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眼部から分離された腸球菌と便中の腸球菌の比較解析

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1043.1046,2014c眼部から分離された腸球菌と便中の腸球菌の比較解析戸所大輔*1向井亮*1江口洋*2岸章治*1*1群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学*2徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部視覚病態学野ComparativeAnalysisbetweenEnterococciIsolatedfromEyeandFecalEnterococciDaisukeTodokoro1),RyoMukai1),HiroshiEguchi2)andShojiKishi1)1)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool目的:眼部から分離される腸球菌が腸内細菌に由来するか否か調べること.方法:白内障手術前の結膜.からEnterococcusfaecalisが分離された3名とE.faecalisによる術後眼内炎の1名の便から腸球菌を分離した.E.faecalisが分離された場合,パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)を行いゲノムDNAの相同性を調べた.また各E.faecalis株の病原性因子探索も行った.結果:結膜.からE.faecalisが分離された3名のうち1名の便からE.faecalisが分離された.結膜.と便のE.faecalis株のPFGEパターンは異なっていた.他の患者の便培養では2名からE.avium,1名からE.faeciumが分離された.眼部と便から同一株が検出されたケースは1例もなかった.結論:今回の検討では,眼部E.faecalisが腸内細菌に由来していたケースはなかった.Purpose:Toinvestigatewhetherenterococciisolatedfromtheeyearederivedfromintestinalflora.Method:Threepatientsplanningcataractsurgery,whoseconjunctivalsacsmearswereEnterococcusfaecalis-positive,andonepatientwithpostoperativeendophthalmitisduetoE.faecalis,underwentfecalbacterialculture.WhenE.faecaliswasisolatedfromthestool,thegenomicDNAsoftheocularandfecalstrainswerecomparedbypulsed-fieldgelelectrophoresis(PFGE).VirulencefactorswerealsoexaminedagainsteachE.faecalisstrain.Results:E.faecaliswasisolatedfromthestoolof1ofthe3patientswhoseconjunctivalsacswereE.faecalis-positive.ThePFGEpatternsoftheocularandfecalstrainsisolatedfromthatpatientweredifferent.E.aviumfrom2patientsandE.faeciumfrom1patientwereisolatedfromfecalculturesoftheotherpatients.Ultimately,nopatientpossessedtheidenticalstraininbotheyeandstool.Conclusion:Inthisstudy,E.faecalisintheeyewasnotderivedfromintestinalmicroflora.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1043.1046,2014〕Keywords:腸球菌,結膜.,術後眼内炎,便培養,パルスフィールドゲル電気泳動.enterococci,conjunctivalsac,postoperativeendophthalmitis,fecalculture,pulsed-fieldgelelectrophoresis.はじめに腸球菌(enterococci)は通性嫌気性のグラム陽性球菌であり,ヒト腸管内の常在菌の一つである.通常健常者に対して病原性はないが,免疫不全患者に対して尿路感染症,カテーテル感染,心内膜炎,敗血症などを起こす日和見感染菌である.眼科領域においては,Enterococcusfaecalisが重篤な術後眼内炎を起こすことで知られている.白内障手術後眼内炎の起炎菌はブドウ球菌属(Staphylococcusspp.)やアクネ菌(Propionibacteriumacnes)など眼表面の常在菌が主体であり,眼内炎からの検出株と常在菌の染色体DNAプロファイルが一致した報告1)からも,術後眼内炎の起炎菌の由来は眼表面の常在菌であると考えられている.過去に白内障手術前患者の結膜.培養を行った報告で,高齢者において結膜.からE.faecalisがまれに分離されることがわかっている2.4).筆者が過去に192名の白内障手術予定の患者に対し結膜.擦過部の細菌培養を行ったところ,3名の結膜.からE.faecalisが分離された.分離頻度は1.6%で,この3名はいずれも80歳前後の高齢者だった5).このようにまれに結膜.から分離されるE.faecalisは術後眼内炎の起炎菌となっている可能性が高く,腸球菌眼内炎の原因および病態を解明〔別刷請求先〕戸所大輔:〒371-8511前橋市昭和町3-39-22群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学Reprintrequests:DaisukeTodokoro,DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,3-39-22Showa-machi,Maebashi,Gunma371-8511,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)1043 するうえで重要である.また,筆者らは過去にE.faecalisによる術後眼内炎症例において眼内レンズと便から同一の株が分離された症例を報告した6).しかし,結膜.の腸球菌が患者自身が腸管内に保持している菌株に由来するのか,もしくは環境中に存在する菌株に由来するのか,などの特徴は不明である.今回筆者らは,白内障手術前の結膜.からE.faecalis株が分離された患者3名とE.faecalisによる術後眼内炎の1名を対象に便培養を行い,眼部のE.faecalisが腸内細菌に由来するか否かをパルスフィールドゲル電気泳動(pulsed-fieldgelelectrophoresis:PFGE)を用いて調べた.また,各株の病原性因子の探索および薬剤感受性試験も併せて行ったので報告する.I対象および方法群馬県内の総合病院における平成16年11月から平成18年2月までの1年4カ月間の白内障手術予定の患者192名(男81名,女111名)のうち,結膜.培養でE.faecalisが分離された3名5)(症例1:79歳,男性,症例2:81歳,男性,症例3:78歳,女性)およびE.faecalisによる白内障術後眼内炎の1名(症例4:84歳,女性)を対象とした.前者3名の既往歴は,症例1が高血圧症,前立腺肥大症,脳梗塞,症例2が心房細動,症例3が高血圧症,高脂血症を有していたが,消化器疾患の既往を持つ患者はなかった.結膜.から分離されたE.faecalis株はそれぞれE.faecalisKS-E,E.faecalisKI-E,E.faecalisKO-Eと名付けた.白内障術後眼内炎の症例(症例4)は,平成17年9月に近医での白内障手術の2日後に急性眼内炎を発症し,初診時の矯正視力は0.3だった.既往歴には高血圧症,糖尿病,C型肝炎を有していた.同日硝子体切除術と眼内レンズ摘出術を施行し,最終視力は1.5と良好だったケースである.術中採取した前房水および眼内レンズの細菌培養からそれぞれE.faecalisFM-E1,E.faecalisFM-E2が分離された.以上4名の患者に対し,入院日に同意を得て便を採取しEnterococcus属の選択分離培地である胆汁エスクリン寒天培地に検体を塗布した.37℃にて24時間好気培養を行い,培地の黒変を伴う黒色のコロニーを単離し,ddl遺伝子シークエンス法7)およびBBLクリスタルRGP同定キット(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)により菌種同定を行った.便からE.faecalisが分離された場合,PFGEを行い眼部と便由来のE.faecalis株のゲノムDNAの相同性を調べた.PFGEは既報に従って行い8),制限酵素SmaIにて処理したゲノムDNAパターンを比較した.得られたPFGEパターンはTenoverらの分類基準9)に従って分類した.病原性因子については,溶血毒素とgelatinase/serineproteaseの有無を調べた.溶血毒素は5%ヒト血液寒天培地1044あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014による溶血テストを行い,b溶血環の有無を観察した.Gelatinaseについては,3%ゼラチン添加Todd-Hewitt寒天培地によるゼラチン液化テストを行った.Gelatinaseとserineproteaseは同一プロモーターにより転写され,gelatinase産生株はserineproteaseも同時に産生すること10)からserineprotease活性の測定は省略した.薬剤感受性試験はMueller-Hinton寒天培地およびEtestR(シスメックス・ビオメリュー株式会社)を用い,添付のマニュアルに従って行った.II結果結膜.からE.faecalisが分離された3名の患者のうち,1名(症例3)の便からE.faecalisが分離された(この株をE.faecalisKO-Fと命名).2名(症例1,症例2)の便からはE.aviumが分離され,E.faecalisは分離されなかった.術後眼内炎の患者(症例4)の便からはE.faeciumが分離され,やはりE.faecalisは分離されなかった.今回分離されたE.faecalis6株(結膜.由来3株,便由来1株,眼内炎由来2株)の病原性因子探索の結果を表1に示す.E.faecalisKS-EとE.faecalisKI-Eは溶血毒素を生産し,gelatinase/serineproteaseは生産しなかった.E.faecalisKO-Eは溶血毒素とgelatinase/serineproteaseのいずれも生産しなかった.E.faecalisKO-Fは溶血毒素のみを生産した.眼内炎由来のE.faecalisFM-E1,E.faecalisFM-E2はいずれの病原性因子も生産しなかった.各種抗菌薬に対する薬剤感受性試験の結果を表2に示す.2株(E.faecalisKS-EとE.faecalisKI-E)にトブラマイシン高度耐性,1株(E.faecalisKS-E)にエリスロマイシン耐性を認め,キノロン耐性およびバンコマイシン耐性はなかった.セフェム系およびアミノグリコシド系抗菌薬に対しては自然耐性を示した.今回のE.faecalis6株に対しPFGEを行った.同一患者(症例3)から分離されたE.faecalisKO-EとE.faecalisKO-Fのバンドパターンは異なっており,これら2株は同一株ではなかった(図1).結膜.から分離された3株も,すべて異なる株だった.眼内炎の前房水と眼内レンズからの分離株であるE.faecalisFM-E1とE.faecalisFM-E2のバンドパターンは同一で,この2株は同一株であることがわかった.結果,今回の検討において,眼部と便から同一のE.faecalis株が分離された症例はなかった.III考按なぜ腸内細菌である腸球菌が眼内炎の起炎菌となるのか,眼内炎を起こした腸球菌はどこから来たのか,眼科医であれば誰しも疑問に思ったことがあるのではないか.しかし,結膜.からの腸球菌の分離頻度が高くないうえに,腸球菌によ(118) 表1結膜.,便,術後眼内炎からの分離株と病原性因子Serine溶血毒素GelatinaseproteaseEnterococcusfaecalisKS-E+..EnterococcusfaecalisKI-E+..EnterococcusfaecalisKO-E…EnterococcusfaecalisKO-F+..EnterococcusfaecalisFM-E1…EnterococcusfaecalisFM-E2…表2結膜.,便,術後眼内炎から分離されたE.faecalis株の薬剤感受性E.faecalisE.faecalisE.faecalisE.faecalisE.faecalisKS-EKI-EKO-EKO-FFM-E1/E2CTRX>256>256>256>256>256CAZ>256>256>256>256>256DRPM44442TOB>1,024>1,024161616EM>2560.250.50.1250.25LVFX22224VCM22222最小発育阻止濃度(mg/dl)CTRX:セフトリアキソン,CAZ:セフタジジム,DRPM:ドリペネム,TOB:トブラマイシン,EM:エリスロマイシン,LVFX:レボフロキサシン,VCM:バンコマイシン.る術後眼内炎の頻度がきわめて低いことから,前向き研究によりこの問題を明らかにするのは簡単ではない.筆者らは,E.faecalis眼内炎症例において起炎菌株と同一の株が便から分離された経験6)から,結膜.から通過菌として分離される腸球菌が腸管内の常在腸球菌に由来しているのではないかと考え,眼部からE.faecalisが分離された患者を対象に今回の調査を行った.細菌の伝播経路や同一クローンの拡散を調べるには遺伝子型別解析を行う必要があり,これにはPFGEやrandomlyamplifiedpolymorphicDNAanalysis(RAPD)などフラグメント解析と近年急速に普及したmultilocussequencetyping(MLST)などの配列解析がある.MLST法は菌株のグローバルな広がりをみるのに優れた方法であるが,同一施設内での菌株の一致を証明するにはいまだPFGEがゴールドスタンダードであり,今回はPFGEを行った.結膜.からの腸球菌の分離頻度は1.6.4.8%で2.5),分離された症例はすべて高齢者であった3.5).腸球菌が有意に高齢者から分離される理由については,ブドウ球菌属(Staphylococcusspp.),アクネ菌(P.acnes),コリネバクテリウム属(Corynebacteriumspp.)などからなる常在細菌叢のバランスが高齢になると崩れてくることが多いためと考えられ(119)症例1症例2症例3症例4(kb)Y123456L365242.5285194225145.59748.5Y:Yeastchromosomes,SaccharomycescerevisiaeL:Lambdaladders図1結膜.,便,術後眼内炎から分離されたE.faecalis株の染色体DNAのパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)レーン1:E.faecalisKS-E,レーン2:E.faecalisKI-E,レーン3:E.faecalisKO-E,レーン4:E.faecalisKO-F,レーン5:E.faecalisFM-E1,E.faecalisFM-E2.レーン1.5は異なるPFGEパターンを示す.レーン5と6のバンドパターンは同一である.る.レンサ球菌や緑膿菌などの通過菌もやはり高齢者を中心に分離される3,4).興味深かったのは,腸管内にはE.faecalis以外にもE.faecium,E.durans,E.aviumなどさまざまな菌種が存在するにもかかわらず11)眼表面からはE.faecalisしか分離されなかったことで,過去の報告でも同様の傾向である2.5).星らは白内障術前患者295例に対し結膜.と鼻前庭の培養検査を施行し,E.faecalisは結膜.から4.4%の頻度で分離されたのに対し,鼻前庭からは分離されなかったことを報告している12).一般に細菌には特定の組織親和性がみられる.腸球菌は腸管粘膜,泌尿生殖器粘膜,心内膜に感染を起こすのに対し,下気道粘膜には感染しない.E.faecalisと腸管上皮細胞との接着にはヘパリンやヘパラン硫酸など硫酸化グリコサミノグリカンが関与していることがわかっており13),結膜や鼻粘膜上皮との親和性に関しても今後の研究が期待される.また,今回便培養を行った4症例のうち2例からE.avium,1例からE.faecalis,1例からE.faeciumが分離された.便から分離される腸球菌の優位菌種はE.faecium,次いでE.faecalisであり,E.aviumが分離される頻度は低いとされる11).今回の検討では眼部からE.faecalisが分離された症例に対して便培養を行ったため,検体の採取日が眼と便で一致していない.便からE.faecalisが分離されなかった症例においても,日を変えて再検することで他の菌種が分離される可能性は否定できない.今回の検討で,結膜.とあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141045 便からE.faecalisが分離されたのは1例(症例3)のみであり,結膜.のE.faecalisKO-E株と便のE.faecalisKO-F株は同一でなかった.結果として,今回の検討では5株(うち2株は同一株)の眼部由来E.faecalisのうち,腸内細菌に由来しているケースはなかった.結膜.の通過菌として分離されるE.faecalisは患者の保持する腸内細菌由来ではなく環境由来である可能性があり,今後多数例での検討を要すると思われた.文献1)SpeakerMG,MilchFA,ShahMKetal:Roleofexternalbacterialflorainthepathogenesisofacutepostoperativeendophthalmitis.Ophthalmology98:639-649,19912)平松類,星兵仁,川島千鶴子ほか:結膜.内常在菌の季節・年齢性.眼科手術20:413-416,20073)岩崎雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜.内細菌叢と薬剤感受性率.あたらしい眼科23:541-545,20064)志熊徹也,石山善三,廣瀬麻衣子ほか:東京都新宿区と山口県柳井市における白内障手術予定患者の結膜ぬぐい液細菌検査の比較.臨眼59:891-895,20055)戸所大輔:特集術後眼内炎の最近の話題腸球菌眼内炎の病態.IOL&RS22:130-133,20086)戸所大輔,岸章治,池康嘉:溶血毒素を生産する腸球菌による術後眼内炎の症例.あたらしい眼科23:229-231,20067)OzawaY,CourvalinP,GalimandM:IdentificationofenterococciatthespecieslevelbysequencingofthegenesforD-alanine:D-alanineligases.SystApplMicrobiol23:230-237,20008)MurrayBE,SinghKV,HeathJDetal:ComparisonofgenomicDNAsofdifferentenetrococcalisolatesusingrestrictionendonucleaseswithinfrequentrecognitionsites.JClinMicrobiol28:2059-2063,19909)TenoverFC,ArbeitRD,GoeringRVetal:InterpretingchromosomalDNArestrictionpatterns:criteriaforbacterialstraintyping.JClinMicrobiol33:2233-2239,199510)GilmoreMS,CoburnPS,NallapareddySRetal:Enterococcalvirulence.Theentetococci(GilmoreMS),p301354,ASMPress,Washington,D.C.,200211)GeraldWT,CookG:Entetococciasmembersoftheintestinalmicrofloraofhumans.Theenterococci(GilmoreMS),p101-132,ASMPress,Washington,D.C.,200212)星最智,大塚斎史,山本恭三ほか:結膜.と鼻前庭の常在細菌の比較.あたらしい眼科28:1613-1617,201113)SavaIG,ZhangF,TomaIetal:Novelinteractionsofglycosaminoglycansandbacterialglycolipidsmediatebindingofenterococcitohumancells.JBiolChem284:18194-18201,2009***1046あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(120)