あたらしい眼科C42(7):849~858,2025c第35回日本緑内障学会須田記念講演生理活性脂質から眼圧の謎に迫る!ApproachingtheMysteryofIntraocularPressurefromBioactiveLipidMediators!相原一*はじめに緑内障は視神経と視野に特徴的変化を有し,通常は眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制しうる機能的構造的異常を特徴とする疾患である.原発閉塞隅角緑内障の発作時にはあまりの急性高眼圧のため,眼底血圧を超えた高眼圧が網膜と視神経乳頭の血流障害を引き起こすが,早期に血流が再開すれば視神経障害も改善しうる.隅角閉塞による高眼圧と二次的な視神経障害については,解剖学的機序による房水流出障害によるものなので本稿では触れない.緑内障のほとんどを占める開放隅角での視神経障害は,慢性進行性神経変性疾患で,乳頭陥凹拡大を伴い,局所的な網膜神経線維層欠損が徐々に拡大する.乳頭陥凹拡大には篩板の変形を伴う.眼圧が存在するかぎり常に陥凹を拡大する方向に圧ストレスがかかっていると考えられる.病的に眼圧よりも脳脊髄圧が高いならば,視神経乳頭後部まで存在するくも膜下腔の脳脊髄圧により視神経は絞扼されるため,乳頭浮腫を起こす.眼圧がC0に近い低眼圧でも病態的には同様で,乳頭浮腫を起こし,視力は低下する.つまり眼圧が低すぎると低眼圧網膜症乳頭浮腫を惹起するし,高すぎると緑内障性視神経症を,極端に高いと虚血も伴う.正常眼の健常眼圧も10~20CmmHg(平均C14ぐらい)で正規分布しているということは,乳頭組織でバランスのよい眼圧には個体間で幅があることを示している.もっとも眼圧は日中のある時間に測定しているだけなので,実際の眼圧変動は未知である.乳頭陥凹には大きさ,深さ,形状に個体差があり,先天的な小乳頭から巨大乳頭,さらに時間経過は証明できないが,徐々に乳頭陥凹が拡大,変形することもある.篩板が変形し軸索障害を起こすような乳頭陥凹拡大の原因は,単に乳頭での圧バランスの問題なのか,近視のように眼軸長伸展に伴うものなのか,あるいは篩板を構成している細胞や血管,血流の異常なのか,はたまた網膜神経節細胞軸索自身の異常なのか,またこの多因子がどのように関与しているのか証明は困難である.ただし,唯一確かなのは,常に存在する眼圧は,それがどんな値でも視神経乳頭に対して外向きの陽圧であれば,物理的に陥凹は拡大するということである.生涯で眼圧は基本的にあまり変わらないことが疫学調査などで明らかになっているが,一つの眼で眼圧を経時的に生涯追った研究はない.眼圧が高くなるから陥凹拡大が進んで緑内障になるのか,眼圧に変化がなくても圧ストレスを受ける視神経乳頭が脆弱になるのか,あるいは両者なのか,難問である.そもそも眼圧とは何なのか.眼圧は眼球内での独立した水の生理的な循環で成り立つ特殊機能である.房水が毛様体で産生されて隅角から線維柱帯あるいは毛様体経由で眼外に流出する.房水流出路はきわめて複雑な組織で,残念なことに血液と異なり水の流れは生体内で可視化できない.眼圧と緑内障について色々考え出して早35年経つが,変わらない目標は眼圧についてもっと知りたいということである.眼圧さえ制御できれば視神経障害は防げるに違いない.表1に筆者の考える謎を列挙した.ぜひとも多くの研究者にこの謎を解いてほしい.きっと緑内障の治療に役に立つはずである.*MakotoAihara:東京大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕相原一:〒113-8655東京都文京区本郷C7-3-1東京大学医学部眼科学教室C0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(65)C849表1眼圧の謎生理的な眼圧の謎・なぜC10~21.mmHgであるのか,正常眼では血圧以上に個体差があるのはなぜか.・生涯一定の眼圧なのか.・個体の大きさも眼球の大きさも異なるのになぜ脊椎動物では同じ眼圧なのか.・日内,日々,季節変動があるのはなぜか.・眼内圧は本当はいくつなのか,終日測定する方法は.・下げる薬剤はあるのに上げる薬剤がないのはどうしてか.・血圧のように体内制御機構はないのか.・房水動態のCGoldman理論は正しいのか.・眼圧は眼内組織に均等に同じ圧がかかっているのか.・生活習慣や遺伝子,環境の影響はあるのか・体位変動はあるが,その眼圧変動は影響がないのか.仰臥位では高いが緑内障が進むわけでもない.緑内障の眼圧の謎・なぜ眼圧が高くなったのか.・緑内障眼では生涯かけて眼圧が経時的に上がってきているのか.・各種開放隅角緑内障病型での眼圧上昇の機序はなにか.・落屑緑内障の眼圧変動はなぜか.・なぜ開放隅角でも急に上昇するのか.本総説は,この眼圧の謎解きに生理活性脂質を鍵として挑戦した,筆者と多くの共同研究者たちの成果である.個人的な研究の変遷も含めた,科学的というよりやや散文的な記述が多いがご容赦いただきたい.CI生理活性脂質プロスタグランジンと筆者緑内障に興味をもったため,大学院では神経を研究したかったが,眼科内で基礎研究する環境はあまり整ってなかった.そこで縁あって基礎医学の生化学,のちの細胞情報学部門に入れていただいた.当時の教授,清水孝雄先生は脂質生化学の大家で,プロスタグランジン(prostaglandin:PG)などを産生するためのアラキドン酸カスケードの脂質合成経路の解明にすでに着手されていた.ちょうど神経可塑性の分子機構という研究プロジェクト予算を獲得されていたため,筆者は大脳海馬の錐体細胞とミクログリアが生理活性脂質の一つである血小板活性化因子を介した相互作用を呈していることを研究することになった.生理活性脂質とは,主として膜構成成分である脂質二重層から切り出された脂肪酸の代謝物から産生される生体機能をもつ物質の一群である.生体膜から産生されて代謝も早いため,細胞組織局所で働く性質をもつが,生体内各組織でさまざまな機能を有し,また脂質自体は摂取するものに大きく依存するので,われわれの生活習慣にも大きく関与している.脂質は取り込んで産生され分解されるものだが,それを司っている酵素群は遺伝的に制御されている.今でこそ脂質研究リピドミクスは,ジェネティクス,プロテオミクスに続いて盛んになってきた分野だが,当時は大学院の教室がその先端を担っていた.ちょうどその頃,緑内障分野では,PGの一つであるCPGF2Caが低用量で眼圧を下げ,しかも当時の第一選択薬である交感神経Cb受容体遮断薬よりも下げるという画期的な発見がなされた.学生のときにはCPGF2Caは生殖関係に重要であると習ったばかりであったが,局所作用を有する生理活性脂質らしく,異なる臓器ではまったく異なる重要な働きをすることを改めて認識した知見であった.眼球は閉鎖空間で脈絡膜以外は血管の透過性は低くバリア機能が強い組織であることから,房水は組織の維持に重要な役割を果たしている.つまり生理活性脂質は房水中のメディエーターとして眼球内でなにか重要な働きをなすだろうと予想した.CPGF2a誘導体のラタノプロストが発売され早C25年,単剤でC1日C1回の点眼で最大の眼圧下降効果が得られ,全身副作用がない点で,未だに第一選択薬の不動の地位を維持しているが,当時はきわめて画期的な薬剤であり,各社こぞって類似薬トラボプロスト,ビマトプロスト,タフルプロストを上市することとなった.ただし,図1にあるように,PGF2Caの代謝物に類似したウノプロストンは別として,いわゆるCPG関連薬の中ではビマトプロストがやや眼圧下降効果が強く,かつ化学構造式もプロスタマイド型とされ,他のC3剤と差別化されていプロスト系図1プロスタグランジン関連薬(FP受容体作動薬)の構造式FP受容体が眼圧下降に重要なのか,ビマトプロストは他C3剤と比較してプロドラッグとしては分解されにくく,FP受容体とは結合しない可能性が示唆され,論議をよんでいた.た.一方では眼内移行後は他のC3剤と同様なCPGF2Ca類似構造式になるため,他のC3剤と同様に振る舞うはずで同じではないかとの論争があった.これらC4剤のCPG関連薬の眼圧下降機序は,細胞外マトリックスの分解を伴うぶどう膜強膜路の流出抵抗の改善以外は不明で,点眼後すぐに下がる機序や眼圧下降の分子メカニズムについては未知であった.元はCPGF2Caから開発された薬剤であるから,眼圧下降の分子学的作用機序としてプロスタノイドCFP受容体の存在と活性化が必須と予想された.戦略的にはCFP受容体欠損マウスで確認する必要があったが,当時としてはマウスで眼圧を測定する方法がなかったため,解明に糸口がなかった.CII生理活性脂質リゾフォスファチジン酸と筆者2001年に,のちに緑内障眼圧下降薬として上市されるCROCK阻害薬の最初の前臨床報告がなされた.現在,同僚で東京大学眼科准教授の本庄恵先生と熊本大学名誉教授の谷原秀信先生の京都大学時代の画期的な研究である.ROCK阻害薬は細胞内のCRho-ROCKシグナル活性化による細胞骨格変化や細胞外マトリックスの産生経路を阻害する薬剤で,緑内障関連では主として線維柱帯からの房水流出組織に対して,明確な生化学的な作用機序を有する薬剤である.それまでの房水産生を抑制する薬剤やぶどう膜強膜路に効くとされるも作用機序が未だに明確ではないCFP受容体作動薬とは異なり,房水流出の主経路である線維柱帯路の組織変化また房水静脈圧の下降により流出抵抗を下げるという,本来の房水動態,しかも主経路の流出抵抗の軽減により眼圧下降を行う新規作用機序を有する点で画期的であった1).この細胞内シグナルカスケードの活性化は生理的には流出抵抗を維持,あるいは過剰であれば線維化瘢痕化を促進し,眼圧上昇に至る組織抵抗を惹起すると考えたが,活性化には房水中の因子が関与すると推測した.大学院時代の脂質関連の知識では細胞内CRho-ROCKシグナルの上流のCG蛋白共役型受容体活性化物質はいくつかあるが,とくに活性化が強い生理活性脂質として,リゾフォスファチジン酸(lysophosphatidicacid:LPA)やスフィンゴシンC1リン酸(sphingosineC1-phos-phate:S1P)があることに気がついた.LPAはその合成酵素オータキシン(autotaxin:ATX)により産生され,Rho-ROCKシグナルを介した線維化や炎症,浮腫などを惹起することが知られていた(図2).そこでLPAやCS1Pが房水中にある可能性をもとに当時の質量分析計で測定を試みたが,当時検出感度が低いことと房水量の少なさで検出はできず,頓挫することとなった.MigrationProliferationSurvival線維芽細胞誘導接着内皮透過性亢進上皮アポトーシスTGFb活性化,IL.8分泌図2Rho-ROCKシグナルと活性化因子の一つであるATX-LPA経路組織瘢痕化,炎症を惹起することが判明しており,房水中に存在し,房水流出抵抗を上昇させる.(AlbersCHHMGCetal:PNASC107:7257-7262,C2010)IIIマウスの眼圧測定開発と遺伝子改変マウスの応用前述のように,疾患モデル動物の開発は病態解明に重要である.とくに遺伝子改変動物として有用なマウスを緑内障分野で応用することは当然の流れだったが,最大の課題は眼圧測定ができないことであった.しかし,幸運にもC2000年に留学し,マウスの眼圧測定方法の開発に着手する時間ができた.そして,眼圧値はヒトと同じであること,日内変動は日内リズムに制御されていること,房水動態もヒトと同様に存在すること,体位によって変動すること,高眼圧モデルマウスの作製など2~6),マウス眼を緑内障研究に応用できるようになったのである.となれば大学院時代からの宿題の一つであるCFP受容体と眼圧下降の関係を解き明かすことができる.帰国後に着手した結果,予想通りCFP受容体欠損マウスではベースライン眼圧は変わらないものの,PG関連薬は一切眼圧が下がらなかった7).また,ビマトプロストはそれ自身がCFP受容体とそのスプライスバリアントの結合受容体に作用することも判明した8)(図3).いずれにしろCFP遺伝子が眼圧下降に必要であり,骨格がCPGF2Caと類似しているためにCPG関連薬とよばれていたラタノプロストを含めたC4薬剤は,FP受容体作動薬(FP作動薬)とよぶほうが正しいと考える.現在,PG骨格は有しないがプロスタノイドCEP2受容体結合力の高いオミデネパグイソプロピルもあるが,こちらはCPG関連薬とはいえず,FP作動薬と区別するためにCEP2受容体作動薬とするのが適切で,ほかの交感神経系眼圧下降薬と同様,作用機序が明確な名称を与えるほうが望ましいと考える.プロスタノイド受容体のいくつかは眼圧に関与する可能性が高く,実際CFPとCEP3受容体の両方に作用する薬剤もC2025年秋に承認見込みであるし,DP受容体の眼圧下降作用も報告されている(図4).予想通り生理活性脂質は眼内で全身と異なる特異的な作用を有することが判明した.今後は眼内での生理活性脂質とさまざまな眼疾患病態や眼圧との関係が解明されることを願っている.CIV生理活性脂質リゾフォスファチジン酸と合成酵素のオートタキシンによる新展開繰り返しになるが,開放隅角での眼圧上昇の原因は細胞外マトリックスの増加による組織瘢痕化であるが,そHOHHOHHOHOHOプロスタグランジンF2aプロスタマイドF2aHOHOHCH3CH3HHOHHHOHプロスタグランジンF2a誘導体プロスタノイドFPFPプロスタマイドFP受容体spliceFP受容体variant図3FP作動薬とFPおよびプロスタマイドFP受容体の関係PG関連薬は基本的にプロドラッグで点眼され,角膜で分解され酸型になってCFP受容体に結合する.ビマトプロストも一部は酸型に分解されるが,それ自身もCFPとCFPのスプライスバリアントの複合受容体に結合することが判明した.したがって,いずれにしろ作用点はCFP遺伝子による転写産物であることから,眼圧下降にはCFP受容体が必須である.(OtaCT,CAiharaM:IOVS,C2005,OtaCT,CAiharaM:BrJOphthalmolC2007)図4プロスタノイド受容体一覧と眼圧下降への関与生体内機能は組織により異なることが生理活性脂質の特徴である.FP,EP2受容体作動薬そして,FPとCEP3のデュアル作動薬が開発された.の原因は明確ではなかった.過去には原発開放隅緑内障ROCK阻害薬は眼圧上昇の原因の一つである流出路(primaryCopenangleCglaucoma:POAG)では房水中の瘢痕化を抑制する点で明確である.そこで問題は組織瘢CTGFb2の濃度が高いことが報告されていたが9),開放痕化による抵抗上昇の原因究明であるが,筆者らは隅角のほかの病型では高くないことから,高眼圧の原因2015年から本庄恵先生の参画でいよいよCRho-ROCKにはCTGFb2やステロイド以外の房水因子が関与するこシグナルと眼圧の関係を解き明かす機会を得て,高性能とが予想される.の質量分析計によるCATX測定とCLPA合成酵素のCATXLPA産生酵素:Autotaxin総LPA********************2.52.0200Sensitivity0.00.20.40.60.81.0Autotaxin(mg/l)1501.51001.0***p<0.001500.5**p<0.01*p<0.0500図5緑内障各病型の前房水中ATXおよび総LPAの定量controlNTGPOAGSOAGXFGcontrolNTGPOAGSOAGXFG房水中CATX,CLPAは眼圧が高い病型ほど高いことから,BABが破綻した状態ではCLPAにより流出路抵抗が上がる可能性がある.またCATX-LPA活性化により流出路瘢痕化促進し眼圧が上昇した.(HonjoCM,CIgarashiCN,CAiharaCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2018)CATX,TGF.b1.3濃度による緑内障病型診断ROC曲線→LASSO法による4因子を用いると各単因子と比較してもっともよい感度で緑内障病型(NTG,POAG,XFG,SG)を診断(p<0.05).ROC:receiveroperatingcharacteristicLASSO(AROC=0.764.p=0.0155)LASSO:leastabsoluteshrinkageandselectionoperator;ATX(0.700.p<0.001)AUC:areaunderthereceiveroperatingcharacteristicTGFB1(0.657.p<0.001)TGFB2(0.548.p<0.001)curve.TGFB3(0.628.p<0.001)Speci.city図6房水因子による緑内障病型診断(IgarashiCN,CHonjoCM,CAsaokaR:SciRepC2021,CIgarashiCN,CHonjoCM,CYamagishi-KimuraCRCetal:SciRepC2021)を高感度測定系により,房水中のCATX-LPA経路の定病型ほど房水中の因子が高いことが判明した10).1.00.80.60.40.20.0量化に成功した.ATX-LPA経路の活性化は短期的には細胞骨格の変化,長期的には細胞外マトリックスの増加をきたすことで組織瘢痕化へと向かう.つまり房水中の活性が高ければ,房水流出路の瘢痕化が促進され,流出抵抗が増加し結果として眼圧が上がることになる.結果として,予想通り図5のように緑内障病型により,ATX-LPA経路の活性化が異なるものの,眼圧が高いさらに同じく瘢痕化を促進する機序を有するCTGFCb1,2,3も病型により異なっており,組み合わせることで落屑緑内障(exfoliativeglaucoma:XFG)も判別できることがわかった11)(図6).今まで筆者らの開放隅角緑内障(openangleCglaucoma:OAG)病型分類は隅角が開放で,落屑や色素,炎症や内眼手術,外傷の有無での定性的な見た目の分類でしかなく,病態には基づいていな正常な状態瘢痕化房水流出路図7房水脂質メディエーターによる病型診断,予後予測と治療ATXが活性化していればCLPAも増加し,流出路瘢痕化を惹起し,眼圧が上昇する可能性がある.今回CATX阻害薬が販売されていたが,コンセプトとしては眼圧を下げるより,上がらないようにする薬剤をめざす.(HonjoCM,CAiharaCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2018,CHonjoCM,CAiharaCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2018,CIgarashiCN,CAiharaCMCetal:SciCRepC2018,CIgarashiCN,CAiharaCMCetal:SciCRepC2020,CNaganoCN,CAiharaCMCetal:Biol.CPharm.CBull.C2019,NakamuraCN,CAiharaM:MolVisC2021,HonjoCM,CAiharaM:SciRepC2021,CLiuCM,CAiharaCMCetal:BiomoleculesC2022)い.実際,正常眼圧緑内障(normalCtensionCglaucoma:NTG)との診断の房水中でも異常に高いCATX活性を有する検体が混じっており,もしかすると外来での眼圧測定が低いだけでCPOAGやCXFGである可能性も示唆される.とくにCXFGは診断がむずかしく,落屑物質が一部に出ていたり,散瞳しないとみつからない患者では自分を含め見逃す可能性が高い.したがって,房水因子の測定に基づく診断ができればより病型に沿った治療法が確立するに違いない.さらに今後は眼圧上昇因子を抑制するためにCXFG特異的な治療法が開発できるはずであり,既存の眼圧下降薬のように眼圧上昇の病態が異なるさまざまな病型のCOAGに対して,取りあえず平均的には有効である薬剤とは一線を画すことになるであろう.現在,ATX阻害薬の開発をめざしており,将来が楽しみである.一時的にはCRho-ROCKシグナル抑制を介した眼圧下降,長期的には瘢痕抑制による眼圧上昇抑制という機序を有することになる(図7).CVATX-LPA経路活性化による開放隅角高眼圧モデル動物の開発緑内障動物モデルというと,当然高眼圧で乳頭陥凹が生じるモデルが理想である.乳頭構造がヒトにもっとも類似しているのはサルであり,レーザーを線維柱帯に照射し物理的に流出障害を起こして高眼圧にすることができる.ただし,残念ながら高額で研究応用にはきわめてハードルが高い.一方,動物モデルとしては,遺伝子操作が容易で安価で分子生物学的ツールが揃っている点でマウスの有用性が高いことはいうまでもない.2000年頃から眼圧が測定できるようになったため,ようやく高眼圧モデルは種々開発された.しかし,高眼圧となる原因が明確でないため,これまでのマウスモデルは流出路組織を外科的に閉塞する手法が採られていた.これらの方法では,たとえ乳頭や網膜神経節細胞(retinalCgan-glioncell:RGC)の組織学的変化がみられても,不安定な眼圧,短い持続性,炎症惹起などヒトの緑内障性視神経症とは異なる状況を呈していた.前項のように筆者らはCOAGの眼圧上昇の原因の一つとして,組織変化による流出抵抗上昇を惹起する房水因子であるCLPAを見いだした.したがって,房水中のATX-LPA経路が活性化すれば高眼圧になる可能性が高いため,CreLoxPシステムを用いて脂質であるCLPAの合成酵素であるCATXをマウス眼の局所に高発現させることを試みた.結果として,現在作製した第一系統のマウスは眼内CATXの発現とともに徐々に高眼圧となLysoPLD(ATX活性)601~2週間をピークに3M持続するATX活性増強40LysoPLDactivity(nmol/mL/4h)20少なくとも2Mはコントロールと比べ慢性的に4mmHg高眼圧を呈する0**組織傷害,炎症もなく,開放隅角の高眼圧マウスを作るのが夢だった!IOP(mmHg)2116116**0714212835424956637077849198Daysafterlastdosestudent’st.test,vscontrol*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001図8ATX発現誘導によるOAGマウスモデルの前房水ATX活性と眼圧変化(ShimizuCS,CHonjoCM,CLiuCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2024)Out.owfacilityの低下centralperipheralControlATXTgControlATXTgOut.owfacility(μL/min/mmHg)0.0250.020.0150.0051,00000controlATX網膜周辺部のRGC密度低下隅角瘢痕化の増加(3M)3,000*ATXTg2,000controlControlATXTg0.01CollagenIaSMADAPIControlATXTgcentralperiTg(n=16-20)*One-tailedstudent’st-test,p<0.05**p<0.01studentt-testF.actinDAPI図9ATX発現誘導によるOAGマウスモデルの房水流出抵抗増加と線維柱帯細胞の混雑ATX高発現マウス眼では隅角の線維化により房水流出が抑制され高眼圧,ひいては網膜CRGCの周辺からの低下を惹起した.(ShimizuCS,CHonjoCM,CLiuCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2024)り,少なくともC2カ月間は開放隅角のまま炎症もなく慢組織変化を伴わない,緑内障患者の高眼圧病態に基づい性的に正常眼と比較して約C30%程度の眼圧上昇を示した慢性高眼圧マウスモデルを作製できた.た12)(図8).房水動態ではCout.owfacilityの有意な低下,組織学的には線維柱帯へのCcollagenCIやCaSMAのCVI眼圧センサー機械受容体活性化と増加が起きており,ATXが隅角の線維化を促進し抵抗生理活性脂質が上昇したと考えられる.また,網膜周辺部のCRGCの低眼圧であれば低眼圧黄斑症や脈絡膜.離が生じる減少がみられた(図9).念願かなってようやく外科的なし,高眼圧であれば緑内障性視神経症が生じ,いずれにTM細胞線維化収縮?TM細胞線維化収縮?図10線維柱帯のPiezo1,TRPV4機械受容体による眼圧制御とPGE2(UchidaT:PLoSOne,2021)しろ視機能は障害されることになる.さらに脊椎動物の眼圧は魚類から皆C10~20.mmHg前後で保存されているのである.となれば眼圧は,脊椎動物が生きていくために必須であることは相違なく,自己制御機構が存在すると考えた.そこで筆者らは機械受容体に着目した.機械受容体は感覚受容体群であり,眼の表面でも痛覚などに関与しているが,眼内でも眼圧変動で組織が伸展するため,作動する可能性がある.まず,ヒト線維柱帯細胞に高発現している機械受容体のCPiezo1とCTRPV4に着目した.線維柱帯細胞のシート培養に眼圧上昇により惹起されると考えられる伸展刺激や受容体作動薬を加えると,まず既報通り細胞内カルシウム濃度が上昇し,興味深いことに生理活性脂質のCPGEC2が放出された13,14).受容体を刺激すると線維柱帯細胞の形態が変化しゲルが収縮するが,PGEC2はその収縮を濃度依存性に有意に抑制した.これは圧変化に対する自己調節能の一つではないかと考える.つまり眼圧上昇により線維柱帯が物理的に伸展するとそれを抑制するために局所的にCPGEC2が産生され伸展を抑制して線維柱帯路の房水流出を維持する可能性が示唆された.臨床病理学的に緑内障眼では線維柱帯細胞が減少することが示されているが,圧変化に反応する線維柱帯細胞が反応しなければ眼圧が制御できなくなることが想像できる(図10).PGEC2以降の細胞内シグナルは未解明であるが,偶然にも現在緑内障眼圧下降薬として認可されているCPGEC2受容体の一つであるCEP2受容体の作動薬オミデネパグは房水流出促進の作用がサルで証明されているが,機械受容体を介した眼圧上昇を抑制するためCPGEC2が反応する生理的作用と同様の薬理作用に基づくのかもしれない.CVIIまとめ今回,長年にわたる多くの研究協力者のおかげで,眼内の生理活性脂質に着目して,眼圧の生理的あるいは病的な病態の解明に挑むことができた.前眼部の眼内内層組織は房水と接しており,房水動態が眼圧を維持し,また血管がない房水流出路は房水を介して組織と細胞に情報を伝達する.生理活性脂質は局所で作用し直ちに代謝され失活するため,前眼部のような房水で維持される閉鎖空間には有意義な役割を有するに相違ない.現にC3種類のプロスタノイド受容体の作動薬が眼圧下降薬として開発された.筆者らの報告した生理活性脂質のCATX-LPA経路は流出路障害を呈する高眼圧病態の一つに過ぎないが,その阻害薬が眼圧上昇抑制に有用かも知れない(図11).一方,TGFCbファミリーや炎症,酸化ストレス,老化など,ほかの隅角瘢痕化の要因はまだ存在するはずである.また,眼圧上昇には房水産生過多の病態も存在するであろう.眼圧の制御因子にも生理活性脂質が関与し図11生理活性脂質と眼圧制御房水と関連組織の生理活性脂質のバランスが眼圧制御に重要.ている可能性も見いだした.しかし,これらはほんの一部で,房水動態そのもの,またその病態の解明にはまだ多くの研究が必要である.マウスの慢性高眼圧モデルは今後の乳頭での軸索障害とそれに伴うCRGC神経線維と細胞体の障害の解明に有用と思われるが,マウスは篩板構造がヒトと明らかに異なるのが欠点であり,マーモセットのような小型サル類での研究が行えれば,緑内障性視神経症の本態である乳頭陥凹に伴う神経軸索障害の詳細が解明されると考える.最後にこれまでの研究にご協力いただいた多くの研究者,同窓会の皆様,そしてとくに,山岸―木村麗子,村田博史,佐伯忠賜朗,太田貴史,靏我英和,本庄恵,内田貴俊,五十嵐希望,清水翔太の各氏には,名前をあげさせていただき感謝申しあげる.文献1)HonjoCM,CTaniharaCH,CInataniCMCetal:E.ectsCofCrho-associatedCproteinCkinaseCinhibitorCY-27632ConCintraocularCpressureCandCout.owCfacility.CInvestCOphthalmolCVisCSciC42:137-144,C20012)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:ReductionCofCintraoc-ularCpressureCinCmouseCeyesCtreatedCwithClatanoprost.CInvestOphthalmolVisSciC43:46-150,C20023)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:EpiscleralCvenousCpressureCofCmouseCeyeCandCe.ectCofCbodyCposition.CCurrCEyeResC27:355-362,C20034)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:AqueousChumorCdynamicsCinCmice.CInvestCOphthalmolCVisCSciC44:5168-5173,C20035)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:Twenty-four-hourpatternCofCmouseCintraocularCpressure.CExpCEyeCResC77:C681-686,C20036)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:ExperimentalCmouseCocularhypertension:establishmentCofCtheCmodel.CInvestCOphthalmolVisSci44:4314-4320,C20037)OtaCT,CAiharaCM,CSaekiCTCetal:TheCe.ectsCofCprostaglanC-dinCanaloguesConCprostanoidCEP1,CEP2,CandCEP3Creceptor-de.cientCmice.CInvestCOphthalmolCVisCSciC47:3395-3399,C20068)LiangCY,CWoodwardCDF,CGuzmanCVMCetal:Identi.cationCandCpharmacologicalCcharacterizationCofCtheCprostaglandinCFPCreceptorCandCFPCreceptorCvariantCcomplexes.CBrJPharmacolC154:1079-1093,C20089)InataniCM,CTaniharaCH,CKatsutaCHCetal:TransformingCgrowthCfactor-betaC2ClevelsCinCaqueousChumorCofCglauco-matousCeyes.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC239:C109-113,C200110)HonjoCM,CIgarashiCN,CKuranoCMCetal:Autotaxin-Lyso-phosphatidicCAcidCPathwayCinCIntraocularCPressureCRegu-lationCandCGlaucomaCSubtypes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC59:693-701,C201811)IgarashiCN,CHonjoCM,CAsaokaCRCetal:AqueousCautotaxinCandCTGF-betasCareCpromisingCdiagnosticCbiomarkersCforCdistinguishingCopen-angleCglaucomaCsubtypes.CSciCRepC11:1408,C202112)ShimizuCS,CHonjoCM,CLiuCM,CAiharaM:AnCautotaxin-inducedCocularChypertensionCmouseCmodelCre.ectingCphys-iologicalCaqueousCbiomarker.CInvestCOphthalmolCVisCSciC65:32,C202413)UchidaCT,CShimizuCS,CYamagishiCRCetal:MechanicalstretchCinducesCCa(2+)in.uxCandCextracellularCreleaseCofPGE(2)throughCPiezo1CactivationCinCtrabecularCmesh-workCcells.CSciRepC11:4044,C202114)UchidaCT,CShimizuCS,CYamagishiCRCetal:TRPV4CisCacti-vatedCbyCmechanicalCstimulationCtoCinduceCprostaglandinsCreleaseCinCtrabecularCmeshwork,CloweringCintraocularCpres-sure.CPLoSOneC16:e0258911,C2021