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生命予後が不良であった癌関連網膜症の1例

2019年3月31日 日曜日

《第52回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科36(3):394.398,2019c生命予後が不良であった癌関連網膜症の1例太田浩一*1佐藤敦子*1千田奈実*1福井えみ*1菊池孝信*2野沢修平*3石井恵子*4*1松本歯科大学歯学部眼科*2信州大学基盤研究センター機器分析支援部門*3まつもと医療センター呼吸器内科*4岡谷市民病院病理科CACaseofCancer-associatedRetinopathywithPoorPrognosisKouichiOhta1),AtsukoSato1),NamiSenda1),EmiFukui1),TakanobuKikuchi2),ShuheiNozawa3)andKeikoIshii4)1)DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,2)ResearchCenterforSupportstoAdvancedScience,ShinshuUniversity,3)DepartmentofRespiratoryMedicine,MatsumotoMedicalCenter,4)DepartmentofPathology,OkayaCityHospitalC癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy;CAR)症例は,癌を伴わない症例に比べ生命予後が良好との報告がある.抗リカバリン抗体強陽性で生命予後が不良であったCCAR症例を報告する.症例はC79歳,男性で,急激な両眼の視力低下にて発症した.初診時矯正視力は右眼(0.01),左眼(0.2),網膜動脈の狭細化,粗造な網膜所見を認めた.光干渉断層計では黄斑部網膜外層の著明な障害,網膜電図の平坦化,視野検査では大きな中心暗点を認めた.気管支鏡検査で原発性肺癌の診断となった.眼病変に対しステロイドの後部CTenon.下注射とパルス療法を行ったが,視力改善はなかった.化学治療により腫瘍の縮小傾向を認めたが,4カ月後に永眠された.血清抗リカバリン抗体が強陽性であった.免疫染色では視細胞内節・外節が強陽性となった.本例は視力予後に加え,生命予後も不良であった.CTheCprognosisCofCcancerCpatientsCwithCcancer-associatedretinopathy(CAR)isCbetterCthanCofCthoseCwithout.CWereportacancercasewithaworseprognosis.Thepatient,a79-year-oldmale,rapidlydevelopedvisualloss.AtC.rstvisit,hisbest-correctedvisualacuitywas0.01ODand0.2OS.Fundusexaminationshowedattenuatedretinalarteriolesandmottledretina.Thetotalretina,especiallytheouternuclearlayer,wasthinnedonopticalcoherenceimages.Hiselectroretinographyshowedanegativewaveform,andGoldmannperimetryrevealedlargecentralsco-toma.CPrimaryClungCcancerCwasCdiagnosed.CDespiteCtreatmentCwithCsub-Tenon’sCinjectionCofCsteroidCandCsteroidCpulseCtherapy,ChisCvisualCacuityCdidCnotCimprove.CAlthoughCtheCtumorCsizeCdecreased,CheCpassedCawayCafterC4months.CAnti-recoverinCantibodyCwasCextremelyChighCandCphotoreceptorCwasCpositiveCwithCpatient’sCserum.CBothCvisualandlifeprognosiswerepoor.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(3):394.398,C2019〕Keywords:癌関連網膜症,抗リカバリン抗体,ステロイド治療,肺癌,予後不良.cancer-associatedretinopathy,anti-recoverinantibody,steroidtherapy,lungcancer,poorprognosis.Cはじめに癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)は腫瘍随伴症候群の一つであり,急進行する視力低下,視野障害を特徴とする1).腫瘍随伴症候群とは,悪性腫瘍に罹患した際,腫瘍抗原に対する自己抗体が産生され,腫瘍とは異なる他臓器に障害が生じる病態である.まれな疾患であるが,CARにおいては視細胞に特異的な蛋白質が異所性に腫瘍細胞に発現して,自己抗体が産生され,視細胞の障害が生じると考えられている.原因となる蛋白質はリカバリン2)がまず報告された.他にもエノラーゼ3),抗Chsc704),TULP-15)などが報告されている.自己抗体のなかではCa-エノラーゼ抗体の検出率に比べ,抗リカバリン抗体の検出率は高くはない.3回の採血による検出を推奨する報告もある6).腫瘍随伴症候群の原疾患は悪性腫瘍であり,生命予後は不〔別刷請求先〕太田浩一:〒399-0781長野県塩尻市広丘郷原C1780松本歯科大学歯学部眼科Reprintrequests:KouichiOhta,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,1780Gobara,Hirooka,Shiojiri,Nagano399-0781,JAPANC394(92)図1眼底写真・光干渉断層像(COCT)Ca:右眼眼底写真,Cb:左眼眼底写真.網膜動脈の狭細化がみられ,網膜の色調は粗造である.左眼黄斑部上方には網膜色素上皮異常を認めた.Cc:右眼COCT,Cd:左眼COCT.網膜全層の層構造は崩れ,網膜外層の菲薄化,ellipsoidzoneの消失を認めた.良である.しかし,肺小細胞癌においては腫瘍随伴症候群を伴う症例のほうが伴わない症例より生命予後がよいとの報告がある7).CARにおいても生命予後不良な肺小細胞癌において抗リカバリン抗体を有する症例のC1年半以上の生存例の他,9年生存の報告がある8).今回,血清抗リカバリン抗体が強陽性かつ生命予後が不良であったC1例を経験したので報告する.CI症例患者:79歳,男性主訴:両眼視力低下既往歴:63歳,大腸癌(1年後終診).喫煙10本/日(20歳から)現病歴:2017年C7月両眼の視力低下を自覚し,近医を受診した.矯正視力は右眼(0.9),左眼(0.8)にて,左眼の白内障手術が予定された.2017年C9月左眼の水晶体再建術を施行するも術前矯正視力右眼(0.2),左眼(0.2)が術後矯正視力右眼(0.01),左眼(0.2)と改善はなく,右眼の著明な低下を認めた.視神経障害または脳疾患を疑い,脳神経外科病院に紹介されるも,原因となりうる病変はなく,精査目的に松本歯科大学病院眼科(以下,当科)に紹介となった.初診時眼科所見:瞳孔不同なし.対光反応鈍.RV=0.01(矯正不能),LV=0.1(0.2C×.1.5D).眼圧は右眼C8mmHg,左眼C9CmmHg.結膜,角膜に異常なく,右眼は軽度の白内障,左眼は軽度の前房炎症と眼内レンズ挿入眼.前部硝子体にごくわずかの細胞を認めるも硝子体混濁は認められなかった.両眼とも網膜は粗造で,網膜動脈の狭細化を認めた(図1).光干渉断層計では網膜の層構造が崩れ,とくに外顆粒層厚図2フルオレセイン蛍光眼底造影写真a:右眼,Cb:左眼.明らかな血管閉塞所見はなく,網膜色素上皮障害と思われる過蛍光および一部の網膜血管壁の組織染を認めた.c図3全視野網膜電図a:フラッシュ,Cb:フリッカー,Cc:錐体,Cd:杆体.各網膜電図で著明な平坦化を認めた.の減少とともに外境界膜・ellipsoidzone・interdigitationzoneの区別がつかないほど障害されていた(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では網膜血管への流入遅延を認め,ごくわずかの血管漏出を一部に認めた.両眼の黄斑部に網膜色素上皮障害と思われる過蛍光を認めた(図2).全視野網膜電図ではフラッシュ,フリッカー,錐体,杆体反応ともnon-recordableであった(図3).Goldmann視野検査では両眼ともにC30°におよぶ大きな中心暗点を認めた(図4).当科での全身検査ではCCRP0.69Cmg/dl,LDH468CU/lと上昇を認めた.胸部CX線写真にて右肺野異常(6Ccm径の腫瘍疑い)を認めた(図5).経過:肺腫瘍に伴うCCARと診断し,大腸癌治療歴のある総合病院外科に紹介した.当科への短期的な通院は困難になると判断し,右眼に対し,トリアムシノロン(約C20Cmg)の後部CTenon.下注射を行った.外科では大腸癌とは関係なく,原発性肺癌疑いの診断にてまつもと医療センター呼吸器内科に再紹介された.まず,CARに対し,ステロイドのパ図4Goldmann視野検査a:左眼,Cb:右眼.大きな中心暗点を認めた.図5胸部単純X線写真右下肺野に径C6Ccmの肺陰影を認めた.ルス療法およびプレドニゾロンC30Cmg/日からの漸減投与が行われた.呼吸器内科では気管支鏡検査にて肺癌の診断にて9月下旬からCCBDCA(カルボプラスチン)+CPT-11(イリノテカン)の化学療法C1コースが行われた.胸部CX線写真上は腫瘍の縮小傾向を認めた.初診後C1カ月にはCRV=(0.03),CLV=(0.2)にてステロイド治療による視力の改善は認められなかった.肺組織のCPCR検査でCEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異陽性にて腺癌としてエルロチニブに変更した.しかし,肝障害にて中止となった.CBDCA+CPT-11へ戻す予定も全身倦怠感が強くなり,腫瘍の増大および筋転移もあり,当科初診からC4カ月後のC2018年C1月永眠された.免疫染色より,病理学的な最終診断は未分化の大細胞癌となった(図6).血清抗リカバリン抗体:初診時に採血した血清中の抗リカバリン抗体は強陽性(abnormalClevelsCofCantibodiesCdetect-ed)(AthenaCDiagnostics,CMarlborough,MA)であった.また,リコンビナントのヒトリカバリンを用いたウェスタンブロット法にて患者血清はリカバリンに陽性となった.CARの原因となりうるCaエノラーゼ,Cgエノラーゼ,トランスデューシンC1,ビシニンの網膜蛋白には陰性であった(非供覧).患者血清C1,000倍希釈で陽性であったので,4,000倍,32,000倍まで希釈しても陽性であり,強陽性を裏付けた(図7a).(錐体細胞の蛋白であるビシニンをコントロールとした.)血清を用いたマウス網膜に対する免疫染色(図7b)では網膜色素上皮細胞を含む網膜全体が陽性となった.とくに視細胞内節および錐体と推測される外節および内網状層上部が強陽性となった.CII考按CARの臨床的な特徴としては両眼性の急激な視力低下,視野障害(輪状暗点,中心性狭窄),光視症,羞明の自覚症状がある.検眼鏡的所見では,網膜動脈狭細化,網膜色素変性様眼底があるが,眼底の所見に乏しいことも多い.血清中の抗リカバリン抗体の証明はCCARの確定診断には有用である.抗網膜抗体にはほかにも抗エノラーゼ3),抗ChscC704),抗CTULP-15)抗体によるCCARの報告もある.しかし,この抗リカバリン抗体の証明は容易ではない.CARを疑い,血清を調べても抗リカバリン抗体陰性の報告例も多い.横井らは初回の検査で抗リカバリン抗体が検出されなくても,3回測定を行うとC100%陽性が確認できたと報告した6).これらのことから,抗リカバリン抗体陽性のCCARにおいてもその発現量はきわめて少ないと考えられる.一方,肺癌,胃癌,大腸癌を含めた悪性腫瘍におけるリカバリンの発現率を検討したところ,10.40%での発現が報告されている9).Bazhinらの報告では肺癌患者C143例(小細胞癌C99例,非小細胞癌C44例)のリカバリン発現を検討した.リカバリンの発現率は小細胞癌でC68%,非小細胞癌でC85%×40図6経気管支鏡による生検(ヘマトキシリン・エオジン染色)大型核を有する異型細胞が散在性に出現.免疫染色の結果より大細胞癌と診断された.CabrRrVrRrVrRrVrRrV×1,000×4,000×32,000Control*患者血清(50倍希釈)図7ウェスタンブロット・免疫染色a:リコンビナントのヒトリカバリンに対する患者血清によるウェスタンブロット.rR:リカバリン蛋白,rV:ビシニン.32,000倍希釈でもリカバリン特異的に陽性.Cb:患者血清を用いたマウス網膜に対する免疫染色.二次抗体はCAlexa488anti-humanIgG(MolecularProbes社).網膜全体に陽性.とくに内網状層,網膜視細胞内節・外節が強陽性であった(.).であった10).抗リカバリン抗体陽性率はそれぞれC15%,20本症例では通常検出されにくい抗リカバリン抗体が強陽性%であり,肺小細胞のみならず,非小細胞癌においても腫瘍であった.免疫染色でも網膜外層が染色され,抗リカバリン内のリカバリン発現および血清抗リカバリン抗体が確認され抗体が網膜組織を認識することを示唆している.実際,血清た.しかし,CARの発症はなかった.以上より,腫瘍内で中の抗リカバリン抗体を検出し,腫瘍内のリカバリン発現をのリカバリン発現,さらには血清中の抗リカバリン抗体の存証明したCCAR症例の報告がある11,12).本症例では残念なが在にもかかわらず,CARの発症はきわめて少ないという結ら気管支鏡検査による生検の検体量が少なく,肺腫瘍におけ論となる.るリカバリンの発現は確認できなかった(非供覧).これまでCCARの診断における抗リカバリン抗体の抗体価または定量化に関しての報告はほとんどない.血清の希釈度も報告により異なり,比較は困難と思われる.既報における“抗リカバリン抗体陽性”には,3回の採血後かろうじて陽性となるわずかな抗体量から,本症例のような高い抗体価まで広い範囲の“陽性”が含まれると考えられる.抗リカバリン抗体陽性CCAR患者における生命予後良好の報告例ではリカバリン特異的細胞障害性CT細胞の関与が示唆されている13).抗リカバリン抗体陽性のCCAR患者では細胞障害性CT細胞が腫瘍を攻撃しているという説である.しかし,臨床的には本症例だけではなく,抗リカバリン抗体陽性CCAR患者で,1年以内の死亡例も少なくない14.17).血清に検出される抗体はCB細胞が腫瘍細胞に対して産生されたものであり,細胞障害性CT細胞の活動性を示しているわけでない.本症例を含め,生命予後が不良であったCCAR症例での抗リカバリン抗体陽性例ではCT細胞性による腫瘍障害性を発揮することができなかった,もしくは抗原量=腫瘍細胞が多く,腫瘍障害まで至らなかったと推測した.抗リカバリン抗体が強陽性であってもCCAR患者の原疾患は悪性腫瘍であり,生命予後が不良であることが再認識された.また,本症例はステロイドの局所および全身治療にまったく反応せず,視力予後も不良であった.今後は症例の蓄積により抗リカバリン抗体の抗体価と生命予後および視力予後の関連性を検討する必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SawyerRA,SelhorstJB,ZimmermanLEetal:Blindnesscausedbyphotoreceptordegenerationasremotee.ectofcancer.AmJOphthalmolC81:606-613,C19762)ThirkillCE,FitzGeraldP,SergottRCetal:Cancer-asso-ciatedretinopathy(CARsyndrome)withantibodiesreact-ingCwithCretinal,Coptic-nerve,CandCcancerCcells.CNEnglJMedC321:1589-1594,C19893)AdamusCG,CAptsiauriCN,CGuyCJCetal:TheCoccurrenceCofCserumautoantibodiesagainstenolaseincancer-associatedretinopathy.CClinCImmunolCImmunopatholC78:120-129,19964)OhguroCH,COgawaCK,CNakagawaT:RecoverinCandCHscC70arefoundasautoantigensinpatientswithcancer-asso-ciatedCretinopathy.CInvestCOphthalmolCVisCSciC40:82-89,C19995)KikuchiCT,CAraiCJ,CShibukiCHCetal:Tubby-likeCproteinC1asanautoantigenincancer-associatedretinopathy.JNeu-roimmunolC103:26-33,C20006)横井由美子,大黒浩,大黒幾代ほか:癌関連網膜症の血清診断.あたらしい眼科C21:987-999,C20047)MaddisonP,Newsom-DavisJ,MillsKRetal:FavourableprognosisCinCLambert-EatonCmyasthenicCsyndromeCandCsmall-celllungcarcinoma.LancetC353:117-118,C19998)KobayashiM,IkezueT,UemuraYetal:Long-termsur-vivalCofCaCpatientCwithCsmallCcellClungCcancerCassociatedCwithCcancer-associatedCretinopathy.CLungCCancerC57:C399-403,C20079)MatsuoCS,COhguroCH,COhguroCICetal:ClinicopathologicalCrolesofaberrantlyexpressedrecoverininmalignanttumorcells.OphthalmicResC43:139-144,C201010)BazhinCAV,CSavchenkoCMS,CShifrinaCONCetal:RecoverinCasaparaneoplasticantigeninlungcancer:theoccurrenceofCanti-recoverinCautoantibodiesCinCseraCandCrecoverinCinCtumors.LungCancerC44:193-198,C200411)SaitoW,KaseS,OhguroHetal:Slowlyprogressivecan-cer-associatedCretinopathy.CArchCOphthalmolC125:1431-1433,C200712)SaitoCW,CKaseCS,COhguroH:AutoimmuneCretinopathyCassociatedCwithCcolonicCadenoma.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC251:1447-1449,C201313)MaedaCA,COhguroCH,CNabetaCYCetal:Identi.cationCofChumanCantitumorCcytotoxicCTClymphocytesCepitopesCofCrecoverin,CaCcancer-associatedCretinopathyCantigen,Cpossi-blyrelatedwithabetterprognosisinaparaneoplasticsyn-drome.CEurJImmunolC31:563-572,C200114)SalgiaR,HedgesTR,RizkMetal:Cancer-associatedreti-nopathyCinCaCpatientCwithCnon-small-cellClungCcarcinoma.CLungCancerC22:149-152,C199815)尾辻太,棈松徳子,中尾久美子ほか:急速に失明に至り,特異な対光反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌C115:924-929,C201116)高坂昌良,石原麻美,木村育子ほか:前立腺原発神経内分泌癌に随伴した癌関連網膜症のC1例.あたらしい眼科C31:C443-447,C201417)浅見奈々子,澁谷悦子,石原麻美ほか:癌関連網膜症のC2例.あたらしい眼科35:820-824,C2018***

成人発症Still病に両眼の虹彩毛様体炎を発症した1例

2014年2月28日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(2):285.288,2014c成人発症Still病に両眼の虹彩毛様体炎を発症した1例平野慎一郎松田順子本庄恵沼賀二郎地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター眼科ACaseofAdult-OnsetStill’sDiseasewithBilateralIridocyclitisShinichiroHirano,JunkoMatsuda,MegumiHonjoandJiroNumagaDepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanGeriatricHospital成人発症Still病(adult-onsetStill’sdisease:AOSD)に両眼性の虹彩毛様体炎を合併した症例を経験した.症例は65歳女性で,頭部の違和感,発熱を呈し,近医を受診した.感染症と診断され,種々の抗生剤を使用するも症状の改善を認めず,膠原病などが疑われた.眼科的自覚症状はなかったが,眼科受診時両眼に非肉芽腫性の虹彩毛様体炎を認め,ステロイドの点眼を使用したが炎症の改善はみられなかった.その後,AOSDと診断され,prednisolone(PSL)の内服を開始したところ,両眼虹彩毛様体炎が改善し,間欠熱,関節痛およびリンパ節腫脹などの全身症状も改善した.現在,徐々にPSL内服量を漸減中であるが,虹彩毛様体炎や全身症状の再燃は認めず良好に経過している.AOSDの眼合併症は,自覚症状が乏しく,見逃されてしまう可能性がある.また炎症が後眼部に生じ,長期化すると視力低下に至る例も報告されており,AOSDと診断された場合に眼科を受診することと,ステロイドの内服が推奨されると考える.Wereportacaseofadult-onsetStill’sdisease(AOSD)withbilateraliridocyclitis.Thepatient,a65-year-oldfemalewhovisitedalocalclinicforheaddiscomfortwithfever,wasdiagnosedwithinfectiousdiseasesandwasprescribedseveralantibiotics,butshowednoreliefofsymptoms;suchascollagendiseasewassuspected.Atourhospital,non-granulomatousiridocyclitiswasfound,withnoophthalmicsymptoms.Steroideyedropsdidnotimprovetheinflammation.WithdiagnosisofAOSD,oralprednisolone(PSL)wasinitiated,bilateraliridocyclitis,systemicsymptoms,lymphnodeswelling,intermittentfeverandjointpainimproved.WithgradualdecreaseintheamountoforalPSL,systematicsymptomsandiridocyclitishavenotrecurredthusfar.TheeyecomplicationsofAOSDwouldhavebeenoverlookedbypoorsymptoms.Visualdegradationhasbeenreportedinsomecasesoflong-terminflammationintheposteriorsegmentoftheeye.WhenAOSDisdiagnosed,ophthalmologistconsultationandoralsteroidprescriptionarerecommended.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(2):285.288,2014〕Keywords:成人発症Still病,眼合併症,虹彩毛様体炎,ステロイド治療,予後.adult-onsetStill’sdisease,ocularcomplications,iridocyclitis,steroidtherapy,prognosis.はじめに成人発症Still病(adult-onsetStill’sdisease:AOSD)は,1971年にBywatersらが報告して1)以来注目されるようになった疾患であり,若年性特発性関節炎(juvenileidiopathicarthritis:JIA)の一型であるStill病が16歳以上の成人に発症したものをいう.眼合併症を生じることは稀で,その報告は数例のみである.また報告例により臨床経過はさまざまであり,いずれも比較的眼症状は重症な症例が多い2.6).今回筆者らが経験したAOSDは,両眼性の虹彩毛様体炎を合併した症例であるが,過去の報告例と比較すると軽症であった.治療に関しては過去の報告と同様にステロイドの内服を必要とした.本報告はその臨床経過とステロイドの全身投薬の必要性について考察する.この報告に関しては対象に十分な説明を行い同意を得た.I症例患者:65歳,女性.主訴:頭痛,間欠熱.〔別刷請求先〕平野慎一郎:〒173-0015東京都板橋区栄町35番2号東京都健康長寿医療センター眼科Reprintrequests:ShinichiroHirano,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanGeriatricHospital,35-2Sakaecho,ItabashikuTokyo173-0015,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(125)285 表1内科入院時血液所見白血球13,110/μl↑(4,000.8,000/μl)CRP21.84mg/dl↑(0.3mg/dl以下)フェリチン718ng/ml↑(10.80ng/ml)RF6.6IU/ml(20IU/ml以下)抗ds-DNAIgG抗体陰性抗SS-A抗体陰性抗SS-B抗体陰性PR-3ANCA陰性MPO-ANCA陰性既往歴:13歳:急性虫垂炎(虫垂切除術),64歳:2型糖尿病,腺腫性甲状腺腫,高脂血症.生活社会歴:ペット(猫)の飼育歴あり,海外渡航歴なし.家族歴:父:肺癌,兄:糖尿病,腎不全.現病歴:2012年6月6日頃より悪心,嘔吐,下痢が出現したため,6月8日に近医を受診した.感染性腸炎と診断され,ノルフロキサシン,アセトアミノフェン内服で,消化器症状は改善したが,頭部の違和感が出現した.その後側頭部優位の疼痛と頭重感が生じ,夕方から夜間にかけて38℃台の発熱が続き,種々の抗生剤を投与するも改善しないため,膠原病などの精査目的で6月26日に当院内科へ入院した.眼科的自覚症状は認めなかったが,側頭動脈炎などを疑われ7月3日眼科を受診した.初診時眼所見:矯正視力は右眼0.8(1.2×+0.5D(cyl.2.0DAx85°),左眼0.8(1.2×+1.25D(cyl.2.0DAx85°).眼圧は右眼12mmHg,左眼12mmHg.両眼の前房内にcell+が認められ,両眼虹彩毛様体炎がみられた.角膜裏面沈着物(KP)は認めず,両眼隅角および眼底に異常所見はみられなかった.両眼虹彩毛様体炎に対し,ベタメタゾン,フラジオマイシン合剤(リンデロンAR)点眼5回/日,モキシフロキサシン(ベガモックスR)点眼3回/日,トロピカミドとフェミレフリン塩酸塩の合剤(ミドリンPR)点眼1回/日を開始したが,炎症の改善はみられなかった.その後,発熱時にサーモンピンク色の皮疹が出現し,皮膚掻爬法で陽性で,フェリチンおよび白血球が上昇を認めたためAOSDの可能性が考えられた(表1).山口らの診断基準で,発熱,関節痛(顎関節),典型的皮疹,白血球増加の大症状4項目とリンパ節腫脹(頸部のリンパ節)の小症状1項目を満たし,AOSDと診断された7).7月13日より,prednisolone(PSL)25mg/dayの内服を開始し,間欠熱や頭痛,リンパ節腫脹などの全身症状も速やかに改善した.PSL内服開始1週間後に両眼虹彩毛様体炎も消失し,点眼薬をすべて中止した.8月15日,蛍光造影検査を行ったが,血管炎などの異常所見は認めなかった(図1).PSLは内服開始1カ月後より徐々に量を漸減し,現在6mg/dayを内服しているが,PSLの漸減中に虹彩毛様体炎286あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014ab図12012年8月15日(眼科初診49日後)の蛍光眼底造影検査本症例の眼症状は軽症であるため,他の報告例で報告されているような乳頭浮腫,血管炎などの異常所見はみられない.a:右眼,b:左眼.や全身症状の再燃は認めていない(図2,3).II考按AOSDは,若年性特発性関節炎の全身発症型(Still病)か16歳以上の成人に発症したものである.わが国で以前まで若年性関節リウマチとよばれていたものは,現在ではJIAとよばれ,「16歳未満で発症した慢性特発性関節炎の総称」と定義される.JIAには,多関節型,少数関節型,全身型とよばれる3病型があり,多関節型は関節リウマチ(RA)と同じように慢性多発性関節炎をきたし,少数関節型は4カ所までの関節炎症にとどまる.全身型(Still病)は関節痛を伴うものの関節炎の程度は軽く,著明な発熱や一過性のサーモンピンクの皮疹,リンパ節腫脹や脾腫,心外膜炎などの臨床所見を特徴とする.JIAのぶどう膜炎の発症は1.6歳に多く,女児に多い.少関節型に多くみられ,少関節型の10.20%,リウマチ因子陰性例では5.10%に合併するとされる.リウマチ因子陽(126) abab図22013年4月19日の前眼部写真角膜後面沈着物,虹彩萎縮,瞳孔偏位などの虹彩炎,虹彩炎合併症を示す所見なく軽快した.a:右眼,b:左眼.性の多関節型,全身型ではぶどう膜炎の合併頻度は少なく,多関節型では約5%,全身型では通常発生しない.JIAのぶどう膜炎は,両眼性の非肉芽腫性の虹彩毛様体炎で,微細な角膜後面沈着物,前房に微塵な炎症細胞がみられ,線維素の析出や前房蓄膿がみられることもある.前房内のフレア値は高値を示すことが多く,虹彩後癒着は高度で全周にみられることが多い.また慢性化すると帯状角膜変性が生じ,隅角は周辺虹彩前癒着が全周性にみられることもある.硝子体にびまん性に微塵状の混濁が生じ,視神経乳頭炎がみられることもあり,これが長期化すると視神経乳頭上に新生血管が生じ,硝子体出血の原因になる.AOSDにぶどう膜炎が合併した症例は,国内,海外よりわずかに報告されているのみである.多田らの報告ではAOSDに合併した虹彩毛様体炎が肉芽腫性であったとしている一方,その他の報告では虹彩毛様体炎が肉芽腫性,非肉芽腫性のどちらであったかについて記載されていない2.6).AOSDに合併したぶどう膜炎で後眼部に異常を認めた症例では,視神経乳頭浮腫,網膜血管炎が共通して認められていた2.6).(127)白血球(×100)CRP(mg/dl)フェリチン(ng×10)体温(度)PSL(mg)160)(PSL内服開始34.53535.53636.53737.538020406080100120140白血球(×100)体温フェリチン(×10)CRP6月7月8月9月11月1月4月26日12日10日27日8日10日4日虹彩毛様体炎虹彩毛様体炎消失図3治療経過(2012年6月.2013年4月)AOSDが重症化すると,サイトカイン〔特にTNF(腫瘍壊死因子)-a〕が高値になり,マクロファージが異常活性化し,マクロファージ活性化症候群(macrophageactivationsyndrome)とよばれる病態を呈する8).多田らの報告では,AOSDに合併した肉芽腫性虹彩毛様体炎の角膜後面沈着物でマクロファージ系の炎症細胞の集簇を認め,PSL内服を行ったが治療に難渋したとされており,基礎にあるAOSDの重症度によって,合併する虹彩毛様体炎の病態が変化する可能性が推測される2).筆者らが経験した症例では,AOSDに両眼の非肉芽腫性虹彩毛様体炎を合併し,前房内所見は比較的乏しく,豚脂様角膜後面沈着物や虹彩後癒着などは認めず,後眼部も明らかな異常はみられなかった.内科でAOSDと確定診断される前に,虹彩毛様体炎に対してステロイドを含む点眼治療を行ったが,炎症の改善はみられず,AOSDの確定診断後PSLの内服で,両眼とも虹彩毛様体炎の改善を認めた.ステロイド点眼で前眼部炎症が改善せず,ステロイドの内服で炎症が改善するという経過は,他の報告と類似している2.6).これはAOSDの発症や症状の増悪にサイトカインが関与しているため,ステロイドの局所投与より全身投与を行ったほうが効果は高いと推測される.日本人におけるAOSDは,マクロファージ活性化症候群などの重篤な場合を除き,全般的に予後は良好で,後遺症を残すことは稀である9).しかしAOSDに併発した虹彩毛様体炎で,ステロイド内服を中止した後に再燃した例が報告されている2).そのため慎重にステロイド内服を漸減し虹彩毛様体炎の再燃に注意しながら経過観察する必要がある.本症例あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014287 ではPSLの漸減中に虹彩毛様体炎の再燃は認めなかった.AOSDの眼合併症の発症機序はいまだ解明されていない.自覚症状に乏しい場合があり,後眼部に炎症が生じた場合や,ステロイド漸減中の炎症の再燃などで炎症が長期化すると視力低下に至る可能性があるため,AOSD患者の診断の際に眼科を受診することが推奨され,本例のような軽微な虹彩毛様体炎がみられた際にもステロイド点眼で軽快しなければ,ステロイドの全身内服が考慮されるべきと判断された.文献1)BywatersEGL:Still’sdiseaseintheadult.AnnRheumDis30:121-133,19712)JiangW,TangL,DuanXetal:Acaseofuveitisinadult-onsetStill’sdiseasewithophthalomologicsymptoms.RheumatolInt:2351-2357,20113)多田花代,川野庸一,園田康平ほか:成人発症Still病に両眼性ぶどう膜炎を合併した1例.眼紀54:447-451,20034)南場研一,津田久仁子,大西勝憲ほか:成人発症Still病に虹彩毛様体炎,乳頭浮腫,網膜血管炎が合併した1例.臨眼50:1687-1690,19965)野田聡美,池田史子,岸章治:乳頭浮腫と虹彩毛様体炎を合併した成人発症Still病の1例.臨眼65:1305-1308,20116)窪田光男,森岡美穂,浜田陽ほか:成人発症Still病に網膜中心静脈閉塞症型の乳頭血管炎を合併した1症例.眼臨94:1429-1431,20007)YamaguchiM,OhtaA,TsunematsuTetal:PreliminarycriteriaforclassificationofadultStill’sdisease.JRheumatol19:424-430,19928)StephanJL,ZellerJ,HubertPetal:Macrophageactivationsyndromeandrheumaticdiseaseinchildhood:areportoffournewcases.ClinExpRheumatol11:451456,19939)OhtaA,YamaguchiM,TsunematsuTetal:AdultStill’sdisease:amulticentersurveyofJapanesepatients.JRheumatol17:1058-1063,1990***288あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(128)

白内障術後に発症した後部強膜炎の1例

2012年10月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(10):1419.1422,2012c白内障術後に発症した後部強膜炎の1例小池保志溝部惠子小林史郎京都第二赤十字病院眼科ACaseofPosteriorScleritiswithThickeningofScleraafterCataractSurgeryYasushiKoike,KeikoMizobeandShiroKobayashiDepartmentofOphthalmology,KyotoSecondRedCrossHospital目的:後部強膜炎は前部強膜炎に比してまれであり多彩な臨床像を呈するため診断が困難なことも少なくない.今回,白内障手術術後に発症したため診断に苦慮した後部強膜炎の症例を経験したので報告する.症例:79歳,女性.両眼白内障手術の術後経過は順調であったが,術後3カ月後より右眼の鈍痛と飛蚊症が出現した.軽度の前房炎症に対して遅発性の眼内炎を念頭に置き治療を開始したが,右眼の眼瞼腫脹と結膜の充血浮腫が著明となり硝子体混濁も出現した.Bモードエコーとコンピュータ断層撮影スキャンを施行した結果,強膜肥厚像を認め,後部強膜炎と診断し,治療をステロイドの全身投与に切り替えた.ステロイド全身投与開始後,症状・所見は速やかに改善し治癒した.結論:後部強膜炎はステロイド全身投与が著効することが多いため,非特異的炎症の際には後部強膜炎の可能性も念頭に置き,速やかに診断と治療を行うことが必要である.Itisdifficulttodiagnoseposteriorscleritisbecauseofvariousandnonspecificclinicalsymptoms.Weherereportacaseofposteriorscleritisaftercataractsurgery.Thepatient,a79-year-oldfemale,complainedofdullpainandfloatersinherrighteyeabout3monthsafterbilateralcataractsurgery.Becausemildiritiswasnotedinherrighteye,antibioticandanti-inflammatoryeyedropswereprovided.Despitethesetreatments,however,markedswellingandrednessoflidandconjunctiva,andvitreousopacityweresuddenlyobservedintherighteye.B-modeultrasoundscanandcomputedtomographyscanrevealeddiffusethickeningofthescleraoftheeye,whichledtoadiagnosisofposteriorscleritis.Aftertreatmentwithsystemiccorticosteroid,theposteriorscleritisimmediatelyreduced.Wemustconsiderthatanynonspecificocularinflammationpresentsthepossibilityofposteriorscleritis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(10):1419.1422,2012〕Keywords:後部強膜炎,ステロイド治療,強膜肥厚,白内障術後.posteriorscleritis,systemiccorticosteroid,thickeningofsclera,cataractsurgery.はじめに後部強膜炎は1902年にFucks1)により初めて報告された疾患で,前部強膜炎と比べて比較的まれな疾患である.疼痛,視力障害,視野狭窄,眼球突出などの多彩な臨床症状を呈することが知られているが,特異的な所見に乏しいことから,しばしば確定診断が困難である.リウマチなどの膠原病や感染症などの全身性随伴疾患が強膜炎に合併することが知られている2)が,後部強膜炎が眼内手術術後に発症した報告はほとんどない.筆者らは,白内障術後に発症したため診断に苦慮した後部強膜炎の症例を経験したので報告する.I症例患者:79歳,女性.主訴:右眼の違和感,変視症,飛蚊症.既往歴:特になし.現病歴:2008年3月11日に左眼,3月18日右眼の白内障に対して超音波水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術(耳上側無縫合強角膜小切開)を施行した.術後視力は右眼が1.2(1.2×+0.25),左眼が0.5(1.0×.0.5(cyl.0.5DAx180°)で,両眼とも経過は良好で3月22日退院し,近医で経過観察となった.白内障術後約2カ月の2008年5月2〔別刷請求先〕小池保志:〒602-8026京都市上京区釜座通丸太町上ル春帯町355-5京都第二赤十字病院眼科Reprintrequests:YasushiKoike,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoSecondRedCrossHospital,355-5Haruobicho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8026,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(103)1419 日に事故で左前腕骨折したため近医整形外科で治療を受けていたが,5月16日頃より右眼の軽度疼痛と飛蚊症を自覚し始めた.症状が軽快しないため6月5日当院に再度紹介受診となった.2008年6月5日受診時所見:視力は右眼0.5(0.8×+0.5(cyl.0.5DAx90°),左眼0.6(1.2×.0.5(cyl.0.5DAx100°),と右眼視力の軽度低下を認めた.右眼に軽度虹彩炎(わずかな前房細胞)を認めたが充血および眼球運動痛はなく,眼圧は右眼14mmHg,左眼17mmHgと正常で,眼底にも明らかな異常を認めなかった.遅発性の術後眼内炎を疑い,レボフロキサシンと硫酸フラジオマイシン・リン酸ベタメタゾン点眼を各々4回/日,ジクロフェナク点眼3回/日を右眼へ開始した.経過:虹彩炎所見と右眼視力はほぼ不変のまま推移したが,6月13日から手術創口部強膜に充血を伴う炎症所見と上方角膜に樹枝状角膜炎を思わせる角膜上皮障害が生じた.同日の血液,生化学検査では,白血球数は8,700個/μlと正常で,C反応性蛋白質(CRP)も0.37と陰性,抗ストレプトリジン-O(ASO),リウマチ因子などの上昇も認めなかった.ヘルペス性角結膜炎もしくは遅発性眼内炎も否定できなかったため,硫酸フラジオマイシン・リン酸ベタメタゾン点眼を中止しアシクロビル眼軟膏5回/日とセフタジジム点滴2g/日を開始したところ,角膜炎は改善した.しかし虹彩炎は軽快せず,6月15日より急激な眼瞼腫脹,結膜の充血浮腫を認め,6月16日には強膜浮腫および脈絡膜.離,硝子体混濁を右眼に生じた(図1).右眼視力は(0.2×.1.5)と著明に低下した.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では軽度の黄斑浮腫と網膜血管からの軽度びまん性過蛍光を認めた(図2).Bモード超音波断層検査と眼窩部コンピュータ断層撮影法(computedtomography:CT)検査で後部強膜の浮腫像と壁肥厚像を認め(図3,4),後部強膜炎と診断した.アシクロビル眼軟膏5回/日とセフ図1ステロイド全身投与前の前眼部写真左:正面からみた結膜全体の状態,右:上方の結膜・強膜の状態.右眼の強膜・結膜に著明な充血と浮腫を認める.図2ステロイド全身投与前のフルオレセイン蛍光眼底造影検査所見左:前期,右:後期.造影後期に軽度の黄斑浮腫とびまん性過蛍光を認める.1420あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(104) 図3ステロイド全身投与前のBモード強膜の肥厚と壁の不整を認める(矢印).図4ステロイド全身投与前の眼窩部CT検査所見右眼の後部強膜の肥厚像(矢印)を認める.タジジム点滴2g/日を中止し,6月17日朝からステロイド全身投与(リン酸ベタメタゾン6mg点滴)を開始した.1.0%硫酸アトロピン点眼1回/日,レボフロキサシン点眼4回/日,ジクロフェナク点眼3回/日の治療も併用した.リン酸ベタメタゾン点滴開始後2日目の6月18日からは眼瞼浮腫と強膜充血は著明に改善し,脈絡膜.離と強膜浮腫も改善傾向を認めた.6月19日には前房内炎症および硝子体混濁も完全に消失し(図5),6月20日のFAでは血管からのびまん性過蛍光はほぼ消失した.所見の著明な改善を認めたため,ステロイドを以後漸減し,20日からリン酸デキサメタゾン点滴を4mgに,6月23日から2mgに減少した.6月25日の眼窩部CT検査では強膜肥厚所見も改善を示し(図6),同日点滴を終了し,6月26日からプレドニゾロン内服20mgに切り替えた.6月29日には右眼視力(0.9×+1.0(cyl.1.5DAx90°)と改善し退院した.退院後は1週間から2週間の間隔でステロイド内服量を漸減し,8月13日で内服は完全に終了した.ステロイド投与中止後も右眼視力(1.5×+1.0(cyl.1.0DAx90°),動的視野検査でも明らかな視野異常は認めず,炎症の再燃もなく良好に経過した.(105)図5治療後の前眼部写真上:正面からみた結膜全体の状態,下:耳上側の結膜・強膜の状態.右眼の強膜・結膜の充血と浮腫は消失した.図6治療後眼窩部CT検査所見右眼の強膜の肥厚像と壁の不整像および,左右差は消失した(矢印).II考按1976年にWatsonら3)が報告した後部強膜炎の診断基準には1)疼痛,2)視力低下,3)つぎのうち1つ以上a)眼底変化(滲出性網膜.離,網膜下腫瘤,黄斑浮腫,脈絡膜.離,網脈絡膜変化,乳頭浮腫),b)浅前房,c)視野変化,d)眼球突出,e)眼球運動制限,f)下眼瞼の後退,の各項目が記あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121421 載されている.本症例では当科初診時に視力低下を自覚しており,当科経過観察中に疼痛,網脈絡膜変化,視野変化などがみられ,上記の診断基準を満たしていた.一般に後部強膜炎は主病巣が後部強膜にあるため,病巣を直接観察することが困難な疾患である.過去には眼内腫瘍との鑑別に難渋したため眼球摘出に至った症例の報告もみられた4).後部強膜炎は多様な症状を呈するにもかかわらず特異的な症状に乏しいため,実際の確定診断には画像検査が有用である.後部強膜炎の画像検査では,超音波断層検査では眼球後部の肥厚・平坦化や眼球壁後方の浮腫(いわゆるT-sign)など,CT検査では眼球壁の肥厚や不整など,磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)検査では病変部は脳実質と比較してT1強調画像で等信号から低信号を,T2強調画像で低信号を呈するなど,の所見が認められる.FAでは早期,後期とも過蛍光を示し,インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(indocyaninegreenangiography:IA)では低蛍光を示さず蛍光漏出を認める.本症例では,超音波断層検査にて右眼後部強膜の肥厚像と周辺不整像を,CT検査にて右眼後部強膜の肥厚像を認め,FA所見でもぶどう膜炎様の過蛍光像がみられ,画像検査にて後部強膜炎に矛盾しない典型的な所見を呈した.後部強膜炎の多くには,慢性関節リウマチ,全身性エリテマトーデス(SLE)などの自己免疫疾患や,結核,ヘルペスといった感染症,などの全身疾患が随伴することが以前より指摘されている5,6)一方,特発性眼窩炎症の一型としての特発性のものも少なくない.今回の症例では全身疾患の合併は認めず,白内障手術の既往と後部強膜炎発症との関係についても不明であるため,発症の機序は不明である.感染,特にヘルペスの免疫応答による眼窩内の免疫反応7)が後部強膜炎をひき起こした可能性も否定できないが,感染の所見が軽微で感染に対する治療には無反応であったことなどから,感染による免疫反応による機序は否定的と考える.この症例はのちの2010年7月に左鼻皮膚に基底細胞癌が発生し,外科的治療を受けた.癌患者の腫瘍細胞と中枢神経系との間に生じた共通抗原に対する自己免疫機序がひき起こす悪性細胞随伴神経症が知られているが,それと同様の機序で後部強膜炎が発症したという報告もある8).後部強膜炎治療の時点では基底細胞癌の存在は不明であったが,悪性細胞随伴神経症発症機序と同様の機序で今回の症例の右眼に後部強膜炎が発症した可能性も考えられる.今回の症例では,全身疾患の合併は認めなかったこと,白内障手術後3カ月で発症したこと,初期に角膜上皮炎も有したことなどから,術後遅発性眼内炎やヘルペス性角膜炎も否定できず診断・治療に苦慮した.急激な症状悪化で示された典型的症状によりはじめて後部強膜炎を疑い,画像診断にて確定診断できた.初期治療と診断は遅れたものの,診断後速やかに副腎皮質ステロイド全身投与を行ったことで完全治癒を得ることができた.後部強膜炎は眼球後方炎症の程度や随伴疾患によって多彩な臨床像を呈するものの,多くはステロイド反応性が良好で,ほとんどが0.5以上の良好な視力が保持でき,視力予後不良例(0.1以下)は20%未満といわれている9).しかし,再発を繰り返す例10)や眼球摘出に至った例11)も報告されているため注意が必要である.今回の症例のように後部強膜炎の診断と治療に苦慮する例も少なくないが,早期診断と早期の副腎皮質ステロイドの全身投与が後部強膜炎の遷延化や再発の防止にも重要であると考えられているため,非特異的炎症の際には後部強膜炎の可能性も念頭に置いて臨床症状,検査所見,特に画像診断法などから速やかに診断を行い治療することが必要である.文献1)FucksE:Scleritisposterior.BerDtschOphthalmolGesHeidelberg30:71-77,19022)McCluskeyPJ,WatsonPG,LightmanSetal:Posteriorscleritis.Ophthalmology106:2380-2386,19993)WatsonPG:TheScleraandSystemicDisorders.p122130,WBSaunders,London,19764)南部裕之,高橋寛二,木内克治ほか:眼内腫瘍が疑われ眼球摘出に至った後部強膜炎の2例.眼科41:1593-1600,19995)BensonWE,ShieldsJA,TasmanWetal:Posteriorscleritis.ArchOphthalmol97:1482-1486,19796)荒木かおる,中川やよい,多田玲ほか:最近11年間における強膜炎75例の解析.臨眼41:1593-1600,19997)BhatPV,JakobiecFA,KurbanyanKetal:Chronicherpessimplexscleritis:characterizationof9casesofanunderrecognizedclinicalentity.AmJOphthalmol25:779-789,20098)田治えりか,小菅恵子,杤久保哲男:卵巣癌を伴った難治性後部強膜炎の1例.あたらしい眼科21:551-554,20049)若山久仁子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学附属病院眼科における強膜炎患者の統計的観察.あたらしい眼科27:663-666,201010)良藤恵理子,永木憲雄,半田幸子:パルス療法後の再発性後部強膜炎の1例.臨眼55:876-878,200111)小山ひとみ,廣渡崇郎,武田桜子ほか:著しい強膜肥厚を認めた後部強膜炎の1例.臨眼61:1289-1293,2007***1422あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(106)

片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1558あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)558(142)0910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):558563,2010cはじめに再発性多発性軟骨炎は比較的まれな疾患であるが,多彩な眼症状をきたす.眼症状の合併は約5060%と高率とされているが,虚血性視神経症の報告は少ない1,2).今回,筆者らは片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼霧視.現病歴:2005年6月17日夕方より左眼霧視を自覚し近医眼科受診し,左眼視神経乳頭腫脹を指摘され,近医脳外科でMRI(磁気共鳴画像)などの精査を受けるも異常所見なく,6月27日金沢大学附属病院(以下,当院)眼科受診.眼症状出現前後から微熱,顎関節痛・両肩関節痛および両膝関節痛を認め,近医内科でリウマチと診断されていた.眼症状出現以降,眼痛は認めなかった.家族歴:特記すべきことなし.〔別刷請求先〕大久保真司:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健学域医学類視覚科学(眼科学)Reprintrequests:ShinjiOhkubo,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology&VisualSciences,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicine,13-1Takara-machi,Kanazawa920-8641,JAPAN片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎中野愛*1大久保真司*1東出朋巳*1杉山和久*1川野充弘*2*1金沢大学医薬保健学域医学類視覚科学(眼科学)*2金沢大学附属病院リウマチ・膠原病内科RelapsingPolychondritiswithUnilateralAnteriorIschemicOpticNeuropathyAiNakano1),ShinjiOhkubo1),TomomiHigashide1),KazuhisaSugiyama1)andMitsuhiroKawano2)1)DepartmentofOphthalmology&VisualSciences,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,2)DivisionofRheumatology,DepartmentofInternalMedicine,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎を経験したので報告する.症例は56歳,男性で,左眼乳頭の発赤・腫脹,フルオレセイン蛍光造影で視野に対応する乳頭の楔状充盈欠損を認め前部虚血性視神経症と診断,その後に耳介の発赤・腫脹が出現し,耳介軟骨炎と関節炎と眼炎症の所見を認めたことから再発性多発性軟骨炎と診断した.ステロイド治療で視神経乳頭浮腫および全身状態は改善し,現時点で再燃は認めていない.左眼の視神経乳頭浮腫が消退後に視神経乳頭陥凹拡大を認めた.再発性多発性軟骨炎は血管炎を伴うこと,視神経乳頭陥凹を認めたことや非動脈炎性虚血性視神経症のリスクファクターを有しないことから,動脈炎による前部虚血性視神経症と考えられた.動脈炎性前部虚血性視神経症の原因の大部分は巨細胞性動脈炎であるが,比較的若い年齢で動脈炎性虚血性視神経症を認めた場合は再発性多発性軟骨炎も鑑別疾患として考慮する必要がある.Weobservedacaseofrelapsingpolychondritiswithunilateralanteriorischemicopticneuropathy(AION).Thepatient,a56-year-oldmale,haddevelopedAIONinthelefteyeandsubsequentlyexperiencedbilateralswell-ingandrednessinhisauricles.Healsoshowedchondritisoftheauricles,inammatorypolyarthritisandocularinammation,resultinginadiagnosisofrelapsingpolychondritis.Steroidtherapyinducedimprovementintheopticdiscedemaandconstitutionalcondition;thedisorderhasnotrecurred.Fluoresceinangiographydisclosedseg-mentsofabsentllingofthedisc.Whentheopticdiscedemaresolved,opticdisccuppingenlargementwasnoted.Vasculitiscanoccurinrelapsingpolychondritis.Inthiscase,thoughopticdisccuppingenlargementwasobserved,noriskfactorsfordevelopmentofnon-arteriticAIONwerenoted.Wethereforefeelthatthiscasecouldbearterit-icAION.However,arteriticAIONisalmostalwaysduetogiantcellarteritis,weshoweddierentiaterelapsingpolychondritisincasesofrelativelyyoungindividualswithAION.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):558563,2010〕Keywords:再発性多発性軟骨炎,虚血性視神経症,視神経乳頭陥凹拡大,動脈炎,ステロイド治療.relapsingpolychondritis,ischemicopticneuropathy,opticdisccuppingenlargement,arteritis,steroidtherapy.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010559(143)既往歴:2002年3月心筋梗塞.初診時所見:視力は右眼0.2(1.5×2.75D(cyl1.5DAx70°),左眼0.1p(1.2×2.0D(cyl1.75DAx90°)で,眼圧は右眼18mmHg,左眼14mmHg.対光反射は右眼正常,左眼減弱,相対的入力瞳孔反応(relativeaerentpupil-larydefect:RAPD)は左眼で陽性,中心フリッカ値は右眼42Hz,左眼30Hz.前眼部は両眼の浅在性の上強膜血管の拡張と蛇行を認め,拡張と蛇行した血管は可動性がみられたため上強膜炎と判断した.中間透光体は異常なし.眼底は右眼正常で,左眼は乳頭発赤を認め,視神経乳頭の境界不明瞭であった(図1A,B).蛍光眼底造影:インドシアニングリーン蛍光造影では両眼の視神経乳頭周囲に脈絡膜循環不全および充盈欠損が認められ,フルオレセイン蛍光造影では左眼の早期で乳頭周囲の脈絡膜の充盈遅延(図1C)および乳頭上下での楔状充盈欠損がみられ(図1D),後期では視神経乳頭の他の部分が過蛍光を図1初診時の眼底写真とフルオレセイン蛍光造影A:眼底写真(右眼).特に異常所見なし.B:眼底写真(左眼).視神経乳頭発赤認め,境界不明瞭.C:左眼フルオレセイン蛍光造影(注入19秒後).乳頭周囲の脈絡膜の充盈遅延(矢頭で囲まれた部位)を認めた.D:左眼フルオレセイン蛍光造影(注入1分10秒後).乳頭上下での楔状充盈欠損(点線で囲まれた部位)を認めた.図2Goldmann視野検査A:初診時(2005年6月27日)左眼.求心性視野狭窄および水平半盲様の下方の視野欠損を認めた.B:2005年10月3日左眼.初診時と比較して下方の視野は広がり改善しているが,初診時に検出されていない上方の弓状暗点(矢印)が認められた.AB———————————————————————-Page3560あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(144)示した.視野検査:Humphrey視野検査では左眼は全体的な感度低下を認め,Goldmann視野検査では左眼は求心性視野狭窄および水平半盲様の下方の視野欠損を認めた(図2A).右眼では異常は認められなかった.Bモード,UBM(超音波生体顕微鏡):強膜肥厚など異常所見なし.造影MRI(2005/7/11施行):視神経および強膜の信号強度の異常および造影効果を認めず,視神経炎や強膜炎は否定的であった(図3A,B).本症例では以上のように初診時検査で,眼底所見で左眼乳頭の発赤,腫脹がみられ,フルオレセイン蛍光造影早期で左眼乳頭周囲の脈絡膜の充盈遅延および乳頭の楔状充盈欠損,後期で左眼乳頭の楔状充盈欠損部以外の部位の過蛍光を認め,左眼視野に上方の楔状充盈欠損部に対応する下方の水平半盲様の視野欠損を認めたため,左眼の前部虚血性視神経症と診断した.(またMRI,Bモード,UBMの所見から強膜炎や視神経炎の存在は否定的であった.)臨床検査結果:WBC(白血球)11,800/μl(正常値3,3008,800/μl),RBC(赤血球)399×104/μl(4.35.5×104/μl),Hb(ヘモグロビン)12.4g/dl(13.517.0g/dl),Ht(ヘマトクリット)37.5%(39.751.0%),Plts(血小板)36.1×104(1335×104/μl),血沈114mm/1時間(10mm以下),CRP(C反応性蛋白)9.1mg/dl(<0.3mg/dl),抗核抗体<20倍(20倍未満),抗SS-A抗体<10倍(10倍未満),抗SS-B抗体<15倍(15倍未満),抗カルジオリピン抗体<10.0U/ml(10.0U/ml未満),MPO-ANCA(抗好中球細胞質抗体)<10EU(10EU未満),リウマチ因子134IU/ml(<20IU/ml),Na(ナトリウム)139mEq/l(138146mEq/l),K(カリウム)4.8mEq/l(3.65.0mEq/l),Cl(塩素)101mEq/l(99108mEq/l),UA(尿酸)8.2mg/dl(3.47.9mg/dl),Cr(クレアチニン)1.49mg/dl(0.501.30mg/dl),g-GTP(gグルタミル・トランスペプチターゼ)171IU/l(1148IU/l),AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)44IU/l(1048IU/l),ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)100IU/l(350IU/l).治療および経過:7月4日全身精査目的に当院リウマチ内科入院.7月7日から左耳介に疼痛を伴う発赤・腫脹・疼痛が出現し(図4),7月9日からは右耳介にも同様の症状が出現した.両耳介軟骨炎,炎症性多発関節炎,眼症状から再発性多発性軟骨炎と診断し,全身の炎症と左眼の虚血性視神経症の治療のため7月14日からメチルプレドニゾロン500mg点滴静注を3日間施行,7月17日からはプレドニゾロンを30mg内服として,プレドニゾロン漸減投与している(図5).ステロイド投与後,炎症反応(CRPや血沈)は低下し,AB3MRI(2005年7月11日施行)A:造影脂肪抑制T1強調像.アーチファクトにより左眼窩内の脂肪が抑制されていないが,視神経腫大や強膜肥厚はみられない.また,視神経および強膜に造影効果はみられない.B:脂肪抑制T2強調像.アーチファクトにより左眼窩内の脂肪が抑制されていないが,視神経には高信号はみられない.図4耳介の写真左耳介の発赤,腫脹を認めた.耳介下端で軟骨組織のない部位(耳垂)には発赤や腫脹の所見は認めていない.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010561(145)7月19日には耳介の発赤や上強膜炎は消失した.左眼視神経乳頭の発赤・腫脹も7月21日には消失したが,乳頭蒼白となった(図6).10月3日の視野検査では初診時と比較して改善しているが,下方視野欠損と初診時に検出されていない上方の弓状暗点が認められた(図2B).これらの視野変化は初診時のフルオレセイン蛍光造影での視神経乳頭の上下の楔状充盈欠損とほぼ対応している(図1C).ステロイド内服漸減で炎症の再燃なくコントロールされているが,その後の視野検査では改善なく,左眼の下方視野欠損と上方の弓状暗点は残存している.II考按再発性多発性軟骨炎は全身の軟骨組織と軟骨と共通の成分を有する眼や心弁膜などに慢性・再発性の炎症および破壊を特徴とする疾患である.再発性多発性軟骨炎の診断基準はMcAdamら2)が提唱したものをDamianiら3)が適応を拡大解釈したものを用いる場合が多い(表1).本症例では軟骨生検は実施していないが,耳介軟骨炎,関節炎と眼炎症の所見を認めていることからDamianiらの基準を満たし再発性多発性軟骨炎と診断した.再発性多発性軟骨炎は比較的まれな疾患であるが,多彩な眼症状をきたす.再発性多発性軟骨炎の眼症状の合併は約5060%と高率とされている1,2).強膜炎・上強膜炎の合併の頻度が最も高く,ほかに結膜炎や虹彩炎の割合も高いが視神経症の報告は少なく1,2),視神経炎は12例,虚血性視神経は4症例のみである4).再発性多発性軟骨炎の病因は不明だが,軟骨組織に対する表1再発性多発性軟骨炎の診断基準McAdamの診断基準1)両耳介の再発性軟骨炎2)非びらん性血清反応陰性多発性関節炎3)鼻軟骨炎4)眼の炎症5)気道における軟骨炎6)蝸牛あるいは前庭障害,聴力障害,耳鳴り,めまいこのうち3項目以上満たし軟骨生検で組織学的所見を認める.Damiani&Levineの改正基準1)McAdamの基準を少なくとも3項目あるいは2)少なくとも1項目の基準項目と軟骨炎症を示す病理組織像3)少なくとも解剖学的に隔たった2カ所に軟骨炎があり,ステロイドに反応すること図62005年7月21日の左眼底写真2005年7月21日には左眼視神経乳頭の発赤,腫脹は消失したが,乳頭蒼白化を認めた.図7HRTIIA:2005年7月12日左眼.視神経乳頭面積は1.76mm2,視神経乳頭陥凹面積は0.68mm2.B:2006年9月19日左眼.視神経乳頭陥凹面積は0.75mm2.cuparea0.75mm22006/9/19discarea1.76mm2cuparea0.68mm2cup/discarearatio0.382005/7/12BANHByNNIS$31NHE%0図5入院後の経過2005年7月14日16日にステロイドパルス(メチルプレドニゾロン500mg点滴静注×3日間)施行後,7月17日からプレドニゾロン内服を漸減投与.ステロイド投与後,血沈,CRPは低下し,現在まで再燃は認めていない.———————————————————————-Page5562あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(146)系統的疾患であり,ステロイドが有効であることなどから自己免疫疾患と考えられている.再発性多発性軟骨炎では,血清中に抗II型コラーゲン抗体あるいは抗IX,XI型コラーゲン抗体が存在することが認められている5).その他,軟骨成分のmatrilin-1に対する免疫応答が認めるとの報告もある6).したがって,II型あるいはIX,XI型コラーゲン,matrilin-1に対する自己免疫応答が病因に関与していると思われる.II型コラーゲンは硝子体や関節軟骨などを構成する硝子軟骨に局在し,IX型コラーゲンは硝子体,角膜,硝子軟骨に存在し,XI型コラーゲンは硝子軟骨に分布する7).また,matrilin-1は成人では耳介,鼻,気管,肋軟骨に限って認められる抗原である6).II型コラーゲンやXI型コラーゲンは眼組織の硝子体や角膜にも存在することから,再発性多発性軟骨炎における眼球組織の障害に関与している可能性が考えられる.本症例のように再発性多発性軟骨炎に虚血性視神経症を合併した症例の報告は,海外でのHermanら8)とKillianら9)による報告での2症例と国内での竹内ら10)と三国ら11)による症例報告の2例の合計4例のみである.そのなかでフルオレセイン蛍光造影の記載があるのは竹内らの症例報告の1例のみである.虚血性視神経症は視神経の梗塞であり,動脈炎性虚血性視神経症と非動脈炎性虚血性視神経症に大別される.動脈炎性虚血性視神経症は,巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎)などで眼動脈およびその分枝である後毛様体動脈,網膜中心動脈に動脈炎が起き,血管内腔の炎症性閉塞の結果,循環障害から視神経の梗塞に至る病態である12).非動脈炎性虚血性視神経症は小乳頭などの視神経乳頭の解剖学的危険因子および高血圧や糖尿病などの視神経の循環障害を起こしうるさまざまな因子が複合的に関与し,発症するものである13).本症例ではHeidelbergRetinaTomograph-II(HRT-II)で測定した左眼視神経乳頭面積が1.76mm3(正常範囲1.632.43mm3)(図7A)と小乳頭ではなく,糖尿病や高血圧の既往はなく,非動脈炎性虚血性視神経症をきたすリスクは低いと思われる.非動脈炎性虚血性視神経症では視神経乳頭浮腫消退後の視神経乳頭陥凹拡大は程度も軽くて頻度も13%と報告されている14)が,動脈炎性前部虚血性視神経症では大部分の症例で視神経乳頭浮腫が消退後,緑内障と類似した視神経乳頭陥凹拡大を認めることを特徴としている13).本症例でもステロイド治療前の2005年7月12日にHRT-IIで測定した左眼視神経乳頭陥凹面積は0.68mm2,視神経乳頭浮腫消退後の2006年9月19日では0.75mm2と乳頭陥凹面積の拡大を認めており(図7A,B),また再発性多発性軟骨炎の約1割の症例に全身性血管炎の合併を認めるとされている15)こと,血沈が114mm/1時間と高値を示したことから,本症例では動脈炎により前部虚血性視神経症となった可能性が考えられる.本症例では糖尿病や高血圧などの基礎疾患はないが,眼症状出現以前に心筋梗塞をきたしており,全身性血管炎の関与も疑われる.強膜炎が後部に及ぶ場合,視神経周囲炎をきたし,二次的血流障害をきたすことも考えうる16,17)が,本症例ではBモードやMRIにて強膜炎は否定的であり考えにくい.本症例や過去の報告における再発性多発性軟骨炎での前部虚血性視神経症と巨細胞性動脈炎での前部虚血性視神経症と比較すると,発症時に血沈亢進,CRP上昇を認めることが多いことは共通するが,好発年齢は,巨細胞性動脈炎が7080歳代と高齢である18)のに対して,再発性多発性軟骨炎での前部虚血性視神経症は本症例が発症時56歳で過去の報告でも4163歳と比較的若い点が異なる(非動脈炎性虚血性視神経症の好発年齢は5070歳代である).また,予後については,巨細胞性動脈炎での前部虚血性視神経症は視力障害が重篤な場合が多く,0.01以下の症例が少なくないが,再発性多発性軟骨炎での前部虚血性視神経症は,本症例のように軽度のものから失明に至る重篤な場合とさまざまである.筆者らは虚血性視神経症を合併した再発性多発性軟骨炎を経験した.原因としては,動脈炎性虚血性視神経症と考えられる.再発性多発性軟骨炎は比較的まれな疾患であり,日本では動脈炎性虚血性視神経症もまれであるが,比較的若い年齢の虚血性視神経症を認めた場合は再発性多発性軟骨炎も鑑別疾患として考慮する必要がある.文献1)IssakBL,LiesegangTJ,MichetCJJr:Ocularandsys-temicndinginrelapsingpolychondritis.Ophthalmology93:681-689,19862)McAdamLP,O’HanlanMA,BluestoneRetal:Relapsingpolychondritis:prospectivestudyof23patientsandareviewoftheliterature.Medicine55:193-215,19763)DamianiJM,LevineHL:Relapsingpolychondritis-reportoftencases.Laryngoscope89:929-946,19794)HirunwiwatkulP,TrobeJD:Opticneuropathyassociatedwithperiostitisinrelapsingpolychondritis.JNeurooph-thalmol27:16-21,20075)AlsalamehS,MollenhauerJ,ScheupleinFetal:Preferen-tialcellularandhumoralimmunereactivitiestonativeanddenaturedcollagentypesIXandXIinapatientwithfatalrelapsingpolychondritis.JRheumatol20:1419-1424,19936)BucknerJH,WuJJ,ReifeRAetal:Autoreactivityagainstmatrilin-1inapatientwithrelapsingpolychondri-tis.ArthritisRheum43:939-943,20007)塩沢俊一:コラーゲン.膠原病学改訂2版,p211-231,丸善株式会社,20058)HermanJH,DennisMV:Immunopathologicstudiesinrelapsingpolychondritis.JClinInvest52:549-558,1973———————————————————————-Page6あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010563(147)9)KillianPJ,SusacJ,LawlessOJ:Opticneuropathyinrelapsingpolychondritis.JAMA239:49-50,197810)竹内文友,大原孝和,宇治幸隆:虚血性視神経症を伴った反復性多発軟骨炎の1例.眼臨75:1383-1386,198111)三国信啓,戸田裕隆,愛川裕子ほか:再発性多発性軟骨炎に発症した急性閉塞隅角緑内障及び虚血性視神経症の1例.眼臨84:1671,199012)HenkindP,CharlesNC,PearsonJ:Histopathologyofischemicopticneuropathy.AmJOphthalmol69:78-90,197013)HayrehSS:Ischemicopticneuropathy.ProgRetinEyeRes28:34-62,200914)TrobeJB,GlaserJS,CassadyJC:Opticatrophy.Dieren-tialdiagnosisbyfundusobservationalone.ArchOphthal-mol98:1040-1045,198015)TrenthamDE,LeCH:Relapsingpolychondritis.AnnInternMed129:114-122,199816)林恵子,藤江和貴,善本三和子ほか:後部強膜炎に合併したと考えられた視神経周囲炎の4例.臨眼60:279-284,200617)OhtsukaK,HashimotoM,MiuraMetal:Posteriorscleri-tiswithopticperineuritisandinternalophthalmoplegi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