‘視力障害’ タグのついている投稿

副鼻腔真菌症による両眼性鼻性視神経症で片眼失明した1例

2017年10月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(10):1470~1473,2017副鼻腔真菌症による両眼性鼻性視神経症で片眼失明した1例武田昌也*1井上裕治*2森樹郎*3*1東京警察病院眼科*2自治医科大学眼科学講座*3虎の門病院眼科CACaseofUnilateralBlindnessFollowingBilateralRhinogenicOpticNeuropathyMasayaTakeda1),YujiInoue2)andMikiroMori3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,2)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital免疫機能障害をきたす基礎疾患はとくにないが,両眼に鼻性視神経症を発症した症例を経験した.症例はC75歳,女性.右眼周囲,頭部,頸部痛,右眼視力低下を自覚し,近医を受診した.両眼白内障と診断され,右眼白内障手術施行後,右眼光覚なしとなり,左眼はCGoldmann動的視野検査(GP)で中心暗点および耳側と上方の感度低下を認めた.頭部CMRI(magneticCresonanceCimaging)検査で右蝶形骨洞に高信号を認め,虎の門病院紹介となった.左眼CHum.phrey静的視野検査C30-2では中心部上方に絶対暗点,鼻側と耳側に感度低下を認めた.頭部CCT(computedtomogra.phy)検査で右後部篩骨洞に軟部陰影を認め,さらに下垂体前壁の骨破壊像を認めた.浸潤型副鼻腔真菌症を疑い,耳鼻咽喉科で両側蝶形骨洞開放術による減圧および内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行した.検体からCAspergillusfumigatusが検出されたため,ボリコナゾール(ブイフェンド.)を投与開始した.その後,右眼視力は光覚なしのまま改善はみられなかった.左眼視力,限界フリッカ値(CFF),中心暗点には大きな変化は認められなかったが,耳側の視野障害は徐々に改善した.CWeCreportCaC75-year-oldCfemaleCwhoCsu.eredCbilateralCvisualCimpairmentCfollowingCparanasalCsinusCfungalCinfection.Thepatientpresentedwithperiorbitalpain,headacheandvisualimpairmentinherrighteye,whichhadnotrecoveredfromcataractsurgeryanddiminishedtonolightperception.Centralscotomaandsensitivitydepres.sionwerepresentinthelefteye.Magneticresonanceimaging(MRI)showedenhancementintherightsphenoidalsinus.CComputedCtomography(CT)disclosedCaCsoftCtissueCandCboneCdefectCinCtheCparanasalCsinus.CSheCunderwentCradicalantrotomywithsystemicantifungaltreatment.Nasalbiopsyidenti.edAspergillusfumigatus.Despitetreat.ment,nolightperceptioncontinuedintherighteye;critical.ickerfrequency(CFF)andcentralscotomadidnotrecoverinthelefteye,whilesensitivitydepressioninthelefteyerecoveredslowly.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(10):1470~1473,C2017〕Keywords:副鼻腔真菌症,鼻性視神経症,視力障害.paranasalsinus,aspergillosis,rhinogenicopticneuropathy,visualimpairment.Cはじめに鼻性視神経症は,副鼻腔.胞あるいは副鼻腔炎により視神経の障害をきたす疾患である.多くは片眼性であるが,両眼性の報告もある1).原因菌として,StreptcoccusCpneumoni-ae,HaemophilusCin.uenzae,StaphylococcusCaureus,MoraxellaCcatarrhalisなどが多いが,真菌感染により生じるものもある1~4).副鼻腔の真菌感染は,上顎洞に生じることが多いが,蝶形骨洞や後部篩骨洞に生じた場合は視神経に炎症が波及しやすいため,鼻性視神経症となることがある5,6).糖尿病や肝疾患など免疫能低下の症例に多いことが報告されている7,8).とくに免疫能の低下した症例では頭蓋底に浸潤して死に至る〔別刷請求先〕武田昌也:〒164-8541東京都中野区中野C4-22-1東京警察病院眼科Reprintrequests:MasayaTakeda,DepatrmentofOphthalomology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,4-22-1Nakano,Nakano-ku,Tokyo164-8541,JAPAN1470(132)こともある9).しかし,眼底所見に乏しい場合は,診断が遅れることがある.今回,免疫能低下をきたす基礎疾患がとくにないが,両眼に鼻性視神経症を発症した症例を経験したので報告する.CI症例患者:75歳,女性.主訴:右眼視力低下.既往歴:うつ,非結核性抗酸菌症,骨粗鬆症,過活動膀胱の既往があるが,受診時には改善しており,常用薬はなかった.現病歴:2014年C1月に右眼周囲,頭部,頸部の痛みが出現し,3月より右眼視力低下を自覚した.4月に他院を受診し,右眼矯正視力C0.3,左眼矯正視力C0.5で,両眼に核白内障が認められた.視力低下は白内障が原因と判断され,5月に右眼の白内障手術を施行したが,自覚的には視力は改善せず,4日後に右眼光覚なしとなった.左眼はCGoldmann動的視野検査(Goldmannperimeter:GP)にて,中心暗点を認図1左眼Goldmann動的視野検査(2014年5月)中心暗点,上方の感度低下を認める.め,上方の内部イソプターが狭窄していた(図1).頭部MRI(magneticCresonanceCimaging)検査にて右蝶形骨洞に高信号を認めたため,虎の門病院耳鼻咽喉科に紹介され,6月に眼科を受診した.初診時所見:視力は右眼光覚なし,左眼矯正視力C0.4,眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C13CmmHg,限界フリッカ値(criti-図2眼底写真右眼視神経乳頭が若干蒼白で,一部網膜の萎縮を認めた.左眼視神経乳頭下方辺縁の菲薄化を認めた.図3左眼Humphrey静的視野検査30-2(2014年6月)中心部上方に絶対暗点,とくに下鼻側に強い感度低下を認めた.図4頭部単純CT右後部篩骨洞に軟部陰影,下垂体前壁に骨破壊像を認めた.図5左眼Goldmann動的視野検査(2014年6月)術前と比較し,中心暗点の大きさは著変なかった.図6左眼Humphrey静的視野検査30.2a:6-1C2014年C6月,Cb:6-2C2014年C7月,Cc:6-32014年C10月.耳側の感度低下は徐々に改善した.CcalCflickerCfrequency:CFF)は右眼計測不能,左眼C33CHz薄化を認めた.であった.前眼部,中間透光体に異常所見はなかった.両眼Humphery静的視野検査C30-2では左眼中心部上方に感度底は豹紋状で(図2),右眼の視神経乳頭は若干蒼白で傾斜し低下を認めた.視神経乳頭陥凹拡大が下方にあるため,緑内ていた.左眼の視神経乳頭の色調は良好だが,下方辺縁の菲障の合併が考えられた.また,耳側と下鼻側に感度低下を認めた(図3).頭部CCT(computedCtomography)検査では,右後部篩骨洞の軟部陰影と下垂体前壁の骨破壊像を認めた(図4).血液検査に特記すべき異常はなかった.臨床経過:CTでの骨破壊像より浸潤型副鼻腔真菌症が疑われたため,6日後に耳鼻咽喉科で両側蝶形骨洞開放術による減圧および内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行した.術中,右後部篩骨洞に膿性貯留物,炎症性粘膜肥厚,少量の菌塊を認め,真菌感染が強く疑われた.骨破壊を認めたが,明らかな骨欠損は認めなかった.術後に右副鼻腔洗浄とリボソーマルアンホテリシンCB(アムビゾーム.)の全身投与を開始した.術C5日後に検体からAspergillusCfumigatusが検出され,ボリコナゾール(ブイフェンド.)の全身投与を開始した.術C7日後,視力は両眼とも改善せず,CFFは右眼計測不能,左眼C29CHzであった.GPでの中心暗点の大きさも著明な変化はなく(図5),右眼球周囲の痛みは残存していた.2014年C10月まで経過を観察したが,視力とCCFFに変化はなかった.視野は,中心部上方の暗点は残存したが,耳側の感度低下は徐々に改善した(図6).CII考察副鼻腔真菌症は,免疫機能低下が発症に関係していると考えられているが,基礎疾患を合併しない症例も多い7).原因菌はCAspergillusがC80%以上を占める7,8).Aspergillusは,口腔,鼻腔,副鼻腔に常在し病原性に乏しいので,健常人ではアスペルギルス症が発症することは少ない.本症例は,高齢ではあるが比較的免疫機能が保たれていたにもかかわらず,副鼻腔真菌症が発症した.視力低下を生じたが,白内障の合併があり,加えて鼻症状を欠いていたので,鼻性視神経症の診断が遅れた.本症例は,両眼の鼻性視神経症であった.通常は片眼性のことが多いが,両眼性のものも報告されている1,10,11)ため,両眼性の視神経障害においても鼻性視神経症を鑑別に入れる必要がある.鼻性視神経症は副鼻腔.腫や副鼻腔炎による視神経への圧迫,循環障害あるいは炎症の間接的な波及が発症の原因として考えられている12).本症例は浸潤型ではあったが,明らかな骨欠損は認められなかったので,両眼ともに炎症の間接的波及により発症した可能性がある.北川らは,副鼻腔真菌症が原因の両眼鼻性視神経症をC1例報告している1).右篩骨洞内に真菌感染があり,右眼の失明は直接感染,1カ月後の左眼の失明は炎症の波及によると考察している.本症例においても感染巣から近い右眼が先に発症し,離れている左眼の発症は遅れたと考えられる.浸潤型は頭蓋内に波及すると生命予後が不良であり,北川らの症例は,初診からC2カ月後に真菌性髄膜炎のため死亡した.本症例ではCCT所見では骨破壊を認めたが,術中所見では明らかな骨欠損までは認めず,眼窩および頭蓋内への感染が生じなかったため,生命予後が良好であったと考えられる.副鼻腔真菌症では,発症から手術までの期間がC2カ月を超えると視力予後が不良であると報告されている13).本症例では自覚症状出現より手術までの期間はC3カ月程度であった.診断の遅れがあり,浸潤型であったため,右眼は光覚の回復は認められず,左眼の回復も限定的であった.副鼻腔真菌症による両眼性鼻性視神経症の症例を経験したので報告した.診断まで時間がかかり片眼は失明したが,適切な治療により他眼の視力は保たれ視野の改善が認められた.視機能低下の症例では,鼻性視神経症も鑑別に入れ,早期に診断することが重要である.文献1)北川裕,高橋現一郎,後藤聡ほか:副鼻腔真菌症から両眼失明に至ったC1例.あたらしい眼科C24:1377-1380,C20072)三橋純子,島川眞知子,平井由児ほか:侵襲性副鼻腔アスペルギルス症に合併した鼻性視神経症の一例.眼臨紀C3:C353-357,C20103)後島史行,藤岡正人,國弘幸伸ほか:蝶形骨洞真菌症のC2症例.耳鼻喉頭科・頭頸部外科75:566-570,C20034)竇一博,中静隆之,佐藤新兵ほか:眼窩深部痛で発症し眼科先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症のC1例.あたらしい眼科29:1705-1708,C20125)田中章浩,吉田誠克,諫山玲名ほか:眼科先端症候群を呈した非浸潤型副鼻腔アスペルギルス症のC1例.臨床神経学C51:219-222,C20116)FatterpekarG,MukherjiS,ArbealezAetal:FungaldisC.easesoftheparanasalsinuses.SeminUltrasoundCTMRC20:391-401,C19997)大河喜久,佐伯忠彦,渡辺大志:鼻副鼻腔真菌症C74例の臨床的検討.耳鼻喉頭科・頭頸部外科83:859-864,C20118)長谷川稔文,雲井一夫:鼻副鼻腔真菌症C54例の臨床的検討.耳鼻咽喉科臨床98:853-859,C20059)高宮優子,飯村滋朗,今野渉ほか:眼窩先端部へ進展した副鼻腔真菌症のC1症例.耳鼻咽喉科展望C51:308-313,C200810)阿部恵子,鈴木利根,中村昌弘ほか:著明な視力回復を認めた両眼性鼻性視神経症のC1例.眼紀51:680-686,C200011)HiratsukaCY,CHottaCY,CAkariCYCetCal:RhinogenicCopticCneuropathyCcausedCbilateralClossCofClightCperception.CBrJOphthalmolC82:99-100,C199812)井街讓:鼻性視神経炎について.眼臨C76:1345-1355,C198213)門井千春,武田憲夫:鼻性視神経症(炎)の検討.眼紀44:C47-52,C1993***

山名眼科医院開院時から20年以上継続して受診している糖尿病患者の網膜症進行と視力障害の原因

2013年10月31日 木曜日

山名眼科医院開院時から20年以上継続して受診している糖尿病患者の網膜症進行と視力障害の原因山名泰生*1松尾雅子*1髙嶋雄二*1合屋慶太*2*1山名眼科医院*2こやのせ眼科クリニックDiabeticRetinopathy:Long-TermFollow-upofVisionLossandVisualAcuityYasuoYamana1),MasakoMatsuo1),YujiTakashima1)andKeitaGoya2)1)YamanaEyeClinic,2)KoyanoseEyeClinic山名眼科医院は1987年7月に開院して2007年で20周年を迎えた.この間の糖尿病患者の受診状況について,また2010年まで継続受診している糖尿病患者88名の網膜症と視力の変化や進行悪化の原因について調査した.開院時は総外来患者数6,824名に対して糖尿病患者数342名で糖尿病患者の割合は5%,2010年の総外来患者数は11,475名で糖尿病患者は1,783名,糖尿病患者の割合15.5%であった.20年間に糖尿病患者は増加したが,有網膜症は減少し,初診患者の増殖網膜症の比率は有意(p<0.001)に減少していた.20年以上経過観察できた88症例のうち単純網膜症からの寛解が1割にみられた.網膜症の進行は5割で,そのうち重症網膜症への進行は4割であった.視力0.6以下に低下した症例は2割であった.そのうち糖尿病網膜症による視力障害は5割であった.網膜症進行原因は,受診中断と血糖コントロール不良であった.無網膜症の6割は経年的に進行し,増殖前網膜症では5年以内に増殖網膜症に進行していた.網膜光凝固や硝子体手術の進歩により,重症網膜症患者も長期にわたり視力を保持できるようになった.Aim:Toreportindetailthelong-termfollow-up(over20years)ofvisionlossandvisualacuityindiabeticretinopathy.Subjects:Subjectswere88patientsexaminedattheYamanaEyeClinic,Fukuoka,Japancontinuouslyformorethan20years,fromJuly1987toDecember2010.Results:Ofallpatientsseenattheoutpatientclinicfrom1987to1988,atotalof5%presentedwithdiabetes;thisnumberincreasedto15%by2010.Thenumberofpatientswithretinopathydecreased,whilethenumberofnewpatientswithproliferativeretinopathydecreasedsigni.cantly(p<0.001).Atotalof10%achievedfullremissionfromsimpleretinopathy;another50%showedprogressionofretinopathy.Ofthe50%,atotalof40%progressedtosevereretinopathy.About20%showeddecreaseinvisualacuitybelow20/32;halfofthoseinvolvedvisuallossduetodiabeticretinopathy.Throughreti-nalphotocoagulationandvitreoussurgery,patientswithsevererretinopathywereabletosustainvisualacuityoverthelongterm.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(10):1451.1455,2013〕Keywords:糖尿病網膜症,長期経過観察,予後,視力障害,糖尿病網膜症の有病率.diabeticretinopathy,long-termfollow-up,prognosis,visualloss,prevalenceofdiabeticretinopathy.はじめにわが国での糖尿病患者数は開院時1987年と比較して著しく増加している.しかし,久山町研究では増殖前網膜症や増殖網膜症に進行した網膜症の比率は減少していると報告1)され,筆者も身体障害1級の糖尿病網膜症の発症は減少していることを全国臨床糖尿病医会(以下,全臨糖)の調査結果として報告した2).山名眼科医院(以下,当院)は1987年7月に開院して2007年で20周年を迎えた.開院時に眼鏡処方を希望してきた患者で,両眼に硝子体出血を伴う糖尿病増殖網膜症のため視力障害をきたした患者が受診してきた.この患者は,これまでに眼科を受診したことがなかった.この症例を経験して,糖尿病患者教育と地域での糖尿病診療連携の構築の重要性を認識して,この2つのことを目標に掲げ診療してき〔別刷請求先〕山名泰生:〒809-0022福岡県中間市鍋山町13-5山名眼科医院Reprintrequests:YasuoYamana,M.D.,Ph.D.,YamanaEyeClinic,13-5Nabeyama-machi,Nakama,Fukuoka809-0022,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(107)1451I目的開院時(1987年7月から1988年)(以下,開院時)から1990年に初診して,2010年まで20年以上受診している糖尿病患者の網膜症・視力・眼治療法・視力低下原因・ヘモグロビン(Hb)A1C〔以下,HbA1CはNGSP値(国際標準値)で表記〕・内科治療法の変遷や当院での開院時と20年後の糖尿病患者の患者数や新患数,再来受診状況,受診患者の網膜症病期などの変化と網膜光凝固や硝子体手術などの手術治療の長期有用性を明らかにする.II対象および方法開院時に受診した患者6,824名のうち初診糖尿病患者342名のなかで,22.23年間継続受診糖尿病患者32名.1989年に受診した患者6,947名のうち初診糖尿病患者438名のなかで,21年間継続受診糖尿病患者33名.1990年に受診した患者7,452名のうち初診糖尿病患者579名のなかで,20年間継続受診糖尿病患者23名.この3年半の総受診患者21,223名のうち初診糖尿病患者1,372名のなかで,20年以上継続受診糖尿病患者合計88名を対象にカルテより調査した.III結果1.糖尿病患者の外来受診状況について開院時と2010年の糖尿病患者に占める糖尿病網膜症の有病率については,開院時は糖尿病患者342名(684眼)に対して網膜症のある眼数は684眼中270眼(39%),2010年は糖尿病患者1,783名(3,566眼)に対して網膜症のある眼数は3,566眼中1,841眼(52%)と網膜症の有病率は増加していた.開院時,1997年と2011年の初診糖尿病患者の網膜症病期の変化を比較すると,無網膜症の患者は,開院時414眼(61%),10年後の1997年355眼(65%),24年後の2011年は204眼(73%)と初診時の無網膜症の比率は増加し,有網膜症は各病期とも比率は減少していた(表1).2.20年以上継続受診糖尿病患者について20年以上継続受診糖尿病患者88名の初診時と2010年の糖尿病治療法の変化については,食事療法のみが20%から3%に減少し,インスリン治療が7%から41%に増加した.経口剤は31%から38%とあまり変化はみられなかった.初診時と2010年の血糖コントロールの変化を初診時と現在のHbA1Cを用いて日本糖尿病学会の優良不可分類で表した.優(6.2%未満)が11%から6%,不可(8.4%以上)が62%から16%に減少し,良(6.2.6.8%)が3%から24%,不十分(6.9.7.3%)が5%から20%,不良(7.4.8.3%)が19%から34%に増加した.初診時と2010年の網膜症病期の推移については,20年以上継続受診糖尿病患者の全176眼のうち,無網膜症は98眼(56%)から44眼(25%)と半分に減少し,単純網膜症も48眼(27%)から36眼(21%)とやや減少した.増殖前網膜症は22眼(12%)から60眼(34%)と3倍近く増加し,また増殖網膜症は8眼(5%)から36眼(20%)と4倍に増加し表1糖尿病患者の初診時の網膜症病期別分類糖原病患者数無網膜症(眼)単純網膜症(眼)増殖前網膜症(眼)増殖網膜症(眼)開院時342名414(61%)140(20%)58(8%)72(11%)1997年259名335(65%)110(21%)42(8%)31(6%)2011年139名204(73%)47(17%)19(7%)8(3%)無網膜症比率は開院時から10年後の1997年には増加し,23年後の2011年にはさらに増加していた.反対に有網膜症は各病期とも比率は減少していた.特に増殖網膜症は有意に減少していた(p<0.001,c2独立性の検定m×n分割表).表220年以上継続受診糖尿病患者88名(176眼)の初診時と2010年の網膜症病期の変化2010年の網膜症病期無網膜症単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症初診時の網膜症病期無網膜症(98眼)39眼(40%)21眼(21%)22眼(22%)16眼(16%)単純網膜症(46眼)5眼(11%)12眼(26%)19眼(41%)10眼(22%)増殖前網膜症(24眼)0眼0眼22眼(92%)2眼(8%)増殖網膜症(8眼)0眼0眼0眼8眼(100%)20年経過して無網膜症は約半数に減少し,単純網膜症もやや減少した.増殖前と増殖網膜症は増加した.1452あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(108)初診時と2010年の網膜症病期の変化は,初診時無網膜症98眼のうち,単純,増殖前,増殖網膜症に進行したのは約2割ずつで,合計6割が有網膜症に進行した.単純網膜症48眼のうち,1割が無網膜症に軽快したものの,4割が増殖前網膜症に,2割が増殖網膜症に進行していた.増殖前網膜症22眼のうち,1割弱が増殖網膜症に進行した(表2).初診時よりも網膜症が進行した90眼の進行原因は,一時的な受診中断55眼(61%),血糖コントロール不良29眼(32%),急激なコントロールのため2眼(2%),その他が4眼(5%)であった.網膜光凝固が施行された眼数は,単純網膜症が2眼(1%),増殖前網膜症が59眼(34%),増殖網膜症36眼(20%)の合計97眼(55%)であった(表3).光凝固を施行した単純網膜症の2眼は,糖尿病黄斑症を発症していた.硝子体手術が施行された眼数は,176眼のうち11眼(6%)であった.硝子体手術が施行された11眼のうち,単純網膜表320年以上継続受診糖尿病患者88名(176眼)の眼科治療:網膜光凝固の有無無網膜症単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症光凝固施行0眼2眼(1%)59眼(34%)36眼(20%)光凝固なし44眼(25%)34眼(19%)1眼(1%)0眼網膜光凝固は97眼に施行されたが,半数弱は未施行であった.単純網膜症2眼は,糖尿病黄斑症に対して局所光凝固が施行されていた.症が1眼(9%),増殖前網膜症が3眼(27%),増殖網膜症が7眼(64%)であった.単純網膜症1眼および増殖前網膜症3眼は,糖尿病黄斑症に対して硝子体手術が施行されていた.白内障手術の施行の有無に関しては,64%(112眼)が片眼もしくは両眼に手術を施行していた.36%(64眼)が白内障手術を経験しておらず,その理由として視力良好(41眼,64%),白内障なし(14眼,22%),調査後に手術施行,手術希望なしなどがあった.2010年の視力不良の割合は,初診時からすでに視力不良が21眼(12%),初診時より視力低下が37眼(21%),視力安定(変化なし)が118眼(67%)であった.初診から2010年までの間で視力低下した37眼の視力低下の原因として,網膜症の悪化(4眼,11%),糖尿病黄斑症・黄斑浮腫のため(14眼,38%),黄斑疾患(加齢黄斑変性など)のため(5眼,14%),白内障のため(5眼,14%),緑内障のため(7眼,19%),その他(網膜中心動脈閉塞症など)(2眼,5%)があげられる.白内障は糖尿病によるものと加齢によるものとは区別がつかなかった.初診時より視力が低下した37眼の初診時の網膜症病期は,無網膜症が18眼(49%),単純網膜症が12眼(32%),増殖前網膜症が4眼(11%),増殖網膜症が3眼(8%)であった.2010年には,初診時無網膜症から増殖網膜症に進行した患者が19%と最も多かった(表4).初診時よりも網膜症が進行した割合は,176眼のうち90表42010年現在視力不良37眼の初診時と現在の網膜症病期2010年の網膜症病期全体無網膜症単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症初診時の網膜症病期無網膜症18眼(49%)4眼(11%)3眼(8%)7眼(19%)4眼(11%)単純網膜症12眼(32%)0眼3眼(8%)4眼(11%)5眼(14%)増殖前網膜症4眼(11%)0眼0眼4眼(11%)0眼増殖網膜症3眼(8%)0眼0眼0眼3眼(8%)2010年視力不良である眼の割合は,初診時に無網膜症で2010年に増殖前網膜症に進行した眼が最も高かった.表5初診時より網膜症の病状が進行した90眼(全体の51%)の網膜症の病状が安定した時期全体NDR→SDRNDR→PPDRNDR→PDRSDR→PPDRSDR→PDRPPDR→PDR1年.5年12眼(13%)1眼(1%)1眼(1%)05眼(6%)3眼(3%)2眼(2%)6年.10年21眼(23%)5眼(6%)04眼(4%)9眼(10%)3眼(3%)011年.15年15眼(17%)4眼(4%)6眼(7%)3眼(3%)1眼(1%)1眼(1%)016年以上42眼(47%)10眼(11%)15眼(17%)9眼(10%)5眼(6%)3眼(3%)0NDR:無網膜症,SDR:単純網膜症,PPDR:増殖前網膜症,PDR:増殖網膜症.初診時よりも網膜症が進行した90眼の網膜症が安定した時期を5年ごとに眼数で示す.無網膜症から単純網膜症へは年数につれて徐々に進行比率は高くなっており,無網膜症から増殖前網膜症と増殖網膜症へは10年経ってから進行比率が高くなっている.増殖前網膜症から増殖網膜症への進行は5年以内に起こっていた.(109)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131453初診時に無網膜症で2010年の視力が1.0以上の割合が最も高か初診時の網膜症病期無網膜症単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症2010年視力0.1未満2眼(1%)2眼(1%)2眼(1%)2眼(1%)0.1.0.63眼(2%)4眼(2%)7眼(4%)2眼(1%)0.7.1.014眼(8%)13眼(7%)10眼(6%)0眼1.0以上79眼(45%)27眼(15%)5眼(6%)4眼(2%)2010年の網膜症病期無網膜症単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症2010年視力0.1未満2眼(1%)2眼(1%)11眼(6%)5眼(3%)0.1.0.65眼(3%)3眼(2%)16眼(9%)12眼(7%)0.7.1.018眼(10%)17眼(10%)22眼(13%)12眼(7%)1.0以上19眼(11%)12眼(7%)13眼(7%)7眼(4%)った.各病期で視力不良と視力良好の割合をみると,増殖網膜症以外の各病期では視力良好の割合が高いことがわかる.眼(51%)であった.初診時より網膜症が進行した原因として,一時的な受診中断が61%(55眼),血糖コントロール不良が31%(29眼),急激なコントロールのため2%(2眼),その他が5%(4眼)であった.初診時より網膜症が進行した90眼の網膜症の病状が安定した時期は,1.5年で安定が12眼(13%),6.10年で安定が21眼(23%),11.15年で安定が15眼(17%)で,16年以上で安定が42眼(47%)と最も割合が多かった.各網膜症病期が安定した時期を表5に示した.新しい出血,白斑,浮腫などの出現が半年以上みられないことを網膜症の病状が安定した時期とする.2010年の視力と初診時の網膜症病期は,2010年の視力が1.0以上の患者は,初診時に無網膜症が45%と多く,ついで単純網膜症が15%と多かった.視力1.0以上についで0.7.1.0未満が多くなっていて網膜症による差はなかった(表6).2010年の視力と網膜症は,0.7.1.0未満が比較的に多く,ついで1.0以上,0.1.0.6以下,0.1未満であり,視力良好では無網膜症が多く,進行した網膜症の比率は少なかった.視力が不良になるにつれて,網膜症病期は進行していたが大きな差ではなかった(表7).IV考察1.糖尿病患者の外来受診状況について網膜症は経年的に進行することが知られており,糖尿病網膜症の有病率は,一般的に20.30%と報告されている7).当院受診糖尿病患者でも開院時での網膜症有病率は39%であったが,2010年は54%と増加していた.久山町研究では重症網膜症は減少していると報告されている1)が,当院でも初診時の糖尿病患者に限ると開院時と2011年の網膜症病期別比率では無網膜症が増加しており,特に増殖網膜症は減少傾向であった(p<0.001)(表1).1,372名の糖尿病患者のうち20年以上当院を受診している患者は88名,継続受診率は6.4%であった.継続受診できた患者の比率は高くないが20年という期間と初診時の年2010年の視力と網膜症病期においては,無網膜症と単純網膜症では,視力不良の眼数に比べると視力良好が約5倍多いが,増殖前網膜症と増殖網膜症では,視力良好と視力不良の眼数はあまり差がなかった.齢,高齢化に伴う家庭的な事情など同一医療機関を受診できる患者は多くないと考えられる.実際に受診中断者に対する調査では連絡のつかない患者や,死亡,施設入所などで受診できない患者も多い8).2.20年以上継続受診糖尿病患者について内科的な治療状況について,血糖コントロールの指標であるHbA1Cが優と不可が減少し,ほどほどのコントロールに変化していた.食事療法のみの患者が減少して経口血糖降下剤やインスリン注射に移行し,経口剤はインスリンに移行した症例と差し引きでみかけ上は変化がなかった.罹病年数が長くなるにつれてインスリン注射の症例が増加していた.網膜症について,無網膜症は半数に減少し,増殖前網膜症と増殖網膜症は増加した.特に増殖前網膜症が3割に増加していた.一方,単純網膜症の1割は無網膜症になっていた.増殖前網膜症から増殖網膜症への進行は1割のみであった.病期が進行したのは約半数であった(表2).増殖前網膜症が増加しているにもかかわらず増殖網膜症への進行が少ない理由としては網膜光凝固により増殖網膜症への進行が防止されたからであると推測される.網膜症進行の時期は表5に示すように無網膜症からは経年ごとに進行がみられたが,増殖前網膜症から増殖網膜症へは5年以内に進行していたことは,眼科初診時に網膜症がすでに進行していたことと血糖コントロール不良が多いこととを合わせて病期が急速に進行した可能性が高いことを示している.初診時よりも網膜症が進行した原因として多いのは,一時的な受診中断であった.内科受診の中断は中石らによる全臨糖での調査結果では22%と報告され9),眼科では船津らによると病院受診患者では約20%,診療所受診患者では約45%とされ10),当院での受診中断も最近でも2割前後となっており3)糖尿病診療にとって受診中断防止は重要な問題である.視力について,本稿では矯正視力が0.7未満を視力不良とした.当院初診後に視力障害を起こしたのは2割しかなく,1454あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(110)約7割は視力が0.7以上で良好であった.2010年の矯正視力1.0以上の症例での初診時網膜症は無網膜症が半数弱と多かった(表6)が,現在の視力が良好であった群では網膜症病期による差はなくなり(表7),網膜症は進行しても光凝固や硝子体手術などの眼科的治療により長期にわたり視力を保持できるようになったということであると推定される.網膜光凝固は約半数に施行されていたが,20年の長期にわたっても半数は光凝固未施行のままですむ症例も多いことがわかった.開院時に光凝固をしていない患者85名のうちHbA1C値が確認できた患者37名のHbA1Cの平均値は9.1%であった.2010年に光凝固をしていない患者38名のうちHbA1C値が確認できた患者31名のHbA1C平均値は6.9%であった.糖尿病黄斑症に対しての光凝固は単純網膜症,増殖前網膜症,増殖網膜症に施行し(表3),硝子体手術は全体の1割弱に施行され,そのうちの6割は増殖網膜症で残りの4割は糖尿病黄斑症に対して施行されていた.白内障手術は約6割に施行されていたが,約3割はまだ手術の適応がなく,1割は調査時点で手術予定であった症例と手術希望がなかった症例であった.2010年に視力不良である37眼では初診時無網膜症から2010年に増殖網膜症に進行した症例での比率が高かった(表4).結果の項でも示したように,長期間になると加齢により発症する疾患も多くなり,視力低下は糖尿病網膜症のみではなくさまざまな疾患によることも明らかになった.糖尿病に関連する疾患については,毎回の診療時に眼科所見のみでなく糖尿病連携手帳で血糖コントロールや血圧などの全身状態を確認して患者にコメントすることも必要である.加齢黄斑変性症のように糖尿病とは無関係の眼科特有の疾患が発症してくることも念頭に置いて網膜のみならず前眼部,あるいは黄斑部や視神経乳頭の陥凹などにも注意して毎回の診療を行っていくことで上記の疾患に早期対応ができるように心がけていくことが重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)安田美穂:糖尿病網膜症一次予防のエビデンス─久山町研究から─.あたらしい眼科24:1287-1290,20072)山名泰生,三木英司,清水昇ほか:糖尿病による視覚障害─全国臨床糖尿病医会施設における実態調査─.糖尿病50:365-372,20073)山名泰生,麻生宣則,板家佳子ほか:糖尿病診療連携の構築─内科と眼科,かかりつけ医と専門医.日本糖尿病眼学会誌16:26-30,20114)山名泰生:糖尿病眼合併症対策の努力チーム医療の重要性眼科の立場から.日本糖尿病眼学会誌3:43-46,19985)山名泰生,松尾雅子,纐纈有子ほか:眼科医院での糖尿病患者の網膜症─現状および対策とこれからの糖尿病診療.DiabetesJ36:162-166,20086)山名泰生,赤司朋之,麻生宣則ほか:福岡県における糖尿病診療連携と山名眼科医院における糖尿病診療.DiabetesHorizons─PracticeandProgress─2:1-6,20137)船津英陽,須藤史子,堀貞夫ほか:糖尿病眼合併症の有病率と全身因子.日眼会誌97:947-1954,19938)山名泰生,松尾雅子,纐纈有子ほか:糖尿病治療中断による危険な病態.眼科医の視点から..PRACTICE24:167-173,20079)中石滋雄,大橋博,栗林信一ほか:糖尿病治療中断者の実態調査.PRACTICE24:162-166,200710)船津英陽:医療連携による糖尿病放置・中断対策.眼紀55:10-13,2004***(111)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131455