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リファブチンによるぶどう膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):599.603,2014cリファブチンによるぶどう膜炎の1例岡部智子*1松本直*1岡島行伸*1渡辺博*1杤久保哲男*1坂井潤一*2*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2東京医科大学眼科学教室ACaseofRifabutin-AssociatedUveitisTomokoOkabe1),TadashiMatsumoto1),YukinobuOkajima1),HiroshiWatanabe1),TetsuoTochikubo1)JunichiSakai2)and1)1stDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity緒言:投与中の薬剤が原因となって発症する薬剤性ぶどう膜炎が近年報告されている.薬剤性ぶどう膜炎を引き起こす薬剤の一つとしてリファブチンがあるが,わが国での報告は少ない.今回筆者らはリファブチンが原因と思われる薬剤性ぶどう膜炎を経験したので報告する.症例:82歳,女性.非結核性抗酸菌症に対するリファブチンとクラリスロマイシンの内服開始2カ月後に両眼性に前房畜膿を伴うぶどう膜炎を発症した.リファブチンによる薬剤性のぶどう膜炎を疑い,内服を中止した.ステロイドの局所投与にて改善を認めた.考按:リファブチンは日本では承認されてから数年しか経っておらず,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告はまだ少ないが,今後急増する可能性があると考えられた.Inrecentyears,thedevelopmentofdrug-induceduveitisfollowingdrugadministrationhasbeenreported.Oneofthedrugscausingdrug-induceduveitisisrifabutin,buttherearefewreportsofitinthiscountry.Wereportitatthistimebecauseweexperienceddrug-induceduveitisattributabletorifabutin.Thepatient,an82-year-oldfemale,developedhypopyonuveitisinbotheyescharacteristics2monthsafterstartinginternaluseofrifabutinandclarithromycinfornontuberculousacid-fastbacterialdisease.Idoubtedrifabutin-associateduveitisandcanceledtheinternaluse.Iacceptedimprovementbylocaladministrationofsteroid.RifabutinpassedonlyforseveralyearsafteritwasapprovedinJapan,andtherewerestillfewreportsofrifabutin-associateduveitis;however,itwasthoughtthattheconditionmightincreaserapidlyinfuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):599.603,2014〕Keywords:リファブチン,薬剤性ぶどう膜炎,前房蓄膿.rifabutin,Drug-induceduveitis,hypopyonuveitis.はじめに投与中の薬剤が原因となって発症する薬剤性ぶどう膜炎が近年報告されている.薬剤性ぶどう膜炎を引き起こす薬剤の一つとしてリファブチンがあり,クラリスロマイシンと併用した場合,用量によっては前部ぶどう膜炎を引き起こす可能性が40%にも達するといわれている1)が,わが国での報告は少ない.今回筆者らはリファブチンが原因と思われる薬剤性ぶどう膜炎を経験したので報告する.I症例患者:82歳,女性.主訴:右眼の違和感と視力低下.現病歴:平成24年1月9日右眼の違和感と視力低下を自覚し翌日に近医を受診した.右眼に前房蓄膿を伴うぶどう膜炎を認めた.ステロイドの結膜下注射を行い,0.5%レボフロキサシン点眼と0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼を開始し,精査加療目的に同日,東邦大学医療センター大森病院を紹介受診となった.既往歴:当院呼吸器内科にて,非結核性抗酸菌症に対して内服加療中であった.クラリスマイシン・エタンブトール・リファンピシンの3剤にて内服治療を開始していたが,エタンブトールにて視力障害,リファンピシンにて口唇の乾燥の〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,1stDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,7-5-23Omori-nishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(121)599 副作用があり,平成23年11月からはリファブチン(300mg)とクラリスロマイシン(600mg)を内服していた.初診時所見:初診時,右眼視力0.04(i.d.×+4.00D),左眼視力0.5(1.0×+1.75D(cyl.1.00DAx80°),眼圧は右眼15mmHg,左眼11mmHgであった.右眼の前眼部所見として,微細な角膜後面沈着物,前房内に炎症細胞(+++),フィブリンの析出さらには比較的さらさらした前房蓄膿を認めた(図1).左眼の前眼部にも軽度の前房内炎症があり,両眼に虹彩炎が確認できた.右眼の眼底は透見不能であったが,左眼の眼底には明らかな所見は認めなかった.血液検査ではCRP(C反応性蛋白):0.9mg/dlと上昇していたが,WBC(白血球)は6,800/μlと正常範囲であった.ほか補体価:52.7,Ig(免疫グロブリン)G:1,646mg/dl,IgA:493mg/dlと上昇,ACE(アンギオテンシン変換酵素):7.3U/l,IgM:44mg/dlは低下していたが特定の疾患を疑うものは認めなかった.胸部X線では右肺野・左中下肺野の線状影や網状影を認めた.これは結核の所見と思われ,以前のX線所見とは著変は認めていなかった.経過:近医ですでに右眼にデキサメサゾンの結膜下注射を受けており,同日の当院受診時には右眼は自覚症状では改善していた.0.5%レボフロキサシン点眼と0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼薬を両眼に変更し,散瞳薬を追加した.リファブチンの副作用の可能性も考えられ,本人の強い希望にて呼吸器内科と相談のうえ,翌日からリファブチン内服を中止した.翌日には両眼に前房蓄膿を認めたため,両眼にデキサメサゾン4mg結膜下注射を施行した.治療開始3日目には右眼視力(0.4)と改善を認めるものの,左眼視力(0.02)と低下し,再度両眼に結膜下注射を施行した.以後も両眼とも改善傾向は認めるが,炎症は強かったため結膜下注射を数回施行した.その後は経時的に改善を認めた.デキサメサゾン点眼ならびに連日の結膜下注射にて炎症は軽減し,視力は改善した(図2).治療開始9日目の時点で前房内炎症はほぼ消失し,眼底には両眼とも滲出斑や出血はなく,視神経乳頭発赤も認めず,網膜病変がないことが確認できた(図3).1カ月後には炎症所見は消失し,その後再発は認めていない(図4).リファブチン内服開始頃から顔の皮膚に色素沈着を認めていたが,内服中止により改善した.II考按リファブチンは,リファンピシンなどを含むリファマイシン系薬剤の一つであり,商品名をミコブティンカプセルRといい,結核症・非結核性抗酸菌症・HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染患者における播種性MAC(Mycobacteriumaviumcomplex)症の治療薬として,日本では2008年7月に承認されたものである.リファンピシンと比べると抗菌活性はより強力であるが高い副作用をもつため,リファンピシ600あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014ンに耐性があったり,副作用などでリファンピシンの使用が困難な場合に使用することとされている.リファブチンはリファンピシン耐性の結核菌の約30%に効果があるとされている.リファマイシン系薬剤の共通の副作用である血球減少症・肝機能障害などのほかに,リファブチン特有の副作用としてぶどう膜炎がある.非結核性抗酸菌症の70%を占めるのはMAC症であり,現在,肺MAC症の化学療法の原則はリファンピシン・クラリスロマイシン・エタンブトールの3剤による多剤併用が基本とされている2).そのため,リファンピシンを副作用や何らかの理由で使用できずリファブチンに変更した場合,通常リファブチンはクラリスロマイシンと併用されることになる.リファブチンはクラリスロマイシンと併用することによって血中濃度が1.5倍以上に上昇する3)といわれており,用量依存性であるリファブチンの副作用によるぶどう膜炎の発症率はその分高くなる4).リファブチン450mg単独投与でのぶどう膜炎の発症率は391例中7例(1.8%)であるのに対しリファブチン450mgとクラリスロマイシン1,000mgを併用した場合は389例中33例(8.5%)になったとの報告5)もある.また,リファブチン600mgとクラリスロマイシン1,000mgを併用した場合,前眼部ぶどう膜炎の発症頻度は40%にも達する1)ともいわれている.リファブチンによるぶどう膜炎の発症率は海外に比べてわが国では低く,筆者らが調べた限りでは7症例が報告されているにすぎない.日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会が推奨するガイドラインによれば,クラリスロマイシン併用時のリファブチンの初期投与量は150mg/日であり,6カ月以上副作用がない場合に300mg/日までの増加を可と定めており2),わが国においてリファブチンが300mgを超えて使用されることは多くはないと考えられ,そのため,日本での発症率はそれほど高くはなっていないと考えられる.これに比べ,海外ではリファブチンの投与量は300.600mgであり,ぶどう膜炎の発症頻度には大きく差がある.リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎としてわが国ですでに報告された7症例6.9)に,今回の1症例を加えた8症例の特徴を検討した(表1).発症年齢に特別の傾向はなく,性別は女性に多い.リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の発症が用量依存性ということから,体の小さい女性のほうが体内の血中濃度が上昇しやすく,発症しやすいことにつながっている可能性があると考えられた.リファブチンの投与量は,2症例で150mg,1症例は不明であったが,5症例では300mgであった.内服を開始してから発症までの期間には2.3カ月が目立ち,今回も2カ月後であった.8症例中6症例は両眼であった.1例を除いてすべての症例でクラリスロマイシンを併用していた.前房蓄膿は1症例を除いて認めており(122) 図1右眼の初診時の前眼部写真角膜後面沈着物,前房内炎症細胞,フィブリンと前房蓄膿を認めた.図3治療開始9日目の眼底写真眼底に網膜病変は認めなかった.強い前房内炎症を伴うことがわかる.硝子体混濁は8症例中3症例で認めたが,血管炎の所見は認めなかった.治療は,リファブチンの内服中止とステロイドによる消炎が有効とされている.8症例中3症例は内服中止と,ステロイド点眼の(123)logMAR視力0.51.52.5日付0121/101/121/141/161/181/201/221/241/261/281/30:右眼:左眼デキサメサゾン4mg結膜下注射図2治療経過図4治療開始6カ月後の前眼部写真右眼に瞳孔不整は認めるが,両眼とも炎症の再発は認めていない.みにて改善したが,他3症例でステロイドの結膜下注射が必要であった.鑑別診断としては,前房蓄膿をきたすぶどう膜炎として,Behcet病・HLA(ヒト白血球抗原)-B27関連ぶどう膜炎・糖尿病虹彩炎・炎症性腸炎・リウマチ性関節炎に伴うぶどうあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014601 表1国内でのリファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告症例年齢(歳)性別RBTの内服量内服から発症までの期間発症眼前房蓄膿硝子体混濁治療齋藤ら6)91女性150mg2カ月両眼++隅角癒着解離術・硝子体切除術齋藤ら6)72女性150mg7カ月右眼++内服中止・点眼齋藤ら6)83女性300mg6カ月両眼.+内服中止・点眼石口ら7)45男性300mg3カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射飯島ら8)80女性不明2カ月両眼+.内服中止・点眼福留ら9)64女性300mg2カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射福留ら9)81女性300mg2カ月右眼+.硝子体切除術岡部ら82女性300mg2カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射膜炎・仮面症候群(悪性リンパ腫)・細菌性眼内炎(内因性・外因性)などがあげられるが,今回の症例は,①両眼に発症したこと,②リファブチン内服開始2カ月後の発症であったこと,③リファブチンとクラリスロマイシンを併用していたこと,④リファブチンの内服中止および副腎皮質ステロイド薬の局所投与によく反応したこと,⑤網膜病変を認めなかったこと,⑥全身所見や臨床検査所見で上記の鑑別疾患に合致する所見がないことより,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の可能性が高いと考えた.リファブチンの副作用の発症機序は,①リファブチンまたはその代謝産物による中毒症の可能性(投与量に依存する)1,3,6,10.12),②リファブチンで死滅した抗酸菌または菌の放出物に対するアレルギー性炎症反応など10,13)が考えられているが,現在はまだ解明はされていない.今回の所見は,細菌由来のエンドトキシン(LPS)をラットやマウスに接種して惹起したendotoxin-induceduveitis14)の所見ときわめて類似していることから,本症においてもリファブチンの投与により結核菌の細胞壁から遊離したLPSが発症に関与している可能性も考えられた.リファブチンを継続すると高率に再発するため,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎は早期に診断して内服薬の中止と副腎皮質ステロイド薬の局所投与による消炎治療が必要である.リファブチンは日本では承認されてから数年しか経っておらずリファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告はまだ少ないが,今後急増する可能性があると推測された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ShafranSD,DeschenesJ,MillerMetal:Uveitisandpseudojaundiceduringaregimenofclarithromycin,rifabutinandethanbutol.MACStudyGroupoftheCanadianHIVTrialNetwork.NEnglMed330:438-439,1994602あたらしい眼科Vol.31,No.4,20142)日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会,日本呼吸学会感染症・結核学術部会:肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解-2008暫定.結核83:731-733,20083)HafnerR,BethelJ,PowerMetal:Toleranceandpharmacokineticinteractionsofrifabutinandclarithromycininhumanimmunodeficiencyvirus-infectedvolunteers.AntimicrobAgentsChemother42:631-639,19984)ShafranSD,SingerJ,ZarownyDPetal:Determinantsofrifabutin-associateduveitisinpatientstreatedwithrifabutin,clarithromycin,andethambutolforMycobacteriumaviumcomplexbacteremia:amultivariateanalysis.CanadianHIVTrialsNetworkProtocol010StudyGroup.JInfectDis177:252-255,19985)BensonCA,WilliamsPL,CohnDLetal:ClarithromycinorrifabutinaloneorinconbinationforprimaryprophylaxisofMycobacteriumaviumcomplexdiseaseinpatientswithAIDS:Arandomized,double-blind,placebo-controlledtrial.TheAIDSClinicalTrialsGroup196/TerryBeirnCommunityProgramsforClinicalResearchonAIDS009ProtocolTeam.JInfectDis181:1289-1297,20006)斎藤智一,尾花明,土屋陽子ほか:抗酸菌症治療薬リファブチンによりぶどう膜炎を生じた3例.日眼会誌115:595-601,20117)石口奈世理,上野久美子,栁原万里子ほか:リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎を生じた後天性免疫不全症候群の1例.日眼会誌114:683-686,20108)飯島敬,市邉義章,清水公也:リファアブチンに関連した前房畜膿を伴うぶどう膜炎.あたらしい眼科28:693695,20119)福留みのり,佐々木香る,中村真樹ほか:リファブチン関連ぶどう膜炎の2例.臨眼64:1587-1592,201010)KellerherP,HelbertM,SweeneyJetal:UveitisassociatedwithrifabutinandmacrolidetherapyforMycobacteriumaviumintracellulareinfectioninAIDSpatients.GenitourinMed72:419-421,199611)HavilirD,TorrianiF,DubeM:Uveitisassociatedwithrifabutinprophylaxis.AnnInternMed121:510-512,199412)KarbassiM,NikouS:Acuteuveitisinpatientswithasquiredimmunodeficiencysyndromereceivingprophylacticrifabutin.ArchOphthalmol113:699-701,199513)JacobsDS,PilieroPJ,KuperwaserMGetal:Acute(124) uveitisassociatedwithrifabutinuseinpatientswith14)RosenbaumJT,McDevittHO,GussRBetal:Endotoxinhumanimmunodeficiencyvirusinfection.AmJOphthal-induceduveitisinratasamodelforhumandisease.mol118:716-722,1994Nature286:611-613,1980***(125)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014603