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眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(119)119《原著》あたらしい眼科28(1):119.122,2011cはじめに眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP)はII型アレルギー反応により角結膜上皮の瘢痕化をきたす疾患で,粘膜上皮基底膜に対する自己抗体産生によるとされている1~3).一般的にOCPの診断は,臨床経過,結膜生検による免疫学的,組織学的診断をもってなされる4~6).臨床所見としては,後期には瞼球癒着,涙点閉鎖,瘢痕期においては杯細胞の消失によるドライアイがよく知られている1,2).しかし,慢性に経過することも多く,急性増悪期には充血や上皮欠損といった非特徴的なものが主体であり,診断がつきにくいこともある1,3).今回,ミドリンPR点眼液の頻回点眼を契機に急性増悪し,膜様物の出現という特徴的な臨床所見が〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市西唐人町39出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-tojincyo,Kumamoto860-0027,JAPAN眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現横山真介*1佐々木香る*1齋藤禎子*2堀裕一*3渡辺仁*4出田隆一*1*1出田眼科病院*2大阪大学大学院医学系研究科眼科学講座*3東邦大学佐倉病院眼科*4関西労災病院眼科MembranousMaterialandItsMucinExpressionasClinicalSignofAcuteProgressioninOcularCicatricialPemphigoidShinsukeYokoyama1),KaoruAraki-Sasaki1),TeikoSaitoh2),YuichiHori3),HitoshiWatanabe4)andRyuichiIdeta1)1)IdetaEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityMedicalSchool,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,4)DepartmentofOphthalmology,KansaiRosaiHospital目的:眼類天疱瘡(ocularcicatricalpemphigoid:OCP)の急性期臨床所見について興味ある知見を得たので報告する.症例:85歳,女性.両眼軽度の角膜白斑および瞼球癒着を認めていた.白内障の進行に伴い,自己判断にてミドリンPR点眼液の頻回投与を行ったところ,毛様充血と広範囲の角膜上皮欠損が出現した.瞼球癒着が進行するため,OCPの急性悪化と判断し,現行点眼の中止とともに,ステロイドの全身,局所投与を開始した.翌日,9時方向輪部から泡状粘性物質が生じ,膜状に角膜欠損部全面を覆った.羊膜被覆を施行したところ,羊膜上にも泡状膜様物質が広がった.この膜様物質は蛍光抗体法にてMucin-5AC(MUC5AC)陽性,Mucin-16(MUC16)陰性であった.さらにシクロスポリン内服,点眼を追加し,1.5カ月後に完全な消炎を得て羊膜を外すと,泡状膜様物質の発生部位(9時方向輪部)で強い羊膜の癒着を認めた.その後,角結膜上皮欠損と瞼球癒着の再燃に対し羊膜被覆を2回施行して消炎を得た.考按:OCP急性増悪時の急性期臨床所見として,角膜上皮欠損に続くMUC5AC発現を伴う泡状膜様物質を提案する.Case:An85-year-oldfemalesufferedfrommildfornixshortening.Toresolveblurredvisionresultingfromcataract,sheelectedtousetropicamideeyedrops.Largecornealerosionwithciliaryinjectionthenoccurredinherrighteye.Underadiagnosisofocularcicatricialpemphigoid(OCP)progression,alleyedropswerestoppedandsteroidwasapplied,orallyandfocally.Thefollowingday,foamingmucousmaterialwasproducedfromthelimbusat9o’clockthatcoveredtheentirecornealerosionlikeasheetofmembrane.Thismembranousmaterial,immunohistochemicallyshowntobeMUC5AC-positiveandMUC16-negative,alsospreadoverthetransplantedamnioticmembrane.Additionalcyclosporinesettledtheinflammationin1.5months.Thetransplantedamnioticmembraneattachedtightlytothelimbusat9o’clock.Conclusion:Weproposethatcornealerosionwithfoamingmucousmembranousmaterial,withMUC5ACproduction,isaclinicalsignofacuteprogressioninOCP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):119.122,2011〕Keywords:眼類天疱瘡,ムチン,MUC-5AC,ドライアイ,羊膜.ocularcicatrialpemphigoid,mucin,MUC-5AC,dryeye,amnioticmembrane.120あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(120)みられたOCPの1例を経験したので報告する.I症例患者は85歳,女性.眼既往として両眼の陳旧性角膜実質炎,両眼の人工無水晶体眼および高度近視による網脈絡膜萎縮があり近医にて経過観察をしていた.視力の改善目的に自己判断で散瞳剤(ミドリンPR点眼液)を頻回に点眼したところ,右眼の充血,疼痛が生じ出田眼科病院を受診した.2007年11月6日初診時,右眼の6時から12時方向にかけて,耳側輪部および結膜を含む広い範囲の角結膜上皮欠損,高度の結膜充血,瞼球癒着を認めた(図1a,b).僚眼には軽度の瞼球癒着を認めた.視力はVD=眼前手動弁(矯正不能),VS=0.01(矯正不能),眼圧は非接触型にて測定不能であった.眼底は両眼網脈絡膜萎縮を認めた.なお,全身的には高血圧を認めるものの,口腔内および皮膚所見は認められなかった.初診時所見から自己免疫疾患を疑い,プレドニゾロン眼軟膏,オフロキサシン眼軟膏それぞれ1日4回,プレドニゾロン20mg内服を開始した.11月9日には6時から12時方向の輪部を含む上皮欠損の拡大と瞼球癒着の進行を認めたため,OCPの急性増悪と判断し,内服治療継続のうえ,点眼治療(リン酸ベタメタゾン,レボフロキサシン,シクロスポリン点眼各1日5回)に変更した.11月13日,広範の上皮欠損を覆うように,9時方向輪部から泡状粘性物質が出現し(図1c),その後,上皮欠損を覆うように角膜全体へと広がった.泡状粘性物質は一塊として採取可能であった.さらに輪部を含む角膜上皮欠損を覆うように上皮面を上にして保存羊膜被覆を施行したところ,移植した羊膜上にも泡状膜様物質が出現し(図1d),採取,組織解析を施行した.採取時に泡状膜様物質が眼瞼結膜を架橋する形で癒着が生じていることが確認された.高度の炎症に伴う瞼球癒着が進行するためプレドニゾロン内服を30mgに増量し,11月23日よりシクロスポリン10mg内服も加えて投与した.羊膜下の状況把握,視認性向上を目的に,羊膜被覆の中央部を開窓した.羊膜下組織の採取,観察にて羊膜下に上皮細胞を確認できたため,12月21日に一旦羊膜を除去した.泡状膜様物質が最初に出現した耳側輪部は羊膜と羊膜下組織に強い癒着が生じており,除去が困難であったため残存した(図1e).その後もステロイド点眼,内服を継続して行ったにもかかわらず,12月25日には耳側結膜と輪部および角膜中央部に孤立性に再び大きな上皮欠損が出現した.羊膜被覆の再施行,脱落,再燃,再々施行をくり返した後,徐々に消炎した.以降,再燃時には増悪期にみられた泡状膜様物質の出現は認められなかった.3回目の羊膜被覆が3カ月持続して自adbec図1泡状膜様物質発症前後の前眼部所見a:眼類天疱瘡急性増悪時の前眼部所見.高度の結膜充血と広範囲の角結膜上皮欠損,円蓋部短縮(矢印)を認める.b:眼類天疱瘡急性増悪時のフルオレセイン所見.輪部を含む広範囲の角結膜上皮欠損を認める.c:泡状膜様物質発生時の前眼部所見.泡状粘性物質が耳側輪部から出現し,その後上皮欠損を覆うように拡がった.d:羊膜被覆上に発症した泡状膜様物質所見.羊膜被覆上にも泡状膜様物質が出現した.e:羊膜被覆除去時の前眼部所見.泡状膜様物質が発生した耳側輪部(矢印)で羊膜が強い癒着を認め,解離困難であった.(121)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011121然脱落した後は,高度の血管侵入,瞼球癒着と角膜耳側輪部の角化様所見を残し,鎮静化した.II泡状膜様物質の組織解析羊膜被覆時に採取された泡状膜様物質をホルマリン固定して,薄切切片を作製し,ヘマトキシリン染色および抗ムチン抗体(MUC5AC:791抗体,MUC16:CA125,DACO社)を用いた免疫染色を施行した7,8).HE(ヘマトキシリン・エオジン)染色では滲出物と思われる無構造均一な組織と少量の好中球を認めた.また,免疫染色法によるムチン解析では,無構造均一組織の表層がMUC5AC陽性,MUC16陰性であった(図2a,b,c).III考按OCPの急性増悪像についての詳細な記載は,筆者らの知る限り少ない.その理由として,眼類天疱瘡は充血,流涙,灼熱感,視力低下,異物感を訴えて受診することが多く,急性期においては結膜炎と診断されやすいことがあげられる.したがって,後期あるいは瘢痕期の臨床像が多く報告されている1~3,6).今回,OCPの急性増悪期に角膜結膜上皮欠損と同時に粘性をもつ泡状膜様物質の出現を認めた.①除去したにもかかわらず,膜様物質が羊膜被覆後にも出現したこと,②田ら9)がOCPの初期に偽膜様粘性眼脂が出現すると指摘していること,③他施設における同様の症例(図3:NTT九州病院松本光希先生のご厚意による)においても,注意深く観察すると泡状膜様物質の出現を認めることの3点から角膜上皮欠損と泡状膜様物質の出現がOCPの急性期所見として特徴的である可能性が示唆された.OCPのごく初期に角膜上皮欠損が先行することはSgrullettaらにより2007年に報告されているとおりである10)が,角膜上皮欠損だけでは非特異的であり,今回観察された泡状膜様物質出現を伴うことがより診断の補助につながるのではないかと考えた.眼表面および涙腺に存在するムチンとしてはMUC1,MUC4,MUC16,MUC5ACが知られている11,12).このうち,MUC5ACは杯細胞から分泌されるムチンであり,ゲル化作用をもつとされる.今回観察された泡状膜様物質は,線維素と思われる均一組織の表層にゲル化作用のあるMUC5AC陽性であった.術中所見として瞼結膜との間に架橋がみられたことや,泡状膜様物質の最初の発生部位である輪部で羊膜の強い癒着が生じたことなどから,この物質がOCPにおける瞼球癒着の形成にかかわっている可能性も推察される.さらに,Souchierらは緑内障治療薬点眼中の患者にMUC5ACの発現上昇を認めると指摘し,特に塩化ベンザルコニウム添加製剤において発現率が高く,ブレブの線維化をきたすことで濾過手術成功率に影響を与えうるとしている13).このような知見からもMUC5ACの発現は,OCPにおける急性増悪期の病態において何らかの関与を示すものと思われる.その発生意義については,不明であるが,急性の広範囲の上皮欠損直後に出現したことから,炎症に伴う線維素組織の析出と同時に何らかの代償的機構により杯細胞の活動が亢進した可abc図2泡状膜様物質の組織学的解析a:HE染色.無構造均一な組織と少量の好中球を認める.Bar:200μm.b:抗MUC5AC抗体,c:抗MUC16抗体による免疫染色.無構造均一の組織の表層はMUC5AC陽性であり,MUC16陰性であった.Bar:50μm.図382歳,女性:眼類天疱瘡矢印の部分に泡状粘性物質を認める.(NTT九州病院松本光希先生ご提供)122あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(122)能性あるいは杯細胞の破壊に伴う一過性の亢進などが推測される.本症例の2回目以降の再燃時には,この泡状膜様物質の出現は認めなかった.ステロイドがすでに投与されていたため,あるいは杯細胞を含む産生物質の枯渇などが推測される.OCPの確定診断は,basementmembranezone(BMZ)への免疫グロブリンの沈着を証明することである4~6).ただし,OCP患者の結膜生検サンプルからBMZへの免疫グロブリン沈着が観察される頻度は20.67%とされ4),BMZに免疫グロブリンの沈着が認められないことがOCPを除外する根拠とはならない.本症例は,BMZへの免疫グロブリン沈着を確認しておらず,鑑別疾患として偽類天疱瘡や薬剤毒性,輪部疲弊症なども否定できない.特に眼類天疱瘡と薬剤性偽眼類天疱瘡とは,薬剤使用の有無以外は本質的に同じ病態であり,両者とも免疫反応に起因するという考え方が支配的であり,本症例においては鑑別がむずかしい.ただ本症例では,1)元来,両眼に軽度の瞼球癒着を認めていたこと,2)薬剤性偽眼類天疱瘡で最も多くみられる原因薬剤である緑内障治療薬やアミノグリコシド系抗菌薬などの使用歴がないこと,3)薬剤(散瞳剤点眼)が契機とはなっているが,この点眼中止ののち,ステロイド減量中にも再燃したこと,4)さらに再燃した際,角膜上皮欠損と結膜上皮欠損が比較的大きな範囲で孤立して不整な円形で生じ,臨床的に明らかに薬剤毒性や輪部疲弊とは異なる所見を呈したこと,5)経過中,継続的に瞼球癒着が進行したことから,薬剤性偽眼類天疱瘡の病態も含めて,薬剤が契機となった眼類天疱瘡と判断した.角膜上皮欠損に伴うMUC5AC陽性泡状膜様物質の出現は,OCPの急性期に関わる臨床所見と思われた.文献1)FosterCS,AhmedAR:Intravenousimmunoglobulintherapyforocularcicatricialpemphigoid:apreliminarystudy.Ophthalmology106:2136-2143,19992)MondinoBJ,BrownSI:Ocularcicatricialpemphigoid.Ophthalmology88:95-100,19813)GazalaJR:Ocularpemphigus.AmJOphthalmol48:355-362,19594)BeanSF,FureyN,WestCEetal:Ocularcicatricialpemphigoidimmunologicstudies.TransSectOphthalmolAmAcadOphthalmolOtolaryngol81:806-812,19765)LeonardJN,HobdayCM,HaffendenGP:Immunofluorescentstudiesinocularcicatricialpemphigoid.BrJOphthalmol118:209-217,19886)AhmedM,ZeinG,KhawajaFetal:Ocularcicatricialpemphigoid:pathogenesis,diagnosisandtreatment.ProgrRetinEyeRes23:579-592,20047)ArguesoP,BalaramM,Spurr-MichaudSetal:DecreasedlevelsofthegobletcellmucinMUC5ACintearsofpatientswithSjogren’ssyndrome.InvestOphthalmolVisSci43:1004-1011,20028)HoriY,Spurr-MichaudS,RussoCetal:Differentialregulationofmembrane-associatedmucinsinthehumanocularsurfaceepithelium.InvestOphthalmolVisSci45:114-122,20049)田聖花,島.潤:眼類天疱瘡.眼科プラクティス18巻,前眼部アトラス(大鹿哲郎編),p59-60,文光堂,200710)SgrullettaR,LambiaseA,MiceraAetal:Cornealulcerasanatypicalpresentationofocularcicatricialpemphigoid.EurJOphthalmol17:121-123,200711)GipsonIK:Distributionofmucinsattheocularsurface.ExpEyeRes78:379-388,200412)GipsonIK,Spurr-MichaudS,ArguesoP:Roleofmucinsinthefunctionofthecornealandconjunctivalepithelia.IntRevCyt231:1-49,200313)SouchierM,BurnN,LafontainePOetal:Trefoilfactorfamily1,MUC5ACandhumanleucocyteantigen-DRexpressionbyconjunctivalcellsinpatientswithglaucomatreatedwithchronicdrugs:couldthesemarkerspredictthesuccessofglaucomasurgery?BrJOphthalmol90:1366-1369,2006***