眼球機能と構造における脂質代謝の役割小川護眼球各組織におけるさまざまな脂質の寄与一般的に脂質は細胞膜構成成分・エネルギー源・メディエーターの三大役割が生体で知られています.眼球は涙液から視神経に到るまでさまざまな組織で構築されていますが,マイボーム腺は脂質そのものを分泌するユニークな器官ですし,虹彩・毛様体からはプロスタグランジン(COX由来の脂質)が産生され眼圧を調節し,網膜はCw3脂肪酸の一つであるCDHAを生体内でもっとも濃縮して保持していますが,その生理的意義の多くは未だ不明です.これまでに,Cw3脂肪酸の網膜防御機能(慶大・厚東ら),コレステロールの網膜色素上皮細胞変性(京大・畑ら),角膜上皮障害へC12-HHTの回復寄与(順大・岩本ら)1),アレルギー性結膜炎へのCw3脂肪酸防御機能(順大・平形ら)2),EPA代謝物の網膜への寄与(ハーバード大・柳井ら),S1Pの網膜障害抑制(東大・寺尾ら),マクロファージ特異的なコレステロール代謝の加齢黄斑変性への寄与(ワシントン大・伴ら)など,さまざまな脂質の生理活性が報告されています.角膜上皮再生における好酸球.脂質代謝の寄与われわれは,元来,眼では悪者と考えられていた好酸球が,角膜創傷治癒において,脂質代謝酵素C12/15-リポキシゲナーゼ(以下,12/15-LOX)を介して眼表面で局所的に脂質代謝物を産生し,角膜上皮細胞の再生・治癒を促進することを発見しました3).マウス角膜創傷治癒モデルを誘導し細胞挙動を評価すると,治癒過程において好酸球が輪部付近に集積し,12/15-LOXを高発現していました.興味深いことに,当初,好酸球を欠損させると創傷治癒は促進すると仮説を立てていましたが,逆に創傷治癒が遅延しました.そこで好酸球特異的C12/15-LOX欠損マウスを作製し創傷治癒を評価すると,このマウスも治癒が遅延したことで,角膜上皮の再生・治癒において好酸球やC12/15-LOXの促進的な作用が明らかになりました.そこでCLC-MS/MS(liquidCchromato-graghy-tandemmassspectrometry)を用いた眼球における脂質メタボローム解析を行い,好酸球欠損マウスで顕著に減図1角膜創傷治癒における好酸球.12.15.LOXの寄与角膜創傷をトリガーに,眼表面において細胞間の相互作用が開始される.誘導された好酸球は,局所環境において12/15-LOXを介して脂質代謝物を産生する.それが幹細胞を刺激し,細胞増殖が起こると考えられた(文献C3のまとめ).理化学研究所メタボローム研究チーム慶應義塾大学医学部眼科学教室少を認めたC17-HDoHE(DHAからC12/15-LOXによって産生される代謝物)を点眼投与すると創傷治癒が改善されました.本研究において未解明な点は,1)12/15-LOX由来脂質代謝物がどのような受容体あるいは蛋白質との相互作用によるシグナル回路を介すか,2)好酸球やC12/15-LOXが細胞増殖を亢進している(Ki67+細胞の増加)が,幹細胞を含む輪部周辺にどのようにリクルートされるのか,3)元来悪者とされていた好酸球と誘導された好酸球は,異なる性質をもった細胞集団なのか,などがあり,今後の研究課題です.今後の展望脂質代謝物のシグナル経路としてCGPCRの網羅的スクリーニングアッセイが開発(東北大・井上ら)され,分子メカニズムの解明が期待されます.好酸球や脂質代謝の発現を制御することでCStevens-Johnson症候群やアルカリ外傷などの重症ドライアイ・遷延性上皮欠損に対して有効な治療法になりえるでしょう.今までは既存の代謝物を定量する測定方法を用いていましたが,ノンターゲット解析という新たな質量分析装置を用いた解析方法で未知の化合物が眼表面で捉えらえる可能性があり,特許取得や創薬治療に直結することが期待されます.文献1)IwamotoCS,CKogaCT,CYokomizoCTCetal:Non-steroidalCanti-in.ammatoryCdrugCdelaysCcornealCwoundChealingCbyCreducingproductionof12-hydroxyheptadecatrienoicacid,aligandforleukotrieneB4receptor2.SciCRepC7:13267,C20172)HirakataCT,CLeeCH,CYokomizoCTCetal:DietaryCw-3CfattyCacidsalterthelipidmediatorpro.leandalleviateallergicconjunctivitisCwithoutCmodulatingT(h)2CimmuneCresponses.FASEBJ33:3392-3403,C20193)OgawaM,TsubotaK,AritaMetal:EosinophilspromotecornealCwoundChealingCviaCtheC12/15-lipoxygenaseCpath-way.FASEBJC34:12492-12501,C2020CGenerationoflipd③metabolitesLipdmetabolitesIL-25,33lymphocyteIL-5abGPCRgsignalsthourghERK①wound②EosinophilsGPCRin.ltrationEosinophilsEGF↑Stemcells12/15-LOXStimulationCellCornealLimbus④⑤ofCLSCproliferationepithelium(63)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020C1790910-1810/21/\100/頁/JCOPY