色覚―検査と指導ColorVisionTestingandInstruction杢野久美子*はじめに眼科医にとって色覚の知識は必要である.本稿では,小児の色覚異常の診療に必要と思われる,一般眼科で可能な検査・診断・指導について解説する.I色覚とはヒトの眼に入って明るさの感覚を起こさせるのは,380~780nm(=10-9m)の波長範囲にある電磁波で,人間は波長の差によって種々の色を感じる.光は視路を通って,大脳で色として認識される.人間の眼球内の網膜にある視細胞には,明るいところではたらく錐体(cone)と暗いところではたらく杆体(rod)がある.錐体の視物質は三種類あり,最大吸収波長が異なる.それらを含む錐体を,長波長感受性錐体(L-錐体),中波長感受性錐体(M-錐体),短波長感受性錐体(S-錐体)という.少なくとも二種類の錐体の興奮により,可視光を電気信号に変換し脳へ伝達して,色として認識される(図1).II色覚異常の分類色覚異常は先天色覚異常と後天色覚異常に分類される.先天色覚異常は遺伝子異常による錐体視物質の異常によって起こる.1型色覚はL-錐体,2型色覚はM-錐体,3型色覚はS-錐体の最大吸収波長が正常とは異なっている.先天色覚異常の大部分は1型色覚と2型色覚で,先天赤緑色覚異常である.2色覚(旧用語の色盲)は3種類の錐体視物質のうちの一つが欠損している.異常3色覚(旧用語の色弱)は一つの視物質の最大吸収波長が正常と異なるものである.先天赤緑色覚異常に関係する遺伝子はX染色体上に存在し1),遺伝形式はX染色体連鎖潜性(劣性)遺伝である.日本人では男性の約20人に1人(5%),女性の約500人に1人(0.2%)にみられる.保因者(女性)の頻度は約10人に1人(10%)である.1型色覚と2型色覚の比は1:3.0~3.5で,2型色覚が多い(図2).先天青黄異常の3型色覚と,杆体1色覚,錐体1色覚はきわめてまれである.本稿では先天色異常として,1型色覚と2型色覚の先天赤緑色覚異常について解説する.後天色覚異常は,遺伝的要因による先天色覚異常を除くすべての色覚異常で,視路のいずれの障害によっても色覚異常が起こる.小児の色覚異常の中には,心因性視覚障害の場合があることにも留意すべきである.III色覚に関する用語2005年10月に『眼科用語集』第5版で色覚関係の用語が改訂された2)(図3).旧用語の色盲,色弱は新用語では2色覚,異常3色覚にそれぞれ改訂された.2017年9月に日本遺伝学会は,『遺伝学用語』改訂において,英語<colorblindness>に対する旧来の訳語である色覚異常,色盲に替えて,邦語と英語をペアにした*KumikoMokuno:刈谷豊田総合病院眼科〔別刷請求先〕杢野久美子:〒448-0852愛知県刈谷市住吉町5-15刈谷豊田総合病院眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(71)503相対的感度L-錐体400500600700波長(nm)図1色覚とは人間の可視光の波長領域は380~780nm.波長の差によって色が変わると感じる.視細胞には錐体と杆体がある.最大感度波長の異なる少なくとも2種類の錐体細胞が,光を電気信号に変換し,脳へ伝達して色として認識される.XYXXXYXXXYXXXYXXXYXXXYXXXY=遺伝学的にも正常の女性=正常色覚男性XXXXXY=保因者=色覚異常女性=色覚異常男性図2先天赤緑色覚異常の遺伝形式X連鎖性潜性遺伝.日本人は男性の20人に1人,女性の500人に1人.保因者は約10%.1型色覚:2型色覚=1:3.0~3.5.図3色覚用語2005年『眼科用語集』第5版で色覚に関する用語が大幅に改訂された.従来の第1・第2・第3色覚異常は1型・2型・3型色覚,1色型・2色型・3色型色覚は1色覚・2色覚・3色覚と表され,3色覚は正常3色覚と異常3色覚に分けられる.新用語からは「色盲」「色弱」という表現がなくなった.2017年日本遺伝学会は,遺伝学用語改訂において,英語〈colorblindness〉に対する旧来の訳語である色覚異常,色盲に替えて,色覚多様性(colorvisionvariation)という呼称(概念)を提案した.1.赤と緑2.オレンジと黄緑3.緑と茶4.青と紫5.ピンクと白・灰色正常1型色覚2型色覚6.緑と灰色・黒7.赤と黒8.ピンクと水色1型色覚の混同色は1-82型色覚の混同色は1-6図4色感覚のモデルと先天色覚異常の混同色5,6)色覚異常のモデルの楕円では,赤と緑の隔たりが正常に比べて少なく,似ている色と感じられる.楕円の短径方向で向かい合う色が混同色.先天色覚異常の色感覚は,正常の円形が一定の方向に圧縮された楕円で表すことができる5)(図4).軽い色覚異常ならば円に近い楕円,強い色覚異常ならば細い楕円である.この色感覚モデルで円の直径の両端にある2色,たとえば赤と緑は反対色とよばれ色の違いが著明であるが,色覚異常のモデルの楕円では赤と緑の隔たりが正常に比べて少ない.これはこの2色が正常の感覚で見るほどには違って見えないことを示す.強度異常(楕円が細い)ほど赤と緑の位置が近づく.つまり非常に似た色と感じられる.先天色覚異常は,ふつうには著しい違いのある色がよく似て見えて識別しにくいことがある.色覚異常のモデルである楕円の短径の方向で向かい合うこのような色を混同色という.赤と緑,オレンジと黄緑,緑と茶,青と紫などは,1型・2型色覚で混同しやすい.さらに1型色覚では,L-錐体の異常により赤の感度が低下し暗く見えるため,赤を見分けにくい場合がある.先天色覚異常の混同色を図4に示す6).VI先天色覚異常の検査・診断1.色覚検査の種類①仮性同色表:互いに混同色である2色,数色を使った模様,数字によって構成された検査表である.石原色覚検査表(石原表),SPP標準色覚検査表第1部先天異常用(SPP-1),東京医科大学式色覚検査表などがある.仮性同色表は色覚異常の検出に用いる.複数の検査表を使用して検査することが望ましい.正常か先天色覚異常かの診断が可能であるが,不確実な場合は疑いとする.仮性同色表で程度分類や型の判定はできない.②色相配列検査:色相環に沿って色票(Cap)を並べる検査である.FarnsworthDichotomousTestPanelD-15(パネルD-15)が一般的に使用されている.色覚異常の程度を強度と中等度以下に二分する検査である.③アノマロスコープ:単色光の赤+単色光の緑=単色光の黄となる条件(Rayleigh均等,等色)を検査する.正確な診断はこの検査によってのみ可能であるが,一般の眼科には備えられていない.本稿では,石原表,SPP-1,パネルD-15について解説する.a.石原R色覚検査表(石原表)先天色覚異常の検出表として国際的に普及している色覚検査表で,国際版38表7)と24表版がある.石原R色覚検査表II国際版38表(2014年12月改訂)の検査表・検査方法・判定(図5).通常は数字表および環状表を検査・判定に用いる.数字が読めない被験者の場合は曲線表を参考として使用し,環状表を検査・判定に用いる.検査では,被験者に第1表から第15表を順番に読み,ついで第38表から第32表と遡順番で読むように指示する.第1表から第15表および第38表から第32表の計22表のうち,「誤読」表数が4表以下であれば正常色覚と判定する.「誤読」表数が8表またはそれ以上であれば先天色覚異常と判定する.数字の読めない被験者の場合,曲線表を使用する.この場合,これらの表は色覚異常の疑いにとどめ,異常の有無の判定には数字が読める状態または環状表で判定を行う(石原R色覚検査表II国際版38表,取扱説明書より引用).b.SPP標準色覚検査表第1部先天異常用8)(SPP-1)(図6)デモンストレーション表,検出表,分類表からなる.被検者が読んだ数字は記録用紙の該当する数字を○でかこむ.一つの表の中の二つの数字が読める場合は,どちらかはっきり読めるほうを答として採る.検出表10表のうち正常の答が8表以上ならば色覚正常とする.分類表では,1型の欄,2型の欄の○印の多いほうに分類する.No.1の表の読めないものは詐病の疑いがある(SPP標準色覚検査表第1部先天異常用より引用).FarnsworthDichotomousTestPanelD-159~11)c.(パネルD-15)(図7)色覚異常の程度を強度と中等度以下に二分する検査である.検査は基準色票(referencecap)を左側に固定し,他の15個のcolorcapを順不同に並べておく.まず,15個の中からreferencecapにもっとも近い色を選んでその隣に置き,続いてその色にもっとも近いものを次に並べるというように,似た色の順に全部のcolorcapを配列させる.Capの裏面の数字の番号を順序に従って記録用紙に記入し,その番号の順に図表の上の各点を結506あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023(74)図5石原R色覚検査表II国際版38表(2014年12月改訂)7)数字表(第C1表から第C19表),曲線表(第C20表から第C31表)および環状表(第C32表から第C38表)からなる.通常は数字表および環状表を検査・判定に用いる.数字が読めない被験者の場合は曲線表を参考として使用し,環状表を検査・判定に用いる.第C1表から第C15表および第C38表から第C32表の計C22表のうち,「誤読」表数がC4表以下であれば正常色覚,「誤読」表数がC8表またはそれ以上であれば先天色覚異常と判定する.写真は実際の検査表と色が異なるため,本図で検査はできない.(本図は公益財団法人一新会が著作権を保有しているため複製はできません)図6SPP標準色覚検査表第1部先天異常用StandardPseudoisochromaticPlates8)デモンストレーション表CNo.1~4は数字の形と配置を被検者に理解させるための表.検出表CNo.5~14はC1型・2型色覚者(先天赤緑色覚異常者)を検出するための表.正常者にしか読めない表と,正常者と異常者とで読み方のちがう表からできている.分類表CNo.15~19はC1型色覚とC2型色覚とを分類するためのもの.検出表C10表のうち正常の答がC8表以上ならば色覚正常とする.検査表の写真は,実際の検査表と色が異なるため,本図で検査はできない.記録図誤りなしのPass1型色覚異常2型色覚異常図7パネルD-15色覚異常の程度を強度と中等度以下に分類するための検査.Failした場合は強度の色覚異常.Passしても正常色覚とはいえず,中等度以下の色覚異常である可能性がある.誤りなしのPass,1型色覚異常,2型色覚異常のパターン.図8仮性同色表とパネルD-15による診断仮性同色表:色覚異常の検出に用いる.正常色覚か先天色覚異常か診断可能.程度分類や型の判定は参考程度にとどめる.不確実な場合は疑いとする.パネルCD-15:程度分類に用いる.1型,2型色覚異常のパターンでCFailする場合はC1型か2型か診断可能で,異常の程度は強度となる.表1色覚で制約がある資格試験,色覚が関連する職種の例自動車運転免許適性試験の合格基準色彩識別能力の合格基準赤色,青色及び黄色の識別ができること警視庁ホームページより引用鉄道別表二(第六条,第八条の二関係)視機能四色覚が正常であること動力車操縦者運転免許に関する省令航空身体検査基準第一種,第二種十,視機能第一種(定期運送用操縦士,事業用操縦士,准定期運送用操縦士)(七)色覚が正常であること第二種(自家用操縦士,一等航空士,二等航空士,航空機関士,航空通信士)(五)色覚が正常であること航空法施行規則別表第C4(航空法施行規則第C61条のC2関係)海技士身体適性基準海技士(航海)①石原色覚検査表国際版C38表(以下「石原表」という)により正常か否かを判定.②石原表により正常でないと判定された場合は,パネルD-15により合否を判定.国土交通省海事海技資格警察官警視庁身体基準色覚警察官としての職務執行に支障がないこと警視庁警察官採用試験受験案内より引用消防官東京消防庁試験方法第C2次試験身体・体力検査内容色覚消防官として職務執行に重大な支障がないこと令和C2年度東京消防庁消防官(CI類・CII類・CIII類)採用試験案内より引用自衛官身体検査などの基準について自衛官候補生検査項目色覚色盲または強度の色弱でないもの自衛官募集ホームページ防衛省・自衛隊より引用色を扱う職業の例塗装業,染色業,印刷業,繊維業,デザイン系,美容関係,映像関係,青果市場関連する職種の例を表1に示す.資格基準は変更される場合があること,地域によって異なる場合があるため,最新の情報を確認する必要がある.CVIII診療の流れ色覚について受診する小児とその保護者は,検査結果・診断について不安を抱えている.色覚検査を行い,診断して,生活・進路などについてアドバイスできるように,医療者側も色覚についての知識をもって対応する.参考資料として,日本眼科医会ホームページC13)目についての健康情報〈色覚異常といわれたら〉などがある.C1.問診受診した理由について問診する.保護者など周囲の人が色の間違いに気づいて受診する場合,学校の検査で異常を指摘された場合,進路の選択に際し相談のために受診する場合,本人・保護者とも色覚異常について気づいていなかった場合もあれば,色覚異常の家族歴があり気にしていた場合など,さまざまである.色に関してこれまでに気づいたこと,色を間違えたことがある場合,どのような色が見分けにくいか,間違えた色,その状況などを問診する.間違えた色が先天赤緑色覚異常の混同色の場合,色覚異常の可能性が推測される.また,幼小児において保護者が色の誤りに気づく場合,強度色覚異常の可能性がある.きょうだいの有無,父親,母親のきょうだいについて,色覚異常の家族歴の有無について問診する.C2.検査色覚検査だけでなく,視力・眼圧・細隙灯顕微鏡検査・眼底検査などの一般的眼科検査を行う.心因性視覚障害,後天色覚異常などは,色覚以外の検査結果と総合して判断することで診断できる.色覚検査中に被検者が答える様子,検査に要する時間などから,検査に対する理解度,色覚異常の有無,被検者の性格などを推測することができる.検査者が検査中に気づいたことは,コメントとしてカルテに記載するとよい.3.結果検査結果について話をする際,本人と保護者が同席していいか確認する.小学校低学年までの幼小児の場合,検査に対する理解がむずかしく診断できない場合がある.小学校高学年以上になると十分に検査可能と思われるため,適切な時期での再検査を勧める.筆者は,色感覚のモデル(図4)を示しながら,混同しやすい色について説明を行っている.また,パネルD-15をCFailした場合は,本人が並べたCCapの結果を保護者に示し,本人には隣り合う色が似て見えることを説明する.色覚異常がある場合,正常色覚者にとっては見分けやすい色でも,混同色では似て見えることがあり,見分けが困難な場合や,色があると気づかない場合,色を間違えてしまう場合があることを説明する.診断結果について学校に伝えるほうがよいか.保護者の判断にもよるが,色覚異常について伝えておくと,学校側も色について配慮しながら指導を行うことができると思われる.C4.先天色覚異常以外の疾患小学校中学年以上の場合,心因性視覚障害により色覚異常をきたす場合がある.また,まれではあるが,遺伝性疾患などにより後天色覚異常を起こす場合がある.非定型的な色覚検査結果や,視力・視野などに異常がある場合,先天色覚異常以外の疾患を考え,さらに精査をする必要がある.C5.先天色覚異常に対する指導先天色覚異常の治療法はない.先天異常の程度は一生変わらず,年齢とともに悪化することはない.視力には影響しない.色の見分けが困難な場合があるが,白黒しかわからないのではない.同じ色でも条件によって見分けが困難な場合,可能な場合がある.明るいところで見るとき,視標が大きいとき,色があざやかな場合,集中してじっくり見るときは見分けやすいが,薄暗いところで,淡い色,小さな視標を,一瞬で見分けるのはむずかしい場合がある.自身の色覚異常について頭の片隅におき,色のみで判510あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023(78)■用語解説■L-錐体:長波長感受性錐体,旧用語赤錐体CM-錐体:中波長感受性錐体,旧用語緑錐体CS-錐体:短波長感受性錐体,旧用語青錐体C1型2色覚:旧用語第1色盲C1型3色覚:旧用語第1色弱C2型2色覚:旧用語第2色盲C2型3色覚:旧用語第2色弱潜性遺伝recessive:旧用語劣性遺伝顕性遺伝dominant:旧用語優性遺伝-