MIGSの適応と課題Which Minimally Invasive Glaucoma Surgery(MIGS)Approach for Which Patients?奥住奈南美* 盛 崇太朗*
はじめに
近年,さまざまなデバイスや術式の登場により,緑内障手術は多様化が進んでいる.選択肢が増えたこと自体は,患者一人ひとりに対してより適切な治療を提供できるという点で歓迎すべきことである.一方で,かつてのように緑内障手術が線維柱帯切除術(トラベクレクトミー)一択であった時代と比べると,術者は多様な選択肢のなかから患者ごとに最適な術式を選ばなければならず,その分判断の負担も増しているのが現状である.本稿では,広義の低侵襲緑内障手術〔minimally inva-sive(または micro-invasive)glaucomasurgery:MIGS〕としてわが国で行われている各術式の特徴をとりあげ,それぞれの長所・短所を解説する.さらに,従来のトラベクレクトミーと比較しながら,読者が患者に応じた最適な術式を選択できるよう手助けすることを目的とする. 
I 緑内障手術の分類
MIGSという用語は,IkeAhmed教授らのグループによって初めて提唱された1).その定義は以下の 5項目をすべて満たす術式とされている.①トラベクレクトミーに伴う低眼圧や脈絡膜出血といった重篤な合併症が少なく,高い安全性を有すること②生理的な房水流出経路を大きく損なうことなく,眼組織への侵襲が最小限であること③角膜切開を通じた眼内アプローチであること④ 20%以上の眼圧下降,あるいは少なくとも点眼薬を 1剤以上減らす眼圧下降効果があること
⑤術後,患者が速やかに日常生活に復帰できる(ダウ
ンタイムが短い)こと,また白内障手術との併用に適していること本稿では,図 1に示すように緑内障手術を大きく二つ
に分類する.すなわち,隅角手術と濾過手術である.前者は,Schlemm管や線維柱帯に対して外科的アプローチを行い,ステントを挿入するあるいは切開することで房水流出を改善する術式のことをさし,多くの MIGSデバイスがこのカテゴリーに属する.このうちステントを挿入するものを眼内ドレーン挿入術,ステントを挿入せずに外科的に切開するものを流出路再建術に細分類する.一方で,房水を生理的経路以外に誘導する術式を濾過
手術と称し,トラベクレクトミーやロングチューブシャント手術に加えて,低侵襲濾過手術としての位置づけをもつプリザーフロマイクロシャント(以下,プリザーフロと表記)やエクスプレスなどがこれに該当する.なお,プリザーフロは MIGSという用語が一般化した後に登場したデバイスであり,MIGSに分類されることもある2,3).しかし,上記の定義②および③を厳密には満たさないことから,minimally invasive bleb sur-gery(MIBS)4)や less invasive glaucoma surgery(LIGS)5)といった呼称が用いられることもある.本稿では,プリザーフロを含めた広義の低侵襲緑内障手術をMIGSと定義し,議論を進める.*Nanami Okuzumi & Sotaro Mori:神戸大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕 奥住奈南美:〒650-0017 兵庫県神戸市中央区楠町 7-5-2 神戸大学医学部眼科学教室(1)(55) 12730910-1810/25/\100/頁/JCOPY 
赤字:狭義の MIGS(Ahmedの 5要件を満たすもの),緑字:広義の MIGS.図 1 わが国における緑内障手術分類設定できるという利点がある.当初,谷戸はマイクロフックを用いた術式として,2カ所の角膜サイドポートから 2象限(180.240°)の切開を標準としていた17).しかしその後,1象限切開と 2象限切開との間で術後成績に有意差がないことが報告され18),スーチャートラベクロトミーにおいても 180°と 360°切開の前向きランダム化比較試験で眼圧下降率に差がなかったこと19),さらには 2023年の国際多施設共同研究において,120°・240°・360°の切開を比較しても眼圧下降や点眼薬数の減少に差がなかったこと20)が報告され,切開範囲を拡大しても眼圧下降効果に影響しないという結論に至っている.谷戸自身も現在は 1象限切開を標準としているようである21).特筆すべきは,術後早期合併症に関しては切開範囲が小さいほうが少ないという点である.切開範囲が狭いほど前房出血の頻度が低く19.21),一過性高眼圧の発生率が有意に低下することが示されている19). 
IV 流出路再建術の適応基準
流出路再建術の適応基準については,「緑内障診療ガイドライン第 5版」においても明確な記載はなく,現時点ではエビデンスに基づいた標準化がなされていないのが現状である.したがって,以下に述べる内容は筆者らの臨床経験に基づく一つの見解に過ぎないが,筆者らは以下の 2点を濾過手術ではなく流出路再建術を考慮すべき手術適応の目安としている.① Humphrey視野検査における平均偏差(MD)値が .12 dB以下の中等度緑内障であること②固視点近傍の中心 4点において,いずれも閾値が0 dB以下の絶対暗点を認めないこと①の基準設定においては,緑内障患者における主経路における生理的な房水流出能の低下が視野障害の重症度とある程度相関すると仮定しているためである.すなわち,進行期の緑内障では線維柱帯や Schlemm管に対する術式を施しても,集合管より末梢の排出経路まで房水排出の機能低下が及んでいる可能性が高く,流出路再建術の効果は限定的であると考えている.また,②の基準に関しては,流出路再建術が濾過手術と異なり術後に一時的な眼圧上昇をきたしやすいという特性を考慮している.濾過手術と違い,とくに眼内アプローチの流出路再建術の場合,術中や術後の逆流性出血の排出先がない.そのため濾過手術よりも出血を原因とする創部閉塞による一過性高眼圧をきたしやすい.中心視野にすでに障害を認める患者では,この一過性高眼圧によって急激な視力低下をきたすリスクがある(図 2).したがって,中心視野に絶対暗点を有する患者では,流出路再建術の適応に慎重であるべきと考えている.さらに,対側眼に視機能を有しない唯一眼の患者についても,低侵襲緑内障手術のほうが一見適しているように思われる一方で,術後出血によって急激に視機能を失う可能性を無視できない.とくに落屑緑内障では,Zinn小帯の脆弱性から前房出血が硝子体出血へ波及しやすく,視機能に深刻な影響を及ぼすことがある.高齢者では,このような視力障害に起因する生活の質(quality oflife:QOL)の低下が,認知症の進行リスクを高める可能性も指摘されている.出血量そのものは術者が完全に制御できるものではないため,こうしたリスクを十分に評価し,術式の選択には細心の注意をはらう必要がある.とくに,高リスク患者においてやむを得ず流出路再建術を選択する場合は,術後早期に前房穿刺を積極的に行い,出血の排出を促すことで視機能の早期改善と, ghost cell glaucomaの病態発症を防ぐことでの眼圧の正常化に努めるべきである. 
V 流出路再建術における白内障同時手術のメリット
従来の眼外法線維柱帯切開術から,眼内ドレーン挿入術,さらにトラベクトームやマイクロフックを用いた低侵襲の流出路再建術に至るまで,一貫して白内障との同時手術が眼圧下降効果を増強することが報告されている22.24).この効果の要因として,筆者らは隅角の開大が関与していると考えている.2015年に報告されたシステマティックレビューでは,白内障手術,とくに超音波乳化吸引術が隅角を広げるとともに,毛様体を後方に移動させることで眼圧を低下させるとされている25).さらに,開放隅角緑内障においても白内障手術により隅角がさらに拡大することが確認されており26),この機序は白内障手術単独による眼圧下降(57)あたらしい眼科 Vol. 42,No. 10,2025   1275 
a 
b 
図 2 マイクロフック施行後に視機能が低下した POAGの症例( 74歳,男性)比較的進行した核白内障を認め,マイクロフックを併用した白内障手術を施行した.術C1週間後にC40CmmHgと一過性高眼圧を認め,その後すぐに眼圧は正常値に下降したが,不可逆的な中心視野障害による低視力に至った.Ca:術前.視力(0.8),眼圧C19CmmHg,点眼本数C4成分.Cb:術C1年後.視力(0.8),眼圧C14mmHg,点眼本数C3成分.a 
b 
図 3 両眼高眼圧で喘息・統合失調症があり点眼が困難な症例( 71歳,男性)プリザーフロ術後早期から視力が温存され,眼圧下降が得られた.a:術前.右眼視力C0.3(1.2),左眼視力C0.2(0.6).右眼眼圧C21 mmHg,左眼眼圧C30CmmHg.術前点眼C3剤+炭酸脱水酵素阻害薬服用.Cb:術後初回診察(術C2週後).右眼視力C0.4(1.0),左眼視力C0.1(0.6).右眼眼圧C6mmHg,左眼眼圧C6mmHg.点眼C0成分.-
図 4 トラベクレクトミー施行後に脈絡膜.離が持続した落屑緑内障の症例( 87歳,女性)術C2週後より脈絡膜.離が出現し,追加縫合などの処置を経て術C5カ月後に脈絡膜.離は改善したが,術C8カ月後に網膜.離まで進展した.反対眼の高眼圧に対してはプリザーフロを選択,脈絡膜.離が出現したが,自然に改善した.術前:右眼視力(0.8),左眼視力(0.9).右眼眼圧C26CmmHg,左眼眼圧C17CmmHg.術前点眼C5成分.左眼術C5カ月後:右眼視力(0.03),左眼視力(0.7).右眼眼圧17mmHg,左眼眼圧C6mmHg.術後点眼C0成分.
a
プリザーフロ 7カ月後 b 
図 5 右眼 POAGの症例( 70歳,男性)右眼プリザーフロ挿入後に角膜内皮減少の進行が止まらず,プリザーフロ後術C8カ月でプリザーフロ抜去とトラベクレクトミーを施行した.Ca:右眼術前.視力(1.2),眼圧C45CmmHg,点眼成分C5成分.Cb:右眼プリザーフロC3カ月後.視力(1.2),眼圧10mmHg,点眼C0成分.Cc:右眼トラベクレクトミーC6カ月後.視力(1.2),術後眼圧C8mmHg,術後点眼C0成分.
おわりに
近年のCMIGSを中心とした低侵襲緑内障手術の進歩により,術者は多様な選択肢から患者の病態や生活背景に応じた最適な術式を選ぶことが求められている.術式ごとの眼圧下降効果や合併症リスク,術後管理の容易さなどを正しく理解し,個々の患者に即した判断を行うことが,治療成績の向上のみならず,患者のCQOL維持にも直結する.とくに,術後早期合併症や視機能への影響を最小限に抑えるには,術前の視野評価や対側眼の状態もふまえた適応判断が不可欠である.今後はエビデンスの集積と適応基準の標準化が期待されるが,それまでは各術式の特徴と限界を熟知したうえで,慎重かつ柔軟な術式選択が望まれる.文   献1)SahebCH,CAhmedI:Micro-invasiveCglaucomasurgery:CcurrentCperspectivesCandCfutureCdirections.CCurrentCOpi-nons OphthalmolC23:96-104,C2012
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