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発症から3年および21年後に僚眼に再発した急性網膜壊死の1例

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1769.1772,2011c発症から3年および21年後に僚眼に再発した急性網膜壊死の1例森地陽子臼井嘉彦奥貫陽子坂井潤一後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosisRecurrenceinFellowEye3and21YearsafterInitialOnsetYokoMorichi,YoshihikoUsui,YokoOkunuki,JunichiSakaiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity発症から3年後および21年後の2回にわたり僚眼に再発した急性網膜壊死(ARN)の1例を経験したので報告する.症例は39歳の男性で,1988年に右眼の霧視を自覚,当院を紹介受診し,単純ヘルペスウイルス(HSV)-ARNと診断された.その3年後,左眼に前眼部炎症と眼底周辺部に黄白色滲出斑を認めた.眼内液よりHSV-DNAが検出され,僚眼におけるARNの再発と考えられた.さらに18年後,左眼に前眼部炎症,硝子体混濁,眼底に黄白色の滲出病巣と網膜.離を生じ,眼内液よりHSV-2-DNAが4.7×102copy/ml検出され,ARNの僚眼における再発と診断した.まれではあるがARNは僚眼に再発することがある.原因としてはHSVの眼局所における再活性化の可能性が推測される.Wereportacaseofherpessimplexvirus(HSV)-relatedacuteretinalnecrosis(ARN)syndromethatrecurredinthefelloweyetwice─3and21yearsaftertheinitialonset.A39-year-oldmalepresentedwithblurredvisioninhisrighteyein1988.HewasdiagnosedwithARNcausedbyHSV.Threeyearslater,hislefteyeshowedanterioruveitiswithyellowish-whiteretinallesionsintheperipheryofthefundus.HSV-DNAwasdetectedintheintraocularfluid,leadingtoadefinitivediagnosisofARN.After18years,hislefteyeshowedanterioruveitis,vitreousopacity,yellowish-whiteretinallesionsofthefundusandretinaldetachment.HSV-2-DNA(4.7×102copy/ml)wasdetectedintheintraocularfluid.ARNrarelyrecursinthefelloweye.RecurrencemaybecausedbylocalreactivationofHSV.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1769.1772,2011〕Keywords:急性網膜壊死,単純ヘルペスウイルス,PCR法,再発.acuteretinalnecrosis,herpessimplexvirus,polymerasechainreaction,recurrence.はじめに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN,桐沢型ぶどう膜炎)は,単純へルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)または水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)により生じる視力予後不良な疾患である1,2).1986年にBlumenkrauzらは,ARNの34%が両眼に発症すると報告している3).わが国において,ARNの治療薬としてアシクロビルが使用され始めたのは1985年頃である4)が,アシクロビルの全身投与治療によりARNの両眼発症例の頻度は減少し,筆者らの過去の報告では8.8%1),英国における全国調査においても9.7%5)とアシクロビル治療導入前と比較して明らかに減少している.ARNが僚眼にも発症する場合,先発眼の発症からは比較的短期間のことが多いとされる4)が,長期経過後に発症する例も報告されている6.15).しかし,同一眼に複数回にわたって再発をきたす症例はきわめて少ない8,10).以前筆者らは,片眼発症から3年6カ月に発症したHSVによるARNの1例を報告している16)が,その症例が18年〔別刷請求先〕森地陽子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:YokoMorichi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishi-shinjuku,Shinjukuku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(107)1769 後,すなわち初診時から21年後に再度僚眼に再発をきたしたため,その臨床経過を中心に報告する.I症例患者:39歳,男性.主訴:右眼の霧視.既往歴:20年前に左眼ぶどう膜炎の診断を受けているが,その詳細については不明である.家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:1988年2月に突然,右眼の霧視を自覚した.近医を受診した際にぶどう膜炎の診断を受け,東京医科大学病院眼科(以下,当科)へ紹介受診となった.初診時右眼発症時の眼所見と臨床経過:視力は右眼0.04(0.4×.1.50D),左眼0.8(1.0×.0.75D),眼圧は右眼36mmHg,左眼16mmHgであった.右眼には豚脂様角膜後面沈着物と前房内に中等度の炎症を認めた.視神経乳頭に発赤,腫脹がみられ,網膜動脈に沿った出血と黄白色滲出斑が眼底周辺部の広範囲にわたってみられた.左眼には20年前のぶどう膜炎によると思われる虹彩後癒着と白内障がみられ,眼底周辺部には網膜変性巣がほぼ全周にわたって観察された.蛍光眼底造影検査では右眼の広範囲に閉塞性網膜血管炎を思わせる所見を認め,左眼は散瞳不良のため撮影が困難であった.以上の眼所見よりARNを疑い,諸検査を施行したところ,右眼の前房水を用いて測定した抗体率Q値はHSVが18.9と高値を示した.また,同じく前房水を用いたdothybridization法によりHSV-DNAが検出されたが,VZVとサイトメガロウイルスは検出されなかった.なお,このときはHSVの型別検査は実施しなかった.その他,全身に異常所見は認められなかった.以上より本症をHSVによるARNと診断し,アシクロビルと副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)の全身投与を主体とした治療を開始した.しかし,治療開始2カ月後に右眼の網膜.離をきたしたため,輪状締結術を併用した硝子体手術を施行した.術後の経過は良好であったが,右眼発症後3年6カ月経過した1991年8月に僚眼である左眼の霧視を自覚し,当科を再受診となった.左眼(後発眼)発症時眼所見と臨床経過:視力は右眼0.02(0.06×+16.00D),左眼1.2(矯正不能)で,眼圧は右眼4mmHg,左眼16mmHgであった.左眼には角膜後面沈着物とともに中等度の虹彩毛様体炎,虹彩後癒着および白内障がみられた.僚眼におけるARNの再発が疑われたため,前房水を採取してpolymerasechainreaction(PCR)法を施行したところ,HSV-DNAが検出された.このときはHSVの型別検査は実施しなかった.PCR法施行後4日目より,左眼眼底周辺部に黄白色滲出斑と閉塞性血管炎が出現した.アシクロビル,インターフェロン-bの全身投与を行ったところ,1770あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011図1初発から21年後に2度目の再発をきたしたときの左眼眼底写真硝子体混濁と眼底の下方に黄白色滲出斑(矢印)および約1象限の網膜.離を認める(矢頭).3週間後には眼底の滲出斑は消失し,病変は鎮静化した.この左眼における再発時には糖尿病がみられたため,ステロイドの全身投与は行われなかった.なお,耐糖能異常以外には全身的な異常はみられず,特に免疫抑制状態を示唆する検査所見もみられなかった.先発眼である右眼は徐々に低眼圧となり,最終的に眼球瘻となっていった.その後,初発から21年経過した2009年2月,再び左眼の飛蚊症を自覚したため,再度当科を紹介受診となった.左眼の2度目の発症時眼所見と臨床経過:視力は右眼光覚弁なし,左眼1.2(矯正不能)で,眼圧は右眼2mmHg,左眼11mmHgであった.左眼の眼底には硝子体混濁と眼底下方に黄白色滲出斑とともに約1象限の網膜.離がみられ,2週間後には.離が黄斑部に及び,矯正視力も0.1まで低下した(図1).検眼鏡的には観察可能な範囲内で明らかな網膜裂孔は検出されなかった.その他,糖尿病以外は全身に異常所見は認められなかった.再初診時に採取した左眼前房水からは,real-timePCR法でHSV-2-DNAが4.7×102copies/ml検出された.入院時よりアシクロビル2,250mg点滴/日,ベタメタゾン2mg点滴/日を9日間使用した.点滴開始後6日には網膜.離に対して輪状締結術を併用した硝子体手術およびシリコーンオイル注入術を施行した.術後,網膜は復位し,左眼矯正視力は0.1から0.6に改善した.退院後は塩酸バラシクロビル3,000mg内服/日を2カ月間,プレドニゾロン10mg内服/日を5日間継続した.2009年10月にシリコーンオイルを抜去し,その後1年経過した現在まで眼底所見の悪化はなく,左眼の矯正視力は0.8,眼圧は10mmHgで(108) 図22度の再発に対して治療を行った後の左眼眼底所見輪状締結術を併用した硝子体手術後,網膜は復位し,眼底所見は鎮静化している.ある(図2).II考按ARNにおける再発はまれであるが,その機序にはヘルペスウイルスの再活性化が推察されている17).再活性化の誘因として,宿主の細胞性免疫の低下,副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬の使用,手術,外傷,高体温,紫外線曝露などが報告されている17.19).本症例においては,僚眼におけるいずれの再発作時にも全身的な異常を認めず,明らかな誘因を特定することは困難であった.ただし,2回目の再発時には年齢が63歳であったことから,加齢による免疫能の低下がHSVの再活性化に関与した可能性はあったかもしれない.ARNの両眼発症例では,先発眼発症から僚眼発症までの期間は1カ月以内の症例が全体の68.4%で,比較的短期間における発症が多いとの報告がある4).一方,今回筆者らが経験した症例のように,長期間経過した後に僚眼へ再発した報告も少ないながら散見される.筆者らが調べた限りでは,ARNが発症し10年以上経過した後に僚眼の再発をきたした症例はこれまでに10例の報告がある6.15).その内訳は,患眼発症から10年以上19年以内に僚眼へ発症をきたした症例が5例6.10),20年以上経過した後に僚眼へ発症をきたした症例が5例11.15)であった.しかし,これら10症例のうち,浦山らが初めてARNを報告した1971年20)以前に先発眼が発症した症例が7例6,7,9,10,13.15)を占め,さらに,いずれの症例についても先発眼に対するウイルス学的検索は行われておらず,真にARNを罹患した長期経過後の再発例であったか否かは不明である.このように初発時に眼内液からウイ(109)ルスの同定が可能であった報告は乏しいが,今回筆者らが経験した症例では1988年の初発時と,その後2回の再発時において,いずれも眼内からHSVが同定され,その経過を追跡することができた.なお,本症例では詳細は不明であるが,当科を初診した1988年より約20年前にも左眼のぶどう膜炎を指摘されており,当科初診時にはすでに虹彩後癒着,併発白内障,および眼底周辺部の変性巣が存在していた16).ARNの両眼発症例のうち,僚眼における2回以上の発症はきわめてまれである10)が,初発時より20年前の左眼におけるぶどう膜炎もHSVに起因した炎症であったと仮定すると,本症は左眼に計3回の発症をくり返したことになる.ARNの視力予後は,real-timePCR法で測定される原因ウイルスのコピー数と相関するという報告がある21,22).特に原因ウイルスが104copies/ml以上の場合には,経過中に網膜壊死病巣が眼底の後極付近まで進行することが多いという23).一方,ウイルスが102.3copies/mlの際には網膜壊死病巣は眼底周辺部に限局し,薬物療法のみでも視力予後が良好なことがあるという23).本症例の先発眼における視力は光覚弁なしときわめて不良であったのに対し,後発眼の最終矯正視力は0.8と良好であった.これは後発眼のウイルスコピー数が柞山らの報告24)と同様,前房水中で102copies/mlと比較的少なかったため,良好な視力予後となった可能性が考えられた.いずれにしても,ARNでは長期経過の後に僚眼を含めた再発の可能性があることを念頭に置く必要があると考えられた.III結語片眼発症から3年後および21年後に僚眼に発症したHSVによるARNの1例を経験した.まれではあるがARNは僚眼にくり返し発症することがある.文献1)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:297-300,20072)UsuiY,GotoH:Overviewanddiagnosisofacuteretinalnecrosissyndrome.SeminOphthalmol23:275-283,20083)BlumenkrauzMS,CulbertsonWW,ClarksonJGetal:Treatmentoftheacuteretinalnecrosissyndromewithintravenousacyclovir.Ophthalmology93:296-300,19864)坂井潤一,頼徳治,臼井正彦:桐沢・浦山型ぶどう膜炎(急性網膜壊死)の抗ヘルペス療法と予後.眼臨85:876881,19915)MuthiahMN,MichaelidesM,ChildCSetal:Acuteretinalnecrosis:anationalpopulation-basedstudytoassesstheincidence,methodsofdiagnosis,treatmentstrategiesandoutcomesintheUK.BrJOphthalmol91:1452あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111771 1455,20076)SagaU,OzawaH,SoshiSetal:Acuteretinalnecrosis(Kirisawa’suveitis).JpnJOphthalmol27:353-361,19837)SaariKM,BokeW,MantheyKFetal:Bilateralacuteretinalnecrosis.AmJOphthalmol93:403-411,19828)MatsuoT,NakayamaT,BabaT:Sameeyerecurrenceofacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol131:659-661,20019)LudwigIH,ZegarraH,ZakovZN:Theacuteretinalnecrosissyndrome.Possibleherpessimplexretinitis.Ophthamology91:1659-1664,198410)RabinovitchT,NozikRA,VarenhorstMP:Bilateralacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol108:735736,198911)SchlingemannRO,BruinenbergM,Wertheim-vanDillenPetal:Twentyyears’delayoffelloweyeinvolvementinherpessimplexvirustype2-associatedbilateralacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol122:891-892,199612)山崎有加里,河原澄枝,木本高志ほか:長期経過後に他眼に再発した桐沢型ぶどう膜炎の2例.眼臨98:1056,200413)MartinezJ,LambertHM,CaponeAetal:Delayedbilateralinvolvementintheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol113:103-104,199214)EzraE,PearsonRV,EtchellsDEetal:Delayedfelloweyeinvolvementinacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol120:115-117,199515)FalconePM,BrockhurstRJ:Delayedonsetofbilateralacuteretinalnecrosissyndrome:A34-yearinterval.AnnOphthalmol25:373-374,199316)岩本衣里子,後藤浩,薄井紀夫ほか:3年6カ月後に他眼に発症した桐沢・浦山型ぶどう膜炎の1例.眼臨86:2453-2457,199217)GaynorBD,MargolisTP,CunninghamETJr:Advancesindiagnosisandmanagementofherpeticuveitis.IntOphthalmolClin40:85-109,200018)ItohN,MatsumuraN,OgiAetal:Highprevalenceofherpessimplexvirustype2inacuteretinalnecrosissyndromeassociatedwithherpessimplexvirusinJapan.AmJOphthalmol129:404-405,200019)TranTH,StanescuD,Caspers-VeluLetal:ClinicalcharacteristicsofacuteHSV-2retinalnecrosis.AmJOphthalmol137:872-879,200420)浦山晃,山田酉之,佐々木徹郎ほか:網膜動脈周囲炎と網膜.離を伴う特異的な片眼性急性ぶどう膜炎について.臨眼25:607-619,197121)AbeT,SatoM,TamaiM:Correlationofvaricella-zosterviruscopiesandfinalvisualacuitiesofacuteretinalnecrosissyndrome.GraefesArchExpOphthalmol236:747-752,199822)AsanoS,YoshikawaT,KimuraHetal:MonitoringherpesvirusesDNAinthreecasesofacuteretinalnecrosisbyreal-timePCR.JClinVirol29:206-209,200423)杉田直,岩永洋一,川口龍史ほか:急性網膜壊死患者眼内液の多項目迅速ウイルスpolymerasechainreaction(PCR)およびreal-timePCR法によるヘルペスウイルス遺伝子同定.日眼会誌112:30-38,200824)柞山健一,渋谷悦子,椎野めぐみほか:若年で発症し5年の間隔をあけ僚眼に発症したと考えられた単純ヘルペスウイルスによる急性網膜壊死.臨眼61:751-755,2007***1772あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(110)

ステロイドパルス療法を行った原田病患者の治療成績の検討

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(101)8510910-1810/08/\100/頁/JCLS《第41回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科25(6):851854,2008cはじめに原田病の視力予後はおおむね良好といわれているが,炎症の遷延化に伴い網膜変性を生じた場合や再燃をくり返す場合には視力低下をきたすこともあり,速やかな消炎が治療の目標となる.そのためには,発症早期に十分な副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)の全身投与が必要であるとされている1).ステロイド投与の方法としては,従来,内服あるいはステロイド大量点滴療法が行われていた.最近,発症早期に十分なステロイド投与が可能であることと,ステロイドの全身的な副作用は総投与量よりも投与期間に影響を受けやすいとされていることより,ステロイドパルス療法が用いられるよう〔別刷請求先〕島千春:〒530-0005大阪市北区中之島5-3-20住友病院眼科Reprintrequests:ChiharuShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SumitomoHospital,5-3-20Nakanoshima,Kita-ku,Osaka530-0005,JAPANステロイドパルス療法を行った原田病患者の治療成績の検討島千春春田亘史西信良嗣大黒伸行田野保雄大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学(眼科学)講座SignicanceofCorticosteroidPulse-DoseTherapyinPatientswithVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseChiharuShima,HiroshiHaruta,YoshitsuguSaishin,NobuyukiOhguroandYasuoTanoDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:原田病では,発症早期の十分な副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)投与がその消炎に必要とされている.ステロイドパルス療法を行った原田病患者について,発症から治療開始までの期間と臨床経過の相違について検討した.方法:ステロイドパルス療法を施行した初発の原田病患者で,6カ月以上経過観察できた21例42眼を対象とした.視力予後,再発・遷延の頻度,発症から治療開始までの期間と治療開始から寛解までの期間,ステロイド内服の期間と総投与量,晩期続発症の発生頻度について検討した.結果:39眼(92.9%)で最終視力が1.0以上であった.再発・遷延例は5例で,非遷延例に比べ有意に発症から治療開始までの期間が長かった.発症から治療開始までの期間と治療開始から寛解までの期間に有意な相関関係を認めた(r=0.655,Pearsontest).Dalen-Fuchs斑,脱毛および白髪,皮膚白斑は再発・遷延例で有意に多くみられた.結論:発症から治療開始までの期間が短いほど,速やかな消炎が可能であったことから,早期治療が重要であると考えられる.Purpose:WeretrospectivelyanalyzedtherelationshipbetweentheperiodofinitiationoftreatmentafteronsetandtheclinicalcourseofVogt-Koyanagi-Harada(VKH)disease.Methods:Forty-twoeyesof21patientstreatedwithpulse-dosecorticosteroidtherapywerefollowedfor6monthsorlongerafterinitiationoftherapy.Finalvisualacuity,recurrenceorprolongationofinammation,periodoftimefromonsetofVKHtoinitiationoftreatmentandfromtreatmentinitiationtoremission,thetotaldaysofsystemicallyadministeredcorticosteroid,andocularcomplicationswererecorded.Results:Thirty-nineeyesattainedanalvisualacuityof20/20.Recurrenceorprolongedinammationoccurredin5cases.Inthese5cases,theperiodbetweenonsetandinitiationoftreat-mentwaslongerthanforcaseswithoutprolongation.TherewasastatisticallysignicantcorrelationbetweentheperiodoftimefrominitiationonsetofVKHtooftreatmentandtheperiodoftimefrominitiationoftreatmenttoremission(r=0.655,Pearsontest).Conclusions:EarlyuseofsystemiccorticosteroidtherapyincasesofVKHdis-easemayshortenthedurationofinammation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):851854,2008〕Keywords:原田病,ステロイドパルス療法,再発,合併症.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,steroidpulsethera-py,recurrence,complication.———————————————————————-Page2852あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(102)4.統計Mann-Whitneyranksumtestを用い,p<0.05を統計学的に有意であるとした.II結果今回の症例を2001年,国際原田病診断基準2)に基づいて分類すると,完全型8眼,不全型(疑い例を含む)34眼であった.また,主病変の存在部位で大別すると,後極部離型が38眼,乳頭周囲浮腫型が3眼,前眼部病変型が1眼と90.5%の症例が後極部離型であった.まず視力の推移であるが,平均視力は初診時0.66であったが,1カ月後,3カ月後,6カ月後の平均視力はそれぞれ1.0,1.2,1.2といずれも1.0を超えていた.最終視力が1.0以上であったものは42眼中39眼(92.9%)であった.再発例,遷延例の頻度を表1に示した.21例中,再発例は1例,一度消炎が得られたにもかかわらず再燃し,その結果1年以上消炎できなかった再発かつ遷延例が4例であった.また,前駆期にみられた症状の発生頻度を再発・遷延例とそれ以外で比較検討したものを表2に示した.前駆期の症状は再発・遷延例と非再発・遷延例の間で有意差がなかった.しかしながら,発症から治療開始までの期間は遷延例で60±48日であったのに対し,非遷延例では11±8日と有意に非遷延例のほうが短かった(p=0.014,Mann-Whitneyranksumtest).三村らの報告1)に基づき,治療開始までが10日以内の群と11日以上の群でも検討したが,治療開始までが10日以内の群では再発・遷延例が2例,非再発・遷延例が8例,11日以上の群では再発・遷延例が3例,非再発・遷延例が8例であり,有意差がなかった.再発例,遷延例を除いた症例,すなわち一連の治療で治癒に至った経過良好群において寛解に至るまでの期間は9138日であり,平均43日であった.それら経過良好群においても,発症から治療開始までの期間と治療開始から寛解まになってきた.今回筆者らは,原田病に対するステロイドパルス療法の長期的効果について検討したので報告する.I対象および方法1.対象19932005年に大阪大学医学部附属病院を未治療で受診し,6カ月以上の経過観察が可能であった初発の原田病21例42眼を対象とした.男性10例,女性11例であった.年齢は2358歳(平均年齢39歳)であった.観察期間は694カ月(平均34カ月)であった.2.治療プラン初診時当日あるいは翌日から3日間連続してメチルプレドニゾロン500mgあるいは1gを3日間連続投与した(ステロイドパルス療法).ステロイドパルスの1回のステロイド投与量は500mgの症例が4例,1gの症例が17例であった.ステロイド投与量は患者の体重により決定した.すなわち,体重が50kg以上では1gを投与し,50kg未満では500mgを選択した.ステロイドパルス終了の翌日よりプレドニゾロン換算40mgから内服を開始し,内服開始約1週間後に蛍光眼底造影検査で漏出点の消失を確認した後に減量を開始し,炎症の程度を見きわめながら24週間で510mgの減量を行った.3.検討事項視力の推移,再発・遷延例の頻度,発症から治療開始までの期間,再発・遷延例を除いた症例における発症から治療開始までの期間と寛解までの期間,ステロイド内服期間と総投与量,晩期続発症の種類と頻度についてレトロスペクティブに検討した.今回用いた視力は,小数視力の数値をlogMAR視力に換算した後に平均値を求め,再び小数視力に戻したものである.なお,再発例とは経過中に一度消炎が得られたにもかかわらず,再度炎症が出現した症例とし,遷延例とは消炎のために1年以上のステロイドの投与が必要であった症例とした.寛解とは,検眼鏡的に前房内細胞,硝子体内細胞,漿液性網膜離が消失した時点とした.表1再発例,遷延例の頻度例(%)再発例1(4.8)遷延例0再発かつ遷延例4(19.0)非再発・遷延例16(76.2)表2前駆症状の内訳例再発・遷延例非再発・遷延例p値耳鳴251.000頭痛281.000治療開始から寛解まで(日)16014012010080604020005101520発症から治療開始まで(日)253035図1発症からステロイドパルス治療開始までの日数と治療開始から寛解までの日数———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008853(103)併発白内障,続発緑内障を誘発しやすく視力予後不良の原因となる.三村ら1)は,遷延例への移行防止のためには発病後10日以内のコルチコステロイド療法の開始,および発病後1カ月以内のコルチコステロイドの総投与量がプレドニゾロン換算で600mg以上であることが統計学的に有意であると報告している.今回行ったステロイドパルス療法は,最初の3日間で1,500mgあるいは3,000mgのステロイド投与が可能であり,前述の600mgという条件を十分満たすものである.筆者らは以前,ステロイドパルス療法が原田病における漿液性網膜離を早期に消失させる効果があることを報告した4).今回の検討では長期経過をみたが,過去に報告されている大量点滴療法と比較して,再発・遷延例の発生頻度,最終視力予後に差はみられなかった5).なお,大量点滴療法はステロイドパルス療法に比べて肝機能障害や耐糖能障害など全身副作用がやや多い傾向にあるとの報告がある6).今回のステロイドパルス療法の経過中には,全身副作用を呈した症例はなかった.このことより,長期予後は変わらないが,副作用の面からはステロイドパルス療法は大量点滴療法より優れていると思われる.今回検討した症例(21例42眼)はほぼ同じプロトコールで加療されている.また,ステロイドパルス1g投与例と500mg投与例,および完全型と不全型でステロイド投与期間,総投与量に差がなかったので,この二つの因子については今回の検討に大きな影響を及ぼさないと考えた.それを踏まえて,再発・遷延例では発症からステロイド投与までの期間が有意に長かったこと,また,再発・遷延例を除いた経過での期間との間には,図1に示すとおり相関関係を認めた(p<0.01).一方,ステロイド内服期間,内服量と,1.完全型と不完全型,2.ステロイドパルス療法1回のステロイド投与量500mgと1gの2項目について比較した結果を表3,4に示した.この比較ではいずれも有意差を認めなかった.晩期続発症についての検討では,夕焼け状眼底が9例18眼(42.9%)に,Dalen-Fuchs斑が4例7眼(16.7%)に,皮膚白斑は2例(9.5%),脱毛および白髪は3例(14.3%)にみられた.経過中に白内障の進行を認めたものは2例4眼(9.5%),眼圧上昇を認めたものは4例8眼(19.0%)であった.脈絡膜新生血管,視神経萎縮を呈した症例はなかった.これらの発生頻度を再発,遷延例とそれ以外に分けて比較して検討したところ,Dalen-Fuchs斑,皮膚白斑,脱毛および白髪は再発,遷延例において有意に多かった(表5).三村らの報告1)に基づき,治療開始までが10日以内の群と11日以上の群でも検討したが,この検討においては有意差がみられた項目はなかった(表6).III考按原田病は基本的には増悪と寛解という時間経過をとる,自己制限的な疾患であると考えられている3).多くの場合,前駆期,眼病期,回復期という三つの病期がみられる.前駆期症状として,耳鳴,頭痛などの髄膜刺激症状が出現した後に,あるいはこれらの症状がおさまった後に,両眼性に眼症状が出現する.その後,治療を開始すると回復基調となることが一般的である.しかしながら,ときにこれに反して,6カ月を超えて内眼炎症が持続する症例を経験することがあり,「遷延型」とよばれている.炎症の遷延は虹彩後癒着や表3ステロイド内服期間・量と病型型型ステロイド内服期間日±148204±800.513ステロイド内服量(mg:プレドニゾロン換算)3,070±852,760±1,0500.696表4ステロイド内服期間・量とステロイドパルス1回投与量ステロイドパルス回投与ステロイド内服期間日±112214±800.744ステロイド内服量(mg:プレドニゾロン換算)2,355±6802,940±1,0550.323表5晩期続発症の内訳再発・遷延例例眼再発・遷延例例眼状眼眼眼眼眼眼眼内の行眼眼眼眼眼眼眼および例例例例表6晩期続発症と治療開始までの日数治療開始までの日数日内例眼日例眼状眼眼眼眼眼眼眼内の行眼眼眼眼眼眼眼および例例例例———————————————————————-Page4854あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(104)的背景をそろえた集団内での検討が必要であるが,今回の検討から少なくともステロイドパルス療法を施行する場合においても,早期治療が重要であることが確認された.今後,個々の症例の重症度,年齢,病型などに応じ適切なステロイド投与方法,および投与量を検討していく必要がある.文献1)三村康男,浅井香,湯浅武之助ほか:原田病の診断と治療.眼紀35:1900-1909,19842)ReadRW,HollandGW,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:ReportofanInternationalCommitteeonNomenclature.AmJOphthal-mol131:647-652,20013)安積淳:Vogt─小柳─原田病(症候群)の診断と治療.1.病態:定型例と非定型例.眼科47:929-936,20054)YamanakaE,OhguroN,YamamotoSetal:EvaluationofpulsecorticosteroidtherapyforVogt-Koyanagi-Haradadiseaseassessedbyopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol134:454-456,20025)北明大洲,寺山亜希子,南場研一ほか:Vogt─小柳─原田病新鮮例に対するステロイド大量療法とパルス療法の比較.臨眼58:369-372,20046)岩永洋一,望月學:Vogt─小柳─原田病の薬物療法.眼科47:943-948,20057)瀬尾晶子,岡島修,平戸孝明ほか:良好な経過をたどった原田病患者の視機能の検討─特に夕焼け状眼底との関連.臨眼41:933-937,19878)KeinoH,GotoH,MoriHetal:AssociationbetweenseverityofinammationinCNSanddevelopmentofsun-setglowfundusinVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalmol141:1140-1142,20069)ReadRW,YuF,AccorintiMetal:Evaluationoftheeectonoutcomesoftherouteofadministrationofcorti-costeroidsinacuteVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalmol142:119-124,200610)山本倬司,佐々木隆敏:原田病におけるステロイド剤の全身投与を行わなかった症例の長期予後.眼臨84:1503-1506,1990良好群でも,発症からステロイド投与までの期間と検眼鏡的な寛解までの期間が有意に相関していたという結果は,やはり早期治療による速やかな消炎が本疾患の治療戦略として重要であることを示している.晩期続発症については,過去の報告4)では夕焼け状眼底は大量投与群で54.5%,ステロイドパルス療法群では16.7%とステロイドパルス群のほうが有意に少ないとされているが,今回の検討では42.9%と過去の報告に比べて多くみられた.このことの理由は不明であるが,今回の結果からはステロイドパルス療法が夕焼け状眼底の予防に有効という結論は導き出せなかった.夕焼け状眼底では色覚やコントラスト感度の異常がみられたとの報告もあり7),発生を少なくするべく原因の解明が課題である.また,晩期続発症のうち,脱色素,すなわちメラニン組織に対する自己免疫反応が強く生じた結果起こると考えられるDalen-Fuchs斑,脱毛および白髪,皮膚白斑が再発・遷延例で多くみられたことは,発症早期の免疫反応の抑制が十分でないとメラノサイトが破壊されるとともに不可逆的な変化をもたらすことを示していると考えられた.最近,Keinoら8)により髄液検査での細胞数の増加と夕焼け状眼底発現との間に相関関係があるとの報告が出されており,髄液検査が晩期続発症進展の予想に有用である可能性がある.今回の症例では,髄液検査を全例で施行していないため,この点については確認できなかったが,今後の検討課題としたい.最近の多施設共同研究では,ステロイド内服治療と点滴治療で視力予後や晩期続発症に差がないということが報告されている9).欧米では一般的に原田病に対するステロイド点滴投与はあまりなされていない.また,軽症例ではステロイドの眼局所投与とステロイドの少量内服で十分消炎が可能であるといわれており,実際ステロイドの全身投与を施行せずに長期間経過を観察しても視力予後が悪くないことを山本ら10)は報告している.ステロイドの投与経路については今後遺伝***