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インフリキシマブ治療が奏効した完全型Behçet病の11歳,女児症例

2017年5月31日 水曜日

《第50回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科34(5):718.721,2017cインフリキシマブ治療が奏効した完全型Behcet病の11歳,女児症例高橋良太*1伊野田悟*1吉田淳*2森本哲*3川島秀俊*1*1自治医科大学眼科学講座*2がん研有明病院眼科*3自治医科大学とちぎ子ども医療センター小児科An11-Year-OldFemalewithCompleteTypeBehcet’sDiseaseSuccessfullyTreatedbyIn.iximabRyotaTakahashi1),SatoruInoda1),AtsushiYoshida2),AkiraMorimoto3)andHidetoshiKawashima1)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)DivisionofOphthalmology,TheCancerInstituteHospitalofJFCR,3)DepatmentofPediatrics,JichiChildren’sMedicalCenterTochigi,JichiMedicalUniversity当初不全型Behcet病と診断された11歳の女児にコルヒチン治療を開始したが,有害事象によって治療継続が困難であったため,低用量副腎皮質ステロイド薬に切り替えた.その5カ月後,両眼にぶどう膜炎を発症し完全型Behcet病と診断した.コルヒチン治療に不耐,HLA-A26陽性などを総合的かつ慎重に検討し,インフリキシマブ治療を導入した.導入後,主症状4症状と副症状(股関節痛)は改善し,その後再燃を認めていない.小児Behcet病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ治療の報告は少ないが,非常に有効な治療と考えられ,さらなる臨床経験の蓄積が期待される.An11-year-oldfemaleoriginallydiagnosedwithincompletetypeBehcet’sdiseasereceivedcolchicinetherapy.Thattherapywasdiscontinuedbecauseofadversee.ects,andlow-dosecorticosteroidtherapywasstarted.Fivemonthslater,shedevelopeduveitisinbotheyes,sowasdiagnosedwithcompletetypeBehcet’sdisease.SinceshecouldnottoleratecolchicinetherapyandpossessesHLA-A26,in.iximabtherapywasdeliberatelyintroduced.Sub-sequently,theintraocularin.ammationsubsidedcompletely.Thereareonlyafewreportsconcerningin.iximabtherapyforuveitisduetoBehcet’sdiseaseinchildren.Webelievethatin.iximabtherapyisobviouslye.ectiveandthatfurthertrialsarewarranted.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):718.721,2017〕Keywords:小児ぶどう膜炎,Behcet病,インフリキシマブ,HLA-A26.uveitisinchildren,Behcet’sdisease,in.iximab,HLA-A26.はじめに小児におけるぶどう膜炎患者は比較的少数で,そのなかでもBehcet病患者は日本では稀とされている1).生物学的製剤であるTNF-a阻害薬の一つであるレミケードR(一般名:インフリキシマブ,IFX)は,Behcet病眼病変をもつ患者での治療効果が認められ,より多くの症例に導入が適応されるようになってきている2).生物学的製剤は特発性関節炎や小児クローン病に対して有用性は報告されているが3),小児におけるBehcet病眼病変をもつ患者への使用経験は,いまだ十分とは言い難い.今回,11歳,女児に完全型Behcet病によるぶどう膜炎発症を契機としてIFX治療を導入し,寛解に至った1例を経験したので報告する.I症例患者:11歳,女児.主訴:なし(小児科からBehcet病の眼症状スクリーニング目的).現病歴:5歳前後から齲歯・口内炎を繰り返し,頻回の歯科通院歴があった.〔別刷請求先〕高橋良太:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:RyotaTakahashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke-shi,Tochigi329-0498,JAPAN718(116)表1小児科入院当初(11歳0カ月)の血液検査所見WBC:7,900/μl(うち好中球3,800/μl)赤血球数:451×104/μlCRP:0.72mg/dl,赤血球沈降速度:58mm/hour抗核抗体,抗ds-DNA抗体,抗SS-A,B/RO抗体,MMP-3など正常範囲内HLAA26(+),B51(-)9歳頃まで39℃を超える発熱を月に1回ほど認めていた.10歳時に歯科治療後に毎週発熱をきたし当院小児科初診となった.小児科で経過観察中,舌辺縁の口内炎,小陰唇と肛門部の潰瘍,毛.炎様皮疹,股関節炎を認めた.血液検査では著明な炎症所見を認めたが,自己抗体は陰性であった(表1).HLAタイピングでは,A26は陽性,B51は陰性であった.眼科初診時の所見は以下のとおりである.眼科初診時(11歳4カ月)視力:右眼1.2(n.c.),左眼1.2(n.c.).眼圧:右眼9mmHg,左眼11mmHg.前眼部および眼底に特記すべき所見なく,ぶどう膜炎を示唆する病変なし.Behcet病の主症状のうち3症状(再発性の口腔内アフタ性潰瘍,外陰部潰瘍,毛.炎様皮疹),副症状のうち1症状(股関節痛)が陽性で,不全型Behcet病と診断された.小児科よりコルヒチン(1mg/日)内服が開始された.開始後より悪心・下痢が出現したためコルヒチンの内服を中止し,プレドニゾロン(5mg/日,0.18mg/kg)の連日内服となった.内服開始後,発熱などの症状は軽快していたが,開始から5カ月後(11歳10カ月),両眼の充血と疼痛,羞明が出現した.近医眼科を受診し,虹彩毛様体炎の診断を受けステロイド点眼が開始された.その後8日目に当院眼科を再受診した.眼科再診時の所見は以下のとおりである.眼科再診時:11歳10カ月.視力:右眼0.2(1.2),左眼0.5(1.2).眼圧:右眼12mmHg,左眼11mmHg.フレアメーター値(photoncounts/msec):右眼35.1,左眼18.9.眼底:右眼下方周辺部に軽度ベール状硝子体混濁,左眼耳側に白斑と出血(図1).小児科初診から11カ月,眼科受診から6カ月後に4主症状の発現をもって完全型Behcet病(stageIII)と確定診断された.Behcet病に対する第一選択薬であるコルヒチンは副作用のため内服が困難で,ステロイド薬内服継続としたが,眼症状が出現した.また,視力予後不良因子と報告されているHLA-A26も陽性であったことから,IFX治療(5mg/kgを0・2・6・14週,以後8週ごと)が小児科にて導入された.IFX治療により眼底の出血や白斑は速やかに改善した(図2).ステロイド薬は漸減後中止したが眼症状の再燃を認め図1眼科再診時(11歳10カ月)の眼底右眼:ベール状硝子体混濁をわずかに認める(→)左眼:耳側に白斑,出血などの病変を認める(→).ず,発熱や外陰部潰瘍,口腔内アフタ性潰瘍も消退し血液検査所見も正常化している.最終診察時点(IFX開始後1年3カ月)で視力低下はなく,眼内における炎症病勢はほぼ消退している.II考按今回,11歳10カ月の完全型Behcet病女児にIFX投与を中心とする診療を行う経験を得た.近年,Behcet病患者は減少しており,そのなかでも完全型はより減少している.また,若年男性に重症例が多いとされる4).本症例は,診断が確実な完全型Behcet病が11歳,女児に発症したまれな症例である.コルヒチンの内服が困難であったこと,全身ステロイド薬治療中にぶどう膜炎発症したこと,視力予後不良因子と報告されているHLA-A26が陽性であったことを説明し,家族はIFX治療を希望した.小児科医師らとの慎重な話し合いを経て,11歳10カ月の時点で,IFX治療を導入するに至った.女児は5歳前後から頻発する齲歯・口内炎を自覚し,歯科図2IFX投与後(12歳0カ月)の左眼眼底白斑,出血などの病変は改善している.受診を繰り返していた.11歳時,外陰部・肛門周囲に潰瘍を認め,毛.炎様皮疹,副症状として股関節炎を認め,不全型Behcet病と診断された.その後ぶどう膜炎を発症し,完全型Behcet病と確定診断された.すべての症状が揃うまでにおよそ6年かかったが,10年以上を要し完全型と診断された報告もある10).さらに,口腔内衛生とBehcet病発症に関してはこれまでもさまざまな推測がされているが,今回女児が歯科受診のたびに発熱している経過もBehcet病発症への関与を疑わせるものであった11).Behcet病患者におけるHLA-B51とHLA-A26は,補助検査として役立つことが知られている12).HLA-B51とHLA-A26は互いに独立したBehcet病の疾患関連因子であり,HLA-A26陽性例では陰性例と比較し視力予後が悪いとされる12).本症例はHLA-A26陽性例のBehcet病であったことが,IFX導入する強い契機となった.IFXを含むTNF-a阻害薬の小児への投与は,難治性腸管Behcet病に対する少数例での有効性の報告はあり,重篤な合併症の報告はない5,6).大規模なコントロールスタディはないものの,他施設での臨床経験の報告は散見される7,8).また,小児におけるBehcet病などのぶどう膜炎への投与も症例報告としての情報が散見される程度で,多数例の臨床経過の報告はない9).小児Behcet病へのIFX投与基準は確立されておらず,長期投与による副作用および合併症に注意し,眼症状だけでなく小児科と連携することが重要とされる.IIIまとめ11歳で診断された完全型Behcet病のぶどう膜炎の女児に対し,IFX治療の導入を行った1例を経験した.導入後,主症状4症状と副症状(股関節痛)は改善し,その後明らかな再燃を認めない.小児に対するIFX治療の導入例は少ないが,有効な治療であり,今後,長期経過を含めさらなる症例の蓄積,基準化への検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)FujikawaS,SuemitsuT:Behcet’sdiseaseinchildren-anationwideretrospectivesurveyinJapan.ActaPaedeiatrJpn39:285-289,19972)蕪城俊克:Behcet病の新しい診療ガイドライン─ぶどう膜炎の治療ガイドライン.炎症と免疫22:362-366,20143)BredaL,DelTortoM,DeSanctisSetal:Biologicsinchildren’sautoimmunedisorders:e.cacyandsafety.EurJPediatrics170:157-167,20114)YoshidaA,KawashimaH,MotoyamaYetal:Compari-sonofpatientswithBehcet’sdiseaseinthe1980sand1990s.Ophthalmology111:810-815,20045)金子詩子,岸崇之,菊地雅子ほか:TNF遮断薬が有効であった小児期発症Behcet病の2症例.日本臨床免疫学会誌33:157-161,20106)IwamaI,KagimotoS:Anti-tumornecrosisfactormono-clonalantibodytherapyforintestinalBehcetdiseaseinanadolescent.JPediatrGastroenterolNutr53:686-688,20117)Calvo-RioV,BlancoR,BeltranEetal:Anti-TNF-atherapyinpatientswithrefractoryuveitisduetoBehcet’sdisease:a1-yearfollow-upstudyof124patients.Rheu-matol53:2223-2231,20148)TakeuchiM,KezukaT,SugitaSetal:Evaluationofthelong-terme.cacyandsafetyofin.iximabtreatmentforuveitisinBehcet’sdisease:amulticenterstudy.Ophthal-mology121:1877-1884,20149)GallagherM,QuinonesK,Cervantes-CastanedaRAetal:Biologicalresponsemodi.ertherapyforrefractory11)土田満,峰下哲,小此木博:Behcet病(BD)の発症childhooduveitis.BrJOphthalmol91:1341-1344,2007因子としての口腔内連鎖球菌Streptococcussanguisの検10)原田幸児,山口通雅,赤井靖宏:10年以上の経過で症状が討.口腔衛生学会雑誌44:154-160,1994完成した完全型Behcet病の1例.日本リウマチ学会総会・12)KaburakiT,TakamotoM,NumagaJetal:Geneticasso-学術集会・国際リウマチシンポジウムプログラム.53回・ciationofHLA-A*2601withocularBehcet’sdiseasein18回,P217,2009Japanesepatients.ClinExpRheumatol28:39-44,2010***

TINU症候群が疑われた3歳児に発症した両眼性ぶどう膜炎

2015年5月31日 日曜日

《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):721.724,2015cTINU症候群が疑われた3歳児に発症した両眼性ぶどう膜炎髙木誠二*1,2昌原英隆*2江口秀一郎*2富田剛司*1藤野雄次郎*3*1東邦大学医療センター大橋病院眼科*2江口眼科病院*3JCHO東京新宿メディカルセンター眼科ACaseofTubulointerstitialNephritisandUveitisSyndromeina3-Year-OldInfantSeijiTakagi1,2),HidetakaMasahara2),ShuichiroEguchi2),GojiTomita1)andYujiroFujino3)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityMedicalCenterOohashiHospital,2)EguchiEyeClinic,3)JapanCommunityHealthCareOrganizationTokyoShinjukuMedicalCenter目的:間質性腎炎ぶどう膜炎症候群(tubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome:TINU症候群)が疑われた3歳男児を経験したので報告する.症例:初診時,左眼に強い前房内炎症と前房畜膿および虹彩後癒着を認めた.右眼は虹彩後癒着がみられた.眼圧は正常で中間透光体や眼底に異常は認めなかった.尿中b2ミクログロブリン(b2MG)5,100mg/mlと高値であったが,その他の腎機能は正常範囲であった.腎生検は行わなかったが,両眼の前部ぶどう膜炎と尿中b2MG高値がみられ,他疾患を疑う所見がないことからTINU症候群が疑われた.結論:本症候群では腎機能障害がない,とくに小児例では腎生検が行われないことが多く臨床的診断が重要となる.本症もMandevilleらの診断基準に従い可能性例として臨床診断した.TINU症候群では全身症状がないことや尿所見が正常なことも多く,小児のぶどう膜炎では尿中b2MGの測定は重要である.Purpose:Toreportapossiblecaseoftubulointerstitialnephritisanduveitis(TINU)syndromeina3-yearoldinfantmale.CaseReport:Thepatientvisitedourhospitalwithbilateralanteriorchamberinflammationandposteriorsynechia,aswellashypopyoninhislefteye.Onlaboratoryexamination,onlyanelevatedurinarylevelofb2-microgloblin(5,100μg/ml)wasobserved,withoutanyotherrenalinsufficiency.Moreover,additionallaboratorydataexcludedotherdiseasesknowntocauseuveitisandinterstitialnephritis.HewassubsequentlydiagnosedasapossiblecaseofTINUsyndromeaccordingtodiagnosticcriteriaofMandeville.Conclusions:Thefindingsofthisstudyshowthatclinicaldiagnosisisveryimportant,asitisdifficulttoperformarenalbiopsycaseswithoutrenalinsufficiency,especiallyininfantcases.Monitoringofb2-microgloblinshouldbeperformedwhenfollowinganinfantcaseofuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):721.724,2015〕Keywords:間質性腎炎ぶどう膜炎症候群,b2MG,前房畜膿,小児ぶどう膜炎.TINUsyndrome,b2MG,hypopyon,uveitisinchildhood.はじめに間質性腎炎ぶどう膜炎症候群(tubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome:TINU症候群)とは尿細管間質性腎炎にぶどう膜炎を合併した疾患群で,1971年にDubrinらにより初めて報告された1).本症は高年齢でも発症するが比較的小児に発症することが多く,思春期にぶどう膜炎をきたす疾患のなかでは決してまれな疾患ではないとされている2).しかしながら10歳以下での報告はまれである3).今回,筆者らはTINU症候群が疑われる前房畜膿を伴う3歳児の症例を経験したので報告する.I症例患者は3歳,男子.「左眼の黒目の下半分が白い」と母親が気づき,近医を受診したところ,前房畜膿の診断を受け,精査目的にて2013年4月に江口眼科病院を紹介受診した.患児は出生発達に異常なく,既往歴もない.家族歴も特記す〔別刷請求先〕高木誠二:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院眼科Reprintrequests:SeijiTakagi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityMedicalCenterOohashiHospital,2-17-6Oohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(111)721 図1初診時前眼部所見左:右眼.フレア1+,細胞2+,虹彩後癒着(5,7時)を認めた.右:左眼.フレア3+,細胞3+,前房畜膿を認めた.表1おもな全身検査所見血液検査所見RBC450104/μlWBC6.6103/μlPLT27.9104/μlCRP0.00mg/dlBUN6.8mg/dlCr0.26mg/dlリゾチーム16.1μg/mlACE20.4IU/ml赤沈1h8mm抗核抗体40未満IgG1,104mg/dlIgA80mg/dlIgM134mg/dl血清補体価39.5CH50U/mlC3110mg/dlC420mg/dlトキソプラズマ抗体陰性HSV1抗体陰性サイトメガロウイス抗体陰性EBVCA抗体陰性尿一般検査PH7.5蛋白(.)糖(.)白血球(.)ウロビリノゲン(.)ビリルビン(.)ケトン体(.)比重1.008b2MG5,100μg/mlRBC:赤血球,WBC:白血球,PLT:血小板,CRP:C反応性蛋白,BUN:血中尿素窒素,Cr:クレアチン,ACE:アンジオテンシン変換酵素,IgG:免疫グロブリンG,HSV:単純ヘルペスウイルス,EBVCA:EBウイルスの外殻抗原722あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015べきことはない.初診時所見:眼位は正位で,眼球運動に制限はなかった.屈折値は右眼+1Dcyl.0.25D153°,左眼+1Dcyl.0.25D2°で矯正視力は測定できなかったが,裸眼視力は両眼とも0.4であった.眼圧は小児のため測定不可であったが,触診法にて正常域であった.左眼に軽度の結膜充血を認めた.両眼とも角膜に微細な角膜後面沈着物と虹彩後癒着を認めた.瞳孔反応は制限があった.右眼は軽度のフレアと2+の細胞(図1a),左眼は強いフレア,3+の細胞と前房畜膿を認めた(図1b).隅角検査は施行できなかった.水晶体および硝子体には異常はなかった.眼底は倒像鏡検査にてとくに大きな変化を認めず,蛍光眼底造影は行わなかった.血液生化学検査(表1)では白血球増多はなく,LDH(lactasedehydrogenase)の軽度上昇を認めた.BUN(bloodureanitorgen)およびクレアチニンは正常範囲内であった.免疫グロブリンも正常値であった.血清補体価も正常範囲内で,抗核抗体,抗トキソプラズマ抗体,抗HTLV1(humanT-lymphotropicvirus1)抗体,抗サイトメガロウイルス抗体も陰性であった.尿検査では蛋白および糖などは認めなかったが,b2ミクログロブリン(b2MG)は5,100μg/ml(正常値:230μg/ml以下)と高値を示した.24時間クレアチニンクリアランスは正常範囲内であった.胸部X線写真ではとくに異常なく,発熱や食欲不振などの先行する全身症状も認めなかった.治療経過:0.1%ベタメタゾンとトロピカミド・フェニレフリン点眼にて治療を開始した.治療開始3週間後に左眼の前房畜膿は消失したが,炎症の増加を何度か認め前房内フレアの消失には半年を要した.その後,眼症状の再燃はない.視力もしだいに上昇し,2013年11月に両眼矯正0.6,2014年3月の時点で両眼矯正1.0であった.全身的には,その後もb2MG高値が持続しており,近位(112) 表2MandevilleらによるTINU症候群の診断基準DifiniteTINU症候群病理組織学的もしくは臨床診断基準(completecriteria)を満たしたAINと,typicalぶどう膜炎ProbableTINU症候群臨床的診断基準(incompletecriteria)を満たしたAINとtypicalぶどう膜炎PossibleTINU症候群臨床的診断基準(incompletecriteria)を満たしたAINとatypicalぶどう膜炎間質性腎炎の診断基準病理組織学的診断:腎生検で尿細管間質腎炎がみられる臨床的診断:ぶどう膜の特徴Completecriteria:下記の3項目を満たすものTypicalIncompletecriteria:1あるいは2項目を満たす1.両眼性の前部ぶどう膜炎1.腎機能異常2.間質性腎炎発症の前2.後12カ月の間にCreの上昇,Creクリアランスの上昇発症2.尿検査異常b2MGの増加Atypical軽度の蛋白尿,好酸球尿3.2週間以上持続する全身の病的状態1.片眼の前,中間部,後部ぶどう膜炎2.間質性腎炎発症の前2.後12カ月の間にa:症状:発熱,体重減少,食欲不振発症倦怠感,易疲労,発疹,関節痛b:検査項目:貧血,肝機能障害好酸球増多症,血沈40mm/hr以上尿細管障害をきたしている間質性腎炎の状態が考えられたが,b2MG以外の腎機能検査では異常がないため腎生検は行わなかった.本症例は血液検査で感染症を疑わせる白血球増多やCRP(C-reactiveprotein)の亢進がなく,抗核抗体陰性,ACE(angiotensin-convertingenzyme)正常,また薬剤投与の既往もなかった.唯一,尿検査でb2MGが高値であり,両眼性のぶどう膜炎を伴うことからTINU症候群が疑われた.II考按今回,筆者らの経験した症例は尿中b2MGが高値であった.腎機能検査では異常を認めておらず腎生検の適応がないため確定診断ができなかったが,強くTINU症候群を疑われた.3歳という非常に低年齢で発症し前房畜膿を認めたため報告した.急性間質性腎炎(acuteinterstitialnephritis:AIN)と確定診断するためには腎生検をする必要があるが,通常,年少者の腎生検は全身麻酔下で開腹により施行する侵襲の大きい検査(開放腎生検)であるため,腎機能障害が軽度の症例では施行しないことが多い.本症例でも尿中b2MGの上昇のみの検査異常のため腎生検を行わなかったので,AINの病理組織学診断はできなかった.腎生検が適応にならない場合には臨床診断が重要となるが,Mandevilleらが2001年にTINU症候群の診断基準(表2)を提案している4).そのなかではAINとぶどう膜炎のそれぞれの診断基準の組み合わせからdefinite,probable,possibleTINUを定義している.AINの診断は病理組織学的(113)診断と臨床的診断があり,臨床的診断として,①機能異常(クレアチニンの上昇あるいはクレアチニンクリアランスの低下),②検査異常(b2MGの増加,軽度の蛋白尿,好酸球尿など),③2週間以上持続する全身の病的状態の3項目があげられている.この基準を用いると,本症例の腎症については尿中b2MGの増加という臨床的診断基準(incompletecriteria)を満たしたAINとなる.また,本症例のぶどう膜炎の特徴は両眼性のぶどう膜炎であるが,b2MGの異常がいつから生じたのかは不明のため,TINUのatypicalな特徴を有するぶどう膜炎となり,両者からpossibleTINUと診断された.TINU疾患群では本症例のように腎機能が異常を呈さないか,あっても軽度の場合も多く,Godaらは血清クレアチニンの上昇は全体の25%にしかみられないとしている5).このような場合には確定診断ができないことが,眼科からの報告が少ない3,4)理由の一つになっていると考えられる.津留のまとめた51例でも眼科からの報告は10例だけであり,その他は腎不全を管理する腎臓科や小児科からの報告からであった3).尿中b2MGの値と眼症状の病勢は並行するとも6)並行しないとも7)報告がある.今回は前房フレア消失後もb2MGの異常高値は持続しており発症後1年半で15,200μg/mlであり,眼症状は腎炎の活動性との一致はなかった.TINU症候群のぶどう膜炎は前眼部炎症を呈する症例が多いとされていて,虹彩毛様体炎,角膜後面沈着物,虹彩後癒着などが認めるとされている8).本症例では初診時に前房畜膿を認めているが,筆者らが調べた限りではGodaらの報あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015723 告5)に再発時に認めた1症例の記載があるほかに報告はなく,Mandevilleらがまとめた133例4),津留がまとめた51例3)でも前房畜膿の報告はなかった.小児に前房畜膿を伴うぶどう膜炎を認めた場合には本疾患も考えておく必要もあると考えられた.本症の発生頻度は不明ではあるが,合田らはわが国10.15歳の小児ぶどう膜炎の原因疾患のうち,サルコイドーシスについで多いと報告しており2),deBoerらは16歳以下のぶどう膜炎のなかで2%程度を占めると報告9)している.また発症年齢に関しては,高年齢でも発症するが,多くは10歳代に発症することが多いとされている3.5).筆者らの調べた限りではわが国での報告のうちもっとも低い発症年齢は8歳であり3),今回の筆者らが経験した3歳の症例はこれまでの報告に比べ低年齢であった.本症例は幸い現在までのところ腎機能異常が出現しておらず,また眼症状も軽快しているが,今後も腎症,眼症の発現に注意して経過観察する必要があると考える.小児ぶどう膜炎の診察においては今回の症例のように,ぶどう膜炎を起こした幼児についてもTINU症候群の可能性も念頭に置く必要があり,尿中b2MGの測定は簡便かつ重要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DobrinRS,VernierRL,FishAJ:Acuteeosinophilicinterstitialnephritisandrenalfailurewithbonemarrow-lymphnodegranulomasandanterioruveitis.AmJMed59:325-333,19752)合田千穂,小竹聡,笹本洋一ほか:北海大学眼科における小児ぶどう膜炎の臨床統計.臨眼49:1595-1599,19953)津留徳:Tubulo-interstitialnephritisanduveitissyndrome(TINU症候群)本邦報告例51例の臨床病態学的解析.小児科37:951-956,19964)MandevilleJT,LevinsonRD,HollandGNetal:Thetubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome.SurvOphthalmol46:195-208,20015)GodaC,KotakeS,IchiishiAetal:Clinicalfeaturesintubulointerstitialnephritisanduveitis(TINU)syndrome.AmJOphthalmol140:637-641,20056)ThomassenVH,RingT,ThaarupJetal:Tubulointerstitialnephritisanduveitis(TINU)syndrome:acasereportandreviewoftheliterature.ActaOphthalmol87:676679,20097)GionN,StavrouP,FosterS:Immunomodulatorytherapyforchronictubulointerstitialnephritis-associateduveitis.AmJOphthalmol129:764-768,20008)合田千穂,北市伸義,大野重昭:間質性腎炎ぶどう膜炎症候群.臨眼61:1958-1601,20079)deBoerJ,WulffraatN,Rothova1A:Visuallossinuveitisofchildhood.BrJOphthalmol87:879-884,2003***724あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(114)