先天性網膜変性と視覚の可塑性Leber先天盲遺伝子治療と視力の回復2008年以降,欧米を中心に,先天的に重度の視覚障害をもつCLeber先天盲の患者を対象とした遺伝子治療臨床試験の結果が複数報告されています1).これらの臨床試験では,4歳以上の幼児から若年成人を対象に,アデノ随伴ウィルスを用いて,病的な遺伝子に対して正常遺伝子コピーを網膜細胞に遺伝子導入する治療が行われました.治療により,網膜感度が上昇し,暗所歩行が改善することが報告されました.一方で,視力に関しては,はっきりとした改善効果が得られませんでした.これに対して,同じく先天性の視覚障害をきたす先天性白内障に対する手術は,生後,再建可能な視力が次第に低下することが知られています2).このことは,良好な視力再建が可能な「感受性期」が幼少期に存在し,それを超えると視覚の可塑性が失われることを示唆しています.しかし,希少疾患であるCLeber先天盲の臨床試験は少人数で行われたため,治療の時期と視力回復の関連性(つまり,視覚の可塑性)を明らかにすることは容易ではありません.先天性網膜変性マウスにおける遺伝子治療時期と視力の回復の関係そこで筆者らは,「先天的に低視力の網膜変性マウスでは,網膜機能再建時期の遅れにより,回復可能な視力が低下する」と仮説を設定し,検証実験を行いました(図1)3).先天的に杆体視機能と錐体視機能の両方を欠損した全盲マウスに対して遺伝子治療を行い,杆体視細胞の視覚再建時期と回復した視力の関係を検討しました.その結果,想定どおり,治療時期(生後C1カ月,3カ月,9カ月)によって,回復可能な網膜機能は変わりませんでした.しかし驚くべきことに,治療が遅れても,大脳視覚野レベルでも回復可能な視力は変わらないことがパターン視覚誘発電位(visualevokedpoten-図1先天性網膜変性マウスにおける遺伝子治療時期と視力の回復の関係の研究の概要杆体機能欠損マウス(Gnat1欠損マウス)と錐体機能欠損マウス(Pde6c欠損マウス)を交配し,杆体錐体機能欠損マウス(Gnat1/Pde6c両欠損マウス)を作製した.さまざまな月齢のCGnat1/Pde6c両欠損マウスに対して,Gnat1遺伝子治療で杆体機能を再建後,網膜電図(ERG),VEP,Coptokineticresponse(OKR),Arc発現解析,網膜組織学的解析を行うことにより,治療時期と再建可能な視覚の関係を検討した.(文献C3より引用)CERG/VEP西口康二東北大学大学院医学系研究科視覚先端医療学寄付講座tials:VEP)の測定により明らかになりました.しかも,成体マウスでもコントロールマウスと同等なレベルの視力回復が可能でした.さらに,大脳視覚野の可塑性に強く関連する因子CArcの転写プロフィールを調べたところ,転写が低下する正常成体マウスとは異なり,成体全盲マウスでは転写がむしろ更新していました.これらは,成体の先天性網膜変性マウスの杆体系視覚においては,視覚の可塑性は維持され,治療時期にかかわらず良好な視力回復が可能であることを示すものです.臨床へのフィードバックと今後の展開この研究の結果,少なくとも視路が比較的シンプルな杆体系視覚においては,成人でも視力回復の可能性があることが示唆されました.しかし,ヒトで視力の回復を規定するのは,実際はより複雑な神経回路を有する錐体系視路です.よって,杆体系視力回復により大きな恩恵を受ける患者は多くないと予測されます.また,本研究の杆体系視覚の解析結果により,Leber先天盲に対する臨床試験での不十分な視力回復の理由を説明することはできません.今後,錐体系視覚の再建時期と回復視力の関係をマウスで検討することが重要です.文献1)JacobsonCSG,CCideciyanCAV,CAguirreCGDCetal:Improve-mentCinvision:aCnewCgoalCforCtreatmentCofChereditaryCretinaldegenerations.ExpertOpinOrphanDrugsC3:563-575,C20152)BirchCEE,CChengCC,CStagerCDRCetal:TheCcriticalCperiodCforCsurgicalCtreatmentCofCdenseCcongenitalCbilateralCcata-racts.JAAPOSC13:67-71,C20093)NishiguchiCKM,CFujitaCK,CTokashikiCNCetal:RetainedCplasticityandsubstantialrecoveryofrod-mediatedvisualacuityatthevisualcortexinblindadultmicewithretinaldystrophy.MolTherC26:2397-2406,C2018対象:Gnat1・Pde6c両欠陥マウス(生後1カ月,3カ月,9カ月)Gnat1補充AAVベクター投与視機能解析組織学的解析OKRArc発現解析網膜組織染色(79)あたらしい眼科Vol.36,No.3,2019C3810910-1810/19/\100/頁/JCOPY