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硝子体手術のワンポイントアドバイス:266.眼痛のない術後眼内炎(中級編)

2025年7月31日 木曜日

266眼痛のない術後眼内炎(中級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに従来,術後眼内炎には眼痛を伴うことが多いとされてきたが,近年,眼痛を自覚しない術後眼内炎が増加している1).術後眼内炎の診断に際して眼痛に重点をおくと,結果的に治療が遅れることになりかねないので注意が必要である.C●症例提示患者はC1週間前に左眼の白内障手術を受け,術後経過良好であったが,3.4日前から視力低下を訴えていた.しかし,眼痛も充血もなかったため自己判断で放置していた.1週間後の再診時.前房内のフィブリン析出と著明な硝子体混濁を認め,矯正視力は眼前指数弁に低下していた.しかし眼痛はまったくなく,毛様充血もほとんど認めなかった(図1).超音波CBモード検査では膜様の著明な硝子体混濁を認めた(図2)ため,術後眼内炎を疑い,急いで硝子体手術を施行した.眼底には白線化した網膜血管および網膜出血を広範囲に認めた(図3).硝子体を周辺部まで切除したのち,抗菌薬の硝子体内注射を施行して手術を終了した.術後,矯正視力はC0.8に改善した.C●眼痛のない術後眼内炎の診断のポイントOrmerodら2)はCcoagulase-negativeCStaphylococcusによる術後眼内炎C90例のうちC84%が,Endophthalmi-tisVitrectomyCStudyCGroupの報告3)ではC74%が有痛性であったとしている.これらの報告は水晶体.外摘出術が主流であった時期で,現在では超音波水晶体乳化吸引術が一般的となり,低侵襲であるため,有痛性の術後眼内炎は少なくなっているとする報告が多い1,4).細隙灯顕微鏡所見で一見炎症が軽度のように見えても,今回の症例のように眼底の状態が予想以上に重症化している図1細隙灯顕微鏡所見前房内にフィブリン析出を認めるが,毛様充血はほんど認めない.図2超音波Bモード所見硝子体腔内には膜様の著明な硝子体混濁を認める.図3硝子体手術の術中所見白線化した網膜血管と網膜出血を広範囲に認める.ことも多い.診断には必ず超音波CBモード検査を行い,著明な膜状の硝子体混濁を認めた場合には,早急に治療を開始する必要がある5).文献1)加賀玲子,永瀬聡子,伊藤亜紀子ほか:痛みを訴えなかった白内障術後CCNS眼内炎の1例.あたらしい眼科C25:C375-378,C20082)OrmerodCLD,CHoCDD,CBeckerCLECetal:EndophthalmitisCcausedbythecoagulase-negativestaphylococci.1.DiseaseCspectrumCandCoutcome.COphthalmologyC100:715-723,C19933)EndophthalmitisCVitrectomyCStudyCGroup:ResultsCofCtheCendophthalmitisCvitrectomyCstudy.CACrandomizedCtrialCofCimmediateCvitrectomyCandCofCintravenousCantibioticsCforCtheCtreatmentCofCpostoperativeCbacterialCendophthalmitis.CArchOphthalmolC113:1479-1496,C19954)清水直子,清水公也:白内障手術後眼内炎の発症頻度と予防.臨眼51:211-214,C19975)新里悦朗,三島弘,松本長太:眼内炎に対する硝子体手術時期について─超音波学的検討.眼紀C36:1903-1907,C1985C(89)あたらしい眼科Vol.42,No.7,20258730910-1810/25/\100/頁/JCOPY

考える手術:43.Finesse Flex Loopの使い方

2025年7月31日 木曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅FinesseFlexLoopの使い方中条慎一郎三重大学大学院医学系研究科臨床医学講座眼科学アルコン社のFinesseFlexLoop(以下,Finesse)は,網膜硝子体手術において広く臨床現場で使用されている.本デバイスは,「一貫性(Consistency)」と「柔軟性(Flexibility)」の二つの設計理念により開発されており,それぞれに機能的特徴がある.一貫性の面では,独自のニチノールループを採用しており,内境界膜(ILM)の厚さのおよそ85%まで侵入可能な構造が特徴である.これにより,ILMの.離をはじめとする膜処理操作において,安定した深度での介入Finesseの使用場面で頻度が高いのは,後部硝子体.離(PVD)作製後に網膜表面に残存した後部硝子体皮質の除去である.後部硝子体皮質の残存は,とくに裂孔原性網膜.離手術において重要な問題となる.裂孔縁や後極部に残存した皮質が牽引力を及ぼし,裂孔の非閉鎖や再.離を引き起こす可能性があり,さらに,残存皮質を足場として増殖膜が形成され,増殖硝子体網膜症(PVR)へ進展するリスクも高まる.そのため,術中にFinesseを用いて確実に後部硝子体皮質を除去することは,術後成績の向上に重要である.さらに近年では,Finesseの特異なループ形状と高い操作性を応用した新たな術式の可能性が考えられている.たとえば,眼内レンズ(IOL)強膜内固定術(Yamane法)の術後にフランジが硝子体側に脱落し,IOLが偏位する症例に,Finesseを用いて脱落したフランジを眼外へ摘出して再固定することが可能となる(動画1).また,眼内の棒状異物摘出に際しても,本器具のループ構造を利用して安全かつ確実な異物除去が可能である(動画2).このように,Finesseの応用的手技の有用性が認識されつつあり,今後さらに活用の幅が広がることが期待される.聞き手:裂孔原性網膜.離の手術の際に,後部硝子体皮網膜面への付着の様子をみて判断しています.近視眼の質を除去するかしないかの見きわめはどのようにしてい症例では,後部硝子体.離が生じていても,後部硝子体ますか?皮質が分離して網膜表面に残存することが多く,注意が中条:マキュエイドなどの硝子体可視化剤を使用して,必要です.そして,後部硝子体皮質を除去するべきであ(87)あたらしい眼科Vol.42,No.7,20258710910-1810/25/\100/頁/JCOPY考える手術ると判断した場合は,とくに裂孔と後極の間に残存している皮質を丁寧に除去するようにしています.この部位の硝子体皮質の残存が増殖すると,場合により網膜裂孔に牽引が生じ再開通による再.離が生じることもあります.聞き手:Finesseを使った,強膜内固定術後のIOL脱臼症例に対しての再固定方法について教えてください.中条:まずは,すでに固定されているフランジの位置を術前や術中に確認します.もし自施設の症例であれば,前回の手術ビデオやカルテの記録も確認しておくとよいです.その位置の180°対側の位置に27Gトロッカーを留置します.刺入角度は,ダブルニードル法と同様の刺入角度で,角膜輪部から内側に20°,虹彩表面から下方に5°の方向です.次に,そのトロッカーからFinesseを挿入し,脱落しているフランジにループを通し,なるべくフランジ側の先端にループをかけるのがコツです.そうでないと,眼外に引き出す際にハプティクスが折れてしまうことがあります.眼外にハプティクスを引き抜く際は,Finesseを完全に引き抜く前にトロッカー(ポート)を抜去しておきます.これは,Finesseがハプティクスを把持した状態ではトロッカー内を通過しないためです.既存のフランジを一度切除して新しいフランジを再形成します.既存のフランジより大きいフランジを作るのがポイントです.ただし,ハプティクスの長さに余裕がない場合は,既存のフランジをパクレンで再凝固して利用します.聞き手:硝子体鑷子を用いるよりも,Finesseを使用することのメリットは何ですか?中条:硝子体鑷子を用いてIOL強膜内固定術を補助する手法はこれまでも報告1)されていますし,実際に鑷子でも操作自体は可能だと考えます.しかし,脱落したフランジを硝子体鑷子で把持した場合,眼外に引き出す過程でハプティクスの把持がむずかしく,引き出すことに苦労することを経験しています.一方,Finesseでは,ループをフランジの根元に掛けて閉じることで確実に固定できるため,把持力の面で硝子体鑷子より優れていると考えています.また,脱落したハプティクスのキャッチの点でも,その角度や位置によっては,鑷子での把持が困難となる場合もあります.Finesseであれば,単にループを引っ掛けて閉じるという簡便な操作ですみます.872あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025聞き手:そもそも,なぜ術後にフランジが硝子体腔側に脱落するのでしょうか?中条:術後にフランジが硝子体腔内に脱落することはまれな合併症です.ただし,動画でお見せした症例では,ダブルニードル法を行う際に30G肉薄針ではなく,27G針が使用されていました.27G針で作製した場合,フランジのサイズが小さいと,強膜トンネルの径とフランジサイズのミスマッチにより術後に逸脱しやすい可能性があると考えています.もしダブルニードル法を27G針で行う場合は,術後のフランジ脱落の可能性を考慮して30G肉薄針を使用する場合よりも大きいフランジのサイズを意識することが重要かもしれません.聞き手:実際にこのような症例に出会ったとき,IOLを摘出して新たに固定するほうがよいでしょうか?それともこのFinesseを使った手法を試すのがよいでしょうか?中条:とてもむずかしい判断ですが,今のところ明確な適応は決まっていません.ただし,このFinesseを使った方法はIOL摘出と比べて簡便にできますし,前房内の操作を行わなくてすむので,角膜内皮が少ない症例では内皮障害のリスクも避けやすくなります.これらの点からも,この手法を選択するメリットはあると思います.聞き手:この方法によるデメリットは何かありますか?中条:最大の懸念は,IOLハプティクスをさらに短縮することによる術後の屈折変化です.IOLの固定位置がより前方(すなわち角膜側)に移動し,その結果として術後屈折が近視方向へずれる可能性があります.このような屈折変化を予防する工夫として,トロッカーの刺入位置を通常の位置より時計方向にずらすことが有効である可能性があります.これにより,フランジの引き出し角度や長さを調整し,IOLの前方移動を最小限に抑えることが期待されます.ただし,どの程度ハプティクスが短縮されると有意な屈折変動が生じるのか,あるいは刺入位置をどれだけずらせば屈折変動を抑制できるのかといった点については,現在検討中であり,今後の検証課題として取り組んでいるところです.文献1)JujoT,KogoJ,SasakiH,SekineRetal:27-gaugetro-car-assistedsuturelessintraocularlens.xation.BMCOphthalmol21:8,921(88)

抗VEGF治療セミナー:血腫移動術─硝子体手術のpros and cons

2025年7月31日 木曜日

●連載◯157監修=安川力五味文137血腫移動術――硝子体手術の石田友香杏林大学医学部付属杉並病院眼科Cprosandcons黄斑下の網膜下出血の移動術には,硝子体手術を併用し組織プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)を網膜下に注入しガス置換し周辺に移動させる方法と,tPAとガスを硝子体内投与して移動させる方法がある.どちらの方法がよいのかはまだ議論の余地がある.どちらにしても,加齢黄斑変性の場合には術後の継続的な抗VEGF療法が視力維持に必要である.はじめに網膜下出血による網膜ダメージの原因は,ヘモグロビンからヘモジデリンが放出される際の酸化ストレス,凝血塊が収縮する際の機械的なもの,脈絡膜と距離を作るために栄養が行き届かないこと,などが考えられている1).網膜細動脈瘤破裂や新生血管型加齢黄斑変性(age-relatedCmaculardegeneration:AMD)が網膜下出血の原因となる.血腫移動術の方法は同じであるが,AMDは術後の管理も念頭において治療方針を考える必要がある点でより複雑であるため,本稿ではCAMDに伴う黄斑下出血の治療を中心に話を進める.近年,丈の高い症例では抗CVEGF療法単独よりもガスを用いた血腫移動術のほうが視力予後がよいことや2),抗CVEGF療法単独より硝子体手術併用の血腫移動術のほうが視力予後が良好であることが報告され3),現在は積極的に血腫移動術が施行されているが,その方法についてはまだ議論の余地がある.血腫移動術の歴史1990年代に,凝血塊を溶解することのできる酵素の組織プラスミノーゲンアクチベーター(tissueplasmino-genactivator:tPA)が導入され,硝子体手術を併用し網膜下注入し,溶けた血液を網膜切開からドレナージする方法が開発された4).この方法は今でも大量の出血の場合にはパーフルオロカーボンなども用いて行われることがあり,知っておくべき術式である.しかし,この方法は術後網膜.離のリスクがあり,2001年,Haupertらがマイクロカニューレを使用してCtPAを網膜下に注入して空気またはガス置換し,伏臥位で血腫を移動するという,より侵襲の少ない方法を提唱し,現在ではこの手術方法が主流となっている.さらにC2008年にはLinco.らが術後伏臥位でなくともC40°くらいの下向きで同等の結果を得られることを示した5).この方法は血腫(85)を黄斑から移動させることを目的としており,周辺の視野はよくはならない.合併症として術後の裂孔原性網膜.離(5%),硝子体出血(7.5%)が報告されている3).応用として,硝子体手術を行い網膜下にCtPAと空気を入れて伏臥位にするという方法も提唱されている6).2016年にCKitagawaらは,抗CVEGF薬とCtPAを硝子体内投与したのちに,pureな六フッ化硫黄(SF)ガスを注入し,伏臥位で血腫を黄斑から移動させる方法6を提唱した7).彼らはC20眼中C1眼で網膜.離,3眼で硝子体出血を生じたと報告している.この方法は,硝子体のある眼に液体と気体を入れるため,眼圧上昇にはかなり注意が必要であり,網膜中心動脈閉塞に気をつけて処置を行う必要がある.筆者の病院では,抗CVEGF薬を投与した翌日に入院してもらい,SFガスC0.5Cmlを硝子体内投与し,伏臥位をとってもらい,62日くらいで血腫が移動しなければ網膜下手術にふみきっている.エビデンスから,どの方法がよいのかtPA+ガスの硝子体内投与と,硝子体手術によるCtPAを用いた黄斑下手術のどちらがよいのかが近年論じられている.2016年にCdeJongらはC24例のランダム化比較試験を行い,抗CVEGF薬+tPA+ガスの硝子体内投与と,抗CVEGF薬硝子体内注射とCtPA網膜下投与の硝子体手術とで術後C6週間での出血の体積に有意差なしとした8).2022年にCMunらが報告したC236眼の後ろ向き研究では,観察のみ,抗CVEGF単独,tPA注入+ガス,網膜下手術の四つを比較し,12カ月後の視力に有意差はなかった9).ただし,症例は加療開始が発症から平均7日以上と動物実験で示されている網膜ダメージの始まるC3日を越しており,すでに不可逆的なダメージが起きている症例である可能性がある.さらに,2023年に行われた無作為化比較試験,他施設,前向きのC90症例の臨床研究において,硝子体手術+網膜下CtPA+ガス置換,頭をC45°でC3日間保つ方法と,あたらしい眼科Vol.42,No.7,20258690910-1810/25/\100/頁/JCOPYabcd図177歳,男性a:加齢黄斑変性に対する抗CVEGF療法で通院中であったが,網膜下出血を生じた.合成カラー写真.Cb:OCTでは網膜下の出血を認める.Cc:抗CVEGF薬投与翌日にCSFC6ガスC0.5ml硝子体内投与.Cd:その翌日の合成カラー写真.黄斑の網膜下出血が下方に移動している.Ce:光干渉断層計でも黄斑下の出血が移動したことがわかる.硝子体内CtPAとCSFガスの注入で同様の姿勢をC3日間継続する方法が比較さ6れたが,3カ月後,6カ月後の視力に有意差はなかった10).この研究ではC2乳頭経未満の症例は除外され,2.5乳頭経がC64%,5乳頭経以上が29%であったため,小型の血腫については不明である.網膜下手術の後の継続的な抗CVEGF薬による治療が視力維持につながることが知られているが,無硝子体眼においては抗CVEGF薬のCwashoutが早く,また,tPAの網膜毒性も動物実験から示されており,硝子体手術の是非と,tPAは網膜下投与と硝子体内投与のいずれがよいのかについては,さらに検討する必要がある.おわりに網膜下出血の治療方法については,そもそもわが国ではCtPAも適応外使用であり,使用には手続きが必要である.また,今まで述べたように良い点,悪い点があり,今後も治療方法については十分な議論が必要である.文献1)HochmanCMA,CSeeryCCM,CZarbinMA:PathophysiologyCandmanagementofsubretinalhemorrhage.CSurvOphthal-mol42:195-213,C19972)ShinCJY,CLeeCJM,CByeonSH:Anti-vascularCendothelialCgrowthfactorwithorwithoutpneumaticdisplacementforsubmacularhemorrhage.AmJOphthalmolC159:904-914.Ce1,C20153)SniateckiJJ,Ho-YenG,ClarkeBetal:Treatmentofsub-macularChemorrhageCwithCtissueCplasminogenCactivatorCandCpneumaticCdisplacementCinCage-relatedCmacularC870あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025図2網膜下にtPAを入れている様子硝子体手術で硝子体を郭清ののち,25ゲージのポートから網膜下注入針を入れてC38ゲージの細い針()を外套から出して,内境界膜を.離しておいた部分に押しあて,手術機器のCviscousC.uidcontrol(VFC)systemを用いて一定の圧力で網膜内にCtPAを注入している.網膜に無理に刺さなくても,内境界膜を部分的に.離しておけば,そっと押しあてて注入するだけで,低い注入圧で網膜下に入っていく.高圧で注入すると黄斑円孔を生じるので注意する.Cdegeneration.EurJOphthalmolC31:643-648,C20214)PeymanGA,NelsonNCJr.,AlturkiWetal:Tissueplas-minogenCactivatingCfactorCassistedCremovalCofCsubretinalChemorrhage.OphthalmicSurg22:575-582,C19915)Linco.CH,CKreissigCI,CStopaCMCetal:AC40CdegreesCgazeCdownCpositionCforCpneumaticCdisplacementCofCsubmacularhemorrhage:clinicalCapplicationCandCresults.CRetinaC28:C56-59,C20086)KadonosonoCK,CArakawaCA,CYamaneCSCetal:Displace-mentCofCsubmacularChemorrhagesCinCage-relatedCmacularCdegenerationwithsubretinaltissueplasminogenactivatorandair.OphthalmologyC122:123-128,C20157)KitagawaCY,CShimadaCH,CMoriCRCetal:IntravitrealCtissueCplasminogenCactivator,Cranibizumab,CandCgasCinjectionCforCsubmacularhemorrhageinpolypoidalchoroidalvasculopa-thy.OphthalmologyC123:1278-1286,C20168)deJongJH,vanZeeburgEJ,CeredaMGetal:intravitre-alversussubretinaladministrationofrecombinanttissueplasminogenCactivatorCcombinedwithCgasCforCacuteCsub-macularhemorrhagesduetoage-relatedmaculardegen-eration.CAnCexploratoryCprospectiveCstudy.CRetinaC36:C914-925,C20169)MunY,ParkKH,ParkSJetal:ComparisonoftreatmentmethodsCforCsubmacularChemorrhageCinCneovascularCage-relatedmaculardegeneration:conservativeversusactivesurgicalstrategy.CSciRepC2022:14875,C202210)GabrielleCPH,CDelyferCMN,CGlacet-BernardCACetal:Sur-gery,CtissueCplasminogenCactivator,CantiangiogenicCagents,CandCage-relatedCmaculardegenerationCstudy:ACrandom-izedcontrolledtrialforsubmacularhemorrhagesecondaryCtoCage-relatedCmacularCdegeneration.COphthalmologyC130:947-957,C2023(86)

緑内障セミナー:強度近視眼の視野異常

2025年7月31日 木曜日

●連載◯301監修=福地健郎中野匡301.強度近視眼の視野異常秋山果穂東京大学医学部眼科学教室強度近視眼では,眼軸長の伸長に伴って視神経や網膜に多様な変化を生じ,Mariotte盲点拡大など特有の視野異常や,peripapillaryCintrachoroidalcavitationなどの特徴的な視神経乳頭所見を呈する.近視性構造変化に伴う視野異常のメカニズムや進行は,典型的な緑内障と異なる可能性があり,慎重な観察が求められる.●はじめに近視は世界的に増加の一途をたどっており,この傾向はわが国を含む東アジアで顕著である.2050年には強度近視の人口はC2000年のC7.5倍にあたる約C10億人に達すると予測されている1).近視は緑内障の重要なリスク因子であり,今後,強度近視緑内障のさらなる増加が懸念される.強度近視眼では,眼軸長の伸長に伴って視神経や網膜に多様な変化を生じ,検鏡的な緑内障の評価がむずかしいとされているだけでなく,特有の視野異常を呈することがある.そのため,緑内障との鑑別が困難になるケースが多く,注意が必要である.C●強度近視眼に伴う視野異常強度近視眼においてもっとも頻度の高い視野異常はMariotte盲点の拡大であり(図1),強度近視眼のC9.5.25.6%で認められる2,3).Mariotte盲点の拡大は,傍乳頭網脈絡膜萎縮(peripapillaryCatrophy:PPA)の拡大や乳頭傾斜に関連して生じる.PPAは眼軸長の増加にCb図1Mariotte盲点拡大伴う視神経周囲の層構造(網膜色素上皮-Bruch膜-脈絡膜-強膜)のずれにより生じるが4),このうち網膜色素上皮細胞の欠損したCPPAbやCPPAcの拡大が絶対暗点として現れると考えられている.また,強度近視眼では,網膜神経線維の過剰な屈曲や伸展により,非典型的な視野異常や全般的な感度低下を呈する5).全般的な感度低下には,網膜・脈絡膜の過伸展だけでなく,屈折矯正に伴う変視や小視も関与している可能性がある5).実際に,近視が強くなるほど視野検査のCmeandeviation(MD)値が低下することが知られており2),MD値のみを用いた評価には注意が必要である.そのため,強度近視眼の視野異常を評価する際には,視野感度低下のパターンを観察することが有用である.さらに,びまん性・限局性網脈絡膜萎縮や後部ぶどう腫といった強い眼球構造変化を伴う病的近視眼では,網膜病変に対応した視野異常がみられることがあるため,定期的な散瞳検査や眼底写真による網膜所見の評価が必要である(図2).図2病的近視眼の眼底写真びまん性網脈絡膜萎縮および限局性脈絡膜萎縮(→)を認める.乳頭周囲には広範な傍乳頭網脈絡膜萎縮を認める().a:屈折.11Dの強度近視眼の眼底写真.傍乳頭網脈絡膜萎縮の拡大を認める().Cb:同症例のCHumphery30-2視野検査でCMariotte盲点に連続した視野感度低下を認める.(83)あたらしい眼科Vol.42,No.7,20258670910-1810/25/\100/頁/JCOPY図3中心30°視野と中心10°視野a:屈折.9Dの強度近視眼の眼底写真.Cb:OCT像で下耳側に細い神経線維束欠損を認める().c:Humphery30-2視野検査では明らかな異常所見を認めない.d:Humphery10-2視野検査ではCOCT所見に一致した中心視野障害を認める.緑内障診療における静的視野検査は中心C30°内の評価が標準的であるが,強度近視緑内障眼ではごく早期から乳頭黄斑線維の障害が生じ,中心C10°内の視野異常を呈する5).中心C10°内の視野異常は中心C30°の視野検査では過小評価されることもあるため,強度近視眼においては早期に中心C10°の視野検査を実施することが望ましい(図3).C●強度近視眼に伴う視神経構造変化強度近視眼では,peripapillaryCintrachoroidalCcavita-tion(PICC),篩状板欠損,prelaminarschisisといったさまざまな視神経構造変化を呈し,視野障害との関連が示唆されている.PICCはCPPAに隣接して認められる境界明瞭な黄色の領域であり,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では脈絡膜内に洞様構造が観察される.最近の研究では,PICCの半数以上に対応する視野障害を認められなかったものの,PICCに伴って網膜の断裂・菲薄化を生じると,対応する視野感度が低下することが報告されている6)(図4).このことからも,近視性変化の強い眼では,典型的な緑内障とは異なる機序で視野感度低下を生じている可能性が示唆される.強度近視に伴うこれらの視野異常は必ずしも進行性でC868あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025図4Peripapillaryintrachoroidalcavitation(PICC)a:傍乳頭網脈絡膜萎縮に隣接してCPICCを認める().b:aの→位置でのCOCT像で,PICC部位に一致して網膜の断裂を認める().はない場合もあるが,近視性と緑内障性の視野異常はしばしば合併しており,視野障害の進行がないか慎重な経過観察が求められる.C●おわりに強度近視眼では近視性構造変化に伴う視野異常がしばしば認められ,眼圧非依存性の視野障害メカニズムが存在する可能性がある.しかし,その詳細については未解明の点が多い.近年のCOCT技術の進歩により,視神経深部の詳細な構造評価が可能になっただけでなく,近視性構造変化に伴う循環障害や生体力学的特性の変化などにも注目が集まっている.今後のさらなる研究を通じて,近視性視野障害のメカニズムの解明に期待したい.文献1)HoldenCBA,CFrickeCTR,CWilsonCDACetal:GlobalCpreva-lenceCofCmyopiaCandChighCmyopiaCandCtemporalCtrendsCfrom2000through2050.OphthalmologyC123:1036-1042,C20162)DingCX,CChangCRT,CGuoCXCetal:VisualC.eldCdefectCclassi.cationCinCtheCZhongshanCOphthalmicCCenter-BrienCHoldenVisionInstituteHighMyopiaRegistryStudy.BrJOphthalmolC100:1697-1702,C20163)LinCF,CChenCS,CSongCYCetal:Classi.cationCofCvisualC.eldCabnormalitiesCinChighlyCmyopicCeyesCwithoutCpathologicCchange.OphthalmologyC129:803-812,C20224)SaitoH,KambayashiM,AraieMetal:Deepopticnerveheadstructuresassociatedwithincreasingaxiallengthinhealthymyopiceyesofmoderateaxiallength.AmJOph-thalmolC249:156-166,C20235)ZhangX,JiangJ,KongKetal:Opticneuropathyinhighmyopia:GlaucomaCorChighCmyopiaCorCboth?CProgCRetinCEyeResC99:101246,C20246)AkiyamaCK,CAokiCS,CShiratoCSCetal:VisualC.eldCofCeyesCwithperipapillaryintrachoroidalcavitationanditsassocia-tionCwithCdeepCopticCnerveCheadCstructuralCchanges.COph-thalmolGlaucomaC2025.Inpress(84)

屈折矯正手術セミナー:ICL術後の眼内炎

2025年7月31日 木曜日

●連載◯302監修=稗田牧神谷和孝302.ICL術後の眼内炎小島隆司名古屋アイクリニック後房型有水晶体眼内レンズであるCICLの挿入手術は眼内手術であり,眼内炎が起こりうる.眼内炎のリスクはC6,000眼にC1例程度と非常にまれであるが,報告例はある.水晶体を温存する手術であるため,硝子体内まで感染が波及することはまれで,多くは前房内に限局し,最終的には視力回復が得られている.白内障手術に準じた術野の清潔操作,術後C1週間の注意深い経過観察,術後眼内炎を疑ったときの迅速な対応が重要である.●ICL術後眼内炎の特徴一般的に白内障手術などの眼内手術における術後眼内炎は,急性眼内炎と遅発性眼内炎に分けられ,急性は数日からC1週間以内に発症し,遅発性は術後C1カ月以降に起こる.後房型有水晶体眼内レンズであるCimplantableCcollamerlans(ICL)の術後眼内炎は白内障術後眼内炎と異なり,硝子体まで波及することはまれで,前房に限局することが多い.それに対して無菌性眼内炎である中毒性前眼部症候群(toxicanteriorsegmentsyndrome:TASS)は手術翌日,48時間以内に強い炎症が起こりやすく,眼内炎で認められる眼痛などがほとんどないことが特徴である.一般的に,白内障術後眼内炎の起炎菌はグラム陽性菌が多く,患者自身の眼表面の常在菌由来と考えられている.わが国ではコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulasenegativeStaphylococcus:CNS.メチシリン耐性CCNSを含む),腸球菌,黄色ブドウ球菌(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌を含む),レンサ球菌の順に多く,腸球菌の頻度が高いことが特徴とされている1).これまでにCICL術後に培養陽性であった報告では,術後C4日目とC5日目に発症した表皮ブドウ球菌の症例2,3)は急性眼内炎に相当し,一方,術後C5カ月とC3カ月で発症したCCutibacteriumacnesによる遅発性眼内炎の症例4,5)では,ICL術後眼内炎も白内障術後の眼内炎と同様に急性眼内炎と遅発性眼内炎に分かれ,起炎菌に関しても,白内障術後の起炎菌と同様に結膜常在菌が原因と考えられる.C●ICL術後眼内炎の疫学Allanらは1998年1月.2006年12月に21カ国234名の術者を対象に匿名のオンライン調査を実施し,ICL手術後に眼内炎を発症した症例数を調査した6).その結果,95名(40%)の術者から回答があり,合計C17,954眼のCICL移植が行われた中で,3名の術者がそれぞれC1例ずつ眼内炎を報告した.これは発生率C0.0167%(約6,000眼にC1例)の割合に相当する.白内障術後の眼内炎の発症率はC0.025%とされており7),ICL術後眼内炎も同程度の発症率であると推測される.C●ICL術後感染予防対策手術後に眼内炎を発症しないような対策が重要である.以下に白内障手術でも用いている筆者の眼内炎予防を考えた手術の流れを示す(図1).①ドレーピングをしっかり行い,睫毛が術野に出ないようにする.白内障手術と同様に睫毛と睫毛根部を完全に消毒することはできないため,術野に睫毛が入らないようにしっかりとドレービングを行う.②術中にC0.25%ポビドンヨード液で洗浄する.開瞼器を装着したあと,ICLを挿入する前にC0.25%ポビドンヨード液で眼表面を洗い流し,眼表面に滞留している細菌をシャットアウトする.③角膜切開創は自己閉鎖させ,ある程度の眼圧を維持する.ICLは白内障手術より大きなC3.2Cmm程度の角膜切開が必要である.この切開創を自己閉鎖させるためには,2Cmm程度の角膜トンネル作製と,術後のハイドレーションを十分にすることが重要である.筆者は自己閉鎖が得られやすいC2.9Cmm弧状ナイフを使用している.また,手術を終わる際の眼圧が低すぎると,眼球の変形により創が開き,眼外から眼内へ水が流れる可能性があるため,適度な眼圧で終わることも重要である.④術後の経過観察をしっかり行う.前述のように術後C3日目の悪化時期にチェックできるように,筆者の施設では手術翌日,手術C3日目,手術C1週を術後早期検査のルーチンとしている.(81)あたらしい眼科Vol.42,No.7,20258650910-1810/25/\100/頁/JCOPY①睫毛を術野に出さずしっかりドレー②ドレーピング後にイソジン洗眼しマ③ICL挿入前に再度イソジン洗眼ピングイボーム腺からの分泌物を洗い流す⑤角膜切開創をしっかりハイドレーシ⑥閉鎖を確認ョンする④ICL裏側の粘弾性物質をしっかり抜く図1筆者が行っているICL手術時の感染予防対策●他の疾患との鑑別術後眼内炎はCTASS,ぶどう膜炎との鑑別が必要である.TASSとは内眼手術後に発症し,「術中に前房内に混入した物質により起こる無菌性眼内炎」と定義される.その起炎物質としては塩化ベンザルコニウムなどの防腐剤,消毒薬,エンドトキシン,眼内レンズの残留研磨剤などがあげられる.ICL後のCTASSに関しては,ICLの施行件数が増えるにつれ報告が増えている.TASSと眼内炎の鑑別はむずかしいが,発症時期に関しては,TASSも急性のものと遅発性のものがあり,48時間以内に起こることが多く,眼内炎よりより早期に起こる傾向がある.眼痛に関しては,眼内炎が強い痛みがあるのに対して,TASSは炎症の割に痛みが弱い傾向がある.ぶどう膜炎も急性と遅発性があり,症状は多彩である.鑑別のためには既往歴の確認,前房水の塗抹検鏡,培養検査,前房水CPCRなどが有用である.C●術後眼内炎を疑った時眼内炎の治療8)に準じて行う必要があるが,前述したように前房に限局していることが多いため,早期のCICL摘出,前房洗浄が有効である.痛みがほとんどなく,術後翌日から生じるフィブリン形成などはCTASSであることが多いが,臨床所見のみから鑑別することは非常にむずかしい.迷ったら,眼内炎を疑ったほうがよいと思われる.C866あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025文献1)原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌─CPropionibacteriumacnesを主として.あたらしい眼科20:C657-660,C20032)DavisCMJ,CEpsteinCRJ,CDennisCRFCetal:Culture-positiveCendophthalmitisCafterCimplantationCofCintraocularCcollamerClens.JCataractRefractSurgC35:1826-1828,C20093)KaurM,TitiyalJS,SharmaNetal:Successfulre-implan-tationCofCimplantableCcollamerClensCafterCmanagementCofCpost-ICLCmethicillin-resistantCStaphylococcusCepidermidisCendophthalmitis.CBMJCCaseCRepC2015:bcr2015212708,C20154)RobbinsCCC,CSobrinCL,CMaCKKCetal:Culture-negativeCCacnesCendophthalmitisCfollowingCimplantationCofCaCphakicCimplantableCcollamerClens.CJCVitreoretinCDisC5:258-260,C20205)WilkinsonCS,CEtheridgeCT,CMonsonCBKCetal:ChronicCpostoperativeCCutibacteriumCacnesCendophthalmitisCwithCimplantableCcollamerClens.CAmCJCOphthalmolCCaseCRepC26:101500,C20226)AllanCBD,CArgeles-SabateCI,CMamalisN:EndophthalmitisCratesafterimplantationoftheintraocularcollamerlens:CsurveyCofCusersCbetweenC1998CandC2006.CJCCataractCRefractSurgC35:766-769,C20097)OshikaCT,CHatanoCH,CKuwayamaCYCetal:IncidenceCofCendophthalmitisCafterCcataractCsurgeryCinCJpapan.CActaCOphthalmolScandC85:848-851,C20078)馬詰和比古:白内障術後眼内炎の予防と治療戦略,白内障術後眼内炎の治療.眼科手術37:445-448,C2024(82)

眼内レンズセミナー:高度遠視化を生じた後囊破裂を伴う外傷性白内障の1例

2025年7月31日 木曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋458.高度遠視化を生じた後.破裂を伴う柴田哲平久保江理外傷性白内障の1例金沢医科大学病院眼科鈍的眼外傷による後.破裂を伴う外傷性白内障の経過で,進行性遠視を生じた症例を報告する.患者はC37歳の女性で,右眼の鈍的外傷後に後.破裂と外傷性白内障を発症,受傷C3年後の屈折値は遠視化を呈し白内障手術が実施した.鈍的外傷による孤立性CPCTは,屈折変化を誘発し,遠視化を引き起こすことがある.●はじめに鈍的眼外傷は,角膜内皮変形,虹彩根部裂離,外傷性白内障,水晶体脱臼など,さまざまな症状を引き起こす可能性1)がある.これらの症状の中で,後.破裂(poste-riorcapsuletear:PCT)は外傷性白内障や水晶体脱臼に伴って生じることがあるが,単独で発生することはまれである2).外傷性白内障は視力の急激な低下を引き起こすことが多く,受傷直後に手術が行われる場合が一般的である.今回は,鈍的眼外傷による孤立性のCPCTが原因で徐々に進行する顕著な遠視を呈した,まれな症例を取りあげる.また,鈍的外傷による白内障での遠視性変化のメカニズムおよび老視矯正眼内レンズ(presby-opiaCcorrectedCintraocularlens:PC-IOL)挿入のための外科的管理について解説する.C●症例報告患者はC37歳の女性.子どもが投げたスリッパが右眼に当たったあとに,視界のぼやけと光過敏を訴え,近医眼科を受診した.右眼の前眼部細隙灯顕微鏡検査では,水晶体C11時方向に外傷性CPCT,硝子体混濁が認められた(図1a).右眼の裸眼視力は右眼C20/32,左眼C20/16で,正視(+0D)を示していた.この時点で外科的治療の希望はなかった.受傷からC3年後,視力低下のため当院へ紹介となった.右眼の屈折値は+8.0Dと遠視化を呈し,矯正視力は右眼C20/50,左眼C20/16で,屈折値は右眼〔+8.0D.0.74DAx20°〕,左眼〔C.0.32D.0.29DAx90°〕であった.眼圧は両眼ともにC19.0mmHgで,瞳孔径は右眼3.4Cmm,左眼C3.2Cmm,前眼部光干渉断層計検査では,平均角膜屈折力はC44.27D,左眼はC44.43Dであり,Aモード超音波検査による眼軸長は両眼ともにC22.20Cmmで左右差は認めなかった.細隙灯顕微鏡検査では,角膜や虹彩の異常は認められなかったが,右眼の水晶体はPCT部位の混濁と硝子体軽度混濁が観察された(図(79)1b).網膜の所見は両眼とも正常であった.前眼部光干渉断層計では,右眼の水晶体線維の歪みとCPCTが認められ,水晶体核部には亀裂がみられた(図2).手術はフェムトセカンドレーザーを使用した連続円形切.と核分割が行われ,PCT部位の拡大予防のため粘弾性物質によるCdelineationを施行した.超音波乳化吸引術にて水晶体を慎重に吸引したのち,25.0DのCPC-IOL(AcrySofIQVivityExtendedVisionIOL,アルコン社)を.内に挿入した.術後C1カ月で右眼の裸眼視力は20/20,屈折値はC0.00DC.0.70DAx163°となり,IOLの.内固定は良好で,偏心や傾斜も正常範囲内であった(図3).C●考察鈍的外傷による外傷性白内障は小児男児に多くみられるものの,孤立性CPCTに関する文献は少ない3).鈍的外傷は,前後軸方向の圧縮と同時に赤道面の膨張を引き起こし4),これが若年患者において弾性の高い後.と前部硝子体の強固な癒着によって破裂すると考えられる.本症例では,スリッパが右眼全体に与えた外力が赤道面での遠心力を生じ,上記の現象で孤立性CPCTを引き起こしたと考えられる.また,本症例では,初期に視力低下がなく,長期にわたる経過観察で進行性遠視と水晶体混濁が生じたため手術適応となった.過去の報告において,水晶体の線維配列や水分含有量の変動が屈折率の変化をもたらすことが示唆されており5,6),本症例の遠視化の原因としては,水晶体の液化などの内部組成変化が遠視を引き起こしたと推測している.フェムトセカンドレーザーを使用した手術手技は,本症例のようなCPCTを伴う外傷性白内障においても,後.への負担が少なく連続円形切.や核分割ができるため,有用である7).また,粘弾性物質によるCdelineationはCPCTの拡大予防に重要な手技の一つである.あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025C8630910-1810/25/\100/頁/JCOPYab図1受傷直後と3年後の前眼部写真a:受傷直後.水晶体の混濁と硝子体細胞が確認できる.Cb:受傷C3年後の当院での前眼部所見.後.破裂部位の水晶体.の混濁と硝子体混濁生じている.(文献C8より転載)図3術後1カ月の前眼部写真眼内レンズは.内に固定され,屈折や偏心,傾斜も正常範囲内であった.(文献C8より転載)●まとめ本症例は,孤立性CPCTを伴う外傷性白内障のまれな事例であり,3年の経過中に進行性遠視を生じた.本研究は,鈍的外傷やCPCTが水晶体の構造と屈折率の変化をもたらす可能性を示している.フェムトセカンドレーザーを用いた手術は,外傷性CPCTの術中管理に有効な手段の一つある.図2当院での前眼部OCT所見水晶体核部の線維の亀裂()と後.部の破裂()が確認できる.(文献C8より転載)文献1)CanavanYM,ArcherDB:Anteriorsegmentconsequenc-esCofCbluntCocularCinjury.COphthalmologyC66:549-555,C19822)SaikaCS,CKinCK,COhmiCSCetal:PosteriorCcapsuleCruptureCbyCbluntCocularCtrauma.CJCCataractCRefractSurgC23:139-140,C19973)MansourAM,MahmoudO,RolaNetal:Isolatedposteri-orCcapsularCruptureCfollowingCbluntCheadCtrauma.CClinCOphthalmolC8:2403-2407,C20144)ChoudharyCN,CSameerCR,CShubhdaCSCetal:PosteriorCcap-suleCruptureCwithCherniationCofClensCfragmentCfollowingCbluntCocularCtrauma.CIntCMedCCaseCRepCJC9:305-307,C20165)TanimuraN,NatsukoH,HisanoriMetal:VisualfunctionandCfunctionalCdeclineCinCpatientsCwithCwaterclefts.CInvestCOphthalmolVisSciC60:3652-3658,C20196)OkamotoF,SoneH,NonoyamaTetal:Refractivechang-esindiabeticpatientsduringintensiveglycaemiccontrol.BrJOphthalmolC84:1097-1102,C20007)PragerAJ,SurendraB:Femtosecondlaser-assistedcata-ractsurgeryinmanagementofposteriorcapsuletearfol-lowingCbluntCtrauma.CAmCJCOphthalmolCCaseCRepC19:C100742,C20208)ShibataCT,CSekiCY,CSeidaCYCetal:ProgressiveChyperopicCrefractiveCchangesCafterCposteriorCcapsuleCtearCfollowingCbluntCocularCtrauma.CAmCJCOphthalmolCCaseCRepC34:C102032,C2024C

コンタクトレンズセミナー:英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く エビデンスに基づくコンタクトレンズ診療(1)

2025年7月31日 木曜日

■オフテクス提供■コンタクトレンズセミナー英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く19.エビデンスに基づくコンタクトレンズ診療(1)土至田宏聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院眼科松澤亜紀子聖マリアンナ医科大学/川崎市立多摩病院眼科英国コンタクトレンズ協会の“ContactCLensCEvidence-BasedCAcademicReports(CLEAR)”の第C10章は「エビデンスに基づく診療(EBP)」の概念をコンタクレンズ診療にどう応用するかを解説している1).今回はその前半部分をまとめる.導入とエビデンスレベルの考え方エビデンスに基づく診療(evidence-basedpractice:EBP)は,科学的根拠に加えて臨床家の経験や患者の価値観を考慮し,最適な医療判断を導く枠組みである.1990年代に提唱されたCevidence-basedCmedicine(EBM)の概念は,コンタクトレンズ(CL)診療においても応用されている.そこでは単なる経験則や慣習ではなく,研究の成果を踏まえた意思決定が求められている.EBPは,信頼性の高い科学的エビデンス,臨床家の専門的判断,患者の価値観や生活状況,の三要素によって成り立っている.これにより,研究成果を鵜呑みにするのではなく,現状に即した柔軟かつ実践的な対応が可能となる.エビデンスには階層構造が存在し,一般にシステマティック・レビューやメタアナリシスが最上位とされ,無作為化比較試験,前向きコホート研究,ケースコントロール研究,症例報告・専門家の意見,の順に位置づけられる.ただし,信頼性の序列のみで価値を判断するのではなく,臨床的妥当性や応用可能性も併せて検討されるべきである.一方で,CLの分野ではCEBPの浸透は未だ限定的である.たとえば“evidence-basedpracticeANDCcontactlenses”でCPubMed検索を行うと,2021年時点で関連文献はわずかC65報程度にとどまっており,他分野よりも少ない.背景としては対照群を設けた厳密な無作為化比較試験の実施が困難であることや,製品間比較や観察的研究が主流である点があげられる.一方で,CL研究には同一被験者によるクロスオーバー試験,左右眼で異なるレンズを同時比較するコントララテラル試験,片眼のみを対象とするモノアイズ試験など,独特の研究デザインが多く用いられる.これらはCEBMの階層における位置づけがむずかしいという課題がある.無作為化比較試験が少ない領域では,TearFilmand(77)C0910-1810/25/\100/頁/JCOPYOcularCSurfaceSociety(TFOS)やCInternationalCMyo-piaInstitute(IMI)などによる国際ワークショップでのコンセンサスが,実践的ガイドラインとして重要な役割を果たしている.TFOSDryEyeWorkshopII(DEWSII)やマイボーム腺機能不全(meibomianCglandCdys-function:MGD)ワークショップ,CL不快感に関する報告などは,科学的厳密性に加えて現場の視点も踏まえた有益な資料といえる.さらに,症例報告や患者の主観的体験も臨床において重要である.とくに,まれな合併症や特異的反応,素材・ケア製品に関する情報などは,たとえエビデンスレベルが低くとも実践の参考になる場合が多い.CL診療におけるCEBPは,限られた文献や多様な研究デザインを適切に解釈し,個々の患者に応じて柔軟に活用する姿勢が求められる.今後は,さらなるエビデンスの蓄積と,それを臨床に落とし込む力の両立が重要である.問診と適応評価CLの処方における初診時の評価は,単なる視力矯正の適否を判断するためだけではなく,装用の安全性と継続可能性を左右するためにも,きわめて重要なプロセスである.ここでは装用リスクを事前に把握し,適応の可否を判断するための問診と評価項目が体系的に示されている.問診では,装用目的(視力補正,外観,スポーツ,治療など)を明確にし,過去のCCL装用歴,装用中断やトラブルの有無,および眼や全身の疾患歴を確認することが必須である.とくに,アレルギー疾患,ドライアイ,MGD,眼瞼炎,自己免疫疾患,薬剤使用歴などは,装用リスクを増大させる要因であり,慎重な評価が求められる.また,生活背景や職業(長時間のデジタル端末使あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025C861用や乾燥環境など),装用の動機,希望する装用時間,ケアにかけられる時間など,患者の生活様式に基づいた聞き取りも重要である.患者の協力度や衛生観念もコンプライアンスを左右する因子であり,評価の対象とすべきである.視力矯正の適応としては,近視,遠視,乱視,不正乱視などがあげられるが,斜視や両眼視機能異常などがある場合は,CL装用が症状を悪化させる可能性もある.とくに不同視や無水晶体眼ではCCLの利点が大きい一方で,初期対応には専門的判断が求められる.適応判断にはリスク評価が不可欠であり,臨床ではこれを明示的に行うことが勧められている.過去の報告では,初期段階で不適応リスクを見逃したことが,のちの中止や合併症につながったケースも少なくない.TFOSCDEWSIIなどの診断基準やCContactCLensCDryCEyeQuestionnaire-8(CLDEQ-8),StandardPatientEvaluC-ationofEyeDrynessQuestionnaire(SPEED),Schein質問票(ScheinDryCEyeCQuestionnaire)などのスクリーニングツールを活用することで,ドライアイやCCL不快感の予測が可能となる.さらに,眼瞼縁の観察,マイボーム腺の評価,涙液量と質,瞼裂幅や睫毛の状態など,前眼部の詳細な観察も装用前に行っておくべきである.このように,初診時の問診と適応評価はCCL装用の成否を決定づける出発点であり,単なる確認作業ではなく,将来的な安全性と快適性の担保を目的とした臨床判断を行うためのものである.前眼部所見の評価CL装用者に対する前眼部所見の評価は,安全な継続装用の可否を判断するうえで不可欠である.本章では診療の各段階で実施すべき検査項目とその評価指標が,エビデンスに基づいて体系的に整理されている.CL装用に先立ち,結膜充血,角膜上皮障害,涙液層安定性などの観察を行う.とくに非侵襲的涙液破壊時間や,フルオレセインによる染色パターン,涙液メニスカス高などは,ドライアイやコンタクトレンズ不快感(contactlensdiscomfort:CLD)のリスクを予測する指標として有用である.MGDの有無,睫毛の汚れ,眼瞼縁の形態変化なども併せて観察する必要がある.装用開始後はCCLによる眼表面への影響を継続的に確認する.角膜上皮染色像は,不適切なレンズフィッティングや乾燥のサインであり,素材や装用時間,ケア方法の見直しが必要となる.とくにソフトCCL装用者においては,レンズエッジ部の接触による輪状の染色像や巨大乳頭結膜炎などの早期発見が重要である.角膜新生血管や微細な角膜混濁は,慢性的な酸素不足や機械的刺激の蓄積によって生じるものであり,定期検査での診断が重要となる.加えて,Efronscaleなどの臨床基準を活用することで主観的な評価のばらつきを抑え,経時的な変化を客観的に捉えることができる.これらの所見評価は,単なるモニタリングではなく,装用継続の可否判断,素材変更や装用指導の根拠となる.とりわけ,CLDや脱落の主因が眼表面の異常であることは数多く報告されており,前眼部の微細な変化を見逃さず,早期に介入する姿勢が求められる.したがって,前眼部所見の定期的かつ系統的な評価は,CL診療における質の保証と患者満足度の維持に不可欠である.文献1)Wol.sohnCJS,CDumbletonCK,CHuntjensCBCetal:CLEARC-Evidence-basedCcontactClensCpractice.CContactCLensCandCAnteriorEyeC44:368-397,C2021

写真セミナー:ヘアアイロンによる角膜熱傷

2025年7月31日 木曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史494.ヘアアイロンによる角膜熱傷小林桂福岡秀記京都府立医科大学眼科学教室図2図1のシェーマ①白色変性図1初診時前眼部所見輪部には達しない角膜表層の白色変性を認めた.図3図1のフルオレセイン所見白色変性に一致した約50%の上皮欠損を認める.図4受傷から25日目の前眼部所見角膜表層の変性は消失し,透明化した.(75)あたらしい眼科Vol.42,No.7,20258590910-1810/25/\100/頁/JCOPYヘアアイロンは高温の熱を利用して毛髪のスタイリングを行うための美容機器である.若年女性を中心に比較的身近な電化製品として利用されているが,近年ヘアアイロンによる熱傷が増加している.過去26年間で約10倍になったという報告もある1).症例は21歳の女性.自宅で頭髪のセット中に誤ってヘアアイロンが右眼に当たり受傷した.受傷直後から右眼の痛みと流涙,視界のぼやけがあり,前医を受診し,筆者らの施設に紹介となった.初診時,右眼角膜表層に輪部には達しない白色変性と,変性部に一致した約50%の上皮欠損を認めた(図1~3).視力は右眼0.02(n.c.)であった.前眼部光干渉断層計では,変性は角膜上皮内にとどまり,角膜実質には到達していなかったが,.5.8D程度の不正乱視を認めた.受傷当日から,ガチフロ点眼液0.3%を4回/日,リンデロン点眼液0.1%を4回/日,リンデロンA眼軟膏を眠前1回,プレドニゾロン10mg/日の3日間内服を開始した.受傷翌日に角膜表層の白色変性は脱落し,角膜は透明化したものの,中央部の上皮欠損は残存していた.視力は右眼0.3(0.7×sph.2.25D)であり,不正乱視は.1.0Dまで改善した.受傷から5日目には角膜混濁および上皮欠損は消失し,視力は右眼(0.9×sph.1.00D(cyl.0.50DAx100°)であった.受傷後25日目も角膜の透明性は保図5角膜表面とヘアアイロンの接触たれ,上皮欠損なく経過していた(図4).視力は(1.2×sph.2.00D)まで改善した.点眼はすべて終了とし,以降は近医での経過観察とした.ヘアアイロンによる角膜熱傷は,200℃にも及ぶ高熱によって角膜上皮の凝固壊死をきたすことで起こる.熱・化学外傷の重症度分類としてRoper-Hall分類,Dua分類,木下分類などがあり,受傷時の角膜輪部障害の範囲が視力予後の推測に有用とされている2).本症例では,角膜輪部上皮障害がなかったため,早期に角膜上皮化が得られた3).また,熱による角膜外傷では熱エネルギーの95%は涙液や角膜上皮に吸収され,その後角膜深部へと熱が流出するため,ヘアアイロン外傷のように一瞬の接触にとどまる場合は角膜実質まで障害が至らない可能性がある4).ヘアアイロンによる角膜熱傷においては,球面である角膜表面に平坦なヘアアイロンが接触するため,輪部が傷害される可能性は低いと考えられる(図5).角膜熱傷では,受傷後3.4週頃にコラーゲンの変性を生じ,突然の角膜穿孔をきたすという報告もあり5),角膜所見の改善が得られたあとも慎重な経過観察が必要であり,事前に患者に角膜穿孔のリスクを説明しておくことも重要である.文献1)馬場國昭,徳田リツ子,馬場淳徳:有床診療所における26年間の熱傷統計.熱傷46:21-32,20202)千森瑛子,福岡秀記,濱端久仁子ほか:熱・化学外傷による角膜輪部障害の程度と予後に関する検討.日眼会誌125:725-731,20213)LeQ,XuJ,DengSX:Thediagnosisoflimbalstemcellde.ciency.OculSurf16:58-69,20184)武藤哲也,町田繁樹:ヘアアイロンにより生じた角膜熱傷の1例.臨床眼科76:101-104,20225)小泉範子,木下茂:眼部化学外傷,熱傷.救急医学22:1747-1750,1998

総説:生理活性脂質から眼圧の謎に迫る!

2025年7月31日 木曜日

あたらしい眼科C42(7):849~858,2025c第35回日本緑内障学会須田記念講演生理活性脂質から眼圧の謎に迫る!ApproachingtheMysteryofIntraocularPressurefromBioactiveLipidMediators!相原一*はじめに緑内障は視神経と視野に特徴的変化を有し,通常は眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制しうる機能的構造的異常を特徴とする疾患である.原発閉塞隅角緑内障の発作時にはあまりの急性高眼圧のため,眼底血圧を超えた高眼圧が網膜と視神経乳頭の血流障害を引き起こすが,早期に血流が再開すれば視神経障害も改善しうる.隅角閉塞による高眼圧と二次的な視神経障害については,解剖学的機序による房水流出障害によるものなので本稿では触れない.緑内障のほとんどを占める開放隅角での視神経障害は,慢性進行性神経変性疾患で,乳頭陥凹拡大を伴い,局所的な網膜神経線維層欠損が徐々に拡大する.乳頭陥凹拡大には篩板の変形を伴う.眼圧が存在するかぎり常に陥凹を拡大する方向に圧ストレスがかかっていると考えられる.病的に眼圧よりも脳脊髄圧が高いならば,視神経乳頭後部まで存在するくも膜下腔の脳脊髄圧により視神経は絞扼されるため,乳頭浮腫を起こす.眼圧がC0に近い低眼圧でも病態的には同様で,乳頭浮腫を起こし,視力は低下する.つまり眼圧が低すぎると低眼圧網膜症乳頭浮腫を惹起するし,高すぎると緑内障性視神経症を,極端に高いと虚血も伴う.正常眼の健常眼圧も10~20CmmHg(平均C14ぐらい)で正規分布しているということは,乳頭組織でバランスのよい眼圧には個体間で幅があることを示している.もっとも眼圧は日中のある時間に測定しているだけなので,実際の眼圧変動は未知である.乳頭陥凹には大きさ,深さ,形状に個体差があり,先天的な小乳頭から巨大乳頭,さらに時間経過は証明できないが,徐々に乳頭陥凹が拡大,変形することもある.篩板が変形し軸索障害を起こすような乳頭陥凹拡大の原因は,単に乳頭での圧バランスの問題なのか,近視のように眼軸長伸展に伴うものなのか,あるいは篩板を構成している細胞や血管,血流の異常なのか,はたまた網膜神経節細胞軸索自身の異常なのか,またこの多因子がどのように関与しているのか証明は困難である.ただし,唯一確かなのは,常に存在する眼圧は,それがどんな値でも視神経乳頭に対して外向きの陽圧であれば,物理的に陥凹は拡大するということである.生涯で眼圧は基本的にあまり変わらないことが疫学調査などで明らかになっているが,一つの眼で眼圧を経時的に生涯追った研究はない.眼圧が高くなるから陥凹拡大が進んで緑内障になるのか,眼圧に変化がなくても圧ストレスを受ける視神経乳頭が脆弱になるのか,あるいは両者なのか,難問である.そもそも眼圧とは何なのか.眼圧は眼球内での独立した水の生理的な循環で成り立つ特殊機能である.房水が毛様体で産生されて隅角から線維柱帯あるいは毛様体経由で眼外に流出する.房水流出路はきわめて複雑な組織で,残念なことに血液と異なり水の流れは生体内で可視化できない.眼圧と緑内障について色々考え出して早35年経つが,変わらない目標は眼圧についてもっと知りたいということである.眼圧さえ制御できれば視神経障害は防げるに違いない.表1に筆者の考える謎を列挙した.ぜひとも多くの研究者にこの謎を解いてほしい.きっと緑内障の治療に役に立つはずである.*MakotoAihara:東京大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕相原一:〒113-8655東京都文京区本郷C7-3-1東京大学医学部眼科学教室C0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(65)C849表1眼圧の謎生理的な眼圧の謎・なぜC10~21.mmHgであるのか,正常眼では血圧以上に個体差があるのはなぜか.・生涯一定の眼圧なのか.・個体の大きさも眼球の大きさも異なるのになぜ脊椎動物では同じ眼圧なのか.・日内,日々,季節変動があるのはなぜか.・眼内圧は本当はいくつなのか,終日測定する方法は.・下げる薬剤はあるのに上げる薬剤がないのはどうしてか.・血圧のように体内制御機構はないのか.・房水動態のCGoldman理論は正しいのか.・眼圧は眼内組織に均等に同じ圧がかかっているのか.・生活習慣や遺伝子,環境の影響はあるのか・体位変動はあるが,その眼圧変動は影響がないのか.仰臥位では高いが緑内障が進むわけでもない.緑内障の眼圧の謎・なぜ眼圧が高くなったのか.・緑内障眼では生涯かけて眼圧が経時的に上がってきているのか.・各種開放隅角緑内障病型での眼圧上昇の機序はなにか.・落屑緑内障の眼圧変動はなぜか.・なぜ開放隅角でも急に上昇するのか.本総説は,この眼圧の謎解きに生理活性脂質を鍵として挑戦した,筆者と多くの共同研究者たちの成果である.個人的な研究の変遷も含めた,科学的というよりやや散文的な記述が多いがご容赦いただきたい.CI生理活性脂質プロスタグランジンと筆者緑内障に興味をもったため,大学院では神経を研究したかったが,眼科内で基礎研究する環境はあまり整ってなかった.そこで縁あって基礎医学の生化学,のちの細胞情報学部門に入れていただいた.当時の教授,清水孝雄先生は脂質生化学の大家で,プロスタグランジン(prostaglandin:PG)などを産生するためのアラキドン酸カスケードの脂質合成経路の解明にすでに着手されていた.ちょうど神経可塑性の分子機構という研究プロジェクト予算を獲得されていたため,筆者は大脳海馬の錐体細胞とミクログリアが生理活性脂質の一つである血小板活性化因子を介した相互作用を呈していることを研究することになった.生理活性脂質とは,主として膜構成成分である脂質二重層から切り出された脂肪酸の代謝物から産生される生体機能をもつ物質の一群である.生体膜から産生されて代謝も早いため,細胞組織局所で働く性質をもつが,生体内各組織でさまざまな機能を有し,また脂質自体は摂取するものに大きく依存するので,われわれの生活習慣にも大きく関与している.脂質は取り込んで産生され分解されるものだが,それを司っている酵素群は遺伝的に制御されている.今でこそ脂質研究リピドミクスは,ジェネティクス,プロテオミクスに続いて盛んになってきた分野だが,当時は大学院の教室がその先端を担っていた.ちょうどその頃,緑内障分野では,PGの一つであるCPGF2Caが低用量で眼圧を下げ,しかも当時の第一選択薬である交感神経Cb受容体遮断薬よりも下げるという画期的な発見がなされた.学生のときにはCPGF2Caは生殖関係に重要であると習ったばかりであったが,局所作用を有する生理活性脂質らしく,異なる臓器ではまったく異なる重要な働きをすることを改めて認識した知見であった.眼球は閉鎖空間で脈絡膜以外は血管の透過性は低くバリア機能が強い組織であることから,房水は組織の維持に重要な役割を果たしている.つまり生理活性脂質は房水中のメディエーターとして眼球内でなにか重要な働きをなすだろうと予想した.CPGF2a誘導体のラタノプロストが発売され早C25年,単剤でC1日C1回の点眼で最大の眼圧下降効果が得られ,全身副作用がない点で,未だに第一選択薬の不動の地位を維持しているが,当時はきわめて画期的な薬剤であり,各社こぞって類似薬トラボプロスト,ビマトプロスト,タフルプロストを上市することとなった.ただし,図1にあるように,PGF2Caの代謝物に類似したウノプロストンは別として,いわゆるCPG関連薬の中ではビマトプロストがやや眼圧下降効果が強く,かつ化学構造式もプロスタマイド型とされ,他のC3剤と差別化されていプロスト系図1プロスタグランジン関連薬(FP受容体作動薬)の構造式FP受容体が眼圧下降に重要なのか,ビマトプロストは他C3剤と比較してプロドラッグとしては分解されにくく,FP受容体とは結合しない可能性が示唆され,論議をよんでいた.た.一方では眼内移行後は他のC3剤と同様なCPGF2Ca類似構造式になるため,他のC3剤と同様に振る舞うはずで同じではないかとの論争があった.これらC4剤のCPG関連薬の眼圧下降機序は,細胞外マトリックスの分解を伴うぶどう膜強膜路の流出抵抗の改善以外は不明で,点眼後すぐに下がる機序や眼圧下降の分子メカニズムについては未知であった.元はCPGF2Caから開発された薬剤であるから,眼圧下降の分子学的作用機序としてプロスタノイドCFP受容体の存在と活性化が必須と予想された.戦略的にはCFP受容体欠損マウスで確認する必要があったが,当時としてはマウスで眼圧を測定する方法がなかったため,解明に糸口がなかった.CII生理活性脂質リゾフォスファチジン酸と筆者2001年に,のちに緑内障眼圧下降薬として上市されるCROCK阻害薬の最初の前臨床報告がなされた.現在,同僚で東京大学眼科准教授の本庄恵先生と熊本大学名誉教授の谷原秀信先生の京都大学時代の画期的な研究である.ROCK阻害薬は細胞内のCRho-ROCKシグナル活性化による細胞骨格変化や細胞外マトリックスの産生経路を阻害する薬剤で,緑内障関連では主として線維柱帯からの房水流出組織に対して,明確な生化学的な作用機序を有する薬剤である.それまでの房水産生を抑制する薬剤やぶどう膜強膜路に効くとされるも作用機序が未だに明確ではないCFP受容体作動薬とは異なり,房水流出の主経路である線維柱帯路の組織変化また房水静脈圧の下降により流出抵抗を下げるという,本来の房水動態,しかも主経路の流出抵抗の軽減により眼圧下降を行う新規作用機序を有する点で画期的であった1).この細胞内シグナルカスケードの活性化は生理的には流出抵抗を維持,あるいは過剰であれば線維化瘢痕化を促進し,眼圧上昇に至る組織抵抗を惹起すると考えたが,活性化には房水中の因子が関与すると推測した.大学院時代の脂質関連の知識では細胞内CRho-ROCKシグナルの上流のCG蛋白共役型受容体活性化物質はいくつかあるが,とくに活性化が強い生理活性脂質として,リゾフォスファチジン酸(lysophosphatidicacid:LPA)やスフィンゴシンC1リン酸(sphingosineC1-phos-phate:S1P)があることに気がついた.LPAはその合成酵素オータキシン(autotaxin:ATX)により産生され,Rho-ROCKシグナルを介した線維化や炎症,浮腫などを惹起することが知られていた(図2).そこでLPAやCS1Pが房水中にある可能性をもとに当時の質量分析計で測定を試みたが,当時検出感度が低いことと房水量の少なさで検出はできず,頓挫することとなった.MigrationProliferationSurvival線維芽細胞誘導接着内皮透過性亢進上皮アポトーシスTGFb活性化,IL.8分泌図2Rho-ROCKシグナルと活性化因子の一つであるATX-LPA経路組織瘢痕化,炎症を惹起することが判明しており,房水中に存在し,房水流出抵抗を上昇させる.(AlbersCHHMGCetal:PNASC107:7257-7262,C2010)IIIマウスの眼圧測定開発と遺伝子改変マウスの応用前述のように,疾患モデル動物の開発は病態解明に重要である.とくに遺伝子改変動物として有用なマウスを緑内障分野で応用することは当然の流れだったが,最大の課題は眼圧測定ができないことであった.しかし,幸運にもC2000年に留学し,マウスの眼圧測定方法の開発に着手する時間ができた.そして,眼圧値はヒトと同じであること,日内変動は日内リズムに制御されていること,房水動態もヒトと同様に存在すること,体位によって変動すること,高眼圧モデルマウスの作製など2~6),マウス眼を緑内障研究に応用できるようになったのである.となれば大学院時代からの宿題の一つであるCFP受容体と眼圧下降の関係を解き明かすことができる.帰国後に着手した結果,予想通りCFP受容体欠損マウスではベースライン眼圧は変わらないものの,PG関連薬は一切眼圧が下がらなかった7).また,ビマトプロストはそれ自身がCFP受容体とそのスプライスバリアントの結合受容体に作用することも判明した8)(図3).いずれにしろCFP遺伝子が眼圧下降に必要であり,骨格がCPGF2Caと類似しているためにCPG関連薬とよばれていたラタノプロストを含めたC4薬剤は,FP受容体作動薬(FP作動薬)とよぶほうが正しいと考える.現在,PG骨格は有しないがプロスタノイドCEP2受容体結合力の高いオミデネパグイソプロピルもあるが,こちらはCPG関連薬とはいえず,FP作動薬と区別するためにCEP2受容体作動薬とするのが適切で,ほかの交感神経系眼圧下降薬と同様,作用機序が明確な名称を与えるほうが望ましいと考える.プロスタノイド受容体のいくつかは眼圧に関与する可能性が高く,実際CFPとCEP3受容体の両方に作用する薬剤もC2025年秋に承認見込みであるし,DP受容体の眼圧下降作用も報告されている(図4).予想通り生理活性脂質は眼内で全身と異なる特異的な作用を有することが判明した.今後は眼内での生理活性脂質とさまざまな眼疾患病態や眼圧との関係が解明されることを願っている.CIV生理活性脂質リゾフォスファチジン酸と合成酵素のオートタキシンによる新展開繰り返しになるが,開放隅角での眼圧上昇の原因は細胞外マトリックスの増加による組織瘢痕化であるが,そHOHHOHHOHOHOプロスタグランジンF2aプロスタマイドF2aHOHOHCH3CH3HHOHHHOHプロスタグランジンF2a誘導体プロスタノイドFPFPプロスタマイドFP受容体spliceFP受容体variant図3FP作動薬とFPおよびプロスタマイドFP受容体の関係PG関連薬は基本的にプロドラッグで点眼され,角膜で分解され酸型になってCFP受容体に結合する.ビマトプロストも一部は酸型に分解されるが,それ自身もCFPとCFPのスプライスバリアントの複合受容体に結合することが判明した.したがって,いずれにしろ作用点はCFP遺伝子による転写産物であることから,眼圧下降にはCFP受容体が必須である.(OtaCT,CAiharaM:IOVS,C2005,OtaCT,CAiharaM:BrJOphthalmolC2007)図4プロスタノイド受容体一覧と眼圧下降への関与生体内機能は組織により異なることが生理活性脂質の特徴である.FP,EP2受容体作動薬そして,FPとCEP3のデュアル作動薬が開発された.の原因は明確ではなかった.過去には原発開放隅緑内障ROCK阻害薬は眼圧上昇の原因の一つである流出路(primaryCopenangleCglaucoma:POAG)では房水中の瘢痕化を抑制する点で明確である.そこで問題は組織瘢CTGFb2の濃度が高いことが報告されていたが9),開放痕化による抵抗上昇の原因究明であるが,筆者らは隅角のほかの病型では高くないことから,高眼圧の原因2015年から本庄恵先生の参画でいよいよCRho-ROCKにはCTGFb2やステロイド以外の房水因子が関与するこシグナルと眼圧の関係を解き明かす機会を得て,高性能とが予想される.の質量分析計によるCATX測定とCLPA合成酵素のCATXLPA産生酵素:Autotaxin総LPA********************2.52.0200Sensitivity0.00.20.40.60.81.0Autotaxin(mg/l)1501.51001.0***p<0.001500.5**p<0.01*p<0.0500図5緑内障各病型の前房水中ATXおよび総LPAの定量controlNTGPOAGSOAGXFGcontrolNTGPOAGSOAGXFG房水中CATX,CLPAは眼圧が高い病型ほど高いことから,BABが破綻した状態ではCLPAにより流出路抵抗が上がる可能性がある.またCATX-LPA活性化により流出路瘢痕化促進し眼圧が上昇した.(HonjoCM,CIgarashiCN,CAiharaCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2018)CATX,TGF.b1.3濃度による緑内障病型診断ROC曲線→LASSO法による4因子を用いると各単因子と比較してもっともよい感度で緑内障病型(NTG,POAG,XFG,SG)を診断(p<0.05).ROC:receiveroperatingcharacteristicLASSO(AROC=0.764.p=0.0155)LASSO:leastabsoluteshrinkageandselectionoperator;ATX(0.700.p<0.001)AUC:areaunderthereceiveroperatingcharacteristicTGFB1(0.657.p<0.001)TGFB2(0.548.p<0.001)curve.TGFB3(0.628.p<0.001)Speci.city図6房水因子による緑内障病型診断(IgarashiCN,CHonjoCM,CAsaokaR:SciRepC2021,CIgarashiCN,CHonjoCM,CYamagishi-KimuraCRCetal:SciRepC2021)を高感度測定系により,房水中のCATX-LPA経路の定病型ほど房水中の因子が高いことが判明した10).1.00.80.60.40.20.0量化に成功した.ATX-LPA経路の活性化は短期的には細胞骨格の変化,長期的には細胞外マトリックスの増加をきたすことで組織瘢痕化へと向かう.つまり房水中の活性が高ければ,房水流出路の瘢痕化が促進され,流出抵抗が増加し結果として眼圧が上がることになる.結果として,予想通り図5のように緑内障病型により,ATX-LPA経路の活性化が異なるものの,眼圧が高いさらに同じく瘢痕化を促進する機序を有するCTGFCb1,2,3も病型により異なっており,組み合わせることで落屑緑内障(exfoliativeglaucoma:XFG)も判別できることがわかった11)(図6).今まで筆者らの開放隅角緑内障(openangleCglaucoma:OAG)病型分類は隅角が開放で,落屑や色素,炎症や内眼手術,外傷の有無での定性的な見た目の分類でしかなく,病態には基づいていな正常な状態瘢痕化房水流出路図7房水脂質メディエーターによる病型診断,予後予測と治療ATXが活性化していればCLPAも増加し,流出路瘢痕化を惹起し,眼圧が上昇する可能性がある.今回CATX阻害薬が販売されていたが,コンセプトとしては眼圧を下げるより,上がらないようにする薬剤をめざす.(HonjoCM,CAiharaCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2018,CHonjoCM,CAiharaCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2018,CIgarashiCN,CAiharaCMCetal:SciCRepC2018,CIgarashiCN,CAiharaCMCetal:SciCRepC2020,CNaganoCN,CAiharaCMCetal:Biol.CPharm.CBull.C2019,NakamuraCN,CAiharaM:MolVisC2021,HonjoCM,CAiharaM:SciRepC2021,CLiuCM,CAiharaCMCetal:BiomoleculesC2022)い.実際,正常眼圧緑内障(normalCtensionCglaucoma:NTG)との診断の房水中でも異常に高いCATX活性を有する検体が混じっており,もしかすると外来での眼圧測定が低いだけでCPOAGやCXFGである可能性も示唆される.とくにCXFGは診断がむずかしく,落屑物質が一部に出ていたり,散瞳しないとみつからない患者では自分を含め見逃す可能性が高い.したがって,房水因子の測定に基づく診断ができればより病型に沿った治療法が確立するに違いない.さらに今後は眼圧上昇因子を抑制するためにCXFG特異的な治療法が開発できるはずであり,既存の眼圧下降薬のように眼圧上昇の病態が異なるさまざまな病型のCOAGに対して,取りあえず平均的には有効である薬剤とは一線を画すことになるであろう.現在,ATX阻害薬の開発をめざしており,将来が楽しみである.一時的にはCRho-ROCKシグナル抑制を介した眼圧下降,長期的には瘢痕抑制による眼圧上昇抑制という機序を有することになる(図7).CVATX-LPA経路活性化による開放隅角高眼圧モデル動物の開発緑内障動物モデルというと,当然高眼圧で乳頭陥凹が生じるモデルが理想である.乳頭構造がヒトにもっとも類似しているのはサルであり,レーザーを線維柱帯に照射し物理的に流出障害を起こして高眼圧にすることができる.ただし,残念ながら高額で研究応用にはきわめてハードルが高い.一方,動物モデルとしては,遺伝子操作が容易で安価で分子生物学的ツールが揃っている点でマウスの有用性が高いことはいうまでもない.2000年頃から眼圧が測定できるようになったため,ようやく高眼圧モデルは種々開発された.しかし,高眼圧となる原因が明確でないため,これまでのマウスモデルは流出路組織を外科的に閉塞する手法が採られていた.これらの方法では,たとえ乳頭や網膜神経節細胞(retinalCgan-glioncell:RGC)の組織学的変化がみられても,不安定な眼圧,短い持続性,炎症惹起などヒトの緑内障性視神経症とは異なる状況を呈していた.前項のように筆者らはCOAGの眼圧上昇の原因の一つとして,組織変化による流出抵抗上昇を惹起する房水因子であるCLPAを見いだした.したがって,房水中のATX-LPA経路が活性化すれば高眼圧になる可能性が高いため,CreLoxPシステムを用いて脂質であるCLPAの合成酵素であるCATXをマウス眼の局所に高発現させることを試みた.結果として,現在作製した第一系統のマウスは眼内CATXの発現とともに徐々に高眼圧となLysoPLD(ATX活性)601~2週間をピークに3M持続するATX活性増強40LysoPLDactivity(nmol/mL/4h)20少なくとも2Mはコントロールと比べ慢性的に4mmHg高眼圧を呈する0**組織傷害,炎症もなく,開放隅角の高眼圧マウスを作るのが夢だった!IOP(mmHg)2116116**0714212835424956637077849198Daysafterlastdosestudent’st.test,vscontrol*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001図8ATX発現誘導によるOAGマウスモデルの前房水ATX活性と眼圧変化(ShimizuCS,CHonjoCM,CLiuCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2024)Out.owfacilityの低下centralperipheralControlATXTgControlATXTgOut.owfacility(μL/min/mmHg)0.0250.020.0150.0051,00000controlATX網膜周辺部のRGC密度低下隅角瘢痕化の増加(3M)3,000*ATXTg2,000controlControlATXTg0.01CollagenIaSMADAPIControlATXTgcentralperiTg(n=16-20)*One-tailedstudent’st-test,p<0.05**p<0.01studentt-testF.actinDAPI図9ATX発現誘導によるOAGマウスモデルの房水流出抵抗増加と線維柱帯細胞の混雑ATX高発現マウス眼では隅角の線維化により房水流出が抑制され高眼圧,ひいては網膜CRGCの周辺からの低下を惹起した.(ShimizuCS,CHonjoCM,CLiuCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2024)り,少なくともC2カ月間は開放隅角のまま炎症もなく慢組織変化を伴わない,緑内障患者の高眼圧病態に基づい性的に正常眼と比較して約C30%程度の眼圧上昇を示した慢性高眼圧マウスモデルを作製できた.た12)(図8).房水動態ではCout.owfacilityの有意な低下,組織学的には線維柱帯へのCcollagenCIやCaSMAのCVI眼圧センサー機械受容体活性化と増加が起きており,ATXが隅角の線維化を促進し抵抗生理活性脂質が上昇したと考えられる.また,網膜周辺部のCRGCの低眼圧であれば低眼圧黄斑症や脈絡膜.離が生じる減少がみられた(図9).念願かなってようやく外科的なし,高眼圧であれば緑内障性視神経症が生じ,いずれにTM細胞線維化収縮?TM細胞線維化収縮?図10線維柱帯のPiezo1,TRPV4機械受容体による眼圧制御とPGE2(UchidaT:PLoSOne,2021)しろ視機能は障害されることになる.さらに脊椎動物の眼圧は魚類から皆C10~20.mmHg前後で保存されているのである.となれば眼圧は,脊椎動物が生きていくために必須であることは相違なく,自己制御機構が存在すると考えた.そこで筆者らは機械受容体に着目した.機械受容体は感覚受容体群であり,眼の表面でも痛覚などに関与しているが,眼内でも眼圧変動で組織が伸展するため,作動する可能性がある.まず,ヒト線維柱帯細胞に高発現している機械受容体のCPiezo1とCTRPV4に着目した.線維柱帯細胞のシート培養に眼圧上昇により惹起されると考えられる伸展刺激や受容体作動薬を加えると,まず既報通り細胞内カルシウム濃度が上昇し,興味深いことに生理活性脂質のCPGEC2が放出された13,14).受容体を刺激すると線維柱帯細胞の形態が変化しゲルが収縮するが,PGEC2はその収縮を濃度依存性に有意に抑制した.これは圧変化に対する自己調節能の一つではないかと考える.つまり眼圧上昇により線維柱帯が物理的に伸展するとそれを抑制するために局所的にCPGEC2が産生され伸展を抑制して線維柱帯路の房水流出を維持する可能性が示唆された.臨床病理学的に緑内障眼では線維柱帯細胞が減少することが示されているが,圧変化に反応する線維柱帯細胞が反応しなければ眼圧が制御できなくなることが想像できる(図10).PGEC2以降の細胞内シグナルは未解明であるが,偶然にも現在緑内障眼圧下降薬として認可されているCPGEC2受容体の一つであるCEP2受容体の作動薬オミデネパグは房水流出促進の作用がサルで証明されているが,機械受容体を介した眼圧上昇を抑制するためCPGEC2が反応する生理的作用と同様の薬理作用に基づくのかもしれない.CVIIまとめ今回,長年にわたる多くの研究協力者のおかげで,眼内の生理活性脂質に着目して,眼圧の生理的あるいは病的な病態の解明に挑むことができた.前眼部の眼内内層組織は房水と接しており,房水動態が眼圧を維持し,また血管がない房水流出路は房水を介して組織と細胞に情報を伝達する.生理活性脂質は局所で作用し直ちに代謝され失活するため,前眼部のような房水で維持される閉鎖空間には有意義な役割を有するに相違ない.現にC3種類のプロスタノイド受容体の作動薬が眼圧下降薬として開発された.筆者らの報告した生理活性脂質のCATX-LPA経路は流出路障害を呈する高眼圧病態の一つに過ぎないが,その阻害薬が眼圧上昇抑制に有用かも知れない(図11).一方,TGFCbファミリーや炎症,酸化ストレス,老化など,ほかの隅角瘢痕化の要因はまだ存在するはずである.また,眼圧上昇には房水産生過多の病態も存在するであろう.眼圧の制御因子にも生理活性脂質が関与し図11生理活性脂質と眼圧制御房水と関連組織の生理活性脂質のバランスが眼圧制御に重要.ている可能性も見いだした.しかし,これらはほんの一部で,房水動態そのもの,またその病態の解明にはまだ多くの研究が必要である.マウスの慢性高眼圧モデルは今後の乳頭での軸索障害とそれに伴うCRGC神経線維と細胞体の障害の解明に有用と思われるが,マウスは篩板構造がヒトと明らかに異なるのが欠点であり,マーモセットのような小型サル類での研究が行えれば,緑内障性視神経症の本態である乳頭陥凹に伴う神経軸索障害の詳細が解明されると考える.最後にこれまでの研究にご協力いただいた多くの研究者,同窓会の皆様,そしてとくに,山岸―木村麗子,村田博史,佐伯忠賜朗,太田貴史,靏我英和,本庄恵,内田貴俊,五十嵐希望,清水翔太の各氏には,名前をあげさせていただき感謝申しあげる.文献1)HonjoCM,CTaniharaCH,CInataniCMCetal:E.ectsCofCrho-associatedCproteinCkinaseCinhibitorCY-27632ConCintraocularCpressureCandCout.owCfacility.CInvestCOphthalmolCVisCSciC42:137-144,C20012)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:ReductionCofCintraoc-ularCpressureCinCmouseCeyesCtreatedCwithClatanoprost.CInvestOphthalmolVisSciC43:46-150,C20023)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:EpiscleralCvenousCpressureCofCmouseCeyeCandCe.ectCofCbodyCposition.CCurrCEyeResC27:355-362,C20034)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:AqueousChumorCdynamicsCinCmice.CInvestCOphthalmolCVisCSciC44:5168-5173,C20035)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:Twenty-four-hourpatternCofCmouseCintraocularCpressure.CExpCEyeCResC77:C681-686,C20036)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:ExperimentalCmouseCocularhypertension:establishmentCofCtheCmodel.CInvestCOphthalmolVisSci44:4314-4320,C20037)OtaCT,CAiharaCM,CSaekiCTCetal:TheCe.ectsCofCprostaglanC-dinCanaloguesConCprostanoidCEP1,CEP2,CandCEP3Creceptor-de.cientCmice.CInvestCOphthalmolCVisCSciC47:3395-3399,C20068)LiangCY,CWoodwardCDF,CGuzmanCVMCetal:Identi.cationCandCpharmacologicalCcharacterizationCofCtheCprostaglandinCFPCreceptorCandCFPCreceptorCvariantCcomplexes.CBrJPharmacolC154:1079-1093,C20089)InataniCM,CTaniharaCH,CKatsutaCHCetal:TransformingCgrowthCfactor-betaC2ClevelsCinCaqueousChumorCofCglauco-matousCeyes.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC239:C109-113,C200110)HonjoCM,CIgarashiCN,CKuranoCMCetal:Autotaxin-Lyso-phosphatidicCAcidCPathwayCinCIntraocularCPressureCRegu-lationCandCGlaucomaCSubtypes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC59:693-701,C201811)IgarashiCN,CHonjoCM,CAsaokaCRCetal:AqueousCautotaxinCandCTGF-betasCareCpromisingCdiagnosticCbiomarkersCforCdistinguishingCopen-angleCglaucomaCsubtypes.CSciCRepC11:1408,C202112)ShimizuCS,CHonjoCM,CLiuCM,CAiharaM:AnCautotaxin-inducedCocularChypertensionCmouseCmodelCre.ectingCphys-iologicalCaqueousCbiomarker.CInvestCOphthalmolCVisCSciC65:32,C202413)UchidaCT,CShimizuCS,CYamagishiCRCetal:MechanicalstretchCinducesCCa(2+)in.uxCandCextracellularCreleaseCofPGE(2)throughCPiezo1CactivationCinCtrabecularCmesh-workCcells.CSciRepC11:4044,C202114)UchidaCT,CShimizuCS,CYamagishiCRCetal:TRPV4CisCacti-vatedCbyCmechanicalCstimulationCtoCinduceCprostaglandinsCreleaseCinCtrabecularCmeshwork,CloweringCintraocularCpres-sure.CPLoSOneC16:e0258911,C2021

視覚再生をめざしたオプトジェネティクス治療の現状と展望

2025年7月31日 木曜日

視覚再生をめざしたオプトジェネティクス治療の現状と展望OptogeneticTherapiesforVisionRestoration:CurrentStatusandFutureDirections堅田侑作*はじめに網膜の変性疾患,とりわけ網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)は進行性に視細胞および網膜色素上皮(retinalpigmentCepithelium:RPE)細胞が障害され失明に至る主要な原因であり,その発症頻度は世界でおよそC5,000人にC1人と報告されている1).国内では中途失明原因の第二位を占める.加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)やCRPなどの網膜変性疾患では,光受容細胞である杆体細胞や錐体細胞が不可逆的に機能を喪失し,その結果として重篤な視力障害をきたす.しかし興味深いことに,網膜の内層に位置する双極細胞や網膜神経節細胞(retinalCganglioncell:RGC)などは末期まで生存するケースが多いことが知られている2).これらの残存する内層神経細胞を活用できれば,失われた視覚機能の一部を取り戻すことができる可能性がある.近年,このコンセプトにもとづき,オプトジェネティクス(光遺伝学,用語解説参照)を視覚再生に応用する研究が精力的に行われている.オプトジェネティクスによる治療は,遺伝子導入により残存する網膜神経細胞に光感受性蛋白質を発現させ,本来は光に反応しない細胞に人工的に光受容能を付与するというアプローチである2).このアプローチは原因遺伝子によらない(mutation-agnosticな)遺伝子治療であり,網膜外層の細胞(視細胞やCRPE細胞)の生存を必要としない点で革新的な特徴を有する2).本稿では,オプトジェネティクスを用いた視覚再生の原理と開発動向について概説し,各アプローチの特徴や治験状況(表1)をまとめる.図1にオプトジェネティクスによる視覚再生の概念図を示す.外因性の光受容体遺伝子を導入された内層網膜細胞が,環境光やデバイスから照射された光刺激を電気信号に変換し,網膜神経回路を介して脳に伝達される様子を模式的に描いている.光受容細胞を失った網膜においても,このようにして残存細胞から視覚情報を脳に送る経路を再構築することが本手法の狙いである.CIオプトジェネティクスによる視覚再生の戦略1.光感受性蛋白質の種類と特性オプトジェネティクスでは,光感受性蛋白質(オプシン)を網膜に導入することで,視覚を再建する.使われるオプシンにはおもに三つのタイプがある(表2)2).Ca.微生物型オプシンチャネルロドプシン-2(Channelrhodopsin-2:ChR2)(用語解説参照)は青色光で陽イオンチャネルを開き,細胞を脱分極させる.反応が速く(ミリ秒単位),即時的な興奮を起こせるが,細胞内に信号を増幅する仕組みをもたないため,強い光が必要になる.暗い場所や自然光レベルでは反応が不十分なことがあり,特殊なゴーグルなどの使用が検討されることもある.赤色光で作動するCChrimsonRやCReaChR,高感度型のCChronos,CaC2+透過性を高めたCCatChなど,多くの改良型も開発されている3~6).*YusakuKatada:慶應義塾大学医学部眼科学教室,(株)レストアビジョン〔別刷請求先〕堅田侑作:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室(1)(57)C8410910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1オプトジェネティクスによる視覚再生のおもな開発シーズと特徴微生物型動物型キメラ型開発主体CRetroSense(Allerganが買収)CGensightBiologicsCBionicSightCNanoscopeTheraputicsCVedereBio(Novartisが買収)CRestoreVision開発コードCRST-001CGS030CBS01CMCO-010CRV-001オプシンCChannelrhodopsin2CChrimsonRCChronosFPCMulti-CharacteristicOpsin(MCO)錐体オプシンCGHCR感受波長青色青.赤色青.赤色青.赤色青.赤色青.赤色標的細胞CRGCCRGCCRGCON型双極細胞ON型双極細胞ON型双極細胞特徴感度が低い専用ゴーグルを用いて光増幅専用ゴーグルを用いて光増幅比較的高感度内在性のCG蛋白質シグナル増幅により高感度だが,CRPE障害が重篤な場合に懸念内在性のCG蛋白質シグナルにより高感度.進行抑制効果も技術元ウェイン州立大学発ソルボンヌ大学発ワイル・コーネル医科大学発カリフォルニア大学バークレー校発慶應義塾大学・名古屋工業大学発開発の進捗状況第C1/2相試験完了(安全性確認)CNatMed2021.第C1/2相試験中(一部有効性報告)第C1/2相試験中(一部有効性報告)インド第C1/2相試験米第C2/3相試験完了(有効性報告)非臨床開発中第C1/2相試験中治験番号CNCT02556736CNCT03326336CNCT04278131CNCT04945772CJRCT2033240611各国の大学発スタートアップが中心となって開発が進められている.(視細胞が変性消失)図1オプトジェネティクスによる視覚再生の概念図光感受性蛋白質の遺伝子を導入し,RP患者でも残存するCRGCや双極細胞を光受容体のように変えることで視覚再生を期待する技術である.表2光感受性蛋白質(オプシン)の種類と特性オプシン感度自立性備考微生物型低C○感度の低さを克服するため,ゴーグルデバイスとの組み合わせ,変異体の作製などの試みがなされる.異種蛋白質発現による免疫原性の懸念もある.動物型高C×11-cisレチナールの供給があること,つまりCRPEの残存が前提であり,現状では治験に入ったものではない.キメラ型高C○ハイブリッド化することにより,微生物型と保留類型の特徴を両立する.微生物型に比べて特異性が高いため,標的細胞へのデリバリーが課題となる.おもに上記のC3タイプがあり,さまざまなオプシンの研究開発が進められている.初期の例として,2006年にCBiらがCChR2をCRGCに発現させた盲目マウスで,ERGや視覚誘発電位の回復を報告した3).日本では,東北大学の富田らがC2007年に,RCSラットの網膜にCAAVでCChR2を導入し,高齢でも光応答が得られることを示した12).さらにC2008年,LagaliらはCChR2をCON型双極細胞に導入し,より生理的な視覚回路の活性化に成功している4).そののち,感度や応答特性の向上を目的にさまざまな改良が進められた.Flanneryらはマウス,ラット,犬などのモデルでCAAV-ChR2を用い,行動試験での視覚改善を報告した5).ただし,ChR2は高照度の光を必要とするため,自然光環境での有用性には限界があるとされた.この課題に対し,Roskaらは高感度型のCOpto-mGluR6を開発し,2015年に変性マウス網膜での有効性を示した8).暗所の水迷路試験でも視覚行動の改善がみられ,G蛋白質による信号増幅によって少ない光でも反応が得られることが確認された.さらに筆者らはC2023年,GHCRを網膜変性マウスに導入し,微弱な光での網膜・視床の電気応答,行動改善を示した.加えて,GHCR導入群では網膜変性の進行が抑えられており,視覚刺激による神経保護作用の可能性も示唆された8).このように,国内外でさまざまな改良型オプシンと標的細胞を用いた検証が進められ,オプトジェネティクス療法は実用化に向けて着実に前進している.CIII臨床試験の現状と開発シーズの動向オプトジェネティクスによる視覚再生は,2010年代後半から世界各地で臨床試験が開始されはじめた.表1に主要な開発シーズ(アプローチ)の特徴と進捗状況をまとめる.以下,代表的なプロジェクトについて解説する.C1.臨床応用に向けたおもなプロジェクトa.ChR2を用いた網膜神経節細胞標的療法世界初の臨床試験として報告されたのは,上記非臨床での最初の概念実証を報告したCWayneStateUniversi-tyからライセンスを受けた米国のスタートアップCRet-roSense社(後にCAllergan社が買収)によるCRST-001である.RST-001はCAAV2ベクターでCChR2をCRGCに発現させる治療法で,2016年にCRP患者を対象とした第C1/2相臨床試験が開始された.この試験はおもに安全性評価を目的としており,重篤な有害事象なく経過したと報告されている(第C1/2相試験の結果は正式な学術論文としては未公表だが,プレスリリースなどで安全性と一部の患者での光知覚向上が言及された).しかし,ChR2の感度の問題から,高強度の光刺激装置なしで有意な視力改善を得ることは困難であったと推測される.RST-001の後続開発について公表情報は少ないが,この試験は初のオプトジェネティクスの臨床応用として歴史的意義がある.Cb.ChrimsonRを用いた網膜神経節細胞療法+ゴーグルフランスのパリ視覚研究所(InstitutdelaVision)やソルボンヌ大学の研究成果をもとに設立されたスタートアップのCGenSight社は,ChR2より長波長で作動する赤色光感受チャネルロドプシンCChrimsonRを用いた治療法であるCGS030を開発し,RP患者を対象に臨床試験を行っている.GS030ではCAAV2ベクターでCChrim-sonRをCRGCに発現させ,さらに患者が着用するゴーグル型装置によって周囲の映像を取得・増幅し,可視光レーザーで網膜に投影するというシステムを組み合わせている.2021年には,この試験に参加したフランスの患者において部分的視機能の回復が達成されたとの報告がなされた6).NatureMedicine誌に報告されたこのケースでは,重度の視力障害だった患者が遺伝子治療後にゴーグルを装用し訓練を行った結果,大型の物体を認識・把持できるようになり,視野計測でも光刺激に対する応答が確認されたとしている.これはオプトジェネティクス療法によるヒトでの初めての有効性実証であり,大きな注目を集めた.現在,GenSight社の臨床試験(PIO-NEER試験)は用量漸増や効果検証が進められている.ChrimsonRは波長C590Cnm付近の橙色光で活性化するため,青色光のCChR2に比べて網膜への光透過や安全性で有利と考えられる.ただし,ゴーグル装置による映像強調が不可欠であり,治療の複雑さや装置依存性が課題として残る.844あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(60)c.マルチキャラクタリスティック・オプシンによる双極細胞療法米国CNanoscopeCTherapeutics社は,独自に開発したマルチキャラクタリスティック・オプシン(multi-char-acteristicopsin:MCO)という人工オプシンを用いてON型双極細胞に光感受性を付与するアプローチを推進している.MCOは複数の光特性を併せもつ設計がなされており,広い波長帯の環境光でも活性化可能であることが特徴とされる(具体的な分子実態は公表されていないが,複数の変異を組み込んだCChR2ベースのチャネルと考えられる).AAV2ベクターを硝子体内投与し,網膜の双極細胞にCMCOを発現させる治療法CMCO-010は,米国食品医薬品局(FoodCandCDrugAdministration:FDA)からCRPおよびCStargardt病に対してファストトラック指定およびオーファン(希少疾病用医薬品)指定を受けている.注目すべきは,近年報告された臨床試験結果である.Nanoscope社は重度のCRP患者を対象に第2/3相試験(RESTORE試験)を実施し,主要評価項目であるベースラインからC52週後の最良矯正視力(bestCcorrectedCvisualacuity:BCVA)の有意な改善を達成したと発表した14).具体的には,ベースラインで指数弁以下(20/3,200相当)であった視力が,高用量群ではC1年後にC20/1,500,1年半後にC20/900程度まで改善したとされる.低用量群でもC20/1,300前後への改善がみられ,視力スコアでC3行以上の改善(logMARでC0.3以上の改善)を示した患者は半数以上に上ったという.さらに深刻な有害事象は報告されておらず,安全性も良好であった.学会報告レベルではあるが,この結果は,オプトジェネティクス療法が「視力(文字判読能力)」の向上につながった初めての例といえる.MCO-010は外部デバイスを必要とせず,日常光で機能しうる点も患者の負担を軽減する.Nanoscope社は今後CFDAとの協議のうえで生物製剤承認申請(biologicsClicenseCapplica-tion:BLA)をめざすとしており,数年以内に実用化の可能性がある.Cd.日本における開発日本でもオプトジェネティクス療法の臨床応用に向けた動きが加速している.富田らは黎明期よりオプトジェネティクス視覚再生研究を牽引し,長波長感受性オプシンCmVChR114)がアステラス製薬にライセンス供与され,2016年より開発が進められたが,2021年に中止となった.第一三共はC2020年より神取・角田氏の高感度チャネルロドプシン(GtCCR4)を用いた遺伝子治療開発に参画した.名古屋工業大学・三菱CUFJキャピタルとの共同研究(OiDE)でCGtCCR4の最適化と有効性評価に成功し15),その成果を受けて,開発を進めていた提携ベンチャーを買収し,自社開発へ移行.現在,治験開始に向けた準備を進めている.筆者が代表を務める慶應義塾大学・名古屋工業大学発ベンチャーのCRestoreVision社は,先述のCGHCRを用いた遺伝子治療薬CRV-001の開発を進めている.RV-001はCAAVベクターにCGHCR遺伝子を搭載したもので,網膜色素変性症を対象とした第C1/2相試験を2025年より開始した.日本では始めてのオプトジェネティクス療法の治験であり,キメラ型オプシンを使ったものとしては世界初の臨床試験である.GHCRはより高感度で生理的なシグナルを再現できることから,より自然で実用的な視覚再生効果が期待される.安全性と探索的に有効性を確認するための治験であり,現在CRPにより光覚を失った眼をもつ患者を対象に被験者の募集を行っている(図2).Ce.その他の動向上記以外にも,情報が限られるが,米国ワイル・コーネル医科大学発のスタートアップであるCBionicSight社はCRGCにチャネルロドプシンを発現させ,独自のビジュアルプロセッサで符号化したパターン刺激を投与するアプローチで治験開始されている.また,中国でもZM-02(JungMo社)やCUGX-201(UnicornGene社)など,オプトジェネティクス製剤の臨床試験が開始されている.また,眼科領域外ではあるが,グルタミン酸受容体チャネルに光開閉性の化学修飾を付加した光スイッチ型薬剤(Photoswitch)を利用して網膜神経細胞を一時的に感光化する手法も研究されている16).これは遺伝子治療ではなく,光感受性化合物の反復投与により視機能を補助するアプローチで,米国で初期の臨床試験が行われた.もっとも,本稿の主眼である遺伝子治療型オプト(61)あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025C845図2被験者募集の告知現在,慶應義塾大学病院では被験者の募集を行っている.-