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糖尿病患者における白内障術前の結膜嚢細菌叢の検討

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(105)2430910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):243246,2009cはじめに白内障手術に限らず術後眼内炎は一度発症すると,それによる患者側の負担や不利益のみならず,術者側にもあらゆる面で大きな負担と責任とが重くのしかかる.白内障手術における術後眼内炎発症率は0.05%と報告されている1)が,それを低減するために危険因子の軽減が重要である.術後眼内炎における危険因子のうち,患者側のものとしては,糖尿病の合併が報告されている2,3).一方,近年白内障手術における術後眼内炎の起因菌として結膜内常在菌が関与していることも知られている.特に,糖尿病患者における血糖コントロールは慢性合併症の発症に大きく関わり,血糖コントロール不良状態では易感染性が増すとの報告もある4).このため結膜内常在菌叢が何らかの影響を受ける可能性が考えられることから,術後眼内炎の危険因子になることが懸念される.〔別刷請求先〕須藤史子:〒349-1105埼玉県北葛飾郡栗橋町大字小右衛門714-6埼玉県済生会栗橋病院眼科Reprintrequests:ChikakoSuto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,714-6Koemon,Kurihashi-machi,Kitakatsushika-gun,Saitama349-1105,JAPAN糖尿病患者における白内障術前の結膜細菌叢の検討屋宜友子*1,2須藤史子*1,2森永将弘*1,2八代智恵子*3土至田宏*4堀貞夫*2*1埼玉県済生会栗橋病院眼科*2東京女子医科大学眼科学教室*3埼玉県済生会栗橋病臨床検査部*4順天堂大学医学部眼科学教室StudyofConjunctivalSacBacterialFlorainDiabeticPatientsbeforeCataractSurgeryTomokoYagi1,2),ChikakoSuto1,2),MasahiroMorinaga1,2),ChiekoYashiro3),HiroshiToshida4)andSadaoHori2)1)DepartmentofOphthalmology,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,3)LaboratoryDepartment,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,4)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine白内障術前患者249例406眼の下眼瞼結膜擦過培養および検出菌薬剤感受性検査結果を糖尿病の有無により比較検討した.糖尿病患者(DM群)は75例126眼,非糖尿病患者(非DM群)は174例280眼で,平均年齢は各々70.2±9.4歳,72.6±8.9歳,細菌検出率は36.5%,34.3%といずれも両群間に統計学的有意差を認めず,DM群ヘモグロビン(Hb)A1C8%以上とそれ未満との比較でも有意差は認められなかった.菌種別では,両群ともにコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS),コリネバクテリウムの順に多く,これらで大半を占め,3位はメチシリン耐性CNS(MRCNS)であったがDM群で統計学的に有意に多く検出された(p<0.05).薬剤耐性率はレボフロキサシン(LVFX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB)のいずれにおいても両群間の差は認められなかった.MRCNSの薬剤耐性率は近年増加傾向にあるが,特に糖尿病患者において注意を要する.Conjunctivalscrapingsfromthelowereyelidwereculturedin249patients(406eyes)beforecataractsur-gery;thedrugsensitivityofthebacteriadetectedwascomparedbetweenpatientswithandwithoutdiabetes.Therewere126eyesof75patientswithdiabetes(DMgroup)and280eyesof174patientswithoutdiabetes.Indiabeticpatientswithhemoglobin(Hb)A1Clevels8%or<8%,meanage(70.2±9.4vs.72.6±8.9years)andbac-terialdetectionrate(36.5%vs.34.3%)werenotsignicantlydierent.Themajorbacterialstrainsfoundwerecoagulase-negativeStaphylococcus(CNS)andCorynebacterium,followedbymethicillin-resistantCNS(MRCNS).TherewasasignicantlyhigherbacterialdetectionrateintheDMgroup(p<0.05).Therewerenodierencesbetweenthegroupsregardingratesofresistancetolebooxacin(LVFX),cefmenoxime(CMX),andtobramycin(TOB).MRCNSresistancehasbeenincreasingrecently,socareshouldbetaken,especiallyindiabeticpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):243246,2009〕Keywords:白内障手術,結膜細菌叢,糖尿病患者,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS),耐性菌.cataractsurgery,conjunctivalsacbacterialora,diabeticpatients,methicillin-resistantcoagulase-negativeStaphylococcus(MRCNS),antibiotics-resistance———————————————————————-Page2244あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(106)さらに血糖コントロール不良患者では細菌検出率が有意に高いとの報告もある5).その一方で糖尿病は術後眼内炎の危険因子ではないとの報告もある6).そこで今回筆者らは,糖尿病の有無による結膜細菌叢および検出菌の抗菌薬耐性の差に関する検討を行った.I対象および方法対象は,2006年1月から2007年6月の1年半の間に埼玉県済生会栗橋病院で白内障手術を施行した249例406眼で,その内訳は男性107例171眼(43.0%),女性142例235眼(57.0%)であった.年齢は71.8±9.1歳(平均±標準偏差)であった.結膜細菌検査は手術の約2週間前に行い,検体は滅菌綿棒(トランシステムクリア,スギヤマゲン社,東京)を用いて無麻酔下で下眼瞼結膜を擦過し採取,1時間以内に当院臨床検査部に移送し,血液寒天培地およびチョコレート寒天培地上で35℃,2448時間培養後に,従来法で判定した.なお,嫌気性培養,増菌培養は未施行であった.薬剤感受性検査は,CLSI(ClinicalandLaboratoryStandardsInsti-tute)M100-S177)に準拠し,Disc拡散法(Sensi-Discを用いたKirby-Bauer法),およびRAISUS(全自動迅速同定感受性測定装置)を用いた微量液体希釈法にて測定した.検討項目は,1.結膜細菌検出率,2.検出菌の内訳,3.検出菌の薬剤耐性率で,さらにこれらを糖尿病の有無により比較検討した.薬剤感受性検査の対象薬剤は,レボフロキサシン(LVFX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB)の3種とした.なお,本研究においては白内障術前結膜の減菌を理想としているため,感受性が中間のものは耐性として扱った.II結果1.対象患者の内訳(表1)対象患者249例406眼のうち,糖尿病患者(以下,DM群)は75例126眼(31.0%),非糖尿病患者(以下,非DM群)は174例280眼(69.0%)であった.年齢はDM群70.2±9.4歳,非DM群72.6±8.9歳,男女比はDM群で男性36例(48.0%),女性39例(52.0%),非DM群で男性71例(40.8%),女性103例(59.2%)であった.年齢および性差は,両群間で統計学的有意差を認めなかった.2.結膜細菌検出率分離された細菌は全体で406眼中142眼で検出され,細菌検出率は35.0%であった.DMの有無別ではDM群では126眼中46眼(36.5%),非DM群では280眼中96眼(34.3%)であり,両群間に統計学的有意差は認めなかった.さらにDM群を血糖コントロールの面から検討すべくヘモグロビンA1C(HbA1C)8%以上のコントロール不良例と8%未満とで比較したところ,HbA1C8%以上の群では14例25眼中7眼で細菌分離され,その検出率は28.0%,8%未満は61例101眼中39眼で細菌分離され,その検出率は38.6%と,両群間に統計学的有意差は認めなかった.3.検出菌の内訳(表2)菌種別では,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)67株(37.6%),コリネバクテリウム66株(37.1%)が大半を占め,これら2種で75%近くを占めた.3位にはメチシリン耐性CNS(MRCNS)が21株(11.8%)検出され,続いて腸球菌が6株(3.4%)検出された.検出菌をDM群,非DM群に分けて検討した結果,CNSは各々31.3%,41.2%,コリネバクテリウムは各々37.5%,36.8%と,ともに上位2種の順位および割合は不変であったが,MRCNSの検出率は各々20.3%,7.0%と,DM群で非DM群に比べて統計学的に有意に高かった(c2検定p<0.05).DM群のうちMRCNS陽表1対象患者の内訳患者総数(249例406眼)糖尿病患者75例126眼(31%)非糖尿病患者174例280眼(69%)平均年齢70.2±9.4歳72.6±8.9歳男性36例(48.0%)71例(40.8%)女性39例(52.0%)103例(59.2%)年齢および性差は,両群間で統計学的有意差を認めなかった.表2検出菌の内訳全患者糖尿病患者非糖尿病患者株%株%株%CNS6737.62031.34741.2Colynebacterium6637.12437.54236.8MRCNS2111.81320.3*87.0*腸球菌63.4MSSA52.8*:MRCNSの検出率のみDM群で非DM群に比べて統計学的に有意に高かった(c2検定p<0.05).:DM群:非DM群2520151050薬剤耐性率(%)13.518.823.114.623.117.7LVFXCMXTOB図1検出菌の薬剤耐性率両群間の薬剤耐性率は3剤ともに統計学的有意差を認めなかった.LVFX:レボフロキサシン,CMX:セフメノキシム,TOM:トブラマイシン.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009245(107)性群と陰性群それぞれの抗菌点眼薬の使用既往の有無について検討したところ,陽性群で30.7%,陰性群で28.3%であり,統計学的有意差は認められなかった.4.検出菌の薬剤耐性率(図1)薬剤耐性率は検出菌全体でLVFX16.9%,CMX17.6%,TOB19.6%であった.DM群,非DM群別にみると,LVFXは各々13.5%,18.8%,CMXは各々23.1%,14.6%,TOBは各々23.1%,17.7%と,両群間の薬剤耐性率は3剤ともに統計学的有意差を認めなかった.III考察糖尿病患者は網膜症の管理の必要性があるため眼科を受診し,合併症が発見されれば加療が必要となるケースが多い.糖尿病患者における易感染性は眼科領域に限らず一般によく知られており8,9),機序としては細小血管障害による循環障害,インスリン代謝異常に基づく低栄養状態により組織での細胞性免疫能低下や好中球遊走能低下などが考えられている.なかでも眼科領域では糖尿病が術後眼内炎の危険因子となるとの報告もある2,3).血糖コントロールに関しても,HbA1C8%以上のコントロール不良例では細菌検出率が有意に高いとの報告もある5).今回筆者らは白内障術前患者を対象に細菌検出率,検出菌内訳,薬剤耐性率を糖尿病の有無別に検討したが,両群間に統計学的有意差を認めなかった.本報告では細菌検出率が35%と,既報1013)と比べると低めの数値を示しているが,これは細菌検出の際の設備や検査方法の違いによるものと思われる.宮永らの報告14)では,細菌培養結果を5施設間で検討したところ,検査施設により細菌検出率や菌種検出傾向に差があることが指摘されており,検出率を単純に比較できない可能性が示唆される.さらに,好気培養のほかに嫌気培養も合わせて施行しているところが多いが,本研究では保険点数上のコストの問題から,嫌気培養は施行していなかった.そのため検出の際に嫌気状態を必要とする,結膜内常在菌の主要菌であるPropionibac-teriumacnes(P.acnes)15)は今回の結果には反映されていない.増菌培養が未施行である点も,細菌検出率が低い一因と考えられる.しかし,菌種の内訳としてはCNSが最多であった点は,既報と同様の傾向であった16,17).本研究では,コリネバクテリウムは2番目に多く検出されているが,この順位は既報1013,16,17)と比較すると,同様のもの13)と相違するもの1012,16,17)に分かれる.これは各施設の検査結果の報告方法の違いにより影響されると思われる.すなわち,Staphylo-coccus属の菌を種レベルまで同定しているか否か,あるいはCNSとしてまとめて報告しているかによって変わってくるからである.コリネバクテリウムは通常は病原性に乏しいが,近年ではLVFX耐性コリネバクテリウムが増えており,眼感染症の一因となるとの報告もあり注意を要する18).今回の検討で,細菌検出率で唯一有意差を認めたのはMRCNSで,DM群で非DM群に対し統計学的に有意に高率であった.CNSには表皮ブドウ球菌をはじめ多くの菌種が存在するが,本来は病原性が弱いといわれている.しかし近年は耐性率が増加しつつあり,特にMRCNSによる眼感染症の報告も増加している1921).DM群でMRCNSが高率であった理由として考えられるのは,糖尿病の易感染性,日和見感染や不顕性感染などがあげられる.抗菌点眼薬の使用歴のない症例が対象であったKatoらの報告では,高齢者の健常者の結膜からもMRCNSとMRSAが常在菌として検出されたと報告している22).また,マイボーム腺および結膜内の常在細菌叢における薬剤耐性率は一般に高齢者で増加する傾向がある13).自験例においても同様に高齢者は60歳以下に比べて有意に細菌検出率が高かった(森永将弘ほか:第31回日本眼科手術学会で発表).今回DM群のMRCNS陽性群と陰性群それぞれの抗菌点眼薬の使用既往の有無について検討したが,統計学的に有意差は認められなかった.以上のことより,何らかの眼感染症に対し抗菌薬を使用したことによって薬剤耐性を獲得したと考えるよりも,高齢者とDM患者に共通している抵抗力低下,易感染性によるものと考えられる.しかし一方で,眼感染症の既往がなくても多臓器や他の部位における感染症治療で過去に抗菌薬が投与され,常在菌が薬剤耐性を獲得した可能性も考慮すべきではないかと思われた.自験例での結膜細菌叢からの検出菌は,本報告で対象としたLVFX,CMX,TOBのすべての抗菌薬において何らかの耐性菌が認められ,反対に薬剤感受性検査を施行したすべての菌種で,いずれかの抗菌薬に対する耐性が認められた.特にMRCNSは多剤耐性を示したことから,MRCNSが検出された場合その薬剤感受性検査結果に基づいた抗菌薬の選択をすべきと考えられた.日本眼感染症学会は1994年CMX点眼,2006年にはLVFXの術前点眼を推奨している23,24)が,画一的に抗菌薬を術前投与していたのでは少なからず抜け道がある可能性も否定できないと思われた.今回糖尿病の有無および血糖コントロールの良否で結膜細菌叢の検討を行ったが,菌検出に際し目立った差異は認められなかった.薬剤耐性菌でのみ有意差が出たのは,糖尿病による易感染性が背景にあることは無視できない事実であると考えられた.文献1)OshikaT,HatanoH,KuwayamaYetal:IncidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryinJapan.ActaOphthalmolScand85:848-851,20072)KattanHM,FlynnHWJr,PugfelderSCetal:Nosoco-mialendophthalmitissurvey.Currentincidenceofinfec———————————————————————–Page4246あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(108)tionafterintraocularsurgery.Ophthalmology98:227-238,19913)PhillipsWB2nd,TasmanWS:Postoperativeendophthal-mitisinassociationwithdiabetesmellitus.Ophthalmology101:508-518,19944)有山泰代,上原豊,清水弘行ほか:感染性眼内炎を併発したコントロール不良糖尿病の4例.眼紀57:726-729,20065)稗田牧,山口哲男,北川厚子ほか:糖尿病患者の白内障手術時における結膜内常在菌叢.眼紀46:1148-1151,19956)MontanPG,KoranyiG,SetterquistHEetal:Endophthal-mitisaftercataractsurgery:Riskfactorsrelatingtotech-niqueandeventsoftheoperationandpatienthistory:Aretrospectivecase-controlstudy.Ophthalmology105:2171-2177,19887)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute.PerformanceStandardsforAntimicrobialSusceptibilityTesting,Seven-teenthInformationalSupplement(M100-S17);CLSI,Wayne,PA,20078)GottrupF,AndreassenTT:Healingofincisionalwoundsinstomachandduodenum:Theinuenceofexperimentaldiabetes.JSurgRes31:61-68,19819)RayeldEJ,AultMJ,KeuschGTetal:Infectionanddia-betes:Thecaseforglucosecontrol.AmJMed72:439-450,198210)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,200111)宇野敏彦:術前感染症予防とEBM.あたらしい眼科22:889-893,200512)大鹿哲郎:術後眼内炎.眼科プラクティス1,p2-11,文光堂,200513)荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜内の常在菌叢についての検討.あたらしい眼科21:1241-1244,200414)宮永将,佐々木香る,宮井尊史ほか:5検査施設間での白内障術前結膜培養結果の比較.臨眼61:2143-2147,200715)浅利誠志:細菌検査の落とし穴.あたらしい眼科23:479-480,200616)関奈央子,亀井裕子,松原正男:高齢者の結膜内コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の検出率と薬剤感受性.あたらしい眼科20:677-680,200317)宮尾益也:眼感染症と耐性菌.眼科43:923-931,200118)外園千恵:常在微生物叢と眼感染症.あたらしい眼科25:59-60,200819)稲垣香代子,外園千恵,佐野洋一郎ほか:眼科領域におけるMRSA検出動向と臨床経過.あたらしい眼科20:1129-1132,200320)西崎暁子,外園千恵,中井義典ほか:眼感染症におけるMRSAおよびMRCNSの検出頻度と薬剤感受性.あたらしい眼科23:1461-1463,200621)外園千恵:MRSA,MRCNSによる眼感染症.日本の眼科77:1413-1414,200622)KatoT,HayasakaS:Methicillin-resistantStaphylococcusaureusandmethicillin-resistantcoagulase-negativestaph-ylococcifromconjunctivasofpreoperativepatients.JpnJOphthalmol42:461-465,199823)北野周作:白内障手術:戦略のたてかた─白内障術前無菌法─.眼科手術8:717-719,199524)井上幸次:術前減菌法.眼科手術19:493-495,2006***