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糖尿病モデル動物OLETFラット水晶体におけるアミロイドβの蓄積

2013年1月31日 木曜日

《第51回日本白内障学会原著》あたらしい眼科30(1):97.101,2013c糖尿病モデル動物OLETFラット水晶体におけるアミロイドbの蓄積長井紀章*1竹田厚志*1伊藤吉將*1,2*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所AccumulationofAmyloidbinLensofOtsukaLong-EvansTokushimaFattyRatNoriakiNagai1),AtsushiTakeda1)andYoshimasaIto1,2)1)FacultyofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity近年,糖尿病患者では非糖尿病患者と比較し,アミロイドb(Ab)の主要臓器での蓄積が高いことが報告され,Abと糖尿病の関連性が注目されている.そこで今回,自然発症型糖尿病モデル動物であるOtsukaLong-EvansTokushimaFatty(OLETF)ラットを用い,糖尿病発症における水晶体中アミロイドb1-42(Ab1-42)の蓄積について検討を行った.糖尿病発症前の10週齢では,OLETFと正常ラット(LETOラット)間で水晶体中におけるAb1-42量で差はみられなかったが,糖尿病を伴う60週齢OLETFラット水晶体では,LETOラットと比較しAb1-42の蓄積が有意に高かった.また,Ab産生に関わる遺伝子〔amyloidprecursorprotein(APP),b-siteAPP-cleavingenzymeおよびpresenilin〕発現の増加もOLETFラットではLETOラットに比べ有意に高値を示した.さらに,60週齢のOLETFラットでは軽度な水晶体混濁度がみられ,この混濁と水晶体中Ab1-42の蓄積には強い相関が認められた.これらの結果は,Abが糖尿病眼疾患の病態に深く関わるというこれまでの報告を支持した.Recently,itwasreportedthatthelevelofamyloidbpeptide(Ab)intheeyesofdiabetichumanswashigherthanintheeyesofnormalhuman(non-diabetic),andthatAbwasimplicatedinthesecondarycomplicationsofdiabetesmellitus.Inthispresentstudy,wedeterminedtheexpressionofAb1-42inthediabetesmellituslens,usingthespontaneousdiabetesmellitusOtsukaLong-EvansTokushimaFatty(OLETF)rats.TheAblevelsdidnotdifferbetween10-week-oldnormalcontrolratsandOLETFratswithoutdiabetesmellitus.However,theAblevelsinthelensesof60-week-oldOLETFratswithdiabetesmellitusweresignificantlyhigherthanin60-week-oldnormalcontrols.Furthermore,thegeneexpressionlevelscausingAbproduction〔amyloidprecursorprotein(APP),b-site-APPcleavingenzymeandpresenilin〕inthelensesofOLETFratswerealsosignificantlyhigherthaninLETOrats.Inaddition,acloserelationshipwasobservedbetweenAb1-42levelsandlensopacification.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):97.101,2013〕Keywords:アミロイドb,水晶体,糖尿病,OtsukaLong-EvansTokushimaFattyラット,白内障.amyloidb,lens,diabetesmellitus,OtsukaLong-EvansTokushimaFattyrats,cataract.はじめにアミロイドb(Ab)とは高齢者痴呆疾患の一つであるアルツハイマー病(Alzheimer’sdisease:AD)の原因物質として知られている.近年,このAD患者の眼領域において網膜機能の低下,網膜神経節細胞の減少および視神経変性が高率に認められている1.3).さらに,糖尿病患者では非糖尿病患者と比較し,細胞傷害性を示すAbの蓄積が高く,糖尿病網膜症患者の硝子体液中のAbの著明な低下およびタウ蛋白質の上昇が報告されている2).このような変化はAD患者脳脊髄液中の変動と類似しており,眼疾患とADの間に共通の病態発症機序が存在し,特にAbが眼疾患の病態に深く関わっている可能性を示唆している.また,水晶体領域においても,AD患者やDown症候群患者の水晶体中でAbが蓄積することが報告され,Abと白内障の関係が注目されている4,5).〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(97)97 しかしながら,これらADと水晶体中Abの関連については多数報告がある4,5)が,糖尿病発症と水晶体中Ab蓄積の関与についての報告はほとんどなく,これら糖尿病発症時における水晶体中Abの変化を検討することは非常に重要と考えられる.OtsukaLong-EvansTokushimaFatty(OLETF)ラットは大塚製薬株式会社が開発したII型糖尿病モデルである.このOLETFラットは,10週齢程度からグルコースに対する特異的なインスリン分泌不全や末梢組織におけるインスリン抵抗性が認められ,25週齢の経口ブドウ糖負荷試験ではほぼ全例がメタボリックシンドロームおよび高インスリン血症を伴うII型糖尿病と診断される6).60週齢以後では,膵臓Langerhans島は萎縮・消失しており,インスリン顆粒を認める膵b細胞数が極端に減少し,最終的に低インスリン血症となる糖尿病モデルラットであり,これらOLETFの生物学的性質の変化は,ヒトのII型糖尿病と一致することが知られている6).また,このOLETFラットは20週齢では綺麗な水晶体組織であるが,40週齢でソルビトールの水晶体蓄積と組織の崩れが観察され,60週齢では組織崩壊の拡大と混濁が生じる7)ことから,自然発症型の糖尿病性白内障モデルとして使用できるものと考えられている.本研究では,このOLETFラットを用い糖尿病発症時における水晶体中Abの蓄積について検討を行った.I対象および方法1.実験動物実験には大塚製薬株式会社徳島研究所から供与された10および60週齢雄性Long-EvansTokushimaOtsukaラット(LETOラット,正常ラット)とOLETFラットを用いた.これらラットは25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CE-2,日本クレア社)および水は自由に摂取させた.動物実験は近畿大学実験動物規定に従い行った.2.ラット血中グルコース,トリグリセリド,コレステロールおよびインスリン値の測定血中グルコース(Glu)およびトリグリセリド(TG)はロシュ社製AccutrendGCTにより測定し,コレステロール(Cho),インスリン測定には和光純薬工業社製CholesterolE-Testキットおよび森永生科学研究所製ELISAInsulinキットをそれぞれ用いた.3.ラット水晶体中Ab1.42値の測定LETO,OLETFラットの水晶体を生理食塩水600μl中にてホモジナイズし,その懸濁溶液を測定に用いた.Ab量測定にはHuman/RatbAmyloid(42)ELISAKit(和光純薬工業社製)およびマイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)を用い450nmで吸光度を測定した.4.PCR(polymerasechainreaction)法による遺伝子発現の確認摘出した水晶体よりAcidGuanidium-Phenol-Chloroform法により全RNAを抽出し,TaKaRaRNAPCRKitおよびPCR装置(MasterCycler,エッペンドルフ社製)を用い1mgの全RNAからcDNAを合成した.合成したcDNAにGenBankTMからのデータベースより設計した各遺伝子特異的プライマーを加え,MasterCyclerを用いた半定量PCR法またはLightCycler(ロシュ社製)を用いたreal-timePCR法により遺伝子発現量の測定を行った.以下に半定量PCR法で用いた遺伝子特異的プライマー(SIGMA社製)およびPCR条件を示す.Neprilysin(NEP):Forword5¢-GAGACCTCGTTGACTGGTGGACTCA-3¢;Reverse5¢-TGAGTTCTTGCGGCAATGAAAGGCA-3¢,endothelinconvertingenzyme(ECE-1):Forword5¢-AGAACATAGCCAGCGAGATCATCCTG-3¢;Reverse5¢-TGCTGTACCATGCACTCGGTCTGCTG-3¢,damage-inducedneuronalendopeptidase(DINE):Forword5¢-AATTCCTCAAACTGGGACACGCTACC-3¢;Reverse5¢-TGTCTGTCAAGAAGATCCGACAGGAGG-3¢,glyceraldehyde-3-phosphatedehydrogenase(GAPDH):Forword5¢-GGTGCTGAGTATGTCGTGGAGTCTAC-3¢;Reverse5¢-CATGTAGGCCATGAGGTCCACCACC-3¢.PCR条件は,30cycleでdenaturation(94℃,30s),annealing(NEP,ECE-1,DINE75℃,GAPDH59℃,30s),extension(72℃,1min)で行った.この増幅された試料は1.5%アガロースゲルを用いた電気泳動(100V,40min)にて検出を行い,カメラにて撮影した.また,表1には今回real-timePCR法(SYBRGreen)で使用したアミロイド前駆体蛋白質(APP),a-セクレターゼ(adisintegrinandmetalloprotease10:ADAM10),b-セクレターゼ(b-siteAPP-cleavingenzyme1:BACE1)お表1Real.timePCR法におけるプライマー塩基配列PrimerSequence(5¢-3¢)APPFORREVGGATGCGGAGTTCGGACATGGTTCTGCATCTGCTCAAAGADAM10FORREVGCACCTGTGCCAGCTCTGATTCCGACCATTGAACTGCTTGTBACE1FORREVCATTGCTGCCATCACTGAATCAGTGCCTCAGTCTGGTTGAPS1FORREVCATTCACAGAAGACACCGAGATCCAGATCAGGAGTGCAACCPS2FORREVCTTCACCGAGGACACACCCTGACAGCCAGGAACAGTGTGGGAPDHFORREVACGGCACAGTCAAGGCTGAGACGCTCCTGGAAGATGGTGATAPP:Amyloidprecursorprotein,FOR:Forword,REV:Reverse.98あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(98) よびg-セクレターゼ(presenilin1,2:PS1,2)の各種プライマー塩基配列(SIGMA社製)を示した.Real-timePCR法の測定条件は以下のとおりで行った.Denaturing(95℃,10秒),annealing(63℃,10秒),extension(72℃,5秒).本研究ではGAPDHをハウスキーピング遺伝子とし,各種遺伝子発現量はGAPDHに対する比から求めた.5.前眼部画像撮影および解析前眼部画像撮影約5分前に0.1%ジピベフリンをラット両眼に点眼し散瞳させた.ラットの前眼部画像は無麻酔下で,前眼部画像解析装置EAS-1000(ニデック社)により撮影した.さらに得られたスリット像はEAS-1000付属の解析プログラムにより水晶体混濁の数値化を行った.6.統計解析データは,平均±標準誤差として表した.有意差はStudent’st-testにて解析し,0.05未満のp値を有意な差として示した.II結果1.糖尿病発症時におけるAb産生に関わる遺伝子発現量の変化図1にはLETOおよびOLETFラットの体重および糖尿病関連血液検査値を示す.10週齢のOLETFラットではLETOラットに比べ体重およびGlu値が若干高値を示したが,TG,Choおよびインスリン値には差がみられなかった.一方,60週齢では,血中Glu,TGおよびCho値はLETOラットと比較しOLETFラットで有意に高値であったが,体Bodyweight重およびインスリン値は低値を示した.図2に摘出水晶体中のAb産生に関わる遺伝子であるAPP,ADAM10,BACE1,PS1および2のmRNA発現量を示した.Ab産生促進に関わる遺伝子APP,BACE1,PS1および2ではLETOラットと比較しOLETFラットでそれぞれ1.68,1.56,1.40,1.83倍高値であった.なかでもAPPとPS2はLETOラットのそれと比較し有意に高かった.一方,Abの蓄積抑制に関わる遺伝子であるADAM10ではOLETFラット水晶体での発現量はLETOラットの1.2倍とわずかに高かったものの有意な差はみられなかった.2.OLETFラット水晶体におけるAb1.42の蓄積と水晶体混濁との関連性図3には10および60週齢LETOとOLETFラット水晶体中Ab1-42量を示す.これら10週齢ではLETOラットとOLETFラット間で水晶体中のAb1-42量に差はみられなかったが,糖尿病を伴う60週齢のOLETFラット水晶体では,LETOラットと比較し有意に高いAb1-42量が認められた.図4には10および60週齢のLETOとOLETFラット水晶体中におけるAb分解・除去に関わるNEP,ECE-1,DINE遺伝子発現について示す.LETOおよびOLETFラットともに,NEP,ECE-1の遺伝子発現は認められたが,DINEの遺伝子発現はみられなかった.図5には60週齢OLETFラット水晶体中Ab1-42量と水晶体混濁度の関連性を示す.60週齢OLETFラット水晶体では軽度の白濁が確認できた.また,これら水晶体混濁とAb1-42量とで強い相関が認められた(p<0.05).GluTGTG(mg/dl):LETO■:OLETF*00010week60week10week60week10week60weekChoInsulin:LETO:LETO120300:LETO400■:OLETF*Glu(mg/dl):LETO■:OLETF*10040500280240Bodyweight(g)4003202001601203002402001608080*■:OLETFInsulin(ng/dl)*■:OLETF10080604020250Cho(mg/dl)200150100500010week60week10week60week図1LETOおよびOLETFラットにおける体重と糖尿病関連血液検査値平均値±標準誤差.n=6.*p<0.05vs.各項目におけるLETOラット.(99)あたらしい眼科Vol.30,No.1,201399 APPADAM10BACE13025108765*:LETO■:OLETFADAM1/GAPDH(×10-2):LETO■:OLETFBASE1/GAPDH(×10-4):LETO■:OLETFAPP/GAPDH(×10-3)2015105432106420010week60week10week60week10week60weekPS1PS2PS1/GAPDH(×10-4)121086420:LETO■:OLETF0*:LETO■:OLETF10week60week10week60weekPS2/GAPDH(×10-3)108642図2Real.timePCR法を用いたLETOおよびOLETFラットにおけるAb産生関連遺伝子発現量の変化平均値±標準誤差.n=5.6.*p<0.05vs.各項目におけるLETOラット.12LETOOLETF*Ab1-42(fmol/mgprotein)10NEP86ECE-142DINE010week60week図3糖尿病発症に伴うラット水晶体中Ab1.42の蓄積GAPDH平均値±標準誤差.n=5.6.*p<0.05vs.各項目におけるLETOラット.図4半定量PCR法による60週齢OLETFラット水晶体16におけるAb分解に関わる遺伝子発現の確認y=0.0048x+5.8974r=0.81146Ab1-42(fmol/mgprotein)1412III考按108今回用いたOLETFラットは,10週齢ではLETOラットと比較し,体重およびGlu値がわずかに高かったが,TG,Choおよびインスリン値には差がみられず,糖尿病未発症な2状態であった.一方,60週齢のOLETFラットでは低イン0スリン血症を伴う高血糖を示した(図1).この結果は,これOpacity(pixels)まで報告されている60週齢以後のOLETFラットでは膵臓05001,0001,5002,000図560週齢OLETFラット水晶体中Ab1.42量と水晶体Langerhans島が萎縮・消失し低インスリン血症を伴った高混濁の関連性血糖がみられるというII型糖尿病モデルの特性と一致しており,本研究で用いたOLETFラットがこれまでの報告と同様II型糖尿病発症とその進行が起こっていることを示した.100あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(100) そこで本研究では,糖尿病発症前の10週齢およびII型糖尿病が十分に進行した60週齢のOLETFラットを用い,糖尿病発症と水晶体中Abの蓄積について比較検討を行った.Abはアミロイド前駆体蛋白質(APP)が酵素により切断されることにより産生する40あるいは42残基のアミノ酸から成るペプチドであり,これら切断酵素として細胞膜から28番目のアミノ酸残基外側で細胞外ドメインを切断するbセクレターゼ(b-siteAPP-cleavingenzyme1)および膜貫通部で切断を行うg-セクレターゼ(presenilin1,2)が知られている.この40あるいは42残基アミノ酸ペプチドはそれぞれAb1-40,Ab1-42とよばれ,まずAb1-42が核となりAb1-40が凝集し線維形成を行うことから,Ab1-42のほうがAb1-40よりも凝集しやすいことが報告されている8).一方,Abはヒトの正常な網膜組織においてはこれまでに検出されていない.この理由としては,通常の細胞では細胞膜から12アミノ酸外側で細胞外ドメインを切断するa-セクレターゼが存在し,Abの過剰産生が抑えられているためである9).また,正常な組織においてはAbの分解酵素であるneprilysin(NEP),endothelinconvertingenzyme(ECE)またはdamage-inducedneuronalendopeptidase(DINE)によりAbは蓄積することなく分解・除去される10).そこで今回,糖尿病発症時における60週齢OLETFラット水晶体のAPP,ADAM10,BACE1,PSについての遺伝子発現量を検討した.その結果,Ab産生促進に関わる遺伝子APP,BASE1,PS1および2ではLETOラットと比較しOLETFラットでそれぞれ高値であり,なかでもAPPとPS2はLETOラットのそれと比較し有意に高かったが,Abの蓄積抑制に関わる遺伝子ADAM10のOLETFラット水晶体での発現量は,LETOラットの1.2倍とわずかに高かったものの有意な差はみられなかった(図2).また,凝集能の高いAb1-42についても測定を行った.10週齢のOLETFラット水晶体では,LETOラットと比較しAb1-42量に差はみられなかったが,60週齢OLETFラット水晶体ではLETOラットのそれと比較しAb1-42が有意に高値を示した(図3).一方,これらLETOおよびOLETFラット水晶体ではともに,NEPおよびECE-1の遺伝子発現はみられたが,DINEは検出されず,LETOとOLETFラットでその発現に大きな差はみられなかった(図4).Wistarラット水晶体でNEP,ECE-1およびDINEmRNA発現を検討したところ,いずれの遺伝子発現も確認できたことから(Datanotshown),これらLongEvans種のラット水晶体ではAbが蓄積しやすい可能性が示唆された.さらに,60週齢OLETFラット水晶体では軽度の白濁が認められ,これら水晶体混濁とAb1-42量とで強い相関が認められた(図5).水晶体でのAb蓄積は水晶体混濁をひき起こすことはGoldsteinら4,5)によりすでに報告されている.これらの本結果および報告から,OLETFラット糖尿病発症時には水晶体中でAb産生促進に関わる遺伝子発現量の増加がみられ,これによりAb1-42の水晶体蓄積および白濁が起こる可能性が示唆された.以上,本研究では自然発症の糖尿病モデル動物OLETFラット水晶体において,糖尿病発症時にAb1-42蓄積が増加することを明らかとした.さらに,OLETFラット糖尿病発症時の水晶体では,Ab産生促進に関わる遺伝子発現量の増加が起こる可能性を示した.これら自然発症の糖尿病モデル動物を用いた糖尿病とAb産生についての研究報告はなく,本モデル動物および研究結果はこれからのAbと白内障の関係を研究するうえできわめて有用であると考えられる.今後Ab1-42や抗Ab抗体またはAbの凝集を抑制するCongoredを眼球内の硝子体内へ投与することにより,水晶体混濁度がどのように変化するのかについて検討を進めていく予定である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)YonedaS,HaraH,HirataAetal:Vitreousfluidlevelsofbeta-amyloid((1-42))andtauinpatientswithretinaldiseases.JpnJOphthalmol49:106-108,20052)HaraH,Oh-hashiK,YonedaSetal:Elevatedneprilysinactivityinvitreousofpatientswithproliferativediabeticretinopathy.MolVis12:977-982,20063)NingA,CuiJ,ToEetal:Amyloid-betadepositsleadtoretinaldegenerationinamousemodelofAlzheimerdisease.InvestOphthalmolVisSci49:5136-5143,20084)GoldsteinLE,MuffatJA,ChernyRAetal:Cytosolicbeta-amyloiddepositionandsupranuclearcataractsinlensesfrompeoplewithAlzheimer’sdisease.Lancet361:1258-1265,20035)MoncasterJA,PinedaR,MoirRDetal:Alzheimer’sdiseaseamyloid-betalinkslensandbrainpathologyinDownsyndrome.PLoSOne5:e10659,20106)YamadaA:Alterationofelectroetinograminspontaneouslydiabeticrats:effectofcaloricrestriction.JJuzenMedSoc110:418-442,20017)KuboE,MaekawaK,TanimotoTetal:BiochemicalandmorphologicalchangesduringdevelopmentofsugarcataractinOtsukaLong-EvansTokushimafatty(OLETF)rat.ExpEyeRes73:375-381,20018)JarretJT,LansburyJrPT:Seeding“one-dimensionalcrystallization”ofamyloid:apathogenicmechanisminAlzheimer’sdiseaseandscrapie?Cell73:1055-1058,19939)KukarTL,LaddTB,BannMAetal:Substrate-targetinggamma-secretasemodulators.Nature453:925-929,200810)SelkoeDJ:Amyloidbeta-proteinandthegeneticsofAlzheimer’sdisease.JBiolChem271:18295-18298,1996(101)あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013101

透析患者における眼科的自覚症状および視力の比較

2012年12月31日 月曜日

《第17回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科29(12):1673.1676,2012c透析患者における眼科的自覚症状および視力の比較松浦豊明岡本全弘辻中大生後岡克典下山季美恵緒方奈保子奈良県立医科大学眼科学教室ComparisonofOcularSubjectiveSymptomsandVisualAcuityinHemodialysisPatientsToyoakiMatsuura,MasahiroOkamoto,HirokiTsujinaka,KatsunoriNotioka,KimieShimoyamaandNahokoOgataDepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity目的:透析導入の原因疾患が糖尿病(DM)と慢性糸球体腎炎(CGN)の患者の透析時自覚症状,視力を比較する.対象および方法:2009.2010年の間に維持血液透析患者のなかで眼科通院歴のあるDM症例120名(男性65名,女性55名:60.1±9.8歳),CGN症例128名(男性70名,女性58名:62.5±11.2歳)が対象である.透析中,直後の眼科的自覚症状,視力を検討した.さらに眼科的所見も検査を行った.結果:自覚症状を訴える患者はDM症例30名(25%),CGN症例32名(25%)で差は認めなかった.一過性の視力低下も両症例とも24名で差は認めなかった.また,視力の程度や黄斑部の異常との関連も少ないようであった.両眼とも視力1.0以上の症例はDM症例27名(23%),CGN症例31名(24%)とほぼ同数であったが,良いほうの眼が1.0以上の視力の症例の割合はそれぞれ50名(42%)と74名(58%)であった.また,良いほうの眼の視力0.5から0.3の症例の割合はそれぞれ20名(17%)と13名(10%)である.視力0.2以下の症例の割合はそれぞれ15名(13%)と8名(6%)であった.これらは統計的に有意であった.結論:DM症例のほうがCGN症例よりもlowvisionの範疇にある比率が高いことがわかった.良いほうの視力の差は眼科的所見がDM群で悪いことに起因すると考えられた.しかし,一過性視力低下や自覚症状の程度には両群に明確な差を認めなかった.Purpose:Toevaluatesubjectiveocularsymptoms(duringandsoonafterhemodialysis)andvisualacuityinpatientswithhemodialysiscausedbydiabetesmellitus(DM)orchronicglomerulonephritis(CGN).Methods:WeconductedasurveyinNaraPrefecture,between2009and2010,of120DMpatients(65males,55females;meanage:60.1±9.8years)and128CGNpatients(70males,58females;meanage:62.5±11.2years).Weconsideredtheocularsymptomsduringandsoonafterhemodialysis,andexaminedtheophthalmologicalfindings.Results:Symptomswerecomplainedofin25%ofDMcases(30patients)and25%ofCGNcases(32patients).Temporarydeteriorationofvisualacuity(24patients)showednodifferencebetweenthegroups,andlittleconnectionwithvisualacuityandmacularabnormality.DMandCGNgroupshadalmostthesamepercentageofpatientswithbilateralvisualacuity(≧1.0):23%and24%,respectively.Thepercentagesofpatientswithbest-correctedvisualacuityof≧1.0were42%(50/120)and58%(74/128),respectively,thepercentagesofpatientswithbest-correctedvisualacuityof0.5.0.3being17%(20/120)and10%(13/128),respectively.Thepercentagesofpatientswithbest-correctedvisualacuityof≦0.2were13%(15/120)and6%(8/128),respectively.Thesedifferencesweresignificant.Conclusion:ThepercentageofpatientswithlowvisionwasrelativelyhighinDMcases.Thedifferenceinbest-correctedvisualacuitywasduetobadophthalmologicalfindings.However,temporarydeteriorationofvisualacuityandocularsymptomswerenotsignificantineithergroup.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1673.1676,2012〕Keywords:血液透析,眼自覚症状,糖尿病,慢性腎不全.hemodialysis,ocularsubjectivesymptoms,diabetesmellitus,chronicglomerulonephritis.〔別刷請求先〕松浦豊明:〒634-8522橿原市四条町840奈良県立医科大学眼科学教室Reprintrequests:ToyoakiMatsuura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,840Shijo-cho,Kashihara,Nara634-8522,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(83)1673 はじめに近年,長期透析患者が増加している.日本透析学会統計調査1)によると,2000年には20万人を超え,2005年には25万人,そして2010年12月現在で約30万人の慢性透析患者がいると考えられる.さらに,透析導入患者の主要原疾患の推移をみると,常に糖尿病腎症と慢性糸球体腎炎が上位を占めている.1998年糖尿病腎症が一位になってから現在に至るまでその順位は変わっておらず,ますますその差が開いている.2010年現在では糖尿病腎症が約45%,慢性糸球体腎炎が約22%である.また,患者の増加とともに透析療法の合併症が増加している.なかでも眼障害は患者のQOL(qualityoflife)を著しく低下させ,大きな問題となっている.さらに,糖尿病のある透析患者は認知症の発症割合が高いことも報告されている1).以前に筆者らは維持血液透析患者の眼症状を報告2)した際に,糖尿病の患者の視力がそれ以外の患者と比べて比較的悪いのではないかという印象を受けた.さらに患者から,透析時,直後の眼科的自覚症状を訴えられることを臨床の場で感じた.そのため,今回,透析導入の原因疾患が糖尿病(DM症例)と慢性糸球体腎炎(CGN症例)の患者を選んで,眼障害の把握を目的に,透析時自覚症状,視力を比較した.I対象および方法2009.2010年の間に維持血液透析患者のなかで眼科通院歴のあるDM症例120名(男性65名,女性55名:60.1±9.8歳),CGN症例128名(男性70名,女性58名:62.5±11.2歳)を対象とした症例対照研究である.さらに,選択バイアスを減らすために奈良県立医科大学,および4施設で眼科受診歴のあるほぼすべての患者を対象とした.対象2群の性別,年齢,そして透析期間に有意差を認めていない(表1).透析中,直後の眼科的自覚症状は眼科診察時に眼科専門医が口頭で確認した.確認したおもな自覚症状,以前の報告を参考2)にして,一過性の視力低下(見えにくい,霞む,焦点が合いにくい),飛蚊症,眼痛,そして充血をおもに聞くことにした.視力(最良矯正視力),白内障の有無,白内障術後かどうか,緑内障の有無,そして眼底所見をカルテから確認し比較検討した.統計学的にはp<0.05をもって有意差ありとし,検定にはStudent’st-testを用いた.II結果自覚症状を訴える患者はDM症例30名(25%),CGN症例32名(25%)で差は認めなかった.飛蚊症と眼痛がそれぞれ約3%である.結膜充血がDM症例2%に自覚された.乾燥感,流涙,そして青く見えるという訴えがDM症例各1名にあった(表2).一過性の視力低下がそれぞれ24名(20%),24名(19%)であった.さらに,一過性の視力低下を自覚した症例と良いほうの視力との関連を調べた(表3).症例数が比較的少ないが,両者に有意の差を認めなかった.DM症例の良いほうの視力が0.3以下の4症例はそのうち2例が黄斑部の浮腫,2例が黄斑部の萎縮所見が認められた.GCN症例で良いほうの視力が0.3以下の症例はすべて黄斑部の萎縮,1例で視神経の萎縮所見を認めた.視力の低下した症例は全例,何かしらの黄斑部異常を伴っていたが,そのことと一過性の視力低下は関連が少ないようであった.視力を比較してみると,両眼とも視力1.0以上の症例はDM症例27名(23%),CGN症例31名(24%)とほぼ同数で有意差を認めなかった.さらに,良いほうの眼が1.0以上の視力の症例の割合はそれぞれ50名(42%)と74名(58%)であった.また,0.6以上0.9以下の視力の症例の割合はそれぞれ35名(29%)と33名(26%)である.0.3以上0.5以下の視力の症例の割合はそれぞれ20名(17%)と13名(10%)である.視力0.01以上0.2以下の症例の割合はそれぞれ12名(10%)と8名(6%)である.さらに,視力0.01以下の症例の割合はそれぞれ3名(3%)と0名(0%)であった(図1).前眼部の所見として水晶体の混濁が散瞳状態で細隙表2透析中,直後の眼科的自覚症状(複数回答)糖尿病症例慢性糸球体腎炎症例(30症例)(32症例)視力低下24(20%)24(19%)飛蚊症4(3%)5(4%)眼痛5(4%)4(3%)充血2(2%)2(2%)目ヤニ2(2%)2(2%)乾燥感1(1%)0(0%)流涙1(1%)0(0%)青く見える1(1%)0(0%)表1対象糖尿病症例(120症例)慢性糸球体腎炎症例(128症例)p値Student’st-test男性女性年齢(平均±標準偏差)(歳)透析期間(平均±標準偏差)(月)655560.1±9.848.1±39.2705862.5±11.255.2±41.20.6870.4650.3420.5541674あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(84) 表3一過性の視力低下を生じた症例の良いほうの視力との関連良いほうの視力糖尿病症例(24症例)黄斑部異常慢性糸球体腎炎症例(24症例)黄斑部異常p値Student’st-test1.0以上0.6.0.90.3.0.50.01.0.20.01以下16(67%)4(17%)2(8%)2(8%)0(0%)5(21%)2(8%)2(8%)2(8%)15(63%)6(25%)2(8%)1(4%)0(0%)4(17%)2(8%)2(8%)1(4%)0.250.150.880.2表4糖尿病症例と慢性糸球体腎炎症例の眼科的所見の割合(複数回答)眼科的所見(複数回答)糖尿病症例(120症例)慢性糸球体腎炎症例(128症例)p値Student’st-test白内障36(30%)34(27%)0.222両眼白内障術後54(45%)56(44%)0.682緑内障12(10%)6(5%)<0.05眼底所見網膜出血76(63%)36(28%)<0.05黄斑部異常43(36%)10(8%)<0.05網脈絡膜萎縮32(27%)11(9%)<0.05視神経萎縮18(15%)6(5%)<0.05010203040506070症例数(%)■:慢性糸球体腎炎症例:糖尿病症例****p<0.05*1.00.6~0.3~0.01~0.01以上0.90.50.2以下良いほうの眼の視力図1糖尿病症例と慢性糸球体腎炎症例の良いほうの眼の視力の割合灯顕微鏡下に確認できるとき白内障があるとした.両眼とも白内障術後の症例はそれを記載した.白内障の頻度,両眼白内障術後の頻度は変わらなかった.また,緑内障と診断されている症例はDM症例に多く認められた.さらに,視機能にかかわると考えられる,網膜出血(糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,高血圧性変化などを含む),黄斑部異常(黄斑浮腫,黄斑部萎縮,黄斑変性ほか),脈絡膜萎縮,さらに視神経萎縮の所見はすべてDM症例で多く認められた(表4).III考按自覚症状は頻度に両者で差を認めなかった.自覚症状では透析直後に約20%で一過性の視力低下を訴えているが,良いほうの視力の程度との関連は両者ともないようであった.視力が低下している症例はほとんど黄斑部の異常を認めてい(85)るので一過性の視力低下と眼底の所見も関連が少ないと考えている.しかし,透析後の眼血流を測定した報告3)では後局部網膜の血流が一過性に低下していることが示されているので,症例よっては視力に影響する可能性もあると考えている.さらに,今回は透析前後の眼圧また血漿浸透圧を測定していないので明確にはできないが,不均一症候群による眼圧の上昇4)も一過性の視力低下の原因として考えられる.また,青く見えるという訴え(cyanopsia)がみられた原因は明らかだが,ほぼ毎回一過性に透析直後から症状が生じ,2.3時間で回復するとのことである.この症例は白内障の術後でないことから,透析の前後に眼球光学系の透過特性が変化している可能性もあり,現在精査中である.ほかの報告によると,アンケート調査対象331名中,眼に何らかの症状がある患者は60%に近いにもかかわらず,そのうち日常生活に支障を感じている患者は半数に満たなかったとのことである.このことは多様な合併症,障害をもつ透析患者では眼以外の合併症への関心が高いのではないかという記述4)がある.今回の結果もこのような眼症状以外に関心があり,どちらかというと眼症状は関心がもたれていないのかもしれない.眼症状の変化に患者自身が気を配ることは今後の視機能を保つうえでの眼科の早期受診,早期発見による,適切な加療を受ける可能性を高めることになる.そのため眼症状に対する意識を高めてもらうように指導することは今後も必要なことと考えられる.視機能の大きな指標である視力をみてみると,DM症例では視力良好な眼が1.0以上の視力のものが少なく,0.2以下の視力の症例が比較的多かった.このことからDM症例のあたらしい眼科Vol.29,No.12,20121675 ほうがCGN症例よりもlowvisionの範疇にある比率が高い.今回その原因を検索するために,視力障害をひき起こすような眼科疾患を簡単ではあるが調査した.白内障に関してはその程度がまちまちであること,術後には視力が改善することが多いため評価がむずかしかったが,症例数は両症例で差を認めなかった.今後この点についても検討を加える予定である.緑内障に関して,DM症例で頻度が高かった.この点についても,その病型,病態について詳細な検討が今後の課題であると考えている.眼底の状況は,たとえば眼底出血をみてもそれが糖尿病によるものか,高血圧によるものか,網膜静脈の閉塞によるものか厳密な判断がむずかしい.さらに,今回は両眼の良いほうの視力を生活に必要な視力として比較検討しており,視力の悪いほうの眼の眼科的所見と直接に因果関係がない場合があると考えている.こちらも今後の検討課題としている.ただし,全体として眼科的所見はDM症例で視力低下をひき起こす可能性のある所見は高いと考えられる.今後糖尿病を原因疾患とする血液透析患者がさらに増加することが予想される現状を考えると,眼科的合併症もますます深刻なものになると考えられる.患者のQOLを高めるためには,日常生活に必要な視機能を維持することが今後の課題である.最後に日本透析学会統計調査によると糖尿病の透析患者は老齢になると認知症の発症率が高いことが報告されている.60歳以上では非糖尿病群で1.8%,糖尿病群で3.3%,75歳以上では非糖尿病群で9.9%,糖尿病群で11.7%,そして90歳以上では非糖尿病群で23.0%,糖尿病群で33.6%と有意の差が認められている1).別の報告では視力低下は老齢期の認知症を進行させるという報告がある5).このことを考えると,特に糖尿病の透析患者は眼科,内科だけでなく精神科との連携を保って診察を続けることが必要と考えている.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)社団法人日本透析医学会ホームページ,http://www.jsdt.or.jp,図説わが国の慢性透析療法の現況,2010年末の慢性透析患者に関する基礎集計,p3-39,20122)松浦豊明,湯川英一,原嘉昭ほか:奈良県における維持血液透析患者の眼合併症.眼臨紀3:1154-1158,20103)永井紀博,篠田啓,木村至ほか:血液透析による後局部網膜の血流変化.眼紀52:557-559,20014)RamsellJT,EllisPP,PatersonCA:Intraocularpressurechangesduringhemodialysis.AmJOphthalmol72:926930,19715)原鮎美,松原こずえ,田海美子ほか:透析室における視覚障害者へのケア─眼科的愁訴とそのケア:ロービジョンケア─.臨床透析21:719-724,20056)RogersMA,LangaKM:Untreatedpoorvision:Acontributingfactortolate-lifedementia.AmJEpidemiol171:728-735,2010***1676あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(86)

白内障水晶体前囊片の過酸化物質総量の測定

2012年4月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(4):563.571,2012c白内障水晶体前.片の過酸化物質総量の測定岡本洋幸新井清美筑田眞獨協医科大学越谷病院眼科ConcentrationofHydroperoxideinCataractousLensHiroyukiOkamoto,KiyomiAraiandMakotoChikudaDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital目的:水晶体の過酸化度の判定に,過酸化水素,過酸化脂質の他,核酸や蛋白質の過酸化物も含めた過酸化物質総量を測定し,全身状態との関係を検討した.方法:白内障水晶体前.片の過酸化物質総量は,Freed-ROMs変法で測定し,糖尿病の有無,術前の総コレステロール,中性脂肪,尿酸,尿素窒素,蛋白質総量,年齢との関係を検討した.結果:水晶体前.中の過酸化物質総量は,diabetesmellitus(DM)>非DM,中性脂肪高値群>正常値群,尿酸高値群>正常値群で,各々有意差(各p<0.01)があった.水晶体の過酸化物質総量は,中性脂肪(r=0.41,p<0.05),尿酸値(r=0.50,p<0.01)と正の相関があった.その他は有意な相関および正常値群との差はなかった.結論:DM,中性脂肪高値群,尿酸高値群では水晶体への過酸化反応の密接な影響が今回新たに明らかになった.Weinvestigatedhydroperoxideconcentrationinanteriorcapsulesamples,includinglensepithelialcells(LECs)ofhumancataractouslenses.Theconcentrationofhydroperoxide,whosetotaloxidizedproductsincludehydrogenperoxide,lipidperoxide,oxidizedproteinandpolypeptide,oxidizednucleicacidandnucleotide,wasmeasuredusingaminormodificationoftheFreed-ROMstest(DiacronSrl).Westudieditinrelationtodiabetesmellitus(DM),cholesterol,triglyceride,uricacid,ureanitrogen,totalprotein,agebeforecataractsurgeryandhydroperoxideinthecataractouslens.ThehydroperoxideconcentrationwassignificantlyhigherintheDMgroupthaninthenon-DMgroup.Thehydroperoxideconcentrationinthehightriglycerideandinternaluseofhyperlipidemiatherapeuticagentgroup,andthehighuricacidandinternaluseofantipodagricgroupwerebothsignificantlyhigherthanineachnormalgroup(p<0.01).Thehydroperoxideconcentrationweresignificantlycorrelatedwithtriglyceride(r=0.41,p<0.05)anduricacid(r=0.50,p<0.01).Inothers,therewasnosignificantdifferenceorcorrelation.Itissuggestedthathydroperoxideinthehumancataractouslensisrelatedtopathologicallysystemicoxidation,suchasinDM;hightriglycerideandhighuricacidincreasesystemichydroperoxide.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(4):563.571,2012〕Keywords:過酸化物質,白内障水晶体,糖尿病,中性脂肪,尿酸,過酸化反応.hydroperoxide,cataractouslens,diabetesmellitus,triglyceride,uricacid,oxidation.はじめに白内障の発症と進行には過酸化反応が関与し1.4),水晶体における過酸化反応についての種々の報告がなされている.しかし,これまでの報告では,過酸化水素・superoxideなど活性酵素や,過酸化脂質,あるいはそれらに対する消去酵素などについて各々ターゲットを絞っての検討であり,全体的な過酸化の程度はいまだ判定されていない.近年,多価不飽和脂肪酸の過酸化物質の分解産物であるアルデヒドのmalondialdehyde(MDA)や4-hydroxyalkenal(HAE),4-hydroxynonenal(HNE)などを,組織中の酸化ストレスの誘導因子や過酸化脂質のマーカーとして使用した報告5,6)もあるが,水晶体中に存在するHNE,HAEの報告は筆者の知る限りヒトではなく,動物モデルのラットのみでの報告である.しかも,MDAやHAE,HNEは,あくまでも脂質過酸化由来のアルデヒド類(-COH)であり,脂質ではないため,過酸化脂質そのものの測定ではなく,また過酸化物質(-OOH)でもないため,脂質の過酸化を間接的に反映する物質にすぎず,過酸化反応全体を反映している物質で〔別刷請求先〕岡本洋幸:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:HiroyukiOkamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minami-Koshigaya,KoshigayaCity,Saitama343-8555,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(129)563 はない.また,水晶体のMDAやHAE,HNEと,血液中の脂質,尿酸などの値との関係を検討した報告はない.過酸化反応は脂質だけでなく,蛋白質・核酸など多様な物質に生じることが知られており7),水晶体の過酸化の程度を判定するためには,過酸化水素・過酸化脂質の他,核酸や蛋白質・ポリペプチドの過酸化物質も含めた過酸化物質総量の測定もまた重要と考えられる.そこで,過酸化水素,過酸化脂質の他,核酸・蛋白質・ポリペプチド・ペプチド・アミノ酸などの過酸化物質の総量の測定が可能な方法を用い,一部の過酸化物質に注目するのではなく過酸化物質総量を測定することで,白内障と過酸化反応の関連性の精査を目的とし,白内障眼の水晶体前.片における過酸化物質総量と,術前の糖尿病の有無,総コレステロール,中性脂肪,尿酸,尿素窒素,蛋白質総量,年齢との関係について,それぞれ検討を行った.I対象および方法1.対象対象は,超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した白内障眼の水晶体33例(71.3±8.1歳)で,研究の趣旨を説明し本人の同意を得たうえで研究を行った(獨協医科大学越谷病院生命倫理委員会承諾番号越谷22025).2型糖尿病(diabetesmellitus:以下DM)の有無の2群について,また総コレステロール,中性脂肪,尿酸,尿素窒素については,正常値群と,高値および治療薬内服群の2群に分けて比較検討した.術前に採血し,DM群は空腹時血糖126mg/dl以上,コレステロールの高値群は220mg/dl以上,中性脂肪の高値群はトリグリセライド150mg/dl以上,尿酸の高値群は8.5mg/dl以上,尿素窒素の高値群は22mg/dl以上とした.内訳はDM16例(69.6±8.1歳)・非DM17例(72.9±8.0歳),コレステロール高値および高脂血症薬内服16例(66.7±8.3歳)(そのうち高脂血症薬内服5例71.4±7.3歳,高脂血症薬非内服のコレステロール高値11例64.5±8.2歳)・正常値17例(75.7±4.8歳),中性脂肪高値および高脂血症薬内服20例(71.2±8.2歳)(そのうち高脂血症薬内服5例71.4±7.3歳,高脂血症薬の非内服の中性脂肪高値15例71.1±8.7歳)・正常値13例(71.5±8.2歳),尿酸高値および痛風治療薬内服5例(73.6±5.9歳)(そのうち痛風治療薬内服2例71.0±7.1歳,痛風治療薬非内服の尿酸高値3例75.3±5.8歳)・正常値28例(70.9±8.4歳),尿素窒素高値7例(71.1±7.7歳)・正常値26例(71.4±8.3歳)である.2.方法白内障手術時に摘出した水晶体の前.片は,速やかに窒素ガス充.し,.40℃で測定まで保管した.水晶体の前.片はビーズホモジナイザーのMagNALyser(ロシュ・ダイアグノスティックス社)でホモジナイズ後,遠心分離し,上清564あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012前.片に生理食塩水を500μl分注↓MagNALyserで破砕(6,500rpm50秒,1分冷却,6,500rpm50秒,2分冷却)↓17,000×g,4℃にて5分遠心分離↓上清を分取↓Freed-ROMs試薬(DiacronSrl社)で過酸化物質総量を測定上清(20μl)+Buffer(125μl)を注入し混和↓Roomtemp.,5分↓クロモゲン呈色液(2μl)注入し1.2秒混和↓37℃,経時的(0,3,5,10,20,30,45,60分)にOD545で測定図1水晶体前.片の過酸化物質総量の測定方法を過酸化物質総量の測定に供した.過酸化物質総量はFreed-ROMstest試薬(DiacronSrl社,Grosseto,Italy)8.10)を用いて測定した.この試薬は過酸化物質に反応して発色するクロモゲン(N,N-ジエチルパラフェニレンジアミン)10)呈色液を用い,血清中の過酸化物質の測定用に開発されているが,20μlの微量容量および5UCARR以下の微量の過酸化物質用に測定方法を一部改変し測定を行った.詳しい測定プロトコルは図1に記載した.この発色色素のクロモゲンは,過酸化水素・過酸化脂質の他,核酸や蛋白質およびポリペプチドの過酸化物も含めた過酸化物質全般に反応し,この原理を応用して過酸化物質総量の測定をしている.水晶体前.片の過酸化物質総量は,術前の糖尿病の有無,総コレステロール,中性脂肪,尿酸,尿素窒素,蛋白質総量,年齢との関係について検討を行った.術前血糖値はヘキソキナーゼ・グルコース-6-リン酸脱水素酵素法(リキテックRグルコース・HK・テスト,ロシュ・ダイアグノスティックス社)11),総コレステロールはコレステロールエステラーゼ・コレステロールオキシダーゼ・ペルオキシダーゼ法(コレステストRCHO,積水メディカル社)12,13),中性脂肪のトリグリセライドはリポプロテインリパーゼ・グリセロールキナーゼ・グリセロール-3-リン酸オキシダーゼ・ペルオキシダーゼ法(コレステストRTG,積水メディカル社)14),尿酸はウリカーゼ・ペルオキシダーゼ法(デタミナーLUAR,協和メデックス社)15),尿素窒素はウレアーゼUV・アンモニア消去法(デタミナーLUNR,協和メデックス社)16),蛋白質総量はビウレット法(アクアオートRTP-II試薬,カイノス社)17)で各々測定した.結果の解析については,2群の比較は対応のないt検定とPearsonの相関係数を用い,3群比較はKruskal-Wallisの検定を用い,その後の多重比較は(130) Scheffeによる分析を行い,危険率5%以下を有意とした.過酸化物質総量との相関関係ついては,治療薬の内服によりコレステロール,中性脂肪,尿酸の値は内服していない場合より低く抑えられている可能性があるため,コレステロールと中性脂肪は高脂血症薬内服の5例,尿酸は痛風治療薬内服の2例を各々除外して検討した.そのため,過酸化物質総量とコレステロールあるいは中性脂肪との相関関係についての対象は,高脂血症薬内服例を除いた28例(71.3±8.3歳),過酸化物質総量と尿酸との相関関係についての対象は,痛風治療薬内服例を除いた31例(71.4±8.2歳)である.II結果1.水晶体前.における過酸化物質総量の量的比較a.DMの有無での比較水晶体前.中の過酸化物質総量および術前血糖値は,非DM群に比べDM群で有意に高値を示した(p<0.01)(図2-a,b).b.血中脂質の異常の有無での比較①コレステロールコレステロール高値および高脂血症薬内服群の水晶体前.中の過酸化物質総量は,正常値群との有意差はなかった〔図a:過酸化物質総量b:術前血糖値****3.03000.5500DM+DM-**:p<0.010DM+DM**:p<0.01Mean±SD2.5250血糖値(mg/dl)d-ROMs(UCARR)2.0200図2DMの有無による水晶体前.中の過酸化物質総量(a)および術前血糖値(b)の変化1.51501.0100(1)a:過酸化物質総量b:コレステロール濃度**3.02.52.01.51.00.5300250200150100500コレステロール(mg/dl)d-ROMs(UCARR)図3コレステロールの違いによる水晶体前.中の過酸化物質総量0高値および高脂正常値群高値および高脂正常値群(a)および各群の血液中のコレ血症薬内服群血症薬内服群**:p<0.01ステロール濃度(b)の変化コレステロールMean±SD(1)コレステロール高値および高脂血症薬内服群と,コレステロール正(2)a:過酸化物質総量b:コレステロール濃度常値群との2群比較.****(2)コレステロール高値群(高脂血症3.0コレステロール(mg/dl)300*薬内服例),高脂血症薬内服群,コレステロール正常値群との3群比較.d-ROMs(UCARR)2.52.01.51.00.52502001501005000高値群高脂血症薬正常値群高値群高脂血症薬正常値群(内服例削除)内服群(内服例削除)内服群*:p<0.05*:p<0.05.**:p<0.01Mean±SDコレステロール(131)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012565 3(1)-a〕.しかし,高脂血症薬内服の有無について分け,コレステロール高値群,高脂血症薬内服群,コレステロール正常値群の3群比較を行ったところ有意差があり(p<0.05)〔図3(2)-a〕,その後の多重比較で,コレステロール高値群と高脂血症薬内服群,コレステロール正常値群と高脂血症薬内服群で有意差があり(各p<0.05),高脂血症薬内服群で水晶体前.中の過酸化物質総量が有意に高値であった〔図3(2)-a〕.各群のコレステロール濃度は,コレステロール高値および高脂血症薬内服群と正常値群の2群比較で有意差があり(p<0.01)〔図3(1)-b〕,コレステロール高値群,高脂血症薬内服群,正常値群の3群比較でもp<0.01で有意差があり,その後の多重比較で,コレステロール高値群と正常値群(p<0.01),高脂血症薬内服群と正常値群(p<0.05)で有意差があった〔図3(2)-b).②中性脂肪中性脂肪高値および高脂血症薬内服群の水晶体前.中の過酸化物質総量は,正常値群に比べ有意に高値を示した(p<0.01)〔図4(1)-a〕.また,高脂血症薬内服の有無についても分けて,中性脂肪高値群,高脂血症薬内服群,中性脂肪正常値群の3群比較では有意差があり(p<0.01)(図4(2)-a〕,(1)a:過酸化物質総量**3.0350その後の多重比較で,中性脂肪正常値群と中性脂肪高値群(p<0.01),中性脂肪正常値群と高脂血症薬内服群(p<0.05)の水晶体前.中の過酸化物質総量に有意差があった〔図4(2)-a〕.各群の中性脂肪の濃度は,中性脂肪高値および高脂血症薬内服群と中性脂肪正常値群の2群比較では,中性脂肪高値および高脂血症薬内服群が,中性脂肪正常値群に比べ有意に高値であった(p<0.01)〔図4(1)-b〕.中性脂肪高値群,高脂血症薬内服群,中性脂肪正常値群の3群比較で有意差があり(p<0.01)〔図4(2)-b〕,その後の多重比較で,中性脂肪正常値群と高脂血症薬内服群は有意差はないが,高脂血症薬内服群と中性脂肪高値群(p<0.05),中性脂肪正常値群と中性脂肪高値群(p<0.01)で有意差があった〔図4(2)-b〕.c.血中尿酸および尿素窒素の異常の有無での比較①尿酸尿酸高値および痛風薬内服群の水晶体前.中の過酸化物質総量は,正常値群に比べ有意に高値を示した(p<0.01)(図5(1)-a〕.尿酸高値および通風薬内服群のうち,尿酸高値群(痛風薬内服例削除)と,通風薬内服群では,過酸化物質総量の有意差はなく,尿酸高値群,通風薬内服群,尿酸正常値群の3群比較では,有意差があった(p<0.05)(図5(2)-a〕.b:中性脂肪濃度**中性脂肪(mg/dl)d-ROMs(UCARR)2.52.01.51.00.530025020015010050高値および高脂正常値群0高値および高脂正常値群図4中性脂肪の違いによる水晶体前血症薬内服群**:p<0.01血症薬内服群**:p<0.01.中の過酸化物質総量(a)およMean±SDび各群の血液中の中性脂肪濃度中性脂肪(b)の変化(2)a:過酸化物質総量b:中性脂肪濃度(1)中性脂肪高値および高脂血症薬内服群と,中性脂肪正常値群との2****群比較.**(2)中性脂肪高値群(高脂血症薬内服3.0350中性脂肪(mg/dl)d-ROMs(UCARR)例削除),高脂血症薬内服群,中300性脂肪正常値群との3群比較.25020015010050高値群高脂血症薬正常値群0高値群高脂血症薬正常値群(内服例削除)内服群(内服例削除)内服群*:p<0.05.**:p<0.01*:p<0.05.**:p<0.01Mean±SD中性脂肪566あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(132) (1)a:過酸化物質総量b:尿酸濃度3.5**3.02.52.01.51.00.5高値および121086420尿酸(mg/dl)d-ROMs(UCARR)0高値および正常値群正常値群図5尿酸の違いによる水晶体前.中の痛風薬内服群**:p<0.01痛風薬内服群過酸化物質総量(a)および各群のMean±SD血液中の尿酸濃度(b)の変化尿酸(1)尿酸高値および痛風薬内服群と,尿酸正常値群との2群比較.(2)a:過酸化物質総量b:尿酸濃度(2)尿酸高値群(痛風薬内服例削除),痛3.5**0高値群痛風薬内服群正常値群121086420尿酸(mg/dl)高値群d-ROMs(UCARR)d-ROMs(UCARR)風薬内服群,正常値群との3群比較.図6尿素窒素の違いによる水晶体前.中の過酸化物質総量(a)および各群の血液中の尿素窒素濃度(b)の変化3.02.52.01.51.00.5痛風薬内服群正常値群(内服例削除)*:p<0.05(内服例削除)*:p<0.05Mean±SD尿酸a:過酸化物質総量b:尿酸窒素濃度3.035**尿素窒素(mg/dl)302.52.01.51.00.52520151050高値群各群の尿酸濃度は,高値および痛風薬内服群と正常値群の2群比較では有意差はなかった〔図5(1)-b〕が,尿酸高値群,痛風薬内服群,正常値群の3群比較では有意差があり(p<0.05)〔図5(2)-b〕,その後の多重比較で,尿酸高値群(痛風薬内服例削除)が正常値群に比べ有意に高値であった〔図5(2)-b〕.②尿素窒素尿素窒素については,血液中の尿素窒素の濃度は,尿素窒素高値群と正常値群で有意差があった(p<0.01)が,水晶体前.中の過酸化物質総量は,尿素窒素高値群と正常値群で有意差はなかった(図6-a,b).(133)正常値群0高値群正常値群**:p<0.01Mean±SD尿素窒素2.水晶体前.中の過酸化物質総量と,血液中の脂質・尿酸など各測定項目および年齢との相関関係水晶体前.中の過酸化物質総量と血液中の各測定項目および年齢との相関関係については,水晶体前.中の過酸化物質総量と血液中の中性脂肪(r=0.41,p<0.05),過酸化物質総量と尿酸値(r=0.50,p<0.01)は,各々正の相関がみられた(図7-b,c).水晶体前.中の過酸化物質総量は,血液中の総コレステロール,尿素窒素,蛋白質総量,年齢との相関はなかった(図7-a,d.f).あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012567 abcd-ROMs(UCARR)3.02.52.01.51.00.500100200300400コレステロール(mg/dl)3.02.52.01.51.00.50d-ROMs(UCARR)0100200300400中性脂肪(mg/dl)3.53.02.52.01.51.00.50d-ROMs(UCARR)0246810246810尿酸(mg/dl)00102030403.02.52.01.51.00.50d-ROMs(UCARR)0e3.02.52.01.51.00.50d-ROMs(UCARR)405060708090100fr=0.41p<0.05r=0.50p<0.01d3.0d-ROMs(UCARR)2.52.01.51.00.5尿素窒素(mg/dl)蛋白質総量(g/dl)年齢(歳)図7血液中のコレステロール(a),中性脂肪(b),尿酸(c),尿素窒素(d),蛋白質総量(e)および年齢(f)と,水晶体前.中の過酸化物質総量との相関関係III考按糖尿病白内障の水晶体では高血糖の持続によりglycationが進行し,スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)など抗酸化酵素もglycationされて不活性化するため過酸化反応が進行しやすく,glycationの後期反応産物であるadvancedglycationendproducts(AGEs)のうち,glycationにoxidationが関与して産生されるglycoxidationの産物であるペントシジンの増加が報告されている18).また,糖尿病白内障では加齢白内障に比べ過酸化脂質や過酸化水素が高値であること1,19)や,水晶体の過酸化脂質は,糖尿病白内障では同年齢層の加齢白内障に比較して約2倍に増量している報告もある20).核酸も過酸化反応により非特異的な切断・変異などが生じることが知られており,核酸の過酸化物質としては,DNAの構成塩基の一種であるデオキシグアノシンの過酸化物の一種である8-OHdG(8-hydroxydeoxyguanosine)がよく知られている.8-OHdGは過酸化反応によるDNA損傷の指標としてさまざまな報告があり,ヒト水晶体上皮細胞でもDNA損傷のマーカーとして用いられている21).蛋白質・ポリペプチド・ペプチド・アミノ酸の過酸化物質については,システイン・メチオニン・チロシン・トリプトファン残基が,活性酸素による非酵素的・非特異的な変成,切断,凝集などによりさまざまな過酸化物が生じる.血液中には血漿蛋白質由来のadvancedoxidationproteinproducts(AOPP)11)などの他,さまざまな蛋白質の過酸化物が存在し,過酸化反応によるリジン・アルギニン残基のカルボニル化修飾も知られ,蛋白質だけでなく,酸化型のポリペプチドやアミノ酸も存在する.水晶体では,SH基を含む含硫アミノ酸のシステイン・メチオニン残基については,コントロール群に比べ白内障群のSH基の有意な低下22)や,過酸化反応による蛋白質・ペプチドの含硫アミノ酸の低下とS-S結合性架橋の増加と蛋白質の不水溶化,トリペプチドの還元型グルタチオン(GSH)から酸化型グルタチオン(GS-SG)への移行など,SH基の過酸化によるさまざまな報告23)がある.その他,トリプトファン残基の過酸化などによる水晶体の自発蛍光の増加と不水溶性蛋白質の増加23,24)や,リジン・アルギニン残基の過酸化によるカルボニル化修飾としてAGEs性架橋物質の一種のペントシジンも白内障眼の水晶体に存在18)し,過酸化反応によりS-S結合性架橋に加えAGEs性架橋も増加することが蛋白質の凝集による不水溶化など酸化変性を生じる一因と考えられている.このようにさまざまな過酸化反応の指標や現象が,各々個別あるいは数種を組み合わせての報告はなされているが,脂質・蛋白質・ペプチド・核酸などに生じたさまざまな過酸化物質の各々の値ではなく,totalとして全体的な過酸化の程度を捉えることも非常に重要であると考え,今回筆者らは白内障水晶体の過酸化物質の総量を初568あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(134) めて明らかにした.本研究結果から,DM群では,水晶体前.片における過酸化物質総量が非DM群に比較し有意に高値であることが確認された.そのため,水晶体の前.においても過酸化反応が進行し,過酸化脂質・過酸化水素だけでなく,核酸や蛋白質・ポリペプチドの過酸化物質も増加している可能性が高いと考えられる.「はじめに」に記載した水晶体中に存在するHNE,HAEについての動物モデルのラットの報告では,ストレプトゾトシン誘発の糖尿病ラットの水晶体中のMDA,あるいはMDAとHAEは,双方ともコントロールに比べ有意に高値であること5)や,抗酸化酵素の低下により活性酸素が発生しやすいラットで,水晶体中のHNEがコントロールに比べて有意に多く存在すること6)などが報告されている.そのラットは,ガラクトース白内障モデルのラットからグルコースの調節を上昇させて血糖値は正常であるが,ヘキソース輸送ポートの変異機能があり,活性酸素の亢進により細胞内にグルコースその他の六単糖が蓄積するといわれている.これらの報告と本検討では種が異なり,また前述のようにMDA,HNE,HAEは過酸化脂質の代謝産物のアルデヒドで,過酸化物質そのものではないため,過酸化物質の全体の量について検討した本研究結果と直接の比較はできないが,同様の傾向を示し,特に,その抗酸化酵素の低下しているラットでは,過酸化反応により断片化し変性したDNAの増加も確認されていて,細胞内の高レベルの活性酸素により,酸化された蛋白質,過酸化脂質,DNAの酸化変性によって細胞の構造や機能が障害され白内障になると考えられており6),本研究結果を裏付ける報告と考えられる.つぎに全身状態の水晶体に与える影響についてであるが,中性脂肪が高値である高脂血症や動脈硬化などでは過酸化反応が進行することが知られており25),今回の水晶体前.片の過酸化物質総量が血中の中性脂肪と正の相関を示し,中性脂肪高値・高脂血症薬内服群で正常値群に比べ有意に高値であるという結果は,血中の中性脂肪が高値であるほど水晶体前.片の過酸化物質総量が高値であり,水晶体の過酸化の程度は全身の過酸化反応の影響を密接に受けているものと考えられた.コレステロールについては,対象全体の検討では水晶体前.中の過酸化物質総量との相関はなかったが,高脂血症薬内服群で水晶体前.中の過酸化物質総量が有意に高値であるという興味深い結果が得られた〔図3(2)-a〕.高脂血症薬内服群では,中性脂肪に着目して分けた場合も,水晶体前.中の過酸化物質総量が正常値群に比較して有意に高値であるという同様の結果が得られており,高脂血症薬の内服が必要となるほど血中脂質が高値であった場合は,水晶体前.でも過酸化がかなり進行していることが示唆された.脂質の組織への輸送は正常な視機能の維持のために必須であるといわれ(135)ており,血液中の脂質は水溶性のアポ蛋白質と結合したリポ蛋白質として輸送され,リポ蛋白質のうちのHDL(高比重リポ蛋白質)はヒト房水中で存在が確認されている26).本学でも白内障眼の房水と水晶体でリポ蛋白質の一種のLp(a)の存在27)や,水晶体では加齢白内障に比べ糖尿病白内障でLDL(低比重リポ蛋白質)とVLDL(超低比重リポ蛋白質)が増加していることを報告している28).ヒトの血漿リポ蛋白質のおもな脂質はすべて房水中にも存在し,ヒト白内障眼の房水中では,中性脂肪のトリグリセライド2.0mg/dl,遊離型とエステル型を含めた総コレステロール10.7mg/dlの他,リン脂質2.5mg/dlや脂肪酸1.1mg/dlの存在が報告されている29).糖尿病では血液中の中性脂肪のコントロールが悪い例が多く30),高頻度に高脂血症を伴い,動脈硬化性疾患を合併しやすいこと31),健常者に比べトリグリセライドが有意に高いことも報告されており32),高カロリー・高脂質の状態では,肥大した脂肪細胞から遊離脂肪酸,TNF-a(腫瘍壊死因子a),resistenなどのインスリン抵抗性を惹起する分子の大量生産と分泌が生じ,肝細胞への脂肪蓄積によりインスリン抵抗性が増して肝機能および脂質代謝の異常を惹起することが知られ,糖尿病における高脂血症および肝機能障害33)も報告されており,これらの生活習慣病が水晶体においても,単独あるいは相互に水晶体の過酸化状態に影響を与えていることが本研究結果から明らかとなった.痛風など尿酸が高値であるものでは,過酸化反応の進行が報告されており34),本研究結果においても,水晶体の前.片の過酸化物質総量と血中の尿酸値が有意な正の相関を示し,尿酸高値・痛風薬内服群が正常値群に比べ過酸化物質総量が有意に高値であったことは,糖尿病,中性脂肪と同様に,尿酸についても全身の過酸化反応の影響が水晶体にも及んでいることが考えられる.例数が少ないため,参考資料としてであるが,尿酸高値群,痛風薬内服群,尿酸正常値群で有意差があったことも,尿酸と水晶体の過酸化反応との関連を支持する結果であると考えられる.一方,尿酸は抗酸化物質の一種ともいわれていて,尿酸の抗酸化の機序としては,尿酸はFe3+の鉄イオンと安定な複合体を形成して遊離のFe3+が触媒するl-アスコルビン酸の酸化や脂質の過酸化を阻止し35),遊離の鉄イオンが触媒するフェントン反応により発生するHO・や,一重項酸素などの生成の抑制も示唆されている.しかし,尿酸の抗酸化作用の報告はほとんどがinvitroの系であり,生体内でのinvivoの系としてはまだ見解が定まっていない.その大きな要因としては,尿酸はその生成段階で,フリーラジカルの一種のsuperoxideを産生してしまうため,単純に抗酸化物質として捉えることはできない.尿酸は,血液・尿・肝臓などに含まれる酸化プリンを尿酸に変化させる酸化酵素のキサンチンあたらしい眼科Vol.29,No.4,2012569 オキシダーゼによってヒポキサンチンやキサンチンから生成され,この過程で同時に産生されるsuperoxideや,さらにsuperoxideから派生した一重項酸素の過酸化反応により過酸化脂質の生成が認められており36),血清過酸化脂質量が多いほど血清尿酸値も高値を示すと報告されている34).水晶体では,鉄イオンだけでなく,同様に過酸化反応を進行させる銅イオンと白内障の混濁部位との関係が報告されており37),糖尿病者の白内障水晶体では,銅イオンの増加も報告されている38).銅イオンはグルタチオンと錯体を形成し,そのグルタチオンの銅錯体は糖尿病者の白内障水晶体からも検出されている39).遊離の銅イオンは,鉄イオンと同様に,HO・を生成するフェントン様反応やl-アスコルビン酸の酸化や脂質の過酸化反応を触媒するが,グルタチオンによる銅との錯体の形成でこれらの過酸化反応の進行が阻止され,尿酸による鉄イオンとの複合体形成による抗酸化作用と似ている.しかし,決定的に異なる点は,尿酸はその形成過程でsuperoxideが産生されてしまうが,還元型グルタチオンはそれ自体がsuperoxide消去物質の一種で,グルタチオン-銅錯体になるとさらに高いsuperoxide消去能をもつ強力な抗酸化剤である40)というところで,糖尿病白内障では還元型グルタチオンの低下も報告されている1,19).これらの報告から,尿酸は房水を介して,水晶体内で増加した鉄イオンに対処するため能動輸送,あるいは非能動的な流入が考えられるが,尿酸の形成過程でsuperoxideが産生され,そこから派生した一重項酸素などによりさらに過酸化反応が進行し,水晶体前.の過酸化物質総量と正の相関を示した可能性が考えられる.また,水晶体では尿酸だけでは増加した鉄イオンと複合体を形成しきれなくて遊離のFe3+が発生し,そのFe3+を介してl-アスコルビン酸の酸化や脂質の過酸化,フェントン反応によるHO・の発生や,一重項酸素の増加により,過酸化反応が脂質・核酸・蛋白質・ポリペプチドなど広範囲に進行した可能性も推察された.このことから,血液中の尿酸値と水晶体の過酸化物質総量が有意な相関を示したと考えられる.一方,血液中の尿酸がどのようにして血液を介さない水晶体に影響するかであるが,水晶体は,代謝維持のために物質を水晶体内で生合成するほかに,硝子体や房水の影響を強く受けている1).白内障ではなく,正常値群での検討であるが,尿酸の血漿中濃度は3.3.6.5mMで,房水中の濃度は4.1mMと報告されており41),正常時には,房水中の尿酸濃度は血漿濃度の範囲内にあるようである.また,正常者では房水中のグルコース濃度は血漿中の60.70%と報告されている41).しかし,房水は血液の影響を強く受けるため,種々の病的因子により血液成分が変動すると房水の組成も変化する42).血液網膜柵や血液房水柵が老化や炎症などにより破綻すると,硝子体,570あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012房水への物質移動調整機構は崩壊し,糖尿病では血液房水柵が破綻していることが多く,房水中に移行しやすいとも報告されている38),非糖尿病でも過酸化反応が進行すると,oxidationにより血液房水柵が破綻する可能性が高いと考えられるため,今回,血液中の尿酸値が高値であった例では,同様に房水中の尿酸値も高くなっている可能性が高いと考えられる.一方,血液房水柵が破綻していない場合としては,房水内あるいは水晶体内での過酸化反応消去過程の一環として尿酸が関与し,眼外への排出過程として血液中に尿酸が排出されている可能性も考えられる.水晶体内で進行した過酸化反応の程度を反映して水晶体における過酸化物質の総量が増加し,その過酸化反応に対するフィードバック作用として,l-アスコルビン酸の酸化や脂質過酸化を抑制するためにFe3+の鉄イオンと複合体を形成する尿酸の水晶体中の濃度が増加し,鉄イオンと複合体を形成した尿酸を,房水-血液を介して体外へ排出するための過程として,血液中の尿酸の濃度が増加していることも考えられ,水晶体中の過酸化反応の程度と血液中の尿酸の関連性がみられた可能性も推察される.以上,水晶体での過酸化物質総量は,DM群,中性脂肪・尿酸の高値群で有意に高値で,中性脂肪・尿酸値と正の相関があり,DM32)や中性脂肪25)・尿酸36)の高い例では,全身的に過酸化反応が進行しているといわれているため,全身的な過酸化の状態と,水晶体前.における過酸化物質の変動は密接に関与していることを本研究にて新たに明らかにした.稿を終えるにあたり,本研究において御教示賜りました獨協医科大学越谷病院眼科門屋講司准教授,原眼科病院原岳先生,ローマ大学のEugenioLuigiIorio名誉教授に深謝致します.本論文の要旨は第49回日本白内障学会総会において報告した.文献1)小原喜隆:活性酵素・フリーラジカルと白内障.日眼会誌99:1303-1341,19952)TruscottRJ:Age-relatednuclearcataract-oxidationisthekey.ExpEyeRes80:709-725,20053)BosciaF,GrattaglianoI,VendemialeGetal:Proteinoxidationandlensopacityinhumans.InvestOphthalmolVisSci41:2461-2465,20004)門屋講司:酸化ストレスと水晶体混濁.あたらしい眼科15:631-634,19985)ObrosovaIG,FathallahL:Evaluationofanaldosereductaseinhibitoronlensmetabolism,ATPasesandantioxidativedefenseinstreptozotocin-diabeticrats:aninterventionstudy.Diabetologia43:1048-1055,20006)StefaniaM,RudolfIS,CraigAetal:Cataractformationinastrainofratsselectedforhighoxidativestress.ExpEyeRes79:595-612,2004(136) 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統合失調症,HIV 感染症,糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1 例

2011年10月31日 月曜日

1464(96あ)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1464?1467,2011cはじめに統合失調症患者においては糖尿病や耐糖能異常が一般の頻度よりも高く1),また治療薬である抗精神病薬の副作用にも糖尿病や脂質異常症がある2?6).またヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症治療薬の副作用にも脂質異常症と糖尿病があり7?9),これらの疾患に糖尿病などのメタボリック・シンドロームが合併すると治療がむずかしくなる.今回,統合失調症・HIV感染症・糖尿病・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した症例を経験したので報告する.I症例患者:34歳(1965年生),男性.主訴:眼科的精査.初診:1999年8月27日.現病歴:1998年にHIV陽性が判明した.また1999年に前病院で血糖値が150mg/dlで要注意と指摘されたが,医師との折り合いが悪く通院中断となった.精査希望で当院エイズ治療・研究開発センターを受診し,眼科検査目的に初診となった.〔別刷請求先〕武田憲夫:〒162-8655東京都新宿区戸山1-21-1国立国際医療研究センター病院眼科Reprintrequests:NorioTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,Hospital,NationalCenterforGlobalHealthandMedicine,1-21-1Toyama,Shinjuku-ku,Tokyo162-8655,JAPAN統合失調症,HIV感染症,糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1例武田憲夫中村洋介国立国際医療研究センター病院眼科ACaseofDiabetesMellituswithSchizophrenia,HIVInfectionandDiabeticRetinopathyNorioTakedaandYosukeNakamuraDepartmentofOphthalmology,Hospital,NationalCenterforGlobalHealthandMedicine統合失調症・ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1例を報告する.症例は34歳,男性で,生活習慣改善ができず,受診中断が多く糖尿病のコントロールは不良であった.40歳時に食欲不振で血糖値と中性脂肪値が低下した.しかし以後,非定型抗精神病薬による治療開始および多剤併用療法の開始により血糖コントロールは再び不良となり,中性脂肪値も増加した.視力は良好であるが糖尿病網膜症は両眼とも福田分類A2で,黄斑症もみられた.医師-患者関係が不良で治療に対する十分な協力が得られず,また統合失調症とHIV感染症の治療薬の副作用および統合失調症の病状の変動により糖尿病の治療が困難であった.Acaseofdiabetesmellituswithschizophrenia,humanimmunodeficiencyvirus(HIV)infection,dyslipidemiaanddiabeticretinopathyisreported.Thepatientisa34-year-oldmalewithpoordiabeticcontrolwhocouldnotimprovehislifestyleandinterruptedhospitalvisitfrequentlyfromhisfirstvisit.Bloodsugarandtriglyceridelevelslaterdecreasedduetoanorexiaatage40,butafterinitiationoftherapywithatypicalantipsychoticsandhighlyactiveantiretroviraltherapy,diabeticcontroldeterioratedandbloodtriglyceridelevelagainincreased.Moderatenonproliferativediabeticretinopathyandmoderatediabeticmacularedemawerepresentinbotheyes,butvisualacuitywasgoodinbotheyes.Thelackofdoctor-patientrelationship,thepoorcooperationwithtreatment,thesideeffectsofthedrugsusedtotreattheschizophreniaandHIVinfection,andthechangeinthepatient’sconditionwithschizophreniamadethediabetesmellitustherapydifficult.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1464?1467,2011〕Keywords:糖尿病,統合失調症,HIV感染症,糖尿病網膜症,脂質異常症.diabetesmellitus,schizophrenia,HIVinfection,diabeticretinopathy,dyslipidemia.(97)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111465既往歴:小学生時に虫垂炎,喘息,22?23歳時頃に梅毒,30?31歳時頃に腹部?背部の帯状疱疹.1998年に顔面の粉瘤もしくは毛?炎とA型肝炎.社会歴:飲食店勤務で多量飲酒.同性間の性的接触.家族歴:父方祖父が高血圧・糖尿病.父方叔父がくも膜下出血.母方にも糖尿病の家族歴の疑い.緑内障.初診時眼科所見:異常はみられなかった.初診時内科所見:血糖値は184mg/dl,ヘモグロビン(Hb)A1C値は7.7%,中性脂肪値は172mg/dl,血圧は128/75mmHgであった.本人の申し出によると身長は180cm,体重は95kgであった.経過:HbA1C値と中性脂肪値の推移を図1,2に示す.腹部超音波検査では脂肪肝,胆?ポリープ,脾腫がみられた.2000年に口唇ヘルペス,2001年に足白癬,結膜炎に罹患した.またアルコール性肝障害もみられた.初診時以降2005年まで糖尿病に対しては食事療法を行ったが,生活習慣改善がみられず,また医師とのトラブルや受診中断が多く,HbA1C値は7.3?9.0%,中性脂肪値は224?699mg/dlであった.2005年には統合失調症の診断を受けた.この時点まで糖尿病網膜症はみられなかった.2006年に食欲不振・不眠・引きこもり・悪夢・幻聴が起こり,飲酒量は減少し,体重も10kg減少した.中断を経て受診したときのHbA1C値は6.1%,中性脂肪値は65mg/dlと低下していた.統合失調症に対しリスペリドン(リスパダールR)による薬物療法が開始された.2007年にHbA1C値は7.5%まで上昇し,右顔面帯状疱疹・口唇ヘルペス・尿酸値上昇・胆石・約半年前の転倒による頸椎症性神経根症・両眼の糖尿病網膜症(網膜出血,硬性白斑,福田分類A2)(図3)がみられた.またリスペリドン(リスパダールR)がオランザピン(ジプレキサR)に変更された.2008年にHbA1C値は9.1%まで上昇し,両眼底に硬性白斑の増加がみられた(図4).2009年にはミグリトール(セイブルR)が糖尿病・代謝・内分泌科で開始されたが,医師との折り合いが悪く1カ月後に自己判断で中止となった.血圧も130?150/90?100mmHgと上昇した.しかし再度引きこもりとなりHbA1C値は6.8%まで低下した.年次1999.62000.12001.12002.12003.12004.12005.12006.12007.12008.12009.12010.12011.12011.41098765HbA1C値(%)図1HbA1C値の推移年次1999.62000.12001.12002.12003.12004.12005.12006.12007.12008.12009.12010.12011.12011.47006005004003002001000中性脂肪値(mg/dl)図2中性脂肪値の推移図32007年2月19日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)1466あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(98)以後CD4陽性Tリンパ球数が233/μlまで低下したため,2010年にラミブジン・アバカビル硫酸塩(エプジコム配合錠R)・ホスアンプレナビル(レクシヴァR)とリトナビル(ノービア・ソフトカプセルR)による多剤併用療法が開始された.またオランザピン(ジプレキサR)がアリピプラゾール(エビリファイR)に変更された.HbA1C値は8.9%まで上昇し,10月にグリメピリド(アマリールR)がエイズ治療・研究開発センターで開始された.糖尿病・代謝・内分泌科を受診しておらず,整形外科とも折り合いが悪くなっている.2011年現在HbA1C値は8.0%であり,糖尿病網膜症は福田分類A2のままであるが,現在もなお経過観察中である.II考按統合失調症とメタボリック・シンドロームの関係について,渡邉ら10)は統合失調症患者では一般人口と比較してメタボリック・シンドローム発症のリスクが高くなると考えている.その理由として,統合失調症に罹患したことによって起こる脂肪摂取増加や運動量低下といった生活習慣の変化,視床下部-下垂体-副腎系の調節障害,統合失調症とメタボリック・シンドローム構成因子との間の共通の遺伝学的背景,内臓脂肪蓄積やインスリン抵抗性増大といった内分泌学的変化などの要因が,単独あるいは複合的に関与すると考えている.また金坂ら11)は統合失調症患者では,耐糖能異常と2型糖尿病のリスクが高まっていることは抗精神病薬出現以前から知られていたとしている.実際Subramaniamら1)は統合失調症患者においては糖尿病が16.0%,耐糖能異常が30.9%にみられ,一般の頻度より多かったと報告している.一方で抗精神病薬治療の副作用に糖代謝異常がある.フェノチアジン系のクロルプロマジンやブチロフェノン系のハロペリドールなどが定型抗精神病薬であり,日本では1996年に発売になったリスペリドン以降の第二世代の抗精神病薬が非定型抗精神病薬である.最近では非定型抗精神病薬がおもに使用されているが,耐糖能異常・2型糖尿病の発症や増悪・高血糖性ケトアシドーシスの発症が1990年に報告され,その後も非定型抗精神病薬内服中の糖代謝異常の報告が相次ぎ,世界中で統合失調症・抗精神病薬治療・糖尿病の関係が議論されるようになってきた11).本症例は初診時飲食店勤務で多量飲酒などの生活習慣を改善できず,また医師との折り合いも悪く受診中断も多く,血糖コントロールは不良であった.以後統合失調症による食欲不振や引きこもりなどにより,血糖値および中性脂肪値はともに低下した.しかし非定型抗精神病薬であるリスペリドンによる治療開始とともに再度血糖コントロールは不良となった.リスペリドンと糖尿病について,関連があるとするもの3,4),関連はないとするもの2)などの報告がなされているが,明確でない.以後リスペリドンがオランザピンへと変更された.オランザピンは糖尿病に影響するとの報告2?5)が多く,特に50歳未満の患者において危険性が高い4),異常な高血糖がみられる5),コレステロール値上昇にも関与する5)との報告もある.本症例もHbA1C値のさらなる上昇がみられた.以後オランザピンはアリピプラゾールへと変更された.アリピプラゾールは糖尿病や脂質異常症に対して影響しないとされているが,長期にわたるデータがないため注意は必要である6).これらの抗精神病薬の影響について金坂ら11)は,抗精神病薬治療と糖尿病リスク増大との関係は解明されていないが,インスリン抵抗性の増大など直接的な影響や,肥満など二次的な影響などが複雑に組み合わさっていると考えてい図42008年8月29日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)(99)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111467る.本症例においては統合失調症の治療開始後に食欲不振や引きこもりなどの解消されたことに加え,抗精神病薬の影響で血糖コントロールが不良となった可能性もある.しかしオランザピンがアリピプラゾールへ変更となったのと同時にCD4陽性Tリンパ球数が低下し,プロテアーゼ阻害薬を含む多剤併用療法が開始された.プロテアーゼ阻害薬の副作用として糖尿病7,8)・脂質異常症8,9)があり,Carrら8)は耐糖能異常が16%,糖尿病が7%にみられたと報告している.本症例も多剤併用療法の導入によりさらなる血糖コントロールの悪化がみられた.しかも糖尿病・代謝・内分泌科を受診しておらず,エイズ治療・研究開発センターで糖尿病の治療を行っているのが現状である.その他整形外科とも折り合いが悪くなっている.糖尿病網膜症は現在福田分類A2で進行はしていないが,硬性白斑が中心窩周囲にみられ,今後糖尿病黄斑症により視力低下をきたす可能性がある.幸い眼科は定期的に受診しているが,今後とも関係各科と連携をとりつつ診療にあたる必要があり,当センターで行われている生活習慣病症例検討会などを活用していく予定である.本症例では医師-患者関係が不良で治療に対する十分な協力が得られないことや,統合失調症の病状の変動や,統合失調症とHIV感染症の治療薬の副作用により,糖尿病の治療が困難であった.統合失調症・HIV感染症・糖尿病・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した場合には治療がむずかしく,精神科・感染症科・糖尿病科・眼科などの連携によるチーム医療が必要となる.本研究は「平成23年度国際医療研究開発費(22指120)」によるものである.文献1)SubramaniamM,ChongS-A,PekE:Diabetesmellitusandimpairedglucosetoleranceinpatientswithschizophrenia.CanJPsychiatry48:345-347,20032)KoroCE,FedderDO,L’ItalienGJetal:Assessmentofindependenteffectofolanzapineandrisperidoneonriskofdiabetesamongpatientswithschizophrenia:populationbasednestedcase-controlstudy.BrMedJ325:243-245,20023)SernyakMJ,LeslieDL,AlarconRDetal:Associationofdiabetesmellituswithuseofatypicalneurolepticsinthetreatmentofschizophrenia.AmJPsychiatry159:561-566,20024)LambertBL,CunninghamFE,MillerDRetal:Diabetesriskassociatedwithuseofolanzapine,quetiapine,andrisperidoneinVeteransHealthAdministrationpatientswithschizophrenia.AmJEpidemiol164:672-681,20065)LindenmayerJ-P,CzoborP,VolavkaJetal:Changesinglucoseandcholesterollevelsinpatientswithschizophreniatreatedwithtypicaloratypicalantipsychotics.AmJPsychiatry160:290-296,20036)AmericanDiabetesAssociation,AmericanPsychiatricAssociation,AmericanAssociationofClinicalEndocrinologistsetal:Consensusdevelopmentconferenceonantipsychoticdrugsandobesityanddiabetes.DiabetesCare27:596-601,20047)JustmanJE,BenningL,DanoffAetal:ProteaseinhibitoruseandtheincidenceofdiabetesmellitusinalargecohortofHIV-infectedwomen.JAcquirImmuneDeficSyndr32:298-302,20038)CarrA,SamarasK,ThorisdottirAetal:Diagnosis,prediction,andnaturalcourseofHIV-1protease-inhibitorassociatedlipodystrophy,hyperlipidaemia,anddiabetesmellitus:acohortstudy.Lancet353:2093-2099,19999)HeathKV,HoggRS,ChanKJetal:Lipodystrophy-associatedmorphological,cholesterolandtriglycerideabnormalitiesinapopulation-basedHIV/AIDStreatmentdatabase.AIDS15:231-239,200110)渡邉純蔵,鈴木雄太郎,澤村一司ほか:精神疾患とメタボリック・シンドローム.臨床精神薬理10:387-393,200711)金坂知明,藤井康男:非定型抗精神病薬と糖尿病.診断と治療95(Suppl):387-390,2007***

糖尿病患者の糖尿病健康手帳およびデータシートの持参率:病識の向上と内科-眼科間連携

2011年9月30日 金曜日

1354(13あ4)たらしい眼科Vol.28,No.9,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(9):1354?1360,2011c糖尿病患者の糖尿病健康手帳およびデータシートの持参率:病識の向上と内科-眼科間連携小林博国立病院機構関門医療センター眼科DataNotebookSubmissionRateinDiabeticPatients:ImprovementofPatientConscientiousnessandCooperationbetweenInternistsandOphthalmologistsHiroshiKobayashiDepartmentofOphthalmology,KanmonMedicalCenterNationalHospitalOrganization目的:内科診療の内容を記載した糖尿病健康手帳(手帳)および採血検査結果表などのデータシート(データシート)を持参することが眼科診療に大切であることを説明し,それらの持参率を,患者の病識とその向上を検討する目的のために調査した.また,糖尿病健康手帳および採血検査結果表などのデータシート(データシート)の持参は,内科-眼科間診療連携の一助になると考えられた.方法:対象は,18カ月間に少なくとも3回以上受診する予定のある糖尿病患者373名(67.3±10.2歳,女性163名,男性210名)である.眼科への内科での治療内容の提供が眼科治療において不可欠であることを説明し,受診時に糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録物を持参してもらうように受診の度ごとに依頼した.受診時に記録を持参したか否かを調査した.結果:373名中337名(90.3%)が調査を完了した.登録時では121名(35.9%)が記録を持参した.6,12および18カ月後では76.4%,79.5%,81.4%の患者が記録を持参し,調査期間が長くなるほど持参率は有意に上昇した(p<0.0001).登録時,12および18カ月後では糖尿病専門医に受診している患者のうち54.7%,85.3%,87.2%の患者が持参したのに対して,非専門医に受診している患者では20.3%,74.6%,76.6%の患者が持参した.糖尿病専門医に受診している患者は,非専門医に受診している患者に比較して,いずれの時期においても,有意に高率に持参していた(登録時:p<0.0001;12カ月後:p=0.0050;18カ月後:p=0.0030).糖尿病専門医受診患者群および非専門医受診患者群ともに,糖尿病健康手帳を有している患者が有していない患者に比べて高率に持参した(糖尿病専門医受診患者群:p=0.0006;非専門医受診患者群:p<0.0001).結語:眼科への内科での治療内容の提供が眼科治療において不可欠であり,その記録を持参することが重要であることを説明した後は,記録を持参する率は著しく向上し,患者の病識も改善したと考えられた.糖尿病患者の病識の向上において眼科医の果たせる役割の余地は大きく,積極的に係わることが必要であると考えられた.Purpose:Improvementofpatientconscientiousnessandcooperationbetweeninternistsandophthalmologistshavebeenadvocated,topreventandcontrolretinopathyinpatientswithdiabetesmellitus.Theaimofthepresentstudywastoassesshowpatientssubmittedinformationtoophthalmologistsregardingthestatusoftheirdiabetes.Methods:Enrolledinthisstudywere373patientsscheduledforatleast3visitsduring18months.Thesurveymainlyconcernedhowtheysubmittedtheirdiabeticinformationtoophthalmologistsandwhethertheybroughtanotebookordatasheetinwhichtheyhadwrittentheirpersonaldiabetichistory.Results:Ofthe373patients,337(90.3%)completedfollow-up.Atbaseline,121patients(35.9%)broughttheirdiabeticdata.At6,12and18months,76.4%,79.5%and81.4%ofthepatientssubmittedtheirdata,respectively,thesubmissionrateincreasingsignificantlyovertime.Patientswhowerereferredtodiabetesspecialistsbroughttheirdatamorefrequentlythandidthosewhowerereferredtonon-specialists.Inbothcases,thepatientswithdiabetesdatanotebookssubmittedtheirdataatasignificantlyhigherratethandidthosewhohadnonotebooks.Conclusions:Anexplanationoftheimportanceofcooperationbetweeninternistsandophthalmologistsresultedinmarkedimprovementofpatients’〔別刷請求先〕小林博:〒752-8510下関市長府外浦町1-1国立病院機構関門医療センター眼科Reprintrequests:HiroshiKobayashiM.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KanmonMedicalCenterNationalHospitalOrganization,1-1Chofusotoura-cho,Shimonoseki752-8510,JAPAN(135)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111355はじめに糖尿病患者における大規模臨床研究で,網膜症の発症および進展には血糖コントロールが緊密に関与していることが報告されている1,2).糖尿病や緑内障などの無症候性の慢性疾患では,コンプライアンスが不良になることが知られており,それによって視機能が悪化することが報告されている3,4).網膜症の発症および進展を予防するためには,患者の病識を向上させる必要がある.内科-眼科の医療連携が重要であるとの認識のもとに,双方向性の情報提供が重要視され,糖尿病情報提供書の配付が提唱されている5,6).これを利用している比率が低いことが報告されており,それを補完するために,糖尿病健康手帳,糖尿病眼手帳を介しての情報の相互提供システムが開発されているが,利用率が低いのが現状である7~10).今回,内科診療の内容を記載した糖尿病健康手帳および採血検査結果表などのデータシート(データシート)を持参することが眼科診療に大切であることを患者に説明し,それらの持参率を,患者の病識を検討する目的のために調査した.また,糖尿病健康手帳およびデータシートの持参は,内科-眼科間診療連携の一助になると考えられた.I方法対象は,平成18年9月?19年3月に受診し,18カ月間に少なくとも3回以上経過観察が可能であると考えられる患者のうち,無作為に抽出した糖尿病患者373名を登録した.糖尿病の定義は糖尿病学会ガイドラインに拠った11).本研究に関しては,院内臨床研究委員会で承認を得た後,患者からは文書にてインフォームド・コンセントを得た.登録時に,対象患者に対してすべて,眼底カラー写真撮影および光干渉断層計検査を含む眼科的検査を施行した.光干渉断層計検査はOCT3000(Humphrey)のFastMacularThicknessProgramを用いて行い,中心窩の網膜厚は,中心1mmの平均網膜厚とした.登録時に,糖尿病の罹病期間,ヘモグロビン(Hb)A1C,現在通院している医療機関,投薬内容,あるいは透析の有無について調査した.投薬内容は薬剤手帳および薬局から支給されるデータシートを持参してもらい,確認した.煩雑になることを避けるために,内服,インスリン,インスリン+内服に分類した.医療機関が糖尿病専門施設であるかは,糖尿病学会ホームページで開示されている施設とした.内科医師から患者への糖尿病状況の説明のしかた,糖尿病健康手帳などの記録の保有あるいは持参の有無を調べた.糖尿病健康手帳などの記録を保有していない場合,採血検査結果表などのデータシートを受け取っているか否かを調査した.それを本院に持参しているかを確認した.糖尿病健康手帳などあるいは採血検査結果表などのデータシートの記録物を持参しない場合は,口頭で回答してもらった.糖尿病の重症度の分類は糖尿病眼手帳を登録時に同時に配布したため,福田分類に従った.経過観察:眼科への内科での治療内容の提供が眼科治療において不可欠であることを受診のたびごとにくり返して説明し,次回の診察時を診療の必要の程度に応じて予約し,その際に糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどをできる限り持参してもらうように依頼した.手術前後などで頻回に受診が必要な場合でも毎回持参してもらうようにしたが,今回の研究での記録を持参したか否かについては1カ月に1回とした.糖尿病健康手帳の配布も考慮したが,今回の研究の目的が内科の診療内容の記録物の持参に関する現状の把握であるため,配布は取りやめ,伝達方法は各医療施設に任せることとした.中止例・脱落例は,(1)死亡あるいは疾病のために受診できない場合,(2)予定された診察を許容できる範囲内で受けなかった場合とした.統計解析:コンプライアンスを評価する研究においては,標本のサイズが小さいほど,コンプライアンスが良好になることが知られており12),そのため,解析対象症例数を少なくとも200例とした.連続変数の検定には,両側Studentt-検定を用いた.分割表の検定には,c2検定,Fisher検定を用いた.p<0.05を統計上有意とした.登録時,6カ月後,12カ月後および最終受診時での糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録を持参したか否かに関する因子の解析については,これらを目的変数,年齢,性,糖尿病罹病期間,HbA1C,糖尿病のために受診している医療機関が糖尿病専門施設であるか否か,施設が病院か診療所であるか,透析の有無,服薬内容,糖尿病以外の全身疾患あるいは網膜症以外の眼疾患の有無,視力,眼圧,網膜症の程度,中心網膜厚を説明変数として,林のI類を用いて重回帰分析を施行した13,14).diabeticdatasubmission.Ophthalmologistsshouldplayamajorroleinsuchimprovementofconscientiousnessandcooperation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(9):1354?1360,2011〕Keywords:糖尿病,病識の向上,内科-眼科連携,糖尿病データ持参.diabetesmellitus,consciousnessimprovement,cooperationbetweeninternistsandophthalmologists,bringingpersonaldiabeticdata.1356あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(136)II結果373名の糖尿病患者を登録し,表1にその背景をまとめた.平均年齢は67.3±10.2歳であり,HbA1Cは7.3±1.9%,糖尿病罹病期間は15.2±9.9年であった.373名中337名(90.3%)の患者が予定通り調査を完了し,3回以上受診した.中止・脱落例は,転医5名,死亡3名,予約時に来院しなかった26名,長期に入院していた2名であった.糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録を持参した患者数の変化登録時において,糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録物を持参した患者は123名(32.9%)であった.調査期間18カ月間における平均受診回数は7.1±3.0回(平均受診間隔2.5±1.3カ月)であり,総受診回数2,412回中1,891回(78.4%)で記録を持参した.調査開始後1回目,2回目,3回目および9回目以降での受診時における記録の持参率は65.0%,71.8%,76.0%,89.5%であり,受診回数が増加するほど,持参率は有意に向上した(p<0.0001)(図1).6カ月後,12カ月後,18カ月後および最終診察時での持参率は,76.4%,79.5%,81.4%であり,時間経過とともに改善した(p<0.0001)(図2).どのような患者がこれらの記録を持参しているかについて調べるために多変量解析を施行した.その結果,登録時,6カ月後,12カ月後および最終診察時のいずれの時期においても,糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録の持参は,糖尿病専門医を受診しているか否かに有意に相関していた(表2).患者背景に関しては,糖尿病専門医受診患者群が有意に若年であった以外,その他の性,HbA1C,糖尿病罹病期間,投薬内容には,両群間に有意差がなく,矯正視力,網膜症,中心網膜厚でも差異がなかった(表3).登録時にお表1登録患者の背景患者数373名年齢(歳)67.3±10.2(18~87)性女性163名,男性210名HbA1C(%)7.3±1.9(4.8~13.1)不明79名糖尿病罹病期間(年)15.2±9.9(0.5~45)透析患者数19名(5.1%)処方内容内服のみインスリンのみインスリン+内服なし246名(66.0%)87名(23.3%)23名(6.2%)17名(4.6%)糖尿病専門医受診165名(44.2%)受診している専門医医療施設(診療所/病院)39(19/20)非専門医受診212名(56.8%)受診している非専門医医療施設(診療所/病院)72(48/24)受診回数7.1±3.0回(1?18回)糖尿病健康手帳保有持参221(59.2%)120(32.2%)採血検査結果などのデータシート保有持参94(25.2%)3(0.8%)糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録を持参123(32.9%)視力良好な眼不良な眼0.662(0.01~1.5)0.345(0.01~1.0)眼圧高い方の眼(mmHg)低い方の眼(mmHg)14.9±3.5(8~37)13.1±3.0(6~21)中心網膜厚厚い方の眼(μm)薄い方の眼(μm)296±124(140~857)237±86(105~750)網膜症の重症度右眼左眼A0A1A2A3A4A5B1B2B3B4B5不明110(29.5%)50(13.4%)12(3.2%)124(33.2%)14(3.8%)23(6.2%)1(0.3%)6(1.6%)4(1.1%)15(4.0%)7(1.9%)5(1.3%)115(39.8%)49(13.1%)12(3.2%)126(33.9%)18(4.8%)21(5.6%)1(0.3%)6(1.6%)5(1.3%)10(2.7%)9(2.4%)5(1.3%)全身合併症心筋梗塞/狭心症脳血管障害腎機能障害(透析を含む)呼吸器疾患神経学的異常58名(15.5%)5名(1.3%)27名(7.2%)2名(0.5%)3名(0.8%)眼合併症偽水晶体症視神経萎縮加齢黄斑変性開放隅角緑内障/高眼圧症閉塞隅角緑内障新生血管緑内障中心網膜静脈閉塞網膜静脈分枝閉塞網膜動脈分枝閉塞黄斑浮腫黄斑上膜硝子体手術105名(14.1%)6眼(0.8%)5眼(0.7%)42眼(5.6%)4眼(0.5%)15眼(2.0%)2眼(0.3%)15眼(2.0%)2眼(0.3%)212眼(28.4%)8眼(1.1%)42眼(5.6%)(137)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111357いて糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録を持参した患者は,糖尿病専門医受診患者群では82名(54.7%),非専門医受診患者群では39名(20.9%)であり,両群間に有意差がみられた(p<0.0001).調査開始後1回目,2回目,3回目および9回目以降での記録の持参率は,糖尿病専門医受診患者群では75.3%,75.3%,83.3%,95.8%,非専門医受診患者群では56.7%,67.4%,70.1%,83.9%であり,両群ともに受診回数が増加すると持参率は有意に上昇した(両群ともp<0.0001)(表1).1~4回目では専門医受診患者群は有意に良好であった(p<0.05).6カ月後,12カ月後,18カ月後および最終診察時では,専門医受診患者群では81.6%,85.3%,87.2%,88.0%,非専門医受診患者群では72.0%,74.6%,76.6%,78.1%であり,両群とも時間経過とともに持参率は有意に改善した(両群ともにp<0.0001)(表2).いずれの時期においても,糖尿病専門受診患者群の持参率は非専門医受診患者群に比較して有意に高かった(6カ月後:p=0.0278,12カ月後:p=0.0133,18カ月後:p=0.0110,最終診察時:p=0.0171).糖尿病健康手帳を有している患者は,手帳を有していない患者に比較して有意に高率に持参した(全例:p<0.0001,糖尿病専門医受診患者群:p=0.0006,非専門医受診患者群:p<0.0001)(表4).III考按内科診療の内容を記載した糖尿病健康手帳および採血検査結果表などのデータシートを持参することが眼科診療に大切であることを説明することによって,それらの持参率は著しく改善され,患者の病識の向上に役立ったと考えられた.眼科医が働きかけをしない状況では,糖尿病患者において,糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録物でHbA1Cなどの診療内容が確認できたものは36%であった.患者が「眼科は眼科,内科は内科」と,両者を関連付けていないと思われた.患者に対して,治療にあたっては内科-眼科の連携が大切であることを説明して,病識を高めることが重要であると考えられた.眼科医が働きかけをしない状況では,患者が糖尿病専門医に受診している場合のほうが非専門医に受診している場合に比較して,糖尿病健康手帳あるいはデータ10090807060504030200123456789+記録の持参率回数:全例:糖尿病専門医受診患者群:非専門医受診患者群図1糖尿病健康手帳あるいは採血検査結果表などのデータシートなどの記録物の持参率の受診回数による変化全例は■と実線,糖尿病専門医受診患者群は□と破線,非専門医受診患者群は○と点線で示した.0369121518最終時期(月)受診時1009080706050403020記録の持参率:全例:糖尿病専門医受診患者群:非専門医受診患者群図2糖尿病健康手帳あるいは採血検査結果表などのデータシートなどの記録物の持参率の期間による変化受診患者数が50名以上の時期のみを示した.全例は■と実線,糖尿病専門医群は□と破線,非専門医群は○と点線で示した.表2登録時,6カ月後,12カ月後および最終受診時での糖尿病健康手帳あるいはデータシートを持参したか否かに関する因子の重回帰分析の結果症例数因子重相関係数rF値p値切片勾配登録時3370.35046.8490.00000.2090.3386カ月後305受診医療機関が糖尿病専門医であるか否か0.1174.2170.04090.7070.10112カ月後337受診医療機関が糖尿病専門医であるか否か0.1134.2710.03950.7550.91018カ月後310受診医療機関が糖尿病専門医であるか否か0.1194.4780.03510.7590.940最終337受診医療機関が糖尿病専門医であるか否か0.1447.0070.00850.7770.1091358あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(138)シートを有意に高率に持参した.糖尿病専門医のほうが,非専門医に比較して積極的に患者に働きかけて,患者の病識の向上および内科-眼科の連携を図ろうとしていることによると考えられた.しかし,専門医が勤務している医療機関に通院している患者のなかでも差異がみられた.当院眼科に通院している28名全員が糖尿病健康手帳および糖尿病眼手帳を持参してくる医療機関もあれば,別の医療機関ではデータを口頭で教えているのみであり,医療機関あるいは個々の医師の間に大きな温度差が感じられた.糖尿病健康手帳の保有率,持参率ともに,従来の報告に比較して有意に低かった5~9).今回の調査の以前は,患者に対して筆者らが内科-眼科間連携を働きかけず,糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録を持参してくるように依頼しなかったことに起因すると考えられた.筆者らが内科-眼科間の治療内容の交換が糖尿病網膜症の治療に必須であり,データが記載された記録を持参してくれるように患者に依頼した後は65%に上昇し,さらに説明をくり返すことによって約90%に改善した.眼科医の説明によって,患者の表3糖尿病専門医受診患者群および非専門医受診患者群の背景糖尿病専門医受診患者群非専門医受診患者群患者数150187年齢64.5±10.269.5±10.0<0.0001性男性87,女性63男性101,女性860.5HbA1C(%)7.4±1.87.1±1.40.1糖尿病罹病期間(年)15.4±9.515.1±10.10.8受診回数7.3±2.86.9±3.10.2透析7(4.6%)12(6.4%)0.5処方内容内服90(59.3%)130(69.5%)0.1インスリン44(29.3%)36(19.3%)内服+インスリン11(7.3%)10(5.3%)なし6(4.0%)11(5.9%)糖尿病手帳保有123(82.0%)86(46.0%)<0.0001持参80(53.3%)38(20.3%)<0.0001データシート持参18(12.0%)68(36.4%)<0.0001糖尿病手帳あるいはデータシート持参82(54.7%)39(20.9%)<0.0001視力良好な眼0.6830.6420.7不良な眼0.3560.3410.8眼圧高い方の眼15.3±3.914.6±3.50.1低い方の眼13.4±3.412.9±3.00.2中心網膜厚厚い方の眼282±123304±1240.1薄い方の眼227±88244±840.1網膜症の分類右眼左眼右眼左眼A035(23.3%)36(24.0%)58(31.0%)58(31.0%)0.1A123(15.3%)23(15.3%)20(10.7%)19(10.2%)A24(2.7%)4(2.7%)8(4.3%)7(3.7%)A347(31.3%)50(33.3%)72(38.5%)68(36.4%)A49(6.0%)10(6.7%)5(2.7%)6(3.2%)A511(7.3%)10(6.7%)10(5.3%)10(5.3%)B10(0.0%)0(0.0%)1(0.5%)1(0.5%)B23(2.0%)3(2.0%)4(2.1%)3(1.6%)B33(2.0%)4(2.7%)1(0.5%)1(0.5%)B48(5.3%)4(2.7%)4(2.1%)6(3.2%)B54(2.7%)4(2.7%)3(1.6%)5(2.7%)不明3(2.0%)2(1.3%)2(1.1%)3(1.6%)(139)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111359糖尿病および糖尿病網膜症に対する病識が向上したと考えられた.しかし,患者に説明して記録物を持参しても,つぎの機会には持参しないこともあり,継続してその重要性を説明する必要があると思われた.くり返して説明することによって,専門医受診患者群と非専門医受診患者群間の差が縮小したことを考えると,糖尿病患者の病識の向上において眼科医の果たせる役割の余地は大きく,積極的に係わることが必要であると思われた.緑内障点眼薬においても,患者が受診するたびごとに,医師がコンプライアンスに関する質問をして,コンプライアンスを重要視していることを示すことがコンプライアンスの改善に繋がることが報告されている13).本研究と並行して糖尿病眼手帳の持参についても調査したため,糖尿病網膜症の分類として糖尿病眼手帳に採用されている福田分類を用いた.本研究では,福田分類で通常の分布と異なっており,A3が最も多くなっていた.調査を施行した医療機関では,糖尿病専門医が勤務していなかったため,初期の網膜症が少なく,汎網膜光凝固などの処置を必要とする患者が多くなっていたためと考えられた.本研究の第一の問題点は,患者の手帳の提出は双方向であるべきであるのに対して,今回の研究が糖尿病健康手帳あるいはデータシートを眼科医に持参されるかを評価した単方向性であることである.そのため,患者が内科医に眼科での治療内容を記載されている糖尿病眼手帳を持参しているかについては,現在実施しており,終了した際には早急に報告する予定である.第二の問題点は,患者の受診回数が3~18回と広く分布しており,受診間の期間も1~6カ月とさまざまである.そのために,患者の意識も多様化していると考えられ,煩雑な結果となってしまったことである.第三の問題点としては,本研究が情報の伝達に関して施行されたものであり,伝達された情報をどのように活かしていくかが更なる課題になると考えられた.今回,眼科への内科での治療内容の提供が眼科治療において不可欠であり,その記録を持参することが重要であることを説明することで,記録を持参する率は,著しく向上した.糖尿病患者の病識の向上や内科-眼科間医療連携において眼科医の果たせる役割の余地は大きく,積極的に係わることが必要であると考えられた.本研究の一部は,第61回日本臨床眼科学会,第110回日本眼科学会総会で発表した.文献1)山下英俊,大橋靖雄,水野佐智子:網膜症経過観察プログラムに関する報告書.厚生科学研究21世紀型医療開拓推進研究事業「糖尿病における血管合併症の発症予防と進展抑制に関する研究(JDCS)」平成14年度総括・分担研究報告書,p16-33,20032)MiyazakiM,KuboM,KiyoharaYetal:ComparisonofdiagnosticmethodsfordiabetesmellitusbasedonprevalenceofretinopathyinaJapanesepopulation:HisayamaStudy.Diabetologia47:1411-1415,20043)DimatteoMR:Variationsinpatients’adherencetomedicalrecommendations:aquantitativereviewof50yearsofresearch.MedCare42:197-206,2004表4糖尿病専門医受診患者群および非専門医受診患者群における糖尿病健康手帳あるいは採血検査結果表などのデータシートの持参率糖尿病専門医受診患者群非専門医受診患者群p値計患者数150187337登録時糖尿病健康手帳保有123(82.0%)86(46.0%)<0.0001211(62.6%)持参80(53.3%)38(20.3%)<0.0001118(35.0%)採血検査結果表などのデータシート保有18(12.0%)68(36.4%)<0.000186(25.5%)持参2(1.3%)1(0.5%)0.93(0.9%)糖尿病健康手帳あるいは採血検査結果表などのデータシートを持参82(54.7%)39(20.9%)<0.0001121(35.9%)調査時全例での糖尿病健康手帳あるいは採血検査結果表などのデータシートを持参946/1,111(85.1%)945/1,302(72.6%)<0.00011,891/2,412(78.4%)登録時に糖尿病健康手帳を有している患者の手帳を持参787/900(87.4%)505/629(80.3%)0.00011,292/1,529(84.5%)糖尿病健康手帳を有していない患者が採血検査結果表などのデータシートを持参159/211(75.4%)440/672(65.5%)0.0063599/883(67.8%)1360あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(140)4)StewartWC:Factorsassociatedwithvisuallossinpatientswithadvancedglaucomatouschangesintheopticnervehead.AmJOphthalmol116:176-181,19935)山名泰生:糖尿病眼合併症対策の努力.チーム医療の重要性.眼科の立場から.日本糖尿眼学会雑誌3:43-46,19986)菅原岳史,金子能人:岩手合併症研究会のトライアル糖尿病網膜症教室におけるアンケート結果.眼紀55:197-201,20047)善本三和子,加藤聡,松元俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀55:275-280,20048)船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:眼科医・内科医・コメディカルの連携を目指して糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,20059)杉紀人,山上博子,斉藤由香ほか:糖尿病眼手帳による患者教育への有用性.臨眼58:329,200510)大野敦,植木彬夫,住友秀孝ほか:糖尿病網膜症の管理に関するアンケート調査眼科医と内科医の調査結果の比較.眼紀58:616-621,200711)日本糖尿病学会(編):糖尿病治療ガイドライン2010.南江堂,201012)SchwartzGF:Complianceandpersistencyinglaucomafollow-uptreatment.CurrOpinOphthalmol16:114-121,200513)柳井春夫,高木廣文編著:多変量解析ハンドブック.現代数学社,198614)奥野忠一,久米均,多賀敏郎ほか:多変量解析法(改訂版).日科技連,198115)SchwartzGF:Complianceandpersistencyinglaucomafollow-uptreatment.CurrOpinOphthalmol16:114-121,2005***

糖尿病患者における網膜神経節細胞の機能変化

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(103)103《第15回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(1):103.107,2011cはじめに糖尿病による網膜機能の変化については,ヒト1)や動物モデル2)を用いた多くの研究がある.糖尿病では長期間の高血糖状態が持続し,ポリオール経路3,4)を代表とする糖代謝異常をきたすため,網膜内では神経伝達物質の過剰な蓄積がみられ5),網膜細胞レベルで起こるアポトーシスにより網膜機能障害が発症する6).糖尿病患者の網膜機能を評価するため,Yonemuraら7)やShiraoとKawasaki8)は糖尿病網膜症患者から網膜電図(electroretinogram:ERG)を記録し,律動様小波(oscillatorypotential,以下OP波)の異常を報告した.その後,網膜症のみられない糖尿病患者においても,初期の網膜機能変化の指標としてOP波の変化が検討されている9~11).一方,実験的な糖尿病モデルラットにおいては,OP波の異常に加え網膜神経節細胞(retinalganglioncell:RGC)由来と考えられる暗所閾値電位(scotopicthresholdresponse:STR)の異常もみられる12~14).Buiら14)は,ストレプトゾトシン(streptozotocin:STZ)糖尿病ラットのSTR陽性成分(以下p-STR)の振幅低下からRGC機能障害を報告し,筆者ら15)もまた,STZラットを用いてp-STRがOP波より先に低下し,これを糖尿病によるRGCの脆弱性を示唆する変化として報告した.RGCを由来とする他のERG成分として,1999年Viswa〔別刷請求先〕神前賢一:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座Reprintrequests:KenichiKohzaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishi-Shimbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPAN糖尿病患者における網膜神経節細胞の機能変化神前賢一竹内智一常岡寛東京慈恵会医科大学眼科学講座AlterationofRetinalGanglionCellFunctioninDiabetesPatientsKenichiKohzaki,TomoichiTakeuchiandHiroshiTsuneokaDepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicine目的:網膜症を認めないか単純網膜症を有する糖尿病患者において,網膜神経節細胞の機能を電気生理学的に検討した.対象:網膜症を認めないか単純網膜症を有する糖尿病患者7例13眼に対して網膜電図を記録し,photopicnegativeresponse(PhNR)の振幅と潜時を計測し,ヘモグロビンA1C値,網膜症の程度,糖尿病罹病期間との関係を評価した.結果:糖尿病患者におけるPhNRの平均振幅は36.6±3.8μVであり,正常者の42.2±2.5μVと比較して減少傾向がみられた.潜時は,正常者の69.8±0.9msと比較して糖尿病患者では75.7±0.9msと有意に延長がみられた(p<0.0001).また,罹病期間とPhNR振幅において負の相関を認めた(p=0.044).結論:糖尿病では,罹病期間に比例して網膜神経節細胞の機能障害が起きている可能性が示唆された.Purpose:Weevaluatedtheretinalganglioncellfunctionindiabetespatientswithnoretinopathyandwithnon-preproliferativeretinopathy.Methods:Werecoredelectroretinogramsin13eyesof7diabetespatients.Wemeasuredthephotopicnegativeresponse(PhNR)amplitudeandimplicittime;wealsoevaluatedtherelationbetweenPhNRandhemoglobinA1Cvalue,stageofretinopathyanddurationofdiabetes.Results:ThemeanPhNRamplitudeinthesediabetespatientswas36.6±3.8μV,whichtendedtodecreaseincomparisonwithcontrols(42.2±2.5μV).Theimplicittimewassignificantlyprolongedinthediabetespatients(75.7±0.9ms)ascomparedwiththecontrols(69.8±0.9ms,p<0.0001).Inaddition,therelationbetweendurationofdiabetesandthePhNRamplitudeshowednegativecorrelation(p=0.044).Conclusion:Itissuggestedthat,regardingretinalfunctionindiabetes,theoccurrenceofretinalganglioncelldysfunctionisproportionaltothedurationofdiabetes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):103.107,2011〕Keywords:糖尿病,網膜電図,神経節細胞,錐体陰性反応,罹病期間.diabetesmellitus,electroretinogram,retinalganglioncell,photopicnegativeresponse,durationofdiabetes.104あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(104)nathanら16)は,photopicnegativeresponse(PhNR)を緑内障患者で測定し,その機能評価を検討している.PhNRは錐体b波に続く陰性波であり,その低下が緑内障患者のHumphrey静的視野検査の結果と相関することが近年報告された17).糖尿病は,緑内障のリスクファクターでもあり18~20),糖尿病患者に対する共焦点レーザー走査眼底観察装置(scanninglaserpolarimetry,GDxVCC:以下GDx)21,22)や光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)23,24)を用いた研究から網膜神経線維層の欠損や菲薄化が報告されている.筆者らは,糖尿病によるRGCの機能障害を評価するため,検眼鏡的に網膜症を認めないか単純網膜症を有する糖尿病患者のERGを記録し,PhNRと糖尿病の罹病期間を中心に,ヘモグロビンA1C(HbA1C)値や網膜症の程度との関係,さらに錐体a波,b波,OP波の変化も検討したので報告する.I対象および方法東京慈恵会医科大学附属病院眼科において,検眼鏡的に網膜症を認めないか単純網膜症(福田分類A1~A2)の糖尿病患者7例13眼(A0:10眼,A1:2眼,A2:1眼)を対象とした(表1).男性は6例11眼,女性は1例2眼,平均年齢は59±3歳(52~74歳)であった.糖尿病の状態は,平均HbA1C値が8.2±0.4%(6.2~9.5%),平均糖尿病罹病期間は5.9±1.4年(2~13年)であった.比較対照は,全身疾患および眼疾患を認めない正常者12例21眼とした.男性は6例12眼,女性は6例9眼,平均年齢53±3歳(38~68歳)であった.ERGは,ガンツフェルド全視野刺激装置を使用し,30cd/m2の白色背景光下で10分間の明順応の後,Burian-Allenコンタクトレンズ電極を挿入し,3.93cd・s/m2の白色刺激で錐体ERGを記録した.得られた波形から,錐体a波,錐体b波,OP波,PhNRの振幅および潜時を計測し,糖尿病罹病期間,HbA1C値,網膜症の程度との関係を評価した.錐体a波は,基線から最初の陰性波の頂点までをa波振幅とし,刺激開始後からその頂点までを潜時と計測した(図1A).錐体b波は,a波頂点から最初の陽性波頂点までをb波振幅とし,a波同様にその潜時も計測した(図1B).OP波は,得られた錐体ERGの波形を100~200Hzのバンドパスフィルタで処理し,3番目の小波の振幅および刺激開始からその頂点までの時間を潜時として計測した(図1C).PhNRは,錐体b波に続く陰性波のうち,2番目の陰性波の頂点を基線から計測し振幅とした.また,刺激開始からその頂点までの時間を潜時とした(図1D).II統計学的解析糖尿病患者と正常者の振幅および潜時の比較検討については,unpairedt-test(Prism,ver.5.01,GraphPadSoftwareInc.,SanDiego,CA)を行い,p<0.05を有意差ありとした.同様に,糖尿病患者の各振幅および潜時とパラメータとの相関については,その相関係数を算出し,p<0.05を有意差ありとした.III結果1.錐体a波糖尿病患者の平均振幅は,43.5±3.3μVであり,正常者の48.5±3.1μVと比較して低下傾向がみられたものの有意差は認めなかった.糖尿病患者の平均潜時については,正常者と比較して有意な延長がみられた(糖尿病:16.4±0.5,正常者:14.8±0.3ms,p=0.0106).糖尿病患者の錐体a波とHbA1C値,網膜症の程度,糖尿病罹病期間との関係は,その振幅において罹病期間と負の相関(p=0.0155,r2=0.4265)を認めたが,その他に有意な相関はみられなかった(図2A,B).表1糖尿病患者の背景症例性別年齢(歳)分類(型)罹病期間(年)HbA1C(%)網膜症(右・左)視力(右・左)1女性662138.0A0・A00.9・0.62男性56238.1A0・A01.5・1.53男性52289.5A2・A11.2・1.24男性52268.9A0・A01.2・1.25男性54226.2A1・─1.5・─6男性74248.8A0・A00.7・1.07男性62257.9A0・A01.5・1.5HbA1C:ヘモグロビンA1C値,網膜症:福田分類で評価,視力:ERG記録時の矯正視力.症例5の左眼は,外傷により失明.a波b波OP波ABPhNRCD図1ERG波形の計測方法縦矢印は各波形の振幅,横矢印は各波形の潜時の計測方法を示す.A:錐体a波,B:錐体b波,C:OP波,D:PhNR.(105)あたらしい眼科Vol.28,No.1,20111052.錐体b波糖尿病患者の平均振幅は,89.0±6.3μVであり,正常者の103.9±6.1μVと比較して減少傾向がみられたが有意ではなかった.平均潜時においては,正常者の33.2±0.5msと比較して糖尿病患者では35.5±0.7msと有意に延長がみられた(p=0.0084).糖尿病患者の錐体b波とHbA1C値,網膜症の程度,糖尿病罹病期間との関係は,潜時において罹病期間と負の相関(p=0.0099,r2=0.4684)を認めたが,その他に有意な相関はみられなかった(図2C,D).3.OP波糖尿病患者の平均振幅は,16.7±3.1μVであり,正常者の24.4±2.3μVと比較して有意に減少がみられた(p=0.0484).平均潜時においては,正常者の32.6±0.4msと比較して糖尿病患者では34.4±0.6msと有意な延長がみられた(p=0.012).糖尿病患者のOP波とHbA1C値,網膜症の程度,糖尿病罹病期間との関係は,潜時において罹病期間と負の相関(p=0.0191,r2=0.4062)を認めたが,その他に有意な相関はみられなかった(図3A,B).4.PhNR糖尿病患者の平均振幅は,36.6±3.8μVであり,正常者の42.2±2.5μVと比較して減少傾向がみられたが有意ではなかった.平均潜時においては,正常者の69.8±0.9msと比較して糖尿病患者では75.7±0.9msと有意に延長がみられた(p<0.0001).糖尿病患者のPhNRとHbA1C値,網膜症の程度,糖尿病罹病期間との関係は,振幅において罹病期間と負の相関(p=0.044,r2=0.5654)を認めたが,その他に有意な相関はみられなかった(図3C,D).IV考按糖尿病の網膜におけるRGCの脆弱性は,1998年にBarberら6)により報告されている.この報告でSTZ糖尿病ラットにおけるRGCは,糖尿病発症後7.5カ月で約10%減少し,TUNEL(TdT-mediateddUTP-biotinnickendlabeling)染色によるアポトーシス細胞の検出は,糖尿病発症後4週目から有意な増加を認めている.さらに,ヒトドナー眼の網膜の検討において,糖尿病患者のTUNEL陽性細胞数は,非糖尿病患者の約2.5倍認められる.このように糖尿病によるRGC障害は,ヒトにおいても比較的早期から起きている可能性が考えられる.しかし,ヒトでは糖尿病の発症時期を特定することがむずかしく,長期的な変化に注意を置くべきと考え今回の検討を試みた.今回の検討で糖尿病患者のPhNRは,振幅低下や潜時延長がみられ(図4),罹病期間とPhNR振幅との間に負の相関(図3C)がみられた.このことから,長期間の高血糖や不安定な血糖の状態がRGCの機能障害をひき起こしている可能性が示唆された.GDx21,22)やOCT23,24)を用いた網膜神経線維層の解析でも,網膜症を認めない糖尿病患者の神経線維層は正常者と比較して菲薄化を示し,網膜症の進行に伴い有意に菲薄化することが報告されておりRGCの減少が推察される.PhNRの潜時については,罹病期間との明らかな相関がみられなかったが,平均潜時に有意な延長がみられた.これはb波による影響,つまりb波の潜時延長やb波と罹病024681012146040200504030201000246810121485807570654540353025CDABPhNR潜時(ms)OP波潜時(ms)PhNR振幅(μV)OP波振幅(μV)糖尿病罹病期間(年)図3OPおよびPhNRと糖尿病罹病期間の関係A:OP振幅は正常者と比較して全体的に低下がみられるが,罹病期間との関係はみられない.B:OP潜時は正常者と比較して変化はみられない.C:PhNR振幅は罹病期間に対して負の相関がみられる.D:PhNR潜時は正常者と比較して延長傾向がみられるが,罹病期間との関係はみられない.横軸:糖尿病罹病期間,縦軸:振幅または潜時,点線:正常者の平均値.糖尿病罹病期間(年)80604020024681012141501209060301817161502468101214403836343230ABCDb波潜時(ms)a波潜時(ms)b波振幅(μV)a波振幅(μV)図2錐体a波およびb波と糖尿病罹病期間との関係A:a波振幅は罹病期間に対して負の相関がみられる.B:a波潜時は罹病期間に対して短縮傾向がみられる.C:b波振幅は罹病期間に対して軽度の減少がみられる.D:b波潜時は罹病期間に対して負の相関がみられる.横軸:糖尿病罹病期間,縦軸:振幅または潜時,点線:正常者の平均値.106あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(106)期間との間の負の相関がみられ,糖尿病25)や血糖状態26)による双極細胞の障害を考慮する必要があり,PhNRの潜時延長はb波の変化による影響8)も否定できない.また,過去の報告10,27)でも網膜症のない糖尿病患者で,PhNR潜時の有意な延長は報告されていない.しかし,正常者の平均潜時と比較すると,b波潜時は6.9%であるのに対しPhNRは8.4%の延長がみられ,RGC機能の障害が存在する可能性が考えられる.以上のことから,糖尿病患者の網膜機能は,網膜症を認めないか初期の網膜症であっても,罹病期間に比例してRGCの機能障害が起きている可能性が示唆された.糖尿病患者のERG変化として広く知られている成分にOP波があげられる8,10,28,29).このOP波とRGCとの関係について,パターンERGを用いた研究がされている.パターンERGはPhNRと同様にRGC機能を反映し,OP波に比べ糖尿病罹病期間に対してより鋭敏29)で,有用な指標30)である.同様にOP波とPhNRを比較した研究で,Chenら27)はPhNRの鋭敏性を報告している.一方で,Kizawaら10)はOP波の鋭敏性を報告し,PhNRの低下はシグナル入力の減少であるとしている.今回の検討では,すべてのERG成分に平均潜時の延長がみられることから,視細胞へのシグナル伝達である光伝達経路の障害15,31)や長期間の糖尿病状態による視細胞の障害32)および網膜脈絡膜の循環障害による低酸素状態33)も関与し,全体の潜時延長を招いた可能性が考えられる.正確な糖尿病罹病期間を把握することは困難であり,糖尿病の診断基準を満たさない場合でも網膜症が発症する34)ことが知られているため,PhNRを用いた網膜機能の評価は,糖尿病の早期発見につながる可能性があり,今後さらに症例数を増やし,GDxやOCTによる神経線維層の評価を加えて糖尿病とRGCとの関係を検討したいと考える.文献1)TzekovR,ArdenGB:Theelectroretinogramindiabeticretinopathy.SurvOphthalmol44:53-60,19992)PhippsJA,FletcherEL,VingrysAJ:Paired-flashidentificationofrodandconedysfunctioninthediabeticrat.InvestOphthalmolVisSci45:4592-4600,20043)Ino-UeM,ZhangL,NakaHetal:Polyolmetabolismofretrogradeaxonaltransportindiabeticratlargeopticnervefiber.InvestOphthalmolVisSci41:4055-4058,20004)LorenziM:Thepolyolpathwayasamechanismfordiabeticretinopathy:attractive,elusive,andresilient.ExpDiabetesRes2007:61038,20075)LiethE,LaNoueKF,AntonettiDAetal:Diabetesreducesglutamateoxidationandglutaminesynthesisintheretina.ThePennStateRetinaResearchGroup.ExpEyeRes70:723-730,20006)BarberAJ,LiethE,KhinSAetal:Neuralapoptosisintheretinaduringexperimentalandhumandiabetes.Earlyonsetandeffectofinsulin.JClinInvest102:783-791,19987)YonemuraD,AokiT,TsuzukiK:Electroretinogramindiabeticretinopathy.ArchOphthalmol68:19-24,19628)ShiraoY,KawasakiK:Electricalresponsesfromdiabeticretina.ProgRetinEyeRes17:59-76,19989)金子宗義:HbA1C値が良好で検眼鏡的眼底所見が正常なインスリン非依存性糖尿病患者の暗所閾値電位.日眼会誌105:463-469,200110)KizawaJ,MachidaS,KobayashiTetal:Changesofoscillatorypotentialsandphotopicnegativeresponseinpatientswithearlydiabeticretinopathy.JpnJOphthalmol50:367-373,200611)LuuCD,SzentalJA,LeeSYetal:Correlationbetweenretinaloscillatorypotentialsandretinalvascularcaliberintype2diabetes.InvestOphthalmolVisSci51:482-486,201012)AylwardGW:Thescotopicthresholdresponseindiabeticretinopathy.Eye3(Pt5):626-637,198913)金子宗義,菅原岳史,田澤豊:ストレプトゾトシン誘発初期糖尿病ラットの網膜内層電位.日眼会誌104:775-778,200014)BuiBV,LoeligerM,ThomasMetal:Investigatingstructuralandbiochemicalcorrelatesofganglioncelldysfunctioninstreptozotocin-induceddiabeticrats.ExpEyeRes88:1076-1083,200915)KohzakiK,VingrysAJ,BuiBV:Earlyinnerretinaldysfunctioninstreptozotocin-induceddiabeticrats.Invest図4糖尿病患者のPhNR代表的な糖尿病患者のERG波形を示す.正常波形と比較して小さい症例(A)や潜時の延長症例(B)がみられる.横軸:潜時,縦軸:振幅,点線は基線,太線は糖尿病患者の錐体ERG波形,細線は正常者の錐体ERG波形.0255075100025507510012080400-40-80潜時(ms)振幅(μV)A:正常者B:糖尿病PhNRPhNR(107)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011107OphthalmolVisSci49:3595-3604,200816)ViswanathanS,FrishmanLJ,RobsonJGetal:Thephotopicnegativeresponseofthemacaqueelectroretinogram:reductionbyexperimentalglaucoma.InvestOphthalmolVisSci40:1124-1136,199917)MachidaS,GotohY,TobaYetal:Correlationbetweenphotopicnegativeresponseandretinalnervefiberlayerthicknessandopticdisctopographyinglaucomatouseyes.InvestOphthalmolVisSci49:2201-2207,200818)NakamuraM,KanamoriA,NegiA:Diabetesmellitusasariskfactorforglaucomatousopticneuropathy.Ophthalmologica219:1-10,200519)ChopraV,VarmaR,FrancisBAetal:Type2diabetesmellitusandtheriskofopen-angleglaucomatheLosAngelesLatinoEyeStudy.Ophthalmology115:227-232e1,200820)ColemanAL,MigliorS:Riskfact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眼内炎・肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病網膜症患者の1例

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(101)2390910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):239242,2009cはじめに肥厚性硬膜炎は脳硬膜の炎症と線維性の肥厚を生じ,多発性脳神経麻痺を中核とする多彩な症候を示す疾患であり1),多彩な原因で起こる2).磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)の発達により診断されることが多くなり3),眼科領域においてもさまざまな眼病変の報告419)が増加してきている.今回眼内炎と肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病患者の1例を経験したので報告する.I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼視力低下.初診:2004年9月8日.現病歴:2003年9月から左眼視力低下があり,2004年9月6日近医を受診し,紹介され国立国際医療センター眼科初診となった.既往歴:47歳頃左眼白内障手術を受けた.〔別刷請求先〕武田憲夫:〒162-8655東京都新宿区戸山1-21-1国立国際医療センター戸山病院眼科Reprintrequests:NorioTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ToyamaHospital,InternationalMedicalCenterofJapan,1-21-1Toyama,Shinjuku-ku,Tokyo162-8655,JAPAN眼内炎・肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病網膜症患者の1例武田憲夫*1竹内壮介*2蓮尾金博*3*1国立国際医療センター戸山病院眼科*2同神経内科*3同放射線科ACaseofDiabeticRetinopathywithEndophthalmitisandHypertrophicPachymeningitisNorioTakeda1),SosukeTakeuchi2)andKanehiroHasuo3)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofNeurology,3)DepartmentofRadiology,ToyamaHospital,InternationalMedicalCenterofJapan肥厚性硬膜炎は多彩な原因で起こり,磁気共鳴画像(MRI)の発達により報告例が増加している疾患である.今回眼内炎と肥厚性硬膜炎を合併した糖尿病網膜症患者の1例を報告する.症例は60歳,男性の糖尿病患者で,糖尿病網膜症に対しては網膜光凝固術が施行されていた.左眼は網膜症が悪化し硝子体手術も施行された.以後眼内炎と眼窩蜂巣炎を発症し薬物療法で加療し軽快したが,頭痛が継続した.造影MRIにて肥厚性硬膜炎が発見され,抗生物質を約9カ月間継続し,頭痛は消失しMRI所見も改善した.肥厚性硬膜炎の診断・経過観察には造影MRIが有用であり,治療には長期の抗生物質投与が有効であった.肥厚性硬膜炎と眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化の関連性が推察された.Hypertrophicpachymeningitisoccursduetovariouscauses;casereportsoftheconditionhaveincreasedwiththedevelopmentofmagneticresonanceimaging(MRI).Inthisreport,wepresentthecaseofa60-year-oldmalewhohaddiabeticretinopathywithendophthalmitisandhypertrophicpachymeningitis.Thediabeticretinopathywastreatedbyphotocoagulation,buttheretinopathyinhislefteyeworsenedandvitreoussurgerywasperformed.Endophthalmitisandorbitalcellulitissubsequentlyoccurred;theywereimprovedbyantibiotictherapy,buthead-achepersisted.HypertrophicpachymeningitiswasdetectedbyenhancedMRI.Afterabout9monthsofantibiotictherapy,theheadachehaddisappearedandMRIndingsimproved.MRIwasusefulindiagnosingandfollowingupthehypertrophicpachymeningitis,andantibiotictherapyoveralongperiodwaseective.Itissuggestedthathypertrophicpachymeningitisisrelatedtoendophthalmitis,orbitalcellulitisanddeteriorationofdiabeticretinopa-thy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):239242,2009〕Keywords:肥厚性硬膜炎,眼内炎,糖尿病網膜症,MRI,糖尿病.hypertrophicpachymeningitis,endophthal-mitis,diabeticretinopathy,MRI,diabetesmellitus.———————————————————————-Page2240あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(102)家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力はVD=0.08(1.5×3.00D(cyl0.50DAx80°),VS=0.03(0.3×5.50D(cyl2.00DAx20°),眼圧は右眼18mmHg,左眼17mmHg,両眼開放隅角(Shaer分類Grade3)であった.細隙灯顕微鏡検査では右眼に初発白内障を認め,左眼は眼内レンズ挿入眼であった.眼底検査では両眼に網膜出血・硬性白斑,左眼に黄斑浮腫を認めた.糖尿病は推定発症年齢35歳で未治療,血糖は246mg/dl,ヘモグロビン(Hb)A1Cは11.2%で,早期腎症(第2期)(尿蛋白:0.40g/日),神経症,高血圧(156/80mmHg),高脂血症(総コレステロール:231mg/dl)がみられた.貧血,低アルブミン血症はみられなかった.経過:蛍光眼底造影検査(uoresceinangiography:FAG)にて左眼に網膜無血管野がみられ,増殖前網膜症であり,10月15日から汎網膜光凝固術を施行した.右眼にもFAGで網膜無血管野がみられ増殖前網膜症へと進行したため,2005年3月7日から汎網膜光凝固術を施行した.左眼黄斑浮腫の増悪がみられ,2006年6月1日に左眼硝子体手術を施行した.その後硝子体出血が起こり9月20日に硝子体手術を施行し,術中増殖膜が認められ網膜症が増殖網膜症へと進行していた.術後胞状網膜離が起こり10月5日左眼硝子体手術を施行したが,裂孔は不明であり滲出性網膜離が疑われた.術後網膜は復位していたが浮腫状であった.10月30日より左眼眼圧上昇が起こりアセタゾラミド錠(ダイアモックスR錠250mg)を内服した.硝子体出血と前房出血もみられ,12月18日には視力は0であった.12月25日には虹彩血管新生が顕著に認められた.2007年1月8日に左眼眼痛と頭痛が起こり,1月9日受診した.左眼に角膜浮腫,前房蓄膿,前房内白色塊がみられた.房水を採取しての検査では鏡検で桿菌状細菌がみられたが,培養では菌の発育を認めなかった.細菌性眼内炎と考えたが視力が0のため硝子体手術は行わず,イミペネム・シラスタチンナトリウム(チエナムR)点滴,レボフロキサシン(クラビットR)内服,レボフロキサシン(クラビットR),トブラマイシン(トブラシンR),リン酸ベタメタゾンナトリウム(リンデロンR液),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンPR)点眼で治療した.眼瞼腫脹もみられたため1月17日にコンピュータ断層撮影を施行し,左眼周囲の軟部組織腫脹,上眼瞼結膜の著明な増強,下眼瞼の腫脹,涙腺の腫脹,強膜に沿って後方へも広がるTenonの炎症所見がみられ,眼窩蜂巣炎と考えた.1月23日退院となり外来加療となった.しかし頭痛が継続するため2月14日にMRIを撮影し,硬膜の肥厚がみられ肥厚性硬膜炎と診断した(図1,2).2月16日からミノサイクリン塩酸塩(ミノマイシンR錠50mg)2錠内服で加療した.2月23日には眼瞼腫脹は減少し,2月28日には左眼は眼球癆となった.MRIで経過観察しながら加療を継続し硬膜炎は約9カ月後の10月31日のMRIで治癒し(図3,4),11月6日にミノサイクリン塩酸塩(ミノマイシンR錠50mg)内服を中止し,以後再発はみられていない.なお,右眼はFAGで網膜無血管野が増加し,3月7日から網膜光図12007年2月14日のGd(ガドリニウム)造影・T1強調MRI(水平断)左眼は右眼に比べてやや小さく,網膜に沿う層状の増強,強膜の増強,視神経に沿うわずかな増強がみられる.眼球周囲の脂肪織にも混濁と増強がみられ,涙腺も軽度腫脹している.図22007年2月14日のGd造影・T1強調MRI(冠状断)左前頭蓋底の硬膜が肥厚し増強されている(矢印).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009241(103)凝固術を追加したが増殖前網膜症のまま経過している.また,原発開放隅角緑内障を認め7月18日から点眼加療を開始した.黄斑部に硬性白斑の沈着を認め視力は低下した.なお,HbA1Cの推移は2006年3月までは9.011.2%,2006年5月以降は7.08.1%であった.軽度の貧血が起こってきた以外は内科での検査所見に著変はみられなかった.II考按肥厚性硬膜炎は宮田ら1)によると2000年までのわが国における文献報告は22例であり,性差はなく,40歳代以降に多く,臨床症候として多いものは末梢性多発性脳神経症候と頭痛であるとされている.診断には画像診断が重要であり,特にMRIの造影後T1強調画像の検討が必要で20),造影によって初めて異常所見が明瞭となることが多い1).したがって,近年の画像診断の進歩により報告が増加してきている1,3).本症には基礎疾患を明らかにすることができない特発性と,なんらかの基礎疾患を有する続発性があり,続発性の基礎疾患としては感染症,膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患,悪性腫瘍などがある2).治療としては特発性の場合はステロイドが最も多く使用されるが,原因が明らかでなくとも抗生物質や抗結核薬が著効する場合もある21).ステロイドで効果が不十分な場合には免疫抑制薬も使用される21).続発性の場合は基礎疾患に対する治療が主体となる21).また組織診断のための生検,脳神経や脳の圧迫症状に対する減圧術などの外科的治療が必要となることもある22).肥厚性硬膜炎の眼科領域における報告419)を検討すると,視神経症などの視神経障害4,5,811,13,1618)と外眼筋麻痺を含めた視神経以外の脳神経障害48,11,1316,18)の報告が多いが,眼振14),眼窩部痛12),眼球突出16),眼周囲炎症性腫瘍12)などの報告もみられる.さらに結膜浮腫9),結膜充血18),毛様充血11,18),強膜菲薄化11,16,18),交感性眼炎12),上強膜炎15,17),強膜炎18),虹彩毛様体炎11,15,18),虹彩の結節様隆起11),軽度眼圧上昇9),毛様体扁平部の黄白色隆起性病変11),硝子体混濁11,18),網膜血管・静脈拡張9),網膜静脈炎15),網膜出血5,9,11),胞様黄斑浮腫5),網膜浸出物15),滲出性網膜離15)といった外眼部および内眼部所見の多彩な報告がなされている.本症例では肥厚性硬膜炎・眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化がみられたが,これらの関連についてはつぎのような機序が考えられる.1)眼窩蜂巣炎の波及により肥厚性硬膜炎が発症した.2)肥厚性硬膜炎から眼窩蜂巣炎・眼内炎が発症した.3)肥厚性硬膜炎・眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化が互いに関連しあっており,肥厚性硬膜炎が糖尿病網膜症を悪化させた.以下に1)3)をそれぞれ考察する.1)鼻性視神経炎から肥厚性硬膜炎を発症した報告14,19)もなされており,眼窩蜂巣炎の波及により肥厚性硬膜炎を発症した可能性が考えられる.2)肥厚性硬膜炎が多彩な眼症状をきたすという報告は多くなされており,肥厚性硬膜炎から眼窩蜂巣炎・眼内炎が発症したことも考えられる.特に左眼には硝子体手術の手術創があったため眼内炎の原因となりえた可能性もある.また視力が比較的早期に0となったことは肥厚性硬膜炎による視神経障害が起こっていたことも否定図32007年10月31日のGd造影・T1強調MRI(水平断)左眼は縮小・変形し眼球癆の状態である.増強は減弱している.眼球周囲の脂肪織の混濁や増強も消失している.図42007年10月31日のGd造影・T1強調MRI(冠状断)左前頭蓋底の硬膜肥厚および増強が消失している(矢印).———————————————————————-Page4242あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(104)はできない.3)門田ら12)は慢性肥厚性脳硬膜炎と眼球癆となっている右眼周囲炎症性腫瘍を合併した左眼の交感性眼炎の1例を報告し,いずれも自己免疫機序が考えられていること,ステロイドで寛解したことからこれらの疾患の関連性を推測しており,本症例においても眼内炎・眼窩蜂巣炎・肥厚性硬膜炎が互いに関連し合っていたことが考えられる.肥厚性硬膜炎により前述のような多彩な眼内病変が起こりえることから,肥厚性硬膜炎が左眼の糖尿病網膜症になんらかの影響を与えていた可能性も否定はできない.硝子体手術を契機にして原因不明の非裂孔原性網膜離を起こしたり,硝子体出血・前房出血・虹彩血管新生など糖尿病網膜症の悪化をきたしたとも考えられる.本症例においては糖尿病網膜症の悪化が頭痛に先行した.しかし上強膜炎と滲出性網膜離のみで経過し,2年後に多発性脳神経麻痺を発症し確定診断に至ったという浅井ら15)の特発性肥厚性硬髄膜炎の報告がみられる.本症例においても肥厚性硬膜炎が以前より存在した可能性があり,糖尿病網膜症への関与も否定はできない.以上をまとめると,本症例においては特発性肥厚性硬膜炎が先に存在し,手術侵襲と相まって糖尿病網膜症を悪化させ,眼窩蜂巣炎と眼内炎を起こしたのではないかと考えた.今回の肥厚性硬膜炎の診断・経過観察には造影MRI検査が有用であり,治療には長期間の薬物療法が有効であった.肥厚性硬膜炎はMRIにより経過観察を行いながら,長期にわたり根気よく加療することが重要である.糖尿病診療においては多彩な病変を起こす肥厚性硬膜炎にも注意を払う必要がある.文献1)宮田和子,藤井滋樹,高橋昭:肥厚性脳硬膜炎の臨床特徴.神経内科55:216-224,20012)伊藤恒,伊東秀文,日下博文:肥厚性脳硬膜炎─基礎疾患との関連─.神経内科55:197-202,20013)瀬高朝子,塚本忠,大田恵子ほか:肥厚性硬膜炎の臨床的検討.脳神経54:235-240,20024)HamiltonSR,SmithCH,LessellS:Idiopathichypertro-phiccranialpachymeningitis.JClinNeuroophthalmol13:127-134,19935)池田晃三,白井正一郎,山本有香:眼症状を呈した肥厚性脳硬膜炎の1例.臨眼49:877-880,19956)JacobsonDM,AndersonDR,RuppGMetal:Idiopathichypertrophiccranialpachymeningitis:Clinical-radiologi-cal-pathologicalcorrelationofboneinvolvement.JNeu-roophthalmol16:264-268,19967)橋本雅人,大塚賢二,中村靖ほか:外転神経麻痺を初発症状とした慢性肥厚性脳硬膜炎の1例.臨眼51:1893-1896,19978)GirkinCA,PerryJD,MillerNRetal:Pachymeningitiswithmultiplecranialneuropathiesandunilateralopticneuropathysecondarytopseudomonasaeruginosa.Casereportandreview.JNeuroophthalmol18:196-200,19989)清水里美,松崎忠幸,宮原保之ほか:肥厚性脳硬膜炎による視神経症の1例.眼科41:673-677,199910)石井敦子,石井正三,高萩周作ほか:視交叉部および周辺に肥厚性硬膜炎を認めた1例.臨眼54:637-641,200011)斉藤信夫,松倉修司,気賀澤一輝ほか:多彩な眼症状を呈した肥厚性硬膜炎の1例.臨眼55:1255-1258,200112)門田健,金森章泰,瀬谷隆ほか:慢性肥厚性脳硬膜炎と眼周囲炎症性腫瘍を合併した交感性眼炎の1例.眼紀53:462-466,200213)永田竜朗,徳田安範,西尾陽子ほか:肥厚性硬膜炎による視神経症の1例.臨眼57:1109-1114,200314)三宮曜香,八代成子,武田憲夫ほか:外転神経麻痺を初発とし肥厚性硬膜炎に至った鼻性視神経炎の1例.眼紀54:462-465,200315)浅井裕,森脇光康,柳原順代ほか:上強膜炎,滲出性網膜離から発症した特発性肥厚性硬髄膜炎の1例.眼臨96:853-856,200216)藤田陽子,吉川洋,久冨智朗ほか:眼窩先端部症候群の6例.臨眼59:975-981,200517)新澤恵,山野井貴彦,飯田知弘:Cogan症候群と視神経症を呈したWegener肉芽腫症による肥厚性硬膜炎の1例.神経眼科22:410-417,200518)上田資生,林央子,河野剛也ほか:肥厚性硬膜炎により眼球運動障害をきたした1例.臨眼60:553-557,200619)宋由伽,奥英弘,菅澤淳ほか:副鼻腔炎手術を契機に発症したアスペルギルス症による眼窩先端症候群の一例.神経眼科23:71-77,200620)柳下章:肥厚性脳硬膜炎の画像診断.神経内科55:225-230,200121)大越教夫,庄司進一:肥厚性脳硬膜炎の内科的治療.神経内科55:231-236,200122)吉田一成:肥厚性脳硬膜炎の外科的治療.神経内科55:237-240,2001***