‘前房水’ タグのついている投稿

Acute Syphilitic Posterior Placoid Chorioretinitisの1例

2017年6月30日 金曜日

《第50回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科34(6):857.861,2017cAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinitisの1例熊野誠也*1武田篤信*1,2仙石昭仁*1清武良子*1,3川野庸一*3園田康平*1*1九州大学大学院医学研究院眼科学分野*2国立病院機構九州医療センター眼科*3福岡歯科大学総合医学講座眼科学分野ACaseofAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinitisSeiyaKumano1),AtsunobuTakeda1,2),AkihitoSengoku1),RyokoKiyotake1,3),YoichiKawano3)andKoh-HeiSonoda1)1)DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KyushuMedicalCenter,3)SectionofOphthalmology,DepartmentofGeneralMedicine,FukuokaDentalCollegeAcutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)は梅毒性ぶどう膜炎のなかでもまれな病型である.眼所見,画像所見,血清および前房水の梅毒抗体価上昇からASPPCと診断した1例を報告する.症例は39歳,女性.1週間前からの左眼視力低下を主訴に来院した.左眼黄斑部に網膜下黄白色扁平病変がみられた.光干渉断層計では,左眼黄斑部では視細胞内節エリプソイドと外境界膜の消失,また網膜色素上皮から外顆粒層へ突出した結節性病変がみられた.血清および前房水の梅毒抗体価上昇からASPPCと診断した.髄液中の梅毒抗体価上昇から神経梅毒の合併も考慮しペニシリン点滴治療を開始した.治療に速やかに反応し,以後再燃はみられていない.ASPPCが疑われた場合には血清および前房水の梅毒抗体価測定が診断に有用なことがある.A39-year-oldfemalewasreferredtoourhospitalduetoseveresuddenvisuallossinherlefteyeforaweek.Ophthalmicexaminationshowedyellowishplacoidlesionsinvolvingthemaculainthelefteye.Opticcoherencetomographyrevealedthatbothellipsoidzoneandouterlimitedmembranehaddisappeared,andthattherewerenodularlesionsprojectingbetweentheretinalpigmentepitheliumandoutergranularlayerattheyellowishplacoidlesions.Thepatientwasdiagnosedashavingacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC),basedonpositiveresultsofserologyforsyphilisinserumandaqueoushumor.Thepatientwassuccessfullytreatedwithhigh-doseintravenouspenicillin,inviewofpositiveserologyresultsforsyphilisinthespinal.uid.Serologictestingofocular.uids,aswellasserum,isusefulfordiagnosingASPPC.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):857.861,2017〕Keywords:梅毒,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis,光干渉断層計,前房水,梅毒血清反応.syph-ilis,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis,opticalcoherencetomography,ocular.uids,serologyforsyphi-lis.はじめに近年,わが国の梅毒患者報告数は2014年で1,671人,2015年で2,698人と急増しており,とくに若年女性の増加が顕著である1).梅毒性ぶどう膜炎はおもに梅毒第2期以降でみられ,その臨床像は多彩で特徴的な眼所見に乏しい2).Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)は1988年,第2期にみられた中心性網脈絡膜炎としてdeSouzaらによって報告され3),黄斑部に大型の円板状黄白色病変を呈する特徴から1990年にGassらによりASPPCと命名された4).筆者らはASPPCと診断した1例を経験したので報告する.I症例患者:39歳,女性.主訴:左眼視力低下.既往歴:2015年2月,甲状腺乳頭癌摘出術を受けた.術〔別刷請求先〕熊野誠也:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:SeiyaKumano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka-shi,Fukuoka812-8582,JAPAN前に梅毒感染は検出されなかった.現病歴:2016年1月に左眼視力低下を自覚し1週間後に近医受診.左眼後部強膜炎と診断され,左眼トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を施行されるも改善がみられず,精査加療のため九州大学病院眼科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.08(1.2×sph.3.00D),左眼Vs=0.03(0.04×sph.2.50D).眼圧は右眼15mmHg,左眼16mmHg.両眼とも前眼部に炎症所見はみられず,中間透光体にSUN分類で1+の硝子体混濁がみられた.眼底は両眼に視神経乳頭の軽度の発赤腫脹がみられ,左眼には黄斑部を中心に約6乳頭径大の円板状黄白色病変がみられた(図1).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では,左眼黄斑部に視細胞内節エリプソイド(photoreceptorinnersegmentellipsoid:ellipsoidzone)と外境界膜の消失,および,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)から外顆粒層へ突出した結節性病変がみられた(図2).右眼黄斑部にOCT上特記すべき所見はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinfundusangiography:FA)では,右眼アーケード上方と左眼黄斑部で造影初期には顆粒状の過蛍光がみられ,造影後期にはその増強を認めた.右眼は検眼鏡的にはみられなかった病変が蛍光眼底造影ではみられ,左眼と同様に造影初期には顆粒状の過蛍光,造影後期にはその増強がみられた.インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(indocyaninegreenfundusangiography:IA)では,両眼とも同部位で造影初期には低蛍光,造影後期にはFAの過蛍光部位に一致した蛍光漏出を認めた(図3a).眼底自発図1眼底写真両眼に視神経乳頭の軽度の発赤腫脹,左眼黄斑にかけて約6乳頭径大の円板状黄白色病変がみられた.図2光干渉断層計左眼黄斑部では視細胞内節エリプソイドと外境界膜の消失,網膜色素上皮から外顆粒層へ突出した結節性病変(白矢印)がみられた.図3蛍光眼底検査,眼底自発蛍光検査a:(FA)右眼アーケード上方と左眼黄斑部で造影初期には顆粒状の過蛍光がみられ,造影後期にはその増強を認めた.(IA)両眼とも同部位で造影初期には低蛍光,造影後期にはFAの過蛍光部位に一致した蛍光漏出を認めた.b:(FAF)両眼とも同部位で過蛍光がみられた.図4Goldmann視野検査右眼は明らかな視野異常はみられなかったが,左眼は中心暗点がみられた.蛍光検査(fundusauto-.uorescence:FAF)においても同部位で過蛍光がみられた(図3b).中心フリッカー値は右眼39.8Hz,左眼22.8Hzであった.Goldmann視野検査(Gold-mannperimeter:GP)では,右眼には異常はみられず,左眼に中心暗点がみられた(図4).全身検査所見:胸部X線では異常所見がなく,ツベルクリン反応は弱陽性であった.血液検査ではCRP0.64mg/dlと軽度上昇,また梅毒血清反応では,ラテックス凝集法(Treponemapallidumlatexagglutinationtest:TPLA)1,662.0TU,rapidplasmareagintest(RPR)18.0RUと陽性を示した.ヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.-ciencyvirus:HIV)抗体検査は陰性であった.前房水の梅毒抗体価はTPLA8倍と上昇していた.髄液検査では糖108mg/dl,蛋白65mg/dl,白血球数20/mm3,蛍光トレポネーマ抗体吸収試験(.uorescenttreponemalantibody-absorptiontest:FTA-ABS)8倍と上昇していた.発熱およびリンパ節腫脹や皮疹,粘膜疹などはみられなかった.治療経過:眼所見および全身検査所見よりASPPCと診断図5治療開始後の光干渉断層計,Goldmann視野検査a:治療開始前にみられた外境界膜の一部消失や網膜色素上皮から突出した結節性病変は消失していた.b:治療開始1カ月(右)から3カ月(左)後と中心暗点領域の改善を認めた.し,神経梅毒の合併を考慮しベンジルペニシリンカリウム2,400万単位/日の経静脈投与を14日間行った.治療開始1カ月後,左眼視力は(1.0)まで改善した.治療開始3カ月後,OCTで初診時にみられた外境界膜の一部消失やRPEからの結節性突出は消失していた(図5a).FAFでは右眼で過蛍光は消失し,左眼では一部残存するもその後増悪はみられなかった.GPでは左眼で中心暗点が縮小していた(図5b).梅毒血清反応ではTPLA28.5TU,RPR1.5RUまで低下し,眼底病変の再発はみられていない.II考按ASPPCの特徴として,半数は片眼性で平均年齢は40歳,約80%に前房や硝子体に炎症がみられ,黄斑部に大型の円板状黄白色病変がみられる5).画像所見では,spectral-domainOCTにてellipsoidzoneと外境界膜の消失,RPEの肥厚や結節性突出などが報告されており6.8),本症例でも過去の報告と一致していた.また,FAで病変部は初期で低蛍光,後期にかけて増強する過蛍光とleopardspottingとよばれる部分的な低蛍光を呈すると報告されており4,5),本症例でも同様であった.ASPPCの病変の主座については,過去の報告における画像所見から脈絡膜毛細血管板.RPE.網膜視細胞層にあると考えられている3,4)が,さらに本症例ではFAFで過蛍光を呈していたことから機能的にRPEレベルの異常も考えられた.鑑別診断として,画像所見からは急性帯状潜在性網膜外層症や多発消失性白点症候群,また片眼性急性特発性黄斑症などがあげられたが6),臨床所見のみでは鑑別が困難であった.本症例では眼所見や画像所見に加え,血清および前房水中の梅毒抗体価が上昇したことからASPPCと診断した.梅毒性ぶどう膜炎は眼内にTreponemapallidum(TP)が直接浸潤して生じるとされている.神経梅毒では髄液中の梅毒抗体価上昇や細胞数,蛋白増多などの炎症所見が検出されるが,これは中枢神経系にTPが直接浸潤し炎症が励起されることに起因する9).本症例では前房水中の梅毒抗体価が上昇したことから,ASPPCの病態にTPの眼内直接浸潤の関与が示唆された.また,polymerasechainreaction(PCR)を利用した眼微量検体での迅速で網羅的な病原体遺伝子検索法が開発されており10),今回のような症例に用いることで診断がより迅速で効率的になる可能性について,今後検討が必要であると考えられた.梅毒は性感染症であり,海外では20.70%にHIV感染との合併が報告されている11).HIV感染合併例では梅毒性ぶどう膜炎の頻度が高く,非典型的であり,重篤化することがある12).本症例では発症約1年前の血液検査では梅毒感染は検出されておらず,その後の性交渉による感染が疑われている.HIV感染は検出されなかったが,ASPPCの症例ではHIV感染の検索を進めると同時に,パートナーを含めた感染拡散や再感染の防止に努める必要があると考えられた.また梅毒は感染症法により全数把握対象疾患の5類感染症に定められており,診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出ることが義務づけられている.梅毒性ぶどう膜炎では第2期以降に出現するため,治療は一般の駆梅療法第2期に準じて行う13).また,ASPPCの患者の約25%に神経梅毒の合併があると報告されている9).本症例では髄液中の蛋白増多,細胞数増多,梅毒抗体価上昇がみられたため,神経梅毒に準じた治療を行った.治療によく反応したものの,初診時OCTにみられたellipsoidzoneと外境界膜の消失は治療開始3カ月後にも一部残存していた.そのためASPPCの治療では,神経梅毒の合併がなくても長期的な神経網膜の保護を考慮した強力な治療を行う必要性があると考えられた.また,駆梅療法としての抗生物質投与にステロイドを併用した報告がある14).本症例では前医でステロイド局所投与が行われていたこともあり,ステロイド全身投与は行わなかった.しかし,抗炎症による神経保護の観点からASPPCに対してはステロイド全身投与についても検討する必要があるかもしれない.以上,梅毒性ぶどう膜炎のなかでもまれな病型であるASPPCの1例を報告した.本症例では短期間で重篤な視力低下がみられたが,眼所見よりASPPCを疑い,血液検査や眼内液の梅毒抗体価の測定を行うことで早期に診断,治療を行うことが可能であった.RPE障害を伴うぶどう膜炎において梅毒検査は重要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岩橋千春,大黒伸行:梅毒.あたらしい眼科33:953-956,20162)八代成子:梅毒性ぶどう膜炎.所見から考えるぶどう膜炎(園田康平,後藤浩編):p226-231,医学書院,20133)deSouzaEC,JalkhAE,TrempeCLetal:Unusualcen-tralchorioretinitisasthe.rstmanifestationofearlysec-ondarysyphilis.AmJOphthalmol105:271-276,19884)GassJD,BraunsteinRA,ChenowethRG:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.Ophthalmology97:1288-1297,19905)EandiCM,NeriP,AdelmanRAetal:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis:reportofacaseseriesandcomprehensivereviewoftheliterature.Retina32:1915-1941,20126)関根裕美,八代成子,大平文ほか:画像所見よりacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitisを疑い駆梅療法が奏効した1例.日眼会誌119:266-272,20157)PichiF,CiardellaAP,CunninghamETJretal:Spectraldomainopticalcoherencetomography.ndingsinpatientswithacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinopathy.Retina34:373-384,20148)BurkholderBM,LeungTG,OstheimerTAetal:Spectraldomainopticalcoherencetomography.ndingsinacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.JOphthalmicIn.ammInfect4:2,20149)松室健士,納光弘:炎症性疾患スピロヘータ感染症梅毒トレポネーマ.別冊領域別症候群シリーズ神経症候群1,日本臨躰26:615-619,199910)SugitaS,OgawaM,ShimizuNetal:Useofacompre-hensivepolymerasechainreactionsystemfordiagnosisofocularinfectiousdiseases.Opthalmology120:1761-1768,201311)LeeSY,ChengV,RodgerDetal:Clinicalandlaboratorycharacteristicsofocularsyphilis:anewfaceintheeraofHIVco-infection.JOphthalmicIn.ammInfect5:26,201512)ChessonHW,He.el.ngerJD,VoigtRFetal:EsimatesofprimaryandsecondarysyphilissrateinpersonswithHIVintheUnitedStates,2002.SexTransmDis32:265-269,200513)後藤晋:疾患別くすりの使い方梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス11,眼科治療薬ガイド(本田孔士編),p138-139,文光堂,199414)原ルミ子,三輪映美子,佐治直樹ほか:網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例.あたらしい眼科25:855-859,2008***

モキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化

2013年1月31日 木曜日

《第51回日本白内障学会原著》あたらしい眼科30(1):93.96,2013cモキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化松浦一貴*1寺坂祐樹*1井上幸次*2大村菜美*3後藤隆浩*3*1野島病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学講座*3鳥取大学大学院医学系研究科生体高次機能学部門PharmacokineticsofSubconjunctivallyInjectedMoxifloxacinKazukiMatsuura1),YukiTerasaka1),YoshitsuguInoue2),NamiOhmura3)andTakahiroGotou3)1)DepartmentofOphthalmology,NojimaHospital,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,3)DivisionofIntegrativeBioscience,TottoriUniversityGraduateSchoolofMedicalScience目的:白内障術後早期の薬剤投与が重要とされるが,早期点眼を徹底できる施設は限られている.そこで,手術終了時に抗菌薬の結膜下注射を行うことにより,早期より十分な薬剤濃度を安全に達成できる可能性があると考えた.本実験は,モキシフロキサシン(MFLX)の結膜下注射の有効時間の検討を目的とした.方法:白内障手術患者26人36眼にMFLX(原液または2倍希釈)0.2mlを手術1時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),3時間前(原液n=6,2倍希釈n=5),5時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),6時間前(原液n=5)に結膜下注射した.手術開始時に前房水0.1mlを採取し,高速液体クロマトグラフィーを行った.結果:腸球菌の最小発育阻止濃度:0.5μg/mlに対し,原液では1時間値3.07μg/ml,3時間値1.78μg/ml,5時間値0.53μg/ml,6時間値0.19μg/mlであった.2倍希釈液では3時間値0.54μg/ml,6時間値0.35μg/mlであった.結論:MFLX結膜下注射で約5時間程度は腸球菌に対して有効な抗菌薬濃度が保たれた.Purpose:Toreportthesafetyandeffectofmoxifloxacinsubconjunctivalinjectioninpreventingendophthalmitisaftercataractsurgery.Methods:Atvarioustimepointspresurgery,0.2mlofmoxifloxacin(stocksolutionor2-folddiluted)wassubconjunctivallyinjectedtopatientgroups(1,3,5,or6hpriortocataractsurgery;n=6in3h-stocksolution,5inothergroups).Aftersamplingof0.1mlaqueoushumor,high-performanceliquidchromatographywasconducted.Results:Theconcentrationsaftermoxifloxacinstocksolutioninjectionwere3.07μg/mlat1h,1.78μg/mlat3h,and0.53μg/mlat5h.Thisshowedthatalevelabovethe90%minimuminhibitoryconcentration(MIC90)forEnterococcusfaecalis(0.5μg/ml)canbemaintainedfor5h.Withthe2-folddilutedsolution,however,theconcentrationwas0.54μg/mlat3hand0.35μg/mlat5h.Conclusions:TheMIC90levelforE.faecaliswasmaintainedfor5haftersubconjunctivalinjectionofmoxifloxacinstocksolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):93.96,2013〕Keywords:結膜下注射,モキシフロキサシン,白内障手術,眼内炎,前房水.subconjunctivalinjection,moxifloxacin,cataractsurgery,endophthalmitis,anterioraqueoushumor.はじめに白内障をはじめとする眼手術後の感染予防のための抗菌薬投与法としてはおもに点眼が用いられるが,患者自身が点眼することが多くコンプライアンスによる影響を強く受けることがある.また,手術直後にすでに前房内に10.20%細菌を認めるとの報告もあり1,2),術後早期から有効な薬剤濃度を保つことが重要とされている.ウサギの眼内炎モデルにおいては,術直後もしくは数時間以内に点眼を開始した場合,菌の増殖が抑制され眼内炎所見の悪化を防ぐとの報告がある3).また,術翌日から点眼を開始した場合,当日から開始した場合に比べて眼内炎発症リスクがオッズ比13倍高まるという臨床報告もある4).しかし,白内障術後の抗菌薬は患者自身が点眼することが多く,マンパワーなどの面でも早期から全員に点眼を徹底できる施設は限られている.一方,前房内投与5.7)は高い薬剤濃度を達成できるが,組織障害の懸念や誤投与の危険性8)が指摘されている.そこで,手術終了時に結膜下に抗菌薬を注射すれば,患者のコンプライアンスや施医療者の介助に頼らず,安全に術後早期より感染予防に〔別刷請求先〕松浦一貴:〒683-0854米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学講座Reprintrequests:KazukiMatsuura,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago683-0854,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(93)93 十分な薬剤濃度を長く保てる可能性があると考えられる.そこで,術直後に投与する抗菌薬として注目されているモキシフロキサシン結膜下注射の有効時間の検討を目的として本実験を行った.データの一部はすでに報告している9)が,今回さらに濃度設定を変更して検討を加えた.I方法対象は2011年6月.7月に野島病院にて,通常の超音波白内障手術を受けアクリルレンズを挿入された26人36眼である.本研究は鳥取大学倫理審査委員会の承認を得て施行された.書面によるインフォームド・コンセントを得た後,白内障手術の開始1時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),3時間前(原液n=6,2倍希釈n=5),5時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),6時間前(原液n=5)にベガモックスR0.5%点眼液(5,000μg/ml)(モキシフロキサシン原液)の原液もしくは2倍希釈の0.2ml結膜下注射を行った.手術の妨げとならないように下方の結膜に注射した.手術開始時に29ゲージ針を用いて経角膜的に前房水0.1mlを採取した.検体は凍結保存し,濃度測定は高速液体クロマトグラフィーを用いた.検体は凍結保存し,高速液体クロマトグラフィーにて励起波長(Ex:290nm),蛍光波長(Em:470nm)における蛍光強度を測定した.対数曲線を用い,腸球菌の90%最小発育阻止濃度(MIC90:0.5μg/ml)を上回る時点までを効果持続時間と考えた.II結果原液を使用した実験の1時間値.5時間値(0.53μg/ml)までは腸球菌のMIC90(0.5μg/ml)を超えていたが,6時間値0.19μg/mlでは下回っていた.5時間まではMIC90を維a.原液5持できると想定された(図1a).2倍希釈を使用した実験の1時間値.3時間値(0.53μg/ml)までは腸球菌のMIC90を超えていたが,5時間値0.35μg/mlでは下回っていた(図1b).III考察モキシフロキサシンは前房移行もよく,抗菌スペクトルも広いため,感染予防に対して現在選択可能な最も理想的な点眼液の一つといえる.福田ら10)は,ウサギ点眼でのモキシフロキサシンの前房内最高濃度が9.04μg/mlと高く,点眼後4時間以上にわたって有効濃度が保たれたことを示しているが,当然ながらこれは実験的環境下でのデータである.手術終了時のような浮腫,炎症,出血や流涙などが亢進している環境下では,1滴の点眼が十分に結膜.に留まり,実際に有効な前房内濃度を実験的環境下と同様に保てない可能性がある.さらに,白内障手術の対象となる患者は当然ながら高齢者が多く患者自身での点眼指導を徹底することはむずかしく,患者自身あるいは感染に対する知識の浅い医療従事者による早期点眼はかえって新たなリスクとなりかねない.近年,注目され始めているモキシフロキサシンをはじめとする抗菌薬の前房内注入は,術直後に十分な薬液濃度を確実に達成することができる.しかし,高濃度の薬液を注入する5.7)ことに抵抗を感じる術者が多く,わが国では一般的に普及するには至っていないのが現状である.なぜなら,網膜や角膜毒性および誤投与の可能性8)や無菌性の眼内炎ToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)の発症リスクも懸念されているからである11).一方で,白内障術後の結膜下注射は古くから行われており,英国では77%12),米国では16%13)の術者が何らかの結b.2倍希釈5y=-1.60Ln(x)+3.19モキシフロキサシン濃度(μg/ml)y=-0.56Ln(x)+1.20腸球菌腸球菌MIC90MIC900001234560123456房水採取時間(h)房水採取時間(h)図1モキシフロキサシン濃度の時間経過原液では腸球菌のMIC90(0.5μg/ml)に対して5時間値は超えていた(a)が,6時間値は下回っていた.2倍希釈では5時間値で最小発育阻止濃度以下となった(b).44モキシフロキサシン濃度(μg/ml)33221194あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(94) 膜下注射を行っている.筆者らは,手術終了時に結膜下に抗菌薬を注射すれば患者のコンプライアンスに頼らず術後早期の感染予防に十分な薬剤濃度を安全に長く保てる可能性があると考え,モキシフロキサシンでの手術終了時の1回の注射が,1)最低有効濃度を何時間保つことができるか,2)有効性,安全性の評価のため最高濃度がどの程度まで上昇するかを検討することを目的とした.1.有効時間の検討原液を用いた場合,約6時間まで腸球菌のMIC90を上回った(図1a).2倍希釈を用いた場合,3時間値までは腸球菌のMIC90を上回ったが,6時間では下回っていた(図1b).眼内濃度が上がりすぎることを恐れて2倍以上に希釈したり,あるいはステロイド薬や他の抗菌薬との混注をする術者もいるようだが,濃度の観点からは原液での注射が理想的であると考えられる.2.薬効,安全性の評価(最高濃度)原液の1時間値の平均濃度は3.07μg/mlであり,最高値でも4.40μg/mlであった(図1a).報告によって若干の差はあるものの,頻回の点眼でも得られる前房濃度はおおよそ2μg/mlになるといわれており14),筆者らの結膜下注射での濃度は頻回点眼よりやや高濃度であったといえる.結膜下注射は,あくまで眼球外への投与であるため実際の前房内への吸収には個人差,条件による差があると思われ,1時間値では約1.3μg/mlから約4.4μg/mlとばらつきがあった(図1a).近年,キノロンに対する耐性化が進んでおり,MIC90が32μg/mlに達するコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)も報告されている15).前房内投与ではこのような高度耐性菌においても著しく高い薬液濃度を実現できるため,かなりの起因菌をカバーすることができる.しかし,前房内注入には希釈時,取り分け時,注入時の量や濃度の間違いや汚染の可能性を懸念する術者も多く16),まだ一般化するには至っていない.一方,結膜下注射は原液をそのまま注入するため希釈などの間違いや汚染のリスクが少ないと考えられる.結膜下注射は抗菌力,眼内炎予防の観点からすれば多少薬効では劣るものの,安全に相応の効果を期待でき,かつ誰でも容易に行える選択肢であると考える.結膜下注射に用いる薬剤としては,ゲンタマイシン,セフロキシムの有効性17,18)およびその薬剤動態19,20)の報告があり,わが国でもゲンタマイシンが一般的に用いられているようである.しかし,重要な眼内炎の起因菌である腸球菌に対してゲンタマイシンは感受性が低く,セフロキシムは感受性をもっていない.また,ゲンタマイシンには組織障害21),セフロキシムにはアナフィラキシー22)の報告もある.これらのことより,幅広い抗菌スペクトルをもち,重篤な合併症の報告されていないモキシフロキサシンは,結膜下注射に適し(95)た薬剤と考えられる.手術終了時にモキシフロキサシンを結膜下注射すれば,術者自身によって確実に術後早期の前房内薬液濃度を保ち,感染リスクを軽減することができる.しかし,高度耐性菌などへの効果を期待する場合には,安全性の問題などを考慮したうえで前房内投与も検討する必要があると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)JohnT,SimsM,HoffmanC:Intraocularbacterialcontaminationduringsutureless,smallincision,single-portphacoemulsification.JCataractSurg26:1786-1792,20002)TervoT,LjungbergP,KautiainenTetal:Prospectiveevaluationofexternalocularmicrobialgrowthandaqueoushumorcontaminationduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg25:65-71,19993)WadaT,KozaiS,TajikaTetal:Prophylaticefficacyofophthalmicquinolonesinexperimentalendophthalmitisinrabbits.JOculPharmacolTher24:278-289,20084)WallinT,ParkerJ,JinYetal:Cohortstudyof27casesofendophthalmitisatasingleinstitution.JCataractRefractSurg31:735-741,20055)RamonCG,EspirituCR,CaparasVLetal:Safetyofprophylacticintracameralmoxifloxacin0.5%ophthalmicsolutionincataractpatients.JCataractRefractSurg33:63-68,20076)EndophalmitisSurgeryGroup,EuropeanSocietyofCataract&RefractiveSurgeons:Prophylaxisofpostoperativeendophalmitisfollowingcataractsurgery:ResultoftheESCRSmulticenterstudyandidentificationofriskfactors.JCataractRefractSurg33:978-988,20077)KimSY,ParkYH,LeeYC:Comparisonoftheeffectofintracameralmoxifloxacinandcefazolinonrabbitcornealendotherialcells.ClinExperimentOphthalmol36:367370,20088)LockingtonD,FlowersH,YoungDetal:Assessingtheaccuracyofintracameralantibioticpreparationforuseincataractsurgery.JCataractSurg36:286-289,20109)MatsuuraK:Pharmacokineticsofsubconjunctivalinjectionofmoxifloxacininhumans.GraefesArchOphthalmol:Epubaheadofprint,201210)福田正道,佐々木洋,大橋裕一:モキシフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度(AQCmax)の測定─.あたらしい眼科23:1353-1357,200611)MamalisN,EdeihauserHF,DawsonDGetal:Toxicanteriorsegmentsyndrome.JCataractRefractSurg32:324-333,200612)Gordon-BennettP,KarasA,FlanaganDetal:AsurveyofmeasuresusedforthepreventionofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgeryintheUnitedKingdom.Eye15:620-627,200813)ChangDF,Braga-MeleR,MamalisNetalfortheASCRSあたらしい眼科Vol.30,No.1,201395 CataractClinicalCommittee:Prophylaxisofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgery.Resultsofthe2007ASCRSmembersurvey.JCataractRefractSurg33:1801-1805,200714)HariprasadSM,BlinderKJ,ShahGKetal:Penetrationpharmacokineticsoftopicallyadministered0.5%moxifloxacinophthalmicsolutioninhumanaqueousandvitreous.ArchOphthalmol123:39-44,200515)MillerD,FlynnPM,ScottIUetal:Invitrofluoroquinoloneresistanceinstaphylococcalendophthalmitisisolates.ArchOphthalmol124:479-483,200616)DelyferMN,RougierMB,LeoniSetal:Oculartoxicityafterintracameralinjectionofveryhighdosesofcefuroximeduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg37:271-278,201117)MontanPG,KoranyiG,SetterquistHEetal:Endophthalmitisaftercataractsurgery:riskfactorsrelatingtotechniqueandeventsoftheoperationandpatienthistory:aretrospectivecase-controlstudy.Ophthalmology105:2171-2177,199818)LehmannOJ,RobertsCJ,IkramKetal:Associationbetweennonadministrationofsubconjunctivalcefuroximeandpostoperativeendophthalmitis.JCataractRefractSurg23:889-893,199719)JainMR,GoyalM,JainV:Ocularpenetrationofsubconjunctivallyinjectedgentamicin,sisomicinandcephaloridine.JpnJOphthalmol32:392-400,198820)JenkinsCD,TuftSJ,SheraidahGetal:Comparativeintraocularpenetrationoftopicalandinjectedcefuroxime.BrJOphthalmol80:685-688,199621)JenkinsCD,McDonnellPJ,SpaltonDJ:Randomisedsingleblindtrialtocomparethetoxicityofsubconjunctivalgentamicinandcefuroximeincataractsurgery.BrJOphthalmol74:734-738,199022)VilladaJR,VicenteU,JavaloyJetal:Severeanaphylacticreactionafterintracameralantibioticadministrationduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg31:620621,2005***96あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(96)

白内障術後のモキシフロキサシン結膜下注射の安全性と有効性―モキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化

2012年1月31日 火曜日

0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(99)99《第50回日本白内障学会原著》あたらしい眼科29(1):99?102,2012cはじめに白内障をはじめとする眼手術後の感染予防のための抗菌薬投与法としてはおもに点眼が用いられるが,患者自身が点眼することが多くコンプライアンスによる影響を強く受ける.また,手術直後にすでに前房内に10?20%細菌を認める1,2)とされており,術後早期から有効な薬剤濃度を保つことが重要とされる3,4)が,マンパワーなどの面でも早期から全員に点眼を徹底できる施設は限られている.一方,前房内投与5?7)は高い薬剤濃度を達成できるが,持続時間や誤投与の問題8)がある.手術終了時の抗菌薬の結膜下注射ならば患者のコン〔別刷請求先〕松浦一貴:〒683-0854米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学講座Reprintrequests:KazukiMatsuura,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago,Tottori683-0854,JAPAN白内障術後のモキシフロキサシン結膜下注射の安全性と有効性―モキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化松浦一貴*1魚谷竜*1井上幸次*2*1野島病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学講座SafetyandEffectofMoxifloxacinSubconjunctivalInjectionforPreventingEndophthalmitisafterCataractSurgeryKazukiMatsuura1),RyuUotani1)andYoshitsuguInoue2)1)DepartmentofOphthalmology,NojimaHospital,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity白内障術後早期から抗菌薬点眼を徹底できる施設は限られている.前房内投与には持続時間や誤投与の問題がある.白内障術後眼内炎予防目的にてモキシフロキサシン結膜下注射後の前房内濃度を測定し安全性,有効性を検討した.家兎結膜下に原液,2倍,4倍モキシフロキサシン0.3mlを注射し,30分,3時間,6時間後に前房水採取した.濃度測定は高速液体クロマトグラフィーを用いた.また,結膜の薬液によるふくらみをスコア化しヒトでのスコアと比較した.原液,2倍では腸球菌の最小発育阻止濃度(0.5μg/ml)に対し3時間値は超えていたが,6時間値は下回っていた.4?5時間までは最小発育阻止濃度を維持できると想定された.結膜のふくらみは家兎では3時間で消失していたが,ヒトでは6時間でも保たれていた.結膜スコアを考慮すれば,ヒトでは結膜下から眼内への薬液補充が行われ,結膜下注射によって有効な抗菌薬濃度を長時間保てる可能性がある.Wereportthesafetyandeffectofmoxifloxacin(MFLX)subconjunctivalinjectionforpreventingendophthalmitisaftercataractsurgery.Following0.3mlMFLXinjectiontothesubconjunctivaof36rabbits,anterioraqueoushumorwasobtainedat30minutes,3hoursand6hoursafterinjectionandexaminedwithhighperformanceliquidchromatography.WecomparedtheconditionofremainingsubconjuntivalMFLXintheanimalstothatinclinicalpatients,usingscoringindex.TheconcentrationintheanterioraqueoushumorwasfoundtoexceedtheminimuminhibitoryconcentrationofEnterococcusfaecalis(0.5g/ml)until4-5hoursafterinjection.Thescoringindexoftheclinicalpatientwasmuchlongerthanthatoftheanimals.ThesubconjunctivalinjectionofMFLXispresumedtobesafeandeffectiveinrabbituntil4-5hoursafterinjection.Theeffectofsubconjunctivalinjectioncanlastlongerinclinicalpatientsthaninanimals.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(1):99?102,2012〕Keywords:モキシフロキサシン,結膜下注射,眼内炎,白内障手術,前房水.moxifloxacin,subconjunctivalinjection,endophthalmitis,cataractsurgery,anterioraqueoushumor.100あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(100)プライアンスや施設の性質に頼らず安全に術後早期より感染予防に十分な薬剤濃度を長く保てる可能性がある.抗菌薬の結膜下注射は従来から行われているが眼内の薬液動態に関する報告は少ない.そこで,モキシフロキサシン1回の結膜下注射の有効時間と安全性の検討を目的として実験を行った.I方法ペントバルビタール静脈内および腹腔内投与によって麻酔した家兎の結膜下にモキシフロキサシン0.3mlを注射した.結膜下注射する薬液は原液,2倍希釈,4倍希釈の3つの濃度を用いた.結膜下注射後30分,3時間,6時間後に29ゲージ針を用いて経角膜的に前房水0.1mlを採取した.検体は凍結保存し,高速液体クロマトグラフィーにて励起波長(Ex:290nm),蛍光波長(Em:470nm)における蛍光強度を測定した.対数曲線を用い腸球菌の最小発育阻止濃度(0.5μg/ml)を上回る時点までを有効時間と考えた.また,結膜の薬液によるふくらみの状態をスコア化し,ヒトでのスコアと比較した.ヒトでは通常の白内障手術予定患者の術前または術直後にモキシフロキサシンを結膜下注射しその時間経過を観察した.スコア値の定義は薬液によるふくらみが明らかあるいは十分に大きいものを2点,ある程度のふくらみが確認可能なもの1点,ふくらみがないとは言い切れないもの0.5点,ふくらみのないもの0点とした(図1a,b).II結果原液,2倍希釈では腸球菌の最小発育阻止濃度(0.5μg/ml)に対して3時間値は超えていたが,6時間値は下回っていた.4?5時間までは最小発育阻止濃度を維持できると想定される(図2a,b).4倍希釈では3時間値で最小発育阻止濃度程度となった(図2c).ヒトでの結膜スコアは6時間でも1.09点であったが,家兎では3時間で0.41点,6時間では確認不能であった(図3).III考按モキシフロキサシンは,AQCmax(房水内最高濃度値)も高く,抗菌スペクトルも広いため感染予防に対して現在選択可能な最も理想的な点眼液の一つといえる.福田ら9)は,モキシフロキサシンのAQCmaxが9.04μg/mlと高く,点眼後4時間以上にわたって有効濃度が保たれたことを示しているが,これは理想的な環境でのデータである.手術終了時のような浮腫,炎症,出血や流涙などが亢進している環境下で,1滴の点眼が十分に結膜?に留まり実際に有効な前房内濃度を実験的環境下と同様に保てる保証はない.さらに,白内障手術の対象となる患者は高齢者が多く患者自身での点眼指導を徹底することはむずかしい.患者自身あるいは感染に対する知識の浅い医療従事者による早期点眼はかえって新たなリスクとなりかねない.近年,注目されているモキシフロキサシンをはじめとする抗菌薬の前房内注入は,術者自身によっa:ヒトb:家兎2点1点0.5点0点図1スコア値の定義2点:薬液によるふくらみが明らかあるいは十分に大きいもの.1点:ある程度のふくらみが確認可能なもの.0.5点:ふくらみがないとは言い切れないもの.0点:ふくらみのないもの.(101)あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012101て術直後に十分な薬液濃度を確実に達成することができる.しかし,結膜?や結膜下に薬液がまったく投与されていないことから,注入直後が最高濃度になり速やかに代謝され作用時間は短いのかもしれない.家兎の前房内投与で4時間以上有効濃度を上回ったとの報告があるが,最初の濃度が750μg/mlとかなりの高濃度である(OwenG,Berna-PerezLF,BrooksAC:Theoculardistributionandkineticsofmoxifloxacinfollowingprophylacticdosingregimensandanintracameralinjectioninrabbits.学会抄録.TheMicrobiologyandImmunologyGroupMeeting,AmericanAcademyofOphthalmology,NewOrleans,Louisiana,USA,November2007).また,前房内投与では高濃度(原液,10倍希釈)を少量(0.1ml)注入する5?7)ため,誤投与の可能性8)や非感染性の物質が前房内に注入されたときに生じる無菌性の眼内炎ToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)の発症リスクも懸念される10).筆者らは,結膜下注射された薬剤が数時間にわたって結膜下にとどまって作用することを経験的に知っている.そこで,手術終了時に抗菌薬を結膜下注射すれば患者のコンプライアンスに頼らず術後早期の感染予防に十分な薬剤濃度を安全に長く保てる可能性があると考えた.本実験では,手術終了時の1回の注射が1)最低有効濃度を何時間保つことができるか,2)薬効,安全性の評価のため最高濃度がどの程度まで上昇するかを検討することを目的とした.1.有効時間の検討原液,2倍希釈を用いた場合,約4?5時間まで最小発育阻止濃度を上回るとみられる(図2a).希釈倍率を変えても最高濃度の差はあるものの有効時間の差はそれほどでもなかった.これは長時間にわたる結膜下から眼内への薬液の補充(リザーバー効果)によるものと思われる.結膜のふくらみは家兎では3時間で消失していたが,ヒトでは6時間でも十分に保たれていた.ヒトと家兎の前房内濃度を単純比較できないが,結膜のふくらみの残留状態を考慮すれば,ヒトでは6時間を超えて結膜下からの薬液の補充が行われ,単回の結膜下注射によって十分な抗菌薬濃度を長く保てる可能性がある.2.薬効,安全性の評価(最高濃度)原液の30分値の平均は12.16μg/mlであり,最高値でも024681012012345678房水採取時間(h)モキシフロキサシン(μg/ml)a:原液y=-4.96Ln(x)+8.53モキシフロキサシン(μg/ml)00.511.522.533.544.5012345678房水採取時間(h)b:2倍希釈y=-1.81Ln(x)+3.36モキシフロキサシン(μg/ml)00.511.522.533.544.5012345678房水採取時間(h)c:4倍希釈y=-1.12Ln(x)+1.98図2モキシフロキサシン濃度の時間経過原液,2倍希釈では腸球菌の最小発育阻止濃度MIC90(0.5μg/ml)に対して3時間値は超えていた(a,b)が,6時間値は下回っていた.4倍希釈では3時間値で最小発育阻止濃度以下となった(c).n=55111111n=111200.51.01.52.00.5h2h3h4h5h6h:ヒト:家兎結膜スコア結膜下注射後時間図3結膜下の薬液スコアヒトでの結膜スコアは6時間でも1.09点であったが,家兎では3時間で0.42点,6時間では確認不能であった.102あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(102)20.10μg/mlであった.福田ら9)は15分ごと3回点眼後30分で最高値10.16μg/mlであったとしている.ベガモックスR0.5%点眼液(モキシフロキサシン5,000μg/ml)を前房内に0.1ml注入した場合,前房内で5?10倍希釈されたとして1,000?500μg/mlというかなりの高濃度になるが,この濃度でも安全であったとされている.また10倍希釈を0.1ml注入する報告もあるが,その場合の前房内濃度は100?50μg/mlと想定される.これでもまだ高濃度すぎる印象をぬぐえない5?7).筆者らの結膜下注射の値は種差こそあるもののおおむね頻回点眼と同等であり,十分安全かつ有効であるといえる.抗菌薬を結膜下注射すれば結膜がリザーバーとなり眼内の薬液が代謝,消失しても結膜下から逐次薬液が補充され長時間にわたり高濃度の前房内濃度が維持されるであろうと予想した.早期(30分)での濃度は,頻回点眼と同等もしくはやや高濃度であり,安全かつ有効なレベルといえる.薬液の消失時間が4?5時間程度とさほど長くないことは意外なことであったが,種差による影響が大きいと考える.仮にヒトでの最高濃度が家兎の数倍まで上昇するとしても,過去の前房内注入の報告を考慮すれば危険濃度とは考えられない.今後は,モキシフロキサシン結膜下注射をヒトに応用しその結果を検討したい.文献1)JohnT,SimsM,HoffmanC:Intraocularbacterialcontaminationduringsutureless,smallincision,single-portphacoemulsification.JCataractSurg26:1786-1792,20002)TervoT,LjungbergP,KautiainenTetal:Prospectiveevaluationofexternalocularmicrobialgrowthandaqueoushumorcontaminationduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg25:65-71,19993)WadaT,KozaiS,TajikaTetal:Prophylaticefficacyofophthalmicquinolonesinexperimentalendophthalmitisinrabbits.JOculPharmacolTher24:278-289,20084)WallinT,ParkerJ,JinYetal:Cohortstudyof27casesofendophthalmitisatasingleinstitution.JCataractRefractSurg31:735-741,20055)RamonCG,EspirituCR,CaparasVLetal:Safetyofprophylacticintracameralmoxifloxacin0.5%ophthalmicsolutionincataractpatients.JCataractRefractSurg33:63-68,20076)EndophthalmitisSurgeryGroup,EuropeanSocietyofCataract&RefractiveSurgeons:Prophylaxisofpostoperativeendophthalmitisfollowingcataractsurgery:ResultoftheESCRSmulticenterstudyandidentificationofriskfactors.JCataractRefractSurg33:978-988,20077)KimSY,ParkYH,LeeYC:Comparisonoftheeffectofintracameralmoxifloxacinandcefazolinonrabbitcornealendothelialcells.ClinExperimentOphthalmol36:367-370,20088)LockingtonD,FlowersH,YoungDetal:Assessingtheaccuracyofintracameralantibioticpreparationforuseincataractsurgery.JCataractSurg36:286-289,20109)福田正道,佐々木洋,大橋裕一:モキシフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度値(AQCmax)の測定─.あたらしい眼科23:1353-1357,200610)MamalisN,EdeihauserHF,DawsonDGetal:Toxicanteriorsegmentsyndrome.JCataractRefractSurg32:324-333,2006***