全身的な炎症反応がほとんどみられなかったことから,少なくとも細菌感染の関与はなかったものと思われる.初発症状についても眼窩内病変を認めるARNでは通常のARNとは異なった特徴がみられる.ARNの初発症状として最も一般的なのものは充血,霧視,視力低下などである10)が,眼窩内病変を認めるARNでは眼痛や眼瞼腫脹,結膜浮腫,眼瞼下垂といったものが多い.本症例においても初発症状は流涙,結膜充血,浮腫であり,その後に視力低下を自覚したことから,典型的なARNの初発症状とは異なっていた.初発症状が非典型的であることや外眼部病変を認めることに加え,眼窩内病変が眼底病変に先行する場合や,硝子体混濁などのために眼底病変が確認できない場合,ARNの診断が困難となる可能性がある.しかし,眼窩内病変についてはステロイド薬のみで軽快する可能性があるものの,眼内病変についてはやはり抗ウイルス薬による治療が必須であり,治療の遅れにより不可逆的な視機能障害が残った症例4,7)や,僚眼にARNが発症した報告6)もみられる.幸い本症例では眼底病変が初診時より確認可能であったため,初診時に前房水を用いたウイルスDNAの検索を行い,比較的早期に抗ウイルス療法を行うことができた.本症例と過去の報告とを比較するといくつかの共通点がみられる.これまで眼窩内病変を認めるARNとして報告されたもののうち,眼内液の検索が行われた症例では検出されたウイルスはいずれもHSV(1型もしくは2型)であった.本症例においても前房水からHSV-2型が検出されたことから,HSVが眼窩内病変を伴うARNの病態に関与していることが推察される.また,眼窩蜂巣炎様の所見を呈するものの,白血球数などの全身の炎症マーカーの異常値は軽度であり,いずれも本症例に認められたように赤沈のわずかな亢進とCRPの軽度上昇を認めるのみであった.これらの事実からHSVによるARNであること,全身の炎症マーカーの異常値が軽度であることは,特殊な病態を呈するARNの診断を誤らないための重要な点と考えられた.ARNの1病型として眼窩蜂巣炎様の眼付属器病変がみられることを認識しておくことが早期診断,治療のために最も重要ではあるが,同時にこのような病態にはいくつかの共通項目があることが判明した.本論文の要旨は第43回日本眼炎症学会で発表した.文献1)LewisML,CulbertsonWW,PostJDetal:Herpessimplexvirustype1.Acauseoftheacuteretinalnecrosissyndrome.Ophthalmology96:875-878,19892)CulbertsonWW,BlumenkranzMS,PeposeJSetal:Varicellazostervirusisacauseoftheacuteretinalnecrosissyndrome.Ophthalmology93:559-569,19863)HollandGNandtheExecutiveCommitteeoftheAmericanUveitisSociety:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol117:663-667,19944)TornerupNR,FomsgaardA,NielsenNV:HSV-1-inducedacuteretinalnecrosissyndromepresentingwithsevereinflammatoryorbitopathy,proptosis,andopticnerveinvolvement.Ophthalmology107:397-401,20005)藤井清美,中山智寛,猪原博之ほか:眼窩蜂巣炎症状を伴った桐沢型ブドウ膜炎の1例.臨眼55:1211-1215,20016)松尾真理,丸山耕一,国吉一樹ほか:眼窩内病変を合併した急性網膜壊死の1例.眼臨97:449-452,20037)FooK,SmallK,AlexanderDetal:Acuteretinalnecrosisassociatedwithpainfulorbitopathy.ClinExperimentOphthalmol31:270-272,20038)RozenbaumO,RozenbergF,CharlotteFetal:Catastrophicacuteretinalnecrosissyndromeassociatedwithdiffuseorbitalcellulitis:acasereport.GraefesArchClinExpOphthalmol245:161-163,20079)YamanA,OzbekZ,SaatciAOetal:Unilateralacuteretinalnecrosisinitiallypresentingwithpainfulorbitopathy.AnnOphthalmol40:180-182,200810)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:61-64,2007