———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.2,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLSAnti-agingmedicine(抗加齢医学)は,このところ話題の医療です.不老不死は,人間にとって永遠の願望です.これまで,いろいろなことが試されてきました.EBM(evidence-basedmedicine)という概念が定まらない時代には,経験知から,食べ物,薬,運動,祈祷に至るまで,さまざまなものが開発されてきました.あるものは,今でも珍重されています.この半世紀の間に,医療の進歩により,寿命は画期的に延びました.しかし,これまでanti-agingと医療は,別物として考えられてきたように思います.医療の目的から,anti-agingや不老不死は,どこかで切り離されたのでしょう.時の権力者たちが不老不死を求め,そして彼らがどこか利己的に映ったためか,不老不死という概念は一見荒唐無稽な願望と捉えられがちです.そんな願望を抱くよりは,日本人の平均寿命が80歳台であれば,およそそれを標準に自分の寿命を考えるのが普通のことなのです.しかし本書では,平均寿命という考え方,また,人間は少しずつ老化し,やがて身体は利かなくなる,およそ60歳ぐらいから衰えていく,といった思い込みに対して,「60歳を過ぎたら下り坂」とは限らない,という事例を紹介しつつ,今の生活を少し変えるだけで,50代の体力と元気のまま,80代を生きられると説いています.そのためには私たちは,身体にしかるべき信号を送らなければならない,と著者はいいます.著者は,ハリーという医師と出会い,健康や寿命に対して新しい考え方にふれる機会をもちます.最初は,普通の患者と医者の関係で治療を受けるのですが,その過程で彼は,ハリーにいくつか質問をします.「このお仕事で何が一番大事だと思われますか?」ハリーは答えます.「患者さんと長い関係を築き,患者さんにずっと健康でいてもらうことですね.病気を治すだけじゃなく,もっと健康になってもらうこと,これが大事なんです」「どういうことでしょう?」「実を言うと,私は内科の医療だけじゃなく,加齢の問題にも取り組んでいまして…」そこでハリーは,いかに老化に取り組むかについて3つの基本を説きます.その一つは運動です.「またか」と思いましたが,ハリーのいう運動とは,「無理せずゆっくりウォーキング」などというものではありません.運動は週に6日.そのうち筋力トレーニングは,最低週に2日.あとは,(220-年齢)×0.7~0.8の心拍数に上げる運動をすることを一番の条件にする.栄養やダイエットについてもふれますが,なんと言っても大事なのは運動だといいます.遺伝が影響するのは,せいぜい20%.残りの80%は自分次第です.ハリーは,加齢イコール老化だとは考えていません.現代の高齢者の病気や健康の衰えは,加齢のプロセスにあらわれる正常な現象ではなく,むしろ異常な現象だというのです.そして,私たちは異常な状態に慣れきってしまい,加齢の正常なプロセスに立ち戻ることを忘れているだけだというのです.年をとったからといって,QOL(qualityoflife)が衰えるわけではないとハリーは言います.さて,彼が運動を強く勧める理由は,単に身体のため,健康のためではありません.自分の身体へのコミュニケーション手段としての運動,つまり,心拍数を通して自分の身体とコミュニケートを試みようとする方法なのです.人間をとりまく環境は著しく進歩してきましたが,人間そのものは特に進化しているわけではありません.人間の身体も,脳も,自然界の法則には合致してい(65)シリーズ─62◆伊藤守株式会社コーチ・トゥエンティワン■2月の推薦図書■若返る人クリス・クロウリーヘンリー・ロッジ著沢田博佐野恵美子訳(エクスナレッジ)———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.2,2006ますが,現代社会にマッチしているわけではありません.すべて現代のシステムができる前の世界に適応するように発達してきたものです.私たちの身体のパーツのほとんどは,荒野で生き抜くためにつくられています.だから,放っておくと,脳も身体も,現代社会の状況を読み違えてしまいます.危険な自然界で生き抜くようにプログラムされている人間が,コンビニエンスな社会に適応するには,本当はもっともっと時間が必要です.現代人は,今の社会に太古の脳と身体とプログラムで対処しているために,身体は現代社会の環境を読み違えてしまいます.たとえば,ストレス反応がいい例です.ストレス反応とは,もともと荒野で獣に出会ったときの心身の反応であり,獣に出会うことなどなくなった現代では,あまり必要とされる反応ではありません.しかし,私たちは,獣と出会わなくても,仕事の締め切りや人間関係でのプレッシャー,はたまた急に電話が鳴るだけで,ストレス反応を起こしてしまうという矛盾を抱えています.逆に,身体と脳が,いまだに荒野を想定しているときに,身体を動かさず,朝から晩まで机に向かったり,ごろごろしたりしていると,「衰え」のモードにスイッチを入れてしまうことになります.身体を動かす,特に心拍数を上げることは,元気信号を,脳や身体に送ることにほかなりません.一方,身体を動かさずにいると,確実に,衰退と,機能低下の信号が発せられることになるわけです.その理由について,本書では各所でふれています.自分の身体と脳に,生きようとしている意志を伝えることが,加齢に伴う老化を防ぐ唯一の方法であるとハリーは言います.そして,著者はそれを実践し,その効果を体験します.彼は,生きようという意志を自分の身体と脳に伝えるためには,週に6日の運動をしない理由は一切ないと言います.もし,今日運動しないのであれば,それは1日にタバコを2箱吸っているのと同じぐらい悪いと言うのです.このことについては,いかなる言い訳も受け付けられません.とにかく週に6日間の運動.それを仕事だと思って続ける必要があるのです.それだけではなく,止めたら終わりだというのです.今日始めたら,死ぬ日まで続ける.とにかく運動を続けること.それが身体と脳に,元気信号を送り続けることであり,それは1日として休んではならないことなのです.実は私たちは,身体を動かした後,例外なくある種の爽快感を体験していることを身をもって知っています.つまり,運動は身体のためだけではないということです.運動が心の健康に与える影響も大きいのです.それを,ハリーは「元気信号」と呼びます.もちろん,本書では,運動によって生じる活性酸素の問題も取り上げています.しかし,それ以上に,週に6日の運動の必要性が強調されるのです.長生きのためのもう一つの大切な要素は,人間関係です.どんなに食事に気をつけ,運動をしても,孤立してしまえば,老化を止めることはできません.その理由について,いまのところはっきりとしたデータはないのですが,心臓病の権威であるオーニッシュ博士は「慢性的なストレスがあなたの免疫機能を低下させる可能性があるように,利他主義や愛や同情は免疫を強化するかもしれない」と言います.現代では,核家族化が進み,それに反比例するようにペットブームが起こっています.それは,人間が生きるために必要なふれ合いや愛を,動物に求めるようになっているからなのかもしれません.いずれにしても,空気,食べ物,水,運動,そして,人との関わりやふれ合いも,老化と関係します.そして,最後の要素は「生きがい」です.私たちは,お金以外に仕事から得る大きな報酬として,「生きがい」を手にしています.もちろん,仕事の選び方,そして仕事の仕方によって異なってきますが,仕事から得る生きがいを簡単に手放さないことです.それは,単にポストに対するこだわりではありません.いい仕事を続けることに意味があるのです.さて,最近はanti-agingmedicineに注目が集まっています.本書は,自分がどんな生き方をするのか考え直すために,もう一つのanti-aging,つまり自分で取り組むことのできるanti-agingに目を向ける,とてもいい機会になるでしょう.(66)☆☆☆