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HC-HA/PTX3複合体投与によるGVHDマウスモデルのマイボーム腺と周辺組織への影響

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):571.574,2017cHC-HA/PTX3複合体投与によるGVHDマウスモデルのマイボーム腺と周辺組織への影響小川護*1小川葉子*1HuaHe*2,3向井慎*1山根みお*1Sche.erS.C.Tseng*2,3坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2OcularSurfaceCenter*3TissueTech,Inc.ChangesofMeibomianGlandsinaGVHDMouseModelTreatedwithHC-HA/PTX3Puri.edfromAmnioticMembraneMamoruOgawa1),YokoOgawa1),HuaHe2,3),ShinMukai1),MioYamane1),Sche.erS.C.Tseng2,3)KazuoTsubota1)and1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)OcularSurfaceCenter,3)TissueTech,Inc.ヒト羊膜抽出物のheavychain-hyaluronan/pentraxin3(HC-HA/PTX3)投与による慢性GVHD(移植片対宿主病)マウスモデルのマイボーム腺所見の変化について報告する.B10.D2マウスをドナーに,BALB/cマウスをレシピエントに用いて骨髄移植を行い,慢性GVHDモデルマウスを作製した.結膜下と眼瞼周囲にHC-HA/PTX3を骨髄移植後週2回28日目まで経皮および経結膜投与し,眼瞼とマイボーム腺を観察した.PBS(リン酸緩衝液生理食塩水)投与対照群ではマイボーム腺の萎縮および炎症細胞浸潤と線維化が高度であり,HSP(heatshockprotein)47+線維芽細胞を高頻度に認めた.一方,HC-HA/PTX3群では腺構造が維持され,炎症性細胞浸潤と線維化,HSP47+線維芽細胞の浸潤数の減少が観察された.HC-HA/PTX3局所投与によりGVHDのマイボーム腺周囲の線維芽細胞の集積が,炎症,線維化とともに減少することが示唆された.Meibomianglanddysfunctionrelatedtochronicoculargraft-versus-hostdisease(cGVHD)iscausedbyexces-sivein.ammationand.brosisinmeibomianglands.HC-HA/PTX3,acomplexpuri.edfromhumanamnioticmem-brane(AM),isknowntoexertanti-in.ammatoryandanti-.brotice.ects.Weusedawell-establishedmousemod-elofcGVHDtoexaminewhetherHC-HA/PTX3couldattenuatethemorphology,in.ammation,abnormalactivationof.broblastsand.brosisinmeibomianglandsa.ectedbycGVHD.Preliminaryresultsshowedthatsub-conjunctivalandsubcutaneousinjectionofHC-HA/PTX3reducedthenumberof.broblasts,.broticareasandin.ammatorycellsaroundmeibomianglands,andpreservedmeibomianglandmorphologyincomparisonwithPBS-injectedcontrolsamples.Collectively,our.ndingssuggestthatsubcutaneousandsubconjunctivalinjectionofHC-HA/PTX3couldreducecGVHD-elicitedaccumulationofactivatedHSP47+.broblasts,.brosisandin.ammationinandaroundmeibomianglandsinacGVHDmousemodel.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):571.574,2017〕Keywords:慢性移植片対宿主病,羊膜,HC-HA/PTX3,線維化,マイボーム腺.chronicgraft-versus-hostdis-ease,amnioticmembrane,HC-HA/PTX3,.brosis,meibomianglands.はじめにヒト胎盤羊膜は抗炎症作用と抗線維化作用を有することが知られている.これまでに羊膜移植が,難治性眼表面疾患であるStevens-Johnson症候群や眼類天疱瘡に対し,炎症抑制作用や,瘢痕化抑制作用があることが報告されてきた1).その後,Tsengらは羊膜中の抗炎症,抗線維化作用を示す成分としてheavychain-hyaluronan/pentraxin3(HC-HA/PTX3)の抽出精製に成功し,本複合物が難治性眼表面疾患の免疫抑制,線維化抑制に有効であることを報告した2).移植片対宿主病(graft-versus-hostdisease:GVHD)は〔別刷請求先〕小川護:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MamoruOgawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN血液悪性疾患などの根治療法としての造血幹細胞移植後に生じる合併症のうちの一つであり,造血幹細胞移植の成功を阻んでいる3).GVHDはドナーの移植片とレシピエントの細胞,または組織との間に生じる免疫応答であり,眼,口腔,肺,皮膚,腸管,肝臓が標的臓器となる.各標的臓器の過剰な免疫応答による炎症と病的線維化が病態の中心となることが知られている4,5).マイボーム腺機能不全はGVHDによる眼合併症として高頻度に認められ,共焦点レーザー生体顕微鏡による観察の研究で,GVHDにおけるマイボーム腺には高度な炎症と線維化の所見を認めることが報告されている6).Sche.erらにより抽出されたHC-HA/PTX3複合体は,HA(hyaluronan)とHC(heavychain)との結合体と,PTX3(pentraxin3)との複合体である.このHC-HA/PTX3複合体は,胎盤羊膜中に存在する成分であり,免疫抑制機能や抗線維化作用があることが報告されている7).今回筆者らは,これまで有効で特異的な薬剤がない慢性GVHDによる難治性眼表面病態に対し,本薬剤が治療薬になりうるかを検討した.確立された慢性GVHDマウスモデルを使用しHC-HA/PTX3の経皮および経結膜的局所投与を試みた結果,マイボーム腺において投与前後の所見の変化について,若干の知見を得たので報告する.I方法マウスの骨髄移植には確立されている方法を用い,8週齢B10.D2(H-2d)オスマウスをドナーに,8週齢BALB/c(H-2d)メスマウスをレシピエントに用いて,同種異系の骨髄移植を行った.ドナーの骨髄細胞1×106と脾臓細胞2×106を混合し,レシピエントの尾静脈より移植した.これにより主要組織適合抗原複合体(majorhistocompatibilitycomplex:MHC)が適合し,副組織適合抗原が不一致の慢性GVHDモデルマウスを作製した.本マウスモデルはヒト涙腺,結膜などの眼表面のGVHDの所見をよく再現していた8).すべての動物実験は慶應義塾大学医学部動物実験ガイドラインの諸規定に従い,動物福祉の精神に沿った科学的な動物実験が行われるよう配慮した.動物実験のプロトコールを作成して,学内の動物実験委員会の承認を得た(承認番号09152).また,ARVOStatementfortheUseofAnimalsinOphthalmicandVisionResearchの規定に従った.このGVHDマウスモデルに対しHC-HA/PTX3複合体(1mg/ml)10μlを,経結膜および経皮的にそれぞれ2カ所ずつ,計4カ所に骨髄移植後4日目から1週に2回投与し,骨髄移植後28日目まで7回投与を行った.対照群としてリン酸緩衝液生理食塩水(phosphatebu.eredsaline:PBS)投与を同時に施行した.最終投与より4日後に眼瞼および眼球摘出を行い,今回は眼球結膜および涙腺以外の組織の予備的な検討として,マイボーム腺およびその周辺組織を各群2眼ずつのみ検討した.10%中性緩衝ホルマリン固定パラフィン包埋切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色,Mallory染色に加え活性化線維芽細胞のマーカーでありコラーゲン産生細胞の指標として一次抗体HeatShockProtein47(HSP47)(クローン名SPA-470,会社名:StressgenBiotechnologiesCorp,SanDiego,CA)を使用した.HSP47の染色にはパラフィン切片を用い,キシレンにて脱パラフィンを行い,エタノール系列で脱水後,抗原不活化を施行,PBSで洗浄後一次抗体HSP47について4℃オーバーナイトで免疫染色を施行した.PBSで洗浄後,Alexa488蛍光標識二次抗体(Ther-moFisherScienti.cInc.MolecularProbe,Kanagawa,Japan)を用いて45分間室温で4’,6-diamidino-2-phenylin-dole(DAPI)(ThermoFisherScienti.cInc.MolecularProbe)による核染色を同時に染色した.抗原不活化にはクエン酸緩衝液(DAKO,Japan)を用いてオートクレーブを使用し120℃20分間施行した.HC-HA/PTX3抽出方法は,Biotissue社から提供される羊膜を無菌条件下で分離し,羊膜を薄い膜にカットし.80℃に凍結し,4℃で1時間ホモジナイズした.その後4℃,48,000gで30分間の遠心分離をすることにより羊膜の抽出物を回収した.回収した羊膜の抽出物をさらにCsCl/4MグアニジンHCLにより48時間,15℃,35,000回転/分の条件で超遠心を2回施行した.遠心後の溶液からhyaluronan(HA)は得られたが蛋白を抽出できなかった画分を集め蒸留水に対して透析を行い,羊膜の抽出物としてHC-HA/PTX3混合物を得た9).II結果慢性GVHDのモデルマウスにおけるHC-HA/PTX3投与例およびPBS投与例について,マイボーム腺の組織構築の観察,炎症性細胞浸潤,HSP47+線維芽細胞浸潤および線維化の程度の観察を行った.活性化線維芽細胞についてはHSP47+で細胞内に核が認められた紡錘形の細胞を調べた.その結果,PBS投与コントロ―ルマウスのマイボーム腺組織のHE染色像では,HC-HA/PTX3投与マウスに比して間質に著明な炎症性細胞浸潤を認めた(図1a,b).Mallory染色像ではPBS投与マウスには広範囲な線維化とマイボーム腺の萎縮が観察された.一方,HC-HA/PTX3投与マウスにおいては,マイボーム腺周囲の線維化が若干減少し,マイボーム腺の構築が保たれていた(図1c,d).また,マイボーム腺周囲間質における単位面積当たりの線維芽細胞数が,PBS投与マウスに比して減少していることが観察された(図1e,f).HC-HA/PTX3複合体投与により,マイボーム腺の構築がPBS投与コントロールマウスに比して保たれていた.これらの結果より,慢性GVHDのマウスモデルに生じたマイボーム腺周囲の炎症性細胞浸潤,線維化,線維芽細胞数が,HC-HA/PTX3複合体の経結膜投与および経皮的投与により減少した可能性が考えられた.III考按慢性GVHDが進行すると眼瞼およびマイボーム腺周囲の高度な炎症細胞浸潤と線維化が特徴的であることが臨床所見として報告されている6).今回の研究では,マウスGVHDモデルにおけるPBS投与マウスの病理組織像を検討したところ,臨床的な共焦点レーザー生体顕微鏡による観察の報告と同様に,マイボーム腺およびその周囲に高度な炎症細胞浸潤と線維化所見を認めた.HC-HA/PTX3には他疾患において抗炎症作用と抗線維化作用が報告されている10).HC-HA/PTX3の投与により炎症性細胞浸潤の減少とともに,HSP47の発現の減弱とHSP47+線維芽細胞の浸潤数が減少している可能性が考えられた.炎症および線維化の減弱によりマイボーム腺組織の構築が保たれる可能性があると考えられる.マイボーム腺機能不全をきたす線維化疾患には慢性GVHDに加え,Stevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,化学外傷などがある.HC-HA/PTX3局所投与はマイボーム腺機能不全を伴う難治性眼線維化疾患に対して局所的に疾患の発症初期からの治療法として有用であることが考えられる.今回の検討では観察例が少なく,探索的な観察をprelimi-naryな所見として報告した.今後の課題として異なった検討数を増やして再現性を確認する必要がある.次のステップの基礎研究として異なったGVHDマウスモデルを用いた検証や,HC-HA/PTX3の安全性の検証と投与方法,投与回数を検討する必要がある.また,HC-HA/PTX3は分子量が大きく,血流へ流入することはないとされるが,HC-HA/PTX3が骨髄移植におけるドナー細胞の生着を妨げないことを確認することも必要と考えられる.将来の展望として,現在GVHDによるマイボーム腺機能不全およびドライアイの炎症と線維化に対する有効な治療薬がないことから,HC-HA/PTX3によるマイボーム腺の炎症と線維化抑制による治療は新規性,優位性に富んでいる.今後HC-HA/PTX3がGVHDの難治性眼表面障害例に有効な新規治療法になり得る,検討を重ねる必要があると考える.利益相反:小川護,向井慎,山根みお;利益相反公表基準に該当なし小川葉子,坪田一男;「HC-HA/PTX3による慢性移植片対宿主病によるドライアイの治療薬としての有用性」特許申請中.HuaHe,Sche.er.C.G.Tseng;TissueTech,Inc.の雇用者.坪田一男,Sche.er.C.G.Tseng;TissueTech,Inc.の株主.図1GVHDマウスモデルにおけるHC-HA/PTX3投与によるマイボーム腺への影響a,b:ヘマトキシリン・エオジン染色.PBS投与マウス(a)に比してHC-HA/PTX3マウス(b)では炎症性細胞浸潤が減少している.Scalebar=25μm.c,d:マロリー染色.PBS投与マウス(c)に比して,HC-HA/PTX3投与マウス(d)では線維化面積(青)の減少が認められる.マイボーム腺の構造が比較的保持されている.線維化部位(青)Scalebar=25μm.e,f:HSP47+線維芽細胞(緑)の分布.核(青)PBS投与マウス(e)に比してHC-HA/PTX3投与マウス(f)ではHSP47+線維芽細胞数の減少が認められる.HSP47+線維芽細胞(緑),核(青)Scalebar=50μm.文献1)TsengSC,EspanaEM,KawakitaTetal:Howdoesamnioticmembranework?OculSurf2:177-187,20042)TsengSC:HC-HA/PTX3puri.edfromamnioticmem-braneasnovelregenerativematrix:insightintorelation-shipbetweenin.ammationandregeneration.InvestOph-thalmolVisSci57:ORSFh1-8,20163)PavleticSZ,FowlerDH:ArewemakingprogressinGVHDprophylaxisandtreatment?HematologyAmSocHematolEducProgram2012:251-264,20124)JagasiaMH,GreinixHT,AroraMetal:NationalInsti-tutesofHealthConsensusDevelopmentProjectonCrite-riaforClinicalTrialsinChronicGraft-versus-HostDis-ease:I.The2014DiagnosisandStagingWorkingGroupreport.BiolBloodMarrowTransplant21:389-401,20155)OgawaY,MorikawaS,OkanoHetal:MHC-compatiblebonemarrowstromal/stemcellstrigger.brosisbyacti-vatinghostTcellsinasclerodermamousemodel.Elife5:e09394,20166)BanY,OgawaY,IbrahimOMetal:Morphologicevalua-tionofmeibomianglandsinchronicgraft-versus-hostdis-easeusinginvivolaserconfocalmicroscopy.MolVis17:2533-2543,20117)HeH,TanY,Du.ortSetal:InvivodownregulationofinnateandadaptiveimmuneresponsesincornealallograftrejectionbyHC-HA/PTX3complexpuri.edfromamniot-icmembrane.InvestOphthalmolVisSci55:1647-1656,20148)ZhangY,McCormickLL,DesaiSRetal:Murinesclero-dermatousgraft-versus-hostdisease,amodelforhumanscleroderma:cutaneouscytokines,chemokines,andimmunecellactivation.JImmunol168:3088-3098,20029)HeH,LiW,TsengDYetal:Biochemicalcharacteriza-tionandfunctionofcomplexesformedbyhyaluronanandtheheavychainsofinter-alpha-inhibitor(HC*HA)puri.edfromextractsofhumanamnioticmembrane.JBiolChem284:20136-20146,200910)HeH,ZhangS,TigheSetal:Immobilizedheavychain-hyaluronicacidpolarizeslipopolysaccharide-activatedmacrophagestowardM2phenotype.JBiolChem288:25792-25803,2013***

眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(119)119《原著》あたらしい眼科28(1):119.122,2011cはじめに眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP)はII型アレルギー反応により角結膜上皮の瘢痕化をきたす疾患で,粘膜上皮基底膜に対する自己抗体産生によるとされている1~3).一般的にOCPの診断は,臨床経過,結膜生検による免疫学的,組織学的診断をもってなされる4~6).臨床所見としては,後期には瞼球癒着,涙点閉鎖,瘢痕期においては杯細胞の消失によるドライアイがよく知られている1,2).しかし,慢性に経過することも多く,急性増悪期には充血や上皮欠損といった非特徴的なものが主体であり,診断がつきにくいこともある1,3).今回,ミドリンPR点眼液の頻回点眼を契機に急性増悪し,膜様物の出現という特徴的な臨床所見が〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市西唐人町39出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-tojincyo,Kumamoto860-0027,JAPAN眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現横山真介*1佐々木香る*1齋藤禎子*2堀裕一*3渡辺仁*4出田隆一*1*1出田眼科病院*2大阪大学大学院医学系研究科眼科学講座*3東邦大学佐倉病院眼科*4関西労災病院眼科MembranousMaterialandItsMucinExpressionasClinicalSignofAcuteProgressioninOcularCicatricialPemphigoidShinsukeYokoyama1),KaoruAraki-Sasaki1),TeikoSaitoh2),YuichiHori3),HitoshiWatanabe4)andRyuichiIdeta1)1)IdetaEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityMedicalSchool,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,4)DepartmentofOphthalmology,KansaiRosaiHospital目的:眼類天疱瘡(ocularcicatricalpemphigoid:OCP)の急性期臨床所見について興味ある知見を得たので報告する.症例:85歳,女性.両眼軽度の角膜白斑および瞼球癒着を認めていた.白内障の進行に伴い,自己判断にてミドリンPR点眼液の頻回投与を行ったところ,毛様充血と広範囲の角膜上皮欠損が出現した.瞼球癒着が進行するため,OCPの急性悪化と判断し,現行点眼の中止とともに,ステロイドの全身,局所投与を開始した.翌日,9時方向輪部から泡状粘性物質が生じ,膜状に角膜欠損部全面を覆った.羊膜被覆を施行したところ,羊膜上にも泡状膜様物質が広がった.この膜様物質は蛍光抗体法にてMucin-5AC(MUC5AC)陽性,Mucin-16(MUC16)陰性であった.さらにシクロスポリン内服,点眼を追加し,1.5カ月後に完全な消炎を得て羊膜を外すと,泡状膜様物質の発生部位(9時方向輪部)で強い羊膜の癒着を認めた.その後,角結膜上皮欠損と瞼球癒着の再燃に対し羊膜被覆を2回施行して消炎を得た.考按:OCP急性増悪時の急性期臨床所見として,角膜上皮欠損に続くMUC5AC発現を伴う泡状膜様物質を提案する.Case:An85-year-oldfemalesufferedfrommildfornixshortening.Toresolveblurredvisionresultingfromcataract,sheelectedtousetropicamideeyedrops.Largecornealerosionwithciliaryinjectionthenoccurredinherrighteye.Underadiagnosisofocularcicatricialpemphigoid(OCP)progression,alleyedropswerestoppedandsteroidwasapplied,orallyandfocally.Thefollowingday,foamingmucousmaterialwasproducedfromthelimbusat9o’clockthatcoveredtheentirecornealerosionlikeasheetofmembrane.Thismembranousmaterial,immunohistochemicallyshowntobeMUC5AC-positiveandMUC16-negative,alsospreadoverthetransplantedamnioticmembrane.Additionalcyclosporinesettledtheinflammationin1.5months.Thetransplantedamnioticmembraneattachedtightlytothelimbusat9o’clock.Conclusion:Weproposethatcornealerosionwithfoamingmucousmembranousmaterial,withMUC5ACproduction,isaclinicalsignofacuteprogressioninOCP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):119.122,2011〕Keywords:眼類天疱瘡,ムチン,MUC-5AC,ドライアイ,羊膜.ocularcicatrialpemphigoid,mucin,MUC-5AC,dryeye,amnioticmembrane.120あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(120)みられたOCPの1例を経験したので報告する.I症例患者は85歳,女性.眼既往として両眼の陳旧性角膜実質炎,両眼の人工無水晶体眼および高度近視による網脈絡膜萎縮があり近医にて経過観察をしていた.視力の改善目的に自己判断で散瞳剤(ミドリンPR点眼液)を頻回に点眼したところ,右眼の充血,疼痛が生じ出田眼科病院を受診した.2007年11月6日初診時,右眼の6時から12時方向にかけて,耳側輪部および結膜を含む広い範囲の角結膜上皮欠損,高度の結膜充血,瞼球癒着を認めた(図1a,b).僚眼には軽度の瞼球癒着を認めた.視力はVD=眼前手動弁(矯正不能),VS=0.01(矯正不能),眼圧は非接触型にて測定不能であった.眼底は両眼網脈絡膜萎縮を認めた.なお,全身的には高血圧を認めるものの,口腔内および皮膚所見は認められなかった.初診時所見から自己免疫疾患を疑い,プレドニゾロン眼軟膏,オフロキサシン眼軟膏それぞれ1日4回,プレドニゾロン20mg内服を開始した.11月9日には6時から12時方向の輪部を含む上皮欠損の拡大と瞼球癒着の進行を認めたため,OCPの急性増悪と判断し,内服治療継続のうえ,点眼治療(リン酸ベタメタゾン,レボフロキサシン,シクロスポリン点眼各1日5回)に変更した.11月13日,広範の上皮欠損を覆うように,9時方向輪部から泡状粘性物質が出現し(図1c),その後,上皮欠損を覆うように角膜全体へと広がった.泡状粘性物質は一塊として採取可能であった.さらに輪部を含む角膜上皮欠損を覆うように上皮面を上にして保存羊膜被覆を施行したところ,移植した羊膜上にも泡状膜様物質が出現し(図1d),採取,組織解析を施行した.採取時に泡状膜様物質が眼瞼結膜を架橋する形で癒着が生じていることが確認された.高度の炎症に伴う瞼球癒着が進行するためプレドニゾロン内服を30mgに増量し,11月23日よりシクロスポリン10mg内服も加えて投与した.羊膜下の状況把握,視認性向上を目的に,羊膜被覆の中央部を開窓した.羊膜下組織の採取,観察にて羊膜下に上皮細胞を確認できたため,12月21日に一旦羊膜を除去した.泡状膜様物質が最初に出現した耳側輪部は羊膜と羊膜下組織に強い癒着が生じており,除去が困難であったため残存した(図1e).その後もステロイド点眼,内服を継続して行ったにもかかわらず,12月25日には耳側結膜と輪部および角膜中央部に孤立性に再び大きな上皮欠損が出現した.羊膜被覆の再施行,脱落,再燃,再々施行をくり返した後,徐々に消炎した.以降,再燃時には増悪期にみられた泡状膜様物質の出現は認められなかった.3回目の羊膜被覆が3カ月持続して自adbec図1泡状膜様物質発症前後の前眼部所見a:眼類天疱瘡急性増悪時の前眼部所見.高度の結膜充血と広範囲の角結膜上皮欠損,円蓋部短縮(矢印)を認める.b:眼類天疱瘡急性増悪時のフルオレセイン所見.輪部を含む広範囲の角結膜上皮欠損を認める.c:泡状膜様物質発生時の前眼部所見.泡状粘性物質が耳側輪部から出現し,その後上皮欠損を覆うように拡がった.d:羊膜被覆上に発症した泡状膜様物質所見.羊膜被覆上にも泡状膜様物質が出現した.e:羊膜被覆除去時の前眼部所見.泡状膜様物質が発生した耳側輪部(矢印)で羊膜が強い癒着を認め,解離困難であった.(121)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011121然脱落した後は,高度の血管侵入,瞼球癒着と角膜耳側輪部の角化様所見を残し,鎮静化した.II泡状膜様物質の組織解析羊膜被覆時に採取された泡状膜様物質をホルマリン固定して,薄切切片を作製し,ヘマトキシリン染色および抗ムチン抗体(MUC5AC:791抗体,MUC16:CA125,DACO社)を用いた免疫染色を施行した7,8).HE(ヘマトキシリン・エオジン)染色では滲出物と思われる無構造均一な組織と少量の好中球を認めた.また,免疫染色法によるムチン解析では,無構造均一組織の表層がMUC5AC陽性,MUC16陰性であった(図2a,b,c).III考按OCPの急性増悪像についての詳細な記載は,筆者らの知る限り少ない.その理由として,眼類天疱瘡は充血,流涙,灼熱感,視力低下,異物感を訴えて受診することが多く,急性期においては結膜炎と診断されやすいことがあげられる.したがって,後期あるいは瘢痕期の臨床像が多く報告されている1~3,6).今回,OCPの急性増悪期に角膜結膜上皮欠損と同時に粘性をもつ泡状膜様物質の出現を認めた.①除去したにもかかわらず,膜様物質が羊膜被覆後にも出現したこと,②田ら9)がOCPの初期に偽膜様粘性眼脂が出現すると指摘していること,③他施設における同様の症例(図3:NTT九州病院松本光希先生のご厚意による)においても,注意深く観察すると泡状膜様物質の出現を認めることの3点から角膜上皮欠損と泡状膜様物質の出現がOCPの急性期所見として特徴的である可能性が示唆された.OCPのごく初期に角膜上皮欠損が先行することはSgrullettaらにより2007年に報告されているとおりである10)が,角膜上皮欠損だけでは非特異的であり,今回観察された泡状膜様物質出現を伴うことがより診断の補助につながるのではないかと考えた.眼表面および涙腺に存在するムチンとしてはMUC1,MUC4,MUC16,MUC5ACが知られている11,12).このうち,MUC5ACは杯細胞から分泌されるムチンであり,ゲル化作用をもつとされる.今回観察された泡状膜様物質は,線維素と思われる均一組織の表層にゲル化作用のあるMUC5AC陽性であった.術中所見として瞼結膜との間に架橋がみられたことや,泡状膜様物質の最初の発生部位である輪部で羊膜の強い癒着が生じたことなどから,この物質がOCPにおける瞼球癒着の形成にかかわっている可能性も推察される.さらに,Souchierらは緑内障治療薬点眼中の患者にMUC5ACの発現上昇を認めると指摘し,特に塩化ベンザルコニウム添加製剤において発現率が高く,ブレブの線維化をきたすことで濾過手術成功率に影響を与えうるとしている13).このような知見からもMUC5ACの発現は,OCPにおける急性増悪期の病態において何らかの関与を示すものと思われる.その発生意義については,不明であるが,急性の広範囲の上皮欠損直後に出現したことから,炎症に伴う線維素組織の析出と同時に何らかの代償的機構により杯細胞の活動が亢進した可abc図2泡状膜様物質の組織学的解析a:HE染色.無構造均一な組織と少量の好中球を認める.Bar:200μm.b:抗MUC5AC抗体,c:抗MUC16抗体による免疫染色.無構造均一の組織の表層はMUC5AC陽性であり,MUC16陰性であった.Bar:50μm.図382歳,女性:眼類天疱瘡矢印の部分に泡状粘性物質を認める.(NTT九州病院松本光希先生ご提供)122あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(122)能性あるいは杯細胞の破壊に伴う一過性の亢進などが推測される.本症例の2回目以降の再燃時には,この泡状膜様物質の出現は認めなかった.ステロイドがすでに投与されていたため,あるいは杯細胞を含む産生物質の枯渇などが推測される.OCPの確定診断は,basementmembranezone(BMZ)への免疫グロブリンの沈着を証明することである4~6).ただし,OCP患者の結膜生検サンプルからBMZへの免疫グロブリン沈着が観察される頻度は20.67%とされ4),BMZに免疫グロブリンの沈着が認められないことがOCPを除外する根拠とはならない.本症例は,BMZへの免疫グロブリン沈着を確認しておらず,鑑別疾患として偽類天疱瘡や薬剤毒性,輪部疲弊症なども否定できない.特に眼類天疱瘡と薬剤性偽眼類天疱瘡とは,薬剤使用の有無以外は本質的に同じ病態であり,両者とも免疫反応に起因するという考え方が支配的であり,本症例においては鑑別がむずかしい.ただ本症例では,1)元来,両眼に軽度の瞼球癒着を認めていたこと,2)薬剤性偽眼類天疱瘡で最も多くみられる原因薬剤である緑内障治療薬やアミノグリコシド系抗菌薬などの使用歴がないこと,3)薬剤(散瞳剤点眼)が契機とはなっているが,この点眼中止ののち,ステロイド減量中にも再燃したこと,4)さらに再燃した際,角膜上皮欠損と結膜上皮欠損が比較的大きな範囲で孤立して不整な円形で生じ,臨床的に明らかに薬剤毒性や輪部疲弊とは異なる所見を呈したこと,5)経過中,継続的に瞼球癒着が進行したことから,薬剤性偽眼類天疱瘡の病態も含めて,薬剤が契機となった眼類天疱瘡と判断した.角膜上皮欠損に伴うMUC5AC陽性泡状膜様物質の出現は,OCPの急性期に関わる臨床所見と思われた.文献1)FosterCS,AhmedAR:Intravenousimmunoglobulintherapyforocularcicatricialpemphigoid:apreliminarystudy.Ophthalmology106:2136-2143,19992)MondinoBJ,BrownSI:Ocularcicatricialpemphigoid.Ophthalmology88:95-100,19813)GazalaJR:Ocularpemphigus.AmJOphthalmol48:355-362,19594)BeanSF,FureyN,WestCEetal:Ocularcicatricialpemphigoidimmunologicstudies.TransSectOphthalmolAmAcadOphthalmolOtolaryngol81:806-812,19765)LeonardJN,HobdayCM,HaffendenGP:Immunofluorescentstudiesinocularcicatricialpemphigoid.BrJOphthalmol118:209-217,19886)AhmedM,ZeinG,KhawajaFetal:Ocularcicatricialpemphigoid:pathogenesis,diagnosisandtreatment.ProgrRetinEyeRes23:579-592,20047)ArguesoP,BalaramM,Spurr-MichaudSetal:DecreasedlevelsofthegobletcellmucinMUC5ACintearsofpatientswithSjogren’ssyndrome.InvestOphthalmolVisSci43:1004-1011,20028)HoriY,Spurr-MichaudS,RussoCetal:Differentialregulationofmembrane-associatedmucinsinthehumanocularsurfaceepithelium.InvestOphthalmolVisSci45:114-122,20049)田聖花,島.潤:眼類天疱瘡.眼科プラクティス18巻,前眼部アトラス(大鹿哲郎編),p59-60,文光堂,200710)SgrullettaR,LambiaseA,MiceraAetal:Cornealulcerasanatypicalpresentationofocularcicatricialpemphigoid.EurJOphthalmol17:121-123,200711)GipsonIK:Distributionofmucinsattheocularsurface.ExpEyeRes78:379-388,200412)GipsonIK,Spurr-MichaudS,ArguesoP:Roleofmucinsinthefunctionofthecornealandconjunctivalepithelia.IntRevCyt231:1-49,200313)SouchierM,BurnN,LafontainePOetal:Trefoilfactorfamily1,MUC5ACandhumanleucocyteantigen-DRexpressionbyconjunctivalcellsinpatientswithglaucomatreatedwithchronicdrugs:couldthesemarkerspredictthesuccessofglaucomasurgery?BrJOphthalmol90:1366-1369,2006***