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TINU症候群が疑われた3歳児に発症した両眼性ぶどう膜炎

2015年5月31日 日曜日

《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):721.724,2015cTINU症候群が疑われた3歳児に発症した両眼性ぶどう膜炎髙木誠二*1,2昌原英隆*2江口秀一郎*2富田剛司*1藤野雄次郎*3*1東邦大学医療センター大橋病院眼科*2江口眼科病院*3JCHO東京新宿メディカルセンター眼科ACaseofTubulointerstitialNephritisandUveitisSyndromeina3-Year-OldInfantSeijiTakagi1,2),HidetakaMasahara2),ShuichiroEguchi2),GojiTomita1)andYujiroFujino3)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityMedicalCenterOohashiHospital,2)EguchiEyeClinic,3)JapanCommunityHealthCareOrganizationTokyoShinjukuMedicalCenter目的:間質性腎炎ぶどう膜炎症候群(tubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome:TINU症候群)が疑われた3歳男児を経験したので報告する.症例:初診時,左眼に強い前房内炎症と前房畜膿および虹彩後癒着を認めた.右眼は虹彩後癒着がみられた.眼圧は正常で中間透光体や眼底に異常は認めなかった.尿中b2ミクログロブリン(b2MG)5,100mg/mlと高値であったが,その他の腎機能は正常範囲であった.腎生検は行わなかったが,両眼の前部ぶどう膜炎と尿中b2MG高値がみられ,他疾患を疑う所見がないことからTINU症候群が疑われた.結論:本症候群では腎機能障害がない,とくに小児例では腎生検が行われないことが多く臨床的診断が重要となる.本症もMandevilleらの診断基準に従い可能性例として臨床診断した.TINU症候群では全身症状がないことや尿所見が正常なことも多く,小児のぶどう膜炎では尿中b2MGの測定は重要である.Purpose:Toreportapossiblecaseoftubulointerstitialnephritisanduveitis(TINU)syndromeina3-yearoldinfantmale.CaseReport:Thepatientvisitedourhospitalwithbilateralanteriorchamberinflammationandposteriorsynechia,aswellashypopyoninhislefteye.Onlaboratoryexamination,onlyanelevatedurinarylevelofb2-microgloblin(5,100μg/ml)wasobserved,withoutanyotherrenalinsufficiency.Moreover,additionallaboratorydataexcludedotherdiseasesknowntocauseuveitisandinterstitialnephritis.HewassubsequentlydiagnosedasapossiblecaseofTINUsyndromeaccordingtodiagnosticcriteriaofMandeville.Conclusions:Thefindingsofthisstudyshowthatclinicaldiagnosisisveryimportant,asitisdifficulttoperformarenalbiopsycaseswithoutrenalinsufficiency,especiallyininfantcases.Monitoringofb2-microgloblinshouldbeperformedwhenfollowinganinfantcaseofuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):721.724,2015〕Keywords:間質性腎炎ぶどう膜炎症候群,b2MG,前房畜膿,小児ぶどう膜炎.TINUsyndrome,b2MG,hypopyon,uveitisinchildhood.はじめに間質性腎炎ぶどう膜炎症候群(tubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome:TINU症候群)とは尿細管間質性腎炎にぶどう膜炎を合併した疾患群で,1971年にDubrinらにより初めて報告された1).本症は高年齢でも発症するが比較的小児に発症することが多く,思春期にぶどう膜炎をきたす疾患のなかでは決してまれな疾患ではないとされている2).しかしながら10歳以下での報告はまれである3).今回,筆者らはTINU症候群が疑われる前房畜膿を伴う3歳児の症例を経験したので報告する.I症例患者は3歳,男子.「左眼の黒目の下半分が白い」と母親が気づき,近医を受診したところ,前房畜膿の診断を受け,精査目的にて2013年4月に江口眼科病院を紹介受診した.患児は出生発達に異常なく,既往歴もない.家族歴も特記す〔別刷請求先〕高木誠二:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院眼科Reprintrequests:SeijiTakagi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityMedicalCenterOohashiHospital,2-17-6Oohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(111)721 図1初診時前眼部所見左:右眼.フレア1+,細胞2+,虹彩後癒着(5,7時)を認めた.右:左眼.フレア3+,細胞3+,前房畜膿を認めた.表1おもな全身検査所見血液検査所見RBC450104/μlWBC6.6103/μlPLT27.9104/μlCRP0.00mg/dlBUN6.8mg/dlCr0.26mg/dlリゾチーム16.1μg/mlACE20.4IU/ml赤沈1h8mm抗核抗体40未満IgG1,104mg/dlIgA80mg/dlIgM134mg/dl血清補体価39.5CH50U/mlC3110mg/dlC420mg/dlトキソプラズマ抗体陰性HSV1抗体陰性サイトメガロウイス抗体陰性EBVCA抗体陰性尿一般検査PH7.5蛋白(.)糖(.)白血球(.)ウロビリノゲン(.)ビリルビン(.)ケトン体(.)比重1.008b2MG5,100μg/mlRBC:赤血球,WBC:白血球,PLT:血小板,CRP:C反応性蛋白,BUN:血中尿素窒素,Cr:クレアチン,ACE:アンジオテンシン変換酵素,IgG:免疫グロブリンG,HSV:単純ヘルペスウイルス,EBVCA:EBウイルスの外殻抗原722あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015べきことはない.初診時所見:眼位は正位で,眼球運動に制限はなかった.屈折値は右眼+1Dcyl.0.25D153°,左眼+1Dcyl.0.25D2°で矯正視力は測定できなかったが,裸眼視力は両眼とも0.4であった.眼圧は小児のため測定不可であったが,触診法にて正常域であった.左眼に軽度の結膜充血を認めた.両眼とも角膜に微細な角膜後面沈着物と虹彩後癒着を認めた.瞳孔反応は制限があった.右眼は軽度のフレアと2+の細胞(図1a),左眼は強いフレア,3+の細胞と前房畜膿を認めた(図1b).隅角検査は施行できなかった.水晶体および硝子体には異常はなかった.眼底は倒像鏡検査にてとくに大きな変化を認めず,蛍光眼底造影は行わなかった.血液生化学検査(表1)では白血球増多はなく,LDH(lactasedehydrogenase)の軽度上昇を認めた.BUN(bloodureanitorgen)およびクレアチニンは正常範囲内であった.免疫グロブリンも正常値であった.血清補体価も正常範囲内で,抗核抗体,抗トキソプラズマ抗体,抗HTLV1(humanT-lymphotropicvirus1)抗体,抗サイトメガロウイルス抗体も陰性であった.尿検査では蛋白および糖などは認めなかったが,b2ミクログロブリン(b2MG)は5,100μg/ml(正常値:230μg/ml以下)と高値を示した.24時間クレアチニンクリアランスは正常範囲内であった.胸部X線写真ではとくに異常なく,発熱や食欲不振などの先行する全身症状も認めなかった.治療経過:0.1%ベタメタゾンとトロピカミド・フェニレフリン点眼にて治療を開始した.治療開始3週間後に左眼の前房畜膿は消失したが,炎症の増加を何度か認め前房内フレアの消失には半年を要した.その後,眼症状の再燃はない.視力もしだいに上昇し,2013年11月に両眼矯正0.6,2014年3月の時点で両眼矯正1.0であった.全身的には,その後もb2MG高値が持続しており,近位(112) 表2MandevilleらによるTINU症候群の診断基準DifiniteTINU症候群病理組織学的もしくは臨床診断基準(completecriteria)を満たしたAINと,typicalぶどう膜炎ProbableTINU症候群臨床的診断基準(incompletecriteria)を満たしたAINとtypicalぶどう膜炎PossibleTINU症候群臨床的診断基準(incompletecriteria)を満たしたAINとatypicalぶどう膜炎間質性腎炎の診断基準病理組織学的診断:腎生検で尿細管間質腎炎がみられる臨床的診断:ぶどう膜の特徴Completecriteria:下記の3項目を満たすものTypicalIncompletecriteria:1あるいは2項目を満たす1.両眼性の前部ぶどう膜炎1.腎機能異常2.間質性腎炎発症の前2.後12カ月の間にCreの上昇,Creクリアランスの上昇発症2.尿検査異常b2MGの増加Atypical軽度の蛋白尿,好酸球尿3.2週間以上持続する全身の病的状態1.片眼の前,中間部,後部ぶどう膜炎2.間質性腎炎発症の前2.後12カ月の間にa:症状:発熱,体重減少,食欲不振発症倦怠感,易疲労,発疹,関節痛b:検査項目:貧血,肝機能障害好酸球増多症,血沈40mm/hr以上尿細管障害をきたしている間質性腎炎の状態が考えられたが,b2MG以外の腎機能検査では異常がないため腎生検は行わなかった.本症例は血液検査で感染症を疑わせる白血球増多やCRP(C-reactiveprotein)の亢進がなく,抗核抗体陰性,ACE(angiotensin-convertingenzyme)正常,また薬剤投与の既往もなかった.唯一,尿検査でb2MGが高値であり,両眼性のぶどう膜炎を伴うことからTINU症候群が疑われた.II考按今回,筆者らの経験した症例は尿中b2MGが高値であった.腎機能検査では異常を認めておらず腎生検の適応がないため確定診断ができなかったが,強くTINU症候群を疑われた.3歳という非常に低年齢で発症し前房畜膿を認めたため報告した.急性間質性腎炎(acuteinterstitialnephritis:AIN)と確定診断するためには腎生検をする必要があるが,通常,年少者の腎生検は全身麻酔下で開腹により施行する侵襲の大きい検査(開放腎生検)であるため,腎機能障害が軽度の症例では施行しないことが多い.本症例でも尿中b2MGの上昇のみの検査異常のため腎生検を行わなかったので,AINの病理組織学診断はできなかった.腎生検が適応にならない場合には臨床診断が重要となるが,Mandevilleらが2001年にTINU症候群の診断基準(表2)を提案している4).そのなかではAINとぶどう膜炎のそれぞれの診断基準の組み合わせからdefinite,probable,possibleTINUを定義している.AINの診断は病理組織学的(113)診断と臨床的診断があり,臨床的診断として,①機能異常(クレアチニンの上昇あるいはクレアチニンクリアランスの低下),②検査異常(b2MGの増加,軽度の蛋白尿,好酸球尿など),③2週間以上持続する全身の病的状態の3項目があげられている.この基準を用いると,本症例の腎症については尿中b2MGの増加という臨床的診断基準(incompletecriteria)を満たしたAINとなる.また,本症例のぶどう膜炎の特徴は両眼性のぶどう膜炎であるが,b2MGの異常がいつから生じたのかは不明のため,TINUのatypicalな特徴を有するぶどう膜炎となり,両者からpossibleTINUと診断された.TINU疾患群では本症例のように腎機能が異常を呈さないか,あっても軽度の場合も多く,Godaらは血清クレアチニンの上昇は全体の25%にしかみられないとしている5).このような場合には確定診断ができないことが,眼科からの報告が少ない3,4)理由の一つになっていると考えられる.津留のまとめた51例でも眼科からの報告は10例だけであり,その他は腎不全を管理する腎臓科や小児科からの報告からであった3).尿中b2MGの値と眼症状の病勢は並行するとも6)並行しないとも7)報告がある.今回は前房フレア消失後もb2MGの異常高値は持続しており発症後1年半で15,200μg/mlであり,眼症状は腎炎の活動性との一致はなかった.TINU症候群のぶどう膜炎は前眼部炎症を呈する症例が多いとされていて,虹彩毛様体炎,角膜後面沈着物,虹彩後癒着などが認めるとされている8).本症例では初診時に前房畜膿を認めているが,筆者らが調べた限りではGodaらの報あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015723 告5)に再発時に認めた1症例の記載があるほかに報告はなく,Mandevilleらがまとめた133例4),津留がまとめた51例3)でも前房畜膿の報告はなかった.小児に前房畜膿を伴うぶどう膜炎を認めた場合には本疾患も考えておく必要もあると考えられた.本症の発生頻度は不明ではあるが,合田らはわが国10.15歳の小児ぶどう膜炎の原因疾患のうち,サルコイドーシスについで多いと報告しており2),deBoerらは16歳以下のぶどう膜炎のなかで2%程度を占めると報告9)している.また発症年齢に関しては,高年齢でも発症するが,多くは10歳代に発症することが多いとされている3.5).筆者らの調べた限りではわが国での報告のうちもっとも低い発症年齢は8歳であり3),今回の筆者らが経験した3歳の症例はこれまでの報告に比べ低年齢であった.本症例は幸い現在までのところ腎機能異常が出現しておらず,また眼症状も軽快しているが,今後も腎症,眼症の発現に注意して経過観察する必要があると考える.小児ぶどう膜炎の診察においては今回の症例のように,ぶどう膜炎を起こした幼児についてもTINU症候群の可能性も念頭に置く必要があり,尿中b2MGの測定は簡便かつ重要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DobrinRS,VernierRL,FishAJ:Acuteeosinophilicinterstitialnephritisandrenalfailurewithbonemarrow-lymphnodegranulomasandanterioruveitis.AmJMed59:325-333,19752)合田千穂,小竹聡,笹本洋一ほか:北海大学眼科における小児ぶどう膜炎の臨床統計.臨眼49:1595-1599,19953)津留徳:Tubulo-interstitialnephritisanduveitissyndrome(TINU症候群)本邦報告例51例の臨床病態学的解析.小児科37:951-956,19964)MandevilleJT,LevinsonRD,HollandGNetal:Thetubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome.SurvOphthalmol46:195-208,20015)GodaC,KotakeS,IchiishiAetal:Clinicalfeaturesintubulointerstitialnephritisanduveitis(TINU)syndrome.AmJOphthalmol140:637-641,20056)ThomassenVH,RingT,ThaarupJetal:Tubulointerstitialnephritisanduveitis(TINU)syndrome:acasereportandreviewoftheliterature.ActaOphthalmol87:676679,20097)GionN,StavrouP,FosterS:Immunomodulatorytherapyforchronictubulointerstitialnephritis-associateduveitis.AmJOphthalmol129:764-768,20008)合田千穂,北市伸義,大野重昭:間質性腎炎ぶどう膜炎症候群.臨眼61:1958-1601,20079)deBoerJ,WulffraatN,Rothova1A:Visuallossinuveitisofchildhood.BrJOphthalmol87:879-884,2003***724あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(114)